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俺は人に批判されるのが怖いです。オリンピックを見ていて、日本人選手が負けると「税金返せ」みたいなことを言う人がいますが、そういうのを見ていると本当に怖くて、俺はこの先社会人として生きていけるかなって考えてしまいます。かと言って、自分がそういう批判をしないかというと、つまらない芸人を見れば「つまんねー」とか平気で言っています。そういうところ、矛盾していますが、そういう矛盾があるのは人間なのでしかたないかと考えたりもします。ですが、そういう矛盾が大嫌いな方もいて、バッシングされることもあるかと思います。何だかよく分かりませんが、人間ていうのは批判の堂々巡りだなって思います。結局は、批判を浴びないようにうまいこと世渡りしながら、自分のことは棚に上げて批判する必要があるのかなと考えました。しかもそれは無自覚でやれると精神衛生的にもいいと思います。皆さんはどう思いますか。

●質問者: Gakuen
●カテゴリ:人生相談
✍キーワード:うまい まら オリンピック バッシング 世渡り
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 15/15件

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[1]批判=否定ではない。 filinion

批判されるのが好きな人はいないと思います。

その意味では、私もGakuenさんと同様、批判されるのは怖いです。

ただ、自分が、今の能力、今の仕事のやり方で、たとえば定年まで十分仕事をこなして、いずれは後輩や部下の指導をしたりできるか、と考えると、全然無理だとも思います。

自力で勉強することももちろんできますが、自分では見えていない自分の欠点、ということを考えると、他人からの批判的意見というのはとても大切だな、と思います。

もちろん、冷静かつ合理的な批判ばかりではなくて、ネガティブな感情が先に立ったただの悪口みたいなのも多かろうとは思うのですが、そういうのも一応冷静に受け止めて、自分を成長させる糧にできたら、と思っています。

まあ凹むんですけども。批判されれば。

他人を批判するときも、

「お前はバカだ」

とかではなくて、せめて

「君のこれこれこういうところは良くない。もっとこうすればどうだろう」

的な言い方ができるようにしたいな、と思っています。

まあ全然できていないので、目標として、ですが。


[2]批判は必ずある・・・ harumi2

人間をやっていく上で批判はつきものだと思います。批判されたら、誰だって落ち込みますしショックです。でも自分も人を批判する時あります。自分はされたくなくても人にはします。みんな誰でもそうだと思います。いや?私は違うと思う人がいたら、口には出さなくても

心で思っている場合もあると思います。だから批判されたら 理由を知り 反省し、なるべく批判されないようにしていくしかないと思います。批判されて気にしないと思っていたら いつまでも批判されると思うので 批判されたら反省するようにしてしていくといいと思います。でも今の若い子たちは よく存在がむかつく、という子も中にはいるので そういうような批判は気にしなくていと思います。


[3]>1 批判、批評は誹謗中傷と違う some1

誰しもが同じ思考思想ではないので、その差を相手に表現して伝えるということはままあるわけで、それは度合いの差こそあれコミュニケーションの中に普通に存在します。


「おもしろい」「おもしろくない」「普通」「嫌いだ」「興味なし」とか。


そして嘗ては思想や政治やマスゴミがそういう価値観まで押し付けていたわけですが、Webのように個人が大きな情報伝達力を得た現在では、捏造や情報操作をしようとしても、個人を情報源とした証拠ソースの開示などで報道機関などと自称していた連中ですら批判の対象として猛烈なバッシングを受けます。


同様に「ただのいいがかり」や「虚偽での中傷」ならそちらの方が叩かれて炎上する事もしばしばです。


叩かれたくないだけなら、

・八方美人的に周囲に兎に角同調してあわせるだけの表現を行い自分の感情はなるべくかみ殺す

・表だった活躍などはもちろん、表現自体を控える

などを行えば傷つく可能性は減りますが、自分というものを失ったに近いなんともツマラナイ人生になるでしょう。


しかも、自分の周辺所属組織が虚偽、隠蔽などを行ってしまい、それに自分も同調した際には、その組織の規模を遥かに超える社会というものから制裁を受ける可能性がある今日この頃です。


自分は言いたいことをはっきりと割と伝えますし、業務でも問題があればそれは共有する形にします。

そして、例え衝突があっても自分にもその業務のプロとしてちゃんと言いたいことを言ってくる人間の方を信用しますし、イエスマンや有耶無耶にしようとする人間とは逆に距離をおきます(放置隠蔽した問題は必ず後で露呈するからです、そんな奴とは関わりたくありません)


