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【イエはてな】“イエ・ルポ 2” #019

THEME:「人生が変わった?!あの時の家族のひと言」を教えて下さい

「街を見渡せば、100通りの家族に100通りの家。家をのぞいてみれば、それぞれの暮らし振りが面白い!」と展開してきた“イエ・ルポ”の続編コーナーです。“イエ・ルポ 2”では、特にマチとイエ、人と家族のドラマやものがたりを語らっていきませんか?毎回のテーマに沿って、あなたのルポをご投稿下さいね!
豊かな暮らしを創っていく〈イエはてな〉のマインドで、みなさまのご参加をお待ちしています!


*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿下さいね!

「Welcome to イエはてな」
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080731

テーマ詳細とルポ例
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080905

プレゼント変更ご案内
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080729


※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。ご回答頂く時にもご参考下さい。また投稿期間中はできるだけはてなスターのご利用を控えて頂けますようお願いいたします。
※質問は9月11日(木)正午で終了させて頂きます。

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●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:9月11日 theme あなた いね おすすめ
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 209/209件

▽最新の回答へ

[1]「今日は、どんなことがあった?」 urf77

この何気ない一言があたりまえのように過ぎていく日常のなかで、家族の団らん、愛する想い。家族の支えがあるからこそ、苦難を乗り越えられると思います。


[2]「あんたは仕事ひとすじ。家庭のことは全く考えてない」 urf77

そのキツイ一言で今まで自分がとっていた行動を考えさせられました。以来、家族を第一に考え仕事と両立させています。


[3]>2 うーん、思い当たる iijiman

私も、ほぼ同じことを言われた記憶があります。

その時には「いったい誰のために」という思いも脳裏をよぎりましたが、それはこらえました。

仕事をしている自分を支えてくれる人が居る。そのことの大切さを振り返ることにしました。

仕事は大切。自分だけでなく家族や社会(取引先とか)も支える、大切な営み。

でも、そのために家族や自分を損なうことがあっては、本末転倒なのですね。社会だって、そんな人ばかりでは崩れてしまう。

キモに命じようと思います。


[4]息子が urf77

連日の残業でくたくたになって帰ると「お疲れ様」でなく、非難めいた溜め息とともに「遅いねー」と一言。こっちは必死で仕事してるのに…と思いつつも子供と接する時間が少ないことに気づいた。それからは家族と接する時間を大切にするようになりました。


[5]>4 愛されている証拠ですね some1

一緒に遊びたかったり、子供なりにさびしかったんでしょうね。


[6]「妹は明日受験なんです!」 Yuny

前の家で5人家族で暮らしていたときのこと。アパート暮らしで家が狭くて、電話が鳴ると全室から受話機を取れるような状態でした(当時の電話に子機はありませんでした)。

某高校入試前日。あとはまあ、やるだけだ、と思って、一家でお休みなさーい、と消灯し……就寝。

真夜中0時。突然、電話が鳴り出しました。

何があったんだろう? と思った瞬間、電話を取った姉がひとこと、ふたこと。

「……こんな時間に何考えてるんですか? 妹は明日受験なんです!」がちゃん。

次の日の夕食時に聞いてみると、怪しいいたずら電話だったとのこと。一応、電話先の人は「ごめんなさい」と謝ってはいたのだとか。

でも、見知らぬ人に怒ってくれた姉の存在は、あの受験シーズンに本当に心強かったのを覚えています。なお、姉の存在感のおかげもあって、高校は受験校すべてに合格し、第一志望に入学しました。勉強を教えてもらった、とかは特に無いのですが、本当に姉は力になってくれました。

今は家を引っ越してしまいましたが、各自に部屋が出来てから、少し家族の間の会話が減ったかな、と思ったりもしました。家って、家族の距離を作ったりもするんですね。


[7]「健康に気を付けろ」と親父の一言 urf77

初めて独立するときに言われた親父からの一言。顔は寂しそうだったけどその温かい一言が身にしみた。それまで親孝行などほとんどしなかった自分に後悔するようになり、その後親と接する時間を多く持つようになりました。


[8]「明日が楽しければいいじゃない!」 choco-latte

嫌な事があって落ち込んでいたら、うちの母が「いつまでも落ち込んでいてもしょうがないょ。明日が楽しければいいじゃない!」と一言。

「そんな事言われても今すぐ明日の事なんて考えられないよ」って言い返したら、

「今こうしてる時間もあと数分したら過去になる。こうやってる瞬間にもどんどん時間は過ぎていくんだよ。いつまでも失敗を後悔するよりもこの先どうしたら自分は幸せになれるのかを考えればいいんだよ!」と。

つくづく能天気な人だなぁと思ったのですが、

そんな母も一時期すごい悩んでいた時期があったそうです。

短期間で5キロくらい痩せたらしく、その事があってから

その後から今のような考えになったといっていました。


それを聞いてから、年を取っても日々生き生きしている母みたいになるには今から考えを変えなきゃダメなんだ。と思いました。それからは何かあってもすぐ「あと数時間たてば今日は終わる。寝ておきたらまた新しい自分!」と考えるようになりました。


[9]お金がないよ freemann

妹から「家にはお金が本当になく、私にお金をかなりつぎ込んでいるよ」という一言が頭から離れず、進学をあきらめました。自分に才能がないなと思っていたところもあったので・・・諦めがつきました^^


[10]>8 落ち込んだときに urf77

落ち込んでるときにポジティブな一言がものすごく勇気に変わるときがありますね。「明日が楽しければ」まさに前向きに心を入れ替えられる一言ですね。


[11]>3 がんばってくれてありがとう。 canorps

その言葉にもたくさんの思いがこめられているのだと思います


仕事を一番にしていることの背景には、家族の生活を支えるためということがあると思います。

家庭を顧みない、などとよく言います。

家族のことにも目を向けてほしいと思います。

でも仕事は一番の基盤だと思うんですよ。

心に留めておいてくれているだけで、私たち家族もがんばれます。

私たちのためにがんばってくれているんですから。


[12]お姉ちゃんが大好き toukadatteba

妹に言われました。大好きって言葉、嬉しいものですね。

とてもしんどいときだったので、心に浸みました。いつもは特に思いませんが、姉妹っていいなぁ、と思った一瞬です。


[13]「猫飼ってもいいよ」新しい動物が来て人生がちょっとかわった? tibitora

うちの親は昔は猫嫌いだったのですが、捨てられていた猫を拾ってきたいと頼んだときにしぶしぶですが了解をだしてくれました。

そして猫が来てからしばらくすると猫嫌いだったはずの親が猫好きに(笑)

犬好きな親でしたので元々動物は好きだったんだと思います^^

近くにいると可愛く思えてきたみたいで、それから実家にもずっと猫がいます。

家族(猫)が増えて少しかもしれませんが人生が変わったんじ無いかなと思います。

「家の中も外もうろうろにゃんこ、柱で爪もといじゃうぞ。

トカゲもとるよ、クモもとる。

気が向いたときはなでさせてあげる、そこの魚とっていい?」

犬とはぜんぜん違うのにはじめは少しびっくりしました(^^;

子供は自分でペットを飼う買わないを決めれませんので『動物のいる子供時代』『動物のいない子供時代』は親の「いいよ」「だめ」の一言で決まるんですよね。


[14]>12 大好き tibitora

大好きといられるとうれしいですよね、心がほんわりとしてきます^^

自分は居てもいいんだなあと安心もできて、家族や小さい子供にだけでなくたまには友達や好きな相手に大好きと言うのはいいなと思います。

てれくさかったら「大好きだぜ!!」とか冗談半分にでも・・・そんな風でもいわれたら嬉しいなと私は思います(笑)


[15]将来生まれてくる子に感謝される恋をなさい TinkerBell

私も恋をしました。

これが運命の出会いと思って、これが生涯ただ一つの恋だと思って、

真剣に相手の人のことを思いました。

でも、ふられちゃいました。

他に好きな人が出来ちゃったからって。

この時は落ち込みましたね。

人間て、あまりに悲しくなってしまうと、もう泣かないんですね。

感情がみんな消えちゃうんです。

そんなふうになってしまった私を気遣って、母が話しかけてくれました。

「親子だから気兼ねしないで聞くわよ、あの彼氏とは終わっちゃったのね?」

「そんなのわかっちゃうんだ」

「そりゃそうよ、恋してる最中の悩みなら、そんな抜け殻みたいにならないでしょう」

「でも私、泣いてないよ」

「親子だからね、泣いてなくてもわかっちゃう」

「ふぅん」

そんな淡々とした会話が続きました。

話の場が持たないと思ったのか、母は一度立ち上がって、紅茶をいれてきてくれました。

二人で無言でお茶を飲みながら、しばらく時間を過ごしました。

そして、ぽつりと母が言ったんです。

「恋をするならね、将来生まれてくる子に感謝される恋をなさい。大人の恋ってそういうものだから」

目から鱗が落ちるような気がしました。

もちろん瞬間的に何かがわかったわけではありません。

あの人は、家庭が持てるような恋の相手だったのかな。

もしそうだったとしても、壊れた恋に執着して無理矢理取り戻したとして、どんな家庭が作れるのかな。

あの人はとってもいい人だった。でも壊れた器に未来の家庭はちょっと入らないかも。

少しずつ心の区切りがついてきました。

そして、私すてきな相手と巡り会って、いい恋したと思う。

でも、これが育ったら将来新しい家庭ができあがるなんて考えてもみなかった。

大人の恋をするにはわたしがまだ子供すぎたのかも。

なんていう感じで、前後の脈絡はありませんが、色んなことにも気付きました。

そして、ふったのはあの人と相手の身勝手さばかりを責めて、

ふられたのは私と自分を悲劇の主人公に決めつけていた子供っぽさにも気が付きました。

何となく心が軽くなって、紅茶おいしいねと笑顔が出ました。

まだ大人の恋をするにはガキすぎる私ですが、

とりあえずいつか子供を持つ母になったら、

子供にこんなかっこいいことが言える母を目指したいと、

そういう大人に成長してからあらためて一世一代の恋と言えるものをしてみたいと、

今はそんなふうに思っています。

この一言はその時の自分も変えてくれましたが、

これから何十年も先の私の人生も左右してくれそうな言葉です。


[16]>5 一緒の時間 tibitora

家族と一緒に居る時間は大切ですね^^

息子さんはurf77さんと遊んだりお話をしたり、一緒に居てほしかったんだなあと思いました。

甥っ子の小さい頃ですが、ゲームとかしていても「はっ」とお母さんが居ない(遊んでるスキに買い物に行った(^^;)事に気づいて「おかあさーーーん!!」と探していました「買い物行ったよ」と教えると不機嫌に;;私が居てもお母さん(親)の方がいいみたいです(笑)

小さい子は特にお父さんお母さんが大好きなのでちょっとでも一緒に痛いんだと思います^^


[17]母親 fwap

「入試なんて落ちたっていいじゃない。どうせ死ぬことはないんだから」

受験でクヨクヨしている私に掛けた母の一言です。


[18]>11 これは。。 fwap

グッときますね。。家族会っての仕事だと思うので。

そこまで言うということは、よっぽど我慢してたんではないでしょうか?


[19]>7 父親 fwap

私もときどき父に言われます。

一人暮らしをするようになって初めて親のありがたみが分かるようになりました。


[20]お前に呪いをかけてやろう、お前の子供は素っ裸で生まれてくる momokuri3

学生時代の出来事です。親友と思っていた相手から、手ひどい裏切りを受けたのです。私は激怒しました。可愛さ余って憎さ百倍ではありませんが、信じていた相手だっただけにショックが大きく、そのショックが全て相手に対する怒りとなって現れてしまいました。

ところがそんな時です。その彼が事故に遭ってしまったのです。最初にそのことを知った友人が、まだ私とそいつとは親友だと思っていて、私に連絡をくれようとしたのです。ところがたまたま携帯を忘れていたので、連絡が家に来ました。帰宅すると父が、何々君が大変らしいぞと伝えてくれましたが、私は激怒していた相手だったので、軽く聞き流して部屋に入ろうとしたのです。

父が、何かあったのかと聞いてきましたので、私は思い出したくもないことでしたが、簡単ないきさつを話しました。すると父はしばらく考えて、「彼を恨んでるのか」と言いました。当たり前だというと、父が、それなら最高の呪いの言葉を教えてやろうと、この言葉を教えてくれました。

「前に呪いをかけてやろう、お前の子供は素っ裸で生まれてくる」

そして父はこんなことを話してくれました。

これはかの名ギタリスト、ジミ・ヘンドリックスの言葉である。父にもかつて似たようなことがあった。その時雑誌でこの言葉に出会って噴き出してしまった。あまりに今の自分にピッタリな言葉だと。

人はたしかに他人からひどい仕打ちを受けることがある。しかし人が人に与えられる影響など、実はたかがしれている。なるようになる必然の、ほんの引き金が引けるに過ぎない。まさに生まれてくる赤ん坊の裸を俺の呪いだとうそぶくことくらいがせいぜいである。

お前(私)の場合も、冷静に考えたら、彼はただ起こるべくして起こる結果の切っ掛けを作ったに過ぎなかったのではないか。またそれをこちらがいくら恨んでも、やはり相手にはなるべくしてなる程度の結果しかもたらさないだろう。だったら気持ちよく、こんな気の利いたジョークで笑い合った方がいい。今病院に行かないと、お前は裏切られたことより大きな後悔を抱えるぞと。

わかったようなわからないような、狐につままれたような言葉でしたが、とにかく後悔だけはしたくないと、病院に急ぐことにしました。そしてその後、父の言葉を噛みしめました。

