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花火の歴史を調べようと思います。(今からです)

まずは、
●一番最初はどこでなんのために開発された??
●その後観賞用になったのはいつ、どこで??
●日本に伝わったのはいつ、どこで、どこから??
●日本の花火が現在のように世界一と言われるようになった経緯は??(どうやって開発が進んでいったのか)

という感じで調べようと思います。
私的にはこの4つを要所と感じるので、まずはこれを調べ、いずれはその周りも完全に把握したいです。
その周りという部分に関してはあとで勝手にやるので、まずはこの4点を完全把握させて下さい。
※この質問に関しては“信憑性”も重視したいので、URLなどソースは必須でお願いします。

宜しくお願いします!!

●質問者: ryota11
●カテゴリ:趣味・スポーツ 芸術・文化・歴史
✍キーワード:URL ソース 世界一 勝手 歴史
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 4/4件

▽最新の回答へ

1 ● Mitochondria1973
●100ポイント

●一番最初はどこでなんのために開発された??

中国で発明され「狼煙(のろし)」として使われた黒色火薬が花火の祖先である。


●その後観賞用になったのはいつ、どこで??

鑑賞用の花火は、14世紀後半イタリアのフィレンツェにはじまる。 一説には火を吐く人形のようなものだったらしいが、その後ヨーロッパ中に広がり大航海時代と共に世界中に伝わった。


●日本に伝わったのはいつ、どこで、どこから??

日本への火薬の伝来は1543(天文12)年の種子島だが、1613(慶長18)年イギリス国王の使者ジョンセリスが、駿府城の徳川家康を尋ねたとき持参の花火を見せたという記録が残っているというのが一般にいわれてきた。さらに最近になって、その数十年前に伊達政宗公が見たという古文書も見つかっている。当時の花火は筒から火の粉が吹き出すもので、・・・


●日本の花火が現在のように世界一と言われるようになった経緯は??(どうやって開発が進んでいったのか)

現在のような打ち揚げ花火の登場は19世紀になってからである。



両国の川開き(隅田川花火大会) 玉屋・鍵屋

http://www.mof.co.jp/main/word/histry.html


2 ● MEI-ZA-YU
●100ポイント

http://www.suwaseiryo.jp/seiryohs/tosyo/tosyo44/rekisi.html

>起源は諸説あるが、最有力は、ギリシャ・ローマの昔にさかのぼるというものである。

・・・・

>今日のように大規模なものになったのは、船宿や料理店が金を出し、

客寄せに利用するようになったからである。

群衆をより多く誘うために、日時を陰暦五月二八日を川開きと称し定めて、

両国橋と新大橋との間で大花火を上げることが行われるに至った。

川開きの花火を打ち上げたのは最初のころは町人の花火師たちであった。

だが、やがて諸大名も花火を打ち上げるようになり、「大名花火」と呼ばれるようになった。

・・・・

>日本で花火の色彩が明確に現れはじめたのは、塩素酸カリウムが輸入されるようになってからで、

一八七九年ころからといわれている。

その後、つぎつぎと新しい化学薬品が導入されるようになった。

なかでも打上花火は、色光の配置や変化など、日本で独特の発達をとげ、

第一次世界大戦後には光輝剤や昼間の花火に染料煙が用いられるようになった。

とくに現象の途中で光が二回、三回と変化する割物の手法は、現在日本以外ではその例がないようである。

また玩具花火も日本人の手作業の器用さを生かして多種多様なものが作られ、

打上花火とともに輸出されるようになった。

日本の花火は、世界一の花火と呼ぶにふさわしいものへと成長したのである。


http://www.mof.co.jp/main/word/histry.html

>中国で発明され「狼煙(のろし)」として使われた黒色火薬が花火の祖先である。


鑑賞用の花火は、14世紀後半イタリアのフィレンツェにはじまる。

一説には火を吐く人形のようなものだったらしいが、

その後ヨーロッパ中に広がり大航海時代と共に世界中に伝わった。


日本への火薬の伝来は1543(天文12)年の種子島だが、

1613(慶長18)年イギリス国王の使者ジョンセリスが、

駿府城の徳川家康を尋ねたとき持参の花火を見せたという記録が残っているというのが一般にいわれてきた。

さらに最近になって、その数十年前に伊達政宗公が見たという古文書も見つかっている。

当時の花火は筒から火の粉が吹き出すもので、現在のような打ち揚げ花火の登場は

19世紀になってからである。




http://www.color-club.com/research/color/030822.html

>はじめて『花火』という言葉が登場したのは江戸時代。

慶長18年(1613年)8月6日に「徳川家康」が花火を見物したそうです。

とは言っても、今のような花火ではなく、火薬をつめた筒に火をつけ、その火の粉を見たのでは?と言われているようです。

八代将軍吉宗の頃(亨保18年:1732年)に、

江戸・両国大川で花火を打ち上げるようになり、大勢の見物客が花火見物したそうですよ。


>今の花火のような色鮮やかな花火が作られるようになったのは、明治時代に化学薬品が輸入されてからです。

江戸時代の伝統的な花火を『和火』、それに対して化学薬品を使用した花火を『洋火』と呼ぶとか。

日本の花火の美しさは色も形も世界一なのだそうです。


3 ● chinjuh
●100ポイント

おおざっぱに

という流れなのは、何を読んでもだいたい同じような気がするけど、信憑性がありそうなものとなると、うーん。


http://miesin.com/hanabi-rekisi-kayaku.htm

↑中部の花火情報館。<?なになに>と書いてある部分が参考にした文献のタイトルのようです。

http://www.sumida-gg.or.jp/arekore/SUMIDA005/S005-02.htm

↑ここはNPO法人「すみだ学習ガーデン」のサイト。

http://www.hanabiya.com/history/history.htm

↑花火屋さんのサイト。日本における歴史を主に扱ってるみたいです。


4 ● itss
●100ポイント

http://www.hanabistore.com/hanabi-his.htm

日本での歴史上の記録に残る花火の第1号は、それから約2000年後の天正17年(1589年)7月、伊達正宗が観賞したのが最初であるとも云われ、それに慶長18年(1613年)8月駿府で、徳川家康に、英国人ジョン・セリーヌが、同行の中国人の手で花火を見せたという記録もあります。
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