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【早期の英語教育】

早期 (小学校の 1 ? 3 年くらい) からの英語教育をどう思いますか?
やはり早くから始めれば学習の効果は高くなると思いますか?

効果が高くなると仮定して、
他にどんなことが必要ですか?
どんなことが問題になりますか?

効果が高くはならないと仮定して、
それはなぜですか?
また、何か悪影響や懸念することはありますか?

●質問者: にぎたま
●カテゴリ:学習・教育
✍キーワード:学習 小学校 英語教育
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 27/27件

▽最新の回答へ

[1]学習効果って何? pahoo

"This is a pen."が発語できるようになること? それとも自己紹介ができるようになること?

はたまた、ネイティブと同じ発音ができるようになること?

英語教育の目的と効果測定基準について、標準化または合意形成がなされているのでしょうか?


[2]>1 どう理解していただいても結構だぜ。 Nigitama

pahoo さんならどんな「効果」があると思う?

それから、どんあ「効果」はないと思う?


[3]学習効果があるということは takejin

母言語との関係が「まずく」なっている可能性がある。

意思疎通の他に、母言語には「思考」を司る重大な使命がある。

これが「中途半端」若しくは「欠損アリ」になってしまうと、その人物の思考に影響を与えてしまう。

という考え方もあるそうな。


[4]>3 よろしければ Nigitama

詳細をお願いしても良いでしょうか?


[5]>4 特に日本語は takejin

膠着語で、論理展開が後半に偏る(終末語が論理を決定する)。

英語は(少なくとも私が学習した範囲では)構造が論理を決定している。

英語で思考したことがないので、比較はできないのだが、日本語で論理を展開する場合と順序が全く同じとは思えない。その思考の展開が、中途半端に英語的な部分が混在していると、「混乱」するのではないだろうか。(それが故に、跳躍的思考ができるのかもしれないが)

言語学者(氏名失念)の誰かが、母国語を十分に身につけた後でなければ、第二言語を学習する意味はない。的な発言をしていたように思う。「英語脳」的なものを作るのではなく、母国語を翻訳することで、事足りるはず、と。


[6]>5 何を目指すかによりますが、 Nigitama

ほんとに英語ぺらぺらの日本人を大量生産したいと考える場合は、その「英語脳」が必要ですよね。

ちょっとメールが書けるとか、しどろもどろ意志を伝えたり、海外のホテルや空港でトラブルを乗り越えたりする程度の英語であればたしかに脳内での翻訳で事足ります。

どちらもできる人はそんなにおおいようには思いませんが。


[7]>5 思考が論理を決定する Nigitama

というのは 100% かどうかは分かりませんが、事実だと思います。

それが良いことか悪いことかは知りませんが。


[8]>6 脳内の思考方法が固定されていれば takejin

論理思考へ転換する時期(普通は中高生のころ)を過ぎれば、ぺらぺらに成るための「訓練・練習」をすれば良いのでは。この時期に「必死に努力して」同時通訳やパーティーで遅延なく笑える人、たくさんいらっしゃいます。

単に、「楽しようとしてる」だけではないでしょうか。


[9]>8 てことは、「時期だけ」を見れば今の英語教育は OK と考えていますか? Nigitama

もちろんその中身については話が別だと思いますけど。


[10]日本語教育をきちんと行う前提ならいいと思う。 gday

英語教育をやるから国語の時間を減らす、単元を減らす、ということであれば私は反対。

しかし、きちんと国語をやった上で、エキストラに英語教育を取り入れることは賛成です。

一方、本格的な英語教育は国語教育が一定のレベルに到達した中学からで充分だとも思っています。

なので、英語そのものよりも英語圏(あるいは他国)の文化に触れる機会をもうけるという形での教育が望ましいですね。

少なくとも、英語(や他の外国語)を話している人に対するアレルギー反応を起こさないような教育は必要でしょうね。


[11]>10 条件付き OK Nigitama

そして、だるま落としのような単なる「時期の引き下げ」的な授業内容には懐疑的ということですね。


[12]>9 その前に takejin

日本語(母国語)の教育及び環境が劣悪なので、「母国語固定後の第二言語」になっていない気がするのですよ。

英語できない上に、日本語で論理的に説明できない。さらに、論理的ではないことがおかしいと思わない。

こちらの方を解決しないと、半端な言語体系なのは解消されない気がします。


[13]>12 あちゃぁ? Nigitama

「そもそも話」になっちゃいましたねぇ・・・

そんな takejin さんには、こちらにもご意見をお願いします。

http://q.hatena.ne.jp/1208756362


[14]>2 言語教育ではないと思います pahoo

tekejinさんのツリーでも議論されていますが、言語教育として英語をとらえるなら、私も母国語(日本語)が先だと思います。モノマネの一環として英語をとらえるなら、それもありではないかと‥‥


