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【イエはてな】“イエ・ルポ 2” #025

THEME:「子供の頃に夢中になった!いろんな遊び温故知新」を教えて下さい

「街を見渡せば、100通りの家族に100通りの家。家をのぞいてみれば、それぞれの暮らし振りが面白い!」と展開してきた“イエ・ルポ”の続編コーナーです。“イエ・ルポ 2”では、特にマチとイエ、人と家族のドラマやものがたりを語らっていきませんか?毎回のテーマに沿って、あなたのルポをご投稿下さいね!
豊かな暮らしを創っていく〈イエはてな〉のマインドで、みなさまのご参加をお待ちしています!


*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿下さいね!

「Welcome to イエはてな」
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080731

テーマ詳細とルポ例
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20081205

プレゼント変更ご案内
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080729


※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。ご回答頂く時にもご参考下さい。また投稿期間中はできるだけはてなスターのご利用を控えて頂けますようお願いいたします。
※質問は12月11日(木)正午で終了させて頂きます。

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●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:12月11日 theme あなた いね おすすめ
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 364/364件

▽最新の回答へ

[1]ドロケイ sayonarasankaku

休み時間になると、よくしていました。

その地方によって、呼び方がいろいろ変わるようです。


[2]>1 ケイドロって呼んでました dankichik

私の地方?年代ではケイドロって呼んでました。たくさん走る、運動になる遊びでしたねえ。


[3]秘密基地づくり powdersnow

防音林の中にだったり、穴みたいなところにだったり、いろいろ作りましたね。

他のグループと戦ったりとか、無茶なこともしていました……懐かしすぎる。

今考えると、大人にとっては迷惑な存在だったなとも思います。

昔は粗大ゴミが普通に捨てられた時代だったからこそ成り立った遊びというのもあるのかもしれませんね。


[4]>2 自分の地域は「ドロケイ」でした powdersnow

ケードロも使っている人はいたような……

子供の頃は、この手の遊びは大抵、逃げる方に人気が集まった物ですが、

実は捕まえる方が楽しかったりしますね。


[5]かくれんぼ dankichik

一番メジャーな遊びでは?隠れてる時はどきどきで、そのスリルが好きでした。


[6]>4 泥警です。 helltaxi

泥棒と警察ってことで逃げ回る泥棒の方が好きでした。

捕まった後の助けを待っている時の泥棒もなかなか楽しかったです。


[7]自転車で遠くの公園まで遊びに行く powdersnow

地元から川沿いに自転車で数時間かけてやっと到着する公園にローラーの滑り台があって、一時期学校で話題になり、無茶して出かけたりしました。

子供の頃は、自転車でどこまでも行けましたねー。


[8]>3 秘密基地ー! sayonarasankaku

懐かしいー!

ワクワクしましたよね。(笑)


今は秘密基地を作れるような空き地はない気がしますね。


[9]缶けり sayonarasankaku

大人数だと缶けりもよくしました。

本当に、身体を使う遊びが多かった気がします。


[10]>3 同級生の男の子が原始人の家のような基地を作ってました。 helltaxi

ちょっと憧れましたけど結局、空き地に作ったために大人に壊されてました。

でも、小学生でもあんな素敵な基地が作れちゃうってことに感心しました。


[11]>6 呼び名はいろいろ kabatotto

呼び方は他にも、ドロケイやどろけ、ドロジュン(泥棒と巡査)、ドロタン(泥棒と探偵)、悪漢探偵、タンテイ、探偵ごっこ、助け鬼(捕まった人を助けるから)、など様々である。

