人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

【イエはてな】“イエ・ルポ 2” #024

THEME:「物語のついた愛しいモノたち!我が家の思い出の品」を教えて下さい

「街を見渡せば、100通りの家族に100通りの家。家をのぞいてみれば、それぞれの暮らし振りが面白い!」と展開してきた“イエ・ルポ”の続編コーナーです。“イエ・ルポ 2”では、特にマチとイエ、人と家族のドラマやものがたりを語らっていきませんか?毎回のテーマに沿って、あなたのルポをご投稿下さいね!
豊かな暮らしを創っていく〈イエはてな〉のマインドで、みなさまのご参加をお待ちしています!


*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿下さいね!

「Welcome to イエはてな」
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080731

テーマ詳細とルポ例
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20081121

プレゼント変更ご案内
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080729


※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。ご回答頂く時にもご参考下さい。また投稿期間中はできるだけはてなスターのご利用を控えて頂けますようお願いいたします。
※質問は11月27日(木)正午で終了させて頂きます。

1227242887
●拡大する

●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:11月27日 theme あなた いね おすすめ
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 179/179件

▽最新の回答へ

[1]結婚指輪 wacm

思い出の品といえば、お風呂と寝るとき以外は着けている結婚指輪でしょうか。結婚したときの感激よりは、むしろ結婚するまでのいろいろな経緯を思い出しますね。ここまで無事にやってこれたのも互いの両親、パートナーのおかげですし、なにより「かすがい」になってくれた子どもたちに感謝したいです。


[2]ぬいぐるみ wacm

私はどうしても捨てられないぬいぐるみがあります。小さい頃気に入ったキツネのぬいぐるみなのですが、それを子どもができたときに見せたら子どもも気に入ってしまい、いまではタンスの奥にしまってあります。孫ができたときは、そのキツネのぬいぐるみを気に入ってくれるかとても楽しみです。そうすれば、親子3代つづきますし、ものを大切にすることを教えられるかもしれないです。


[3]卒業証書 wacm

卒業証書です。大学や大学院の卒業証書はあまり感慨深くありませんが、中学校や高校のものは感動しますね。友だちも同じくらい大切ですし、人生観に大きく影響を与えたのは大学ですし、なぜなんでしょうか?やはり、小さい頃の思い出は、両親に守られているという心地よい状態だからなのでしょうか?!そう考えると、両親には本当に感謝したいです。


[4]>2 ぬいぐるみ fwap

私も小さい頃のぬいぐるみは忘れることはできないですね。動物、形、色、触感、どれも鮮明な記憶として残っています。家を建て替えるときに、捨ててしまいましたけど。愛着というかぬいぐるみへの執着はすさまじかったと思います。


[5]>3 卒業証書 fwap

大学の時は、学部を代表して証書を受け取りました。武道館で受けたのでとてもうれしかったです。小学校や中学校では誰もが卒業できるので、あまりありがたみはりませんが、やはり自分の力で掴んだ大学卒業はうれしかったですね。


[6]>4 ぬいぐるみ aekie

ドナルドダックのぬいぐるみが好きでしたね。


[7]>5 卒業証書 aekie

実家にもらったときのまま保管してあります。


[8]>1 結婚指輪 aekie

まだ、結婚してませんがやはり思い出深いものなんですね。


[9]コーヒーカップ sayonarasankaku

子供がまだ小さい頃に、子供たちだけでスキースクールに参加しました。

長野のスキー場に泊まりで行き、ちょうど長野オリンピックの年ということもあって、

スノーレッツのコーヒーカップを買ってきてくれました。


子供が買ってきてくれたということと、スノーレッツの絵、

そして使いやすいこともあって、ずっと使っていたのですが、

今年の北京オリンピックが始まった日に落として、取っ手が割れてしまいました。


f:id:sayonarasankaku:20080810072343j:image:h180


なんだか捨てられなくて、まだ食器棚の隅に入っています。(笑)


[10]古いソファー helltaxi

私の生まれる前から家にあったソファーがあります。

元々は、リビングにあったものですが家を建て替える時に

新しいソファーを買ったので現在は父親の部屋に置いてあります。

最近のソファーのように座り心地がいいわけでもありませんが

姪はそのソファーがお気に入りのようで父親(姪にとっては祖父)

の部屋に行くとそのソファにちょこんと座って楽しそうに

遊んでいます。


[11]食卓 powdersnow

やはり、家族で一緒に囲んだ食卓というのは、感慨深いものがあります。

お正月などにみんな揃って囲んでみると、こんなに小さかったかなと思ってしまったり……

我が家は用事等がない限り、食卓は揃って囲む決まりでしたので、楽しい雰囲気のこともあれば、険悪なこともありました。

けれど、今となっては、それも良い思い出といいますか、経験だったなぁと感じます。


[12]野球のグローブ……部活動の用具 powdersnow

小学生になる前から、父親とキャッチボールをしていました。

今でも中学時代に使っていたグローブは、大切に残してあります。

父親との思いでも部活動の思い出も、色々詰まっているなぁと感じます。

全国大会優勝!でない限り、苦い思い出もあるんですけどね。


[13]小学校の自由研究 powdersnow

薄い木の板を幾重にも重ねてカモを掘った……家の場合はそんな自由研究が残っています。

両親がとっておいてくれなければ、絶対に捨ててしまっていただろうなと思います。

掘った後に色を着けて、ニスを塗って、目を入れて……

子供の頃はすぐに飽きてしまいましたが、大人になってみると、母親と一緒に作ったなぁなどと、思い出深く見たりしています。


[14]>7 写真学校の卒業証書・卒業証書余談 iijiman

夜間の写真学校に行ったので、その卒業証書があります。

通った学校の中で「一番、いろいろなことがあった学校」が、そこでした。

写真学校の卒業証書だからといって、印画紙で出来ているとか、そういうことはありません。普通の印刷の厚い紙です。

ところで、私、学校の事務職員をやっていたことがあるのですが・・・卒業証書って、原価(印刷代)、100円しないくらいなんですね。(人数=学校の規模によって違う。印刷は枚数が多いほど安くなるので。)

・・・と聞くと、何だ安っぽい紙切れじゃないかと思われるかもしれません。

でも、印刷だけでは卒業証書は作れません。誰かが名前を書き込まなければなりません。書道の先生が担当することが多いみたいです。人数分の氏名と生年月日を間違いなく書き込むご苦労を思うと、卒業証書の有り難みというか、重みが増すような気がいたします。


[15]>12 部活動で作った食堂車 iijiman

以前にリブ・ラブ・スナップにも投稿したことのあるネタで恐縮ですが・・・

中学で「技術部」という部活動に所属していまして、その活動の一環で、紙を切り抜いて車体を作った「オシ16」という食堂車の模型を、未だに持っています。

http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080714/Snap

[f:id:iijiman:20080703095841j:image:w450]

[f:id:iijiman:20080703095800j:image:w450]

で、最近ネットで知ったのですが、実はこの食堂車、茶色だったという説がありまして・・・

うーん、どうしよう。今さら思い出を塗り替えられませんよぉ・・・


[16]子供の頃に描いた絵 chukkamoc

実家の父の部屋の壁には小学生の頃に学校で描いた兄弟3人の絵が

それぞれ貼ってあります。

小学生、中学生の頃は授業で何枚も絵を描いたのですが残っているのは

それだけです。

特別うまく描けている絵でもないのですがたまに見ると当時のことを

いろいろ思い出しますね。


[17]>9 他人から見たら・・ nakki1342

自分も似たようなコーヒーカップがあります

中学の時の友人からもらったものなんですが

取っ手ではなく本体の所で少しかけてしまってるんですが

友人からもらったものなので捨てられません

家族には、危ないから捨てたらいいのに・・と

言われるのですが

どうしても捨てられないんですよね・・・


[18]>6 わたしも、ミッキーより e-sculpture

ドナルドダックの方が好きでした♪

ぬいぐるみ熱は途中から作る方に移行して、

お世話になった人のプレゼントにしたり

友達の会社のマスコットのノベルティを作ったりしてましたので

いろんな思い出がありますね〜(*^-^*)


[19]>18 ぬいぐるみ linne

小さい頃に遊んでいたぬいぐるみ。

それぞれに想い入れが深くて捨てられずにいます。

大きいものから小さいものまで、今でもちゃんとまとめて押入れにしまっています。

開けたらあの頃の記憶がまた鮮明に蘇ってくるんだろうなぁ。


[20]>15 グローブ to-ching

ingなんです!まだ息子とキャッチボール。使用後はちゃんとお手入れ。俺の棺に入れてくれ・・・


[21]母譲りのコンパクト TinkerBell

おませな女の子は、自分専用の鏡がほしくてたまりません。

手鏡でもいいですが、外にも持って行きやすいコンパクトがいいんです。

太陽の光を反射させて遊んだり、もちろん時々自分の顔を見ておしゃれのまねごとをしたりします。

私はずっとそんな鏡がほしいほしいと思っていました。

そんなある時、母のバッグが出しっぱなしになっていたので、

中に入っていたコンパクトを、ひょいと借りてしまったんです。

それはとてもきれいなコンパクトで、まるで何かの魔法のアイテムみたいでした。

私はそれをポケットに入れて、外に出ました。

外で鏡を取り出して自分の顔を見るというのをやってみたかったんです。

しばらくして家に帰ってみると、母は大事なコンパクトがないと、大騒ぎをしていました。

どこかに置き忘れて来ちゃったのかしら、

ずっと愛用してきた大切な宝物なのにと、半分泣きそうになっています。

なんとそれは母の母から、成人式の日のお化粧直しに使いなさいと渡された、記念のコンパクトだったのでした。

そんな話を聞いてしまうと、とても私がちょっと借りちゃったの、とは言い出せなくなってしまいます。

結局翌日、大泣きに泣きながらわけを話して返すはめになってしまいました。


そんなことがあってから十何年後。

成人式の朝、その思い出のコンパクトを、母は私の手に握らせてくれたんです。

私は涙が溢れそうになってしまいました。

母はお化粧したのに泣いちゃダメと、私のことをくすぐって笑わせようとしましたが、

そんな母の方が、これを渡せる時が来たのねと、ちょっと涙ぐんでくれました。

母も、自分の母にしてもらったのと同じように、

成人式の日に、このコンパクトを私に渡そうと思ってくれていたのだそうです。

今もそのコンパクトは、大切に大切に使っています。

いつか私に娘ができたら、同じように成人式の朝、これを渡したいと思っています。


[22]>13 まだ保管している to-ching

かなりのスペースをとっていますが女房が保管してます。そんな時代もあったのだとそれなりに懐かしい。


[23]>8 いや太って・・・ to-ching

指も太くなり、今はつけてません。ま、幸せ太りだからいいかな?


