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イタリアのパスタのソースの【ホワイトソース】【トマトソース】についてですが、

この2つのソースの発祥・歴史(作り方の変化とか)について詳しいページを教えて下さい。

もっとも元祖はこの地区のこんな形のものだったとか、そこからどのように変化したかなど、詳細に知りたいです。

宜しくお願いします!!


●質問者: ryota11
●カテゴリ:グルメ・料理 旅行・地域情報
✍キーワード:イタリア ソース トマト パスタ ホワイト
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 4/4件

▽最新の回答へ

1 ● MEI-ZA-YU
●80ポイント

http://cooktaa.blog123.fc2.com/blog-entry-3.html

>ローマから東に数十kmの田舎の小さな村の郷土料理が、

日本もかなりメジャーとなっています!! その村の名前は、

アマトリーチェ(Amatorice)、そう、

定番のトマトソースパスタ、アマトリチャーナの発祥の地です。

正式な名称は

Bucatini all'Amatriciana

(ブカティーニ アッラマトリチャーナ)

あるいは

Spaghetti all'Amatriciana

(スパゲッティ アッラマトリチャーナ)といいます。


http://www.arukikata.co.jp/webmag/2004/0408/sp/040800sp_02_04.ht...

>中部のローマを代表するのは・・・・


またカルボナーラも代表的なパスタ料理のひとつ。

卵黄とチーズ、コショウなどで作るこってりとしたホワイトソースだ。

◎質問者からの返答

なるほどなー。

ありがとうございます!


2 ● kanan5100
●80ポイント

トマトとイタリア人 (文春新書)

トマトとイタリア人 (文春新書)

  • 作者: 内田 洋子 シルヴィオ ピエールサンティ
  • 出版社/メーカー: 文藝春秋
  • メディア: 新書

『トマトとイタリア人』という本に詳しく書いてあるのですが、もともとトマトは南米の原産なのでコロンブスの新大陸発見まではヨーロッパ人はトマトというものを知りませんでした。

http://wiseowl.air-nifty.com/foodculture/2006/08/post_2e87.html

1519年にスペイン軍がアステカ帝国を侵略したときに、スペイン人がヨーロッパ人としては初めてトマトのことを知り記録に残しています。

1575年になってフランシスコ会のベルナルディーノ・デ・サアグン修道士がアメリカ大陸について書いた著書の中でメキシコで見たトマトについて更に詳しい様子を伝えています。

アステカの一種族であるナファ族の女性がアユィ(aji = 赤唐辛子)とペピタス(pepitas = カボチャの種)、香草、そしてトマトゥル(tomatl)を混ぜてソースを作ったとサアグン修道士は書き残しました。

この「トマトゥル」がトマトのことです。

特別な宴会などで出される魚や肉の料理に限ってこのトマトソースは使われたといいます。

しかし、その後もヨーロッパでは長い間トマトは有毒と思われ、主に観賞用として栽培されていました。ようやく食用になるのは18世紀後半のことです。

http://tomato-and-basil.com/column/102_tomato.html

さて、忘れてはならないのが我らがパスタとの運命的な出会いだ。その運命とも言えるコンビネーションはナポリで誕生した。(というのが定説)

ドイツを代表する詩人ゲーテ(Johann Wolfgang von Goethe)は自身のイタリア旅行の体験記をまとめた有名な著書「イタリア紀行(Italienische Reise)」で、ナポリのパスタについて「1789年5月2日、ナポリにて。(中略)(パスタは)いたるところで手に入る。大抵は茹でてチーズの粉をまぶして食べる」と書いており、ゲーテの旅行記には真っ赤なトマトソースがかかったパスタはまだ登場はしていなかった。もしゲーテがトマトソースのパスタに出会っていたのであれば、その旅行記に書かないわけがない。あんなに真っ赤でインパクトのあるソースを。それともゲーテが出会わなかっただけなのか、それともパスタとトマトソースとの融合はこの時代にはまだ登場していなかったのかは分からない。

それよりも、まずゲーテの旅行記からは当時のナポリのパスタが窺い知ることができる。

トマトソースのなかった頃のパスタといえば、ペコリーノチースを卸したものと黒コショウをかけたり、ラードとニンニクで味付けしてみたり、シナモンと砂糖を使って菓子のようにも食べた。ペコリーノと黒コショウという組み合わせは今でもローマ近郊の郷土料理として残っているが、それにしてもどれも彩りに欠ける。

