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“ストーンヘンジ”に関する質問です。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%83%98%E3%83%B3%E3%82%B8

●何のために建てられたのか
●どうやって建てられたのか

この二つはストーンヘンジに関するベタな疑問だと思いますが、
この不思議に対する仮説を教えて下さい。
ただし、
現在最も有力と言われている説に関してはすぐに分かると思いますし、みなさんその回答になってしまいそうなので、
最有力説以外でお願いします。

どうぞ宜しくお願いします!!

●質問者: ryota11
●カテゴリ:旅行・地域情報 芸術・文化・歴史
✍キーワード:ストーンヘンジ ベタ 不思議 現在
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 4/4件

▽最新の回答へ

1 ● piko-piko
●15ポイント

1.何のために建てられたのか

料理のため。巨人の宇宙人が、その上に鍋を置いて囲って食べた。


2.どうやって建てられたのか

巨人なので手で持ってきて作った。


この説、実は、ケロロ軍曹からです。巨人の宇宙人は、ちょっと、ぶっとび過ぎでしょうか(笑)


リンクはダミーです

http://q.hatena.ne.jp/

◎質問者からの返答

あ、いや、こういうことじゃなくて・・・。

本当に学者たちが立てているものでお願いしたかったです。。

回答どうもありがとうございました。


2 ● どんジレ、どんさん
●80ポイント

id:ryota11 さん、こんばんは。今度こそ(?)、「最有力説以外」を探してきたつもりです。勢い余ってムー方面に走ってしまったらすみません。


UFO-LAND:次元をかける少年

http://aquara.hp.infoseek.co.jp/zigen-syounen.htm 左記URLより引用

単なる祭祀の碑と見なされがちなドルメン、メンヒル、ストーンヘンジなどの巨石遺構は、古代の人たちが他の次元、あるいは高次元的な存在と関ろうとした精神(励振)装置だったのかもしれない、という着想に魅力を感じます。

この説の場合、他の次元との通信機みたいです。どうやって作ったのかまでは解説されていませんでした。


Megaliths Introduction

http://www.lithos-graphics.com/stonecircle/introduction.html 左記URLより引用

その数は当時ブリテン島に住んでいたであろう人口を考えると、不自然なほど多いと言ってもいいほどです。古代の巨石文化は世界各地でみられますが、これほど多く残っている場所はなく、ブリテン島の石器時代の人々は無類の石好きだったと言ってもいいでしょう。

長い文章の中から、一部だけ引用して曲解(?)するのは気が引けるのですが、「作られた時代の人口にしては、巨石が多すぎる」という指摘がとても魅力的に感じられました。この説を進めれば、「好きだから作ってみた」「作るの大変だけど好きだから頑張った」で説明終わりですよね……。


世界の遺跡紹介(ヨーロッパ)

http://www.crc-japan.com/data/w-ruins/d-4.html

↑亡骸が見つかっていないはずなので根拠が薄いかもしれませんが、「墓説」が並記されていました。「お墓が必要だから作った」「石は重いけど信仰の力でがんばった」という感じでしょうか。


宇宙人編

http://members.aol.com/hajikeda4/p37.html

↑超古代文明か宇宙人が作った説


アトランティス・ブループリント:知の冒険シリーズ

http://www.gakken.co.jp/mu/books/bouken/bouken.html 左記URLより引用

そして、彼らが発見したのは、大ピラミッド、ストーンヘンジなど世界の聖なる遺跡は、各地で独立して造られたものではなく、全地球的な壮大なる設計図により配置されていたとしか考えられない、驚くべき事実であった。

全地球的な壮大な設計図により配置されたそうです。「設計図の都合上」作り、「超古代文明」の力で立てた、ということになりそうですね。


以上、一つでも楽しんでいただける説があれば幸いです。

◎質問者からの返答

たくさんありがとうございます。

ちょっとフィクション的なのが多いですね(笑)

ありがとうございました!


