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【今も一般的に親しまれている料理が、実はずいぶん昔から食べられているという記録】を教えてください。
例えば、「かまぼこ」が登場する一番古い文献は、平安末期の「類聚雑要抄」なんだそうです。
文献はそこまで古くなくてもかまいません!日本国内でお願いします。

●質問者: rii11
●カテゴリ:グルメ・料理 芸術・文化・歴史
✍キーワード:かまぼこ 料理 日本国
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 9/9件

▽最新の回答へ

1 ● drowsy
●16ポイント

ウナギの蒲焼

日本では随分古くから食されていたもので、万葉集は大伴家持さんの歌に登場するそうです。【石麻呂(いわまろ)に吾物申す夏痩せに良しといふ物ぞウナギ漁り食(め)せ】

「いわまろさん、あたしゃいうけどさぁ、夏やせにいいとかいう、ウナギでも食ったらどうかね・・」くらいの意味

http://homepage3.nifty.com/shokubun/kabayak2.html


奈良漬け

古くは奈良時代から保存食などとして、製造されていたようです。

現在の奈良漬けの基本ができたのは室町時代と言われていて、

清酒造りの際にできる「酒粕」に塩漬野菜を

漬けたのが始まりのようです。

商品化をしたのは、江戸時代の医者「糸屋宗仙」だと言われています。

http://www.yoshi77.net/miyage.html

◎質問者からの返答

へえ?、ずいぶん昔からうなぎは夏にいいといわれていたんですね。

漬物も歴史があるんですね。

ありがとうございます。


2 ● sylphid666
●16ポイント

牛乳関係で

http://milk.asm.ne.jp/rekishi/wakeru.htm

>おなじ平安時代の漢和辞典『倭名類聚抄』(わみょうるいじゅうしょう)に

>6世紀の中国の典籍『斉民要術』によれば脱脂発酵乳と考えられる記述があります。

とあります。

>『酪』はヨーグルト(乳酸発酵乳)とか練乳、またはバター、『酥』はクリームとかバターとか練乳、またはチーズ、『醍醐』はバターオイルとかチーズ、というように解釈が一定しません。

とあるように言葉の解釈は様々あるようですが、6世紀から平安時代には今のような乳製品の加工品が食べられていたようです。

◎質問者からの返答

乳製品も古くからあったんですね。ありがとうございます。


3 ● KUROX
●16ポイント

鮒寿司

文献

奈良朝初期の「養老令」

平安中期の「延喜式」

http://www.funachika.com/funasushi.html

----------

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%96%99%E7%90%8...

文献が不明でもよければ、

そうめんとかの麺類、から揚げとかも奈良・平安時代ごろには登場してますね。

◎質問者からの返答

なれ寿司が稲作とともに伝わっていたとは、驚きです。

ありがとうございます。


4 ● MonkyMagic
●16ポイント

チーズ

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%BC%E3%82%BA

日本では飛鳥時代頃から乳牛の伝来と飼育が始まり、酪(らく)、酥(そ)、醍醐(だいご)と言った乳製品が作られるが、この「醍醐」がチーズのことを指すと言われ、「醍醐味」という言葉の起源にもなっている。また、推古天皇の時代には、地方ごとに作られたこの醍醐の品評会が行われたという話も残っている。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。


5 ● chinjuh
●16ポイント

素麺(そうめん)

http://www.ikeri.co.jp/soumen/miwarekishi.html

三輪素麺は今を去る千二百有余年前、大神神社(おおみわじんじゃ:奈良県桜井市三輪)の宮司従五位上大神朝狭井久佐(おおみわのあそんさいくさ)の次男、穀主(たねぬし)が三輪の里の土地と三輪山から流れ出る清流が最も小麦の栽培に適するのを知って種を蒔かせ、小麦粉を原料に「素麺」を製造したのが始まりと言われています。

↑は伝説ですが、素麺のもとになったと言われる小麦粉の食べ物は平安時代からったようです。ただし、今のよう糸のような長細いものではなく、今のような素麺になったのは鎌倉時代以降のようです。

http://www.citydo.com/soumen/his03.html

さて、そうめんはいつから細長くなったのか?

鎌倉時代になると禅宗が伝来し、民間レベルで大陸との交流が盛んになった。遣唐使廃止以来の(ちょうど前章の延喜式の頃から)四百年の平安の眠りを醒ますように、大陸の新しい技術が入ってくる。

まずは油をつけて伸ばす技術。麺が長く細くなった。次に挽き臼の伝来。小麦の細粉を製粉するようになり、製粉過程でできるグルテンがよく熟成して麺の腰が強くなった。最後に鉄製農具の普及。小麦の生産が飛躍的に伸びた。この3つの大きな変化によって今日の素麺が誕生するのである。


文献ですが、室町時代くらいから麺類としての素麺の記録があるようです。

http://takahashiseimen.jp/02_denrai.htm

索麺の表現は、室町時代から始まる。室町後期の「尺素往来」・「撮壌集」には、麺類としてうどん、碁子麺(きしめん)、索麺、冷麺、胡蝶麺の記述があり、その作法が記されている。安土・桃山時代に入ると、1527?76年(大永?天正年間)山科言継の日記である「言継卿記」に素麺の記述が詳しく出てくる。

↑ここにあがっている本は読んだことがありません。


少し新しくなりますが、1712年に刊行された「和漢三才図会」には確かに素麺の記述があります。

http://www.citydo.com/soumen/men/men_12.html

三春でそうめんが作られ始めた時期は正確には分かっておりません。

記録に最初に現れるのは、江戸時代6代将軍家宣の頃に記された当代の百科事典『和漢三才図会』(正徳2年・1713年)で、三春索麺を「奥州三春より出つるは細長にして美なり」と紹介しています。

その後、藩の手厚い保護もあり、三春索麺は三輪・輪島・龍野の揖保乃糸などと並ぶ幕府献上品のそうめんとして、全国的にその名を知られました。

↑この部分以外に、七夕に素麺を食べる習慣の由来についても書かれていたと思います。どこに書いてあったかはちょっと失念しましたが。

◎質問者からの返答

詳しく教えてくださってありがとうございます。

同じ料理でも、時代とともに姿を少しずつ変えていくものなんですね。


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