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http://map.yahoo.co.jp/pl?lat=37.10.27.78&lon=139.22.27.229&sc=5&mode=map&type=scroll
例えば、このURLにあげた地図の場所のように、道路などの人の文明から離れた場所で、文明から隔絶された人達がひっそり暮らしているんじゃないか、と、時々妄想する時があるのですが、実際に日本で、そのように暮らしていた人達が見つかった、ということが起こったことってあるのでしょうか?

●質問者: 敷守ほむら
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
✍キーワード:URL 人達 地図 妄想 文明
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● you-pon
●27ポイント

http://kyu-sho-hyo.cocolog-nifty.com/blog/2006/08/post_65ab.html

無人島の鳥島に漂着。12年4カ月にもわたって鳥島で暮らした。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

この場合は、文明の中で育った方が、文明から切り離されて生きざろう得なかったパターンですよね。(これはこれで話に引き込まれましたが。)

そうではなくて、生まれたときから文明から切り離されて生きていたのが、ふとしたことで発見された、というような事例を期待しています。


2 ● hamster078
●27ポイント

日本ではありえないですが、ルバング島の小野田さんとか。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

小野田さんも、ルバング島の前は日本で暮らしていた(召集されたときは上海でしたが)ので、文明に触れた状態から隔離された方ですよね。


3 ● kanan5100
●26ポイント

http://homepage3.nifty.com/xidaox/5.htm

今を遡ること660年程前の南北朝時代に肥後の豪族菊池武重が球磨川のほとりまで遠征した折に、これより先は熊山と称し人家等全くないと言われているにもかかわらず古い飯椀が流れ下ってきた。これを怪しんで探索を命ずる。しかし山方役人10名が樵夫を道案内に山に分け入ったが原生林が生い茂り、山道はまるで闇夜のようで西も東もわからず引き返してきたので、その時はそのままになってしまった。

やがて、山中に「煙とは見えず、さりとて雲でもないようなぼんやり霞んでいる一角があったが、人里と思えば思われるのだが・・・」と注進する山役人がいた。そこで、「足利尊氏が新田や楠にやぶれその敗兵が山中に隠れ住むことが無いとも限らぬ」ということで「落人体の者、また怪しき者を見つけたら直ちに注進するように」と触れ渡した。やがて、小川町の商人らしき者が何かわからないが筵包みを背負い頬かむりをして朝4時頃に山へ向かい夜10時頃帰ってくる。一月に4度5度、不思議であると注進するものあり。

そこで、小川村の庄屋を呼び出し怪しい男の事を尋ねた。すると、この男は塩売り勘兵衛といい、10年前はその日の暮らしにも事欠くほど貧乏していたが、近年俄かに裕福となり土蔵を建てており、村人の噂になっているという。早速勘兵衛を召し出して問い詰めると「一荷にないの塩商いをやっていたが、稲荷明神を信心日夜家業に励んでいたところ、夢にに衣冠正しき老人が現れて、今から熊山へ行くがよいとのことで、喜んで熊山に分け入った。すると、やはり霊夢をこうむって導かれてここまで来たという男二人に会った。」という。この事は親兄弟にももらさじと神への誓いの文書を取り交わし、向こうからは熊の胆、熊、鹿、狼の皮などを塩と交換し身代を増やしたと述べたという。家数150軒ほど、ここを所の名を五家というと。

その後全国の土地は秀吉の検地で調べつくされていますし、さすがに近代以降はこのようなことはないようです。

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

こういうのを待っていました。

平家の落人は、その時の文明の時間の流れとは違う時間の流れを進んでましたよね。

でも、秀吉の検地で調べつくされてしまいましたか。検地以降に平家の落人伝説みたいに移り住んで未発見、というロマンが残ってないかなぁ、と。

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