結局、表現の仕方や度合いの問題だと思います。

陰口を叩かないとか、はっきりと伝えるにせよ言葉遣いをちゃんとするとか。

それと重箱の隅みたいなことのあげつらいに一々目くじら立てているのも疲れるので、

スルーする力も鍛える必要があるかと思います。


[4]自分が楽しんでいれば sony-191

私も批判されることや反対意見を言われることに過剰になっていた時期がありました。

今振り返れば、自分に自信がなかったりやっていることに迷いがあったから周りの意見に敏感になっていたのだと思います。

仕事、遊び、恋愛、ライフスタイル、趣味など自分が心から楽しんでいれば自然と気にならなくなると思います。

そして自分が充実した生活をしていれば周りのことも批判したりしなくなっていくと思います。

何をやったとしても、どんな人間になったとしても

誰かは必ず批判してくると思うので、そんなことが気にならないくらい今を楽しめるようにするのが一番だと思います。


[5]毒にも薬にもならない生き方 rsc96074

良いことも悪いこともせず、目立たないようにするのが一番です。


[6]年とるごとに批判には慣れてくる ricochet

やっぱり批判されるのは辛いので、批判されることのないよう、自分の能力を向上させよう、と考えるのが建設的だと思います。批判の怖さを、自分の努力の燃料にします。

それから、無意識に他人を批判してしまった時は、「自分がもし批判される側だったら、傷つくだろうな」と時々は考え、思いやりの心を磨きます。

それから、他人に批判された時も、「自分も気軽に批判するから、そんなに意味はないから、過度に気にすることはない」と、他人に寛大な心を養います。

それから、今はネットという便利なものがあります。いろんな意見がある中で、あなたが気に入らない意見も目にするでしょう。そこに喧嘩を挑んで、戦います。あんまり弱い者いじめになってはいけないので、あなたに気に入らない意見ばかりの掲示板などを選んで、孤立無援で戦います。するとボコられるので、そこで自分を鍛えます。慣れると、不思議なもので、けっこう平気になっていきます。これは、純粋に、慣れの問題です。

それから、年取ってくると、誰かから批判されることに、若い頃よりも平気になれたりします。政治家のおじいさん達がいい例でしょう。国会で演説していると、聞いている他の政治家数百人から罵倒されている場面がよくありますね。あれは、若い人だったら半泣きになるかもしれませんが、年取った政治家は、けっこう平気でやっていると思います。ちょっとずつ期待しましょう。


[7]愛のある批判を inging0101

批判を浴びないようにうまいこと世渡りしながら・・・ というのは結局のところ逃げの様に感じます。批判に対しては誠実に受け止める事で、相手にも愛のある批判(注意)が出来ます。 良い人間関係を築くのは、まず自分が変わってそれが良い連鎖を生み出す事になります。 現にあなたの周りでいつも笑顔で楽しく過ごしてそうな人いませんか? そういう人が愛のある連鎖を作り出している人です。一度しかない人生を、楽しく生きるも悲しく生きるも、自分の気持ちや行動次第です。

そう思いませんか?


[8]無視するべき批判もある miraa

無視するべき批判もありますよ。てゆーか、そっちの方が多いと思います。

無視するべき批判は徹底無視しましょう。


逆に、自分に対する全ての批判に対して、無視するようになってしまったら、それはそれで人間おしまいですが。


[9]>3 どういう目的で批判をしたか、もあると思います australiagc

例えば面白くない芸に「おもしろくない」と言った時に、その人を純粋に誹謗中傷しているのか、それとももう少し面白い芸になるればと思って批評を行っているかでも違うと思います。


前者であれば相手を傷つけたり怒らせたりする言い方になっているかもしれませんし、何より言ってる時の自分はあまり他人に見せられるような良いカオはしてないと思います。

逆に後者であれば悪い点に対して改善の余地があるという気持ちが伝わり、もしかすると相手の為になる場合もマレにあるかもしれません。

オリンピックを見ていて、日本人選手が負けると「税金返せ」みたいなことを言う

これなんかは恐らく無益な誹謗中傷の類ですよね。


some1さんの仰ったとおり、

結局、表現の仕方や度合いの問題だと思います。

もちろん相手によって同じ言葉でも感じ方は違ってきますので、予想外の反論にあうこともあると思います。善意を持った批判であっても、余計なお世話と思われてしまうことも多いでしょう。それでも、