以来私は人に対して、やり場の無いような怒りを感じることが少なくなりました。大きな怒りを感じた時も、あの人に悪意がない限り、ただこの結果をもたらす切っ掛けの場所に居合わせたに過ぎなかったのだろうと考えられるようになりました。そして多くの場合、後で冷静に考えるとその通りなのです。しかし腹いせに一言だけ呪いをかけます。お前の子供は素っ裸で生まれてくるぞと。そんなふうに考えてクスッと笑えるようになりました。


[21]>15 いいですね。 choco-latte

母の言葉って本当に身にしみますよね。

うちの母も別れて落ち込んでるときは「いい男に振られるならわかるけどさぁ。もったいないよ!」って言ったり。「誘いがあるうちが華よ!本当の恋愛をするまでたくさん恋しなさい!」って言います。

母たちはいい恋愛をしたからこそそういう事が言えるんですよね。


私も将来女の子が出来たらTinkarBellさんやうちの母みたいな

言葉をかけてあげられるかなぁって思います。


[22]>13 うちの親もです choco-latte

前のコを連れて帰ったとき発狂されました。

大嫌いって言っていたのに、えさをあげるようになり、お風呂に入れるようになり

散歩にいくようになり…。家族一番のワンコ好きに。

前のコが死んでしまってからもペットロスで毎日泣いていたので

新しいワンコをお迎えしてあげました。

「いらない!」って言っていたのに、連れて帰った次の日から

ワンコを抱っこして私が帰ってくるのを外で待っていたり、一緒に横になって

お昼寝したりしていました。

たまに私よりもワンコ重視。

クーラーもワンコの体温によって温度調節されています。

私が「おなかすいたー」っていうと、

「このコたちにご飯あげてからねー」って言われています


[23]>8 過去より、今 peach-i

一番大事です


[24]>1 良いですね to-ching

これが家族の基本!なんです、この一言が無いから平気で家族を殺してしまう・・・。


[25]>18 いや! to-ching

俺が頑張って働くので、ある程度収入も有るのだし、自分も家族もある程度良い暮らしが出来るのだ!何も働かないで、同じ様な収入あれば誰が働くものか!と思い毎日働いているのです。


[26]うん!まだそれはわかって居ない・・・ to-ching

「空の向こうの空ってあるの?」と私の質問に対しての父親の答え、無限と言う言葉は知らなかったのですが、何か気が遠くなりそうな感じをもちました。無限ってあるのか・・・?


[27]水は高い所から低いところに流れる to-ching

昔のプロ野球を父親と見ていて、私のふとした質問「何故、外人選手はニッポンの野球でプレイするけれど、日本人はアメリカに行かないの?」の答えでした。

世の中の摂理と感じ入る次第。


[28]日本は貧乏だから・・・ to-ching

私の小さい頃は大きな災害、事件、事故、病気等多発していました。何故だろう?との質問に対する父親の答え。貧乏はヤッパリ好ましいことではないと思った次第。考えられます?1?360円だったのですよ。


[29]>20 ええお父ちゃんやなあ。 atomatom

momokuri3さんのお父さん、かっこええですねえ。そういう言葉を子供にかけてやれる父親になりたいなあ。ちょっとシビレました。


[30]自分には嘘はつかれへんねんで。 atomatom

母親に言われました。小学校低学年のころですね。当時のぼくは、まあ、自分で言うのもなんなんですけど、頭の回転の速いこどもで、ピンチになってもなんとか口先からのでまかせで切り抜けられる、努力なんてしなくてもやっていける、と思っていたようなこどもでした。

妹と2人でおつかいを頼まれたんですけど、その店が遠いので行くのが面倒だったんです。

そこで妹と共謀して、行ったのは行ったけど、品物が売り切れで買えなかった、というような今考えればわかりやすい嘘で切り抜けようとしたのです。

そのとき、母親が「まあ、ええけどな。けど、覚えとくねんで。自分に嘘はつかれへんねんで」と言ったのでした。

言われた瞬間はどうってことないな、むしろ、それ以上、怒られないですんでラッキー、くらいに思っていたんですけど、あとになって言われた文句よりもそのときの母親の悲しそうな顔を思い出すようになりました。

そこからもう30年ほど経ちました。

いまだにちょいちょい嘘をつきながら生きています。

嘘をつくたびに母親のあの悲しそうな顔がなんとなく思い浮かぶんだから、困ったもんですよ、ほんとに。


[31]>10 すごく励まされますね?! omotimotitto

なかなか自分だけだと立ち直れなくても、

「明日が楽しければいいじゃない!」って言ってもらえると元気になれそうですね!

なんだか明日はいいことありそうな気がしてきます♪


[32]>24 溜めてたことを吐き出せるきっかけ sidewalk01

サラッと聞いてくれることが支えになりますよね。


[33]お前が生きてるだけで俺たちは幸せなんだぞ sidewalk01

実家を出るときに父に言われました。支えになった気がしますね。


[34]>25 うーむ sidewalk01

言われたら困っちゃいそうですね。


[35]「そんなこと言って貰いたいんじゃないのよっ」 sidewalk01

姉が進路で悩んで相談してきた時に、こうしてみた方が良いと説教くさく言った時に反論されました。ただ聞いてほしいって時が人にはあるんだなと、そのとき思いました。


[36]>29 たった一言なのに・・。 nakki1342

私もmomokuri3さんのお父さんが凄いなと

思ってしまいました

たった一言だけど子供の心に届く凄い名言を

言えたのだから・・

その言葉がその後も影響を与えてるし・・

最近・。

信じていた人から自分にとっては

ひどい仕打ちをされてしまったところで傷が

まだ癒えない状態でいるところなので

その言葉、パワーを持って私の心にきました


[37]行っておかえり sidewalk01

毎朝、祖母が学校に行く私に言ってくれました。劇的な言葉ではないですが、非常に愛情深い言葉だと最近思います。


[38]>22 ウチでは juic

子どものころ、友達がヒヨコを飼ってたのがうらやましくて、ねだって買ってもらいました。当然自分で世話するから?といって。そして母親がほとんど世話をすることに。おかげで立派なニワトリにまでなりました。


[39]>17 端的だけどいい言葉 Lady_Cinnamon

fwapさんのお母さんの言葉、とってもサバサバしている感じだけど、なんとなく救われそうって感じました。おっかさんの言葉って感じです。

受験の時って、年齢的にはもう直ぐ成人・大人の仲間入りって年頃なんだけど、かなり精神的にもろかったりしますよね・・・。別に人生最後の勝負とか、そんなものじゃなかったのに、結果一つでどん底気分を引きずっちゃう人もいると思うんです。

どん底気分を断ち切って、さあ次行ってみよ?!って明日を見つめれるきっかけになるのは、傍にいてくれるお母さん・お父さんっていうのは、いい家族の思い出にもなりますね。


[40]>37 おかえり eiyan

出る時も帰って来た時も”おかえり”っていうのがありますね。

出て行っても何事もなく帰れる事を願っての事。

意味深いですね。


[41]>9 金銭 eiyan

お金があってもなくてもお金がないという観念が大切ですね。

何につけてもお金が必要ですのでそうですね。

時は金なりですね。


[42]>36 子供は素っ裸で生まれてくる Lady_Cinnamon

子供は素っ裸で生まれてくる・・・当たり前のことだけど、呪いをかけてやるなんて前置きが付くと、ちょっとブラックなユーモアですね。

ジミ・ヘンドリックスの言葉を用いたお父様の諭し方、momokuri3さんに後悔をさせまいとする思いのお父様、とっても素敵だなと思いました。


[43]>6 夜中の電話 eiyan

夜中に掛かって来る電話は何か不急さを思いますね。

緊急な事かとか何か嫌な事を思いますね。

普通の用事なら迷惑な話ですね。


[44]>26 無限 eiyan

無限って限りがないから無限という。

だから無限の言葉はあっても無限はない。

何か分かった様な分からない様な。


[45]>27 プロ野球 eiyan

時代がそうでしたね!

今や日本人のアメリカ野球人。

時代は変わったもんですね。


[46]両親の言葉 asukab

わたしの両親は当時にしては非常に自由な発想をする人たちで、子どもの教育も子どもまかせ。何でも自由に(今から思えば、少々放任で)させてくれ、小さな頃から「やりたいことをやりなさい」で育てられました。(ハザマさんのお父さまといっしょ。)特に父は「人と同じことをするなんて、つまらないじゃない。自分にしかできなことをやりなさい」という方針だったもので、わたしもたぶん父のように芸術家肌を持った人間に育ったと思います。

しかし社会に出てみると「好きなことを貫く」生き方は当然、厳しいものです。友人たちのように、人生計画をしっかり立て階段を上る生き方がよかったのだろうか……と、新人社会人の頃は結構落ち込みました。それでもやはり、好きな道を歩んでいこう…の方向に踏み出せたきっかけは父の一言にありました。

好きな道を進むにしても、その道中にはいろいろなできごとがあります。大学卒業以来、無駄な人生を歩んできたのかもしれないとどん底を味わっていたときに父が「いいじゃない、気づいたときにまた始めたらいいんだから。人生、一生が学び」とニコニコしながら声をかけてくれました。試行錯誤の奨励です。このときは本当に、心の中の暗雲がすーっと消えていく光景を目にしました。

人生の転換期(=転職)にかけられた父の一言により、その後の人生が大きく変わりました。同時に、子どもの頃からずっと支えになっている母の言葉「大丈夫。Aちゃんならできると思うよ」とセットにすると、鬼に金棒の強靭さを発揮することもわかりました。同じ言葉を自分の子どもにかけられるか、と問われると自信がありません。それほど大らかな両親なのだと心から感謝しています。


[47]戦争に偉いも悪いもない Lady_Cinnamon

子供の頃の記憶なので、とても曖昧な話です。でも、今の自分の考え方にも影響している言葉です。

小学生の頃でした。関ヶ原の戦いだったか、戦国時代の合戦の話だったか、きっかけは忘れました。ただよく分からなかったので、父に「この戦いは、どっちが悪いの?どっちが偉いの?」と聞いたんです。

父は少々怒り気味に、次のように話し始めました。

「父さんも子供の頃、同じような疑問を持ってなぁ・・・兄さんに叱られたことがある。戦争っていうのは、必ずどっちが悪いとか偉いとか、決めつけて考えちゃいけないよ。歴史には、その時その時の事情で、戦いの記録が残る。でもそれらに、どちらが悪だとか善いだとかっていうのは、決まっていない事もあるんだよ。『勝てば官軍』なんて言葉もあるが、善悪かかわらず、ぶつかり合いが大きくなったのが戦争なんだ・・・」

そんな内容でした。言われた当時は10歳かそこらでしたので、「う?ん、そうなんだ」程度の感覚で、よく分かりませんでした。

ただ、当時は家族団らんの時にテレビで水戸黄門を見ていたので、争い事には、必ず悪役がいて水戸黄門のように偉い人が退治するのが当たり前・・・と思っていたのでしょう。ですので子供心に、なんとも表現しがたいショックを受けた事は確かです。

ちょうどそんな頃に、湾岸戦争のニュースが報じられるようになりました。やっぱり子供過ぎた私にとって、大きな国の名前は分かっても、どこにあるか分からない国の名前も沢山あり、戦況を理解はできませんでした。でも、この戦争にも「どっちが悪い?どっちが偉い?」は通用しないのかも・・・とモヤモヤ?っと、父の言葉が頭をよぎりました。

大人になるにつれ、戦争は減るどころか、増えている気すらします。それが私が子供から大人にかけて、多少の知恵や記憶力が付いただけで、増えたように感じるのかもしれません。でも、今現在でも世界のどこかで、争い事は大なり小なり起きているのは事実です。

戦前生まれの父。終戦直後はその質問をした私と同い年くらいでした。その兄である伯父から、弟である父へ。そして娘である私に受け継がれた話です。私としては、この場を持って未来の誰かに受け継ぎたいエピソードです。


[48]>30 そうですね・・・ Lady_Cinnamon

嘘にも「嘘も方便」と結果良いことに繋がる嘘とか、墓場まで持って行く嘘とか・・・誰かを思って嘘をつく事も、長い人生のうちに一つや二つ、あるような気もするんです。そういう嘘も、自分では嘘って分かってますから、善行であっても時に歯を食いしばる事もあるでしょう。

バツが悪いのは、多少なりとも悪意のある嘘でしょうね。これは誰にとっても、良い結果は生まない。他人も自分も傷つける嘘は、つきたくは無いものですね・・・。


[49]>42 教養のある rsc96074

頭のいいお父さんですね。


[50]>33 優しい人ですね。 rsc96074

何かその一言で救われますよね。


[51]>40 ただいまとおかえり atomatom

家がちゃんと家として、つまりは安心で快適な空間であることを保証してくれているような言葉ですねえ。

「行ってお帰り」さあ、元気出していっておいで、こっちはあんたがいないと淋しいよ、外でしっかり人のお役に立っておいで、そして気をつけて帰っておいで。

そういう気持ちが伝わってくる、何気ないけど、よい言葉ですねえ。


[52]「お腹がムーミン」 iijiman

「着替える時、鏡、見てごらん。おなかがムーミンだよ」。

ダイエットに関心を示さない私に、奥さんからの一言。

それで、まあ、姿見の前に立ってTシャツを脱いでみた訳ですが・・・

確かにムーミン。うーん。ショック。

それ以来、「夜中に食パン1斤食べる」ような暴食は、しないように心がけることに決意しました。


[53]>28 うちは貧乏だから・・・ taknt

日本は貧乏というのは、みんな貧乏だった時代なんですね。

ま、うちは ほかが貧乏ではなくなっても、ずっと貧乏でしたが。

1ドル360円は、今となっては(たぶん当時も?) 考えられないことですよねぇ。


[54]>34 仕事がしたくてしてるわけじゃないのに。 ttz

まわりの影響とか迷惑を考えると、仕事を優先せざるを得ない場面のなんと多いこと!