↑Wikipediaには、このように載ってました。


[12]〇缶蹴り!・・ nanairokamen

〇近所の子らとの缶蹴りは楽しかったな?・・


[13]バスケットボール(3on3) powdersnow

スラムダンクなどの影響で、一時期、爆発的にバスケが人気を博した時期がありました。

あの頃は、街のどこのフープも人であふれていて、プレーするための場所を確保するだけで、まず他の集団と先取り競争。

シューズ狩りなんて騒動も起きたこと思い出されます。


[14]雪合戦 helltaxi

雪が降った時限定ですが小さい頃は雪が降ると

カマクラや雪だるまを作って雪合戦をして遊びました。

中学の時、なぜか体育の授業で雪合戦をしたこともありました。

寒さを忘れて楽しんだ思いでがあります。


[15]〇ビー玉遊びは!・・ nanairokamen

〇近所の子らとのビー玉遊びは楽しかったな?!・・


[16]ゴムとび rikuzai

これも地域によって呼び方やルールなど千差万別のようですが、

私が小学生の頃に夢中で遊んでいたのは、

大きな輪になった白いゴムの中にまず二人が入って足首などにかけてピンと張り、

二本になったゴムに足を引っ掛けてから掛け声をかけて、

一人や複数人で歌を歌いながら飛ぶものと、

呼び方は忘れてしまいましたが、ゴムを飛べる高さを純粋に競うものとがあったと思います。

歌は「アマリリス」と数え歌のようなもの。

いっせーのせ、と掛け声をかけて、始めるのはどちらも一緒だったかな。

チーム制の時はリーダーから順番に上手な人から入って行き、

最後全員でノーミスでクリアできるかを競ったりしていましたね。


そういえば高さは○○段と呼んでいたような。

足首段とか腰段とか。

頭段になるともうある意味遊びと言うよりは陸上競技のようでした。


今チャレンジしたら間違いなくコケますね。


[17]>8 がけっぷちに rikuzai

秘密基地を作っていました。

丁度バイパス工事が住民の反対運動でストップしていたらしく、

山肌を削った工事現場にみんなで忍び込んで、

地層むき出しのがけにスコップを立てて足場を掘り、

三メートルくらい上に洞穴を作ってそこを基地にしていました。

夕焼けがすごくきれいで、時間を忘れてぼんやりしたり、

足場から落っこちたりと色んな思い出がありますね。


[18]>11 ケイドロ・「太陽に吠えろ」を歌いながら逮捕に向かった! iijiman

やりましたねー、私の小学校では「ケイドロ」と言っていました。

丁度「太陽に吠えろ」なんかの刑事物ドラマが流行っていた頃で、

「てれてぇ?ん、てれてぇ?ん」(文字で書くと意味不明)などと歌いながら、泥棒役の逮捕に向かったりしていました。


[19]たかおに!! watena

高い所に上っていればつかまらない、というルールの鬼ごっこです。この「高い所」というのが曲者で、たとえば学校の校庭なら朝礼台に上って逃れるとか、鉄棒に飛びついて逃れるというのが本来のルールが想定する「高い所」だと思うのですが、子供はなかなか狡猾ですから、紙を一枚持って歩いて、鬼が来たらそれを地面に敷いて上に乗り、0コンマ何ミリ確実に高い、などと言い張るやつが登場したりするのです。

私は下駄を履いて、これぞ永遠のセーフゾーンだと言い張ったことがありましたが、それはあっさり却下されてしまいました。その日、履き慣れない下駄での鬼ごっこは大変でした。鬼太郎の偉大さがよくわかりました(笑)


[20]>17 大人との攻防が最大の難関…… powdersnow

作る→発見される→壊されor撤去させられる…これの無限ループ状態でしたね。

なので、仕上がり以上に、如何に見つからない場所を発見して作るかというのもポイントでした。

今思えば、迷惑な場所に作ったこともあったと反省。


[21]ダルマさんがころんだ sayonarasankaku

たくさんでやるのが楽しかったです。

つい勢いあまって、つんのめったりしてしまったりしました。


顔の表情も変えないように、

息を止めて笑いを堪えてやってました。(笑)


[22]>20 秘密基地 tibitora

私も子供の頃に兄弟やいとこと作りました。

ロープやダンボールで作ったりして楽しかったです。

甥っ子はダンボールに穴を開けただけの簡易秘密(部屋の中なので秘密ではないですが^^;)基地で遊んだりしています(笑)


[23]将棋 rsc96074

小学生の頃、父に将棋を教わったんですが、はじめすごく弱かったんですけど、何とか強くなりたいと本を買って勉強したら、父や近所の中学生にも勝つようになりました。当時、局面がそのまま頭の中に入っていて、負けそうになった相手が将棋盤を払って駒を落としても、全部元のように並べ直すことができました。


