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未だに連座制がある野蛮な日本は啓蒙されるべきでしょうか?

日本で犯罪が起こると犯人の家族が不利益を受けるわけだが、
そういう野蛮人的な悪習は廃絶すべきじゃないですか?

事件や事故が起こると、犯人の家族が被害者や家族に謝るらしいですが、
それは野蛮の極地なので今すぐ止めるべきだ。

また、被害者らの犯人の家族に対する批判・謝罪請求・賠償請求は弾劾され、非難されるべき。
今でもこれらは『不法行為』であるはずだが、守られていないし認識されていない。

もういっそ新しい法律を作って、連座責任的行為・本人以外の家族に不利益を与える行為をする者を訴追すべきだ。


おれはこんな野蛮な国に住むのはつらすぎる。

議論してください。


●質問者: hermione1218
●カテゴリ:政治・社会 生活
✍キーワード:不利益 不法行為 事故 啓蒙 家族
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 62/62件

▽最新の回答へ

[1]家族に対する批判 TAK_TAK

批判もそうですが、

逆に賞賛されるようなケース(少ないですが)も

この理論でだと、逆差別としてだめではないですかね。

いや、もちろん質問者はそのようなことは述べてないですが...


[2]”野蛮”なのかなあ navy_fia

いわしなので変なところをつつくようですが、文化や価値観や習慣の差であり、"野蛮"か違うかという問題ではないと思います。

考え方次第では被害者への償いを分担する連座制の方が被害者側の立場からすれば効率的かもしれないですし。


や‐ばん【野蛮】

1 文化が開けていないこと。また、そのさま。「―な土地」

2 教養がなく、粗野なこと。また、そのさま。「―な行為」


ただ、"悪習"であることは私も同意です。

"野蛮"だからやめようというのでは説得力に欠けると思われるので、ここは一個人の自立の重要性やそういった側面を法や文化的に強調し、犯人(もちろん成人した人についてですが)とその家族というのは別なのだという意識をつけることができれば連座制の考えは減るのではないでしょうか。


[3]>2 返信ありがとうございます hermione1218

>考え方次第では被害者への償いを分担する連座制の方が被害者側の立場からすれば効率的かもしれないですし。


この考え方をする人を必ず見かけるが、本質が分かっていないと思います。

問題は、『なぜ何の責任も存在しないのに不利益を受けたり罪悪感を感じねばならないのか?』

ということ。

つまり、連座的な習慣は、家族や親族の”関係”を理由に不利益を受けるという点で、非常に理不尽かつ非人間的な習慣です。

『何の責任も存在しないのに不利益を受けたり罪悪感を感じねばならない』ことは、その主体となる人にとっては、悪質な人権の侵害でしかありません。

そういう習慣があるという点で、”野蛮”と表現しました。

『考え方次第では被害者への償いを分担する連座制の方が被害者側の立場からすれば効率的かもしれない』

被害者だろうがなんだろうが、何も責任の無い人に何かを求める権利はありません。

むしろ、それは”悪”です。

そもそも『償い』とは、不法行為や悪に対してなされるものですから、無実の者にそれを要求するというのは勘違いも甚だしい、単なる『恐喝』です。

『被害者』というのは、不道徳行為や不法行為をする免罪符になりません。

もしそれらの行為をするなら、ただの『犯罪者』または『無法者』です。

いくら『被害者』が『効率的補償』という利益を受けたとしても、それが連座的な要素を含む限り、一種の不法行為であると見なされなければならないと思います。

あなたの書かれた考えでは、万引き犯が不法行為を行って『おれが利益を受けたんだからよいんだ!』と言うようなものです。


[4]>1hermione1218

家族の行いによって他の家族に賞賛や名誉が波及される場合ですか?

もちろん、それはありますよ。

実際には、『あの人が偉いんじゃなくて、あの人の家族が偉いんだ』と皆知っています。

ではなぜ、その場合は容認されるのか?

なぜなら、『不利益を受けるどころか、利益を受ける』からです。

たとえ自分の行為でなくとも、利益を受けるのを拒む人がいますか?


こういう例を考えてください。

Bの夫がAを助けた。AがBにお礼をする。問題ありますか?

Bの夫がAから金を盗んだ。AがBに返済請求。この場合、Aは逮捕されます。『恐喝』です。


[5]>3 結局、 skinheadbutt

>問題は、『なぜ何の責任も存在しないのに不利益を受けたり罪悪感を感じねばならないのか?』ということ。

なんだかんだ言っても、ここですね、問題は。

家族、親族には『何の責任も存在しない』と考えるかどうかですよ。

ケースによっては「親にも責任有るだろ」っていう犯罪もあるという

考え方が今の日本では一般的ってことでしょう。

質問者さんはあらゆるケースにおいて家族には何の責任も存在しないというお考え。

しかし、教育や躾などについて考慮する必要はない、と考える人は恐らく少数派じゃないかな。


あと、質問文中にある『犯人の家族が被害者や家族に謝る』ことは、べつに野蛮な行為ではないでしょう。

「恐喝」されて謝罪するのならともかく、申し訳ないと頭を垂れること自体が野蛮とは思えない。

それが仮に論理的に間違った行為であるとしても、少なくとも野蛮ではない。


[6]個々の立場と罪状によって違うからなんとも…。 zalop

極端な例ですが、18歳の少年が強盗殺人を行った場合、犯人の弟妹はむしろ被害者。

しかし犯人の両親(もしくは保護者)は被害者へ謝罪すべき、と思う。

逆に親が行った犯罪について子や孫は何の責任もない。

配偶者の場合はケースバイケース。

飲酒したことが明らかな人間の車に同乗して、重傷を負っても、同乗罪は逃れられないのと根底は似ているかなと思います。


[7]少しだけ、反論 junti

私も質問者の意見に賛成です。

特にマスコミの過剰な取材は困ったもんだと思います。

しかし、

ある江戸時代の研究者の話を聞いたことがあります。

それによると、江戸時代は問題の連座制が厳格に行われており

犯罪者の家族はもちろん、住んでいる組の人まで責任をとらされた、

とか。

それが犯罪の抑止効果になっていたのだそうです。


[8]日本に限ったことですか? hissssa

犯罪であれ事故であれ、身内の不始末が家族や親類縁者に及ぶのは日本に限ったことではないと思いますが。交流の全くない親戚とかならともかく、身内と呼べるほどの関係であれば、およそ人類社会すべてにおいて、ある程度の責任は避けられないと思います。

そもそも家族は社会における運命共同体であって、基本的にはお互いがそれぞれの存在のもたらす利益を享受して生きています。父親は働いて家族を養い、母親は家事をして家庭を支え、子供はその手伝いをしたり親に対する老後の保障になったり等々。ほかにも色々形はあるでしょうが、そうやって利益は享受するのに、不利益が発生したときには他人の振りというのはあまりに身勝手ではないでしょうか。


[9]>4 具体例について考えてみたら umi_no_shizuku

サリンの被害者で、治療費の工面や介護の負担で経済的に大きな負担を強いられている人たちがいる。

麻原の家族は賠償に参加しているかどうか知らないが、別荘を転々とし取り巻きに囲まれている。

麻原の家族が責任を感じる必要は無いと言いたいかもしれないが、世間以上に贅沢の生活を送るのはどうかと思う。

麻原の家族が私立の入学を断られたとか、教団とはなれて他人の善意にすがって医学部に通いたいとか

言うたびに話題になるが、被害者家族で事件のせいで経済的に、介護の為に進学をあきらめた人はいないだろうか。

オウムによって得た利益を全て投げ出した上で「もう責めないで下さい」と言うならまだ話は分かるが

それでも、やはり世間様以上の贅沢を簡単に手に入れようとすれば責められても仕方ないと思う。

実は少し前に話題になった少年犯罪の遺族と犯人のその後を書いた本を前に立ち読みした。

立ち読みなので下記の記述に関しては一言一句正確と言う訳ではない。

少年犯罪の被害者家族が、犯人の父親がなかなか払わない賠償金を成人した犯人本人に払ってもらおうとしたそうだ。

少年法に守られてなんと弁護士になった少年から「自分は父親と違って支払い責任が無い」と言う意味のことを言われ

「金に困っているなら借用書を持って来れば貸してやる」と言うような事まで言われたそうだ。

いったい誰が弁護士になる為の教育費を出したのか。

それは、賠償金の支払いより優先されるべき物なのか。

遺族の少女は母親の介護の為に進学をあきらめて経済的に困窮していると言う。

日本では財産と言う物は概ね血縁によって受け継がれる物で犯罪による利益を家族が受ける事も多い。

早い話、質問者の言うようにすると、犯罪によって得た利益は家族の名義にしてしまえば良い事になる。


[10]住むのがつらいなら移住すればいいじゃないか streakeagle

韓国でも北朝鮮でも中国でも手近で好きな国に。


[11]>7 どうも hermione1218

どうも!

でも抑止効果で正当化されるなら、五人組も正当化されるよね。


[12]>6 私もそう思います。 yazuya

子供の犯罪に親はある程度責任がある以上、責められても野蛮だとは思いません。

未成年なら特にそうですし、成人していても育て方の問題というのはあり得るでしょう。

兄弟などはたしかに責任があると考えられるケースはかなり少ないので責めるのが間違っていることが多いでしょうが。


>もういっそ新しい法律を作って、連座責任的行為・本人以外の家族に不利益を与える行為をする者を訴追すべきだ。

刑事的にも脅迫や名誉毀損・侮辱などが異常な糾弾を抑えていると思います。

たしかに、訴追されていないものが多いですが、法律の問題というより運用の問題でしょう。


[13]>9 ??? hermione1218

>少年犯罪の被害者家族が、犯人の父親がなかなか払わない賠償金を成人した犯人本人に払ってもらおうとしたそうだ。

そもそも、未成年の父親だから支払い義務はある(法的に)

もちろん本来は本人にあるわけだから、少年の説は誤り。

オウムのと一緒にする意味がわからない。

あなたの言い分では、犯罪者の子供は被害者に謝らなきゃいけないわけですかね?

なんで

>世間以上に贅沢の生活を送るのはどうかと思う。

とか言われるのかが全くわからない。

おそらく麻原の財産は相続放棄されているはず。

>やはり世間様以上の贅沢を簡単に手に入れようとすれば責められても仕方ないと思う。

あなたの言い分では、彼らが被害者以上の贅沢をするのはダメだということですね?

責任も無いのに?

>サリンの被害者で、治療費の工面や介護の負担で経済的に大きな負担を強いられている人たちがいる。

それを理由に麻原の家族にゴチャゴチャ言うのは単なる『八つ当たり』じゃないですか?

麻原本人に言う権利はありますが。

>麻原の家族が責任を感じる必要は無いと言いたいかもしれないが、世間以上に贅沢の生活を送るのはどうかと思う。

矛盾してませんか?責任が無いなら、そういう不利益だの制約だのを言われる筋合いは無いと思いますが。

>犯罪による利益を家族が受ける事も多い。

早い話、質問者の言うようにすると、犯罪によって得た利益は家族の名義にしてしまえば良い事になる。

基本的に、不当な相続財産は保障されませんよ?