[55]「家から放り出すよ」 ttz

子供のころ何度と無く親から言われた言葉。

あのころの親は絶対の存在であり、ある種の恐怖も感じる存在でした。

言われたことを守っていました。

今は、老いていく親をどうやって助けていくかを考える年になりました。

切ない気持ちにもなります。


[56]「○○の難民は食べたくても食べられないのに。」 ttz

子供のころは、自分は難民じゃないからいいよ!あげるよ!ぐらいに思ってたこともありましたが、今、まさにそういう映像を見ると本当にグッときます。。そういう失礼な態度は絶対に取れなくなります。


[57]「もうインターネットやめれば?」 ttz

気づけばネット難民に足を踏み入れていた?冷静に言われたコメントが痛かった・・・


[58]「なんとかなるよ」 ttz

落ち込んだときの一言。救われる思いです。味方になってくれる人がいるのって大きいです。


[59]「大丈夫、大丈夫」 tibitora

心配事があった時にゆっくりとこの言葉を言ってもらえて、なんだか落ち着けました。

あせらないでゆっくりと落ち着いて考えてもいいのかなと。

心配なときは悪いほうに考えてしまいがちなので「大丈夫」と言われると少し安心もできました。


[60]「死なないでね」 tibitora

実家に行っているときに風邪をひいてしまい、倒れて寝ていたときに甥っ子が言ってくれた言葉です。

甥っ子の前で寝込んだのは初めてだったからか、すごく心配そうに言ってくれて、しばらく枕元にいてくれました。

歩けるくらいに治ったら今度は「なおったー?あそぼー」とまとわりついてくれました(笑)

甥っ子からすると『動けない=危ない』『動ける=元気』なのかもしれません(^^;


[61]暴力は全ての正義を一瞬で悪に変える MINT

私が通っていた高校は女子がグループに別れてそれぞれ対立している、ちょっとシビアな雰囲気がありました。私はそういうのは好きではないので、どのグループにも加わっていなかったのですが、もう一人、どのグループにも「加えてもらえない」子がいました。いじめられやすいタイプというのでしょうか。いつも孤立している様子が気になっていました。話の都合上その子を仮にAちゃんとします。

グループから外れている同士、何となく話をするようになり、そのうち私とAちゃんは親しくなりました。しばらくそれで楽しい学校生活が続いていたのですが、そのうちAちゃんがある男子を好きになりました。親しくなってもなかなか心の奥までは見せてくれなかったAちゃんが初めてそういうことを打ち明けてくれたのがうれしくて、私はひそかにその気持ちを応援したいと思っていました。

ところが力のある女子グループにいた一人が同じ男子を好きだったので、Aちゃんの気持ちがばれたとたんに、色々な嫌がらせが始まりました。最初は精神的なものばかりだったので、気にすることないよと励ましていたのですが、ついにちょっとケガをしてしまうような嫌がらせが起きて、私は切れてしまいました。一発ビンタをお返ししただけだったのですが、自分が被害を受けていないのに人を殴ったと言われて、私は罪人扱いです。相手のグループが大きかったので、Aちゃんが嫌がらせを受けていたことは隠され、私が一方的に暴力を振るったことにされてしまいました。職員室に呼ばれ、親も呼ばれ、大騒ぎになってしまいました。私は停学ではありませんが、騒ぎが収まるまで自宅謹慎になりました。

翌日からAちゃんも学校に来なくなってしまったそうです。でもおとなしいAちゃんは親にも事情を話せなかったらしく、Aちゃんの登校拒否からも嫌がらせの事実は浮上しませんでした。

結局私は週末も入れて一週間、自宅で謹慎していました。前置きが長くなりましたが、本題はここからです。家に帰り、私は両親に事情を話して必死に弁解しました。嫌がらせを受けていた方が加害者にされた冤罪(?)も不正だし、Aちゃんへの嫌がらせを知ってもらってやめさせたいという気持ちもありました。父は黙って私の話を聞いてくれていましたが、私が話し終わると、こう言いました。

「暴力は全ての正義を一瞬で悪に変える」

父はただその一言をいって、私を部屋に帰しました。部屋で一人考えました。一日考えて、やっとわかりました。正義は理性。暴力は感情。暴力に訴えた時、もうそこには正しさの主張なんて無くなっていたんだって。それなら私は悪者にされて当然。殴った相手には謝らないとと思いました。Aちゃんへの嫌がらせをやめさせるためにも、自分の非をまず許してもらわないと話が進まないと思いました。

謹慎中で学校に行けないので、謝罪文を書いて学校に届けてもらうことにしました。そこではAちゃんへの嫌がらせのことには触れませんでした。私のビンタは私の感情から出た物ですから、殴った瞬間、もうAちゃんのこととは関係なくなっていたと思ったからです。

書いた謝罪文を父に見せ、こういう理由でAちゃんのことには触れないことにしたと言ったら、父は「それでいい」と言ってくれました。Aちゃんのことは謹慎が解けたらあらためて話し合ってやめてもらおうと心に決めました。

結局謹慎が解ける前に向こうからも手紙が届いて、Aちゃんへの嫌がらせもやめてもらえることになり、私が登校を再開するとすぐAちゃんも学校に来るようになりました。あの泥沼がこんなにすんなり解決してしまったことに驚きましたが、逆に考えれば本当は心底悪い人なんて誰もいなくて、暴力に訴えてしまった私一人が飛び抜けて悪かったんだと反省させられました。

よく考えたら、うちの両親は、たとえ叱る時でも絶対に子供に対して手を上げたことがありません。「暴力は全ての正義を一瞬で悪に変える」。そういう信念を子供に対しても持ち続けてきたのがうちの両親だったんだと思ったら、この言葉の重みがわかってきました。

私も将来子供を持つ親になった時、この信念を受け継いでいける親になりたいと思っています。私に子供ができたら、その子供の人生も変えてくれそうな言葉です。


[62]>31 そのひとことが peach-i

自分の明日の生きる糧になりますよね^^


[63]花は置かれた場所で咲く tough

私は浪人こそしませんでしたが、受験失敗組でした。あんなに頑張ったはずなのに志望校は全滅。結局一つだけ辛うじて受かった地方の大学に行くしかなくなりました。地方は別にいいのです。一人暮らしも魅力的です。しかし学部が自分の希望とまるで違っていました。入学を見送って一浪するしかないかとも悩みました。

そうした迷いを抱えながら、大学での新生活が始まりました。この大学に入りたかったわけではない、ただ浪人が嫌でここまで来た。その思いが、せっかくの楽しい新生活を色褪せた物にしていましたし、当然勉強にも全く身が入りませんでした。本当なら輝きに満ちていたであろう新たな友との出会いも何となく煩わしく、私は入学一ヶ月にして付き合いにくい奴ナンバーワンになっていたようでした。中学高校時代は恥ずかしいくらいに昔の青春ドラマ路線をひた走っていた自分が、他人のように思えました。完全に無気力になっていました。

そんな時、母から電話がかかってきたのです。用件は、何か欲しい物、要るものがあったら送ってあげるけど何がいい?というものでした。母は、新しい生活が始まってしばらくするとあれこれ足りない物に気が付いてくるでしょう、遠慮しなくていいわよ、少しくらい高い物でも遠慮しないで言ってごらん、こういうときにねだっておくのがお得よと、やたらテンション上がりまくりです。しかし私は、気のない返事を繰り返すばかりだったようです。

そんな私の様子に気付いた母は、どうしたのと聞いてくれました。母に話しても何もならないとは思いましたが、母は私の体に何かあったのかと心配していた様子だったので、そうではないと言う意味で、ここまで志望とかけ離れた場所では何もかもに身が入らないんだというようなことを打ち明けました。すると母は、「そうなの、でも、花は置かれた場所で咲く、とも言うわよ」と言葉をかけてくれたのです。

辛かったら一度帰ってきてもいいわよ、大学なんだから一ヶ月くらい大丈夫でしょうとも言ってくれましたが、電話を切ってから、「花は置かれた場所で咲く」という言葉が妙に心に残りました。

翌日キャンパスに立つと、そこは意外に素晴らしい所に見えてきました。そうだったんだ、俺という種はここに飛ばされてきた、それは俺の意志ではなかった、でもここで俺は根を張ることが出来る、伸びることが出来る、花を咲かせることが出来る。どんな場所でも俺の咲かせる花は変わらない。タンポポの種が落ちた場所によってススキになったりカヤツリグサになったりすることは有り得ない。ここで咲かせてみよう俺の花をと素直に思えるようになっていました。

そこから私の一足遅れの大学生活が始まりました。素晴らしい友に恵まれ、良い恩師に恵まれ、親元を離れていなければ体験できない様々な経験も積みながら、本当に充実した四年間を過ごすことが出来ました。あの時母の「花は置かれた場所で咲く」という言葉がなかったら、私の大学生活は全く違ったものになっていたと思います。今でもこの言葉は、ちょっとした私の座右の銘になっています。


[64]>61 集団に迎合してしまっただけですよ。 rsc96074

あなたは悪ではありませんでした。


[65]卑怯なことをするのは crocs

結局は、自分を貶めることになるよ。

あんまり親に教訓めいたことを言われたことがないのですが

卑怯なことや陰険なことをする人間にだけはなるなとだけは

教えられてきました。

ゲームでもずるをして勝ってもうれしくない。

結構当たり前のことなんですが今の時代は

どんなやり方をしても結果が全てみたいな時代的な風潮があって

ライブドアやグッドウィルなんてその典型的な事例だと思います。

まだ捕まっていないだけでIT系や人材派遣の会社で勝ち組とか

言われている会社ってそういう傾向が強いような気もします。


[66]>63 いい言葉ですね。 futanbo

いいお話ですね。私は親にいわれたのではないのですが、病気で行動が自由にできなくなった時、木や花を見て、「樹や花は生えたところから、自分で動かれへんねんなあ・・・」って思って・・。なんかそのこと思いだしました。自分に与えられた場所で懸命に生きることが大事ですよね。


[67]>49 ジミヘン futanbo

いいお父さんですね。またジミヘンもユーモアがあっていい人ですね。(よく知りませんが)


[68]人は人、うちはうち futanbo

小学校のころ、死ぬほどお母さんが言ってました(笑)主に何かをおねだりした時、「○○買って?」「だめ!」「なんでよ?、みんなもってんねんで?」「人は人、うちはうち」これは伝家の宝刀でしたね。そのおかげで、我慢を覚えるべきところが、「人は人、自分は自分」で、素晴らしくオリジナリティーのあるマイペース人間になってしまいました(笑)常識知らないし(苦笑)


[69]>60 子供の言葉 futanbo

子供に優しい言葉をかけられると、なんか胸がぎゅうっとなりますね。甥っ子さん、tibitoraさんのこと大好きだから、すごく心配してくれたんですね。かわいいですね。


[70]お母さんを助ける futanbo

私が冗談まじりに、父に「お母さんと私ら子供たちがおぼれて、一人だけしか助けられへんとしたら誰を助ける?」って聞いたときの言葉。即答で「お母さん」って言われたときは、ショックより感動しました。家族の中で、血のつながりがない唯一の相手を選ぶって。母への愛を知りましたね。父が亡くなってから母にその話をすると、うれしそうに照れていました。


[71]>70 父母の愛 koukame

父母がしっかり愛しあってるというのは、子供にとっては感動を覚え、心が温かくなりますね。


[72]>67 味がある。 koukame

何とも味のある言葉ですね。

お父さんは、心がとても広くて、機転の利く方ですね。


[73]過去は、全て○だ! koukame

私は社会人になってすぐの一時期、人生に思い悩むことがありました。

特に、過去にこうしていれば良かった、ああしておけば良かったと悩むことがありました。

頭が痛く、熱っぽく体調も優れず病院で検査をしたりする事もありました。

疲れもあったのだと思います。

そのときに、母から貰った一言です。

「そのときそのときに、人はいつでもベストを尽くしている。未熟であっても、例え間違っても、そのときに、選んだ決断は、そのときにその人がした最善の決断だ。だから、過去は全てマル!オッケイ!」

それを聞いてから、過去のことは全て○だったと納得できるようになりました。

また、すべての人にとって、その時点でその人ができるだけの事をした結果だと心から思えました。


[74]「本当に素晴らしい物は、いつだって欲しがる前からただで与えられている」 TomCat

母は音楽が大好きな人でした。家にあったピアノは傷だらけのぼろぼろの中古でしたが、いつもそれを大切に弾いていました。ある日私が聞きました。もっと綺麗なピカピカのピアノは欲しくないの?と。すると母が言ったんです。

「欲しくないって言ったら嘘になるけど、でも要らないな。だって本当に素晴らしい物は、いつだって欲しがる前からただで与えられているから」

はぁ? ちっちゃな子どもには、何の話やらサッパリ分かりませんでした。でも今なら分かります。あの時母は自分の手を見つめながら言っていました。きっと、どんなピカピカのピアノよりも、思った通りに音楽が奏でられる手の存在に感謝していたのでしょう。

そして今この言葉が、私のライフスタイルにも、ものすごく大きな影響を与えてくれているんです。今の私の暮らしの基本は「質素」を楽しむライフスタイル。物欲よりも、もっと自分を満足させてくれる何かがある。その「何か」が、自然と暮らしの調和をもたらしてくれたり、人間以外の生き物も含めたかけがえのない命や健康を守っていくことにつながって行けたら最高。そんな新しい暮らし方を探していく生き方の根底に、幼い頃に聞かされたこの言葉がいつも流れ続けているんです。