[24]自転車で「定期観光バスごっこ」 iijiman

子供の頃、個人的にハマっていた遊びがありまして。

それは「定期観光バスごっこ」。

自転車で、南紀白浜を走っていた「定期観光バス」・・・様々な名所を回って案内する観光バス・・の「ごっこ遊び」をしていました。

当時私は、親の勤める某企業の社宅に住んでおりまして、その敷地内にはA?Cの3棟が建っていました。

A棟に某室に住んでいた私のイエの階段の前が「バス乗り場」。

そこを起点に、社宅の敷地内を「観光ガイドをしながら一周する」するのです。

例えばA棟の裏にはちょっとした芝生敷きと植え込みのようなスペースがあったりして、「A棟原っぱ」と呼ばれていました。

「次は、A棟原っぱ、A棟原っぱでございます。この原っぱは大変見晴らしが良く・・・」

B棟の前には、子ども達が軟らかいボールで「手打ち野球」をするのに好適なスペースがありまして、

「次は、B棟グラウンド前、B棟グランド前でございます。このグラウンドは野球が大変盛んで・・・」(そういえば当時はサッカーってマイナーなスポーツだったなあ。まだJリーグとか出来る前で。阪急ブレーブスが優勝していた頃、というと歳がバレますかな?)

C棟の裏には駐車場があります。

「次はC棟駐車場、C棟駐車場、この駐車場には大変色々な車が停まっておりまして・・・」

・・・といった具合に、社宅の中を巡るのです。

お客さんは・・・自転車なので、運転手もバスガイドもお客さんも「自分」しかいない訳で。

孤独な遊びでもありました。


[25]フルーツバスケット sayonarasankaku

小学生の頃にお楽しみ会などの行事があると、

必ずこのゲームで遊んだ気がします。


「ズボンをはいてる人?」とか「朝、目玉焼き食べた人?」などの質問で当てはまる人が

席を替える、椅子取りゲームのような遊びです。

ときどき「フルーツバスケット!」の声がかかると、みんな大慌てで席を探していました。


[26]>19 色おに iijiman

私の子供の頃も「たかおに」は、やりました。

そして、それに似た遊びに「色おに」がありました。

鬼が指定した色の物体に触れていれば捕まらない、セーフゾーンになるというものでした。

「肌色」とか言って、全員セーフにしてしまって自爆した奴・・・は私です。すいません。


[27]シャボン玉 tibitora

みんなでたくさん作ってきらきら光りながら飛んでいくのを眺めたり。

シャボン玉を誰が一番大きく作れるか、誰のシャボン玉が一番遠くまで飛んでいくかと競争もしていました。

ストローだけでなくいろんなものを使って作って遊んでいました。

子供の頃は手でくるくる回すとシャボン玉がたくさん作れるおもちゃにあこがれていました(笑)

たしかドラえもんかなにかのアニメキャラのおもちゃでした。

ちょっとちがいますがこんな感じのだったかなと思います。

http://item.rakuten.co.jp/pretzel/10002100/

きかんしゃトーマス バブルメーカー


[28]靴飛ばし tibitora

ブランコを思い切りこいで靴を飛ばす「靴飛ばし」。

子供の頃やっていました、よく誰にも靴がぶつからなかったなと思います。

飛ばした靴を取りにいくときは片足でけんけんしながらとりにいっていました(笑)


[29]石蹴り tibitora

学校からの帰り道に石1つ決めて、自分のうちの前までなくさずに蹴って帰るという遊びをしていました。

途中で溝や川に落ちたり道路のほうに行ってしまうことが多かったのですが、うちの前まで石を蹴ってこられたときには達成感があってうれしかったです^^


[30]>16 なつかしいですね。 sakura19749

ごむ飛び。むかしよくしてました。

歌を歌いながら、其れにあわせて

ゴムをあしにひっかけたりしながら

するものもありました。


[31]>29 凄い!達成者がいらしたとは!>石蹴り iijiman

私は小学校から家まで15分くらいでしたが、石蹴りをやって、自宅まで到達出来た記憶がありません。

ご指摘の通り、途中で溝や川に落ちたりしてしまうんですよね。

いや、達成した方がいらしたとは!

頑張りましたね?!


