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童話の「分福茶釜」について、調べています。
群馬県にある「茂林寺」、岩手県の「正法寺」の2説があると聞きました。
この2説の後日談的なものってありますか?
情報が少なく、苦労しています。
皆様の知っている情報を教えてください!
よろしくお願いします!

●質問者: yuka33
●カテゴリ:芸術・文化・歴史
✍キーワード:岩手県 後日談 正法 童話 群馬県
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● chinjuh
●35ポイント

http://www.chinjuh.mydns.jp/ohanasi/365j/00_index.html

http://www.utyututuji.jp/topic_morinjiHp/sub2.htm

1118 分福茶釜

茂林寺の和尚の弟子は守鶴という名前である。寺で盛大な茶会を開いた時、守鶴が調達してきた茶釜で湯を沸かすといくら茶をたててもお湯が尽きなかった。その夜、和尚が庫裏へゆくと、茶釜には狸の首がついており反対側には尻尾も生えていた。守鶴は狸で茶釜に化けていたのである。守鶴は茶釜にばけたまま自ら見せ物になり、儲けたお金で寺はますます栄えた。

しかし、この茶釜は汲んでも汲んでも湯がなくならない不思議な釜で衆人を大いに驚かせ、守鶴和尚は福を衆人に分ける茶釜ということで「紫金銅分福茶釜」と名づけた。

守鶴和尚はその後も茂林寺に仕え、天正15年(1587年)2月28日に忽然と姿を消したことから、守鶴は「たぬきの化身」ではと言われるようになった。

これが、群馬の茂林寺に伝わる分福茶釜伝説で、童話の分福茶釜とは、まずストーリーが違います。

それから、後日談としては、守鶴の茶釜は大正15年ごろに失われ、茂林寺にも残っていないということです。茂林寺で現在公開されている茶釜は明治時代に天皇陛下から戴いた別の茶釜だということです。

http://www.geocities.co.jp/HeartLand-Icho/2648/pf/pf0109/pf0109....

元亀元年の夏、茂林寺で盛大なお茶の会が催されることになりましたが、手頃な茶釜がなくて困っていました。守鶴和尚という人が、どこからか茶釜を持ってきてお湯を沸かしたところ、あら不思議、いくら汲んでもお湯が尽きません。この茶釜は、汲んでも汲んでもお湯が尽きず人々に福を分け与えるので、分福茶釜と名付けられ寺の家宝とされました。お寺でもらった資料によれば、大正 15年 2月までは茂林寺にあったそうですが、誰が持ち出したのか、今は残っていないそうです。

ところが、寺の資料館には「分福茶釜」と呼ばれる茶釜がしっかり展示されていて悩ましいのです。展示物の説明をちゃんと読めばわかるのですが、どうやら寺にあるのは明治の頃に天皇陛下からたまわった由緒正しい偽物だそうでございます。あらガッカリ。

<写真>

偽っていうか似非分福茶釜

本物もこれと同じような紫金銅の茶釜だったらしい

↑ここはわたしが作ったサイトで、じゃあオマエはなんのソースでしゃべっているかということになるんですが、お寺で読んだ由来書きとか、昔話の本とか、そういうものです。本は図書館で借りたものなので手元にはないです。


2 ● youku555
●35ポイント

http://www7.ocn.ne.jp/~shoboji/

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