[24]>19 大きなパンダ相手にプロレス some1

幼稚園児の頃、私と弟がプロレス技を先ず試す相手は80cm位の大きさのパンダのぬいぐるみでした。

二人がかりで、ジャイアントスイングから脇固めまで試されたので、中の細かいスポンジがポロポロ出てくるほどくたびれていました。

丸洗いできるタイプのぬいぐるみでなかったので引越の際に廃棄してしまったのですが、

兄弟喧嘩などをもしかしたら彼が少しだけブレーキをかけてくれてたのかもしれません。


[25]スカーフ nakki1342

中学の時の制服(冬服)の時に

使っていたスカーフがタンスの中においてあります

正直ずっと使っていないものなんですが

捨てられません

半年も着ることのなかった制服のスカーフだったのですが

(理由は、転校したため)

あれから一度も使う事のないスカーフなので

本来なら捨てるべきなんですが

想い出が詰まってるので捨てられないんですよね・・

(制服のスカーフではなかったら捨てる色なんですけど)


[26]>24 ぬいぐるみはなかなか捨てられないですねー sayonarasankaku

ぬいぐるみへの思い入れって値段とは関係ないですね。


UFOキャッチャーで取ったものだとしても、

とても大事だったりしますよね。


やはり、可愛いと抱っこしたことのあるものは、

なかなか平気で捨てるという気分にはなれないです。


[27]>14 どっかに・・・ to-ching

高校、大学の卒業式に出なかったので、随分遅れてもらいました。(大学の場合例えば教務課に呼び出され取りに行く、高校時代は親が取りに行く)予想以上に立派ですが、何処か行ってしまった・・・。


[28]ミニカー to-ching

今嵌っている趣味がミニカーです、数年前まで物凄い勢いで集めていましたが、飽きた・・・。今度は縮尺を替えてみたら、これが面白い!新しい縮尺に没頭、でも以前集めていたものを改めてみれば、お宝ばっかしでびっくり!なんと、一台一台に思い出が詰まっているのですね。お金は掛かるけれど、コレクションとは生活を面白くしたり、または彩るものなんですね。


[29]引越しが多くて tamo2_xvi

親の都合で引越しが多くて余り思い出の品は残っていませんが

なめ猫の免許、幼稚園の頃友人に描いて貰った絵、ビー球、

貼るのが勿体無くて何となく集めていたシール、数えるほどしか

飛ばせなかったラジコンの飛行機などです。


[30]へその緒 peach-i

生まれたときのへその緒を母が大事に宝物としてしまっていました。

一度だけ見せてもらったことがあります。

自分の生まれた証です。

母と繋がっていた証。

母にとっても私にとっても大事な宝物です。

もちろん家族全員にとって大事な宝物。

生命の誕生のスタート地点ですね。

皆さんも、持ってますか?


[31]>30 貴重 eiyan

こんな貴重なものがあるのは幸せですね!

普通は持っていませんよ!

自分だけの宝物。

大切に大切に保存して下さいね!


[32]>29 何でも eiyan

今は何でも貴重品になります。

どんなにつまらないゴミでも自分にとっては大切な宝物。

ゴミと思っていた骨董品も価値のあるものになります。

自分の宝物は金品とは比較出来ないものですね。


[33]>28 ミニカー eiyan

ミニカーは何製?

プラスチックでなく、木製とか金属製とか?

ブリキや木製のミニカーは貴重品ですね。

でもそんな骨董品でなくとも、自分が大切にして来たものは自分だけの宝物。

誰にも比較出来ずに金品とは無関係。

自分だけの宝物ってありますね!


[34]>10 ソファー eiyan

改築や立替、そして引越し等の被害品はソファー。

ソファーこそが全ての家族を見通して来た千里眼。

ご苦労様って労を労いたいものですね。

歴史を感じるソファー。

ソファーに感謝の言葉を掛けてあげて下さいね!


[35]>27 卒業証書 juic

やっぱり最大の記念ですからね。大事にとってありますが、一度筒から出せなくなって大変でした。結局筒を壊して出しました。


[36]青いラジカセ MINT

古い古いラジカセがあります。父が若いころに愛用していた物らしいのです。それを弟が譲り受けて、ラジオとして使っていました。小さなラジカセですし、モノラルですし、音もいいとは言えません。でも、メタリックな深い青のボディがとてもいい感じで、私もそのラジカセが大好きでした。うちはけっこう姉弟仲が良かったので、よく弟の部屋に遊びに行って、それでラジオを聞いていました。

しかしある時、私と弟は口をきかなくなりました。弟が勝手に私の部屋から大切な本を持ち出して、こともあろうにそれを紛失してしまったのです。大切な本だったので、私は怒りまくって、見つけてくるまで帰ってくるなと、弟を家から追い出してしまいました。弟はその日立ち寄った場所をしらみつぶしに探したようですが、どうしてもみつからないと、しょんぼりと帰ってきました。その姿を見て、もういいよと言おうとしましたが、あんな本一冊誰も気に留めないから見つかるわけないよ、みたいなことを言われてまた腹が立ってしまって、結局それから三日間、私たちは口をきかなくなっていました。

でも、こんなんじゃいけない、もう本なんてどうでもいい、早く弟と仲直りしたいと思ってはいたんです。ところが、あれから弟はめちゃくちゃ帰りが遅く、仲直りしようにも時間が合わなくなってしまっていました。

深夜、部屋の外でコトリと音がしたのでドアを開けると、青いラジカセが置いてありました。しばらく何の意味だかわからずにいましたが、よく見ると、中にカセットが入っていました。今どきカセットなんて使ったことないですから、一体なんだろうと再生してみると、なんと弟の声で、お姉ちゃんごめん、がんばって探しているけど、どうしても見つからない、見つかるまで探すから待っててよ、みたいな内容が吹き込まれていたんです。毎日帰りが遅かったのは、まだ本を探し回っていたからなんだとわかり、私はラジカセを持って弟の部屋に飛び込みました。そして、本なんてもういいからと泣いてしまいました。弟も、姉ちゃんごめんと泣いてくれて、私たちはいつもの仲良し姉弟に戻りました。

ところが後日父にその話をすると、あれ、おかしいな、あのラジカセ、カセットの方は壊れていたはずなんだが、なんて言うんです。えぇーっ?と、弟と二人で試してみると、本当にモーターが動きません。でもあの晩は、たしかに使えていたんです。録音もできましたし、再生もできました。これって、どういうこと?もしかして、ラジカセさんが、私たち姉弟の仲直りに力を貸してくれたのでしょうか。とっても不思議な出来事でした。

それからもう、ずいぶん歳月が過ぎましたが、青いラジカセは今でも現役で、弟の部屋でラジオとして使われています。私も時々、弟の部屋に行って、そのラジカセでラジオを聞いて過ごします。二人何も言いませんが、きっと弟も、あの時のことを思い出していると思います。ラジオの何気ないおしゃべりに耳を傾けながら、家族って、姉弟っていいなぁ、なんて思います。そんな時間が、何とも言えず幸せです。


[37]>11 食卓 eiyan

昔は長老を中心に家族が円卓したものです。

現代は核家族化が進み、瞑々が好き勝手に食して殆んど食卓を囲みませんね。

少子化が進んでいますので、無理なりに寂しい限りです。

昔懐かしい感じもありますが、思い出として刻み込んでおいても損はありませんね。

サザエさんの様な家族円卓の食卓が懐かしいですね。


[38]>20 グローブ fwap

幼いときから身体が弱かったので、運動が一切できなかったです。小学生も高学年になったときにやっとキャッチボールができるようになれて、スポーツショップにグローブを買いに行ったことを覚えています。


[39]>31 へその緒 fwap

私も桐の中に入ったへその緒が実家にあります。自分が母とつながっていた証だと思うと感慨深いものです。もちろん、私と母だけでなく父も祖父母にとっても大切なものだと信じています。最近だと臍帯血などの利用法もあって有効になりましたね。


[40]>23 結婚指輪 fwap

いまでは結婚したときの感動は色あせなくなりましたが、やはり結婚したときの思い出はよみがえってくるものです。大切な思い出の品の一つだと思います。結婚したからいまの家庭があり、幸せがあると思ってます。自分たちで作る指輪のキットがあるのもいいことですよね。


[41]>39 へその緒 wacm

私もへその緒を大切に保存しています。へその緒はpeach-iさんと同じく幼い頃に一度だけ見せてもらったことがありますが、乾燥していて生命をつないでいたものと思えませんでした。でも、母からの愛情を受けていたんだな?と感慨深くなりましたね。


[42]>38 グローブ wacm

父親とも友だちともキャッチボールしましたね。それに、野球チームにも入っていたので思い出深いです。中学校の時はテニスをしたので、それ以来グローブを使っていませんが、ひょっとすると実家にまだあるかもしれません。使い込めば自分に合ってくるのがグローブのいいところですよね。


[43]鏡台 atomatom

実家の鏡台、三面鏡というのでしょう、きっと昔の品だからそこそこいい品物だと思います。

おばあちゃん、母親、妹がそれぞれの顔を写してきました。

ときには母と娘の顔がいちどきに写ったこともあったでしょう。ときには家族と一緒ではなく、家族になる予定の人と一緒に写ったこともあったかもしれません。

鏡っていろんなものを写してきているんですよね。


[44]>42 グローブ aekie

父親と野球やった記憶がありますね。


[45]>41 へその緒 aekie

へその緒、実家にあります。命の大切さを感じますね。


[46]500円玉貯金でためて買った液晶テレビ taknt

以前のブラウン管のテレビは、調子が悪かったので 新しいデジタル対応のテレビが

欲しかったので 500円貯金を始めました。

風水の雑誌についてた貯金箱を組み立て、500円玉を一枚入れるたびに 絵に塗っていきます。

一枚、一枚 ためていって その貯金箱の目標額 5万円分が たまりました。

その後、人生銀行を買って、これで貯金を始めました。

最初は、今まで ためたやつを バカスカ入れていって 楽しみ、あとは

一枚ずつ たまに入れてくといった感じでした。

でも、人生銀行の電池が すぐなくなっちゃうので、数回 電池を入れ替えたら あとは 放置でした。

ほかにも いろんな貯金箱に貯金して 貯金箱だらけでしたが、500円以外も溜め込んで

やっとこさ 10万円ぐらいたまりました。

それで、前から欲しかった HDDつきの東芝のテレビを買うことにしました。

あるお店で限定何台かで 安売りされたテレビ目当てに、その日を待ちわび、

嫁にならんでもらってなんとか 購入できました。

思い出のテレビも半年以上経ちました。

一年ぐらいかけて お金を ためたような気がします。


[47]>40 結婚指輪 otayori

私も太って外し中です。めちゃ太ってサイズ直そうかと思ってたら痩せ始めたので

もう少しって思ってるところです。

主人と一緒に選びましたねー。がんばらなきゃ。


[48]ノート otayori

物書き症なんで、普通のノートの日記数冊あります。

あと高校世界史のノート。他の教科が全然ダメだったので

大好きな世界史の授業はルーズリーフにひたすらメモし、

試験前にオリジナルノートを改めて作る、という楽しみで

他の教科の勉強が進みませんでした。

自分に自信がない私に唯一勇気を与えてくれたもので手放せません。

嫁入り道具?として持ってきてます。


[49]>35 卒業証書 otayori

高校と大学のはあります。どっちも感慨深かったのでしっかり持ってる気がします。


[50]otayori

モノと言っちゃなんですが、あまり読書家でなかった私ですが

たまに読むと、悩みがスコンと抜けるような本に出会い、

手放せなくなりました。読み返すこともあります。

そういう本が増えていってるかも。


[51]>26 すてられないぬいぐるみ、世代をわたる toukadatteba

私が一才になったころ、母に連れられて祖母のいとこのところへいきました。

祖母のいとこなので、祖母と同じ年くらいのおばあさんです。私はすっかり覚えていないのですが、そこにあった小さなくまの人形に釘付けになった私は。もってかえるといってきかず、そのぬいぐるみをもらってかえってきました。

