人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

イデオロギーについてお伺いします。
共産主義、社会主義、資本主義、民主主義の違いについて簡単に教えて下さい。

共産主義と資本主義、社会主義と民主主義がそれぞれ対立する概念と考えてよいのでしょうか?
であれば共産民主主義や社会資本主義も成立しうると考えてよいのでしょうか?

ウィキペディアの紹介はいりません、念のため。

●質問者: istanbuling
●カテゴリ:政治・社会 経済・金融・保険
✍キーワード:イデオロギー ウィキペディア 共産 共産主義 概念
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 7/7件

▽最新の回答へ

1 ● ken33jp
●0ポイント

今の日本で資本主義といったら、新自由主義のことだと思いますよ。

>共産主義と資本主義、社会主義と民主主義がそれぞれ対立する概念と考えてよいのでしょうか?

違うと思います。

>であれば共産民主主義や社会資本主義も成立しうると考えてよいのでしょうか?

成立します。

ハイエクと現代自由主義―「反合理主義的自由主義」の諸相

◎質問者からの返答

答えになってません。


2 ● tera-p
●60ポイント ベストアンサー

共産主義と資本主義は概念的に対立します.

資本主義は,私有財産を前提として,財産の(生産活動への)投資から利潤を得ようとする資本家の行動が経済活動の基本であるのに対し,共産主義では財産は共同体により「共有」され(私有財産は禁止される,もしくは非常に限定される),その活用から得られる利益も共同体で共有されることを原則とします.

ただ,純粋な共産主義というのは実現が非常に難しい(人間の欲を経済活動に有効に活かせない)ため,私有財産の保持を大幅に認めた共産主義(たとえば現代中国)みたいな形態になることもあり,線引きはなかなか難しいところもあるのかな,と思います.

社会主義と民主主義は対立しません.

民主主義は,国民が主権を持つべきという主権の所在に対する考え方であるのに対して,社会主義は,富の分配を市場原理にまかせてしまうのではなく,皆がなるべく公平・平等になるように国や社会が富者から貧者へと富を(強制的に)再分配するべきだ,という富の分配に対する考え方です.そのための代表的な手段が累進課税(収入が多い人ほど高率な税を納める)であり,現代の民主主義国家は,大なり小なり社会主義的な性格を持ちます(社会主義的な色が濃い民主主義は社会民主主義と呼ばれたりします).

以上のことから,まず「共産民主主義」(あまり耳慣れない言葉ですが)は成立しうるかですが,これは(論理的には)成立しえます.たとえば,村のような小さな共同体で,生産財(土地とか農機具とか)をみんなで共有して,生産の計画や作業の割り当てを皆で話し合って決める,という社会があれば,これは「共産」かつ「民主」主義の社会になります(原始共産主義とか理想共産主義とかよばれたりもします).

「社会資本主義」のほうも成立しえます.私有財産を認める資本主義社会で,かつ高率の法人税や強い累進課税,厚い福祉などで富の再分配を強く推し進められれば,「社会」かつ「資本」主義になります(ただ,「社会資本主義」という言葉はあまり使われず,「修正資本主義」などと呼ばれることが多いと思います).

◎質問者からの返答

すばらしいです。

よく理解できました。

すると社会主義は資本主義と共産主義の中間的位置付けとして理解すればいいのでしょうかね。

よろしければ以下について再回答をいただきたく思います。

1、民主主義と対立するイデオロギーはなんですか?

2、今の中国は共産主義国といえますか?

3、非常に不完全ながらも中国にも民主主義があるといえますか?


3 ● tera-p
●40ポイント

資本主義社会において社会主義的な富の再分配を極限まで推し進めると共産主義になるので,その意味では「社会主義は資本主義と共産主義の中間的位置付け」というのはあながち間違いではないと思います.ただ,あくまで社会主義かどうかは「社会による富の分配」のプロセスが重視されているかどうかであり,かつどの程度の強さで再分配すれば社会主義と言えるかは人によって定義が異なるので,立場によって「それはおかしい」と言う人もいるかと思います.

以下,3つのご質問についてですが,

1、民主主義と対立するイデオロギーはなんですか?

主権在民でないイデオロギー,すなわち君主制や寡頭制などの(少数)独裁への指向になると思います.プラトンがいうところの「賢人による統治」もそうですね.

2、今の中国は共産主義国といえますか?

う,答えにくい.^^;

財産の私有を大幅に認めており,「富める者から富め」ということになっているので,少なくとも本来の意味での共産主義とは言えないかもしれませんね(文革のころの中国で「修正主義」として槍玉にあがってた路線の延長ですし).どこまでを共産主義と呼ぶかの考え方にもよりますが….

3、非常に不完全ながらも中国にも民主主義があるといえますか?

もっと答えにくい.^^;;;

憲法でそのように標榜されているようですし,(間接)選挙で選出される代表で構成される全人代が最高意思決定機関ということになっているので,制度的には民主主義国家ということになるかと思います.

ただ,結社・言論の自由が保障されない,共産党の「指導」のもとでの民主主義というものを民主主義と呼んでよいか,ということに関しては,国際世論の多くは否定的な見解を持っているように見えます.