つまり、受け継がれません。


>麻原の家族は賠償に参加しているかどうか知らないが、別荘を転々とし取り巻きに囲まれている。

だから、相続放棄したと思うよ。

その上で、取り巻きに囲まれるだのを言われる筋合いは無い。

彼らが何か犯罪したのか?それなら言ってもいいが・・・

普通の信者どもじゃないか?


>麻原の家族は賠償に参加しているかどうか知らないが

していません。法律は連座制を採用していませんから、当たり前です。



>被害者家族で事件のせいで経済的に、介護の為に進学をあきらめた人はいないだろうか。

だから、なんでそれで家族が責められるんだ?意味分からん。


>麻原の家族が私立の入学を断られたとか、教団とはなれて他人の善意にすがって医学部に通いたいとか

言うたびに話題になるが、

別にいいだろ。彼女が何かやったのかい?


まあ、とにかく

>やはり世間様以上の贅沢を簡単に手に入れようとすれば責められても仕方ないと思う。

これが一番不快です。

だからさ、なんで何も悪いことしていないのに、このセリフを言われるのですかね?

簡単に手に入れてもいいじゃないですか。無罪なんだからさ。


結局、あなたは『加害者の家族は被害者の家族以上に贅沢するな!幸せになるな!』

ということですね?

それを連座制を言わずに何と言うのでしょうかね?


[14]>6 そうですね hermione1218

>犯人の弟妹はむしろ被害者。

なんで兄姉は書かないのでしょうか?基本的に差が無いと思いますよ。

確かに、親とそれ以外で分ければよかったです。


[15]>12 うむ hermione1218

>兄弟などはたしかに責任があると考えられるケースはかなり少ないの

そもそも、共犯の要件がない限り責任はないかと。

兄弟は保護者じゃないので。


[16]>5 そのとおり hermione1218

>ケースによっては「親にも責任有るだろ」っていう犯罪もあるという

>教育や躾などについて考慮する必要はない、と考える人は恐らく少数派じゃないかな。

うん、親は別個に考えるべきでした。失念してた(汗

じゃあ、

?親

?その他

という分類で、

?に関しては一切の連座的責任を全否定してもいいでしょうか。

(あくまで連座的責任ですので、共犯の要件を満たせばそれはそれで問題にしますが)


[17]>8hermione1218

>程度の責任は避けられないと思います。

どういう責任?まさか、家族だからだ、という根拠のない責任ですか?

そもそも『自分の行為でない』のに責任を負わされるのだから、理不尽の極地ですよね?

>家族は社会における運命共同体

違います。互いに助け合う血縁などによる共同体です。

いつから運命共同体に?

>基本的にはお互いがそれぞれの存在のもたらす利益を享受して生きています。

そのとおり。絆や血縁で結ばれた共同体です。


>そうやって利益は享受するのに、不利益が発生したときには他人の振りというのはあまりに身勝手ではないでしょうか。

そこの理論の飛躍が分からない。いつから連帯保証人になったんですかね?


[18]>8 ?? hermione1218

そもそも、なぜ『互いに支えあう』家族が、

『尻拭いをしなきゃならない保証人』という解釈になったんだ?


『助け合う』のは、家族の中でですよね?

>父親は働いて家族を養い、母親は家事をして家庭を支え、子供はその手伝いをしたり親に対する老後の保障になったり等々。ほかにも色々形はあるでしょうが、そうやって利益は享受するのに、不利益が発生したときには他人の振りというのはあまりに身勝手ではないでしょうか。


おいおいw

だれか説明してあげてください。


[19]>17 hissssa

>そこの理論の飛躍が分からない。いつから連帯保証人になったんですかね?

日ごろ世話になっている人が苦境に立ったら、即座に見捨てるんでしょうか?。自分の利益だけを考える態度のほうがよほど野蛮人的だと思いますが。

犯罪であれ事故であれ、不始末をしでかすとは、その人が言わば社会に対して負債を負うということです。法的には罰金なり受刑なりでその償いを行うわけですが、それはあくまで最低限の償いです。通常、社会倫理的にはそれ以上の償いが求められるものですが、必ずしも本人に償いきれるものではありません。その時に身内たる者が一部なりとも肩代わりするのは、誰よりもまずその本人のために行う行為であり、人倫としては当然であると考えます。

無論、どこまで責任を負うべきかは場合によって異なります。相手との関係や実際の不始末の内容により千差万別であり、倫理的な価値観もからむので万人が納得するような基準は難しいでしょう。


[20]野蛮人的習慣なのかなぁ? ncnr

私の親や兄弟が傷つけられたら、私も傷つく⇒私も被害者だ⇒加害者に対して損害賠償を求めることができる⇒加害者を犯罪に走らせないようにできなかった周囲の環境(加害者の家族)にも責任がある

ということではないでしょうか。


[21]>20 どうも hermione1218

>野蛮人的習慣なのかなぁ?

あたりまえだろ

じゃあ聞くが、どうやって?予見できたら止めてると思うが。

具体的にお願いします。

また、兄弟や息子にもそれを言うのでしょうかね?

もしそうなら凄い悪党のように思えますが。

「家族」と「保護者(親)」は使い分けましょう。


[22]>19hermione1218

もちろん見捨てません。

>罰金なり受刑なりでその償いを行うわけですが、それはあくまで最低限の償いです。通常、社会倫理的にはそれ以上の償いが求められるものですが、必ずしも本人に償いきれるものではありません。

民事などの場合ですね?

本人に払いきれない場合は、債務不履行になるだけです。

もちろんその本人を家族が養ってあげればいいじゃないですか。

なんで、

>身内たる者が一部なりとも肩代わりするのは、誰よりもまずその本人のために

なるんですか?

もともと債務不履行なので、本人の為にもなりません。

犯人も家族に鷹ってまで払わないでしょうね。

>人倫としては当然であると考えます。

なわけないだろ。

借金取りが家族のところに来たら犯罪なのと同じ。

金借りた家族のために「肩代わり」することが家族のためになるはずがない。

自己破産するべき。


それで被害者の遺族が犯人の家族に払えといったら、「八つ当たり」の「恐喝」でしかありません。

>必ずしも本人に償いきれるものではありません。

だから家族が払うべきという考えがおかしい。

別に犯人を見捨てろとは言ってない。普通に養うべき。

だから、なんで犯人の賠償金をその遺族のために払ってやらねばならんのか?

そんな義理はないし、不条理だろ?

借金を家族に払わせるか?刑務所行っちゃうけど。

結局、

悪いのは本人だけ→本人に払う気が無いならそれまで。

→本人が払いたければ、払わせればいい。

ただし、家族に寄生するのはよくないので、どっちにしろ家族のためにも金を使わなきゃならん。返済は滞るだろうな。

どっちにしろ、その家族が賠償することじたい犯罪みたいなもんだ。

(理由:悪いことしてないのに金を払わされるから。だれでも理解できる)


[23]>22 hissssa

まず賠償ではなく社会倫理の話をしているんですが。例えば他人に怪我を負わせてしまった場合、法的な罰を受けて賠償金を支払えば、相手に対して謝る必要は全くないとお考えですか?。

償いは全て刑事罰と金銭で可能であり、謝罪とか誠意が全く不要だという倫理観の上での話であれば、これ以上何も言うことはありません。少なくとも私は、犯罪であれ事故であれ他人に迷惑をかければ、まず第一に謝るべきであり、賠償だの何だのはその先の話であると考えます。

しかし、その犯罪なり事故なりで、相手を死なせてしまったり一生モノの怪我を負わせてしまった場合はどうなるでしょう?。その場合、どれほど謝っても到底許されるものではありません。でも、無駄だからといって謝らなくていいという話にはならないでしょう。たとえ許されることがなくてもひたすら謝り続けるしかありません。そのほんの僅かな足しとしてでも、一緒に謝ることが出来るのは身内たる者だけです。それをしないということは、見捨てたことと大差ないでしょう。

金銭的な賠償についても話は同じですが。償いの一環として金銭が含まれる場合、当人の償いを完済させてあげるために身内が協力するのは別におかしい話ではないと思います。無論、あくまで本人の自己責任で解決させるという倫理観もあると思います。どちらが正しいかは人それぞれですが、少なくとも「自己責任で解決させるけど生活の面倒は見る」という御主張はおかしいと思いますが。


[24]>23 おかしくないです hermione1218

>少なくとも「自己責任で解決させるけど生活の面倒は見る」という御主張はおかしいと思いますが。

どこが?

>そのほんの僅かな足しとしてでも、一緒に謝ることが出来るのは身内たる者だけです。それをしないということは、見捨てたことと大差ないでしょう。

なんでそれが『見捨てた』ことになるの?

説明乞う

『謝る』の意味を理解してください。

謝罪ですよ。

つまり、『悪いことを詫びる』です。

だからさ、悪いことをしていない以上、『謝る』という行動自体成立しえないんですよ。

謝罪などをするのはあくまで本人です。本人にしか責任がありえないから。

それで一緒に住んでいてなぜ『見捨てた』になるのか理解に苦しむ



つーか結局はさ、

被害者が謝罪or保障されないじゃないか!

ってことでしょ?

それなら犯人の家族を持ち出すことがお門違い。

全く責任ないんだからさ。

その上で、彼らが犯人と一緒に暮らそうが、そうしようが、被害者がつべこべ言うことじゃないよね。

もし犯人が幸せになるのが許せんなら、犯人に直接言えば?

ってこと。


[25]>24 hissssa

>>少なくとも「自己責任で解決させるけど生活の面倒は見る」という御主張はおかしいと思いますが。

>どこが?

本人が自己責任で解決できない借金を背負っているのに、家族が衣食住の面倒を見るのが正しいんですか?。面倒を見るのも無料じゃないのに。その主張が通るなら、借金しまくって返済できない人が親に養ってもらってのうのうと暮らすのも有りってことになりますが。その借金がサラ金とかでなく友人知人からのものであった場合でも、倫理的に全く問題ないとお考えでしょうか。

>>そのほんの僅かな足しとしてでも、一緒に謝ることが出来るのは身内たる者だけです。それをしないということは、見捨てたことと大差ないでしょう。

>なんでそれが『見捨てた』ことになるの?

まず私の一連の話の前提として、「他人に迷惑をかけたらきちんと償うことが当然」という倫理観があります。「払えないものは仕方ない」「謝れないものは仕方ない」という倫理観ではありません。その上で、どれほど謝罪しても許されないほどの罪を背負ってしまった場合の話をしています。その場合、一生をかけて謝り続けるしかないわけですが、その道行きをただ一人で行かせることが身内として「見捨てる」ことにならないというのであれば、それ以上言うことはありません。

もちろん、その当人が「払えないものは仕方ない」「謝れないものは仕方ない」と開き直るタイプの倫理観の持ち主であれば話は別です。被害者の感情など気にせずにのうのうと暮らせばいいでしょう。どっちが野蛮かは第三者の意見を聞きたいところですが。


[26]>25 誤解しているようだが、 hermione1218

払えないものは払えない。それは事実だ。じゃあ、本人がどうするのか?

結局そういうことだ。

悔恨の念がある・開き直る・その他・・・

支払いの可否・・・

いろいろな選択の内、迫られているのは本人だけだ。

その上で、何も悪くない家族はどうか?