20センチもないくまの人形、実はその祖母のいとこの女性も大切にしていたもののようで、渡されるとき大事にしてねと念を押されたそうです。(覚えてないけど)

その念が通じたのか、私はその人形を名前をつけて本当に大事にしました。ここでその名前を書くと、もしかしたら私が特定されちゃうかもしれないという可能性が実はあるので控えますが。

新幹線に乗せたり、遠足に連れて行ったり、一緒に出かけたり。

あるときは毛糸で洋服を編んだりもしました。

おかげさまで小学校になった頃には、穴が開いたり尻尾が取れたりしましたが、私が全部縫い付けてなおしておりました。

そんなこんなでもう20数年、そのぬいぐるみ、まだ大事に手元にあります。

いろんな思い出があるので、絶対捨てられないですね^^

何年のときをわたっているのか、おそらく私よりは年上だろうとは思います。

この間、タグがまだついていて、まじまじとみましたら、「サンアロー」という会社が作ったもののようで。

検索してみたら、その会社、ありました。

ああ、ここの人たちにつくってもらったのか、と感慨もひとしおでした。

長いときにわたって、現在まで愛されるものを作った会社が、まだあるというのは、いいことですね?。

ふふ、これからもこのさきも、人形、大事にしたいと思います。


[52]>36 ラジカセとラテカセ atomatom

ラジカセって長持ちするんですよね。

うちの実家のラジカセもカセットテープはさすがにもう聴かなくなりましたが、それでもラジオとしての機能はまだ十分に使えます。

家事をしながら母親が聴いていたりしますよ。

それから、ぼくは買ってもらえなかったんですが憧れていたものにラテカセっていうものがあります。

ラジオにテレビにカセットの3機能が付いた優れもの。まあテレビは小さいんですが。

あれ、欲しかったなあ。


[53]皮ジャン atomatom

20年前に韓国で買った皮ジャンをいまだに大事に着ています。韓国のイテウォンという皮革製品の卸問屋街で買ったもの。買ったときの店員さんとの値切り交渉の風景まで覚えています。

韓国にいたのは飛行機乗り継ぎのための1日だけ。その後、タイに行ったんですが、暑い国で重い皮ジャンを持って歩いたのも覚えています。

20年着て一度も洗ってないので、独特のにおいはするのですが、かなり温かいし、バイクに乗っていたときはその皮ジャンでないとどこにも行けないくらいの信頼度、防寒度でした。


[54]マグカップ natumi0128

小学校の頃、陶器の絵付け体験で、自分の好きな絵を描いたマグカップを作りました。

今見ると、線はゆがんでるし、お世辞にも上手いとは言えない代物ですが、とても思い出深いものです。

それ以来ずっと使っていて、ふちが欠けたり茶渋がついたりしていますが、十数年現役でがんばってくれています。


[55]>51 ぬいぐるみ natumi0128

ぬいぐるみは私も捨てられなかったですね。

それでも、引越しなどのどさくさにまぎれ、いつの間にかどこかへ行ってしまいましたが…。

私の好きだったのは、トトロのぬいぐるみでした。


[56]>50 本ですね Elliee

専門書類など捨てるに捨てられないものもありますが、

感動で涙したような本は捨てるに捨てられません。

今となってはそれほどでなくても”当時なんで涙したか?”

というのが結構重要だったりします。

(自分だけでなく家族との何かという点でも重要でした)


[57]>55 ぬいぐるみで冒険ごっこ tibitora

子供の頃、兄弟とお気に入りのぬいぐるみたちを使って「冒険ごっこ」をして遊んでいました。

タンスを崖ということにして「だいじょうぶかー!落ちるなよー!!」とぬいぐるみになってもう一人のぬいぐるみに話しかけながらよじよじと上らせたり。

椅子を2つ持ってきて、その間に雑誌や板をおいて橋にして渡らせてみたり。

今思うとなんだか変わった遊び方だなと思うのですが楽しかったです。

甥っ子はそんな冒険ごっこはしないで「ここが家でここがにわー」と普段の生活ごっこ(?)で遊ぶほうが好きみたいです。

一緒に遊んでたら「第1話」と物語形式になっていて5話まで遊んだのですが、まだまだ続きがあるみたいだったのですが時間が無かったので一旦そこでまた今度にとやめさせてもらいました(^^;

甥っ子は物語を作るのが好きみたいです、また会ったときに続きをしようと思います^^


[58]>56 絵本やまんがも tibitora

子供の頃に読んでもらった絵本とか、実家にあります。

今は甥っ子が読んでいるみたいです^^

絵が可愛かったり、独特な雰囲気だったりで好きで捨てられないですね。

昔の本は手放すともう手に入らなかったりしますし、まんがとかも大切です。

絵本もまんがも、読み返すと子供の頃は怖いと思ったところも全然怖くなかったり、

なんとも思ってなかったところで共感したりといろんな発見があって楽しいです。

子供の頃、学校で読み聞かせてもらった絵本の切り絵の挿絵がなぜだか怖かったです(^^;

http://www.amazon.co.jp/%E3%83%A2%E3%83%81%E3%83%A2%E3%83%81%E3%...

モチモチの木


[59]>49 卒業証書 tibitora

実家にもらったときの筒に入れて置いています。

学校でもらった賞状とか(読書週間の「よく読めましたで賞」とかですが(^^;)もなくさないようにと親がその筒に一緒に入れてくれています。

兄弟のと一緒においてあります^^


[60]>54 マグカップ tibitora

私も小学生の頃マグカップを作りました。

作るといってもすでに出来上がっているマグカップに絵を描いて色を塗るという物だったのですが楽しかったです。

絵の描き方はいきなりマグカップに描くといった方法ではなくて、最初に紙に下書きを描いて、それをカーボン用紙(?)を使ってマグカップに写していきます。

薄し絵みたいな感じです。

その写した絵の線に沿って縁を描いていって、色付け・・・でした。

色がはみ出したりうまく描けていないのですが思いでもあって大切です^^

大きめなので飲み物をたくさん入れられるところも好きです(笑)


[61]>45 へその緒 tibitora

私もへその緒が実家にあって、子供の頃一度見せてもらったことがあります^^

peach-iさんのおっしゃるように、生命の誕生のスタート地点で大切なものですよね。

そっと大切にしまっておきたいです^^


[62]>58 私も本は捨てられない rsc96074

中学・高校時代からの教科書・参考書が物置にいまだに残っています。基本的に物は捨てられない性分です。貧乏性なのでしょうか。w


[63]>62futanbo

あまりに増えすぎて古本屋に思い切って大量に持っていきましたが、選別に悩みましたね。

やはり、感動が大きかったものや、また読むかな?と思われる本が残った感じですかね。


[64]>47 結婚指輪 futanbo

サイズ変わりますよね。きつくなったり、ゆるくなったり。ゆるいときはなくしそうだから、はずしとくほうがいいかも。ずっとしてると、はずすと不安になります。


[65]>61 へその緒 futanbo

子供のころ、みせてもらったときは、「うわ、なにこれ」ちょっと気持ち悪かった・・。

でも、あれが親心なんですよね。「へその緒」を大事に?とっておきたい気持ちが嬉しいですよね。


[66]>44 グローブ futanbo

私はソフトですが、中高やっていて、そのとき使ってたグローブ、ぼろぼろだけど、今でもとっきどき使ってます。もう何十年たつだろう・・・?


[67]>57 ぬいぐるみ futanbo

親子三代の縫いぐるみ・・素敵ですね。。

私は、母にばんばん捨てられちゃいました。でも、なんとなくお気に入りのは覚えてますね。

パンダがはやってて、それが一番のお気に入りでしたね。


[68]>66 昔使っていたのに今無いもの。 ttz

昔使っていたのに今は無いものって多いです。いつ捨てたのかとかがさっぱり分からない。グローブもそのひとつです。毎日のように使っていたものなのに・・・


[69]>64 ずっとしてる。 ttz

まだしています。夏場とかに気持ち悪いと感じることもありますが、夫婦の絆という意味で、つけっぱなしにしています。


[70]>63 西村京太郎全集。 ttz

西村京太郎モノをかなり読んだので、たくさんあります。文庫です。一度しか読んでいないものが多いですが、本は処分できないですね。もう完全に色あせちゃっているものも多いです。


[71]ピアノ。 ttz

子供のころにピアノをやっていて、今はもう全く開かない存在。いろいろな小物を置く台として使われています。大きな古時計のような存在。


[72]写真のアルバム。 ttz

写真を撮るのが好きで、どこかに出かける時は必ず持って行きます。デジカメですが、現像してアルバムにファイルしています。けっこう増えてきてしまい邪魔になってしまいましたが、捨てるわけにもいかず、まあ捨てる気もありませんが、たまに見返すと本当に懐かしかったり(若かったり)、いいものです。


[73]>65 へその緒 canorps

うちにも三つへその緒があります。

三つ目のへその緒は、夫が切りました。

へその緒って思ったより弾力があってなかなかきれないんだそうです。

おなかの中で育つ間。栄養を赤ちゃんに運ぶ大事な役目を持ったものですから、そう簡単にきれてしまっては困るのですが。

最近は、将来病気になった時に、臍帯血を保存しておくと、いざという時に治療に役立つ。

というものがありますが参院で見てびっくり、ものすごいお金がかかるんですね。

まだ普及していないせいもあるんでしょうがこれでは一般の人間には手が出せないなあと思いました。

わが子とのつながりの証。

私も大事にしていきたいと思います。

でも、私自身のへその緒は、当時飼っていたネコさんに食べられてしまったんだと母がいっていました・・・w


[74]>69 結婚指輪 canorps

私の結婚指輪は、現在すんでいる町のはずれの山の中です。

夫婦喧嘩の末、指輪をはずして夫に返したとき、その指輪を夫が娘にわたして

山に入って行く私を追っかけてきた娘が山の中におとしたのです。

仲直りしたあと探しましたが見つかるはずもなく。。。。

いまだに指にはまっている錯覚を起こします。

結婚指輪は本当に一体になった感じがしますよね。

あーあ。なぜあの時にかぎってはずしちゃったんでしょう。


[75]>16 我が家も dankichik

我が家も私たち兄弟が昔描いた絵が飾ってあります。つたない絵ですが、今でも飾ってくれてうれしく思います。ちなみに、兄弟の絵の他にも、祖母や父が描いた絵が飾ってあります。家族の作品に囲まれるのって、悪くないです。


[76]>70 最近は dankichik

私も本は捨てられないでしたが、きりがないので、もう読み返す可能性のない本は売ったり人にあげたりするようにしています。また読みたくなったら古本屋で買えばいいし!って思っちゃダメかな?