3 ● piko-piko
●60ポイント

すみません、問題をしっかり読んでいませんでした。そして、学者さんの説を探してみたのですが、見つかりました♪


地球上のエネルギー・ネットワーク


( ムー第46号 P35 )

どうやら巨大な謎が浮かびあがってきた。西ヨーロッパのメガリスと、それをネットワークしたレイ・ラインは、エネルギー・システムと関係があるようなのだ。


“石"を中心にしたエネルギー回路とは、まさに“アトランチスの科学"そのものを思わせるではないか。実際、古代超文明とレイ・ライン・システムの研究家ジョン・ミッチェルは、この巨石文明について、次のような大胆な仮説を提示している。


「地球の表面全体に巨大なエネルギー・ネットワークがひろがっている。数千年前のある時期、特別の使命をおびた人々が各地を訪れた。何か卓越したパワーを駆使して彼らは巨石を切り出し、その場所の要求にしたがって立て、これらすべてを直線網でつないだ。


その恩恵によって、各地の人々は豊かな生活を享受することができた。我々の知らない神秘的なエネルギーを利用したこの先史文明は、我々のそれとは全く違った姿をしていたのである」


? 飛行するシャーマンたち


空中飛行したドルイドの出発点が、ストーンヘンジ


この巨文明にも、ブラトンのアトランチス物語に匹敵する胸おどる物語が残されている。それはシーザーの『ガリア戦記』が伝える“ドルイド"の話である。


ドルイドとは、紀元前10世紀頃からキリスト教徒に征服されるまで、現在のフランスやイギリスで勢力を誇ったケルト民族の司祭階級である。森の奥に隠棲して、自然の秘奥を観照することによって、来世、天理の動き、未来などを見通した賢者の集団であった。


かつて、ストーンヘンジなどの巨石遺構は、ドルイドが建造したものだと考えられていたが、現在では否定的な意見が多い。いずれにせよ、彼らが5000年前の巨石文明の直接的な後継者であることはまちがいない。


ドルイドは不思議な力の持主だった。その超能力を使って、空中を飛行し、死者をよみがえらせ、天候を管理し、幽体を飛ばして時間の障壁を通り抜ける…といったことができた、という。


しかも、その空中飛行の出発点となった地点が、ストーンヘンジなどの“聖なる遺物"であり、その航路はレイ・ラインに沿っていた、といわれる。彼らドルイドは、メガリスとレイ・ライン・システムが秘めた謎の力を利用する方法を知っていたのだ。


例えば、イギリスのドルイド、アバリスは、“黄金の矢"と呼ばれる道具を使ってギリシアまで飛行したという。サマリアの魔術師シモン・マグスがローマで魔術を競いあい、空中飛行中に聖べテロに墜とされたのは有名な話だが、マグスにはモグ・ルイスというドルイドの弟子があった。


空中飛行術もマグスが伝授したものだが、そのルイスは頑丈な飛行機を持ち、アイルランド上空で敵の飛行機と空中戦を行った、といわれている。

引用元は、巨石ミステリーです。

◎質問者からの返答

あ?、おもしろいです!

ありがとうございます!


4 ● nofrills
●100ポイント

これの前の質問に投稿すべきか迷いましたが、「何のために」と「どのように」に該当し、(おそらくは)最有力説以外のものなので、こちらで回答します。


さすがにストーンヘンジは「謎」が大きすぎて、「仮説」がいろいろありすぎて、しかも英国だけにマニアが多すぎて、ドルイド教やらウェールズのナショナリズムやら多くの要素が絡んでいるので次から次へと「新説」が出てきて大変なことになっていると思うのですが、聞きかじったことがあるもののなかからひとつだけ、とてもおもしろかったものを。2000年ごろの研究調査です。