豊かな暮らしは物の充足がなければ手に入らない。物欲を満たすことが暮らしの向上。そのために少しでも多くの金を得ようする。より高い収入を目指して他人としのぎを削り、仕事は戦いと位置づけ、他者の敗北の上に自分の満足を築き上げる。私はそういう生き方も否定はしません。でも、母の口からぽろりとこぼれ落ちた「本当に素晴らしい物は、いつだって欲しがる前からただで与えられている」という言葉が、大人になった私に違う生き方を選ばせてくれました。

欲しがる前から与えられている恵みの素晴らしさに一つ気付くと、さらにもっと見逃している恵みがないかと探し回りたくなります。それが私の持つ欲望です。今現在手元にない物を欲しがる欲望ではありませんから、この欲望には裏切られることがありません。失望がないんです。

もちろん私にも大きな夢があります。いくつもあります。でもそれは、いつか心から満足できる小説を書き上げてみたいとか、戦争や差別のない平和で公正な社会を作りたいとか、地域の植生との調和を目指す新しいタイプの自然農法を開発してみたいとかといった、いくらモノやカネがあっても、そんな物は何の役にも立たない夢ばかりなんです。したがって、私にとっては、モノ・カネ以外の恵みの発見を追い求めていくことが「向上心」であり「目標に近付く努力」ってことなんですよね。

人によったら、お前はただの空想家だ、金銭の獲得と消費によってもたらされる以外の豊かさは架空のものであって何の価値もない、と言うかも知れません。でもそんな時には、父が遺してくれた本に書いてあった、もう一つの言葉があります。

「もし我々が空想家のようだと言われるならば、救い難い理想主義者と言われるならば、出来もしないことを考えていると言われるならば、何千回でも答えよう、『その通りだ!』と」(チェ・ゲバラ)


[75]>68 これ、流通しているなあ atomatom

うちの母親にも言われた言葉です。もうこれが出るとお手上げです。母親が議論の余地がないと宣言したも同然だからです。ぼくはこの言葉のおかげであきらめの早い人間になったようにも思いますよ。いくら粘っても無理なもんは無理だって。うん、淡白になりました(笑)


[76]>46 両親の言葉 urf77

両親の言葉ってものすごく心強いときってありますね。わたしも何度か両親の言葉で救われたと思っています。


[77]>75 人は人、うちはうち urf77

妙に説得力のある言葉でしたね。「人は人、うちはうち」この言葉でうちの家庭は事情が違うんだなと思い我慢強くなりましたね。


[78]>51 ただいまとおかえり urf77

普段何気なく使っているような言葉ですがものすごく深い言葉だと思います。幸せな家庭に笑顔で帰れる証拠とも言えますね。


[79]>58 なんとかなるよ」 urf77

一瞬無責任のような言葉に聞こえますが、よくよく考えたら自分を前向きにしてくれる力のある言葉だと思いますね。次への第一歩となる言葉です。


[80]>39 母親の言葉 urf77

母親の言葉によって安心することってよくありますね。誰よりも温かみを感じる言葉をかけてくれます。これが親子愛なんでしょうね。


[81]>72 ステキな呪い sidewalk01

ですね。


[82]>48 宗教観が希薄な時代に sidewalk01

自分をたしなめる良い言葉だと思います。


[83]>74 灯台下暗し sidewalk01

近くにあるものほど見えずらくて困りますね。。


[84]>38 ワンコ sidewalk01

には私も多くのことを教わった気がします。可愛らしさ、一緒に生活する楽しさに煩わしさ、別れの悲しさなど、側にいてくれてよかったなぁとおもいます。


[85]>62 視野が狭くなったときに sidewalk01

いってもらえると救われそうです!


[86]>83 感動しました。 mekishiko

いいお話をありがとうございます。

本当にすてきなご両親ですね。

私もそんなものの考え方をしてみたいです。

人生、きっとものすごく変わる気がします。


[87]のう天気な父 mekishiko

私の父親は、ひじょうにのう天気な人です。

そんな父は、私がまだ未青年の頃は、

何かがうまくできると

「すごいな?。すごいな?」と必要以上に

すごい=よくやった!を連発

何かに失敗すると、

「大丈夫、大丈夫」を連発

何かに悩んでいると、

「お前が後悔しないように好きにやれ」と、

私の好きなようにやらせてくれました。

ひとつの言葉に集約はできないのですが、

どれも私をたくさん救ってくれ、

人生に大きな影響を与えた言葉です。

今は私も一児の親になりました。

まだ幼児ですので、難しい言葉は使えませんが、

「すごいね」「だいじょうぶだよ」という言葉は、

子どもを抱きしめながらよく使っています。

親からかけてもらったたくさんの言葉の重みが、

今頃になってよくわかるようになりました。



[88]>45 野茂で to-ching

代わりましたね、私の小さな時はマッシー(村上)でしたが。


[89]>87 のう天気ではない! to-ching

とってもエライ!素晴らしいお父様と思います。良いですね?


[90]>44 無限って to-ching

あるはずが無いでしょう・・・でも私達の真上の空はそうなんですね・・・。


[91]「行くなとは言いません、ただ生きて帰ってきてください」 to-ching

昔のヤクザ映画の名台詞ですね、藤純子が出入り前の高倉健に掛けた言葉でしたね。この言葉に感化された人も多いのでは? 古いかな?


[92]>41 うーん to-ching

「お金が無い」実に身につまされる言葉です。


[93]>85 視野を広げてくれる peach-i

周りが見えなくなるときって人間ありますよね。

そんなときに救われますね


[94]>93 いいですね fwap

機能のことは忘れて明日のことに気持ちを向かわせてくれますね。


[95]>81 いいですね fwap

当たり前のことをシニカルに。でも、言われた直後はズキっときますよね。


[96]「おい、タイヤが回ってるぞ!!」 Oregano

まだ補助輪がなければ自転車に乗れなかったころ、本当に小さなころの話なのですが、私が一生懸命自転車の練習をしていると、それを見ていた父が突然私の自転車を指さして言ったんです。

「おい、タイヤが回ってるぞ!!」

私は、え?え?何?何?とうろたえて、危なくひっくり返りそうになりました。すぐ父が支えてくれて助かりましたが、落ち着いてよく考えると、自転車はタイヤが回っていて当たり前です。お父さんひどいよと半べそで言うと、父はすまんすまんと笑っていました。

しかしこの父の冗談が、後日私を救ってくれました。実は私は一度だけ、とんでもないインチキ商法に危なく引っかかりそうになってしまったことがあるんです。とにかくいいチャンスになるかもしれないからと誘われて行ってみると、それはマルチ丸出しの自己啓発セミナーの勧誘でした。多数の被害を出して社会問題化した後のことですので、何々養成講座のようにうまくカモフラージュしてはいましたが、ちょっと話を聞けばすぐわかります。当然私は関わると危ないと警戒してかかりました。しかし、さすがに向こうはその道のプロですね。あれだけ警戒してかかっていた私が、弁舌たくみにいつの間にか乗せられそうになっているんです。そこでハッと気が付きました。

「おい、タイヤが回ってるぞ!!」

私はあの時、こんな当たり前のことを言われてうろたえて、ひっくり返りそうになってしまいました。ここから学べる教訓は、人は言葉の内容を理解する前に雰囲気に引っ張られやすい、それによって判断が左右されがちだから気を付けなければいけないということです。

その認識を持って話を聞いていると、この人たちも当たり前のことをさもおおごとのように言い立てているだけだったことがわかってきました。一度はとても感銘を受けたかのように思えた言葉も、実はちょっと考えれば当たり前の話でした。ただ口調や前振りなどの雰囲気作りで、ある時は不安感を掻き立て、ある時はいかにも希望の光が見えたかのように感じさせているだけだったのです。そのことが見えてきた私は、堂々とその場を立って、キッパリとお断りして帰ってくることができました。

あとで私を誘った人から、俺に恥をかかせるなよと電話がありましたが、「おい、タイヤが回ってるぞ!!」から気付いたことを話して聞かせると、おとなしく引き下がってくれました。その彼も、ほどなくしてあやしげな商法から遠ざかったようです。

もし子どもの時、父があの冗談を言ってくれなかったら。そしてあの時私がそれを思い出さなかったら。もしかして今ごろは多額の借金を抱えていたり、大切な友人を失っていたりとボロボロになっていたかもしれません。

親の言葉とナスビの花は千にひとつも無駄がないと言いますが、あんな冗談の一言でさえ後々生きてくるとは、親の言葉はありがたいものだと思います。


[97]>69 おじいちゃん、いつ死ぬの? atomatom

ほんのこどものころ、tibitoraさんと反対のようなことを言ってしまったことがあります。これね、ぼくとしてはおじいちゃんにいつまでも死んで欲しくなかったわけですよ。できるならいつまでも生きていて欲しかった。だから「そうね、20年後」とか「まだまだ死なんよ」みたいな返事を期待しての質問だったんです。

ところが、ぼくがおじいちゃんの死を心待ちにしているように受け取られてしまって、おじいちゃんは苦笑い、おばあちゃんは激怒でした。まだ4つか5つくらいの頑是無いこどものセリフにですよ。

自分の言葉が相手にうまく伝わらない悲しさを、自分の言葉からですけど、思い知りました。。。


[98]>35 わかります。 atomatom

ぼくにも同じような経験があります。家内が悩んで苦しんでいたときに、こちらとしては助けるつもりのアドバイスをしたんですね。そしたら「理屈は言われんでもわかってるねん」と。

そうなんですよね、本人がもう既に十分わかっているんです。その上に浅知恵をつけられても腹が立つだけなんですね。ただ黙って聞く。よいタイミングでそれができるようになりたいものです。


[99]>8 夕焼けが今日を昨日に変えていく Oregano

ある歌に、そんな歌詞があります。私もこの歌を聞いた時、choco-latteさんのお母様がおっしゃったことと同じようなことに気が付きました。

「今こうしてる時間もあと数分したら過去になる。こうやってる瞬間にもどんどん時間は過ぎていくんだよ。いつまでも失敗を後悔するよりもこの先どうしたら自分は幸せになれるのかを考えればいいんだよ!」

本当にその通りだと思います。失敗は過去のこと。嫌な過去は教訓として未来に生かせればそれだけでいい。明日の私は今日より確実に成長する。そのつもりがあれば、過去なんて他人の残してくれた教訓と同じ扱いで十分だって。

「寝ておきたらまた新しい自分!」

この考え方は本当に大切ですね。


[100]>94 過去にとらわれると peach-i

抜け出せない迷路。

未来には出口は無数にある


[101]>94 過去にとらわれると peach-i

抜け出せない迷路。

未来には出口は無数にある


[102]>14 ふふ toukadatteba

ですねぇ。好きとか、そういうポジティブな言葉って、なかなかいえないものですけれど、言ったほうがいいんだと思います。好きという一言、伝えておきたいですね。


[103]>14 ふふ toukadatteba

ですねぇ。好きとか、そういうポジティブな言葉って、なかなかいえないものですけれど、言ったほうがいいんだと思います。好きという一言、伝えておきたいですね。


[104]>32 大事ですね! vivisan

私は言いたがりなタイプなので、聞かれなくても、「ちょっと、聞いてよ!」ではじまりますが、これをさりげなくいってもらえると、会話のきっかけになって、自分に起こった身の回りのことやちょっとした愚痴もですが・・を聞くことができるようになります。

うちのダンナはあんまり自分から話すほうではないので、さりげなく夕飯のときにでも聞いてみると、いろいろと話してくれます。話してくれるとすごくうれしいですね♪


[105]>96 瓢箪から駒 Lady_Cinnamon

お話を聞いて「瓢箪から駒」という諺が浮かびました。意外な所から意外なものが出てくる・・・というときに使いますね。厳密には、瓢箪から駒(馬)なんて出てくるわけがないのに、冗談で言ったら本当に出たという意味で、冗談が本当になったという意味なのですが。

Oreganoさんの子供時代のお父様の冗談が、大人になってからマルチ商法対策になるなんて、冗談がらみで「意外な所から意外な記憶」が出てきたなってね。

まさかお父様も、子供が将来そんな被害にあうかもしれないと想定して、当時冗談を言った訳でもないでしょう。その時は、家族団らんの一コマだったんだと思います。

そんなたわいもない冗談が、家族の思い出としてOreganoさんの心に刻まれていたからこそ、瓢箪から駒が出たんだと思います。


[106]>89 寄り添ってくれる親の姿 Lady_Cinnamon

子供相手でも大人相手でも、褒めることが良いと、よく言われるようになった気がします。ただ、心が温かくなるのは素朴な言葉だったりするなと思う事が多々あります。

mekishikoさんのお父さん、素朴と言うか感情をオープンにされている姿が、とても自然体で素敵な方だなと思いました。

mekishikoさんが、何か成功した姿をみて、素直に心からすごいな、すごいなって応援してくれ、落ち込んでいる時は大丈夫、大丈夫と、寄り添うことが自然にできる方なんだと思います。