被害者と全く関係なく、幸福追求権があります。

もちろん何も責任を負うような行為をしていないので、

自分たちの幸福を専ら追求する権利があります。

これは、誰だってそうです。

だから、当然、不利益を受けたくはありません。

これは、『人間として当然の権利』です。

『自分の行為でないことに不利益を受けない』これは

全ての人権の根源になるべき原理です。

だから、当然の結果として、

『どうすれば幸福か』という『利害』を考えます。

その結果、『犯人は賠償を家族に頼らない』ということになりますね。

なぜなら、その方が明らかに家族の利益になるからです。

これはむしろ”正義”です。

自分のやってもいないことで不利益を受けるなら、それは全て”悪”です。

もちろん、家族は犯人をどう扱おうと自由です。

離婚するなり、追い出すなり、これまでと同じく接するなり・・・

それは、人間同士の絆を追及する”権利”であり、

それは”連帯責任を負うこと”とは無関係に保障されます。


だから、『一緒には住む。その上で家族の利益を図る』

これは『当然』です。

その上で、犯人の行動は専ら本人に委ねられます。

開き直るのか、曖昧にするのか、家族を優先するのか、・・・

ただ、少なくとも家族が肩代わりすることは、

『正義に反する』わけで、『家族の全体に利益にとってマイナス』なので

そうすべきではない。



本音を言えば、誰だって家族の方が他人より何億倍も重要なわけで、

家族にとっては、犯人が債務不履行で開き直るほうが『幸せであり、得』です。だって、家族は悪くないから。

そうならば、当然『損じゃない』選択をします。

家族は『最も利益になる選択』をする自由が良心的にもあるはずです。

それは何ら後ろめたいものではありません。

あるいは、本人に踏み倒しをもとめるかもしれません。

それもいわば”当然”なのです。


つまり結局は全て本人の意思次第です。

ただ、人生と家族を捨てて詫びる人なんて滅多にいないですがね。




それで犯人が逃げ得云々を言うなら、制度のせいですので。


>本人が自己責任で解決できない借金を背負っているのに、家族が衣食住の面倒を見るのが正しいんですか?。面倒を見るのも無料じゃないのに。

正しいです。家族は自己の金銭の使用の自由があり、

それを『家族の扶養』に用いただけです。なんら不道徳ではありません。

それとも、その金で返済しろ!ですか?

その方がおかしいと思いますよ。本人の金ではないんですから。


>借金しまくって返済できない人が親に養ってもらってのうのうと暮らすのも有りってことになりますが。その借金がサラ金とかでなく友人知人からのものであった場合でも、倫理的に全く問題ないとお考えでしょうか。

『自己破産』という制度があります。

また、養ってもらうことには、少なくとも養う方には何ら問題なしです。

道徳的にもね。自分の家族を不利益にしないのは当然じゃないですか。

専ら返さない人が問題だと思います。

>その借金がサラ金とかでなく友人知人からのものであった場合

借りた人が悪い。

なぜ身内が悪いのか?

困窮した家族を養うのは普通。

それが『代わりに返せ!』というのに結びつかない。



>他人に迷惑をかけたらきちんと償うことが当然

借金の話もそうだけど、結局返済できないくらいどうしようもない場合。

何度も言ってきたけど、だからなぜ家族が?

家族は当然『自分たちの幸福』に沿って行動するから、そんな被害者のことかんか考える必要はないと思うけど?

要は『本人がどうするか?』ってことでさ、結局払えないなら自害するか開き直るか、そもそも罪悪感が軽いかしかないんじゃない?

たぶん家族は犯人も含めて自分たちの利益に沿って動くだろうから、

犯人がどうしても返済したければ返済すればいいと思うよ。

ただ返済するくらい善い人間なら、家族に迷惑はかけないと思うし、

家族も何の関係無い被害者に払う金など出さないと思う。

そこらへんはお互い了承するでしょ。


あなたの言うような、返済不可能なのにどうしても払いたい!という人が仮にいたとして、じゃあどうしろと?

連座制は”悪”です。

もうそうなったら、死んで保険金で払いますか?


まあ、もしそんな方がいたらですが


[27]前提からして間違っています Baku7770

http://www.ntv.co.jp/gyoten/oa/080123/01.html

テキサス大学オースティン校でライフルを乱射したチャールズ・ホイットマンが遺書に「ママはこれから僕が起こすであろう不幸を知らずにすむ」と書いているように、犯罪者の家族が苦しむのは日本だけじゃないですよ。

家族だという理由だけでと仰いますが、家族だからこそ犯罪者になったことを悲しみ、被害者に謝れるんです。私も個人で犯罪学を研究していますが、犯罪者に対して何の感情も持ちませんし被害者に対して詫びようとも思いません。必要もありませんし。

ただし、自分の子供が犯罪を犯したら悲しむでしょうし、被害者に謝ります。世間からの非難も受けます。

あさま山荘事件の犯人の一人の父親が自殺したのをご存知ですか?世間から非難される前ですよ。それでも、そんな息子に育てて申し訳ないといった遺書を残して。母親は命中しなかったからとは言え、息子に狙撃されながらも説得を続けました。身内だからできるんです。

前提も間違っていれば、結論も間違っています。


[28]>3 やっぱり"野蛮"とは違いますね navy_fia

あらかじめ書いておきますと、私が書いた「連座制の方が被害者側の立場からすれば効率的」の部分は必ずしも"野蛮"とはいえないと言う一例で、連座制を肯定しているわけではありません。

私は質問をみて質問者が"野蛮"という言葉を多用し、だからやめましょうという理論を展開しているが、それに説得力がないと言っているのです。

冷静に質問を読み返したら感情に訴えているように思えませんか?

"野蛮"というのは大多数の人間の価値観がそろわない限りは文化や習慣や価値観の差異でしかありません。

例えば捕鯨問題で牛やカンガルーを食べる国が鯨を食べる国を"野蛮"と言って非難していますが、ベジタリアンからしたら肉を食っているのでも"野蛮"だったりするのです。

返信の「何の責任も存在しないのに」という部分だけとっても、回答をみてもわかるように価値観が多様に存在しており、質問者が"野蛮"と思ってそれをベースに説得しようとしても"野蛮"と思わない人には意味がないのです。

そもそも人権の侵害かどうかを野蛮かどうかの尺度で計るのも微妙ですけどね。


ただ、返信は冷静に書かれており「連座的な習慣は、家族や親族の”関係”を理由に不利益を受ける」などは切り口を考えれば説得力が出ると思います。

これを見ると連座制の根底は日本人が昔から個人よりも団体を尊重する傾向にあるためかと。

弱者をチームワークで救える長所もあるが、責任も追わないといけないと言う短所もあると。

連座制はこれを逆手にとって、犯罪者の親族に必要以上に負荷をかける要因となっているため、今後は個人を尊重し、責任などもシフトして不要な負荷は減らすべきかと。

そして、これを実現する近道が教育なり法整備なり啓蒙活動だったりすると。


私も書いていて練りが甘いし、根底もこれで正しいかは考えないといけない部分は多いとは思っていますが、少なくとも"野蛮"だからやめようと言う最初の質問状況よりはいいのではないでしょうか。


[29]集団の怖さ Im_Me

一度、ある集団提訴に注目した事がありますが、被害者や被害者に同情する部外者の、被告家族に対する姿勢には、ぞっとする物がありました。

被害内容と、被告に対する感情的な部分は仕方ないと思いますが、その家族にも矛先を向け、完全に個人を中傷する行為を平気で行っていました。

時折、「被害内容と感情論、被告とその家族は別にすべき」という声が出ましたが、冷静になれない被害感情を殊更煽るだけになっていたようです。

私個人としては、「加害者」であった以上、家族は謝るのが「人間の感情として」当然あると思っています。

むしろ、野蛮な感覚の方が「家族であっても他人」と切捨てられるのではないでしょうか。

家族だからこそ、自分が止められなかった、気付けなかったという後悔の念があるはずです。

それは親が子を育て、教育するから、という理由だけではありません。

それは夫婦でも、兄弟でも、同じではないでしょうか?

ただし、それはあくまで加害側の家族の意思が主体となって行うべきであり、被害側やましてや社会がそれを強制する、あるいはその姿勢を批難するのはお門違いだと思います。

ただでさえ、マスコミやインターネットが煽り立てる現在では、家族に被害・加害関わらず、事件の当事者が出れば、生活は脅かされます。

顔や声を出す事でそれが大きくなる危険は捨て切れません。

現実に謝罪の声を出している家族は、そのリスクを負って、それでも行っているのでしょう。

それらを野蛮と切り捨てるのは、あまりにも人間らしくありません。


野蛮という観点には賛同できませんが、そろそろマスコミの過剰報道や、野放しに中傷ができるインターネット環境を取り締まる必要があるとは思います。

これは加害者・被害者どちらに対してもです。

ただこれは報道規制・言論規制にも繋がってしまう為、とても扱いは難しいと思います。

「常識的に言って、これはまずいだろう」と言う簡単な事でも、法律で定義するのは難しいですからね。

Baku777さんの回答の親御さんも、自殺であっても世間に殺された、と言えるかもしれません。

これも個人の意見ですが、どんなに謝罪の気持ちがあったとしても、「謝罪を理由とした自殺」を「良い事」だとして持ち上げるような社会は避けるべきだと思っています。


インターネット事件簿「ぼったくり」「氏ね」はどこまでが表現の自由?


[30]>13 仮に法的責任が無くても倫理的責任は負うべき。 umi_no_shizuku

仮に法的責任が無くても倫理的責任はある。

気の毒ではあるが家族にその能力があれば最大限の「倫理的責任」を果たすべきだ。

それを軽んずる人間が「そういう人間だ」と言う評価を受けるのは致し方の無い事だと思う。

被害者の家族が「単に家族だと言うだけで」被害者の苦しみを共に担っている時に、

加害者の家族が「単に家族だと言うだけだから」気兼ねなくのびのびと自己の幸福を追求する。

それではバランスとしておかしいと思わないかい。

ところで上記の意見とは直接関係ないが、下記の書籍を参考に読んでみてはいかがだろう。

最近映画になった東野圭吾の小説「手紙」

主人公は加害者の弟。殺人犯の身内として差別を受け苦しむ。

ある日会社の上司から「犯罪者の身内への差別はあってしかるべき」と言われる。

連合赤軍事件をモデルにした小説「食卓のない家」作者は確か女性。

主人公は犯人の父親。

成年に達した息子のした事を親が償うのはおかしいと考え会社も辞めないで通す。

妻は夫に「父親として世間に詫びてほしい」と願うが受け入れられず精神を病む。

実際の少年事件の被害者遺族のその後を追った「心にナイフを忍ばせて」

遺族はずっと苦しみ続けるが犯人とその家族は終始自分たちの都合を優先させ続ける。


[31]>30 返答です hermione1218

>遺族はずっと苦しみ続けるが犯人とその家族は終始自分たちの都合を優先させ続ける。

当たり前。犯人本人とか親でもない限り、責任は皆無。

>被害者の家族が「単に家族だと言うだけで」被害者の苦しみを共に担っている時に、

少々キツイ言い方ですが、身内が死んだら悲しいのは当たり前。

それを八つ当たりしたら犯人のようなカスと同じ。

別に無理に悲しんでくれとは言ってない。

そもそも、

>倫理的責任

とは何か?

