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「私をスキーに連れてって」のDVDを先日見たのですが、
原田知世が知らない人達と同僚と同じテーブルで年越しを迎えようとするシーンがあります。
(三上博史が原田知世に会う為に雪の中を車で走って花火と共に年を越す辺りです)

ペンションというと、レストランのように個別にテーブルがあって、そこで食事等をする
イメージがありますが、当時は他人と同じ場所でガヤガヤと楽しむのが多かったのでしょうか?
私も87年当時、小学校2年の時にスキー場近くの民宿に行って、大きな長いテーブルで他人と食事を
した事がありましたが、当時のその時の記憶がほとんどありません。当時のペンション、民宿は
一泊の値段も今より高かったんですかね?シャンパンも飲んでるし。

●質問者: voip
●カテゴリ:グルメ・料理 趣味・スポーツ
✍キーワード:ほと イメージ シャンパン スキー場 ペンション
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● たけじん
●40ポイント

スキー場の近くにある、「おしゃれな」ペンションでは、結構パーティーが開かれていましたよ。時には、近くのペンションと合同で、大きなパーティーを開いたり。

当時の万座や志賀高原のペンションでは、クリスマスやニューイヤーなどのイベントがある際には、パーティーが盛んだったと思います。料金は、スキー宿<民宿<ペンション=中位のホテル<リゾートホテル、という感じで、ペンションはそれほど高かったわけではありません。オーナーがスキーヤーのことが多く、無料のスキー教室などを開いてくれて、かえって安い場合もありましたよ。1泊4000から10000円程度で泊まってました。

アマチュア無線、それなりにどこでも滑れる足前、舞台が万座・・・・まるで当時の私のような映画でしたからね・・・・

◎質問者からの返答

今と変わらない値段だけど、昔の方がペンションも楽しそうですね。


2 ● らいず
●40ポイント ベストアンサー

スキーロッジなどの昔からあるようなペンションというよりは、プチペンションのようなところだとみんなでわいわいガヤガヤしながらパーティなどをしたりするところも多かったと思います。

イベントごとの時の宿泊客は、みんな顔見知りの常連客というところもいまだにありますよ。

それに、あの当時だとクリスマスごろから年末まで会社も休みになって長期連泊があたりまえなんて人達も多かったですから。

◎質問者からの返答

クリスマスから年末まで休みが取れるって、学生の冬休みと同じですね!当時は景気が良くて忙しかったと聞いてましたが。


3 ● redwing1
●0ポイント

つまんないところに目をつけますね。

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