[77]お料理 azaburecipes

おいしいものを作って食べるのが大好きな母の手料理を食べて育った私。結婚してすむ場所が変わって、手に入る食材も変わってしまったけれど、初めてみる魚や野菜もおいしく食べられる調理をみつけて毎日の食事に生かしています。食べ物のこだわりは住む場所が変わってもなくなったりしないのだなとしみじみ思います。


[78]>73 初めて見たとき peach-i

本当にびっくりしました。

赤ちゃんって生まれたときは、手の中に納まるほどの小さな命。

それが今日、ここまで大きく成長した自分。

へその緒を見たとき、自分がこんなにも小さく儚いものだったと感じました。

ここまで育ててくれたんだ・・・っていう気持ちがこみ上げて、両親に感謝の気持ちが溢れます。


[79]>76 少しは、捨ててるけれど・・ nakki1342

本って捨てる事って難しいですねえ・・

読まない・・と思うものは、”ありがとう”と

本に語りかけて捨てることもあるのですが

気に入ってる漫画の本も含め

捨てられないものが多いです

住んでいる家のスペースが大きかったらなあと

年末の掃除をしながら思う事です

(本の整理もしているので)


[80]>79 気に入った本は処分できないですね iijiman

気に入った本は手放さないので、やっぱり少しずつ本は増えて行きます。村上春樹と谷川流(どういう脈絡?)は捨てられないです。あと、アンリ・カルチェ・ブレッソンの写真集とか、石田徹也さんの画集とか。

気に入らなかった本、割とどうでもいい本は、積極的に古本屋に持って行くようにしているのですが、やっぱり、少しずつ本は増えて行く感じがします。


[81]父の走り書き。 hanatomi

白い紙にゆらゆらした字で

オレンジジュース

飲みたい。



それだけですが、我が家の大切な大切な記念の品となっています。


父は脳いっ血で9年前に倒れました。

脳外科に運ばれたのですが、半日におよぶ大手術の後、麻酔が切れた時点で再出血をして

再手術となりました。そのため、その前に一度家族を集められ、無菌の服を着せられて、もう会えないかも知れないと、再会をさせられました。ショックで私は泣くばかりでした。

それから、さらに数時間におよぶ手術。早朝から手術をはじめて、終わったのは午後になりました。

このような大変な手術のため、外来は全てストップして、待合いは患者さんで溢れかえりました。

手術室の前で長い長い間待つわたし達を、手術で良くなった患者さんが励ましに来てくださいました。

手術が終わり、何日もか経った後、管を入れられた父が、手で書く仕種をするので、母が紙を持っていくと、「オレンジジュース が 飲み た い 」

そのオレンジジュースというのは、実際にオレンジを搾った母特製のジュースのことです。

その紙を見たとき、本当に嬉しかった。

父は頭をボルトで固定されていて、あちこちにくだを通されていて、喉が乾燥してヒリヒリと痛くて頭もガンガンに痛かったので、久しぶりに飲み物が飲みたかったそうです。

あれから何年も経ち、後遺症はありますが、今でも元気でいてくれている父、そして、神棚に飾っているこの走り書きは、我が家の思い出の宝物です。


[82]お客さん用の座布団 atomatom

実家にあるお客さん専用の座布団。お客さん用といっても何枚もあるわけではなく、たった1畳きり。

あ、ちなみに座布団の数え方ってご存知ですか。1枚2枚でもいいんでしょうが、関西では1畳、2畳と数えます。

1条きりのうちの座布団、誰が座るかといったら月に一度来てくれるお寺さん。お坊さんが読経のときにだけ座られる座布団なのでした。

ものすごく分厚くて、金糸で刺繍がほどこされている豪華な座布団。こどものころはこれに座りたくて座りたくて、何度もお願いしても絶対に子供には座らせてもらえませんでした。お寺さんが帰られると母親がさっさと片付けてしまい、ろくに触らせてもくれませんでした。

高校生になったぼくは部活で落語研究部というのに入りました。

落語の舞台装置といえば主に座布団です(関西では見台やひざ隠しというものもあるんですが)。

この落語の発表会のときに実家の座布団を借り出すことに成功しました。

実にそのときまでぼくはその座布団に座ったことなかったんですよ。

落語会では5人ほどの出演者がかわるがわる落語をするのですが、前の演者が終わると、お茶子と呼ばれる世話係が座布団をひっくり返します。前の人の体温の生暖かさを感じないですむようにです。

そのひっくり返すときもなるべくゆっくりひっくり返して、座布団の豪華さが客席に十分伝わるようにしてくれ、と、ぼくは変な注文を出したこともありました。

高校生にしてはじめて座ったその座布団ですが、たしかに座り心地良かったですよ。分厚いだけあって視点が高くなる感じ。大型トラックの運転席から見下ろすと、普通乗用車がかわいそうなほど小さく見える、あんな感じです。

その座布団、今でも実家で現役で働いています。今でも月に1度のお寺さんの日に、満を持しての登場をしているんです。あれはまだまだ長持ちしますわ、きっと。


[83]8ミリビデオテープ peach-i

運動会、家族旅行

家族の歴史が刻まれています。

今は8ミリビデオなんて使わないと思いますが、大事な我が家の宝物です

子供の成長を、親が愛おしみ、大事にとったものです。

その瞬間は、常に過去へと消えてしまいます。

だからこそ、とり収めてありました。

思い出す光景。


[84]カップ酒のコップ YuzuPON

私の机の上には、カップ酒のガラスのコップがペン立てとして置いてあります。

あれはちょうど私の二十歳の誕生日でした。二十歳というとやはり特別ということで、久しくやってもらっていなかった家での誕生祝いをしてくれることになっていました。いい歳こいて照れますが、誕生日がとても楽しみでした。

ところが当日、父は突発で重要な仕事が入り、帰宅が深夜になってしまったのです。母は一人で一生懸命場を盛り上げて祝ってくれようとしていましたが、三人家族で一人欠けると、そりゃぁ寂しい雰囲気になってしまいます。しまいに母も、やっぱり二人差し向かいじゃ無理があるわねぇとさじを投げて、私も、こういうのも後になればいい思い出だよと苦笑して、ちょっとしらけムードの誕生祝いは終わってしまいました。

もうテーブルの上はきれいに片付けられて、すっかり日常に戻った夜ふけ。何となくテレビを見ながらぼんやりしていると、0時近くになって、やっと父が帰ってきました。バタンと扉が開いて、受け取れ、と声がしたかと思うと、カップ酒が飛んできました。わっとびっくりして受け取ると、ちょうどタイミング良く0時の時報。父は、ギリギリ誕生日に間に合った、忙しくて何も祝いの品が買えなかったのでそれで勘弁しろ、大人になったお祝いだ、と言ってくれました。

そのあと父とカップ酒で乾杯。母があらあらとつまみを持ってきてくれました。こうして迎えた大人になった日。その記念が、このコップなんです。人から見ればただの廃品再利用に過ぎませんが、私にとっては特別な、父の愛情がなみなみと注がれているコップです。


[85]祖父の形見の懐中時計 fumie15

うちの家宝は懐中時計です。早くに亡くなった祖父が父に残したものです。

と言っても大切にしすぎて金庫からあまり出したことないのですが・・・

私も数回しか見た時がないのですが、かなり立派なものです。

時計の話をする父の目は輝いています。

おそらく父にとって時計は自慢の祖父そのものなのでしょう。


[86]>80toukadatteba

捨てられないですね…!

私はつまらなかった本でも捨てられないので、大変なことになっています。思いのほか買った本には思いいれをもってしまうんでしょうか。

ああ、実家の本棚は重さで、二階におくのはこわいだろうということで、一階アンド地下に移動しました。


[87]ビデオ! nakki1342

今では、TVCMでは、ブルーレイ!と宣伝が凄いですが

我が家では、まだまだVHSが録画機なんです

なのでビデオテープが大変な事になっています

あまり見ないものが殆どなんですが

捨てられないんです

理由は、ケーブルTVで放送された映画などを

録画しているから・・

DVDで所有しているものもあるけれど

それにさえ、なっていないものもあるからなんですね

DVDに移し変えたらスペースも一気にすっきりするのになあ・・

ビデオからDVDへ移し変える事が出来るDVDレコーダーが

もう少し安ければ・・と思っています


[88]>85 パルプフィクションの懐中時計 atomatom

ぼくの愛する映画パルプフィクションの中の懐中時計のエピソードが好きです。戦争をもくぐりぬけたという由来の懐中時計の1エピソード、ユーモアたっぷりの話なんですが、欧米人の形見というものに対する愛着もうかがえる好例だと思っています。

思うに昔は物が少なかったから余計に形見に愛情、愛着がわいたんでしょうね。


[89]>88 普通の腕時計ですが u00

今、親父の形見の腕時計をオーバーホールに出しています。

特にエピソードは無いのですが親父が最初のボーナスで買って以来ずっと修理しながら大切に使ってきたようです。

時計ってそういった個人の思い入れが詰まっていることが多いですね。


[90]>86 妻と意見が合わない u00

私は本は買って読むものだし買った本は捨てられないのですが、妻は読みたい本はできるだけ図書館で借りてきて読んで読んだらもう本そのものには未練はないそうなので意見が合わないことが多々あります。

大抵ほんの処分について責められる立場になるので辛いです。

泣く泣く処分した本に限ってあとで必要になったりするので困ってしまいます。


[91]>67 ぬいぐるみ omotimotitto

ずっと大切にされていくぬいぐるみって良いですね♪

私も小さい頃に好きだったピンクのぞうのぬいぐるみがあったんですけど、思い出して懐かしくなりました♪

今思うと、ぞうがピンクってちょっと不思議な色ですね(笑)


[92]>90 雑誌は図書館で&新刊本は買ってしまう iijiman

うーん、図書館。u00さんの奥さんのお気持ち、ちょっとわかる気がします。本そのものには未練がないのです。私も。しかし、「あとで必要になる」ケースがある方ですと、買うしかないですよね。奥さんにヒミツで(ヒミツでなくてもよいと思いますが)トランクルームを借りてみるとか、どうでしょう?