結局貴方の言い分は、『家族だから同罪ニダ!』ってことでしょ?

それを否定しているんだってば。


『手紙』なら私も読みました。

本に書いてあることを鵜呑みにする前に、自分で考えてみたらいかがでしょうか。

>加害者の家族が「単に家族だと言うだけだから」気兼ねなくのびのびと自己の幸福を追求する。

それが『当たり前』と考えられないのが理解できない。

何か悪いことしたのか?

>それではバランスとしておかしいと思わないかい。

思いません。

要するに、『被害者の家族が苦しんでいるんだからお前らも苦しめ!』ってことでしょ?

兄弟とか子供にとってはいい迷惑じゃねえか。


親の場合とその他の場合で区別して考えたら?


>仮に法的責任が無くても倫理的責任はある。

仮に・・・ってのが謎。むしろ共犯とかの部類は極少数だが。

>倫理的責任

『責任』というからには、どんなものか教えてほしい。それも示さずに言われても分からない。

まあ、仰りたいことは、『戸籍や血縁で繋がってりゃ無条件に責任あるんだよ!』ってことですかね?


[32]>27 返信 hermione1218

その事件は私も知ってる。死後に脳に腫瘍が発見された件でしょ?

アメリカでもイギリスでも連座的な非人道的風習は、否定されてますよ。

基本的に兄弟とか息子その他は謝りませんし悪いと思いません。

この点では日本が絶対的にアホ。あくまで『この点では』です。何でも欧米か!というわけでもないです。

例えば身内が殺人しても引越しとかしませんから。

また、これは制度上のものだが、マスゴミがそういう報道をすると裁判おこされて

凄い金を払わされるとか。

まあどっちにしろ、『親』と『それ以外』で分けて考えるべきだった。

アメリカでも親は批判されるかもしれんしね。

まあ少なくとも『それ以外』で何か言われるのは『悪である』っていうマトモな精神があるからなあ


>犯罪者に対して何の感情も持ちませんし被害者に対して詫びようとも思いません。必要もありませんし。

これはあなたが『親以外の親族』だった場合ですよね?

その健全かつ正常な考えが日本にないからなあ・・・

要するに、

『親』の場合に限り、責任その他もろもろが存在する

ってことでおk?


[33]>28 うん。 hermione1218

確かに、最初から議論らしくすればよかったと思います。

最初に野蛮ということばを使ったのは、今日ではほとんど弁解の余地がない悪習、

例えば”不当な差別”などに劣らぬ劣悪さであることを強調したかったんです。

私が述べた、『全く悪を為していないにも関わらず不利益を云々』というのは、

何も物理的なものだけではありません。

精神的なものもです。

この場合『子供が犯罪を犯した場合の保護者』は特殊なので置いときますが、

それ以外の身内、例えば兄弟や親が犯罪を犯したとき、何故か罪悪感を感ずる人がいますよね。私は冗談抜きで、その感情が理解できないのです。

なるほど、他人の感情や心情を合理性や条理によって頭ごなしに否定するのは得策ではないかもしれませんが、こう考えることもできます。

例をあげると、『部落差別』。戦前、この差別は、『当然』であり、否定することは『悪』と思われていました。

本気でです。

その考えの中にいる人間にとって、いくら合理的・論理的に善悪や道徳を説明しても、

なかなか受け入れられません。

これは日本だけではなく、どの国もそうです。

しかし、日本が先進国と呼んでる国は、さまざまな流れのなかで”悪”や”不条理”を廃して、人類的な徳や正義に近づこうとしています。


今議論している連座的な責任の問題で言えば、

アメリカ・カナダ・イギリス

保護者や親の責任はさておき

その他の家族親族の責任は全否定しています。

日本人が根拠に使う『倫理的責任』ってやつもです。

むしろ、その考えは”悪”とされています。

他の国は調べてないので知りませんが、

”先進国”では悪習から脱却した国家が多いのは確かだと思います。


あと、厚かましいようですが、

umi_no_shizukuさんに反論したいのですが、

私の脳味噌が未熟でできません。

『それは明らかに違うだろ!』と思ってても、敢然たる反論ができないことってありますよね?

力をかしてください。できれば代りに・・・


[34]>30 横槍失礼 neet-neet

う?ん、umi_no_shizukuさまの説明は、議論としてはいただけないと思います。

質問者さまの仰る『被害者的八つ当たり』そのものですし、最初の議論で『被害者の家族は加害者の家族にとって被害者である』という根拠のない説が質問者に(論理的に)否定されているので、それに変わる論理的説明がなされなければ、議論じゃなくなってしまうと思います。

また、『親』と『家族』を混同していませんでしょうか。

質問者さまも、親の責任は全否定されているわけではないと思います。『配偶者、兄弟、子供、親戚』の責任は、私も完全否定しています。理由はいまさら書きませんが(申し訳ありません)。


umi_no_shizukuさまのご意見は、つまるところ、

・「加害者の家族は被害者の家族より幸せになるな」

・「被害者の家族が不利益を受けたんだから、加害者の家族も不利益を受けろ!」

ということでしょうか。

出しゃばって申し訳ないですが、2番目の意見はこの場で否定させていただきます。

「家族は加害者の『所有物』ではないですよ」

「お前は俺の車を壊したから、お前のも壊してやる」という考えはできません。

一人の”人間”である以上、自分の行いでないことで害を受けることは、許されません。それが許されれば犯罪も許されてしまいますし、被害も公然と認められてしまいます。


[35]>34 犯罪を抑止しなかった責任。 umi_no_shizuku

犯罪を利益追求型の物とそうでない物に分けて考えるとどうでしょうか。

例えば「手紙」のように家族を大学で学ばせる為の費用を盗み人を殺したとします。

大学に学費を納付した後捕まったとします。

小節の設定とは異なりますが被害者側にも進学期の子供がいたとして、

盗まれたお金と保護者を失った事で被害者の遺族が大学に行けないとしたら、

加害者の子供は「納付後に捕まってくれて良かった大学に行ける」と行ってしまって良いのでしょうか。

善意の第三者として贈与されたお金だから問題無しに使って良いのでしょうか。

可能ならば授業料だけでも払い戻してもらって被害者に返すべきではないでしょうか。

払い戻しが不可能なら、自分が不当に得た利益を自分が働く等の別の方法で返す努力を

すべきではないでしょうか。

又利益追求型の犯罪でない場合はどうでしょうか。

多くの場合、近所から見てもその兆候が事前に感じられたケースは多いです。

何らかの相談機関に届ける等するべき事をしなかった責任はないのでしょうか。

家族関係の鬱憤がたまっていた、家族が悩み等に取り合う気遣いを見せなかった事が

犯罪に繋がった場合はどうでしょうか。


[36]>35 反論です neet-neet

>善意の第三者として贈与されたお金だから問題無しに使って良いのでしょうか。

この場合、ほとんどの確率で善意の第三者説は否定されます。

犯罪で得た金は保護されないから、請求されて終わりです。

また、善意の第三者を用いる前に、大学の費用は保護者(後見人)が払い、契約するので、当然に、その保護者が『犯罪で得た金で』契約していたら、無効にできるし解約できるし返還されることができます。

だから、今あげられた例は、成立しませんので、ご安心ください。

無論、

>加害者の子供は「納付後に捕まってくれて良かった大学に行ける」と行ってしまって良いのでしょうか。

>善意の第三者として贈与されたお金だから問題無しに使って良いのでしょうか。

もともと犯罪者の金じゃないので(盗むなど不正に得た金なので)返す返さないはハッキリしてますよね?


これはあくまで、『犯罪者の家族が犯罪によって得た利益を享受した場合』です。これは普通の不法な利益と何ら変わらないので、

もし知らないで貰ってたら、返せばいいだけです。

裁判でもそう言うと思います。

ただ、注意が必要なのは、

返還責任は、

加害者の家族が犯罪を知ってて意図的に利益を受けた場合→全額

ですが、

知らなかった場合、何も知らずに犯人に騙されて、若しくは犯人が勝手に払ったわけだから、例の状況では『入学拒否して払い戻しが可能』な額だけですね。これは別に法的倫理的に正しいですよね?

>不当に得た利益を自分が働く等の別の

この場合は、『返還不可なので入学した場合』ですよね?

それなら仰る通り、『不当に得た部分』は返すべきでしょう。

しかし、『返還不可でも入学しない場合(理由は通年の学費が払えないからとか不当な金で行きたくないとかいろいろありますが)』は

umi_no_shizukuさまの言われる『利益』がないので、『返還』は不可能だし、おかしいと思います。


>多くの場合、近所から見てもその兆候が事前に感じられたケースは多いです。

?少年犯罪のことを言っているのでしょうか?

それなら、もし『仮に』そういう兆候があったと認められたような場合は、責任があったでしょう。ただし、あくまで『保護者』だけですが。

これもよろしいですよね?まさか兄弟などの責任があるとは微塵も思わないでしょう?

ただし、

>何らかの相談機関に届ける等するべき事をしなかった責任はないのでしょうか。

これが成人犯罪の配偶者や兄弟の責任を言っているなら問題です。

まず、相談機関など精神科くらいしかないし、『異常』の域に達していないと構ってくれません。

傍から見て『やべぇ』くらいの状況です。

あ、その前に、失礼かもしれませんが、

もし成人犯罪の『相談』しなかった責任について仰っているなら、そんなものはありません。

なぜなら、

?相談する場所が無い。届け出る場所が無い。

?万が一相談したとして、何もしてくれない。

?家族から見て異常だとは気がつかない。

精神科は家族が言っただけでは診察しません。

キチガイでもない限りは。

?で、気がつかないのが悪いというのは無しですよ。

大抵気がつかないんですから。不可能なことをやれとはいいませんよね?

umi_no_shizukuさまも家族の心や秘密を何でも知っているわけではないと思います。そんなことがあったら逆にイヤです。

また、知っていたら止めるんじゃないですか?

家族が逮捕されるのはイヤですから。

止めても止まらないんじゃ、責任の範疇ではないです。

さらに言わせて頂けば、『犯罪を予想するのは限りなく不可能に近い』です。言い換えれば『犯罪を抑止するのは普通はムリ』。

よって責任はありません。

予想できてたらこんなに犯罪は増えません。

予想できてもどうしようもありませんが。

umi_no_shizukuさま以外にも『抑止できない責任』と言う方は結構いらっしゃいますが、それは事件後に取ってつけたように言っているだけです。少し考えればそれが空虚なこじつけ(つまり、責任は無いということ)に過ぎないのが分かります。

もっとも、umi_no_shizukuさまが最初から少年犯罪の、しかも保護者に関してのみ言及していたなら、そういう説もありかと思います。




無礼を承知で言わせていただければ、質問者さまと議論していた時の意見といささか違ってはいないでしょうか?

『”犯罪で””家族が”得た利益は返すべき』というのが今の説ですが、

前のご意見では『家族という理由だけで責任を負うべき』をいう連座制そのものの意見であったように思えます。

むしろ、『犯罪で』『家族が』得た利益を『利益を得た本人が』返すのは、何も問題ない普通のことですよね?



