人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

「順位をつけない徒競走」について。

1)そういう「平等」主義の運動会が小学校で行われているという話が流布されていますが、具体的にどこそこ小学校で行われているといった実際の例はあるでしょうか?「うちの子はそうだ」という体験談でもかまいません。

2)順位をつけない徒競走のような「平等」主義の人たちは、高校野球やオリンピックで負けた人は可哀想だから順位をつけるなとか言わないのですか?

●質問者: 松永英明@ことのは
●カテゴリ:学習・教育 趣味・スポーツ
✍キーワード:オリンピック 体験談 小学校 平等 徒競走
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 7/7件

▽最新の回答へ

1 ● slapshock
●18ポイント

幼稚園や小学校とかは、イジメの問題や親からのクレームがあるという背景があるからじゃないでしょうか。高校以上になるとある程度、親の手も離れて、運動会で自分の子が一番になれなかったなんてクレームも出ないでしょうし、そういったことがイジメになるきっかけもほとんどないからだと思います。


全員で一緒にゴールというソースは、ありませんが、それに近いものがあったので、ご参考までに。

100m走で差が出ないように事前にタイムを計り、その結果で組をわけるそうです。

■福岡市東区の市立千早小

http://www.nishinippon.co.jp/news/2005/sengo60/sengo7/07.html

◎質問者からの返答

年齢が上がれば変なクレームも減るということでしょうか。

リンク先は参考になります。

「差別につながる」と、運動会のかけっこで順位を付けない。手をつなぎみんなでゴールする―。

一九八〇年代から九〇年代にかけ、九州の小中学校でそんな現象が起きた。

「機会の平等は保障されても結果の平等はありえない」。形式的な平等主義は、そんな実社会の厳しさから目をそらしているとも揶(や)揄(ゆ)されてきた。

ちなみに私の小学校では事前タイム制はありませんでした。


2 ● yazuya
●18ポイント

1)

どうも都市伝説という意見が多いですね。

http://d.hatena.ne.jp/debyu-bo/20060928/1159407413

http://blog.livedoor.jp/princip/archives/25585749.html

http://shiozaki.info/mt/archives/2005/08/post_362.html

http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1217835...


2)

そんな人はまずいないでしょう。

ただし、小学校で徒競走に順位を付けることに反対しつつ、オリンピックや高校野球に文句を付けないのは必ずしも矛盾ではないかもしれません。

小学校段階で努力で簡単に埋めきれないことで、大勢の中で明確に順位を付けられてしまうのは可哀想だけど、もっと大きくなってからしかも選抜された中で(もっとも、選抜段階でも順位は生じますが)順位がついたとしてもそれほど可哀想ではない、という意見はおかしくはないでしょう。

また、中学高校からはテストの順位が張り出されるところもある(あった)ようですが(これはむしろ最近は平等ではなく個人情報保護という観点で減ってそうですが)、昔も今も小学校でテストの順位が貼りだされるというのはあまり耳にしません。

徒競走に限らず、小学校段階では順位を意識させない、という方針も完全に否定されるべきことではないでしょう。

◎質問者からの返答

これらの意見を読むと都市伝説に近いように思えてきました。

というわけで、「手をつないで一斉にゴール」という現象は、事実としてないわけではない。けれども「大流行」というほど広まっているわけではない。というか実数としてはかなり少ないのではないか


3 ● MEI-ZA-YU
●26ポイント ベストアンサー

豊中市では昭和50年代前半からすべての市立小学校で

順位付けをしていないようです。

http://www5.plala.or.jp/ysk/kimigayo-toyonaka.htm

>徒競走にまったく順位をつけない小学校の運動会だ。

豊中では、ゴールインの順番を書いた「等旗」が、四十一の市立小学校すべてで使われていない。

・・・

市教委によると、小学校運動会での等旗は、昭和五十年代前半に消滅した。

「友人と競うことを避ける」「順位づけをしない」などが理由だったという。



>順位をつけない徒競走のような「平等」主義の人たちは、

高校野球やオリンピックで負けた人は可哀想だから順位をつけるなとか言わないのですか?


自分の子供と関係ないからそんなことは言わないと思います。

◎質問者からの返答

2000年の段階で、豊中市ではまさに実例があったのですね。「ソースは産経」ですが……。

「オリンピックの金・銀・銅メダルは差別の象徴ですか」

大阪・豊中市の九月議会文教常任委員会でこんな質問が飛び出した。質問者は、公明の佐野満男市議。

「これぐらい言わないと豊中の行き過ぎた“平等教育”には待ったをかけられないと思った」

佐野市議が問題としたのは、徒競走にまったく順位をつけない小学校の運動会だ。豊中では、ゴールインの順番を書いた「等旗」が、四十一の市立小学校すべてで使われていない。

どうやらオリンピックを否定する人はいないようですね。


4 ● spica5061
●8ポイント

1)私はそういった例は聞いたことはないですね・・・

2)それが「平等」であるといっている人はおそらく自分が上位にいけないが為の「順位をつけない」だと思います。

とすると、甲子園やオリンピックといった手の届かない範囲、自分とは無関係といえる範囲に関しては特に考えていないのではないでしょうか。

こういった「みんな同じ=平等」の典型的な例が社会主義であり、その成功例がみられないことから、この思想はあまり現実的とはいえないのかもしれないです。もっとも「努力した者はその努力に見合っただけの成果が得られる=平等」も現代をみれば必ずしも真ではないので現実的な「平等」が存在するかすら怪しい気がします。

乙武さんの公式サイトより「順位をつけない運動会」というページをみつけたのでそのURLを・・

http://sports.cocolog-nifty.com/ototake/2005/06/post_c7c4.html

◎質問者からの返答

一般的に「自分が上位にいけないが為の「順位をつけない」」というのはそのとおりだと思いますね。

しかし、豊中市の事例が産経の報じたとおりだとするなら、そのレベルを越えているような気もします。

やはり「機会の平等」はあっても「結果の平等」は無理、というところの認識が必要なんでしょうね。


5 ● SALINGER
●8ポイント

もしかしたらかもしれませんが、以前朝○新聞名古屋版の投稿にこんなのがあったようです。

(裏はとれてないので本当かはわかりません)


論より行動の高校生がいた

http://www.hi-ho.ne.jp/inverse/seino.htm


この話が本当なら約37年前(昭和45年頃)からあった話のようです。

◎質問者からの返答

生徒が自主的にやったことのようなので、今回の趣旨とは合わないようです。


1-5件表示/7件
4.前の5件|次5件6.
関連質問


●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