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中国清朝期の画家「尹浮九」について
ご存知の方、できるだけ詳しく教え下さい。

●質問者: eukuoka
●カテゴリ:ウェブ制作 芸術・文化・歴史
✍キーワード:中国 清朝 画家
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● たつや
●27ポイント

伊浮九?

伊海

字浮九

號幸野、匯川、桴?、雲水伊人

浙江人

清朝期の画家

山水画が上手です

詳しいことは私も知らないです


2 ● NAVER
●27ポイント

「伊浮九」ではないですか?

パソコンへ入力する関係で「伊浮九」になっているのかも知れませんが。



http://www.kanazawa-bidai.ac.jp/cgi-bin/edeimg.pl?owndir=48&list...宋紫石画譜%20人

これが作品です。

「伊浮九」というサインが書いてあります。



以下は中国のサイトからの検索です。

http://baike.360.cn/4003978.html

http://www.historychina.net/cns/QSYJ/ZTYJ/ZWGX/06/29/2004/6384.h...

以上の2サイトに「伊浮九」が出てきていると検索ではなります。

詳しくは中国語が全然ダメなので、すみません。


3 ● kanan5100
●26ポイント

伊孚九ではないですか?

http://fine-vn.com/cat_4/ent_0.html

い ふきゅう《い ふきう》

生年不詳

没年不詳

◇清代中期の貿易商・画家。名は海、字は孚九(桴鳩)、号は

(「艸」冠+「辛」:補助5611)野・匯川(カイセン)・成堂。浙江省呉興の

人。

1720(享保 5)長崎に来航、のち再三来日して商売のかたわら

南宗派の山水画を伝え、池大雅や桑山玉洲らに影響を与える。

こちらのURLにはたいへん詳しく紹介されています。

http://www.pref.mie.jp/bijutsu/hp/event/catalogue/mie_kinsei/yam...

伊孚九は中国江蘇省呉県付近山塘の人で、馬を主に商う貿易商として1720年(享保5)に初めて長崎に来港し、以後数度にわたって来日した。余技として南宗画風の山水画をよくした。

専門画家でもなく士夫でもなく一商賈にすぎない伊孚九であったが、桑山玉洲が『絵事鄙言』(寛政11年刊)で宋の黄休に倣って「逸品を以て神妙能の三品の上に置」(『益州名画録』)いたうえで、「(唐宋元の名家とは)同年の談には非ざれども、今眼下に指ときは、近世長崎に來遊せし伊孚九など、舶來清人中の逸格なるべし。本朝にては大雅堂一人なり。長崎に來れる清人の中にて賞すべき者は伊孚九が山水」とその山水画を高く評価したほか、『近世名家書畫談三編』でも「伊孚九ハ工拙ヲ以テ不可言」としながらも「尤モ風致ヲ存シテ逸ニ類シ、筆墨ノ閑雅ナル、獨自ラ樂ム者ニシテ、頗ル高踏ノ風アリ。」と、彼の閑雅な画風を南宗画に相応しいものとして賞している。

また、「是ニ於テ沈南蘋、伊孚九ナドノ此ノ土二來リシハ南北宗ニ功アルコト多シ、豈天道近世ノ畫法ヲ開キタルカ」(森島長志『槃ハクザ話』「漢畫監裁」)と指摘されるように、伊孚九は北宗画の鼻祖としての沈南蘋とともに最上位に置かれる存在であった。

伊孚九の画蹟は、鶴田武良氏の調査では、図版などによってのみ知られるものも含むと、71点に及んでいる(鶴田武良「伊孚九と李用雲」『美術研究』315号 昭和55年)。

(……後略)

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