最後に、

>家族関係の鬱憤がたまっていた、家族が悩み等に取り合う気遣いを見せなかった事が

犯罪に繋がった場合はどうでしょうか。

これは理由にならなさ過ぎます。

少年犯罪の保護者にしか通じませんね。

・仲の悪い兄弟

・遺産争いする兄弟

・仲の悪い夫婦

・浮気する夫婦

・離婚しそうな夫婦

こんなの腐るほどいますよね。

これで『腹が立った』といって『八つ当たり』で犯罪を起すんですから。

家族の責任なわけがないですよね?

仲が悪くてムカついた。ムシャクシャしてやった。↓

これで家族の責任になるんじゃあ、どうしようもないですね


[37]>36 被害者側の不幸はもっと不条理 umi_no_shizuku

>不当に得た利益を自分が働く等の別の

この場合は、『返還不可なので入学した場合』ですよね?

それなら仰る通り、『不当に得た部分』は返すべきでしょう。

だったらやっぱり、オウムの麻原の子供たちも、不当な利益によって本来手にできない筈の贅沢な子供時代を過ごした訳ですよ。

だったらまず「自分の幸福」を追求する前に「自分たちの不当な利益による贅沢な生活」の為に犠牲にした人たちに最大限借りを返して裸一貫から出直すべきでしょう。

本来被害者にわたるべき教団の財産を「教団関係者からの支援」などと言う名目で食いつぶしながら「私学に行きたい」だの何だの優雅な生活を続けるのはおかしいと思います。

抑止責任についてですが、

自分への暴力を避ける為にアルコール依存症で暴力癖のある人に酒を飲ませる。

様子のおかしい家族の目につくところに刃物を無造作に置いておく。

「誰それを殺してやる」などの発言を繰り返している事を相手や警察に告げない。

自分は働かず犯罪によって得たお金と薄々察しながら生活費にする。

暴力傾向が家族ではなく外に向かうよう誘導して良しとする。

犯罪以外に達成する手段のない相手に贅沢な生活を要求する(家、車など)

上記のようなケースなど「家族として生活していた」以上は犯人とともに責任を負ってほしいと思うのですが。

犯罪者の身内が不利益を受けるのも不条理と思われるでしょうが、加害者と利益を共有する事もなく突然被害にあった被害者側の不幸はもっと不条理です。


[38]>37 『もっと』(笑って何? neet-neet

>被害者側の不幸はもっと不条理

要するに、最初の議論の時からから、結局はこの意見なんですね?

凄い幼稚だと思いますよ。

身内が殺されて不条理なのは当たり前です。

不条理なことをしたことによって犯人が逮捕されたんです。

不条理なことをしなければそもそも逮捕されません。

>犯罪者の身内が不利益を受けるのも不条理と思われるでしょうが、加害者と利益を共有する事もなく突然被害にあった被害者側の不幸はもっと不条理です。

もっと不条理です(笑

『もっと』と言うこと自体、『不条理』について分かっていないのではないでしょうか。『もっと不幸』ならわかりますが。

それで、『自分が不条理だから相手も不条理でいい!』と。

なるほど、犯罪者的考えですね。

結局、『不条理』とは認めているワケですね?

『不条理』=『悪い』と言う感覚が普通の人だと思うのですが。

『不条理』でも容認される!!という人は、不条理の意味を知らない人か開き直った人くらいしかいませんよ。


何も悪くない人に向かって『俺はもっと不条理なんだ!お前も不条理になれ!!!』ってことですよね?

犯罪者のほうがマシな意見を言うと思いますよ。


オウムの件

『不当な利益』の意味を知ってますか?

umi_no_shizukuさまは、『犯罪で得た利益』と仰いましたね。

サリン事件で金を儲けましたか??

あなたが麻原の個人資産のことを言っているなら、ご安心ください。おそらく『相続されていません』。なぜなら、資産を相続するということは自動的に負債も相続することになるので、損だからです。

まず、『不当な財産』の前提が違います。

オウム及び麻原の財産は『合法的財産』です。

微塵も違法性はないですし、犯罪性も無いです。

なぜなら、信者が払った金だからです。

オウムが被害者から強盗する集団だと思ってたんですか?


教団に賠償責任があるかないかは非常に微妙ですね。

(というのは、教団にあったとしてもただの罪無き信者は当然賠償責任は無い。おそらく『教団の金』なんてほとんどないでしょう。)

そのうえで、信者どもは『自分の意思で』麻原の家族を養っているんです。これは、犯罪とも罪とも一切関係ありません。

信者は犯罪について知らないし責任が無い、麻原の家族も同じだからです。信者が善意の第三者(倫理的意味でも)であるのだから、被害者に『彼らを養うのはやめてこっちに金をくれ!』と恐喝(あえてこう書きます)する権利はないです。

信者が養いたいです、お金を貢ぎたいです、と自分の意思で言っているのだから、麻原の家族の財産は、『法的にも倫理的にも正当』なものです。

ご心配の『教団の財産』及び麻原の『個人資産』は相続していないかと。

しかし、『麻原の財産』自体は『合法的財産』なので、当然の権利としてその半分は彼の妻のものです。

これも理解できますよね?

umi_no_shizukuさまのあげた『手紙』の例とは違いますから。

『信者が貢いだ財産』なので、正当性は保障されます。

その上で、麻原の『本当の個人の財産(つまり麻原の家の財産の半分)』は賠償に使われるんじゃないですか?訴えられたらですが。

それは差し押さえられてると思いますよ。

現教団が賠償責任が無ければ(勿論、信者が悪いわけではないから組織的請求が棄却されうる)、自分たちの金をどう使おうが構わないんじゃないですか?少なくとも自分が全く責任のない事件の被害者にあげるよりはマシな使い方はいくらでもあると思いますが。

>だったらやっぱり、オウムの麻原の子供たちも、不当な利益によって本来手にできない筈の贅沢な子供時代を過ごした訳ですよ。

だったらまず「自分の幸福」を追求する前に「自分たちの不当な利益による贅沢な生活」の為に犠牲にした人たちに最大限借りを返して裸一貫から出直すべきでしょう。

>不当な利益によって

不当でない。被害者から盗んだわけでも騙したわけでもない。

>本来手にできない筈の贅沢な子供時代を過ごした訳ですよ。

犯罪が起きなくても手にできてる。元から彼らの財産です。

被害者から盗んだワケではありません。信者からもらったんです。

信者が『返せ』といえば返すんじゃないですか?

>自分たちの不当な利益による贅沢な生活

不当でないし犯罪でもないし倫理的にも疚しくないし被害者と犯罪に何ら関係無いところで作った財産です。

>教団関係者からの支援

『教団からの支援』ではありません。

個人から金貰うのがだめだって?それ不当とか以前の問題じゃないですか?当然、この行為は何ら問題ではありません。

親しい人から金を貰う。何か問題でも?

その『関係者』が負債を負っているわけでもあるまいし。

結局、なんだかんだ言っても、『被害者が苦しんでるのに以下略!!』ってことですよね?それが不当で根拠のない劣悪な『連座制の考え』だと批判してるんですが。

以上の説明より、何ら『不当』なことが見出せないのですが。

賠償なら、麻原か教団(分裂したのでよく分かりませんが)に請求されるんじゃないですか?

少なくとも、『第三者から金を貰う・養ってもらう』のが『不当』ということはあり得ませんね。


>オウムの麻原の子供たちも、不当な利益によって本来手にできない筈の贅沢な子供時代を過ごした訳ですよ

千億歩譲って不当だったとしても、↑のような考えには至らない。

なぜなら

・当時未成年だった→親に養われている

この場合、子供が責任を負わないことは(倫理的にもですよ)常識だと思いますけど。

まさか、親が破産して『その借金で養われたんだから払え!』というのが悪党じゃないなんて思いませんよね?

こういう輩は、即刑務所行きです。

まあ、その『不当な財産』が(相続とかで)子供の所有物としてまだ残っていれば、返すべきでしょうがね。このことを仰っているんですよね?

残念ながら、今回の件は『不当』な財産ではないですけどね。


>自分への暴力を避ける為にアルコール依存症で暴力癖のある人に酒を飲ませる。

分かりました。離婚します→その後、男は殺人で捕まったとさ。

>様子のおかしい家族の目につくところに刃物を無造作に置いておく。

少なくとも、私の想像力の範疇では、想像できませんね。

もしそんなことがあったらテレビにでますよね?

犯人が『巧妙に』隠してるんじゃないですか、大抵は。それか無理やり奪うか。

とくに

>目に付くところに

こんなバカはかなり珍しいのでは?


>自分は働かず犯罪によって得たお金と薄々察しながら生活費にする。

これは問題。ただ、そういう奴が自分の使った金を返すとは思えません。踏み倒しますよね、多分。


>暴力傾向が家族ではなく外に向かうよう誘導して良しとする。

具体的にはどういうことでしょう?

『私を殴るな!誰か他人を殴れ!』とでも言うんですか?

それなら問題ですね。でもそういう人はたとえ自分が命令して殺させても開き直ると思います。

というか

>外に向かうよう誘導

こんなのは見たことも聞いたことも想像したこともないですが


>犯罪以外に達成する手段のない相手に贅沢な生活を要求する(家、車など)

これは別に『責任』じゃないですよね。

世帯主なら『買えない物は買えない』と言いますし(常識的に)、

イヤなら別れればよいですし。

>犯罪以外に達成する手段のない

・・・無職とかですか?それとも凄い贅沢とかですかね?

いやなら別れればいいじゃないですか。

犯罪を犯さないという『常識』のもとに生きているのですから、

要求した方も『合法的に』くれを言っているんですよね?

じゃあ責任はないですね。

買えないなら買えないと言えばいいじゃないですか。

そいつが見栄のために犯罪に走ったなら、自分勝手な利益のために『あえて』犯罪に走ったのだから、100パーセントそいつのせいです。

もっとも、『盗んででも買ってくれ!』と言ったんなら別ですが

そんな『責任』の考え方が通用するなら、

借金返済のために盗んだら貸主のせいになるし、

彼女にごねられて盗んだら彼女のせいになるし、

妻にごねられて盗んだら妻のせいになりますよ。

人間としての大前提が『合法』なんですから、

そんなのまで責任なんてないですよ。

・買えないとハッキリ言う

・別れる

・断る

・拒否する

・無視する

・怒る

なんで、『犯罪する』というのがでてきて、それが『高価なものをねだった』人の『責任』になるんでしょうか?

誰も『犯罪してでもくれ』何ていわないし、予想だにしないですよね(笑

そんな、『本人の異常』を家族のせいにされても、困りますって。



オウムの件では不当性が無いということを述べましたが、

あなた様が最っ初から仰りたいのは、根拠のない不当な『加害者の家族は被害者の家族より贅沢するな!!!』ってことなんでしょう?

そういう一切の考えを連座制の思想として全否定しているんですよ。

つまり、完結に言えば、何も悪くない=何も責任が無い=被害者にたいして何も負っていない=普通の人=何も制限や要求を受ける筋合いはない。

ってことです。


あなたは、どうにかして家族に責任を見出したいようですが、あれは誰々のせい、これは誰々のせい・・・と言って『無理やり、強引に』責任を押し付けて生きているんでしょうか?

そもそも、そんな無理やり責任をあら捜ししまくって無理やり詭弁で押し付けたら、世の中責任だらけで眠れませんて。


[39]連座制って oumumaru

制度としての連座制は私は公職選挙法の物しか存在しないと思っておりましたが、他にも日本には残っているんでしょうか?