『人』という漢字が寄り添ってできているように、家族の思い出も寄り添いあいが、みんなの人生に響き合うのだと感じました。


[107]「男の子は理系」 yatmsu

高校生の頃、理系・文系に別れる時に

文系を選ぶつもりだと母に伝えた時に言われた言葉。

これを期に自分の志向性について考え(何も考えずに文系かなと判断していた)、

結果理系を選択。

文系・理系の選択でそれほど人生は変わっていない感じがするが、

あの時に自分と向き合う機会があって良かったと思っている。


[108]「捨てる神ありゃ、拾う神あり」 Lady_Cinnamon

受験の時、私は今の実家のある県内の大学をメインに希望していました。

丁度、ダイオキシン問題や食糧自給率の話題がニュースになっていた時代で、

私としては環境や食糧問題をテーマにしている学校を選んでいました。

両親はそういうことにはこだわらず、とにかく『地元』進学を切望していました。

しかしながら結果は、県内の大学は惨敗・全滅。

まぁ浪人して次に備えよう・・・なんてアッサリ考えていました。

ただ、親に詳しい説明をせず、試験練習という理由で、他県の大学も受験していました。

しかも実家や親戚のいる太平洋側でなく、日本海側の○○県。

受験シーズンの冬には雪害報道も頻繁にある、雪国の大学でした。

親にとっては親戚も知り合いもいない、未開の土地で全く想定外の受験校。

私にとっては試験練習のつもりで、おまけ程度に期間ギリギリで受けた大学。

ですので、県内の希望校が全滅した時点で、

その結果を待たずに塾への入学手続きまで進めていました。

少々タイムスケールを巻き戻し、受験シーズン中の、我が家の夕食時の光景を紹介します。

母:「明日の天気はどうかしら?」とTVのチャンネルを天気予報に回します。

TV:『明日の県内は晴れ・・・○○県は大雪注意報が出ています・・・』

父:「お前が受験した県、明日も雪だなぁ。なんであんな寒い所受けたんだ?」

私:「だ?か?ら?、試験慣れ。受験対策だって?・・・」

こんなブーイングが毎晩、ブラックユーモラスな父母によって行われていました。

(父は持病の事もあり、冬とか雪が苦手です。ちなみに私は暑さより寒さに強いです)

さて、忘れた頃に雪国の大学から、通知が来ました。

ま?ぁた、不合格だっしょ・・・。

そんな思いで通知を見て、目を疑いました。

受験届を再確認した所、どうやら自分は合格したらしい。

半信半疑ながら、夕飯時に、両親にそのことを伝えました。

きっとブーイングされるんだろうなぁ・・・

また大雪注意報が?、とか言われるんだろうな・・・

その前にもう浪人確定で塾にも入学届け出したもんね・・・

あははは?・・・

マイナス思考中の私に対し、両親の答えはあまりに素早いものでした。

母:「あら、良かったじゃない受かって」

父:「受かったんなら、行ってくればいいよ」

TV:『○○県は明日も雪・・・路面凍結にご注意・・・』

私:「・・・・・・・・( ゚Д゚)はぁ??????」

ちょっと待て。父、母よ。

昨日までブラックユーモアで、反対色まる出しでしたよね???

見事なまでの『手のひら返し』は何処で身につけたテクニックですか???

それともこれは夢ですか???

親の豹変ぶりに、夢か現か幻か、頭の中は大混乱。

あわあわしながら、両親に確認しました。

私:「昨日まで、やれ大雪だ、わざわざ遠い所を受験なんて?とか、

まるで進学は反対だってこと言ってたよね???」

父:「ん? よく言うじゃないか、『捨てる神ありゃ、拾う神あり』って。

折角拾ってもらったんだから、その大学に進学すればいいじゃないか。」

気まぐれユーモラスな両親のおかげで、私はその雪国の大学に進学。

研究テーマ自体は興味のある世界だったので、大学生活を満喫させて頂きました。

その後も、女の身一つで日本各地(程でもないですが)を渡り歩きました。

各地の文化や行事、名物・名産などにも触れることができ、

日本は狭いようで広いもんだと見聞を広めることができました。

この父の迷言、もとい名言により、私には前向きに考える精神が宿りました。

なので、適齢期超えてお嫁に行けなくても、拾う神ありと、開き直る今日この頃です(笑)


[109]>21 男にもズシンと来る言葉ですね TomCat

結婚という形を取らずに生涯を誓い合う恋もありますし、子供を作らないという選択をする結婚もありますが、お母様が言いたかったのは、もし将来子供が出来たとするならば、その子が恋をする時に、父や母のような恋がしたいと憧れるような恋をしなさいと、きっとそういうことだったんでしょうね。

ただ一生離れたくないと言うだけの恋なら中学生でもします。でも、大人の恋は、二つの異なる人生を一つに重ね合わせるということ。二本の道を一本に重ねて、そこを二人しっかり手を握り合って歩いていくということ。

私ももし将来男の子の父となったら、そんな恋をしてほしいと、そして自分はそういう恋をしてきたと、胸を張って言えるような親になりたいと思います。って、私はまだそういう恋をする遥か前段階ですけどねw


[110]>47 考えさせられる言葉です TomCat

日本人はとかくメンツを重んずる国民性ですから、少しでも自分に関わりのある陣営を正義と描き出したがりますよね。そして世の中は全て正義と悪の二元構造で出来上がっていると勘違いしがちです。

でも、戦国時代の戦にせよ、現代のイラク戦争にせよ、それによって利を得たのはどこかという評価は出来ても、どこが正義でどこが悪だなんていうことは、調べれば調べるほど決められなくなってきますよね。

日本人の目には今、アフガン戦争やイラク戦争でアメリカの敵となっていた相手は全て悪ということになっていて、いまだにその続きでやっている自衛隊による給油などの兵站協力が国際貢献ということになっていますが、それだって本当に正義のための行動なのかと言われたら、そんなの誰にも分かりません。ただ自分に関わりのある方を正義と言い張るだけの話です。

一つだけハッキリ言えることは、いつの世も、歴史の表舞台の戦争のために、名前も残らないような戦争とは無関係の庶民が大量に巻き込まれて殺されているということ。これだけは確かなことでしょう。ハッキリ決めつけられる悪があるとすれば、それは「誰」ということではなく、人を殺す「戦争」という現象その物、ということになるのではないかと思います。


[111]>61 いかなる理由があっても暴力という手段をとらない信念 TomCat

子を叱る時でも、けっして手を上げることがなかったご両親。そのお父様から聞かされた「暴力は全ての正義を一瞬で悪に変える」という言葉。これは強力ですよね。単に口だけで理想を語るのではない、長年の行動で実践し続けてきた強い信念がバシッと伝わってきます。

親には懲戒権というものがあり、その範囲内であれば、一般的に「口で言って分からないやつにはこうだ」といった実力の行使は容認されると考えられています。それでも、はっきりとしたポリシーを持って、いかなる理由があっても暴力という手段をとらない信念を貫いてきたご両親は、本当にご立派だと思います。

その口から出てきた一言には、本当に重みがありますね。一つのスジをビシッと通してこられた人だからこそ言える言葉があるんだなあと感動しました。

もちろんこのお父様の指摘は、誰が悪だと決めつける目的ではなかったでしょう。そうではなく、これが父の信念である、娘のお前はどう考えるか、という問いかけだったのだと思います。言葉のキャッチボールというのはよくありますが、これは信念のキャッチボール。こんな体験、めったにできることではありません。

そんな貴重な体験の中で心に残ったこの言葉は、本当に人生を変えてくれる力を持ちますね。さらにそれが自分が親になった時に活かされ、その子の将来をも照らしていくことになる。素晴らしいことだと思います。


[112]>77 だからといって taknt

人は人、うちはうちなんだけど、うちだけ別になんかしてくれるってことは ないんですよねぇ。

他の家と違うことをやるなら まだ うちはうちといえますけど。


[113]>112 ホント、流通してますねえ(苦笑) nakki1342

私も母親によく言われていましたねえ

でも自分は、納得できない事が多くて

文句をよく言う奴でしたが・・


[114]>88 ある意味複雑なんですが・・ nakki1342

最近のメジャーへの選手の流失を思うと

正直複雑な気持になってしまうのですが・・

野茂選手の成功は、流れを変えてしまったと。

個人的には、アメリカへ行く流れが止まって欲しい

そう思うくらいなんですが。・・


[115]言葉は口から一度でると呑み込めない w83

これは母が祖父からよくいわれたことです。だからよく考えてから話さなければならない、と。母も、この言葉をよく私に言います。多分母の60年の人生で痛感したこともあったのでしょう。

私もこの言葉で、救われたかな、と思う出来事がありました。一時期、人(Aさん)から頼まれた仕事を手伝ったことがあります。ほかに仕事を頼まれた人(Bさん)がいて、その二人で仕事をすることになりました。Bさんは、父がAさんに頼まれてどうにか探した人でした。

私はその作業は初めての経験でした。Bさんは、少し経験がありました。だから私はBさんから、教わる、という形で仕事を始めました。ただ私がはじめての作業だったので、帰宅してから父に作業のコツを教わっていました。

そうやって仕事をしていったある日、Aさんが現場にきて、作業をちゃんとしていない、と注意しました。注意された内容を聞いていると、仕事内容の説明がAさんとBさんで異なりました。

そのときはおかしいな、と思いながら仕事を続けました。私も初めての作業なので、ミスがあったかもしれない。注意しよう、と思ってAさんの指示通り、仕事をしました。

ところがまた現場にやってきたAさんに怒られてしまいました。仕事内容に不満をもったAさんは、私とBさんの作業を確認しました。そうするとミス(手抜き)は私ではなく、Bさんでした。Aさんは、Bさんに注意して帰りました。

その後もBさんと一緒に仕事していると、相変わらずBさんは手抜きをしていることが分りました。私はAさんに報告すべきかどうか、父に相談しました。父はまあ良い、ということでしたので、報告しませんでした。

そうやっていくうちに、その作業は終わりました。後日、Aさんに、私達の仕事はどうだったのか、と尋ねました。すると大失敗で、その原因は私にある、といわれてしまいました。

私は思わず、手抜きをしていたのはBさんでAさんもそのことを確認していたじゃないか、それにもかかわらずAさんはその後現場に現れなかったじゃないか、と怒鳴ってしまいそうになりました。しかし、そのとき思い出したのが、母のこの言葉でした。

考えてみると、Aさんは私とBさんを信用してあの仕事をまかせてくれたのでした。また私も初めての仕事でしたので、ミスがなかったとは言い切れません。そう考えて、謝りました。

その結果、Aさんは私を信用してくれたのか、年に数回私に仕事を頼んでくるようになりました。しかしその後私とBさんは、一緒に仕事することはありませんでした。AさんとBさんの関係がどうなっているのかは分りません。Aさんと話していてもBさんの話題は出ないので、ひょっとしたらBさんよりも私のほうを信用してくれたのかもしれませんね


[116]花を育てる事も出来ない人は、愛も育てられない! dayday

実家の母が言った言葉です。

お花1つも咲かせられない人が、愛を育んで行く事は出来ないよ・・・と言っていました。

花にも愛情を持って水をあげたり世話をしてあげて、育っていく楽しみ、咲いてくれてありがとう!の心を持てる余裕があれば、人をも愛していく事はできる・・・です。


なので、我が家の庭にも少しですが花を植えています。

種から育てた朝顔。

毎朝のみずやりをして、今日は何個咲いたかな?と数える楽しみ、明日何個咲くか思いをはせる楽しみがあります。

子供も一緒に何個咲くか数えて、咲くのを楽しんでいます。


花を育てる愛情は、人間もそだてます。


[117]>106 ありがとうございます mekishiko

お褒めいただきまして、ありがとうございます。

なんだか自分ごとのようにうれしく思います。

父は本当にあまり何も考えてない人で、

よく母に怒られてケンカするのですが・・・(苦笑)

それでも、へ理屈なんかがない素朴な言葉な分、

子どもの私にはすんなり入ってきたのかもしれません。

みんさんのコメントを見て、

そういう言葉が発せられる親になりたいと

改めて思いました。


[118]「あのな、父さんは弱い人間なんだよ」 YuzuPON

ハタチをやっと越えたころ、父が飲みに行こうと誘ってきました。ははぁ、息子が成人したら一緒に飲みたいっていうアレかと思い二つ返事でOKすると、小料理屋みたいな所に連れて行ってくれました。最初はお決まりの、お前とこうして飲める時が来たか、父さんはうれしいよみたいな陽気なお酒だったのですが、次第に雰囲気がシビアになってきました。父の口数が少なくなってきたんです。そして重い口を開くように父が言いました。「あのな、父さんは弱い人間なんだよ」。そしてもう仕事が限界であり、いつまで重責に堪えられるかわからない、あそこから逃げ出したい、お前はこんなお父さんを軽蔑するかと。

まだ実社会というものを知らない学生の身にとって、とても即答できるような話ではありませんでした。が、仮に職場を逃げ出したからと言って、父を軽蔑するなどということはありえませんでしたから、自分の生き方を探したいんだろう、そういうのって格好いいと思うよと答えました。

すると父は、夢を語ってくれました。とても単純な夢でした。子供のころをすごした郷里に帰りたい。ただそれだけの夢でしたが、それを語る父の顔はとても柔和で、希望に溢れているように見えました。

家に帰って一人になって、色々考えました。いつも強くたくましい姿だけを息子に見せてきた父にも、実はそんなに辛い悩みがあったなんて、とてもショックでした。その反面、父の人間的な温かさに初めて深く触れたことをうれしく思う気持ちも強かったのです。

翌朝、父は何ごともなかったように出勤していきました。ただ出がけに私に向かってニッコリと笑いかけてくれたのが普段と違っていました。

その後父は結局会社を辞めることなく、何ごともなかったように勤務し続けて今日に至っています。しかし目に見えて笑顔が多くなり、母と一緒に野良猫を助けて家族に迎え入れるなど、とても優しい人間的な深みのある父になったように感じています。

あの時の「父さんは弱い人間なんだよ」という一言から、私はたくさんのものを得ました。

まず、どんな弱味も素直にさらけ出せる特別な相手としての家族の存在です。あの時私は父から、お前も辛いことがあったらどんなボロボロの姿でも安心してさらしていいんだぞというパスポートをもらったようなものだと思っています。この安心感があると、少しくらいの悩みは悩みのうちに入りません。

また人間、自分の弱さをしっかりと受け止めて認めることが必要なんだということも学んだ気がしています。自分は強くあるべきだと自分で自分を追い込んでいくばかりでなく、時には自分の弱さに気付いてそれを素直に受け入れていくことで、硬直した心に優しさが取り戻せる、人間らしさが取り戻せるんだということを、父は身をもって教えてくれたと思います。

そしてもう一つ。私の将来です。もし父の希望があの時のままだとするならば、私は今後そう遅くない時期に、父の郷里に移り住むことを計画することになるでしょう。仮に結婚することがあるとすれば、そういう地方生活を前提とした生活設計を視野に入れた新生活になっていくと思います。これは将来の私の人生を大きく変えることになりそうです。


[119]>116 ○花を咲かせるって・・! nanairokamen

○本当に難しい・・

特に種から育てるのが・・

小生も今年もポピーの花を咲かせられそうも・・

(種を蒔く時期が遅かったようでもある・・)

毎年ポピーに挑戦しています!・・


[120]>118 素晴らしいお父上 futanbo

いやあ、感動しました。男の人で自分を「弱い人間だ」って言える人はそうざらにいないと思います。それも息子に向かって・・・。自分を弱いと言える人を私は尊敬しています。でもそう言えない人も好きですが・・・。定年後郷里に戻りたいというのは、うちの父もよく言ってましたね。ムーミンのスナフキンみたいに暮らしたいって・・・。私もそうゆう話をするときの父の顔が好きでした。辛いのに家族のために耐えて働いているお父さんたち。本当に偉いです。感謝ですね。


[121]>104 簡単だけどすごくいい言葉 futanbo

ほんと基本中の基本。だけど、この一言があるとないとじゃ大違いですね。自分が子供のころは、父にたまにこの言葉をかけてもらえると、(父は無口で何を考えてるかわかりづらい人だったので)「ああ、私のこと気にかけてくれてるんだ」って安心しましたね。すごく嬉しかったなあ。


[122]>16 日本のお父さん futanbo

忙しすぎますね・・。お父さんは好きで残業してるんじゃないのに、家族に愚痴をこぼされる。私の友達もほとんどだんなさまの帰りが遅くて母子家庭状態だと言ってます。なんとかならないんでしょうかね?日本の企業の偉いさんがた、考えてください。と言いたい!


