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数学に関する質問です。なぜ一度正しいと証明された定理が覆されることがないのか? ということが理解できません。

「あらゆる科学理論は本質的には仮説であって真理ではありえないので、常に反証される可能性がある。そして反証された時にその理論は敗れ去る」

これは非常に納得できることです。
しかしどうして数学の場合は科学のように反証可能性のようなものがないのかがわかりません。
「論理だから」というのは自分にとっては全然自明ではありません。
そう言われると、なぜ論理だと覆されることがないのか? という新たな疑問が生まれるだけです。
「論理だから」が本当に正しのか、そしてそれが正しいのならばどうして論理だと覆されないのか、
それともそれ以外の理由があって数学の定理は覆されないのかを教えてください。

●質問者: BLOG15
●カテゴリ:学習・教育 科学・統計資料
✍キーワード:全然 反証可能性 定理 数学 本質的
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 19/19件

▽最新の回答へ

1 ● ubsp1977
●40ポイント

面白い疑問だと思います。

個人的には数学も物理も同じだと思います。理論にはまず「前提」があり、その上に「過程」(ストーリーの展開)があります。

この「過程」に関しては、誰がやっても同じ結果になるような手法でなければ、科学とは見なされません。ここで人によって結果が異なるのであれば、科学と呼びません。

では「前提」はどうでしょうか。私はこの部分こそ科学の反証可能性がつきまとう部分なのだと思います。簡単な例で示すと、「三角形の内角の和は180度である」という法則です。確かに、空間がフラットな場合、この法則は成り立ちます。しかし、もし空間が歪んでいた場合、三角形の内角の和は180度以上にも以下にもなるのです。

これは法則が成り立つ「前提」が変わったので、結果が変わったということで、その「過程」が反証されたわけではありません。

ニュートン力学も、アインシュタインの相対性理論によって「前提」が覆されました。物理学は、究極の統一理論が確立されていないので、学者は「前提」を仮説として提示し、実験によって検証するのです。

数学も同じことが言えるのではないでしょうか。ただ数学の場合、物理のように「自然界を支配する究極理論を目指す」という目的はないでしょう。理論の「前提」は、数学者がある程度自由に決められ、それが適切か否かは、自然法則を追求する物理学ほどシビアではないのかもしれません。


2 ● hirotow
●35ポイント

ある一定の条件(公理系)下で定理を述べそれを証明すること、というのが数学という分野の中心的な研究の形態である。

すなわち、

科学は何一つとして確定した前提がない(すべての前提に反証可能性がある)ためそれが覆されればその前提に基ずく仮定はすべて覆るが、

数学は公理系すなわち「確定した前提」の上に成り立っているため、その可能性がない。

ということです。

要するに科学の場合、これ以上分解できない粒子=原子→核分解の発見のようなことが起こりえますし、幽霊が存在することが証明される可能性もありますが、数学の場合4が5になったり*が/になることはないということです。


3 ● heppocom
●13ポイント

別に「覆してはいけない!絶対ダメ!」

と言ってるわけではないのだから、

覆せるなら覆せばいいのでは。

「覆されない」という訳ではない、です。


4 ● hissssa
●30ポイント

自然科学と違い、数学の場合は前提から厳密に定義されているからでしょう。数学的証明では、必ず証明の「前提」があります。その前提は証明の定義そのものであって覆るわけがないものなので、そこから導かれた証明もまた(途中計算に間違いがないかぎり)後から覆ることはありえません。

例えば有名なフェルマーの最終定理「3 以上の自然数 n について、x^n + y^n = z^n となる 0 でない自然数 (x, y, z) の組み合わせがない」では、「3 以上の自然数 n」と「x^n + y^n = z^n」という厳密な大前提の式が存在します。この前提はそもそも証明の前提であり、覆るわけがありません(覆ってはいけないと言うべきかも)。

一方、自然科学の場合は、前提となるのは基本的に観測された事実です。科学理論とは、観測された事実・データを矛盾なく説明するための理論であって、実際にその理論が世の中に厳密に存在することを証明しているわけではありません。出来上がった理論を元に行われた推論から新たな事象を予言し、その事象が実際に観測されることで信頼度は上がりますが、どこまで行っても完全な証明はできないものです。

例えば、ニュートンの運動力学は身近な物理運動を説明する科学理論として作られました。この理論は手で投げたボール程度の運動から地球や月の天体運動くらいまでの動作をよく説明しましたが、原子レベルの極小世界や太陽近傍などの極端条件では観測事実に合いませんでした。観測技術の進歩に伴い「観測された事実」という前提が変わってしまったから、その新たな事実を内包する新しい理論として量子論や相対論が生まれたのです。

ただ、量子論や相対論はニュートン物理学を否定・反証したわけではなく、あくまで「補正」しただけです。そしてこれからの観測技術の進歩に伴って、現代の理論もさらに補正されていくことでしょう。


5 ● おっちゃんこ
●25ポイント

ある前提の元に理論構築しているからです。

例えば1+1=2 という前提を崩す事から始めないと、数学の定理は覆せません。

科学理論は、既に目の前にある現象を解析する学問なので

不確かなものを確かにする作業ですから、当然、そこに使われた定理が妥当でなければ、簡単に覆ります。


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