◎質問者からの返答

長文を大変ありがとうございます。

整理できてスッキリしました!

tera-pさんラブリーです。


4 ● korokorodo
●5ポイント

資本主義というのは、

様々な価値基準の中で

【資本】こそが最も優先されるという社会哲学だと仮定すると

その価値を量る基準は二元論(大小、強弱)からできた簿記論で

管理される社会体系ということが必然となってきます・・

社会主義というのは、

同様で【社会】の体制維持のため、その為政者が最も大切と考えることが優先される社会という意味では、

政治家の哲学により独裁にも専制にも共産にもなり得ると思います

日本の明治期までの社会体系は、

社会主義の体系を君主が統治し、

自然が人間発生して以来繰り返されてる原則を第一価値としてそれに沿った社会体系の中で

資本主義が活用されてる社会を

為政者らが守ろうとしてきたように思います

自然がすべての生き物、山川海池すべてに分け隔てなく与える自然の恵みを独占することを畏れ

(参勤交代の江戸屋敷ですら借りています)

明治になり、年貢が貨幣で支払うことになったとき、

土地を与えられた小作は、

元の地主に買い戻すよう願ったのですが、

日本では、

土地、大地は神様の持ち物で、

人間が個人の利害で売買することを倦んだ、畏れた者だと聞いています

明治期に資本主義第一主義になったとき、

それまで神、大自然の持ち物とされてきた

土地、山、川、海などが生み出す価値も

人間の所有するために、

まず、所有化、私物化がはじまり、

金銭で売買する社会形態へと変えていく・・

それまでは、みんなで共有していた山の幸が誰かの物になり、

それを啄ばむ動物はドロボーになるわけです・・

かつての日本の価値観・神道哲学では

お金そのものを

神の意思にそむく『穢れ』た価値として

遠慮がちに流通されていた社会だったわけです・・

お金のために生きることを

人としてor生物として『恥』ずかしい浅ましい生き方だと

人の上に位置する人ほど、

その高い『公』性が求められ、

『下々」ほど自分の目先の利害に従うことを

許された社会であったわけです・・

お賽銭やご利益宗教(お商売、学業など)が当たり前になったのは

資本主義化が急速に進められた明治期ですし、

明治期に戦争と連動して

神社に格『官』を着けることで

政権の支配下に置き

資本主義化された神社が大切にされた歴史があります

その中で、『七福神』(北斗七星信仰の七)、『大黒さん』(黒い布袋さんと打ち出の小槌)、『夷(エビス)さん』(黄河文明の中心地にいた民族にとってテロ脅威だった東の人(江蘇省・山東省沿岸)のことだったそうで

BC1600頃から始まった『夏』王朝では

「戎(エビス)」は西の遊牧民(テロ脅威)とよばれ

BC1046年、『周』に滅ぼされ、

その時期の「戎」(テロ脅威)は陝西省?青海省の付近にいて

犬戎に周の首都鎬京を陥落させ

春秋時代(BC770?BC403)がはじまり、

『晋』が三国(韓、魏、趙)に分裂し、

戦争、闘争の時代がはじまる・・

元々、「戎」の一派だったが反対に、「戎」を討ち、最後に『秦』に吸収されるそうですが

一部が分散し、モンゴル高原の『匈奴』(チベット系、テュルク系民族)となって怖れられています

古代バビロニアを滅亡させ、オリエントを統一征服したペルシャ(現、イラン)は

戦争に長け、征服後は

ゾロアスター教(拝火教)という二元論、絶対唯一神で

大衆統治をします・・

つまり、、あらゆる価値を二元に極限化させ

最終的に絶対唯一に残るものに絶対的な価値を与えるという哲学です

具体的に言うと・・

善悪、大小、強弱に分類し、

その結果、サバイバルしたものが

人類発生以来繰り返されてる大自然による恵みも脅威も

人類が作り上げた価値判断を

優先するという考え方です・・

そこから生まれた資本主義哲学は

つまりは・・支配、征服する上で、

大自然が与えてる価値、豊かさをも自分たちが支配下に置き

神のごとくなりかわって

絶対支配する為の社会哲学としても利用できる・・という点に

気づくべきではないでしょうか。

◎質問者からの返答

興味深いご見解だと思います。

ただこの質問では、教科書的な位置付けを聞いているもので・・・。

参考にさせていただきます。


5 ● Hafiz
●5ポイント

共産民主主義という jargon は一般的ではナイが、社会民主主義、民主社会主義という言葉は、既に定着しており、フランスにおける front national(フロン・ナショナル 国民戦線)のような極右政党を除けば、現在のヨーロッパのほとんどの政党はコノどちらかと言ってヨイ。つまり中道左派政党は、社会民主主義であり、中道右派政党は、民主社会主義である。

それでは、中道右派と言われる日本の自由民主党が民主社会主義政党かと問われると、ソウは言えない!!!特に小泉・竹中によって構造改悪路線が敷かれた後の小さな政府・民営化至上主義は民主社会主義、社会民主主義の考え方とは対極的なモノ。ツマリ新保守主義、新自由主義と呼ばれるモノだが、コレはサッチャー・レーガン政権時に役割を終えたモノを、小泉・竹中が古い戸棚からホコリまみれのモノを引っ張り出してきて、現代の日本において使ってしまった時代錯誤も甚だしい大失政ダッタ!!!!!!それが何を意味していたかは、日本において年収200万以下のワーキング・プアーと呼ばれる世帯が1.000万を超えるという中間層の崩壊・超格差社会の出現がハッキリと物語っている。

◎質問者からの返答

>ヨーロッパのほとんどの政党は社会民主主義中道と民主社会主義のどちらか。


1-5件表示/7件
4.前の5件|次5件6.
関連質問


●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