[123]>117 いいことです。 futanbo

子供にとって、親から肯定されるってゆうことはとてもとても大事なことです。肯定されて育った子供は自分も人を肯定できる人に育つと思います。いい所は「すごいなあ」失敗しても「大丈夫」。見習いたいですね。


[124]>110 戦争だけではないですね futanbo

いいお話ですね。お父さん、そしてお父さんのお兄さん。とても物事を広い視野で考えられる方ですね。戦争だけではなく、私たちの身近な出来事でも言える言葉な気がします。最近事件が起きると、「誰が悪いのか」とか「誰が責任とるのか」とかすごく裁く社会な気がしますが、「じゃあ自分は正しい人間なのか」と自分に聞いてみると、そんなことはないんですよね。私たちには誰も裁けないです、と思います。


[125]>73 全て過去 eiyan

人生に未来も現在も過去もない。

そんな区別をするのは人類だけ。

時の流れに身を任すだけですから・・・。


[126]>55 拾った子 eiyan

昔はよくいわれましたね。

あなたは拾ってきた子だから捨ててくるよ。

でも今は形勢逆転かな?


[127]>56 飢餓 eiyan

世界では飢餓で死亡する人が沢山います。

日本国は現在食料飽和状態。

贅沢三昧の食事風景。

世界食料難民を救いたいですね。


[128]>57 ネット難民 eiyan

ネットも日常生活に溶け込み生活の一部となりつつある。

まだまだ不便だけどこれからドンドン普及していけば普通の事になる。

将来はネットが生活の中心になるね。


[129]>115 言葉 eiyan

話した言葉は取り消せない。

手紙は書いた言葉は削除出来ない。

自分から出て離れた言葉はその時から自分のものではなくなっている。

だからこそ言葉を大切に。

言葉に感謝するべきですね。


[130]>92 厳しい現実ですね。 an_shoku_panman

「昔は皆貧乏」が標準でしたが、

今は「皆、標準」なのでそこから、「昔の貧乏」まで

いかなくても、「貧乏」に感じる時代ですね。

今、思い出しましたが、同じクラスの子がいつも

お腹を空かしていたのを思い出しました。

今また、そういった子供たちが増えつつあるので

しょうか。


[131]>117 間違いました mekishiko

すいません、

「みなさんのコメントを見て、

そういう言葉が発せられる親になりたいと

改めて思いました。」

の間違いでした。


[132]>123 肯定の大切さ mekishiko

なるほど、父の言葉は相手を「肯定」する言葉だったのですね!

たしかに、肯定されて育った人間は相手も肯定できる人間になりそうですね。

言葉というものは、ささいなことのようで、とても大きな力を持っているものですね・・。


[133]>129 あぁ、 sayonarasankaku

重い言葉ですね。

言った方はそんなに深い意味がなかったとしても、

言われた方は忘れないですよね。


子供ががお母さんに昔こんなことを言われたと言うことがあります。

自分では覚えていないものの、内容を聞くとショックだったろうなと

反省させられるないようのものもあります。

よく考えて、言葉にしなければいけないと強く思いました。


[134]>76 素敵なご両親ですね sayonarasankaku

私も同じことを考えてたとしても、

つい子供の前でいろいろ問いただしたりしてしまいます。

本当はどっしり構えて、大丈夫だよ、と言ってあげられるようになりたいものです。


[135]「私、この家に生まれてきて良かったわぁ(おそらく語尾にハート)」 Fuel

イエはてなに出会う数ヶ月前のことでした。ですから比較的最近の話です。当時私は毎日のほとんどの時間を、家族とは別々に過ごしていました。仕事帰りに同僚と飲み食いすることが多く、休日もほとんどどこかに遊びに出ていましたし、家にいる時は自室にこもってパソコン三昧。両親と同居なのにここしばらく親の顔を見ていない、なんていうことも珍しくありませんでした。

そんなある日、珍しく私は休日の真っ昼間に、家族とリビングで過ごしていたんです。家族の顔が全て揃っている休日なんて正月以来のできごとです。夏でしたので、父が何か冷たい物を飲みたいと言い出しました。以下再現ドラマでお送りします。

母「今できるのはインスタントのアイスコーヒーくらいねぇ」

私「じゃ何か買ってこようか」

父「もったいない」

私「いいよ、そのくらいおごるから」

父「いやお金じゃなくて、せっかくこうして家族が揃っている所で一人抜けてしまうのがもったいないんだ」

私「そんな、10分もあれば戻るのに。自販機なら3分」

父「それでももったいない」

私「それなら俺がインスタントでないアイスコーヒーを淹れようか」

母「それはすてき」

私、キッチンに行き秘蔵の豆でコーヒーを淹れる。

母、いい香りと喜んでいる。

私、氷が冷蔵庫のなのが残念だと言いながらグラスを三つお盆に乗せてテーブルに運ぶ。

父「お、これはうまいな」

母「ほんとねぇ、こんなアイスコーヒー久し振り」

私「えへんえへん(童心に戻っておだてられた子供のように喜んでいる)」

久し振りに、子供だったころのような家族の時間が流れていきました。おだやかな、とても幸せな時間でした。母は、グラスを窓の光に透かして、まるで少女のようにそれを眺めていました。そして突然言ったんです。それも万感の思いを込めるような声で。


「私、この家に生まれてきて良かったわぁ(おそらく語尾にハート)」


これには私も父も噴き出してしまいました。母が生まれたのは母の実家であって、この家であるはずがありません。母は真っ赤になって、「私、今何か言いましたか?え?え?」と大慌てしています。私も父も、腹を抱えて笑ってしまいました。そしてやっと笑い疲れて落ち着いた時、父が言いました。

「私たちはたしかにこの家を作るべく生まれてきた」


感動しました。本当に私はこの家に生まれてきて良かったと思いました。子供のころはいつもこの家が大好きでした。家族と過ごす時間が大好きでした。いつのまに、そうしたことを忘れていたのでしょうか。

母の言葉は、ただの言葉のアヤというやつだったのかもしれません。しかし私には、本当にここが生まれ育った家と錯覚してしまうくらいに好きなんだという気持ちの表れだったんだと思われました。そんなすばらしい家庭を、この家で生まれ育った私が大切にしないわけがありません。

そんなことが切っ掛けになって、私は家族で過ごす時間を大切に考えるようになりました。同僚にどうだい今夜はと声をかけられても、その日の夕食が自分のためのメニューだとわかっているような日は、お袋がご馳走作って待っててくれるから、なんていう言葉が自然と出てくるようになりました。

そんな転換を経て、私はイエはてなと出会いました。母のあの万感の思いを込めたような言葉を聞いていなければ、私はこのコミュニティに、何の興味も示さなかったと思います。

イエコトを楽しむ。暮らしのプチハッピーを積み重ねていく。そんな毎日の過ごし方こそ、私の人生の大転換です。母の一言が、その転換の切っ掛けを与えてくれました。


[136]>134 好きなことを貫く生き方 Fuel

好きなことが貫ける生き方は、それが目指せるだけで大変な才能だと思います。その才能をいち早く見抜いて、自信を持って背中を押し続けてくれたご両親はすばらしいですね。そしてご両親にそう確信させたasukabさんもすばらしいと思います。

気づいたときにまた始めればいい。人生は一生が学び。生涯試行錯誤でいい。この考え方も、とても大切ですね。80で再スタートを切ってもいい。100で新たな人生を初めてもいい。そういう考え方で生きられてこそ、生涯が充実するのだと思います。人生は一度きり、失敗したら後がないという考え方では、たとえ成功を掴んだとしても、老いた後はただゴールが見えるだけ。それよりはどこまでいっても常にスタートラインが見える生き方をしたいですね。


[137]>124 過剰に善悪の色分けが強調されるようになると戦争が近い Fuel

というような言葉を聞いたことがあります。ひところネットでも、「悪」と決めつけた相手を数の力で徹底的に叩きのめして社会から抹殺するような「祭り」と呼ばれる集団いじめが頻発したことがありました。それと同期するかのように政治を戦前に戻していくような政治家が人気を博すようになりました。

人が人を裁いてその命を奪う死刑の問題にしても、イラク戦争推進派だった日本とアメリカは死刑廃止は考えられないという立場を取り続け、戦争否定派だったEU諸国はすでに死刑を廃止しています。この符合も、あながち無関係とは言えないでしょう。

人が人を裁き断罪していくことが好まれる社会風潮が戦争を呼ぶのか、戦争を起こしやすい土壌を整えるためにそうした風潮が意図的に作られていくのか、それはわかりません。

しかし、交戦国のどちらもが自分に都合のよい独りよがりの正義を振りかざしてぶつかり合う戦争には、こいつは悪と頭から決めつけてかかれる社会風潮作りが欠かせません。国民みんなが、そんなに簡単に善悪は決められない、ものごとは慎重に判断しようと考えている間は、戦争なんて起こせません。平和を守るためにも、戦争以外のことに関しても、軽々しく善悪を決めつけない冷静な判断をしていきたいですね。

Lady_Cinnamonさんのお父様やそのお兄様は、きっと戦争を体験して、身をもってそういう社会風潮との関連を感じ取っていたんだろうと思います。重みのある言葉です。


[138]>133 話すは放つ atomatom

言葉を口から矢のように放つ、というところから話すという語は来てるんですよね。同じような意味の言葉に「吐いた唾は飲めない」というのもありますね。とにかく一度口にしてしまうと取り消せないこともありますから、慎重に話さないと。


[139]>138 いい言葉ですね wacm

よく両親に「覆水・・・」とよく言われたものです。

一度出した言葉引っ込めることはできないから注意せよ、と。


[140]>137 戦争について wacm

「戦争は勝者を残さない、残るのは敗者のみ」

逆説的ですが、戦争に勝った「勝者」も物資を消耗したり、

批判されたりして、どのみちマイナスの効果は不可避ということですよね。


[141]>136 好きなこと wacm

好きなことを貫くためには、責任だとか自分なりのプレッシャーを

背負い込む必要があると思いますが、そういう生活であっても、

自分の独自性を発揮するために精進している人を見ると感じるところがあります。


[142]>132 好きなこと wacm

いいですね、自分の背中を後押ししてくれる方がいて。

でも、そういう言葉を聞くたびに自分の責任をひしひしと感じてしまいませんか?


[143]>130 お金がない wacm

さほどお金がなくても、食べ物や住居には困らないんだし、

そこまで気にする必要もないと思うのは私だけでしょうか?


[144]>127 食事 wacm

確かに、日々贅沢な食事に甘んじていると感じます。

食事を余らせてしまったり、残してしまうことには注意してます。

こういうことこそ、もったいないですよね。


[145]>125 過去 wacm

いいと思います。過去があってこその自分という考え方は、どうなんでしょう?

現在の自分次第で過去への認識が変わるのも面白いですよね。


[146]>121 確認 wacm

自分のあったことを話すことで客観的に振り返ることができますよね!

