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元寇があった前後ぐらいで、高麗と日本の間で、交流ってあったのでしょうか。

どういったものが取引されていた(物々交換?)のでしょうか。

誰がその交易に深く関わっていたのでしょうか。

教えてください!

●質問者: shoma22
●カテゴリ:経済・金融・保険 芸術・文化・歴史
✍キーワード:交易 元寇 前後 物々交換 高麗
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● kappagold
●35ポイント

朝鮮半島と日本の交易は、対馬が主体となっていました。

弥生時代ぐらいから交易がありました。

通貨が別なので、基本的には物々交換だったと考えられます。

高麗の後期においても宗氏との通交は見受けられます。

高麗の後の挑戦王朝になったときには、対馬の宗氏と条約を結んでいました。

http://www.bbweb-arena.com/users/hajimet/chosun.htm

http://www.tsushima-net.org/history/chronicle.php


2 ● urf77
●35ポイント

室町時代に入ると、倭寇とよばれる日本の海賊に苦しんだ高麗は、今川氏、大内氏といった西国の大名に取り締まりを求め、高麗との交易がさかんになった。

http://homepage1.nifty.com/forty-sixer/seizitokane.htm

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