人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

ジョージ・オーウェルの「1984」と、コンスタンチン・ゲオルギウの「25時」、どちらが先駆的な小説だったか教えてください・
「1984」は、ハヤカワ書房からでているので、読む機会はおありになられるかと、思いますけど、私の年老いた父は「25時」のほうが、全体主義・監視社会への批判が強いと申します。当時は衝撃的だったと申しているのです。どうか宜しくお願いします。

●質問者: victoria_elizabeth
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 書籍・音楽・映画
✍キーワード:と申します ゲオ コンスタン ジョージ・オーウェル 全体主義
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● pahoo
●27ポイント

どちらが「先進的」かというと、私は「1984年」に軍配を上げます。


「二十五時」は、映画で見ました。ナチスによって無実の罪を着せられ強制収容所送りになった青年の物語ですね。

作品が書かれたのは、ナチスが滅んだ後の1949年。1967年に映画化されました。当時の左翼には大きな影響を与えたようです。

私が映画を見たのは、それから20年近くも後の話。マルクスかぶれしていた最後発の学生でした。


「1984年」は、Apple MacintoshのTV CMで使われたという話を知って読みました。こちらは近未来社会の話。これも映画化されたようですが未見。

作中に登場する「ビッグ・ブラザー」という存在は、その後、さまざまな小説/アニメの元ネタになりましたね。


映画と小説の違いはあるものの、この2作品は、ちょうど同じ頃に見て/読んでいます。

プログラミングをはじめた時期で、当時の私は、ビッグ・ブラザーは巨大コンピュータ・システムであろうと考えていました。

その意味では、「1984年」の方に先進性があると感じます。


そして現在――町中に溢れかえる携帯デジカメとWebカメラ、ボットネットによるリアルタイム分散処理、2ちゃんねるやYouTubeによる都市伝説の流通、コンプライアンスによる見えない牢獄――私はすでに、「1984年」や「二十五時」を超えた時代を生きているのだな、と感じます。

◎質問者からの返答

pahoo様、回答ありがとうございました。

つい最近ですが、私の住んでいる地方の地方紙に、ある著名な方が「25時」の紹介をしておりました。実を申しますと、私は年老いた両親(父は80歳、母は73歳)と同居しておりまして、父が凄い読書家なんです。

それで、父に「25時」とはなんぞや、と聞いたのが始まりでした。父が「25時」を読んだのが、いまから約50年以上の前で、すごいショックを受けたと申しておりました。ゲオルギウはルーマニア出身の作家で、戦後しばらくして亡命したそうです。共産主義に嫌気がして。当時は、共産主義・社会主義が薔薇色と言われた時代ですから、父は、本当にショックを受けたそうです。

そういう「25時」、復刊するといいですね。私も是非読みたいです。

良書が絶版していくのを憂えます。


2 ● felix33jp
●27ポイント

1984ですね。http://www


3 ● ken33jp
●26ポイント

コンスタンチン・ゲオルギウの「25時」

です。思想という面で考えるとこちらのほうが、先駆的です。

http://q.hatena.ne.jp/answer

◎質問者からの返答

Ken33jp様、回答ありがとうございました。

この本、本当に読みたくなりました。

父の世代の、1950年前後の若者が、どんなに衝撃受けたか、よくわかりました。今、北朝鮮で起こっていることを、戦後の東ヨーロッパが次々と共産主義化して、実態があまりよくわからない時期の作品だったから、衝撃を受けたのでしょうね。一応、ソ蓮が1917年に共産主義化しているけど、世界にはあまりよくわかっていなかったのでしょうね。

日本の古書店で、検索して、注文したいと思います。

関連質問


●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