おそらくそういうことではなくて、連座的責任を求める風潮について憤られておられるんですよね?

そういうことであれば、私は被害者(やその家族)が加害者の家族まで憎いと思ってしまう感情についてはこれはもう仕方が無いんじゃないかと思います。

しかし、その上で、未成年者の親の場合はおいといて、それ以外の場合は家族には責任は無いです。これはもう100%無いです。犯罪を止められなかった責任なんて負えるはずも無く、そんなの負ってたらおまわりさんはみんな刑務所行きでしょう。

また、家族以外でも生徒の犯罪を防げなかった学校とか、社員の犯罪を防げなかった会社とか・・・そういうのを糾弾するのが好きな人たちがいるのも『この人たちちょっとおかしいんじゃないの?』と思ってます。

これって個人が家族や組織などに過度に依存する気持ちの裏返しなんじゃないでしょうか?

こういう連座的な発想をする人たちほど家族や組織に必要以上に甘えているから、いざ組織の構成員が犯罪を犯した場合、これは個人の犯罪だが組織の責任でもあるって考えに逃げてしまうんじゃないでしょうか。

何かずれちゃったかもしれませんね・・すみません。


[40]>39 あなたは正しい neet-neet

基本的に同じ考えです。

>これはもう100%無いです。

同意。ならば、その前提で、少しでも”不当な”不利益を受けるのは『悪』ですよね?

(ただ、働き手が逮捕されて・・・ってのは『不当』じゃないですよ、それ以外のことです)

そもそも、犯罪が『不当で理不尽な行為で被害をもたらす悪』という理由で糾弾されている以上、不当で理不尽な連座制思想による被害も『悪』と見なされ糾弾されなければならず、

また、被害は回復されねばなりません。


>私は被害者(やその家族)が加害者の家族まで憎いと思ってしまう感情についてはこれはもう仕方が無いんじゃないかと思います。

概ね同意ですが、

これを外に出す(口に出して批判するなど、外に向けて為される”行為”)のはどう思いますか?

私は断固糾弾されるべき行為であることは全く変わらないと思います。

なぜなら、連座思想による”八つ当たり”行為そのものが『悪』だからです。

どんな理由があっても悪は非難されるべきだし、そもそも加害者の家族に全く悪が無い以上、弁解の余地は無い。

『かわいそうだから』『被害を受けたから』で容認されるような社会は幼稚であろうと思います。

それで八つ当たりされた方がもっとかわいそうですからね。

犯罪が『理不尽だから』逮捕されてるように、八つ当たりによる被害も『理不尽だから』逮捕されるってなら構いませんが(笑

そもそも『かわいそうだから』で不法行為を犯す奴は、不良やヤクザや犯罪者と同じでは?




質問者でもないのに出しゃばって申し訳ないです


[41]>40 社会にはよくも悪くも単位がある。 umi_no_shizuku

会社にやり手の社員が数人いれば業績に直接関係のない事務のOLの給料だっていずれは上がる。

逆に会社の業績が下がれば直接責任のない事務のOLの給料だっていずれは下がる。

慰安婦なんだと言う話で未だに戦後賠償の訴えが起きるが、賠償する事になれば、

主な負担者は戦後生まれの納税者世代だ。

戦前当該地域に出征した人から慰安所の利用者を割り出して負担させるとか、

戦前の当事者世代の年金を削減して当てようなどと言う議論にはまずならない。

納税者にしたって黙って負担するのは日本を受け継いでいるからにはしかたないと思っているからだ。

社会である集団に属すると言うのはそう言う事だと思う。

「貴方の責任じゃないよ」と言う労りに甘えて(刑法的な意味ではなく)道徳的・倫理的な意味での

責任まで放り出したいなら、事件以前に家族と言う集団から離脱すべきだったと思う。

それまで、ある家族の一員であると言う「身分」により、対外的にも有形・無形の恩恵を

受けてきた者が、不利な影響を避けて素知らぬ振りを決め込むのはおかしいし、

「それを八つ当たり」などと感じるなら今後はいかなる集団にも属さず生きてゆけば良い。

集団としての社会的責任を一切担いたくないなら、集団の一員である事の利益をも求めず、

集団に属さない人間として生きていけば良いのだ。

集団の一員としての社会的評価、賞賛や制裁から自由でいたいなら、究極的には国民である事も

止め、パスポートも年金も社会保障の一切もなしの「無国籍」で生きていく事を考えるべきだ。


[42]>41 おい、少し落ち着いたらどうだ hermione1218

neet-neet氏との議論を見たが、一つ残らず論駁されてるじゃないか。

それでまた最初の論題に後戻りですか・・・

質問しといてこう言うのもなんだが、詭弁が多すぎやしませんかね。


>会社にやり手の社員が数人いれば業績に直接関係のない事務のOLの給料だっていずれは上がる。

逆に会社の業績が下がれば直接責任のない事務のOLの給料だっていずれは下がる。

・・・これには正直あきれます。『責任』って・・・

社員も所詮商人なんですよ。

会社の奴が(私的に)犯罪をして会社に責任があるんですか?


>慰安婦なんだと言う話で未だに戦後賠償の訴えが起きるが、賠償する事になれば、

主な負担者は戦後生まれの納税者世代だ。

これも同じ。『国家』っていうのは『法人』なんですよ。

そんなこと言ったら、『ハンセン病患者隔離の賠償』だって『肝炎の賠償』だってそうじゃないですか。

『国家の活動』を連座制の議論に絡めている自体、浅はかすぎですよ。

じゃあ貴方は日本軍の行為に対して罪悪感を感じながら謝りながら生きているんですかね?



ははは、家族を『利益』といいますか。

そんな方は珍しいと思いますよ?


あなたのすべきことは、

>道徳的・倫理的な意味での

責任まで放り出したいなら、事件以前に家族と言う集団から離脱すべきだったと思う。

これを説明することだろう。

>道徳的・倫理的な意味での

こんな漠然としてかつ押し付けがましい説明では誰も納得できない。



>社会である集団に属すると言うのはそう言う事だと思う。

集団=連帯責任w

何処からそんな考えが?

会社の社員は『連帯責任』じゃないですよ。

それを今回の件に絡めるなら、『父の給料が下がったから家計が苦しくなる』とか『父が逮捕されたので収入が無くなって苦しむ』じゃないですかね。

例えからして見当違いです。



貴方が言っていた(私の記憶が確かであればですが;よく理由を変えてますよねw)、

『被害者の家族が不利益を受けてるのに加害者の家族が何も受けないのはおかしいニダ!!』というのに反論させてもらいますが、

一つの事件で世の中には3種類の人間が居るんだ。悪いことして被害を与える人、悪いことされて被害を受ける人、どっちでもない人。

さて、被害者が犯人に請求する『損害賠償』には『逸失利益』があります。これは『被害者(死亡)から相続した』と見なされるので、被害者固有の権利です。

もう一つ『慰謝料』がありますね。これは、被害を受けた人が不法行為そのものに対して請求できます。あれ?被害者は既に死んだのに・・・

もう分かると思いますが、被害者の遺族も『犯罪に対する被害者』と見なされます。

当然ですが、これは法的な問題ではなく全てにおいてです。

そう、加害者は犯人、被害者は『被害を受けた人たち(直接被害者と家族)』、この2者の被害・加害関係があるのです。わかったでしょうか。




また、貴方がneet-neet氏に述べた『抑止しない責任w』というのも幻想ですね。

そんなのありませんよ。成人が『あいつが止めないからだ!』『あの人が止めないからだ!』と言う発想をすることが既に責任転嫁そのものです。そんな奴は自由を剥奪して牢屋に入ればいいじゃないですか。そしたら『誰かの責任』にならなくて済みますよ。

貴方のご高説の『家族は犯罪を止めるべきニダ』というのですが、

目の前で『オレオレ詐欺』をしてたとかなら止めるべきでしょうね。

ただ、いい大人が被害にあって『止めないのは家族のせい!!!』

いやあ、随分幼稚な方だなあ。

貴方の言う『家族』は『保護者』ですね。

少なくとも貴方の言う『何々を止めろ!抑止しろ!何とかする責任がある!』なんてのは家族じゃないし、

私はそんな家族はイヤだね。


[43]>40 ええとですね。 oumumaru

>これを外に出す(口に出して批判するなど、外に向けて為される”行為”)のはどう思いますか?

どうでしょう。例えばそれが名誉毀損にあたるのならそれ相応の賠償を求めれば良いし、刑事罰の対象になるような行為なら告訴すればよいと思いますが。

そもそも犯罪者を断罪する権利を持つのは国家だけだし、被害者やその身内が加害者に勝手に報復する(仇討ち)ことは禁じられているのだから、いわんや家族となれば・・・。

ただ『糾弾されるべき』という表現がとりようによっては微妙に思えますので、外に向けてなされる行為は責任を伴うものになるという言い方をしたいんですがw

答えになってますでしょうか?


[44]>41 本論からズレまくりですが・・・ oumumaru

会社云々のことで言えば、OLさんはやり手社員さんから給料をもらってるわけではありません。やり手社員さんもいる会社の業績が上がったから彼女自身の貢献に応じて給料が上がる(逆もまた同じ)のです。だからやり手社員さんが犯罪者になったとしてもOLさんには何の責任も無いし、求める方がおかしい。

国家賠償のことでいえば国民は賠償金を負担しているのではない。国民の税金から国家が賠償するのです。この差、分かりますか?別の言い方をすれば国民は国家に税金を供託し、その使い方を決める人間を選挙で選んでるんです。日本を受け継ぐとかそういうことではありません。賠償金を払うのが嫌なら日本を出てゆくのではなく、払わない決定をする人間を選ぶんです。(出てゆく自由ももちろんありますけどね。)

このように、パスポートも年金も社会保障も受けながら賠償金を負担したくないなら、その方法はありますよ。

責任には負うべき範囲が決まっており、それは倫理とか道義(これは主観で左右されます)で決めるものではなく、しかるべき方法にのっとった統一ルールを作るんです。だれでも被害者にも加害者にもなる可能性を持っているから、あらかじめルールで、もしなったときの事を決めているんです。それが法治というものです。

そして、集団というものはこの決まり事があるから壊れないんだということを分かって欲しいですね。


[45]>41 通りすがり pikatyuuuu

議論にはルールがある。

Aということを相手に納得させるのには、Aそのものを根拠にすることはできない。

また、『○○が存在するか』という議論では、『存在する』という意見の人の方が、

最初に証明する義務を負う。「お前、無罪である証拠が無いから有罪な」とはならんでしょ。



また、『道義的責任』というごまかしもルール違反ではないか。

『責任』というからには、どういう理由で、どのような根拠から、どういうことに対しての責任であるかを説明すべきである




『会社』の例も『国家賠償』の例も恥ずかしすぎるぞ。

業績のよい会社につとめてよい給料を貰うのは当然だ。

そこに連帯責任というものが介入する余地はない。

職業とは経済活動、つまるところ商売であって、外部の状況の煽りを受けるのは当たり前だ。


よく、『企業にたいして損害賠償』を課されるが、社員には何一つ責任が課されないのをご存知か?当然の結果だ。それを分かった上での例え話なのか・・?


