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最近インターネットで、「(エロゲーの)Fateは文学」という言い回しを多く見かけます。
もちろんギャグとして言っている方も多く居るのでしょうが、身近に割と本気でこのような発言をする人間が居ます。
彼の主張は「頭の悪い奴には分からないが?」で始まるので、解説をさせることが出来ません。
そこで、どなたか「Fateは文学」と思っていらっしゃる方もしくは、そう思う方の思考が理解できる方に、
?Fateは文学と思う理由
?この場合の文学の定義
?その点を踏まえたFateの面白さ
についてご説明願います。

●質問者: ier135
●カテゴリ:インターネット ゲーム
✍キーワード:Fate Fateは文学 しゃる インターネット エロゲー
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● chomo1003
●35ポイント

僕自身は「Fateは文学」とは思わないタイプなので、その人がこう考えているんだろうな、または、こう考えているのならば「Fateは文学」と言えなくもないだろうな、という程度の予測になりますが。


?Fateは文学と思う理由

?この場合の文学の定義

「Fate」というのは『Fate/stay night』、『Fate/hollow ataraxia』の二つのことを指すので間違いないと思います。

このゲームのシナリオライターは奈須きのこさんです。

彼の文章の特徴は、グロテスクなまでに文章を芸術に昇華させたもの、ということが出来るでしょう。

例えば、既存の熟語に、その熟語の持つ本質をとらえた別の読み仮名を当てることが挙げられます。

私見ですが、彼は文章を破壊、もしくは改造することによって「遊んで」いるのではないかと思います。そういった意味で、彼の文章は「芸術である」と私は考えます。

この場合の「文学」とは、「文字を操る」という点においてそう呼ばれているのではないでしょうか。「文学」の域に納めるのはもったいない気もしますが。

それと、もっと低次元な発言であると考えれば、彼の文章は往々にして冗長になる傾向があるので(それは少し残念なことなのですが)、それを指して「文学」と読んでいるのかもしれません。この場合「長くて読む気のしない文章」が「文学」である、というような意味でしょう。


?その点を踏まえたFateの面白さ

後者であれば、元より活字を読むのが苦手な人には面白くない、と言えるでしょう。「エロゲー」の類には、会話文中心であたかも漫画やアニメを見るように活字を読めるものが多いですから、小説に近い「Fate」を面白く感じれるかどうかは活字が好きか嫌いかにも左右されると思います。

前者であれば、情景・心理描写の美しさ、言葉遊びなどを「楽しみ」ます。楽しむ、というか触れる、というか。

「コトバに対する挑戦」として捉えると面白いのでは。


長くなってしまい、すみません。

http://q.hatena.ne.jp/1191715316

URLはダミーです

◎質問者からの返答

回答者様は結構「Fateは文学だ」と思ってらっしゃるクチに見受けました。違いますでしょうか。

言葉遊びの得意な作家(と、本文中で解答されておられますよね?)なんですね、奈須きのこさんは。

小説も大好きで『長門有希の百冊』も攻略している身ですが、言葉遊びを小説の醍醐味だという解釈には納得がいきません。

追加回答お願いできれば幸いです。

心理描写ならまだ梶井基次郎や夢野のほうがうまい!! と思いますし

正直回答者様の上げた魅力は自分には理解できませんでした…。


2 ● white-whale
●35ポイント

Fateは文学である。


彼の呼称する文学が大衆文学である場合、

Fateは伝奇物語でありその娯楽性から条件を満たす。


もちろんこの場合の文学はもうちょっと違う意味だと思うので。


彼の呼称する文学が純文学である場合、

Fateはストーリーこそ伝奇、娯楽的要素を含むが

タイガー道場の最後で語られるように衛宮士郎という人間の

あり方を示した物語である。

近代的な純文学の多くはこの人間の精神的なあり方について語られる。

誰かを救うことは誰かを救わないことであるという

養父切嗣の言葉からも否定される彼自身が望む誰もかもを救いたいという願いは究極のエゴイズムと言っても過言ではなく、それは夏目漱石のこころでも語られている主題である。


UBWではアーチャーとの対峙が他人、養父のものであった夢を引き継いだ贋作者として自己を否定するも、それを美しいと思ったことは嘘じゃない、という自分の答えを見つけることでその壁を越えていく。


HFにおいてはセイバーとの別れがFateで憧れ、そして互いの理想の為に別れた(Fate、UBWで選べなかった選択肢)過去の自分との決別、桜という特定の誰かを守るという新しい自分のありかたの一端を示している。


人としてのあり方を示すのにタイムパラドックス的観念や魔術、そしてキャラクターのひとりひとりがそれぞれに個性的(異なった価値観と運命を持つ)であること、一つ一つの話しが練りこまれそして全て合わせてFateとなっている(題名が奇をてらわずに運命そのもの)ことがエンターテイメントでありながらこの作品が文学になりうる所以であり、醍醐味でもある。この大筋はファンディスクでも変わっていない。


大規模な戦争がなくなり石原慎太郎や庵野秀明が語るように、

今語るべきことがないという現代文学の根本的問題に真っ向から

立ち向かうために擬古典的ともいえる物語の復活を提示したことは

評価に値する文学的行為ではないだろうか。


多くの同人作品が生み出される理由もそのあり方の中でこういうのもあるんじゃない?という一例を示すという側面が多いのではないだろうか。


うん、まあ小説にはいろいろな読み方があると思うし、

平野啓一郎がデビュー作で批判されたのはこの逆の問題を

抱えてたからだと思うけど、いろんな読み方が出来るっていうのは

楽しいことだと思うよ。

源氏物語だって文学なんだし、ライトノベルだって文学だ。

http://ja.wikipedia.org/wiki/Fate/stay_night

ダミーです。

◎質問者からの返答

リメイクと再構築に対して批判的な見方をしているわけではないのですが、過去の作品のリメイク、という捉え方でかまいませんか。

(当方天元突破グレンラガンを愛している身であります念のため)

いえ、過去の作品の分解・理解・再構築で物語を現代風にアレンジすることは必要なことですが。

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