私は、図書館ですと「新刊本で人気のある人」だとなかなか順番が回ってこないので、買ってしまいます。せっかちなんですね。

雑誌は、たまたまよく読む雑誌が図書館に入っているので、それを読みます。雑誌って、溜まっていくと「宝物だけれど捨てられないもの」になりがちなので・・・


[93]>92 小さい頃に読んだ童話 peach-i

捨てられずにあります。

大人になって童話を読み返すと、何だか不思議な気持ちになります。

大人になると忘れてしまう気持ちを思い出すような。

ある意味勉強になります


[94]>17 柄のよくないカップ w83

我が家にあまり柄のよくないコーヒカップがあります。でも、もう10年以上使っています。このコーヒーカップには愉快な思い出があるのです。

実はこのコーヒーカップ、姉が卒業記念でもらってきたものなのです。姉は気に入らなかったので、職員室にいって先生がたにプレゼントしておこう、と思ったそうです。

ところが同じことを考えた同級生がいて、既に数組のコーヒーカップが職員室においてあったそうです。それを見た姉はなんとなく悪いことをしている気がして、家に持ち帰ることにしたそうです。そういう経緯があるので、なんだか愛着がありますね。


[95]>93 本はなかなか sakura19749

本はなかなか捨てられませんね。

買ったのに読んでない本もあるし。


[96]>72 写真 akauo

子供の成長記録の写真でしょうか。子供の当時の様子だけでなく、一緒に写り込んだ家具やおもちゃや景色にも、思い出がたくさん写り込んでいて、すぐに思い出がよみがえってきます。

ある時期を境にデジカメになったり、さらに子供も大きくなってくるにつれて、プリント写真は激減してしまうのですがね…。


[97]卒業アルバム akauo

小学校、中学校、高校まではオフィシャル(?)なものが手元に残っていますが、自分の写真ほど恥ずかしいものはないですね。同窓会の必需品でもあり、当時を思い出すきっかけにも最適で一番盛り上がりますね。

一方大学の卒業アルバムは、普通は制作しないと思われますが(私みたいな地方大学は作らないということかもしれませんが)、団結の強かった我が学部の我が学年については限定で、自主的にアルバム制作委員会を結成して、年上は教授陣や事務方から、年少は専門課程に上がった(研究室配属した)ばかりの3年まで、果ては生協や学食のオバチャンまで関係者総登場したものを作っちゃいました。


[98]祖父から譲り受けたハンチング akauo

祖父から譲り受けたハンチング、正確には、祖父の没後に遺されたもののなかから、もらってしまいました。サイズも違うので一度も被ったことなくしまってありますが、ときどき思い出したように見て、祖父の姿を思い浮かべています。ちょっとタバコ(缶入りピース)臭かったけど、大好きな祖父でした。


[99]>83 私も u00

沢山の8ミリビデオがあります。

さすがにもうデッキも怪しくなったので昨年がんばって全部DVに移し替えました。

DVもそのうちにDVDに取り込もうと思っています。

でも8ミリテープ自体は記念に全部大切に保管しています。

やっぱり思い出なので捨てられません。


[100]>95akauo

ごくまれに、あ?買って失敗した買うまで無かった!という本は速攻で古本屋さんですが、基本、書籍関係は全て捨てられずに手元に残してしまいます。


[101]>78 へその緒 u00

自分のは確か親が持ってて実家にあるはず。

うちの子供のはしっかり私が持っています。

なんかこんなのでつながっていたのかと思うくらいささやかな小さなものですよね。

でかく育ってしまった子供と見比べると感慨深いものがあります。


[102]>99 8ミリテープ akauo

数年前にDVDにダビングしてあるにも関わらず、当時書いたラベルの字とかを見ると、やっぱり捨てられない。

テープはどんどん劣化しますので、まだ未ダビングの方はお早くご対応をオススメします。


[103]>22 子供の作品 u00

うちでもかなりのスペースをとってます。

屋根裏収納があってかなり助かっています。

子供が少し大きくなると絵を描くことが多いのでその点収納には困らないので助かっています。

小さな頃に描いた絵の解説を今子供に訊いてみるのですがやっぱり本人も覚えていないみたい。

描いた時は喋れなかったので大きくなってから訊いてみようと思っていたのですがうまくいかなかったですね。


[104]>102 テープもそうですが w90

前の方も書かれていますがテープよりもそれを再生するカメラやデッキがいつまで使えるかが問題ですね。

私もダビングしましたがきっかけは再生兼用のカメラが故障したので知り合いから8mmのデッキを借りてきてなんとかダビングできましたができるうちにダビングしておかないとテープがあっても再生できなくなります。

業者に頼むと高いですし今ならデジタルデータで普通のビデオ信号をキャプチャできる製品が沢山あるので自分でダビングできるチャンスです。


[105]>100 私は捨てられない上に w90

私は捨てられない上に時々同じ本を2度か3度買ってしまいます。

同じ本を家で発見したときはさすがに誰かにプレゼントしていますがきっとまだ同じ本がどこかに沢山あるはずです。


[106]>89 時計は半身ですね w90

肌身離さず持っていることが多いので思い出の品になりやすいですね。

特に昔の機械式のはあたかも元の持ち主がまだ生きているような感覚がすごくします。

さすがに今のクオーツで安っぽいのは未練はありませんが昔の腕時計を見るとそういう物に付いたストーリーとかが気になります。


[107]>97 恥ずかしいというか w90

自分の声を録音して聞くと思ってもいなかったような変な声に聞こえる、あの感覚ですね、私は。

その頃シリアスに考えていたことなんかが思い出として覚えているのですがその頃の写真を見ながら思い出すとちょっと笑ってしまうようなささいなことだったり。


[108]>96 デジカメ w90

銀塩カメラで家族写真を撮っていた頃はアルバム整理が大変でした。

今はデジカメで全部置き換わっているので特に必要な写真しかプリントしないので楽ですね。でもデータは無くさないように細心の注意を払っています。

でも子供が成人したらアルバムにして渡してあげたいなぁと日ごろ思っています。


[109]将棋の駒と盤 dadan_dan

父は将棋が好きなのですが、大事な駒と盤に、自分が小さい頃

ヒーロー物のシールをぺたぺた貼っていたらしいのですが、

それを自分の子供(父からみて孫)と遊ぶ時に、思い出し

取り出してきて感慨深げに一緒にあそんでいました。

自分自身、すっかり忘れていたのですが、思い出し当時を

振り返りつつ、言葉にならない気持ちが込み上げてきました。

大事にしまってくれていた両親に感謝です。


[110]>108 アルバム fwap

結婚式や子どもの生誕の写真はありますね!最近ですと、Picasaなどのサービスがあってデジタルカメラのデータの管理もだいぶ便利になりましたよね。ただ、不意の情報流出および漏洩やデータを自分で管理したい気持ちが働くので、HDDやCD-Rにバックアップを取っていますね。


[111]>105 本の処分 fwap

本の処分は本当に困ります。歴史や思想といった本は子どもも欲しがると思い、いつまでも本棚に入れっぱなしです。ブックオフなどに打っても二束三文にならないというのもありますが、何より自分の学習の経緯や動機を知る上で本をいつもそばに置いておきたい心理が働いてしまいます。


[112]>104 ビデオテープ fwap

私も8mmはDVDにコピーしました。大量にあったので3ヶ月くらいかけてデータを移しました。ただ、DVDって10年持たないんですよね。データのバックアップが完全に取れている保証がないので心配です。


[113]>107 卒業アルバム fwap

卒業アルバムは捨てがたいですね。個人情報がきちんと管理される前の年代ですので、むやみに処分するわけにもいかないので置いておくだけでもやっかいな品物となっています。自分が死ぬ前までには処分したいのですが、上手い管理の方法や処分の仕方がありましたら教えて下さい。


[114]>106 時計 fwap

私は祖父、父と使われてきた時計を持っています。やはり、オーバーホールすると多少値が付きますが、同じものをいつまでも使い続けることができて幸せだと思います。祖父が購入したとき、すでに十分に高価な時計でしたので、自分がその時計の価値を守ることができるかにかかっていますね。なんとか子どもに渡したいものです。


[115]>112 ビデオテープ wacm

ビデオテープは家に山ほどあります。子ども関係のビデオテープはDVDにして送ろうと考えていますが、いまダビングしている途中です。また、DVDはテープよりも劣化しやすいので、完全に保管できているか気がかりですね。。


[116]>114 腕時計 wacm

オーバーホールには7、8年に1度お世話になっています。腕時計は使い続ければ続けるほど、味が出てきますし、使っている側としても愛着が湧くので、ものを大切に使う意味でも捨てられないですね。


[117]>111wacm

書籍・本はどうしても捨てられないですね。値打ちはなくても歴史的資料としての価値があるものは取っておきたいから、部屋を占領しています。図書館に寄贈といっても、やはりネットオークションなどに出して、ほしい人に使ってもらうのが本としても幸せなのでしょうか?


[118]>113 卒業アルバム wacm

捨てたいのですが、思い出深いものなので捨てることができない典型的な品物ですね。小学生から大学までありますが、やはり全て棚にしまってあります。自分に関係ある部分だけ、写真に撮るなり、切り取るなどして融解処分するのが手っ取り早いのでしょうか?!


[119]>110 アルバム wacm

やはり、アルバムはどの家庭にもありますし、思い出深いものですよね。写真もデジタル化して保管したいのですが、まだ全てできてはいませんね。見たいときにいつでも見れるようにするのが理想ですが、なかなか準備に手間がかかるのが難点ですね。


[120]>115 ビデオテープ aekie

実家にありますね。DVDになったらいつでも見れるからうれしいです。


[121]>119 アルバム aekie

デジカメになってからは、自分のパソコンに保存しているのですが、やはり定期的にバックアップを取っておかないと不安で仕方ないですよね。


[122]>118 卒業アルバム aekie

高校のアルバムはDVDなので、ときどき見てます。


[123]>117aekie

大切な本や思い出深い絵本は取っておいてあります。あとは、ブックオフにまとめて売ってしまいました。


[124]>116 時計 aekie

中学校時代から使っているGショックですが、たとえ高価な時計ではないとしても不思議と愛着って湧きますよね。


[125]>33 ダイキャスト製 to-ching

アルミ、マグネシウム、鉛等の合金で出来ていることが多いです、私の集めているのはずっしり重く、鉛の含有が多いのかな??


[126]>124 時計道楽 to-ching

そうですね?Gショックだと200本以上持ってました、電池の管理が面倒で殆ど売却。でもヤッパリ高い、ロレックスやブライトリング、ベルロス等は愛着あり大切にしてます。


[127]>120 お袋が to-ching

何と年取ったお袋が昔の8mmをDVD化しました!便利と同時に感謝だな?


