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青函トンネル内にある?らしい駅に関する情報を調べています。
『2つ駅があるとかないとか…』『使用状況。今、使われてる?』『何のために出来たもの?』等々、
詳細が分かりましたら教えて下さい!

●質問者: tooh22
●カテゴリ:趣味・スポーツ 旅行・地域情報
✍キーワード:青函トンネル
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

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1 ● navy_fia
●27ポイント

青函トンネルの地下の駅は吉岡海底駅と竜飛海底駅のことですね。

この二つの駅は今でも観光できるそうです。

ちなみに長いトンネル内で事故があった際の避難用の退避場所として作られた場所なのですが、それを観光のために駅として開放したというのが作られた経緯だそうです。


http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%87%BD%E3%83%88%E3%83%B...

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%90%89%E5%B2%A1%E6%B5%B7%E5%BA%9...

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%AB%9C%E9%A3%9B%E6%B5%B7%E5%BA%9...


2 ● Weak-field
●27ポイント

2008年現在、トンネルとして世界一の長さ[1]を誇る。津軽海峡の海底下約100mの地中を穿ち設けられた。全長は53.85 km。約53.9キロであることからゾーン539の愛称がある。

青函トンネルの木古内方には、非常に短いシェルターで覆われたコモナイ川橋梁、さらに長さ約1.2kmの第1湯の里トンネルが続いており、合計約55kmの一体化したトンネルのようになっている。

青函トンネルを含む区間は海峡線となっており、北海道函館市?青森県青森市間を結ぶ津軽海峡線の一部だが、新幹線規格で建設されており、将来北海道新幹線も通る予定になっている。

長大なトンネル内の安全設備として、列車火災事故などに対処するため、青函トンネル途中(海岸直下から僅かに海底寄り)に消防用設備や脱出路を設けた定点という施設が2箇所設置された。これは1972年に国鉄北陸本線の北陸トンネル内で発生した列車火災事故を教訓にしたものである。開業後、この定点をトンネル施設の見学ルートとしても利用する事になり、吉岡海底駅と竜飛海底駅と命名された。この二つの駅は、見学を行う一部の列車の乗客に限り乗降出来る特殊な駅である。

かつて青森駅と函館駅を結ぶ鉄道連絡船として、日本国有鉄道(国鉄)により青函航路(青函連絡船)が運航されていた。しかし、1950年代には、朝鮮戦争によるものと見られる浮流機雷がしばしば津軽海峡に流入、また1954年9月26日、台風接近下に誤った気象判断によって出航し、暴風雨の中、函館港外で遭難した洞爺丸他4隻の事故など、航路の安定が脅かされる事態が相次いで発生した。

これらを受けて、太平洋戦争前からあった本州と北海道をトンネルで結ぶ構想が一気に具体化し、船舶輸送の代替手段として、長期間の工期と巨額の工費を費やして建設されることとなった。

三厩村(現:外ヶ浜町)と福島町を結ぶ西ルート、大間町と戸井町(現:函館市)を結ぶ東ルートが検討され、当初は距離が短く水深も浅い東ルートが有力視されたが、海底の地質調査の結果東ルートには掘削に適さない部分が多いと判定されたため、西ルートでの建設と決定した。なお、もし東ルートに決定していれば、かつて青函連絡船代替航路として建設され未完に終わった大間線と戸井線の建設が再開され、開通していたとも言われている。

当初は在来線規格での設計であったが、整備新幹線計画に合わせて新幹線規格に変更され建設された。整備新幹線計画が凍結された後、暫定的に在来線として開業することになったものの、軌間や架線電圧の違いを除けば、保安装置(ATC-L型)も含めて新幹線規格を踏襲しており、のちに考案されたスーパー特急方式を先取りしたような形となっている。

トンネルは在来工法(一部TBM工法・新オーストリアトンネル工法)により建設された。トンネル本体の建設費は計画段階で5384億円であったが、実際には7455億円を要している[2]。取り付け線を含めた海峡線としての建設費は計画段階で6890億円、実際には9000億円に上る。しかし北海道新幹線の建設が凍結になり、更に関東から北海道への旅客輸送は既に航空機が9割を占めていた状況であったことから、トンネルの活用法が大きな問題となった。中には「トンネルを放棄してセメントで封鎖すべきだ」とか、「石油の貯蔵庫にすべきだ」という主張もあったが、結局は多額な投資をしたものを放棄するのは問題だとして、在来線で暫定使用を行う事になった。なおこの時、カートレインの運行を行うことも定められていた(青函カートレイン構想)が、実現には至っていない。

