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アニメや漫画などのフィクション作品において、アメリカでは「スーパーマン」「エックスメン」のような非科学的なものが、日本では「鉄腕アトム」「ガンダム」のような科学的な作品が多いような気がするのですが実際どうなのでしょうか?
もしそうだとしたら、このような違いはどこから来るのでしょうか?

●質問者: retorin
●カテゴリ:趣味・スポーツ 書籍・音楽・映画
✍キーワード:アニメ アメリカ エックスメン ガンダム スーパーマン
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 7/7件

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1 ● gday
●10ポイント

私の目から見ると「鉄腕アトム」や「ガンダム」は非科学的なものです。特にガンダムのニュータイプなんかエックスメンと完全に同じ範疇だと思いますが。

基本的に「フィクション」は非科学的な話が多いと思いますし、それが日本と海外とで大きな差があるとは思えません。


2 ● Lew
●19ポイント

科学的、非科学的という比較をするとアメリカのコミックのほうが科学的な感じがします。例えばファンタスティックフォーは太陽の紫外線によりDNAが変化し特殊能力を得る設定ですし、スパイダーマンも化学実験で遺伝子操作された蜘蛛にかまれて力を得ています。今回あげられている例から察するに、日本はロボット、もしくは主人公がロボットに乗るのに対して、アメリカの漫画は生身の人間が力を得るという違いの由来のことではないかと推測しました。

アメリカで好まれるのは”ヒーロー”です。強靭な肉体や能力を持ち、見返りを求めず、率先して弱者を救う、そのために率先して悪を倒すものが人気があります。

逆に日本のロボットものは基本主人公が進んで戦うということをせず、なんだかの要因をもって戦っていくうちに成長をしていくものが人気があります(ガンダム、エヴァンゲリオンなんかそうですね)

また、派生していった起源の違いがあるのではないかと思います。

日本では、鉄腕アトムがロボット漫画というジャンルを形成し、ロボットというキーワードを元に今日までロボットものが作られてきたのに対し、アメリカでは1938年に生まれたスーパーマンの大ヒットからスーパーヒーローというジャンルが生まれ、今日まで来ているのではないかと考えられます。


3 ● totsuan
●19ポイント

質問者の言わんとすることは何となく分かります。

ただ、どこを科学的と捉えているのかについては、回答者の視点とのずれもあるようなのであくまで個人的見解として聞いてください。

>アメリカでは「スーパーマン」「エックスメン」

>日本では「鉄腕アトム」「ガンダム」

(質問者が比較対象として出した例が偏っているようにも見受けられますが)私の知る限り、アメリカで流行してきたアニメ・コミックの中では日本に多く見られるような「主人公がロボット・メカを操って活躍する、あるいは主人公そのものが人間でない(ロボットなど)」タイプの作品は殆どないように思います。むしろ「主人公が人間をベースとした特殊な存在である、あるいは改造による特殊能力を操る」という作品が有名のようです。

これはそれぞれのお国柄といいますか、主人公に対する嗜好が大きく関わっているように見受けられます。

日本では、昔から「人間自身が人工的に外見や能力を変化させること」への抵抗があるように思います(例:外科手術に対する抵抗感)。更にはそれよって通常と違う能力を持つ/本来持っている能力を失った存在への違和感を感じやすいため、こういった主人公が出現する作品では、同様の素質を持ったキャラが次々に出現することで特殊性を薄めている様に思われます(例:ドラゴンボールZ、NARUTO)。また、更なる能力を身につける際、ほぼ必ず”探検/修行/特訓”の類(即ちあくまで本人の努力によるもの)がついてまわります。主人公自身が人間離れする代わりに機械や可逆的な能力変化装置を使ったり、何らかの使役キャラの力を借りて圧倒的な力の差を見せ付けるタイプの作品は受けが良いようですね。

一方アメリカでは、民族の多様性もあってか外見の差異はあまり問題となることはないようです。なので、外見が人間とは著しく異なるキャラ(宇宙人など)が頻繁に登場します。しかし、あくまで世界の中心は”人間”であることがお約束のようです。主人公はヒーローとしてのカリスマ性を必ず持っているようですがかなり人間くさい一面も持ち合わせています。能力的には必ずしも圧倒的な力の差は必要なく、敵味方互いの背景も実に混沌としていることから、一方的な善悪はつけ難いように思えます。能力差の際立ちがやや乏しい反面、幸運/偶然による展開が多いのも特徴的でしょうか。

あとは、それぞれのキャラクターの設定がどこを中心に細かく設定されいるか、ということになるかと思います。


4 ● SALINGER
●18ポイント

コメントのa2giさんが書いてることが正解です。

アメリカの漫画は子供を対象にしたものが多く、大人が読めるもの科学的なものなどは未発達だからです。それに比べ日本の漫画はアメリカに比べ非常に多様化しています。


詳しく説明すると、日本の漫画は60年代に起きた漫画の青年化というプロセスを経て、子供の読むものから大人の読むものまで多様化しました。日本は特に思春期の読者層に対する対応がよく子供と大人の間の中間層を取り込みます。70年にはドラえもんとゴルゴ13が連載を開始し、子供から大人まで漫画を読み、多様なサブジャンルを作り出していきます。少女漫画。4コマ。同人誌。エロマンガ等です。


アメリカの場合は同じ60年代に、漫画の青年化が起きたときに赤狩りと同時に社会的なバッシングが起こり、そのときに多様化しつつあった漫画が社会的に叩かれてアングラ化してしまいます。その結果、スーパーマンをはじめスーパーヒーローの類型だけが残ります。


当時のアメリカでは50年代から60年代、第2次世界大戦で大量の若者が復員してきて、街には元気のいい職の無い若者が急に溢れて、いきなり暴力が増えました。そのころケネディ暗殺。それでどうしてアメリカには暴力が溢れるんだと偉い人が原因を考えて、その矛先はテレビと映画と漫画に向けられます。それでテレビの中から暴力シーンは削られ、漫画は何を書いてはいけないという道徳的なマニュアルが作られてしまいます。そのような時代背景のため漫画が日本ほど発展しませんでした。


5 ● yoiyami3
●18ポイント

日本もそっち系の作品があるので違いがあるとは言えないかもしれませんが…

その時代で言うとロボット関係の玩具販売という点でロボットアニメが乱発していたというのも

あるのではないでしょうか?

作品の内容は日本人らしいという部分なのか消極的だけど英雄になって

世界を平和に導く戦いに流れるというパターンが多く、アメリカは一般人がなんらかの形で

超人的な力を得たのでヒーローになってしまう、なるしかない。

というストーリーが多い気がします。

文化的な問題なのか判りませんが英雄のあり方が作品の違いに繋がっているのかも知れません。

例の作品では、アトムもガンダムも幾人かの協力者や組織という存在があってヒーローたる

主人公が活躍していますが、スーパーマンやエックスメンはどちらかと言えば数人の協力者とか

孤高のヒーローという感じだと思います。

「自分が英雄になる」という思想と「誰かが英雄になるがそれがなぜか自分であった」

という思いの違いが日本とアメリカにはあるのではないでしょうか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%9C%E3%83%83%E3%83%8...


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