これを気をつけていれば、大概の人にはこちらの誠意が伝わるはずです。


頑張って下さい。


[10]批判されることにも意味がある marukomekid

人それぞれオリジナルの意見を持ちます。だから、あることに批判が付くのは当然のことです。しかし、ただ批判に終わるのよろしくありません。意見の対立を通して高次のレベルに持っていくことが一番よろしいことだと思います。よりいいものを求めるのであれば批判からも学ぶべきことが多いと思います。


[11]人に評価されようとして仕事をするのは間違っている Im_Me

回答しようとして、もやもやしていたら、全く違うエントリから読んでいて、「これだ!」と思ったはてなダイアリーがありました。

他人様の言葉を借りるのは柄ではありませんが、とてもシンプルでよかったので引用させていただきます。


糞演出家参上。

書きこんだ人は私と「仕事して駄目だと直感」したそうですから、私まだまだだなー。ま、「直感」させた仕事に心当たりがないでもない、というかたくさんありますが。同時に認めてくれた人もいて、だからこそ今仕事が途切れなくて「休みてー」が口癖になってもいる。ありがたいことだな。

人の評価には耳を傾けるべきだと思うが、人に評価されようとして仕事をするのは間違っている。ずっとそう思ってます。


つい忘れがちですが、こういうカッ良さは(例え理想論だったとしても)忘れてはいけないと思います。

常に自分の目で自分自身を見つめようとする人は、そこから強さを得られるのではないでしょうか。


[12]中身で判断する ZAS

私のやりかた。

批判の内容を見極めます。

まずは客観的に内容を聞き取り、その中身が

的を得た批判であれば、真摯に反省し、次回どうすればよいか考えます。

まったくの筋違いであれば、そのような批判を受ける背景を考えます。

これまでは自分自身の内面部分のこと。

批判は糧にします。

批判に対する回答を出す必要があれば、

それぞれの場面で立場がありますから、

立場なりの文脈で回答を検討すればよいと思います。

内面で受け取ることと表面に出すことを使い分ければ良いでしょう。


[13]あはは・・・人間勝ってですから to-ching

その時その時で違うでしょう、トータルすればどっちもどっちではないかな?あまり気にせず生きましょう。


[14]心理学でいう「投影」かも・・・ HISI

>自分がそういう批判をしないかというと・・・

とも書かれていますが、

言葉に出してか心の中で、理詰めで攻めて相手の逃げ場を無くしたりして、徹底的にやっつけたりしていませんか?

Gakuen さんご自身の、他人に対する批判が痛烈な為ではないかと思います。

Gakuen さんが他人へ批判する論理や思考のまま、仮に他人がGakuen さんを批判を受けることになったら・・・

と思うといたたまれない!、ということですね。


人間、他人のことは直接はわからないので

他人の行動を自分にあてはめて相手がどういう理由でどんな思いをしているかを察するのです。


それから、人間は全員から好かれることはないですし、

むちゃくちゃ矛盾したことを言ってくる人も結構いますから、

(こちらの知りえない事情で、気分が良くないのかもしれませんし)

そして誰でもそういう所はあると思います。あまり気にしていると何もできなくなってしまいます。

理にかなっていようとなかろうと、批判されても「だから何?」くらい開き直ることも必要だと思いますよ。

批判が正しいと思ったとして、放っておくのもどうかとは思いますが、

もろに聞き入れる必要は無くて

うまく自分の今後に有益になるよう加工し必要な部分だけ受け入れればよいでしょう。


何せ、アマ・プロ問わず「批評家」にとっては批評する対象を探していますから・・・

事実を誇張歪曲・まれに捏造してでも彼らの(精神の)生存のためには他人を批判して自己の安定を保つ必要があるのです。

そういう意味では、批判を受けることは彼らへの貢献です。むしろ料金を徴収したい。。


[15]返信 Gakuen

みなさんコメントありがとうございます。

色々な考え方があるんだなぁと思いました。批判を成長の糧にしようというようなポジティブな考え方をすれば、批判にただおびえるということも無くなるかもしれません。皆さんのコメントを読んで、前向きに考える方法を少し学べた気がします。ありがとうございました。

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