私の母も小学生の頃、同じように聞いてました。


[147]>122 忙しい wacm

家族の団らんが失われていて悲しいと思います。

各々の家庭事情がそれを許さないのも理解できますが。。


[148]>142 自分の責任とは? mekishiko

wacmさん

コメントありがとうございます。

すいません、「自分の責任を感じる」というのは、

どういう意味でしょうか?もう少しわかりやすく

説明していただけると助かります・・。

ちなみに、父親に言われた言葉は、正直うれしかったし、

ありがたかったです。また自立心も育ったと思います。

まぁ、脳てんきだな?と思うこともしばしばありましたが(苦笑)

いずれにしても、私はずっと父とは仲がよかったし、

実際のところ、反抗期もありませんでした。

今、年老いてきた父を見て、

たくさんの親孝行をしてあげたいと素直に思うばかりです。


[149]>140 戦争は誰も幸せにしませんね TinkerBell

「戦争は誰も幸せにしない、残るは死と悲しみのみ」とも言えると思います。

戦争は悲しみを呼び、悲しみは恨みとなって、必ず次の戦争を起こします。

ある時は自分の方が仕掛け、ある時は相手に仕掛けられて、

善と悪が入れ替わりながら繰り返されていく。それが戦争だと思います。

戦争は人々が二度と戦争をしないと気持ちを一つにするまで果てしなく繰り返されます。

日本は世界で初めてその決意を憲法に明記して世界に表明しましたが、

今それが見直されようとしています。

戦争に負けたことへの恨みの声が、特に近隣アジア諸国に対して高まっているように思います。

いつかその恨みを晴らしたいと、正義と理由が付けられる戦争に積極的に協力しながら、

着々と力を蓄えているように思えます。

善悪が簡単に決められない以上、そのことを悪いと決めつけることもできないと思いますが、

でも私は恐いです。

二度と戦争をしないと決めた誓いに例外を作ったりせず、

日本には、恨みの連鎖を食い止める世界で最初の国になってほしいと思います。


[150]>43 こういう一言って TinkerBell

作り物ではない本当の言葉ですね。

直接自分に向けられた言葉ではないのに、

どんなに自分のことを大切に思ってくれているのかが強く伝わってきます。

受験は運命の分岐点。どこの学校に通うことになるかで、

人との出会いも将来の可能性もまるで違ってくると思います。

そんな大切な試験の直前に聞かされたこの言葉は、本当に人生を変える言葉だったと言えますね。

いたずら電話の人も、そんな幸運をもたらすために遣わされた時の氏神だったのかもしれません(笑)。


[151]>52 うわぁぁぁぁぁぁ TinkerBell

お腹がムーミン。かわいいですけど、な、なんて恐ろしい言葉なんでしょう!

他にも色々考えちゃいました。

ウエストがトトロ、シルエットがドラえもん。きゃぁぁぁぁ!

太り過ぎを防ぐと色んな病気が防げて長生きできますから、

この言葉は本当に人生を変えてくれますね。

体に関することはよほどの一大事でない限り他人は言いにくいですから、

これこそ家族だから言ってくれる人生を変える一言かもしれませんね。


[152]>66 本当にいい言葉ですね TinkerBell

私もちょっと長い入院経験があるんです。

私も窓の外から見える木に、あなたもそこから動くことはできないのね、

なんて心の中で話しかけていたのを思い出しました。

でも、人間もどんな場所でも根を張ることができるし、

どんな場所でも自分らしい花を咲かせることができるんですね。

いったん根を張ることができれば、どんな場所でも咲かせる花は自分の花。

ただ一生懸命咲くだけ。

私もあの時、そんなふうに気付けたら良かったなぁと思います。

でも、今からでも遅くないですね。

今与えられているこの場所で私は咲く。

何だか元気が100倍くらいになった気がします!


[153]>147 忙しいですね。 canorps

うちの夫も平日は毎晩午前様です。

まだそれでもましなほうで、忙しい時期になるとそれに土日も加わります。

でも、土日だけでも子供は夫の休み=一緒に遊べるとよろこびますね。

息子さんも寂しかったんでしょうね。


[154]お母さんと一緒に出ていこうか・・・ sayonarasankaku

私がまだ小学生の低学年だった頃だと思います。


夕飯の席で両親が夫婦喧嘩を始めました。

普段、そんなに喧嘩することのない二人でした。

そして喧嘩というよりは、父が母を一方的に責めているような感じでした。

夕飯も済み、気になっていた私が母にまとわりついていると、母が一言、

「お母さんと一緒に出ていこうか・・・」と言い出しました。

ものすごくショックで、なんて返事をしていいものかわからず、ろくな返事も出来ずにいました。

夜、寝るときも、ずっと気になって、そればかり考えて自分なりに母についていこうと決めました。


翌朝起きて、母に「私はお母さんに付いていくよ。」と言おうと思ったら、

母はもう父と普通に話していました。

嬉しいんだけど、それはそれでまた別のショックを受けました。(笑)


自分が結婚して子供を産んだ時に、その事を思い出して、

子供に絶対にそんな選択をさせてはいけないと思いました。

なにもなかったけれど、本当に哀しかったのです。


まぁ、考えると笑えることではあるのですが・・・・


[155]>141 好きなこと。 canorps

まずは、好きなことを子供にみつけてもらいたいですね。

私自身何がしたいのかわからなくなっていて・・・

子供たちにはすきなことをまず、見つけてもらいたいです。

そういうものが見つかると人生違うと思いますもんね。

そういったとき、私もasukabさんのご両親のように子供を応援できたらいいなと思います。


[156]>105 うわぁ、おもしろい! TinkerBell

教訓として与えられた言葉でも、何かを気遣っていってくれた言葉でもないのに、

それが長い年月の後に全く別の発見につながって、危機を救ってくれたんですね。

きっとこれは、Oreganoさんが本当に心からご両親を愛していて、

ご両親の教えてくれた色々なことを一つ一つ大切にしてきたから、

今までご両親から得てきたものがこの一言を思い出すことで一気に流れ出してきて、

一つの結論にまとまっていったんだと思います。

どんなにお金をかけて他人から教えてもらっても得られない大切なことを、

お父様はジョークを通してまで与えてくださいましたね。

面白くて楽しくて、そして色んなことを教えてくれる、すばらしいエピソードです。


[157]>120 お父様の本当の強さ TinkerBell

自分の子供にこんなことを打ち明けられる人って、本当にすばらしいと思います。

そしてこんなふうにしっかり自分と向き合える人こそ、本当の意味で勇気がある人だと思います。

そんな本当の強さを持っているお父様だから、温かくて、優しいんですね。

私の父はいつも明るい人です。いつでも優しいまなざしで微笑んでくれる人です。

でも、そんな父にもきっと辛いこともあるんですよね。

私たち家族のために毎日働き抜いてくれるお父さん。

もしかしたら辛さを隠して家族のために微笑んでいてくれるのかもしれないお父さん。

もっとたくさん感謝しないといけないですね。


[158]>157 すごいお父様ですね sayonarasankaku

なかなか、言えることではないですよね。

でも、とても誠実で子供のこと、家族のことを考えているお父様が浮かびます。

自分をさらけ出してくれるお父さん、とても、素敵なお父さんだと思います。

家族の絆が深まりますね。


[159]>151 ムーミン tibitora

かわいい中にもショックな言葉ですね(^^;

夜中に食パン1斤は流石に多いと思いますので、おかゆとかだとカサも増えて消化にもいいのでよいのではないかなと思います^^

健康のためにもスニフ(ムーミンの友達の茶色のカンガルーのような男の子)位のお腹になれるといいですね^^


[160]>145 過去 tibitora

過去があって、そのとき選択した道があって、それで知り合ったり友達になったりした人がいて。もし違う道を進んでいたら出会えなかったかもしれないので、私も過去は全て○だと思います^^


[161]>144 食事 tibitora

食事をあまらせてしまったり捨ててしまったりするのはもったいないと思います。

この間ファーストフード店の横のゴミ捨て場に、そのお店から出た廃棄の食べ物がいっぱい入った袋が捨ててあってショックを受けました。

お客さんから注文を受けてから作るという方式にするともっと廃棄は減らせるし、お客さんも作りたてが食べられていいのではないかなと思いました。

食べ物を粗末にするのは農家の方作ってくれた方、その食べ物自体にも失礼だと思います。


[162]俺とお前は一蓮托生なんだよ。 canorps

夫が、私に言ってくれた言葉です。

当時の私は、ひどい鬱をわずらっていて、眠れず、何も食べられなくなり

なぜか死ぬことばかりを考えていて、何度も病院に担ぎ込まれる状態でした。

体重も30キロ台まで落ち込んで、精神科の先生にも専門病院への入院を勧められていたほどでした。

そんな私に根気よく付き合ってくれ、夫は何度も言ってくれました

俺とお前は一蓮托生なんだよ。と。

お前がどうしても死にたいなら、俺が一緒に死んでやる。

でも本当にそれでいいのか?

俺だけが幸せになることもないし、お前だけが幸せになることもない。

お前がつらい今、俺もつらいんだよ。

お前がつらいのに俺だけが幸せになんてなれないんだよ。と。

薬を飲んでもまったくよくならなかった鬱も、何をしても簡単には死ねないということがわかって

夫や子供に散々迷惑をかけて、今やっとよくなったといえます。

薬も飲まずに眠れるようになって体重も戻りましたし、今は死を考えることはありません。


でも、一番は夫の言葉だったと思います。


夫は毎日仕事が忙しいですが、私たちは一蓮托生。

今度は私が彼がつぶれないように支えないと。

お互いに支えあって生きているのだと実感します。

あのときの夫の言葉が、今の私を支えてくれています。


[163]>160 すごい。 canorps

すごい言葉です。

なんとも前向きですばらしい言葉だと思います。

過去を否定することは、今の自分を否定することですものね。

過去はすべて〇。

最高の考え方です。


[164]>53 うちも貧乏だといわれて育ちました atomatom

どうもうちの両親は、必要以上に自分たちの家が貧乏だと子供に思いこませていたようです。なにか欲しいと物をねだるたびに「うちは貧乏だからね。もうちょっとお金持ちになったら買おうね」と誤魔化されてきました。

あと、時間を稼ぐというのもうちの両親の必殺技でした。

何か欲しいというと「クリスマスまで我慢したら買ってあげられるかもしれない」

クリスマスがきたら「お正月まで我慢しようか」

その次は「お誕生日プレゼントにしよう!」

いや、おかげで我慢強い性格になりました。。。


[165]>100 いいですね wacm

これからの自分に期待していることを分かるだけでも、

これからの試練や困難に立ち向かう勇気が湧きますよね。


[166]>161 残す fwap

食事を余らせてしまうのって本当にもったいないですよね。

それでいて、肥満の治療をしている国が存在するほどで。。

過剰な生産、過剰な消費が自分たちだけでなく周りの危機を招いていることを肝に銘じたいですね。


[167]>155 好きなこと fwap

好きなことを子供に見つけるのは難しいですよね。

だからこそ、自分が好きなことに集中している姿を見せることが大切なんではないでしょうか?

子供は親の背中を見て育つと言いますし。。


[168]>163 前向きになれる言葉 fwap

過去を前向きに捉えることができれば、これからのことに前向きに取り組むことができますよね。

落ち込んでいるときにこの言葉を思い出せれば、百人力です!


[169]>153 定時に帰宅 fwap

子供が悲しくなる気持ちが分かります。

きちんと定時で帰ってくる父親を持てる幸せを実感しました。


[170]>149 不幸な戦争 fwap

誰もが理解できるのに、行動できないことがあります。

この言葉を胸に、できれば多くの人に伝えることがみんなの幸せになれば、と思ってます。

こんな言葉を子供に言える大人ってステキですよね。


[171]>158 本当は強いお父様ですね。 canorps

息子に自分の弱いところをさらけ出すなんてそうそうできることではありません。

立派なお父様ですね。

自分の弱いところを認められる本当は強いお父様なんですね。


[172]>146 私もいいたがりです。 canorps

夫が帰宅すると、トイレの前までついていって、今日あったことなどを話し出すので、すこしおちつけ。とよく言われます。

子供には、今日何があった?ってきくとぎゃくに、忘れたーといわれてしまうんですが、少したつと、こんなことあんなことがあったよ!と話してくれます。

うちの夫は帰宅がとても遅いので、それを私が自分のこととプラスしてしゃべるわけです。

夫にも何があった?ってきくと、忘れたー。といわれますw

でも、一度聞いてほっとくとしゃべりだしてくれます。

一日にあったことを話してもらえるって、本当にうれしいですよね。


[173]>170 考えを子供に伝えていくということ sayonarasankaku

自分の考えをきちんと子供に伝えていくということは大切ですね。

戦争もいつの間にか勝った国が正しいことのようになってしまいがちですが、

本当に偉いも悪いもないですよね。

こうしてお子さんに考えが受け継がれていくということは、とても大事なことだと思います。


[174]>173 ホントにそう思います vivisan

たしかに実体験をともなってはいませんが、これは使命みたいな感じだといってもいいかもしれません。

私は歴史が好きなので、いろいろな戦を知りました。今までに海外でも日本の中でもどれだけの戦いがおこっていることか。

「勝てば官軍」といわれて、勝ったほうの国側のことしか詳しくでていません。なにが原因で・・など負けたほうの国の書物は葬られてしまうので、これが正しいことなのか?と思うことがよくあります。

でもいつも犠牲になるのはそこに住んでいる人たちなんですよね。

住む場所を奪われ、食べるものも奪われ・・・。


私には、なにが正しい?悪い?っていえないですが、やっぱり私は一度に多くの命を奪ってしまう戦争をおこしてもらいたくはないし、なくなってほしいです。

この考えを人に伝えていこうと思います。


[175]おめでとう vivisan

私と弟は友達に言わせると、仲がよいといわれます。

たしかにお互いが影響しあっていて、同じ趣味をもっていたこともあって、アーティストのライブに二人でいったり、なんか愚痴があると、ドライブにかこつけて話しをきいたり・・。

けれど、ほいほい話をしだす私と違って、弟は無口で、あんまり多くを話そうとするタイプではありませんでした。

口も悪くていつも憎まれ口ばかり。だから、私はあまり弟から祝福をしてもらったことってなかったのです。


しかし、私の結婚がきまって関東に住むことになりました。

「また、3,4年たったら、こっちに戻るからさ♪」

なんて気軽に弟に話していたら。


「おめでとう。本当によかったな。ちゃんとしたお祝いの品じゃないけど、これ、やるよ」

ってお祝いのプレゼントをくれました。


こうやってお祝いのプレゼントをくれたのははじめてで、私は固まってしまいました。

しかも、弟の口からおめでとう!という言葉をきいたのもはじめてでした。

けれど、照れくさかったのか、そのあとすぐ

「おまえみたいなヘンなヤツをもらってくれるキトクな人もいるもんだなぁw あいそつかれないようにしろよ」

とまた毒舌を吐かれました。

でもすごくうれしくって、涙がでてきたことを思い出します。

わたしもうまく伝えられなくて、

「まぁあんたもダンナもかわってるから、かわってるもの同士、うまくやってよ」

ぐらいしかいえませんでしたけど。


けれど、本当に私のことを心配してくれて、そして祝福してくれたんだと心の底から思いました。

うちの場合は姉と弟ですが、コイツが弟でよかった・・と思った瞬間でした。

そして、時がたって私はダンナをつれて実家へ戻りましたが、弟とダンナはすごく仲がよいです。

二人ででかけるのを見ると、やっぱりこれでよかったんだって思います。


[176]>167 フトコロが大きなご両親ですね。 vivisan

なんでもそうですが、言葉に意味がある。そして自分が納得する。こういったことがなければ、いくら言葉をかけられても行動には移れないと思うんです。

asukbさんは、フトコロが大きなご両親を毎日みて育ってきたからこそ、その言葉の意味に納得され、行動を起こしたのでしょうね。

うちにはまだ子供はいませんが、たしかに「好きなことを貫く生き方をしなさい」といっても、はたしてそれが伝わるような生き方ができているかといえば謎です。

子供にちゃんとわかってもらえるような生き方をしていきたいなって思います。


[177]>168 マル。オッケイ。 vivisan

これ、すばらしいです!