開業前には要した巨額の費用と収益があまりにも釣り合わないとして「無用の長物」、「昭和三大馬鹿査定」、「泥沼トンネル」などと揶揄されたこともあった。

しかし、開通後は北海道?本州間の貨物輸送に重要な役割を果たしており、特に天候に影響されない安定した輸送が可能となったことの効果は大きい。対照的に、旅客は航空輸送の高度化・価格破壊などから減少が進んでいる。さらに、2007年9月1日には青森函館間を1時間45分で結ぶ高速船ナッチャンReraが就航し、青函トンネル旅客輸送における新たな競合相手となっている。

海底にあるため施設の老朽化が早く、保守管理は、線区を管轄するJR北海道にとって大きな問題になっている。

相対式2面2線の構造であり、列車の待避などはできない。

元々、駅として使用することを想定した施設ではなく、青函トンネルの北海道側の定点として非常時の旅客待避所及び保線基地、トンネルの維持に必要な各種機械類の設置を目的とした吉岡定点として計画されたものである。一応「駅」という名前はついているが一般的な意味での「駅」ではなく、海底駅見学整理券を持った見学者以外の一般旅客の利用はできなかった。非常時と係員以外、地上への出入りも不可能である。

本線に設けられたプラットホームの幅は84cmと非常に狭く危険なため、見学者の乗降は先進導坑、作業坑への通路に面する扉のみで行われていた。

2007年現在、列車の営業停車が一本もない長期休止駅であるが、これはあくまでも北海道新幹線建設に伴う暫定的な措置であるため、臨時駅の扱いを受けていない。ただし、交通新聞社発行「JR時刻表」では(臨)と表示されている。

開設から2006年8月27日までは、見学者のみが乗降できる特殊な駅であったが、北海道新幹線の工事に伴い、当駅を資材基地とするため、2006年3月18日のダイヤ改正をもって吉岡海底駅への定期列車の停車を中止し、イベント開催時の臨時列車のみの停車となった(JR北海道平成18年3月ダイヤ改正について)。2006年8月27日の臨時特急ドラえもん海底列車運転終了によって、吉岡海底駅見学コースも全面休止された。

松前線の渡島吉岡駅があった所付近にできた駅で、隣の知内駅と同じく鉄道が廃止されてからもう一回鉄道路線ができた稀な例である。ただし一般旅客の取り扱いがないため、一概に知内駅と同様とは言い難い。

竜飛海底駅は、相対式2面2線ホームを持つ地下駅。通常旅客扱いをする列車は2号車のドアを非常ドアコックで開閉する。なお、快速「海峡」の頃は函館行1号車、青森行12号車のみ開き、その他はドアカットしていた。

体験坑道駅は、斜坑1面1線ホームを持つ地下駅。もともと青函トンネルの青森県側の定点(竜飛定点)として非常時の旅客待避所及び保線基地、トンネルの維持に必要な各種機械類が設置された機械室などの目的に設置された駅で、一般旅客の利用は出来ず、海底駅見学整理券を持った見学客のみが乗降できる特殊な駅である。

夏季は、国道339号の青函トンネル記念館(道の駅みんまや)より海底駅(ホーム不可)の見学(有料)が出来る。また同じように、竜飛海底駅より地上にも出られる(見学者のみ)。

以前は「竜飛海底駅見学コース」であったが、のちに「竜飛記念館コース」(竜飛海底駅見学と青函トンネル記念館見学)が設定され、一本化された。そのため青函トンネル記念館が休業(国道339号線が通行止め)となる11月11日から4月24日までは、海底駅見学ができない。

北海道新幹線開業後は狭いホームに通じる横坑通路にも防風戸が設けられる。海底駅・ホームの見学は出来るかどうか不明。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9D%92%E5%87%BD%E3%83%88%E3%83%B...


3 ● onozawa
●26ポイント

『竜飛海底』駅まで、こんなケーブルカーも走っています。

ただし、このケーブルカーを使って、乗り降りは出来ません。

http://seikan-tunnel-museum.com/



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