[128]懐中時計 to-ching

祖父のオメガのやつです、大事に取っておきましたが、ある日故障、時計屋さんに持って行き修理に出しましたが、職人さんがもう居ないとか・・・。一応修理可能でしたが再び故障。もう駄目だ・・・。田舎に住んでいるとこんなところでがっくりします。


[129]>123 Tポイント to-ching

も貯まるし!でもちょっと安いです。


[130]父と歩きながら蹴っていた小さな石ころ Fuel

中学の体育祭。小学生ではないんだからという変なプライドが芽生えてきて、できれば親には来てほしくない年頃です。その年は、幸い、というか何というか、父は仕事で都合が付かず、母もちょうど何かで忙しかったようで、二人とも来ないことになっていました。

ところがです。午後の競技に出るためにグラウンドに出て一般観覧席に目をやると、なんと父の姿があるではありませんか。午後から都合が付いて来てくれたらしいのです。

お調子者の私はクラスの応援団も引き受けていましたので、応援合戦などもやりましたが、どうも親の前では調子が出ません。もう、親父のやつ、わざわざ来なくていいのに何やってんだよ、と思いましたが、忙しい合間を縫って来てくれたことは、嬉しくもありました。

全ての行事が終わり、後片付けなどを済ませて帰ろうとすると、まだ父が待っていました。一緒に帰ろうというわけです。中学生の男子は、こういうことをされると非常に恥ずかしいのですが、久し振りに父と歩くのが嬉しくないこともなく、非常に複雑な心境でした。

そうした照れ隠しもあって、私は無意識に、石ころをずっと蹴りながら歩いていたんです。ハッと気が付くと、その石が捨てがたくなってしまいました。父と歩く道をずっと一緒にきた石。なんとなく特別です。結局家の門の前まで、同じ石を蹴り続けてきてしまいました。

門に入る一歩手前で私は蹴るのをやめて、石をそこに残したまま庭に入りました。そうしたら何を思ったか、父がその石をちょこんと蹴って庭に入れ、ゴール、と言って笑ったんです。

翌朝、体育祭の翌日で代休です。庭に出てみると、昨日の石がそのままありました。拾ってきれいに拭いて、机の引き出しにしまいました。それからずっと、その石は引き出しの中に入っています。

私は家族には恵まれすぎるほど恵まれていたと思います。それは今も続いています。いつの間にかその恵まれた環境に慣れ、それが当たり前になってしまった時、不思議とこの石が目に付き、今の幸せに感謝を忘れるなと教えてくれます。私は石を握りしめ、うん、と頷きます。


[131]>127 DVD化 peach-i

されている方が多いのですね。

8mmだいぶ劣化してしまったので、早いうちに、DVDにしたほうが良いのかな。

久々に8mmを見てみたら、音がだいぶ聞こえなくなってました。

あの頃は、両親が、常にバッテリーを沢山用意して、運動会や旅行の途中に撮れなくなることが無いように、一生懸命下準備していました。

あの苦労が、自分にはとっても嬉しかったです。

どんな気持ちだったのかなぁ。

今になってそのときの両親の愛情を感じています。


[132]>101 繋がり。 peach-i

十月十日・・・

母と子が繋がっている時間。

長いようで短く。

つわりや、産みの苦しみを乗り越えて、離れていく瞬間ですね。

産んでくれて有難う。

へその緒を見るとそんな気持ちです


[133]>129 本との出逢い peach-i

人と人が出会うように

本との出逢いも、自分の中では大きなものと思ってます。

不思議と、出会うべくして、まさにベストタイミングで今、必要としている本に、そのときそのとき出会います。

だから、大事に愛しく大切にします。


[134]>103 うちもまだ保管してます freebreeze

化粧品の箱やお菓子の箱で作った工作、母の日のプレゼントに作った紙のエプロンなど、捨てる事ができないですね。。


[135]>87 ビデオ eiyan

そうですね!

ビデオはまだまだ現役ですよ。

いずれブルレイも安くなりますよ!


[136]>77 手料理 eiyan

手料理は良いですね。

こだわり食は自分のテリトリ。

自分の好みで作りましょ!


[137]>21eiyan

鏡は自分の心を映し出す。

清らかな心を読み返す。

心の浄化は大切に。


[138]>25 スカーフ eiyan

思い出のスカーフ。

使えないスカーフ。

捨てられないスカーフ。

想い出のスカーフ。

録っておくスカーフ。

大切なスカーフ。

一緒に天国に行ってくれるかい!


[139]>43 思い出鏡 eiyan

古い家にはありますね。

幾人かの顔を写した鏡。

今度は誰の顔を写すのかな?


[140]>130 庭の石 atomatom

Fuelさんのお父さん、いいお方ですねえ。お2人で持って帰った石を、またきれいにして保管しておくFuelさんも素敵な感受性をお持ちですねえ。うらやましい親子です。

うちの実家には大きな石が置いてあり、どのくらい大きいかというと子供のころのぼくたち兄弟が2人が乗って遊べるほどでした。

その石、端から4分の1ほどの部分が割れているのです。植物の根の成長によって割れたんだ、と聞き、こどものぼくたちは「植物の根、すげー」と感心したのを覚えています。


[141]>109 将棋盤、碁盤 atomatom

将棋盤、碁盤はある程度高価なものですから必然的に長く保存するのが一般的で、その分、いろんな思い出が生まれるんでしょうね。使えば使い込むほど味が出るものですし。

ぼくも中学生のときに桂の5寸盤をおじいちゃんに買ってもらい、将棋友達にうらやましがられたのを覚えています。


[142]父のすり鉢 TomCat

キッチンに大きなすり鉢が置いてありました。それは父が古道具屋で見つけてきた物で、骨董価値は全くありませんが、尺五と呼ばれる直径一尺五寸(約45.455cm)の大きな物で、新品を買えば数万円はするというしろものでした。

父はおそらく、プロ仕様の道具という所に惚れ込んで買ってきたのでしょう。核家族家庭にそんな大きなすり鉢は不要ですが、父はそのすり鉢でとろろ汁を作ってご満悦でした。

とろろ汁を作り始めると、父は必ずまだ子供だった私を呼びました。そして、すり鉢とすりこぎの使い方を、私に伝授しようとするのです。とろろ汁なんてそう頻繁に作る物ではありませんでしたが、毎回のことでしたので、いつしか私はすっかり、すり鉢すりこぎ使いが板に付いてしまいました。

そんなすり鉢にも一度だけ、大きな危機がありました。母のちょっとした不注意で、落としてしまったことがあったのです。たまたま私が至近距離にいたので、それこそスライディングをするようにして飛び込んで、間一髪、キャッチして無事でした。が、私は頭はぶつけるわ、大きく重いすり鉢を変な姿勢でキャッチしたので手首はくじくわで、もう散々な目に遭いました。でも、すり鉢を守ったというより、母を守ったみたいな気持ちになって、ちょっとしたヒーロー気分でした。

さて、優しかった母が早々に天に召されてしまうと、家の中には父と私の二人だけが残されました。それこそ火が消えたような寂しい家になりました。私も父も気力が失せて食事を作る気にもなれません。葬儀が終わってしばらくは、店屋物とインスタントラーメンが交互にテーブルに上る日が続きました。

飯、炊いてないなあ・・・・。ぶらりと街に出た私は、そんなことを考えながら歩いていました。いつまでもこんな生活はしていられない、久し振りにまともな食事を作るかとスーパーに立ち寄ると、山芋が目に付きました。さっそく買って帰り、その夜は久し振りにすり鉢の出番となりました。

「お前の腕前はまだまだだな、見てろ、こうやるんだ」

父が自慢の手さばきを披露します。

「何を言うか、見よこの鮮やかな手つきを」

もちろん私も負けてはいません。久し振りに家に笑顔が戻ってきました。調子に乗って作りすぎてしまったとろろ汁は、二人ではとても食べ切れそうにありませんでした。

そんな父も早々に母の所に行ってしまい、私は今一人で、この巨大なすり鉢を使っています。たかがすり鉢。されどすり鉢。この大きさは、私にも家族がいたという証明です。いつかこのすり鉢のサイズがちょうどよくなる家庭を築きたいと思います。その時再び、このすり鉢の物語が動き始めることでしょう。


[143]柱です RandD

家族の背がどれだけ伸びたかがつづられています


[144]ヴィンテージのリーバイス momokuri3

父がヴィンテージのリーバイスを買ってきました。私はその手の物には全く興味がなかったので、501の66前期がどうのと嬉々としてまくしたてている父を、ちょっとあきれながら見ていました。母も、たかがジーパンに高いお金をかけてとあきれ顔です。父の夢の実現はけっきょく家族の好感が得られず、せっかくのリーバイスは、タンスにしまわれたままになってしまいました。父は寂しそうでした。

その後、リーバイスの歴史を知る機会があり、衣服を金属鋲で補強する特許のエピソードなどを知って、なぜ数あるジーパンの中でリーバイスだけが特別なのかが理解できました。父は、そういう歴史の価値を所有したかったのです。

そうした意義が理解されなかった寂しさ。理解を求めようと力説しても、ただ趣味の蘊蓄を自慢しているとしか受け止められなかったもどかしさ。それがあの時の父の気持ちだったんだと気付いて、父に率直に「俺もリーバイスの価値がわかってきたよ」と言ってみました。すると父はタンスの奥深くしまっていたリーバイスを引っ張り出してきて、私にくれると言い出したんです。

父と私は体型がとてもよく似ていて、ジーパンは完全に共用できます。もちろん男は普通衣服の共用は好みませんから、共用してはくようなことはありませんでしたが、サイズが同じなのはお互い熟知していました。ですから、父のサイズにピッタリなリーバイスなら私にもジャストフィットなのですが…。

ヴィンテージの価値がわかると、その値段もおおよそ見当が付きます。とても気軽に受け取れる金額ではありません。まさか、いいよ、父さんの宝物だろうと言うと、父が言いました。

「当てこすりで言うんじゃない、でもこういうのは独身の時でなければ、思い切り楽しめないって気付いたんだ。だからお前にやりたいんだよ。こいつは、こいつの良さが分かったお前が持つ方が喜んでくれる」

こうして、一本のジーパンが私の物になりました。こういうものは、宝物のように保存していく人と、日常的に愛用して、汚れや擦り切れも歴史の価値の一つとして積み重ねていく人に分かれると思いますが、私は後者です。もちろん高価な物ですから、それをはいて木工作業をしたりすることはありませんが、外出には気軽にはいていきます。これを選んだのはうちの父なんだ、ちょっとかっこいいだろうと、密かに鼻が高かったりするのです。


[145]初めての給料で買った物 tibitora

初めてバイトをしたときにもらったお給料で買った物は、自分で働いてもらったお金ということもあって思い出も多いです。

飲食店の洗い場兼調理補助のバイトだったのですが、お昼はすごく混んで忙しすぎるせいか2時間くらいがあっという間に過ぎていました。

そしてもらったお給料で、自分にとコートを買いました^^

あと自分用にはちょっと遠くまで遊びに行ったり。

物ではないですが遊びに行ったときのことも楽しい思い出です^^

ただ、飲食店で働いていて思ったのですが、手をつけられずにさげられてくる料理や半分くらい残っているものも多くて、それを残飯入れに捨てるのが切なかったです・・・。

食べたいと思って注文したんじゃないのかな・・と。

一度に注文しなくてもいいので残さずに食べられるぶんだけ、1つ食べ終わって足りないと思ったら追加で注文してくれればいいのにと思ってしまいました。

もったいないし、食べ物になってくれた命に失礼だと思います・・・。


[146]>143 実家の柱にはシールもついてます(^^; tibitora

私の実家の柱には、私や兄弟が小さい頃にはったシールがたくさんついています。

普通のシールはまだはがしやすいのですが(それでも残っていますが)こすって転写する物や水にぬらしてはるタイプの物がしっかりと(笑)

水タイプのものは張るのに失敗してゆがんだドラえもんとかが柱にいます(^^;


[147]オレンジのTシャツ tough

大学の夏休み。遠方の大学から帰省していた私は、久し振りの家で、だらだらと過ごしていました。親と一緒だと、食事は作ってくれるし、洗濯はしてもらえるし、何でも自分でしなければならないアパート暮らしとは大違いです。その日は休日で母が出かけていたので、父が代わって洗濯をしてくれていました。

すると階下から、あーっ、という声が聞こえました。何かと思って聞いてみると、オレンジ色のタオルと下着類を一緒に洗ってしまったとのことで、パンツもシャツもオレンジ色だというのです。おいおい、まさか俺のじゃないだろうなと降りていくと、父は、実はそのまさかなんだと頭を掻いています。うわ、ちょっと待った、下着だけならまだいいけど、クラブの揃いのTシャツまでオレンジ色です。こういう色移りって、洗っても漂白してもなかなか落ちないんですよね。父は済まない済まないと平謝りでしたが、それは笑って終わりにしました。