[15]>10 どこかを増やせば、どこかを削らざるを得ない takahiro_kihara

時間は有限ですから、国語も英語も、というのは無理ではないでしょうか。

理科や算数も、ただでさえ理数系離れが叫ばれているのに、削減はできないでしょう。


削減するなら、同じ語学系の国語から、ということになるのでしょうが、日本語力の低下を招くことは火を見るより明らかですね。


というわけで、僕も中学からの英語教育で十分だと考えます。


[16]マイナス面の方が大きいと思います fraise

英語を母語とする人から学ぶのであれば、

小学校低学年時に学ぶことは発音面ではプラスになります。

ですが、思考や発想からして日本語とは大きく違う言語ですから

日本語もおぼつかないうちから学んでも、相対的にプラスにはならないでしょう。

特に、"This is a pen."から始めたところで、実生活で役にたつとは思えません。

小学校では日本語の読み書き、思考能力をしっかりと養い、

中学校での英語教育のカリキュラムを変更したほうが良いのではないでしょうか。


[17]>15 > どこかを増やせば、どこかを削らざるを得ない Nigitama

これ正論。正論過ぎ。まったくその通り。


[18]>16 差し支えなければ、追加の質問を・・・ Nigitama

1.日本語がおぼつく (←てか、俺の日本語がおぼついてない) ようになるのは一般に何歳くらいですか?

2.中学校での英語教育のカリキュラムを変更する場合はどんなふうにしたらいいと思いますか?


[19]私の持論 jane

3歳から、をお薦めしています! 英会話講師としての経験からです。


[20]不必要、有害。 miharaseihyou

実生活で必ず必要な場面は考えられない。日本語の読み書きさえ覚束ないというのに。

唯でさえテンコ盛りのメニューに生徒の学習能率は落ち、意欲は萎えている。

教科数を削減するべきであって新しく付け加えるべきではない。何でもかんでも欲張りすぎて身に着かない。

選択科目として幼児期からの専門コースというなら専門以外を削減すべき。


[21]>18 どこに基準を置くかが問題ですが fraise

1. ある程度使えるようになるにはやはり小学校6年間は必要でしょうね。

(高校まで進めば、その後の個人的な能力変化はほとんどないような気がしますが)

きちんと調べたわけではありませんが、小学校1?2年生であれば、「?しました。?がどうでした。」といった客観的な事実のみを記した文章を書くのがせいぜいではないでしょうか。

5?6年生ともなると主観的な感情を織り交ぜたり、比喩をいれて読みやすい文章を書く子もいます。

読めなければ書けませんし、書けるのであればそれに近いだけ喋ることができるわけです。

自身の考えを上手く他者に伝えることができるだけの能力を手に入れてから、第二言語を始めても遅くはないはずです。

重要なのは発音ではなく、「何を語るか」ですから。言語はあくまでもツールです。

2. 個人的には、英国や米国での「英語以外の言語を母語とする人を対象とした」英語教育をモデルにしたら良いのではないかと思います。


[22]>15 本当にそう? gday

>削減するなら、同じ語学系の国語から、ということになるのでしょうが、

音楽を英語の歌でやるとか、工夫すれば国語を削らなくてもいけると思いますよ。

小学校低学年なら英語を学習するというよりは英語に触れる機会があるということの方が重要だから工夫次第でどうにでもなると思うし。


[23]>18 補足を… kk_solanet

外国人労働者から市民へ―地域社会の視点と課題から

外国人労働者から市民へ―地域社会の視点と課題から

  • 出版社/メーカー: 有斐閣
  • メディア: ?

上記の本に、在日日系ブラジル人の子どもたちが日本語を学んでいく過程について論じた章があります。

小学校低学年のうちに来日した子供も、小学校4年生頃に来日した子供も、どちらも日本語を流ちょうに喋るようにはなります。

ところが、低学年のうちに来日した子供の方は、学校でオチこぼれてしまう傾向にあるのだそうです。

低学年のうちに来日すると、元々しゃべっていたポルトガル語の読み書きもおぼつかないうちに日本語をガンガン学校で使うことになるので、どちらも中途半端になり、学校の教科書のような「抽象的なこと」が考えられなくなってしまうのだそうです。

日本人の英語学習に置き換えてみれば「しゃべれるようにはなるけど、それなりのレベルに達する時期は結局同じ」とでもなるのでしょうかね。

小学校1年生?中学校3年生のすべての学年の子供に英語を教えた経験がありますが、結局、最低でも小学校高学年(5?6年)くらいにならないと、「英文を読みこなす」とか「英文をしゃべる」ようにはならないですね。それまでは単語、よくて短いフレーズ程度です。


[24]>13 これまでの成果を見ればやっても無駄。 doriaso

オレたちゃ何年英語を学んできたんだ?


[25]>24 だから、ほんやくコンニャクみたいな道具を、 doriaso

さっさと開発した方が樂だと思う。

金はそっちの開発費に、授業時間は他の科目に回せ!!


[26]>24 だって、必要ないじゃん takejin

必死にならなくたって、生きていけるから。

ホントに「勉強」したっけ?

「テスト対策」ならしたけど。


[27]>25 英語を話し人たちに日本語教育をするようにしたらどうだろう? doriaso

ま、相手にされないか。笑

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