人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

初めて『船』で旅をした人を調べています。また、日本人では誰ですか?


●質問者: ata11
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:日本人
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● yamadakouzi
●35ポイント

大昔(紀元前遥か昔です)の人です。名前の無い時代だと思いますが?

設問が良くないのでは?

http://q.hatena.ne.jp/


2 ● KUROX
●35ポイント

どのあたりから「旅」という認識でよいかですけど。

平安時代ぐらいなら、OKそうに個人的には思えますが・・。

■奈良時代

http://www.saga-ed.jp/workshop/edq01454/rekishi.htm

■平安時代

平安時代の船旅の記録で有名なのは『土佐日記』

http://www.ni.bekkoame.ne.jp/potos/discs-tec.htm

■江戸時代前期

http://www.interq.or.jp/white/ishiyama/column2.htm


3 ● chinjuh
●10ポイント

日本で、なるべく古い時代で、歴史に残っていて(縄文以前の民俗の移動とかじゃなくて)、船の旅をした人、ということならば、日本にあった奴という国の王様の使者が中国の後漢に使者を送り、その金印(漢委奴國王印)を授かるという出来事がありますね。当時のことなので当然船の旅です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%80%AD%E5%A5%B4%E5%9B%BD%E7%8E%8...

『後漢書』「卷八五 列傳卷七五 東夷傳」に

「建武中元二年 倭奴國奉貢朝賀 使人自稱大夫 倭國之極南界也 光武賜以印綬」という記述があり、後漢の光武帝が建武中元二年(57年)に奴国からの朝賀使へ(冊封のしるしとして)賜った印がこれに相当するとされる。

建武中元二年(中国の元号)に、倭の奴国の使者で、大夫と自称する人が貢ぎ物をもってやってきた。それは倭国のごく南にある国である。光武帝は金印を授けた」とでも訳せばいいですかね。ただ、固有名詞が残ってるような人じゃないんですよね。大夫は役職名かなにかだと思うので。


もっときちんと固有名が残っている例ならば、第二回の遣隋使の小野妹子あたりがかなり古いと思うんですけど。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%A3%E9%9A%8B%E4%BD%BF#.E7.AC....

第二回目は、『日本書紀』に記載されており、607年(推古15)に小野妹子が大唐国に国書を持って派遣されたと記されている。



世界で、ということならば、かなり伝説的になりますが、箱船で大洪水を乗り切ったノアなどは古いです。また、一説によれば、メソポタミア神話がノアの伝説に影響を与えたと言われているので、ジウスドゥラうあウトゥナピシュティムのほうが古いかもしれません(どちらも大洪水を船で乗り切った人です)。洪水からの避難が旅と言えれば、ですが。いずれの場合でも、すでに船というものがこの世にあったのが前提ですから、それ以前にも船旅をしていた人はいるはずです。



●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