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“黄金の国・ジパング”というキャッチフレーズや“東方見聞録”の執筆でおなじみ、マルコ・ポーロは
【長旅を終え、母国に帰国しようとした際、その風貌が出国当初のそれとかなり変化していたということから、入国を認められなかったという逸話が存在する】と聞いたのですが、これって本当なのでしょうか…?
真相をご存知の方、是非とも教えて下さい!!!


●質問者: tooh11
●カテゴリ:旅行・地域情報 芸術・文化・歴史
✍キーワード:キャッチフレーズ ジパング マルコ・ポーロ 執筆 存在
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

▽最新の回答へ

1 ● kanan5100
●60ポイント

マルコたち3人が帰還しても、ポーロ家の人々はなかなか彼らが本物であることを信用しなかった(25年という長い歳月の間に3人の風貌は変わり、言葉には東方のアクセントが混じっていた。やっとたどり着いた我が家の玄関で、マルコたちはそこに住んでいた親戚の者たちに、長々と自分たちの身の証しを説かなければ内に入ることも許されなかった)。

岩村忍著「マルコ・ポーロ」 岩波新書より

http://www2.gol.com/users/ilmilione/seru_nikoro3.html

このエピソードでしょうか。

ただ、リンク先にこの文章の続きがありますが、どうも眉唾な感じです。このエピソードは、200年後にジョヴァンニ・ラムージオが『東方見聞録』を編纂した際に付け加えた話だそうなので信憑性には疑問がありそうです。

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