慰安婦らの賠償を国内の賠償と同じに考えていないか?

戦争で被害が出るのは当然だろ。

それに賠償もクソもあるか。

だいたい、戦争責任なんてものは、負けたほうが課されるんだ。

喧嘩で負けたほうが金を払う道理なんてあるか?

それを引用しているなら、殺されたほうが悪いってことかい?


[46]>44 「責任には負うべき範囲が決まっており」 umi_no_shizuku

会社の誰かのせいで業績が著しく悪くなればどれ程OLに責任がなくても、給料が下がるのを受け入れざる得ない。

社員の一人一人が「俺には責任ないから」と言えばどこからか給料分の金がわいてでる筈もない。

OLさんが「私には何の責任も無いし、給料が下がるのはおかしい」等と言えば何とかなると思うのは社会を知らない者の言いようだ。

社員が社員の一人としての応分の責任として給料が下がる事に納得できなければ、大規模なリストラや倒産に繋がるだけ。

「責任には負うべき範囲が決まっており」それは最低限の「法的責任」の話。

倫理的責任とか道義的責任とかはそれより高次元の所にある。

それを納得して背負わない人間は倫理や道徳とは無縁の世界に生きていると評価されるだけだ。

そう言う評価自体が差別だと言うなら、話がかみ合う筈もない。

雪印でも不二家でも店頭や営業の事件とは無縁の人間がお客様に頭を下げるのはその集団の一員としての自覚があるから、

あれは工場の人間がやった事なんで「○○本人の所へ行って文句言って下さいよ」ですむ筈がない。

まぁ、海外ではそんな物言いをするような社会風土の国もあるようだが「責任範囲が明確で人権意識の高い国」などと

評価する気にはとてもなれない。

結局は「俺関係ないから」と言うような家族がいれば「ああいう家庭(集団)で育ったから犯人は・・・」と言う事になるし、

その後の自分たちの保身を考えず賠償などに積極的に取り組めば「ああいう立派な家庭(集団)で育ったのに、どうして・・・、

犯人のご家族もお気の毒だね」と言う事になる。

結局犯人の家族も「その後の自分の行動自体」で世間から評価される部分もある。

それが気に入らないと言うならそれこそ代議士でも目指して公約に自分の主張を掲げてみるしかないと思うよ。

「被害者家族がどれほど困窮しようと加害者家族の生活水準の維持をこそ絶対優先すべきだから賠償金の請求先を

限定する法律を作ろう」とかね。


[47]>46 なあ、もう少し頭つかえって pikatyuuuu

>集団の一員としての自覚があるから、

業務中だろ?企業として仕事してるからだよ。心の中ではんなこと思ってるわけねーだろが

就業時間終わったらそんなこと忘れてるって

×集団の一員としての自覚があるから、

○集団の一員として給料貰ってて、首になったら困るから。

道徳じゃなくて利害ですね

>その後の自分たちの保身を考えず賠償などに積極的に取り組めば「ああいう立派な家庭(集団)で育ったのに、どうして・・・、

そもそも、それを否定しているわけで・・・

何も悪くないのに謝る、金を払う、悪いと言う等等・・・

それが一番悪いと思います。心からそうするというより、それをやってる人は悪習の犠牲者なんですよ。


>「被害者家族がどれほど困窮しようと加害者家族の生活水準の維持をこそ絶対優先すべきだから賠償金の請求先を

限定する法律を作ろう」とかね。

既にできてる。法律よめ。そもそも『限定』と言いますがね、何もやってない人に『賠償金(笑)』を請求できるわけ無いでしょ。

>がどれほど困窮しようと

確かに家族には関係無いです。同情する義理も無いし。


>限定する

意味が分からない。限定もクソもない。最初から本人にしか請求できない。

つーか、家族に請求したら『不法請求』ですよ。

それを場合によっては『恐喝』とも言う。

早い話、不法行為ってわけだ。それを知った上での意見かね。


[48]>46 追加 pikatyuuuu

めんどいが説明しとく

不二家の職員は会社の名前で売ることが仕事だろ?

だから会社の名前で謝るのも仕事なんだよ。

道徳も法もない。


あるのは商売と利害だけだ


[49]>43 あ、いやいや、 neet-neet

そんなに難しく考えなくてもよいです。

自分の持っている道徳律から見て、悪いことではないか?

とお聞きしたかったのです。

紛らわしかったらすみません。







あと、oumumaruさまのご意見がまた妙な反論されてますが、結構やっかいですよね。

まあ、こういう言葉もありますしね。↓

『論理的説明の欠点は、論理的思考ができない人間がいることである』

参考まで


[50]>46 全部間違っています。 neet-neet

>結局は「俺関係ないから」と言うような家族がいれば「ああいう家庭(集団)で育ったから犯人は・・・」と言う事になるし、

その風潮を『悪い』と主張しているのです。

またまた最初に戻りますか?

>結局犯人の家族も「その後の自分の行動自体」で世間から評価される部分もある。

だから、誰にも悪くない人を偉そうに『評価』する権利など無いです。


>「被害者家族がどれほど困窮しようと加害者家族の生活水準の維持をこそ絶対優先すべきだから賠償金の請求先を

限定する法律を作ろう」とかね。

>被害者家族がどれほど困窮しようと加害者家族の生活水準の維持をこそ絶対優先

『絶対優先』ではない。『当 た り 前 の こ と』だ。

何もしていない人は殺されてはならないくらい当たり前です。

>賠償金の請求先を

限定する法律を作ろう」とかね。

『限定』の意味を説明乞う。もとから家族に請求する権利など無いです。

何も負っていない人に『請求』するなら、それは『不法請求』という『不法行為』の一種でして、当然違法なことです。

それはやり方と状況によっては『恐喝』という罪名がつきまして、刑事事件になります。当然不法請求だけでも民事訴訟になり得ます。

了解したでしょうか?


あと、企業責任・業務中の責任・国家賠償についての理解が希薄なように思えます。


[51]>49 そうですねぇ oumumaru

被害者が加害者の家族まで憎む気持ちは理解するけども、それを行動に移すことで加害者の家族が不利益をこうむったら今度はあなたが加害者になってしまいますよ。とやさしく諭してあげたい感じですねw

また、第3者が加害者の家族まで批判してるんだとしたらわたしはその人の正気を疑います。


[52]>46 噛み合いませんねぇ oumumaru

>倫理的責任とか道義的責任とかはそれより高次元の所にある。

>それを納得して背負わない人間は倫理や道徳とは無縁の世界に生きていると評価されるだけだ。

>そう言う評価自体が差別だと言うなら、話がかみ合う筈もない。

私もそう思います、こりゃ噛み合うはずも無いですね。

倫理や道徳は基本的に主観的なもので、あなたの倫理観や道徳観は万人の絶対基準にはなり得ないし、私の倫理観や道徳観も私固有のものです。

ですから法律というものは倫理や道徳の上位に位置していなければならないのだと思うのですよ。

別の言い方をすれば万人が最低限共有できる倫理観や道徳観が法律であり、それ以上の『罰したい気持ち』や『許せない思い』は個人差に過ぎないのです。

私は雪印や不二家の問題でそもそも無関係な社員に謝ってほしいとも思いませんでしたよ。

これが個人差なんです。

それにあれは社員が個人として謝っているのではなく、雪印や不二家という企業が謝っているんです。(これも分からないのかもしれませんね・・・)

それにもうひとつ。あなたのおっしゃっていることは『だって悪いから悪いんだ』『許せないから許さないんだ』と言っているだけのように思えます。

許す許さないはあなた個人の感情にしか過ぎません。

他人が他人のことをどう思うか、どう評価するかなんて事がどうして私やあなたに分かるのでしょうか?

世間が許さないとか世間が評価するとか、勝手に世間を代表されても困るんですが。


[53]>52 ちょっと待った hermione1218

umi_no_shizuku氏は『法人格』という概念を知らないのだと思います。

知らないものについては議論できませんからね。

それはさておき、

私もumi_no_shizuku氏の意見を否定していますが、

あなたの意見にも少しだけ言わせてください。

法以外の『道徳』を個人差と言ってしまえば、umi_no_shizukuさんのような意見も容認・肯定されてしまうことになり、結局この一連の議論は無意味になってしまうんです。

やはり、法以外にも全人類に理解可能な道徳、善悪は存在すると考えなければなりません。


[54]>53 なるほど oumumaru

この部分では私とhermione1218さんの意見は違うかもしれませんね。

私は連座的思想からくる報復や制裁が法に触れるものであれば当然罰せられるべきであり、無実の個人を傷つけたのであれば賠償を求められて当然であるという意見です。

逆に言えばそれ以下のレベルであれば許されるといえるかもしれません。

でも、加害者の家族を表立って批判することは十分賠償責任を負うべき行為だと思います。日本ではここで加害者の家族が『すみません。』となってしまう事が多いですが、逆に『無実の罪で名誉を傷つけられた』と訴えれば勝てるはずじゃないですか?

つまり、連座思想から行う行為はすでにその時点で基本的人権(幸福追求権・名誉の尊重)を侵していると考えますが。


[55]>54 無実の罪? umi_no_shizuku

>加害者の家族を表立って批判することは十分賠償責任を負うべき行為だと思います。

日本ではここで加害者の家族が『すみません。』となってしまう事が多いですが、

逆に『無実の罪で名誉を傷つけられた』と訴えれば勝てるはずじゃないですか?

「加害者の家族」を「加害者の家族である」と言うことが「名誉毀損」になったとしても

「無実の罪をなすり付けられた」とまで言えないでしょう。

裁判官や弁護士の価値観が世間の者の常識的な価値観から遊離していると言う批判が多い。

たとえ裁判で勝てたとしても、それで釣り合わない程の社会からの批判を受ける事が

多少なりとも世間様の考え方を知った後の加害者家族には理解できるからそう言う訴えを

起こさないのでは。

貴方は法的なことばかりを言っているけれど、私は終始一貫してそんなことを開き直った

態度をしていては社会からスポイルされるばかりと言う事が言いたいだけ。

そんな逆切れ裁判を起こすような輩が相手だったら、あえて批判を口に出すことはしない

でしょうが、まず関わりになるのをさりげなく避けるでしょうね。

身内の不祥事の後始末に誠実な態度を示していれば同情してくれた人も引いてしまって

加害者家族の世間が狭くなるだけ。

そしてやっぱり実社会の反応としては「あんなのの身内だからやっぱりああいうこと

するんだよね。被害者が可哀想」となる。

現実、家族が犯人に変わって誠意を見せることで犯人の裁判の結果にも影響するだろうし、

家族に対する世間の目もやわらいで再出発がしやすくなる可能性もある。

頭でっかちに基本的人権を主張してもかえって「幸福」や「名誉」から遠ざかるだけ。

法律をおもちゃにして理屈を叫んでみても現実の役には立たないよ。

仮に君が弁護士だとしてもアドバイスに従って被害者家族を訴える逆切れ裁判を起こす人

なんていないだろうし。

「法人格」なんて言ってみてもあの後、不二家や雪印の営業はかなり私生活でもしばらくは

反省の態度を示すようなパフォーマンス、例えば酒席・宴席への参加を辞退する等をして

いただろうしね。それが社会人の良識だよ。


[56]>55 まず、語意を学習しましょう。また、何度も同じことを言わせないように(ry hermione1218

>「加害者の家族」を「加害者の家族である」と言うことが「名誉毀損」になったとしても

「無実の罪をなすり付けられた」とまで言えないでしょう。

裁判官や弁護士の価値観が世間の者の常識的な価値観から遊離していると言う批判が多い。

たとえ裁判で勝てたとしても、それで釣り合わない程の社会からの批判を受ける事が

多少なりとも世間様の考え方を知った後の加害者家族には理解できるからそう言う訴えを

起こさないのでは。>



だから、それを”悪習”として批判しているのでしょう。

何度も言わせないでくださいよ。

開き直ってるのはどっちですか?

