人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

ジュリアン・ジェインズの『神々の沈黙』によれば、人類は文字(書き言葉)が日常的に使われるようになる3000年くらい前までは、左脳で人間の言語をつかさどり、右脳は神々の声を聞くためにつかっていたそうです。(と彼は考え、私は要約する)

書き言葉が使用されるようになったり、社会が流動化して、我々は内なる神の声が聞こえなくなったそうです。

http://www.yomiuri.co.jp/book/review/20050725bk03.htm

私は、これを、人間の脳の内部に記憶されている(けれども通常はまったく意識されない)本能の知恵にアクセスしていたということかなと解釈をしています。つまり、我々は気づいていないけれども、神は我々の内部に、本能の知恵として存在しているということになります。

そして、その本能の知恵は、大変なストレスのときや、催眠状態や癲癇の発作のときなど、大脳新皮質領域の意識がダウンしているときに、呼び起こされることがあるのではないでしょうか。

ここで質問です。

人間の記憶の深奥に、神と呼ぶことのできる本能の記憶や直観力・予知能力があるという説が他にもあれば、ぜひご紹介ください。



●質問者: ShinRai
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 科学・統計資料
✍キーワード:アクセス ジュリア ストレス 人間 人類
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

▽最新の回答へ

1 ● FC6
●60ポイント

直接的には答えにくいので間接的に答えます。

あなたのニーズを満たすことが出来なかったらポイントは要らないです。私ははあなたが真に知りたいことは無意識についてではないかと考えました。

まず、私と非常に方向性が似た考え方をしていると感じました。

神は我々の内部にいるという結論に私は賛成です。

運命に逆らうことは出来るが、逆らわないほうが幸せであるという考え方をしています。

フロイトが提唱した自由連想法というものがあります。

http://contest.thinkquest.jp/tqj2002/50416/

これを用いると肥大化した欲求を発見でき、それを知るだけでずいぶんと心が軽くなるのです。そして上記のような心境に達しました。

ここであるひとつの疑問が浮かびます。なぜ肥大化した欲求の発見が救いになるのだろうかということです。

例えば他者に支配されたいという欲求が肥大化したとします。しかし、この人の現状が支配されている状況ならば。むしろ欲求を満たしているわけで幸せではないかと考えられるわけです。

しかし、現実には体調不良や思考能力の低下、感情を感じる能力の低下を引き起こすわけです。

つまり、欲求のサイズは先天的に決まっているのではないでしょうか。それが、環境の影響を受けて大幅な勘違いをさせられてしまうと、それの警告として症状が現れるのではないかと考えられます。

自分のやりたいことがわからないといった表現を聞きますが不思議なことです。単純に考えれば

仮に欲求の総量100が先天的にABCDEに分類されており、

A5B5C70D10E10の割合だったったとします。これがどうなっているのかは意識レベルでは分からないのですが(自由連想法を行うと感情が教えてくれます)、この割合を守ることが単純に言えばいい人生なのだと思います。例えばこのCがメディアの影響を受けて90まで肥大、しかしもとから70になるようにこの人の状態は設定されているので肥大化vs縮小の戦いが開始される。といった感じになるのではないでしょうか。

といった考え方から上記のような思いが生まれました。

参考になればうれしいです。

◎質問者からの返答

ご回答ありがとうございます。

なるほど、フロイトの無意識の話ですね。

私はフロイトの学説自体をきちんと勉強していないので、

おぼろげには、ちょっと違うかなという気もしますが、

もう一度考えて見ます。

フロイト的な欲求や性的意識というよりは、

もっと古い時代の、爬虫類や初期哺乳類の時代の

自然の一部をなしている本能、自然と一体化した本能

そういうものについて言及している人がいればいいなと

思ったのでした。

あるいは、DNAの研究者から、我々の遺伝子を司っている

DNAの配列自体が神であり、

その配列には、神の意思が働いているといったような

話はないものでしょうか

関連質問


●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