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夏休みの読書感想文をコピペする子供たちにネットの怖さを教えたいと思います。一見すると普通の読書感想文だが、よく読むと原作にないエピソードが混ざっているニセの読書感想文を書いてください。優秀作を集めてニセ読書感想文サイトをつくります。

・課題図書(好きなものをひとつ選んでください)
「こころ」(夏目漱石)
「人間失格」(太宰治)
「沈黙」(遠藤周作)

●質問者: syujisumeragi
●カテゴリ:ネタ・ジョーク 書籍・音楽・映画
✍キーワード:こころ ひとつ コピペ サイト ネット
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 12/12件

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1 ● zapa
●15ポイント

人間失格を読んで

五年三組 増田増男

僕が「人間失格」を読んだきっかけは、この本の表紙が小畑健さんのイラストだったからです。デスノート小説版の新作が発売されたのかと思い、間違えて買ってしまいました。だまされた気分になり、読みもせず、そのままずっと本棚に放置していました。五年生になり、ちょうど夏休みの読書感想文の課題図書として指定されたのを機に、人間失格を読むことにしました。

人間失格を読んでみて、僕の心の中に衝撃が走りました。共感せずにはいられない作品だったからです。この小説は、人間として失格な人間の特徴を、こと細かに説明していました。たとえば、「部屋は汚いが、片付け始めるとトコトンやる」、「公の場では綺麗に使うよう心がける、友人の家も綺麗にする」、「熱しやすく冷めやすく、一度冷めたらどんなに中途半端でもヤ?メタ」、「基本的に無気力だが、変な事には異常にこだわりを持つ」、「洗濯物はタンスに入れず、出かけるときは無造作に置いてある中からチョイス」、「家に帰ると即効で着ていたものを脱ぐ」、「夜中に昔の痛い自分を思い出してあああああああああとなる」、「人の悩み事は親身に聞くが自分の悩みは話さない」、「人情話に弱いが実際に人と接する場はあまり好まない」、「コンビニでお釣りの渡され方を妙に意識してしまう」、「寝てたわけじゃないのに、ごめん寝てたの言い訳を使うことがある」などです。僕に当てはまりすぎていてビックリしました。今まで自分が人間失格であるという自覚は全くなかったのに、ここまで正確に当てられては、自分のことを人間失格であると認識せざるを得ませんでした。僕は人間失格です。

この本の作者、太宰治さんも小さい頃から人間失格であることを自覚し、人間に対する最後の求愛として道化を行っていました。そして中学校時代には、道化という自らの技術が見抜かれそうになることを恐怖し、酒や煙草や女に溺れるようになります。モルヒネにも手を出し、少しでも平常心を保とうとしました。なぜ平常心を保てなかったかというと、太宰治さんは人間失格だからです。人間失格な人間は、デスノートによって殺されてしまうのです。人間失格な人間は、この世に存在する価値がありません。生きていても無駄です。無駄な人間は殺してしまった方が良いという、新世界の神「夜神月」がデスノートを使って殺人を犯すのです。デスノートに名前を書かれた人間は、心臓麻痺によって殺されてしまいます。太宰治さんは夜神月に、デスノートに、殺されたくはなかったのです。少しでも人間として失格にならないよう、酒や煙草や女にも手を出しました。しかし、それでもダメでした。人間失格は何をしても人間失格でした。平常心を保つことはできず、モルヒネにも手を出しました。最後は結局、己の人間失格である部分を認め、自ら命を絶ちました。夜神月に殺されるくらいなら、自ら命を絶った方がマシだと思ったのでしょう。

僕も太宰治さんと同じく、人間失格です。僕も自ら命を絶つしかないのでしょうか。それともデスノートで殺されるのを待つだけでしょうか。僕は死にたくありません。でも人間失格です。このままでは死んでしまいます。こんな人間失格が生きていけるような世界は、今後現れないのでしょうか。新世界となれば、人間失格でも生きていけるのでしょうか。それとも新世界には、人間失格など誰一人として存在しないのでしょうか。

僕は死にたくありません。人間失格のままでいたくはありません。どうすれば人間失格ではなくなるのでしょうか。どうすれば人間失格から脱却できるのでしょうか。教えてください。このままでは僕は死んでしまいます。このままでは殺されてしまいます。人間失格は嫌です。もっと、もっと、もっとまともな人間に生まれてきたかったです。