トマトソースがはじめてパスタ料理に使われたのは、ゲーテがイタリアを旅行してから半世紀ほど後で1830年代ごろと言う説が有力だが、どこの誰が思いついたのかという記録は一切ない。

一方、ナポリにはトマトソースとパスタの出会いに関わる伝説がある。

ナポリ近郊のポジリポ(Posillipo)に住む主婦がパスタをうっかり茹ですぎてしまい、パスタは鍋底にくっついてしまった。せっかくのパスタが勿体ないと思った彼女はその上にトマトソースをかけてみたところ、とてつもなく美味しかった。そのレシピを近所に自慢して、主婦たちの口コミによってナポリ中にトマトソースのパスタが広まったという、なんともナポリらしい伝説。

文献上、最初にトマトソースのパスタが登場するのは、1839年に発行された「調理の理論と実践(Cucina teorico-pratica)」というヴォンヴィチーノ公爵イッポリート・カヴァルカンティ(Ippolito Cavalucanti)著書の料理書である。その中で紹介されているのが「トマトソースのヴァルミチェッリ」である。

ついに出てきた!私たちが愛すべき、トマトソースのパスタの登場だ。

ナポリで誕生したパスタとトマトの革命的な組み合わせは、数ヶ月あまりでイタリア全土に広がったという。

◎質問者からの返答

トマト&バジルのページは私も見ていました。

ここにはトマトソースの発祥についてとても詳しく(主婦が発明したこと)書かれており、

ソースのことはとてもよく分かるのですが、肝心なソース(情報元)が無いのですよね。

1番目に教えて下さっている記事を合わせて考えると、本「トマトとイタリア人」に書かれていることなんだろうなーとは思いますが。

ちょっと本を見て見ます!e-bookとかでないかな・・・。

ありがとうございます。


3 ● iga-ninjyakage
●80ポイント

トマトソース

12?13世紀になると、手打ちの生パスタとして現代のパスタの原型が出来あがってきており、14世紀にはパスタの生産業者も出現しています。またこの時期、トスカーナの料理人によってレシピ集も『料理の本』として執筆されており、15世紀?16世紀ルネサンスを迎えるころには、エステ家の執事長によって宴会料理の構成などを記述した著作など、料理と食文化に関する出版物が出され、他国に類をみない高度な食文化をもっていました。フランス料理の原型となったと言われている、フランス皇太子に嫁いだメディチ家のカトリーヌが従えていった料理人たちの料理も同じ時代のものです。この時代のイタリア人の味覚基調は、甘酸味、甘辛味であり、塩や酢と蜂蜜などがソースに使われていました。

ところが18?19世紀に至るわずか100年の間に、この国は食生活の革命的な変化を起こします。その契機となったのが16世紀に大航海時代を背景にナポリにたどり着いた”トマト”です。トマトは最初観賞用として扱われるも、ナポリ人たちの熱心な品種改良により18世紀に食用されるようになりました。このトマトの改良と時期を同じくして、パスタの工業化の動きがあり、大変な労力のかかったパスタの押出しが機械によって行われるようになり、いわゆる“トマトとパスタの出会い”という歴史的な出来事となります。現代イタリア料理評論家ボォナッシージ氏は『パスタ宝典』の中で「イタリア料理におけるトマトの採用は当時の甘酸味、甘辛味の多くの調味料を忘却の彼方に押しやる偉大なる革新をもたらした」と表現しています

http://www.tomato-ks.com/topics/ihb/kiso_03.html

◎質問者からの返答

なるほどー。

パスタと合わさったのは時代から見てごく自然なことなのですね。

ありがとうございます。


4 ● nofrills
●80ポイント

■ホワイトソース

「ベシャメラ Besciamella」(イタリア語)、「ベシャメル」(フランス語)と呼ばれるソースのことですよね。

カルボナーラのソース(卵、生クリーム、チーズ)とは違って、小麦粉と牛乳で作る、いわゆる「ホワイトソース」。

だとすると、起源はフランスではないかと思うのですが、イタリア発祥説もなくはないようですね(ただし裏づけはないのかも)……以下、例によって英語ページから。

http://whatscookingamerica.net/History/SauceHistory.htm

History: There are four theories on the origin of B?chamel Sauce:

ベシャメルソースの起源については4つの説がある。


* The Italian version of who created this sauce is that it was created in the 14th century and was introduced by the Italian chefs of Catherine de Medici (1519-1589), the Italian-born Queen of France. In 1533, as part of an Italian-French dynastic alliance, Catherine was married to Henri, Duke of Orleans (the future King Henri II of France. It is because of the Italian cooks and pastry makers who followed her to France that the French came to know the taste of Italian cooking that they introduced to the French court. Antonin Car?me (1784-1833), celebrated chef and author, wrote in 1822: "The cooks of the second half of the 1700’s came to know the taste of Italian cooking that Catherine de’Medici introduced to the French court."

イタリアでは、このソースは14世紀に最初に作られ、イタリア出身でフランス王妃となったカトリーヌ・ド・メディチ付きのイタリアの料理人たちによって紹介された、という説明だ。1533年にイタリアとフランスの王室が同盟を結び、カトリーヌはオルレアン公アンリ(後のアンリ2世)と結婚。カトリーヌにはイタリアから料理人やパン職人がついていったので、フランスがイタリア料理を知るようになり、フランスの宮廷でもイタリア料理が出されるようになった、という。(以下、ホワイトソースとは関係ないので省略)


* B?chamel Sauce was invented by Duke Philippe De Mornay (1549-1623), Governor of Saumur, and Lord of the Plessis Marly in the 1600s. B?chamel Sauce is a variation of the basic white sauce of Mornay. He is also credited with being the creator of Mornay Sauce, Sauce Chasseur, Sauce Lyonnaise, and Sauce Porto.

ベシャメルソースは、フィリップ・ド・モルネー公(1549年?1623年)によって発明された(という説)。ベシャメルソースはモルネー地方の基本的なホワイトソースの変形である。彼はまたモルネーソース、リヨネーズソースなどの創始者ともいわれている。


* Marquis Louis de B?chamel (1603?1703), a 17th century financier who held the honorary post of chief steward of King Louis XIV's (1643-1715) household, is also said to have invented B?chamel Sauce when trying to come up with a new way of serving and eating dried cod. There are no historical records to verify that he was a gourmet, a cook, or the inventor of B?chamel Sauce.

17世紀の金融家で、ルイ14世の執事頭という名誉職についていたルイ・ド・ベシャメル侯爵が、ベシャメルソースを発明したという説。乾燥タラを食べる方法を考えていて思いついたという。しかし侯爵が食通であったとか料理をしたとかいった説を裏付ける歴史的記録は存在していない。


* It is more likely that Chef Francois Pierre de la Varenne (1615-1678) created B?chamel Sauce. He was a court chef during King Louis XIV's (1643-1715) reign, during the same time that B?chamel was there. He is often cited as being the founder of haute cuisine (which would define classic French cuisine). La Varenne wrote Le Cuisinier Francois (The True French Cook), which included B?chamel Sauce. It is thought that he dedicated it to B?chamel as a compliment. La Varenne recipes used roux made from flour and butter (or other animal fat) instead of using bread as a thickener for sauces.

フランソワ・ピエール・ド・ラ・ヴァレンヌという料理人(1615年?1678年)がベシャメルソースを作ったとの説がより有力だ。彼はルイ14世の宮廷料理人頭であった。いわゆる「フランス料理」として伝えられる料理を確率したのは彼だといわれている。彼の著書、「フランスの料理人」にはベシャメルソースについての記載がある。彼のレシピは、ソースのとろみをつけるためにパンを使うのではなく、小麦粉とバター(などの動物性脂肪)で作ったルーを使う、というものである。


■トマトソース

2番のご回答にある引用の引用:

1839年に発行された「調理の理論と実践(Cucina teorico-pratica)」というヴォンヴィチーノ公爵イッポリート・カヴァルカンティ(Ippolito Cavalucanti)著書

"Cucina teorico-pratica" で検索すると、イタリア語のページがたくさん見つかるのですが、英語のページがほとんどないので、ごめんなさい。ここでイタリア語を使って確認すれば、裏どりは比較的簡単にできるのではと思います。

◎質問者からの返答

この英語のサイトはなんなんですかね?

料理の研究家の人のサイトでしょうか・・・?

とにかく詳しいですね!

ありがとうございます!

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