【不思議】

ストーンヘンジはそもそも何のために作られたのか。


【仮説】

巨石や溝、土塁がなければ、ストーンヘンジの一帯はただの草原であるように見える。しかし、最初に石が立てられたころには、あの場所は地域の人たちによって宗教儀式上重要な場所となっていた。数百体の人骨が発見されていることから、石が次々と立てられる前には、ストーンヘンジは火葬場として利用されていたのではないかと、考えられている。


紀元前2,600年ごろには石が加えられていたが、そのころにもまだ、ストーンヘンジは「死」と強く結びついた場所であった。考古学者たちも、巨石群がどのような用途だったのか、地域の人々にとってどのような意味があったのかについては、はっきりとはわからないとしているが、夏至と冬至の日の太陽の動きと合っていること(<前の質問の2番のご回答に詳細があります)は、意図的に設計されたものと考えられており、あの巨石群が暦などとして使われていたとの説の根拠となっている。


しかし、2000年に製作されたドキュメンタリー、Secrets Of The Dead: Murder At Stonehenge(死者の秘密:ストーンヘンジでの殺人)では、考古学者で、エイヴベリーのストーンサークル博物館のキューレーターであるMike Pitts(マイク・ピッツ)が別の説を検討している。「実際には、『暦』だという説に同意している考古学者はかなり少ないのです。巨石の配置は科学的なものであるというよりは象徴的なものです。キリスト教の教会が東西、つまり日の出と日没の方角を指すようになっているのと同様です。」


ストーンヘンジに巨石(メガリス)が加えられたのと同時期に、東に数マイルいったところに別の巨大サークルが作られていた。ただしこちらは木で作られていた。「木は生きた材料です。そして石は死んだ材料です」とピット氏は語る。「つまり、木のサークルは人が生きているときの儀式に使われたもので、また、死者がこの世からあの世へ行く間の一時的な姿で存在しているとされた場所だったのではないでしょうか。」死亡からしばらくすると、死者の魂はストーンヘンジへ移動し、死者の世界で先祖たちに合流する。ストーンヘンジの石は、これら先祖の人々を表すものではあるまいか。「ひょっとしたら、これは夏至の日に起こることだと考えられていたのかもしれません。生きている者の世界と死んだ者の世界とは、太陽の動きと月の動きと結び付けられるのです」

# なんかちょっとだけですが、「お盆」みたいですよね。


【不思議】

ストーンヘンジで発見された、斬首された男性の骨は何を意味するのか。


【仮説】

ストーンヘンジからは多数の人骨が発見されているが、そのなかに、斬首された男性の骨があった。上述のドキュメンタリー、Secrets Of The Dead: Murder At Stonehengeでは、考古学者で、エイヴベリーのストーンサークル博物館のキューレーターであるMike Pitts(マイク・ピッツ)がこの謎に迫った。


斬首された人骨は、1923年の発掘作業で発見されたものだ。第二次大戦中、1941年のロンドン大空襲で失われたと思われていたが、1999年に自然史博物館(the Natural History Museum)に「4.10.4番」として保存されていたことが、ピッツ氏の調べでわかった。


放射性炭素分析の結果、この人骨は約1300年前(620年から770年の間、特に可能性が高いのは650年から690年の間)、アングロ・サクソン時代のものと判明した。歯を科学的に鑑定したところ、この地域で生まれ育った人(アングロ・サクソン人)だということが判明した。彼は鋭い刃で斬首されており、儀式らしいものが行なわれた様子もない(<たぶん、副葬品のようなものがなかった、ということだと思います)。ピッツ氏は、この男性は処刑されたのだと断定している。「男性の処刑はアングロ・サクソンのものでした。私たちがその結論にたどりついたことで、すべてが変わりました。」