さて、大学に戻って、クラブの練習が始まりました。オレンジに染まったTシャツでロードワークをしていると、コーチが、ほほぅ、一人だけシャツの色が違うな、お前今度の試合で大将やってみるか、と声をかけてきたのです。先鋒○○、次鋒◇◇、中堅△△、副将▽▽、そして大将お前、並んでみろ、よし、この大将は一人だけ色違いで強そうだ、と(笑)。

もちろん一番の実力者が大将の位置に着くとは限りません。むしろ前三人の大将兼後ろ三人の先鋒の位置となる中堅こそが本当の実力者といったオーダーも多々あるのですが、そんなことより、わが部は実力者が多く、団体戦ではレギュラーに入るだけで大変なことだったのです。まさか色移りしたTシャツで目立ったからということは無かったと思いますが、でも幸運を掴んだと感謝しました。

以来そのTシャツには、それを着て試合会場に行くと負け無しというジンクスまで生まれました。もちろん練習中もそれを着ていると気合いが入るので、ずっと同じ物を着続けていました。そのうち色移りしていたオレンジ色はすっかり抜け、さらに擦り切れてボロボロになりましたが、それでもずっとその一枚を愛用し続けました。

大学を卒業し、家に帰り、仕事を持ち、しばらく競技から離れていたので、そのTシャツのことは忘れていましたが、タンスを整理していて、再びそのTシャツと出会いました。懐かしいと見つめているうち、なぜこのTシャツはあんなにも私を励ましてくれていたのか、それはこのTシャツに家族のエピソードが重なったからだ、なぜそんな大切なTシャツのことを今はすっかり忘れていたのか、それは今は励ましてくれる家族がいつもそばにいてくれるからだ…と、そんなことに気付かされました。

そのTシャツは今でも大切にしまってあります。ボロボロに擦り切れたTシャツですが、生涯捨てられそうにありません。


[148]>146 建て替えの時に prime7

思い出の柱かあ~。とっとけば良かったなー。建て替えの時に、何かに使えば良かった。ビフォーアフターみたいに。


[149]◆ファミリーコンピューターですね。 haruta-hizasi

子供の頃にせがんで買ってもらったもので、唯一 今でもTVの下に

置かれているものです。(カセットBOXも有ったりするんです ^^;)


[150]>142 すり鉢 atomatom

ぼくも古道具屋でたしか400円で同じ大きさのすり鉢買いました!電車で持って帰るのが大変で大変で。買ったときは「よし、これで魚のつみれをガンガン作ってやるぞ」とやる気満々でしたが、あとの手入れの面倒さを想像して、実はまだ一度も使っていません。

ところで、すり鉢のように「目の切ってあるもの」は関西では「高いところに置くな」といわれていて、伏せて低いところに置いているようです。


[151]>139 鏡台 peach-i

母が今でも大事にしています。

自分が生まれた頃からあったので、相当なねんきの入ったものです。

新しいものを手にしても、大事にしたい古いもの。

使い勝手は悪くても捨てたくないものってあるんですよね。

今の人より昔の人のほうが、モノを大事にしていましたね。

その鏡台の引き出しに母は、父との結婚指輪を大事にいつも、しまっています。


[152]>37 祖父の家の食卓テーブル peach-i

ずっと大事にしていて、捨てずに、その台をそのまま作り変えて、足をつけてテーブルにしています。

新しく買い換えずに、そうして大切にする祖父の心が好きです


[153]>147 外国に行くとTシャツを買う atomatom

自分へのお土産にTシャツを1枚買って帰ることにしています。すぐに痛んでぼろぼろになるものもありますが、部屋着にしてずっと持っていますね。いくらで買ったかっていうのも案外覚えているんですよ。

中にはまれにものすごく丈夫で長持ちするものもあって、15年ほど着続けているものもあるんです。


[154]>48 日記 peach-i

読み返すととても恥ずかしいので、とっておきながらも読み返せない自分がいます


[155]>81 大事な思い出の品ですね! vivisan

hanatomiさんのお父様、たいへんだったのですね。実は義父も脳溢血でした。たまたま病院にいく途中でろれつがまわらなくなって、義兄がそのまま病院につれていき発覚したので大事に至らず、後遺症もまったくありませんでした。

なので読んでいて、ちょっと義父と重なってしまって、思わず涙がでてきました。

お父様ご自身の字でかかれた文字。これは回復の第一歩ですね。

いつまでも長生きしてほしいですね♪


[156]>150 すり鉢にすり込まれた思い出 Lady_Cinnamon

TomCatさんのご両親とこのすり鉢のお話、静かながらに心にじんとし見てきました。すり鉢なんぞ、たかが道具の一つ。それがスライディングキャッチでお母さまを守ったかのような思い出になったり、お父様との2人きりの芋すり合戦で再びイエに灯がともったり・・・。

たかがすり鉢、されどすり鉢・・・まさに文字通り。その大きなすり鉢にご両親の思い出がすり込まれているわけですが、きっと近い将来、新たな家族との思い出がすり込まれていくでしょう・・・と、私は予言しておこうと思います(^^)


[157]削り節器 vivisan

削り節器というのが本当の名前かどうかはわかりません。かたちはカンナみたいになっていて、固い削り節を削っていくと下にたまっていきます。

以前にも書いたことがあったと思いますが、実家のお雑煮はもち菜とけずり節のみ。けずり節をかけるとまるで踊っているように見えて、見ているのがとても好きでした。


母がお雑煮を作っているなかで、削り節をけずるのは父の仕事でした。

まるで大工さんがカンナをけずっているように長いふわふわのけずり節が下にたまっていきました。父が行っているのを見ているととても簡単そうで、

「私にもやらせて!」

と小さい頃はせがんだものでした。

最初は、危ないからということで、削らせてはもらえませんでした。

しかし、小学生になってしばらく経ったとき、父から許しをもらったのです。


父に教えてもらいながら削ってみました。

しかし、私がけずったものは短くてしかも細かくて、とてもけずり節には思えませんでした。

なんでだろう?

そうすると、父はけずる部分に蒸気をあててその部分を少し湿らせてくれました。

「蒸気をあてた部分をこするように削ってごらん」

するとどうでしょう?まだまだ荒削りですが、少しずつふわふわになっていくではありませんか!

でもまだまだ父のようにはうまくいきません。

「毎日練習すればうまくなるよ♪」

と父は言ってくれました。

刃があまりでっぱりすぎだと薄くはけずれませんので、父はその部分も調整してくれました。


父も年をとったので、現在は固い削り節をけずることはなくなりました。

あるとき、実家でこの削り節器をみつけて、削ってみました。

最初の頃はうまくいきませんでしたが、長く削っているとコツを思い出しました。

うれしくて削りすぎてしまいましたw

このけずり節器は私がもらいうけました。

今ではダンナが削ってくれます。私よりも数段うまいですw

父や母、私、ダンナといろんな人の手によって削ってきたこのけずり節器ですが、ちゃんとお手入れをしています。いつまでも使い続けていきたい大事な道具です。


[158]>136 イエの味の継承 vivisan

結婚してみて知ったのが、実家の味と嫁ぎ先の味が違うことでした。土地土地の味のつけ方にも違いがありますが、やっぱり味のつけ方ってイエ独特のものですよね。

あまりダンナの実家に伺うことはできませんが、こちらの味も覚えていかなければと思います。

いなり寿司は母の味が私にはどんなおいしいお店の味よりも一番です。味のつけ方を教えてもらっても、まだまだ届きませんが、ちゃんとうけついでいきたいなって思います。


[159]>60 絵付けのマグカップ vivisan

自分がかかわったものというのは出来不出来にかかわらず思い出に残って、ずっと使い続けてしまいますよね♪

実物をみれば、そのときの思い出がよみがえってきます。

鎧の着付け体験のお手伝いで、産業祭にいったとき、絵付け体験がやっていました。

暇な時間をみはからって参加してみたのですが、せっかくだから鎧に関係あることをと思って、マグカップに武将の名前を書きました。茶色しか使わず名前のみでしたが、実際にできあがってきたとき、なんと下手な字で書いたんだろう・・と笑ってしまいました。

でも、これが愛着がわくんですよね!気に入ってずっと使い続けています。コレを見るたびに、コレを作った日は寒かったなぁ・・なんて思い出していますw


[160]>74 母と祖母の結婚指輪 Lady_Cinnamon

欧米では結婚指輪といったら金ですが、たぶん、団塊の世代である母の時代の日本では、銀やプラチナ製の指輪が主流でしょう。

父方の祖母の結婚指輪。日本では珍しく、金で出来ていて薄いけれどちょっと幅のある指輪なんです。父にとっては実母の形見ですので、妻である母にはめてもらいたいと時々言っていたそうです。

そんなやり取りが夫婦の間であったのは、子供の私には知らされていませんでした。また、手指もサイズの事もあってか、母自身、その金の指輪をはめたがる様子はなかったそうです。

ところが以前、母が事故にあいまして、左手首から肘にかけて大手術を行うことになりました。母の担当医さんから、手術や術後の事を考え、指への血流を妨げるという理由で、母の銀製の結婚指輪は切断して良いかと確認を取られました。

とにかく母に指輪の事を確認すると、ぼぅっとした頭の割に、何だかんだとあまり良い返事をしませんでした。ただ時間の問題もあり、手術については父でなく私が対応をしていましたので、後遺症や命の問題が優先だという勢いで、瞬間的に「指輪は切って構いません」と病院側に伝えました。

手術も無事に終わり、入院リハビリ生活がしばらく続きました。母の指輪は術後に父が預かりました。病院とイエを行き来する忙しい毎日でしたが、ふと父から、切断された母の結婚指輪を見せてもらいました。

古びたその指輪のゆがみをみて、妙に心細くなったものです。古いからとかゆがんでいるからということよりも、切断された切り口が、父母の何かを切ってしまったのではないか・・・という感じがしたのです。

それから数ヶ月後、母の左手はリハビリによって正常に動くまでになり、指もやや細くなりました。父母はまた私がいない間に、どうやら指輪の事で話し合いをしたようです。切断されてた母の銀の結婚指輪は、ちょっと引き伸ばして作り直してもらいました。

何故かその時から、父方の祖母の金の指輪も、母は快くはめるようになりました。その理由はまだ語られていませんが、食器洗い中に祖母の金の指輪が外れるたびに、「あらあら」と言いながら2つ目の指輪をはめなおす母の横顔は、いつも笑っています。

夫婦の気持ちと妻の気持ち。まだまだ私は子供なんだな・・・なんてそう思う瞬間がイエにはあります。


[161]>52 不思議な体験! vivisan

すごいです!本当に宝物ですね。さすがMINTさんならではの姉弟のほほえましいお話でした♪お父様が愛用されていたラジカセはきっと、姉と弟がケンカしたのをみていられなかったのでしょうね。それで二人に録音と再生の時間を与えてくれ、仲直りのきっかけのプレゼントをしてくれたのだと思います。