2 ● NaO
●15ポイント

人間失格

「恥骨の多い生涯を送って来ました」

大庭葉蔵は鬱屈した少年時代を送り、上京すると堀木にホイホイついていってしまい時代錯誤のマルクス系左翼運動に没頭する。

だがそれでも、生来のイケメン面が功を奏し、ヒモ生活を満喫する。

紆余曲折を経た末、しがない漫画雑誌(週刊少年サンデゐ)に腹上志郁太(ふくじょうし・いった)という筆名で連載をもつようになるが、担当にカラー原稿をなくされたことに腹を立て、ブログにその旨を公表したところ、契約を打ち切られてしまう。

むしゃくしゃした彼は、いつものように酒をすこぶる飲み、それを注意したタバコ屋の娘から処女のにおいがぷんぷんしたので強引に唇を奪い、「知ってる?初めてキスした人と結婚すると幸せになれるってルバイヤットに書いてあるんだ」と騙し、のうのうと結婚する。

漫画家としての生命を絶たれた葉蔵は、エロ絵を売って細々と暮らすことにした。

しかしある日、堀木と二人で楽しく悲劇名詞と喜劇名詞の当てっこをしていたとき、妻はエロ絵を買い取っていた商人に処女を奪われたのだった。

なぜさっさと食っておかなかったのかと葉蔵はひどく後悔し、世の中に絶望した。

そして、既に白く光を失った月を仰いで、二声三声咆哮したかと思うと、草むらに躍り入って、再びその姿を見なかった。


3 ● paranoiautopian
●14ポイント

夏目漱石「こころ」を読んで

「こころ」という本を読むことになって、僕がまず最初に考えたのは、心とは何だろうということです。確かに、誰にでも人の心、気持ち、スピリチュアルオーラというものがあります。でもそれはどこにあるのか分かりません。だからといって、心とは脳だというようなミンスキー的唯脳主義に陥っても良いのでしょうか。僕はまず、そのことを心に留めて読むことにしました。

読んでみると、これは「私」と「先生」との触れ合い、そしてすれ違いを描いた作品でした。「先生」は学費に苦心しているうちに自由惑星同盟軍に士官することになり、特にイゼルローン要塞を陥落させたことで英雄となりますが、その胸中には勝っても負けても人死を増やさざるを得ない、戦争というシステムに対する強い不信感がいつもありました。「私」は誰よりも「先生」のそばで、そうした感情の揺れを読みとっていましたが、しかし「私」は「先生」に意見するにはあまりに遠く、また「先生」も「私」に助けを求めるにはあまりに大人でした。

この本の一番の魅力は、言うまでもなく「先生」にあります。「先生」は「私」にとって大人の見本のように完成された人物であり、また多くの人にとっては戦争の英雄でした。しかし一方でそうした外面が、内に抱く自分の理想像と全く異なることに、いつも悩み苦しんでいました。「妻が考えているような人間なら、私だってこんなに苦しんでいやしない」と先生が吐露するシーンが、その象徴です。普通なら、心の思いをぶちまけてしまっても良いはずです。しかし「先生」は一方で「自分の信念をひけらかすのはやめよう」と言い切る、孤独な理想家なのでした。

結局「先生」は死に至りますが、もし「先生」があと少し弱い人間であれば(あと少し強い人間ではなく)、おそらく死ぬことは避けられたでしょう。もしかすると、この本が示すのは、清く生きるのは難しい、ということなのでしょうか。戦争の英雄は戦争で死に、理想家は理想に死ぬということなのでしょうか。そう考えると「先生」が、より理想だけを追い求めて生きる、狂信的な信者によって殺されるというのは、皮肉なことに思います。

人が死ぬと、もっと話をしていれば、というようなことがよく語られます。もっと心を通い合わせていれば、死は避けられたのではないか。そういうことが、病死や自殺に対して言われます。僕は自分が「先生」のような理想を持つとは考えられません。しかし「私」のように「先生」のような人間と出会う可能性はあります。その時のために、この本を何度も読み直して、心を通わせるというのはどういうことか、それがいかに難しいか、考えたいと思います。


4 ● at_akada
●14ポイント

「人間失格」を読んで


「人間失格」。ある日突然自分がそう宣告されたらどう思うだろうか。

太宰治の人間失格はそんな重厚なテーマを扱った作品だ。

マザーコンピューターに管理される未来都市の平凡な官吏である主人公の葉蔵は、ふとしたきっかけで、自分が人工的に合成されたクローンであることを知ってしまう。これまで当然のように受け止めてきた自分の半生は、とある組織によって捏造された記憶に過ぎなかったのだ。