「ストーンヘンジ Stonehenge」という語は、古英語で「石の処刑場(絞首台) stone gallows」を意味する。しかしながら、考古学的な証拠によれば、アングロ・サクソンの時代にはストーンヘンジの地で処刑が行なわれることは通常ではなかった。ピッツ氏は「というわけで、この男性の処刑は何か特別なことだったと考えられます。よほど強く見せ付けたいもので、神話的にも重要なことだったのではないでしょうか。その当時、人々がストーンヘンジにどのような思いを抱いていたかといえば、それはもう大変にリアルで大きな思いだったことでしょう。ですが、今に至るまで、私たちにはそれがどういうものだったのか、まったくわからないのです。」


――以上、番組の公式サイトと、番組を紹介する地域新聞の記事を参考にまとめました。マイク・ピッツさんは大学の先生などではなく、市井の研究者(アマチュアの考古学者)だそうです。ストーンヘンジに関しては、こういうアマチュアの方が非常にたくさんいらっしゃいます。


なお、この番組は、PBSで放送された "Secrets of the Dead" シリーズ中の1作で、シリーズのほかの回のいくつかはDVDが出ているようですが、ストーンヘンジはVHSだけのようです(しかも、amazon.com のマーケットプレイスでプレミアがついています)。


このあと2005年の夏至に、マイク・ピッツさんたちは、巨大なスポンジを使ってストーンヘンジを再現するというイベントを行いました。テレビで中継されていたそうです。写真は下記に。

http://www.megalithic.co.uk/article.php?sid=2146412203


この「再現」のときに、ダービーシャーの建築の専門家、ゴードン・パイプスさんが、「ウェールズからウィルトシャーまでどのようにしてあの巨石を運んだのか」について実験をしています。「学者先生には思いつかないことでも、俺ならでっかいものを動かすのは日常茶飯事だから」ということで、「引っ張ってきた」という一般的学説とは違う、「持ち上げて持ってきた」説を実験したそうです。BBCの記事もありますが、パイプスさんのサイトに写真入りで説明があります。梃子の原理を使うことで、28人という少人数で、石を移動させることができた(比較実験:引っ張ってみたら、28?58人が必要だった)との結果が得られたそうです。この説が支持されているのかどうかはわかりません。


また、ついでに見つけちゃったので書いておきますが、2007年8月に、石を三本使ったもの(漢字の部首の「門構え」のような形状のもの)の上の一本をどう置いたかについて、ブリストルの建築専門家、Nick Weegenaarさんが新説を唱えたとのことです。下記BBC記事の一番下で、図解(アニメーション)が見られます(右下のNEXTをクリックしてください)。ただこの説は「当時の技術で可能だったのかどうかが疑問」と言われてもいます。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/england/wiltshire/6908300.stm


あと、あの巨石群の一部の石がウェールズの石だということが既に判明しているのですが(→大まかな地図)、ストーンヘンジの近くに埋葬されていた4,300年前の遺体が、歯の鑑定の結果、ウェールズ人だとわかった、という報道もありました(2004年)。

http://news.bbc.co.uk/2/hi/uk_news/wales/south_west/3823387.stm


とにもかくにも、ストーンヘンジは文書での記録というものがない時代のもので、「絶対にこれ」ということがわからないからこそ多くの人を引き付けているわけで、謎解きの新説は永遠に次々と出てくるのではないかと思います。


あと、この質問の2番のご回答でも少し言及されていますが、ブリテン諸島(ブリテン島とアイルランド島と、そのあたりの小さな島々)には先史時代の巨石の建造物はいろいろあります。例えばオークニー島(スコットランドの北のほうの島)には「Ring of Brodgar ブロドガーの輪」と呼ばれる遺跡があります。写真は下記で。ただしこれらとストーンヘンジとの関連は薄いのだそうです(詳しいことは私にはまったくわかりませんが)。

http://en.wikipedia.org/wiki/Ring_of_Brodgar

http://www.orkneyjar.com/history/brodgar/

◎質問者からの返答

あ?、今回もとても分かりやすく参考になりました。

nofrillsさんの回答で、ストーンヘンジのことを大体分かった気になっちゃいそうですね(笑)

ありがとうございます!!

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