私の弟も苦しいときに力を貸してくれました。何度ケンカしたかわかりませんが、すぐに仲直りできてしまうんですよね。ほんとうに兄弟っていいなぁ・・ってしみじみ思いました。


[162]>128 いつか針が動き出してほしいですね Lady_Cinnamon

懐中時計・・・私にとっても昔から憧れの時計です。特に古びた感じのものに惹かれます。何かの小説で、手巻き式の腕時計をしている主人公がおり、1日の内にかなり時間がずれるから、しょっちゅう電話の時報案内を聞いては時計合わせをしていました。

愛着のあるものほど、壊れても壊れても、直して直して使い続けたいものですよね。でも職人さんがいないとか、部品がないとかという事情で、折角の物も使えなくなるご時世が侘びしく感じます(我が家の家電事情で、似たようなことがしょっちゅうあります)。

to-chingさんのおじいさんの懐中時計。職人さんは(日本だけ?)減る一方なんだと思います。時計とか磁器とか伝統文化産業が有名な国(スイスとか北欧かな)も、やっぱり職人さんは減る一方なのかなぁ・・・。そうなると、時代という波に呑まれ過ぎじゃないか・・・なんて滅入ってきます。

余談ですが・・・

私もつい憧れが先立って、安物の懐中時計を買ったことがあります。私好みというよりは、若者好みのちょっと奇抜なデザイン。今もカバンの中に常に入れており、仕事などで時間合わせが必要な場合、腕時計だけでなくその懐中時計を首や腰からぶら下げています。

街の時計屋さんでその安物を買ったのですが、手巻き式といった本格派のキラキラ光る、いかにもお金持ち仕様ですという逸品物も並んでいました。私の身丈にもお財布事情にも合うものではありませんので、見るだけ・・・で終わってしまいました。

でももし、今の身丈に合っていない高級な懐中時計を買っていたら・・・。使い続けて数十年もたてば、今は不相応でも将来骨董品になった時には、その時の自分や家族に親しまれるような、愛されるモノに変わってくれているのかもしれませんね。


[163]>149 ファミコン tibitora

ファミリーコンピューター、懐かしいです。

私も子供の頃親に買ってもらいました^^

ファミコンのソフトは今のソフトに比べてずいぶん頑丈でしたよね、畳の上に置いていて踏んでしまった事があるのですが、一部分が欠けても問題なくゲームが出来ました(^^;

マリオブラザーズも兄弟でよくやっていました、マリオブラザーズやバルーンファイトとか2人同時にプレイするものはどうしてか「プレイヤー同士の邪魔の仕合」になっていました・・・なんだか大乱闘スマッシュブラザーズとかの2人版みたいな感じです。

風船をわりあったり、ルイージがマリオの背中をぐいぐい押して敵のほうにやったりマリオが飛んでよけてルイージが敵にぶつかったり。

ドラクエ?のどっちを向いても正面で一人旅も懐かしいです。

復刻とかでなく、当時のゲームでまたファミリーコンピューターのゲームをやってみたいです。


[164]>46 凄い。理想ですね nakki1342

自分が欲しいなと思ったものを

買うことを目指してコツコツ貯金

そして買うってホント凄いと思います

貯金しようと思ってもそれが出来ないので

尊敬します

分割払いもいいけれど

欲しいものを買うことを目指して貯金して

買ったものって大事に使う事が出来るだろうな・・


[165]>71 ピアノ futanbo

私は、大人になって(おばさんになって)ピアノを習い始めたんです。ある日先生のグランドピアノを弾いてるときピアノが語りかけてきた感覚に襲われ、「え、なんだこれ」・・なんか不思議なピアノとの一体感を感じたんです。ほんとに一瞬の出来事だったのですが、その

感覚にトリツカレテ、電子ピアノだったんだけど、生ピアノ、それもグランドがどうしてもどうしても欲しくなり、お金ないのに、安い中古のグランドを買ってしまいました。あの日の

感覚はあの時だけでした。私は木が好きなので、もしかしてピアノの響版となんか響きあってしまったのかなあ。。。。

とりつかれたはずのピアノは、体調やらで、習うのをやめてしまって、最近弾いてないんです。でも時々弾くと優しい音で、本当に癒されます。


[166]>161 ラジカセ futanbo

不思議な体験も魅力的な話ですが、テープで謝る弟さんがかわいいですね。。

なんかセカチューみたいだなって思いました。

直接口で言いにくいことって今だったらメールだったりするだろうけど、

テープのメッセージもいいですよね。なんとなくトーンとかで、気持ちも

伝わりやすいし。。テープを入れてるときの相手の姿を想像すると、なんか

嬉しい気持ちになりますね。ほんとにいいご兄弟ですね^^


[167]>155 父の走り書き futanbo

お父さん、回復されてほんとに良かったです。

私も、子供のころ父がくも膜下出血で倒れて、奇跡的に助かったんで思いだしてしまいました。その後のリハビリも大変だったことと思います。でも後遺症があっても、子供にとっては生きていてくれていることがほんとに嬉しいですよね。

私の父は、10年前に他の病気で他界しましたが、他界後に脳で倒れたときのリハビリの

ノートが出てきて、にょろにょろの文字を初めて見て、泣きましたね?。。。


[168]>122 DVD! futanbo

おお!最近は卒業アルバムDVDなんですね?。重くなくていいですね^^

旧式のは、やたら重いです。

卒業アルバムの写真て、みんなへんな顔じゃないですか?なんかやっぱり

自然な顔じゃなくて・・。みんないい顔のを選ぶのも不可能だろうし・・。

でも、昔の友達が集まったとき、いろいろ思い出すのにいいですよね。


[169]>151 鏡台 futanbo

三代にわたる鏡台。昔のものっていいものがあるし、今レトロで好きな人も多いし長く使える家具を大事に受け継いでいくってゆうのは、いいことですよね。

ほんと、最近はみんな、新しいのが欲しいと惜しげなく前のを捨ててしまう人が

多すぎて悲しいですね。。


[170]>168 宝ものだけど恥ずかしい nakki1342

卒業アルバムって

それを見るだけでその当時が

思い出されるのでいいのですが

顔とか・・あまり写りがよくないので

それを見るのがちょっと・・なので

他人に見せるのは恥ずかしいものです

もう少し自然でいい表情だったら

少しは、そんな気持も減るのですが・・


[171]>168 卒業アルバム rsc96074

最近は、DVDになっているというのは、私も驚きです。卒業写真の顔は確かに変なのもあります。中学校のは変でしたが、高校のは、カメラマンの腕がいいのか、カッコよく撮れていたのでお気に入りです。


[172]>75 学年ごとに canorps

子供一人ひとり学年ごとに作品を衣装ケースにしまっています。

大きくて入らないものは写真にとって。

(全部保存できないのが残念ですが)

絵は全部ありますね。

成長が実感できて、良い思いでの品になりますよね。


[173]>167 泣けますね TomCat

私の父は、ほとんど何の前触れもなく、突然いっちゃったんです。だから本人も、まだまだあと数十年は元気いっぱいだと思っていたのでしょう。色んな未来の希望を書き散らしたメモが見つかったんです。ほとんど落書きに等しい走り書きですが、そこには田舎暮らしの夢の構想が色々書かれていました。家の周りに実のなる木がぐるりと植えられた図。鶏小屋と山羊小屋が棟続きの家。ああ、こういう暮らしが夢だったのかと、その時私は初めて知りました。

その夢、私が引き継いできっと実現させます。親父の気に入りそうな終の棲家が決まったら、親父のメモ、持っていきますよ。そしてそれをベースに、夢の実現を目指してみます(^-^)


[174]>144 男のロマンが共感しあって新たな物語を作り上げていく TomCat

男のロマンって、なかなか他人に理解されないんですよね。熱を込めて語りたいロマンが、取り付く島もなく却下されてしまう。これは悲しいです。それだけに、共感できる相手が登場してきたら、これは嬉しいですよね。それが、理解してほしかった家族なら、もう最高です。

だから、お父様は息子にそれを託したかったんですよね。手放すんじゃない。思いを共有できる最も信頼できる家族に託す。それはとても幸せなことだと思います。501の歴史に、親子の思いと日々が積み重なって、新しい物語を奏でていく。素晴らしいことですね!!


[175]>165 音と自分が一体になる瞬間 TomCat

ピアノと自分が突然響き会う瞬間。分かるような気がしますね。

私はそれとはちょっと違うかもしれませんが、ライブをやっていた時、下を向いていてふと視線を上げたら、正面上方のピンスポットから、光が粒子になって降り注いでくる様子が見えたんです。最初は妖精の羽根からこれ落ちる光の粉のように、それは舞っていました。マイクスタンドに手をやると、光の粒が束になって私を射抜いてきたんです。一瞬本当に光に吹き飛ばされそうな感覚でした。体勢を立て直して声を出すと・・・・。信じられないような透き通った声が、マイクに吸い込まれていく感覚を覚えました。本当にその時は、まるで奇跡のような、最高の歌が歌えました。

その後、何度舞台に上がっても、ピンスポットの光を受けても、そんな感覚になったことはありません。でも、いつかもう一度、あの快感を味わってみたいと思っています。

ピアノにも、きっとそう言う瞬間ってありますよね。ピアノはある程度の基礎が有れば、習うのをやめてしまっても、どんどん独習で実力が付いていくと思います。たくさん弾いてください。グランドピアノなんてうらやましいです♪


[176]四葉のクローバーの押し花 canorps

私が始めて一人暮らしをするため、関西に引っ越す時に

母が多摩川の川辺で探してきてくれた四葉のクローバーを

押し花にして渡してくれました。

今も大事にしまってあって、それを見るたびにがんばろうと思うのです。


[177]ファーストシューズ。 canorps

子供たちが生まれて、はじめてはいた柔らかい素材の靴。

まだおぼつかないけれど、あんよができるようになった時の足のサイズを

その靴を見るたびに思い出します。

初めてのファーストシューズは、今のようにくたびれたりしないので

まるで新品のようにぴかぴかですが、一人ひとりに用意して

大事にとってあります。

手のひらサイズの靴は、ほんとうにかわいいです。


[178]>98 ピースの香りとハンチング TomCat

ピースの香りと、ハンチングという粋なアイテム。お祖父様のダンディぶりがうかがえます。帽子は体の一部のように愛用されていく物ですから、きっとそのハンチングにもたくさんのエピソードが込められていることでしょうね。

私は、母方の祖父も、父方の祖父も、とても思い出深く覚えているのですが、何一つ、形見になる物を持っていません。一緒に住んでいなかったんだから当たり前かとも思いますが、お祖父様のハンチングを思い出の品としてあげることのできるakauoさんが、とてもうらやましくなってしまいました。


[179]>176 故郷のクローバー TomCat

お母様の思い出、家族で暮らした街の思い出、色んな思い出が詰まった四つ葉のクローバーなんですね。お母様がどんなお気持ちでその四つ葉を探してくださったのかと思うと、なんだか私までジンとさせられるものがあります。

その思いに応えようと頑張る。頑張れるから幸福がやってくる。そんな物語が、これからもたくさん積み重ねられていきそうなクローバーですね。いつまでも大切にしてください。

関連質問


●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