あなたの意見は、『みんながやってるから』的な小学生の言い訳に聞こえてなりません。



>社会人の良識

それは”クビになりたくないから”ですよね?

要は、利害関係からそうしているわけでして、

そういう利害や強制、仕事が関係するものをして『良識』とは

言わないのではないでしょうか?



>家族に対する世間の目もやわらいで再出発がしやすくなる可能性

もう、何度も言わせないでくださいよ。

そもそも、

>世間の目

何もしてないのに世間とやらに見られること自体が悪だとなんど言ったら(ry

>犯人に変わって誠意を見せることで

誠意は『変わる』ことなどできない。



>社会からスポイルされるばかりと言う事が言いたいだけ。

それが悪習だと何遍も言ってるだろう!!

>世間様の考え方を知った後の加害者家族には理解できるから

何もしていない人を『評価』だの『批判』だのできるなんて、世間と言う奴は偉いんですね(・∀・)何様?



>誠実な態度を示していれば同情してくれた人

いやぁ、貴方には驚かされますよ。

何もしていない人に『誠意(笑)』を見せろだの、その行動についての評価を下すなどをするんですからねぇ。

ヤクザなの?

>家族に対する世間の目もやわらいで再出発がしやすくなる可能性もある。

>やわらいで(笑)

>世間の目(笑)

>再出発(笑)

貴方のいう『世間』ってのが、どれ程かは知りませんが、

貴方は『何 も 悪 い こ と を し て い な い し 何 も 責 任 の な い』人を、『批判したり』『許したり』する権利がると信じているんですねえ。

さっきも言いましたが、何様なんですか?



>基本的人権を主張してもかえって「幸福」や「名誉」から遠ざかるだけ。

堂々と不法行為や憲法違反を肯定し、更に開き直って逆切れし、自分の考えを正当化するとは・・・

そのDQN的発想は凄いです。どうりで議論にならないわけだ。

>あんなのの身内だから

何人にもこう言われる筋合いは無く、そんなことを言われる風習が『劣悪』だと何度言(ry

それが道徳的に悪いと何度言ったら(ry



>逆切れ裁判

逆切れとは、自分が悪いのに怒ること。

何も悪くない人が被害を受けて、それを訴えたら逆切れになるらしい。殴られて訴えても殺されて訴えても逆切れになるってことですよね。



>「無実の罪をなすり付けられた」とまで言えないでしょう。

確かにいえませんね。擦り付けてませんから。

『無実なのに被害を受けた』と言うことですね。



>開き直った

開き直るとは、自分に罪を指摘され、認めながらも全く謝らないで横柄な態度をとる様態をいう。

何も悪いことをしていない方が被害を受け、それを言えば『開き直り』になってしまうらしい。

全く恐ろしいことだ。

これからは殴られても文句言えませんねw


[57]>56 結局机上の空論 umi_no_shizuku

結局貴方は世間の現実から遊離した机上の空論や建前について同意を得たいだけなんだとよくわかりました。

だって貴方の言っていることは「加害者の家族は好き勝手にして良いよな」ってことだけで

加害者家族と被害者家族&世間がどうやっており合いをつけていけば良いかと言う現実的な部分に関しては

「関係ないから無視すれば良い」などとと言う現実にはそれで通らないことを繰り返すだけなんだもの。

「加害者家族が被害者側の痛みに全く無理解な態度を示して何が悪いの」と言いたい訳なんでしょう。

東北で複数の児童を殺した事件で加害者遺族の態度に被害者遺族が腹を立てていたけど

「…。あなた(被告の母)の娘は、○○の首を絞めて殺した。私たちに(加害者の家族として)一切の謝罪なく、

よくそんなことが言えるものだなと。かけがえのない家族を失ってどんな思いでいるのか、

これから一生どんな思いで生きるのか、被告の家族にも知ってもらいたい!」

こういうのが八つ当たりだと言いたいんだよね。貴方は。

でも、人前でテレビとかでこう言う報道を見ていたときに此処での発言と同じ様に「被害者家族が加害者家族に

八つ当たりしている損害賠償を要求すべき」って言える?


[58]>55 矛盾しすぎです。 neet-neet

あなたは自ら『法は最低限の道徳』と言いました。

しかし、社会的な(高次の)道徳に合わないから、それは守るべきでないとも言いました。矛盾ですね。

『最低限の』とは、最優先に全構成員が守らなければならない、また、その他の道徳の礎になる、ということを意味します。

逆に言えば、最低限の道徳に反する高次の道徳は全て無効であり、それはすでに道徳ではなく不道徳なのです。





また、あなたは私との議論の中で、連座的被害を『不条理』と仰いました。あなたの『家族も責任がある説』をテーゼとするなら、連座的被害は不条理では無いのでは?

責任があるのだから、被害があって然るべきであります。

不条理であると認めたということは、不当であると認めたということなので、その時点で議論は終わっている筈です。





あなたの『責任ある説』は、何一つ根拠を提出できていません。

全て否定され、その否定を覆せていません。

結局あなたの説の根拠は

世間(?)がやっているから

社会(?)がやっているから

常識(?)だから

家族ゆえに責任があるから


くらいですね。全て議論のルールで禁じられているので、無効です。

あなたの言う世間wの常識wというものの、道徳的善悪が判断されていませんね?


その方法で善悪を決めれるなら、『奴隷制は常識だから善い』となります。



>貴方は法的なことばかりを言っているけれど、私は終始一貫してそんなことを開き直った

態度をしていては社会からスポイルされるばかりと言う事が言いたいだけ。

どっちが開き直っているのかw

悪いことを指摘されて『みんながやっているから』とか『現状はそうじゃないか』と自己正当化する逆ギレ中学生ですね。

>社会からスポイルされる

勝手に社会や世間を気取り、

罪無き人間を

>スポイル

するという悪を正当なことと思っている似非道徳家ですね。




ああ、で、あなたの説の”道徳的”根拠は何でしょうか?

一つも示されておりませんが。


[59]>57 おい、いい加減に捻くれるのはやめろ neet-neet

もう敬語は使いませんが、

質問者は『親はおいといて』と言っただろう!!!!!!!

人の話を聞け!!!!!

そういうのを『開き直り』というんだ!!!!


[60]>57 しょうがない坊やですね neet-neet

>加害者の家族は好き勝手にして良いよな

いいと思うよ

『好き勝手』=『犯行が無かった前と同じように』=『普通の人と同じように』って意味ならね。

『親以外は』だけど。本当に何度もしつこいですね。

>こういうのが八つ当たりだと言いたいんだよね。貴方は。

言っていない。親は抜かすと言っただろうがよ!


>関係ないから無視すれば良い

こんなことは人間として当たり前だ。

なぜ関係無いことで不利益を蒙らねばならんとry


>世間がどうやっており合いをつけていけば

『世間』が何か被害を受けたのか?

お前に何かを許す権限があるのか?

勝手に無実の人間を批判している悪人が何を偉そうに

むしろ許されなければならないのは罪の無い人間を批判した者だろう



>加害者家族が被害者側の痛みに全く無理解な態度を示して何が悪いの

あなたの言う『理解』が『罪悪感を感じろ!!!!』っていう意味なら、あなたの言うとおり、

>何が悪いの?

か全くわかりません。実際、悪くないんですからね。

単純に人の痛みが分かるという意味で使うのなら、世の中の人ほとんどが分かると思いますよ。

ただし、加害者の家族が他人以上に特別にそれを理解する必要は皆無だし、それが被害者からの批判や不法行為の免罪符にはならない。悪くないのに責めたら法的にも道徳的にも悪いよな?

それは『被害を受けたから』なんてガキの言い訳は罪が減滅する理由にはならない。


[61]>60 >親は抜かすと言っただろうがよ! umi_no_shizuku

>親は抜かすと言っただろうがよ!

裁判での発言と違って検索で、再確認できる引用元がなかっから書かなかったけど、

古い新聞記事では、引っ越しの為にきた「加害者の兄」が何の挨拶(謝罪・お悔やみ)もなく

荷物だけ運んでいったことにも不快感を示していたよ。

>『世間』が何か被害を受けたのか?

この場合周囲の住民は被害を受けています。

容疑者の言動に振り回されてとっくに殺された容疑者の娘を捜すのにかり出されたり、

保護者付きの集団登下校をしなければならなくなったり、

捜査に使われた税金、犯行現場となった公営住宅の取り壊し費用。

「世間様をお騒がせして申し訳ありません」と言う言葉がぴったりな事件ですね。

>なぜ関係無いことで不利益を蒙らねばならんとry

「関係ない」と言い切って開き直る加害者家族がいたら、ちょっと人間性を疑われるでしょうね。

大多数の人間にとってはとても「関係ない」とは思えないから。

それから、オウムの件では霊感商法は「不当な利益」だと思っていないのかな。

お布施と変わらないからから合法とか思ってる?

記憶が曖昧だけど公証役場の人が殺されたのってそんなトラブルが元になっていたような気がするんだけど。


[62]>57 見苦しいなあ pikatyuuuu

机上の空論とは、

『現実の要素の一部または大部分が欠落してしまったまま組み立てられた論のこと。』らしいです。

別に質問者の意見やニートさんの論はそんな欠落が見出せないのですが・・・

もしそう仰るのなら、その『欠落』を指摘してほしいです。

全体的に、意見を言うには根拠や正当性の証明が必要ですので、君のように意見だけを無責任に言われると議論になりませんよ?




>「関係ないから無視すれば良い」などとと言う現実にはそれで通らないことを繰り返すだけなんだもの。

「加害者家族が被害者側の痛みに全く無理解な態度を示して何が悪いの」と言いたい訳なんでしょう。

だって貴方の言っていることは「加害者の家族は好き勝手にして良いよな」ってことだけで

↑は『開き直り』『自己中な感情論』『根拠のない主張』『一方的な意見の押し付け』『正当性の欠如』『悪を指摘されたのに逆ギレする』『証明・説明の怠慢』・・・

という議論のルールにおける違反なので、やめるべきです。


>「…。あなた(被告の母)の娘は、○○の首を絞めて殺した。私たちに(加害者の家族として)一切の謝罪なく、

よくそんなことが言えるものだなと。かけがえのない家族を失ってどんな思いでいるのか、

これから一生どんな思いで生きるのか、被告の家族にも知ってもらいたい!」

たしか、質問者は『親は別にして考えるべきでした』みたいなことを言ってたよね?

よく読んだらどう?

まあ、その『遺族』が、親以外の被告の家族にそれを言っのなら、ゴミだな。情状酌量の余地は無いし、非難・訴追されて当然だ。

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