そのときそのときの決断は、そのときの時点の自分が持てるすべての判断材料から選択をするわけですから、ベストだと思います。

こうすればよかった・・と思うのは、現時点でいろんな材料が増えているから、そういう選択肢もあったのだと気づくことができるからなのではないでしょうか?

そうやって少しずつ人は成長をしていっているのだと思います。

そしてその成長も過去そのとき、この道を選んだからこそできた成長なのではないか?と思うんです。

これをズバッといえてしまうお母様すばらしいですね♪


[178]>148 ちゃんと見ていてくれている vivisan

私も小さいころ、なにかをするにしても、これでいいのか?本当は違うのじゃないか?と自信がないことがありました。

でも、mekishikoさんのお父様のように、親に「すごいね♪」とかいわれると、あ、ちゃんとみていてくれたんだ・・私が行動をおこすきっかけをあたえてくれたんだ・・と思って、すごく安心したのをおぼえています。

ちゃんと理解してくれている・・そんな安心感を与えてくれるお父様だったのですね♪

素朴な言葉だけに、よりお父様の心が伝わってくるような気がします。

口先だけではなく、相手のことを理解して安心感をあたえてあげれるような親になりたいです。


[179]運も実力のうち! I-_-I

母がよく言う言葉で、「運も実力のうち!」ニコニコ愛嬌のある人には運がくると。


[180]>119 愛情って伝わりますよね。 vivisan

わたしもつい2年前まではガーデニングにはまったく興味がありませんでした。小さいころから母が丹念に花を育てているのをみて育っているのに。あまりにも身近にありすぎたのでしょうか?

それでも花を育てるようになってくると、かわってくるものです。今ではガーデニングが私の趣味のひとつとなってしまいました。母も最初は驚いてましたw

タネから芽をだし、せっせと水やりをして、元気がないのはないか?とか、もうすぐつぼみになるのではないか?とか、あ、ここまで大きくなった!とかを感じながらいつも庭をじっとながめています。

そして花が咲いたとき、うれしくてダンナに

「見て見て!これ、花が咲いたんだよ♪」

っていいます。最初はダンナも気乗りがしなかったようですが、

「おおー!ホントにきれいだな♪」

っていってくれるようになりました。

そしたら、この間、雨が降って風が吹いていたとき、

「風強くなってきたから、支柱を立てたほうがいいんじゃない?」

とダンナが教えてくれました。

なんか花への愛情が伝わったみたいで、すごくうれしかったです。

緑のカーテンのネットを張るときも、自分から手伝ってくれるようになりました。

人間も少しは育ったのかな?w


[181]>82 嘘をつくと・・・ vivisan

小さいころ、逃げるためにある嘘をつきました。軽い気持ちでついていた嘘でした。けれど、その嘘を正当化するために、嘘に嘘を重ねて自分の首をしめてしまったことがありました。

そしてなんともならなくなって、親に謝りましたが、そのときに言われたのが、

「嘘をつくとね、今回みたいに嘘をどんどん重ねることになって、自分がつらくなるんだよ。今回のことでそれがよくわかったでしょ」

といわれました。

それからは逃げる嘘はつかなくなり、すぐにあやまるようにしました。

どんな嘘でもそうですが、嘘をつきとおすのはつらいですね・・。


[182]>135 イエってすばらしい! vivisan

このお話を読んで、本当にそう思いました。

イエのすばらしさを思い出すきっかけをまさに神様があたえてくれた機会だったのではないでしょうか?

家族で一杯のおいしいコーヒーを飲む。言葉もなにもなくてもすばらしい時間をすごすことができるのですよね♪

そんなきっかけを与えてくれたお母様のことばは、神様からのプレゼントなのかもしれませんね♪

私はもともとダンナと同じ趣味なので、だいたいなにをやるにもいっしょに行動をしているのですが、イエはてなをはじめてからは、自分のイエと実家のイエを楽しめるようになりました。合同でなにかをする!どこかにいくことも増えたような気がします。

これからもイエを大事に・・・そして家族と楽しんでいきたいですね♪


[183]>175 おめでとう hanatomi

おめでとうって良いですよね、心がこもっているから、なおさらいい。

弟さんも、お兄さんができて嬉しかったんだろうな。

VIVISANの家族、素敵ですね!


[184]>176 すごいなあ! hanatomi

生きる力がどんどんついて行くような、お父さんの言葉!

でもそれは、お父さんがそうやって生きてきたから、それが良いと言えるのでしょうね。いい話を聞きました。


[185]>171 信頼感が培われている hanatomi

息子さんと、たくさんたくさん、コミュニケーションをとっていたんでしょうね。

肩書、格好だけではなく、一人の人間としての、暖かさのような物を沢山伝えたから、そうなんでしょうね。


[186]>172 今日どんなことがあった? hanatomi

素敵フレーズですね!今日から使わせて貰おうと思います!


[187]>178 魔法の言葉 hanatomi

魔法のようなキーワードですね!

元気になって温かくて、背中を押して貰えるような!


[188]>174 戦争しないと、会話ができないなんてまだまだですよね hanatomi

戦争は、お互いが一列に並んで、

偉い人から純に、裸で殺し合いをしていけば良い聞いたことがあります。


それを周りでみまもる。

見守る中にはお互いの家族が居る。

そのやり方で、何人目で終わるか。

こんな、ばかばかしくて、頭の悪い方法しか採れないなんて悲しいですよね。

本当に、戦争ほど、して、いいことが1つもないことはないですよね。


[189]>156 面白い” hanatomi

>人は言葉の内容を理解する前に雰囲気に引っ張られやすい、それによって判断が左右されがちだから気を付けなければいけないということです

うーんたしかに!

お父さんは、ただぽろっと冗談もあって言ったのかも知れませんが、思わぬ効果ですね!

確かに、言葉の意味ではなく、雰囲気で人はすぐ流されますね。

そうだな……と思いました。


[190]>71 すごいお父さんですね atomatom

ものすごい方ですねえ。ぼくなんてずるいから、そこにお母さんがいなくてこどもだけなんだったら「そんなもん、もちろん、お前たちこどもだよ」みたいな返事になるかなあ。

お母さんはどんな返事をするのか聞いてみたいところです。


[191]>183 おめでとう! atomatom

本当に嬉しいことがあったときに、周りからかけてもらう「おめでとう」はむちゃむちゃ効くんですよね。自分の頑張りをねぎらってもらってる感じがするんですよね。


[192]>182 豊かな時間ですね。 Qwert

絵に描いたように幸せな時間。

一分たりとも無駄にしたくないような。

素敵ですね。共にいる時間こそ豊かな時間!


[193]>188 経験してないけど・・ nakki1342

私は、地上戦があった地域に住んでるものとしてどんな事があったか体験談を

平和教育として受けてきました。

最近は、その体験談を伝える事が

ものすごく難しくなると伝えられてきています

Lady_Cinnamonさんの父とLady_Cinnamonさんのように自分も自分より下の

世代の人へ伝えられたらいいな


[194]>126 橋の下から canorps

拾ってきた子だ。

って言われた人多いのではないでしょうか?

わたしもそのひとりなんですけど。

あれはなんなんでしょうね。

地域が違っても使われてたりするので

そういったテレビでもあったのでしょうか。


[195]>192 素敵な家族。 canorps

ほのぼのしていて暖かい。

素敵な家族ですね。

たしかに家族がそろっているとき誰か一人だけどこかへ言ってしまうのは

寂しいしもったいないですね。

友達や一人の時間も大事だけれど家族の時間はやっぱりかげがいのないものなんだよなあ。と実感します。


[196]>195 いい家族ですね w90

うちは色々あってちょっと殺伐としていてあまりいい話題は提供できませんが、こういう話を読むと家族って実はいいものなんだなぁと思います。

いつかは自分もそういった家庭を持ちたいなぁと思いました。


[197]>19 健康が第一ですね tibitora

私も家族に言われています。「たまには病院に行けよ」とも。

体のことを心配してもらえるのも嬉しいですよね。

元気で健康なら大抵のことはやっていける気がします。


[198]>179tibitora

運も実力のうち、そうだなあと思います^^

自分がニコニコ楽しく何かをしていると周りの人も楽しくなったりしますよね。

「笑いかどには福来る」でしょうか^^


[199]>197 大事ですよね cherry-pie

健康が一番。

このお父さんの一言、その光景が眼に浮かぶようです。


[200]何があってもお母さんはあなたの味方 cherry-pie

どんな困ったときでも、

お母さんはあなたの味方。

たとえ、世の中全ての人があなたを疑っても、お母さんだけはあなたを信じる。

だから、何か困ったときがあったら、どんなことでも言ってほしい。

と、地元を離れて進学するときに母が言った言葉です。

1人暮らしも初めて、勉強付けの日々から開放されての楽しい大学生活。

人生の転機のワンシーンにもなる、大事な時期。

だから、もしかしたら何か失敗するかもしれない。

お金に困ることもあるかもしれないし、誰にもいえない悩みを抱えることも。

間違ったことをする可能性だってある。

けれど、どんなときでも自分だけは味方。それが母親というものだ。

と、母親の存在の大きさ、ありがたみを感じた瞬間でした。

おかげで、最初の1,2ヶ月寂しくてあちこち電話をかけすぎて数万の請求が来て生活費に困ったこと以外大きなトラブルもなく、無事卒業&就職できました。

後ろに大きな盾があるからこそ、何事にも頑張れたのだと思います。

本当に感謝しています。


[201]>194 ほおりだす・・・ cherry-pie

そんな風に言われたら・・・。

うーん。

泣くしかないです^^;


[202]>191 おめでとう。 cherry-pie

私も、同じ意見です。

本当に嬉しいときほど、周りからの祝福の声って、何者にもかえられないくらい幸せですよね。


[203]>189 親の言葉とナスビの花は千にひとつも無駄がない cherry-pie

この言葉、すごく素敵です。

この言葉に私は感動してしまいました。

こんな素敵な話と一緒に聞けるとは・・・。

ありがとうございます。


[204]>186 いいですね cherry-pie

毎日自分のことを気にかけてくれる

そんな素敵な言葉ですね。

あたたかみのある家庭が想像できます


[205]>185 弱い部分 cherry-pie

私もなかなか家族にみせられません。

それに親は絶対だと想っているところがあるので

弱い部分がある、といわれたらそれだけで、ちょっと悲しくなるかも

でもそれが現実。


[206]人の体にはいるものはキレイだけど、出てくるものは汚れている haruyo_koi

口からでも知識でも何でも人の中にはいるものはキレイなものだけ。

けれど、言葉にしろ、なんにしろ人から出るものは汚い。

だからこそ、発言には気をつけなければいけない。

たった一言が取り返しのつかない事態になることもあるから、

発する前に考えなければならない。

久しぶりにあった母親に「お母さんふけたんじゃない?」と何気なく言った言葉からこんな話になりました。

それ以上は何もいいませんでしたが、よく考えてみれば

私の学費を出すために一生懸命働いている両親。

自分の楽しみの時間も削っての娘の応援。

ふけて当然。オシャレもせず、頑張っているのだから・・・。

それに比べて私はなんてひどいことを言ってしまったのだろうと、

人生、後にも先にもあれが初めて自分の発言で後悔した言葉だと思います。

一番感謝しなければならない親に感謝の気持ちすら出さず、目の前の姿しか見ていなかった。

親不孝な娘だと反省。

それからは自分の言葉に注意して生活ができるようになりました。

自分を変えてくれたあの母の言葉。今でも時々思い出しています。


[207]>143 お金がない haruyo_koi

確かに大学進学にはかなりかかりますよね。

ある程度のお金がないとなかなかいけないと思います。


[208]>187 ちなみに、 mekishiko

みなさんのおっしゃるように、父の言葉で、

安心感や元気をたくさんもらったからか、

私は人よりモノゴトを前向き・楽天的に考える傾向が

あるように感じています。

それと、チェレンジ精神も旺盛な気がします。

父の言葉が性格の形成にもかなり影響しているんでしょうね。


[209]>128 ネット haruyo_koi

私は家でネットをしすぎて肩こりがひどくなったときに

これを言われました。

同じく、はっと思いやめることが出来ました

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