だが、主人公の悲劇はそれに留まらない。周囲をかぎまわる謎の道化師や、執拗に主人公を追跡する黒服の男たちの手をかわしながらも、自分の存在の秘密を解き明かそうとする主人公はやがて、自分の住む国全体が、捏造された架空の人工世界であったことを知ってしまう。主人公と祖国は、多国籍企業の陰謀によって造られた壮大な実験場であったことが明らかになっていく。 家畜のように管理されることを嫌う主人公は、力を求め、過去の自分を知る唯一の人間である「ディズニーランドの老人」に接触しようとする。

人間とは何か、生きるとは何か。そして本当の自分とは。人として希望を持って生きることの本当の価値を問われるような作品である。


5 ● 松永英明@ことのは
●14ポイント

夏目漱石の『こころ』を読んで

五年五組 ○○○○

ぼくは、夏目漱石といえば、思い出すドラ

マがあります。それは、夏目漱石が主婦に乗

り移ってしまうという宮藤官九郎さん作の昼

ドラ「吾輩は主婦である」です。

斉藤由貴さんが演じる主婦の矢名みどりは

ごく普通の専業主婦でした。ところが、レコ

ード会社に勤める夫の矢名たかし(赤パジャ

マ/及川光博)が、本当に好きな音楽を作る

という夢を追って、レコード会社をやめてし

まいます。

アパートのローンもあるし、中学生のまゆ

み(東亜優)と小学生のじゅん(荒井健太郎)

という二人の子供もいるので、家計が大変な

ことになります。結局、アパートを売ること

にして、一家はたかしの母・ちよこ(泣き女・

竹下景子)の家に引っ越します。

お金の心配をしすぎたみどりには、なんと

旧千円札の夏目漱石が乗り移ってしまいます。

自分のことを「吾輩」と言い始めたみどりは、

商店街の人たちと大騒動をくり広げていきま

す。

お向かいに住んでいるたかしの幼なじみ・

やすこ(なまはげ・池津祥子)とひろし(レッ

ド吉田)や、喫茶ジャン・バルジャンのマス

ターゆきお(川平慈英)のオーバーアクショ

ンも毎回笑えます。

週刊誌「女性タブン」の編集者小松(岡田

義徳)や芥川賞を受賞した人気作家の夜しず

か先生こと浅野(高橋一生)も楽しいキャラ

クターです。

そのほかにも、たかしの妹ももえ(猫背椿)

などのインパクトの強いキャラクターが登場

してはさわぎを巻き起こしていくので、全四

十話(各三十分)なのに途中で全然あきるこ

とがありませんでした。

ぼくは年が近いこともあって、小学生のじゅ

んに感情移入しました。すみれ先生(マドン

ナ・原史奈)のようにきれいで優しい教育熱

心な先生だったらよかったのにな、じゅんが

うらやましいな、と思いましたが、ぼくの先

生はこわいおじさん先生で、授業中に携帯で

FX取引ばっかりしています。悲しく思いま

した。

まゆみはきれいでかわいいお姉さんだと思

いましたが、中学生の女子はどうしてあんな

ふうに不機嫌だったりするんでしょうか。と

くに、お父さんのたかしに嫌いと言ったり、

いっしょに靴下洗わないでと言ったりしたの

は、たかしがかわいそうだと思いました。で

も、ぼくもあんなお姉さんがほしかったです。

ぼくはお兄さんしかいません。しかもニート

で無職で引きこもりをやっていてオタクで太っ

ています。正直言ってうっとうしいです。

そういえば、みどりもきれいです。たかし

も、かっこつけすぎですが、かっこいいです。

ぼくのお母さんもお父さんも全然きれいでも

かっこよくもありません。ああいうのはテレ

ビのきょこうの世界だけの話だとおばあちゃ

んに聞きました。でも、おばあちゃんも、竹

下景子さんみたいにきれいじゃありません。

現実ってきびしいと思います。

最後の方では、夏目漱石にゆかりの地を、

みどりとちよこが訪ねていくシーンがありま

した。ぼくも夏休みの小旅行として、夏目坂や

夏目漱石旧宅あとや、東京大学の三四郎池な

どを訪ねてみましたが、漱石がどういう人だっ

たかはよくわかりませんでした。それより、

夏休みには海や山やディズニーランドに行く

約束だったのに、漱石ゆかりの地訪問でごま

かされたので、お父さんもお母さんも嫌いで

す。

ちなみに、このドラマの毎回のサブタイト

ルはひらがな三文字で統一されていましたが、

第四十話(最終回)のサブタイトルが「ここ

ろ」でした。ぼくはこの最終話まで見て、感

動して涙が出てしまいましたが、最後には思

わず笑ってしまいました。

おわり。


※四百字詰め原稿用紙四枚分です。


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