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【地震雲】特有の形の雲により地震を予知できるという説があります。その説は(1)いつごろから言われていることでしょうか? (2)誰が言いはじめたことでしょうか?

注意:
・お聞きしたいのはその説の信憑性やメカニズムではありません。質問は「いつ頃、誰が言いはじめた説なのか」です。
・地震雲について研究をしている人の名前を聞きたいのでもありません。地震の前に特有の雲が出るという、都市伝説的なものがどこから発生したのかを知りたいのです。
・また「誰」というのは個人名である必要はありません。江戸時代の日本でも言われていました、とかでかまいません。

●質問者: chinjuh
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 科学・統計資料
✍キーワード:メカニズム 人名 名前 地震 地震雲
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● taku_j_7
●27ポイント

元奈良市の市長である鍵田忠三郎氏さんの研究によるものです。

意思を継ぐ形で「日本地震雲研究会」というのが存在しますが、

詳細の活動内容などは不明です。

http://f50.aaa.livedoor.jp/~earth/

http://www1.odn.ne.jp/cam22440/kagita.htm

◎質問者からの返答

うーん、そこでわかるのは、

なんですが、17年の出来事は、鎌田氏が自分の経験で知ったのでしょうか。それとも民間伝承がすでにあり、そのことを鎌田氏が知ったのでしょうか。そのサイトでは判断しかねます。前者であれば発明者が鎌田氏なので満点の回答ですが、そうでないなら「で、どこが答えですか?」ってなってしまう。


でも、昭和17年の日本にはすでにあったということはわかりました。これは収穫です。また、日本で地震雲について広く知られるようになったのは鎌田氏の著書が発端かもしれませんね。ありがとうございました。


訂正:×鎌田氏 ○鍵田氏

年食ったみたいです。目がしょぼしょぼします(汗)


鍵田氏の「これが地震雲だ」をサクッと借りてきました。



誰がポイントはたいて質問してるんだかわかんなくなってきた。


2 ● kanan5100
●27ポイント

6世紀インドの天文学者・占星術師、ヴァラーハミヒラ(505年 - 587年)の書いた『プリハット・サンヒター』(邦訳は『占術大集成』(東洋文庫))という本の32章で、地震雲を含め、動物の異常行動や地下水の動きなど、数々の地震の前兆現象について論じられているそうです。

http://en.wikipedia.org/wiki/Earthquake_cloud

http://www.snowjapanforums.com/ubbthreads.php?ubb=showflat&Numbe...

◎質問者からの返答

おーっ、いきなり1500年くらいさかのぼりましたね。ブリハット・サンヒターの邦訳なら図書館にあったような気がするので借りてみます。世界的な視野で見ると古代から言われていたことなのかもしれませんね。


現在の状況:


中国では、ヨーロッパでは、などの情報大歓迎です。



さらに追記。「占術大集成」を借りてきました。32章ですよね? たしかに地震のことが書いてありますが、日本語訳を読む限り、地震の予知を論じる章ではなく、地震で世の中の動向を予知することを論じているようです。

ただ、まあ強いて言うと、アグニの地震とやらは「四方の空やけをともなう」インドラの地震の時は「水牛の角や蜂の群れや蛇のような雲が雨をふらせる」とあり、鍵田氏の『これが地震雲だ』の内容と一致させようと思えばさせられなくないような記述も確かにありました(ただ、それが地震の前触れとして起こるのか、地震と同時に起こると言ってるのか判断できない文章でした)。


やはし誰がポイント払ってるのかわかんなくなってきた(笑)


3 ● kanan5100
●26ポイント

江戸時代に仮名垣魯文編の『安政見聞誌』という安政大地震の記録があります。

http://www.jcsw-lib.net/ansei/index.html

この中に、次のようなエピソードが記されているそうです。

http://www.tane.cn/newpage1.htm

駒込白山下の質屋に地震を予知した丁稚がいて、どうして予知できたのかとあとで尋ねられたところ、

「僕の父は信州の人で、いつも語っていたことは善光寺開帳のときに起きた地震の日の夕方に、西方に白雲が霞みのようにたなびき、また東の方に藷(つくねいも)のような雲が出ていました。その夜にその地方は大地震でした。それからしばらくして、元のような雲が東西に出ました。それで父は「これは必ず揺れ返し(大きな余震)があるに違いない」として家財を外の広いところに運び、わが身は竹林にひそんでいましたところ、はたしてまさにその夜も大地震がありました。そのように聞いて忘れずに覚えていましたが、あの2日のとき、その雲が現れました。それで思わず言ってしまったのです。」

と語ったとのこと。

善光寺地震は、安政大地震の8年前の1847年に起きているので、このときすでに丁稚のお父さんは地震と雲の関係に気づいていたようですね。

◎質問者からの返答

これも面白いです。特殊な形の雲を地震とはっきりむすびつけている例ですね!



みつけました。

教えてもらった一番目のURLの中巻20/22の左ページに書いてありますね。


現在の状況:


せっかくだから引き続きほかの情報もお待ちしてまーす。

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