[32]>30 私もよくやりました? chika508

「グーパーグーチョキグーパー、ひねってグー」

上手く出来たら、次はゴムの高さを1段階上げてやりました。


[33]あやとり TinkerBell

いつも自分用の毛糸の輪を持ち歩いていました。

毛糸の太さや長さには自分なりの好みがあって、

特に一人あやとりの場合は、自分の毛糸でないとだめなんですよね。

私のはレインボーカラーの、とってもきれいな毛糸でした。

ところで、あやとりは、その歴史がよくわかっていない遊びなのだそうですね。

歌が付いているような遊びなら、その歌から歴史がわかるかもしれませんし、

大人の職人さんが道具を作るような遊びなら、大人の人がどこかに記録を残しています。

でも、あやとりには歌も何も付いていませんし、

使う道具もありあわせの糸を子供が輪にするだけですから、

調べる手がかりがないのです。

でも、世界各地にあやとりと同様の遊びがあるそうで、

世界のあやとりの基本パターンを研究していくと、

あやとり文化の流れがわかるらしいという話を聞きました。

日本ではあやとりはみやびな遊びと考えられていたらしく、

これが庶民化したのは江戸時代以降といわれています。

これを書き込む前に、久し振りに毛糸で輪を作って、一人あやとりをやってみました。

うわぁ、やりかた、けっこう忘れちゃっています。

指を動かすのは脳の刺激にもなってとてもいいらしいですから、

またあやとりにこってみたいなと思いはじめています。


[34]>32 ゴム跳び wacm

昔のゴムはちょっと力を入れて伸ばすとあっさり切れてしまいますよね。歌に合わせて楽しく跳ねていると夜になる直前まで友だちと遊んでいた幼い頃を思い出します。単純ですがなぜか長続きして、時間を忘れてしまいます。


[35]>22 秘密基地 wacm

学校の近くに空き地があったので、近所の材木屋さんから使わなくなったベニヤ板や廃材を持ってきて基地を作っていたら、なんとそこは校長先生の土地でした。あまりにも出来の良さに写真を撮って、学年が上がるまでそのままにしてもらいました。先生の広い心を当時、感じたものです。


[36]ぶら下がりシーソー chika508

小学校の校庭にありました。

シーソーにつかまっている自分と相手の握力だけが頼りなんですが、

体がぶわ?っと宙に浮く感覚が好きで、友達とよく遊びました。

今の時代では考えられないくらい危険な器具かも^^;


[37]>18 けいどろ wacm

私の住んでいる地区ではケイドロと呼んでいました。どうも済んでいる地域や時期によって呼び方が変わるみたいですね。小学生でもルールをきちんと覚えるようになってきた3年生あたりから流行るのでしょうか?!そんな記憶があります。


[38]ドッジボール wacm

私が通っていた小学校では1つ上の学年が県大会で3位に入賞したので驚きました。逃げるのが上手い人、甲斐や専門で当てるのが上手い人、戦力が均等になるように割り振るのが一番大切なことですよね。お昼休みにしてました。


[39]>5 かくれんぼ wacm

同じクラスの友だちでしたが工場に隠れていたら夜になって工場は閉まってしまい、近所一帯で誘拐なのではないかと大騒ぎました。幸いにも隠れていただけだったので、何もありませんでしたが、翌日先生と両親にこっぴどく叱られたそうです。ただ、隠れるだけなのにここまでできるなんて真剣に熱中していたんでしょうね。


[40]>21 だるまさんがころんだ fwap

やりました。鬼は水飲み場や鉄棒を背にして迎えていました。鬼をする人の中には変な顔をして笑わせようとしたり、鬼がいきなり笑い出してこっちが耐えきれずに吹き出してしまうことがありました。子供ですからズルもなく楽しくできる遊びですよね。


[41]>35 見てみたい!校長先生の土地に作った「秘密基地」 iijiman

wacmさんの「校長先生の土地に作った秘密基地」、写真を拝見したいですね!

廃材やベニヤから「建築」してしまったのだから立派なものです。

校長先生も話の分かる方で、いい話ですね?!

もしかして、そのメンバーの中から、後に大工さんか建築士になった人は現れていませんでしょうか?

私の中学の先輩で、子供の頃から鉄道が好きで、中学に上がる頃には半田で金属製車体を組み立てるくらいになっていて、自分の部屋には廃車になった阪急電車の座席を設置しているという人がいました。

その人は後に工学部に進み、今では本物の電車の設計をやっているそうです。


[42]>39 かくれんぼ fwap

一番最初に覚えた遊びはかくれんぼでした。数を数える、隠れる場所を探す、見つかったらルールに従う、鬼は順番に回ってくる。単純なゲームから社会性や協調性といった生活に必要なスキルを身につけたんではないかと思います。いつの時代もあった遊び、その中でもかくれんぼは、おそらく古く単純なものですので今後の続くことでしょう。


[43]>37 ケイドロ fwap

私の地区でもケイドロでしたが、隣の校区ではドロケイでした。なぜ、呼び方が変わるのでしょうか?!泥棒役は頭にはちまきを巻いて、目立つようにしていました。今考えるとよく分からないですが、当時は納得して遊んでいたことを考えると不思議なものです。


[44]>38 ドッチボール fwap

昼休み男女問わず楽しめたのはドッジボールですよね。体育だと太っている人がハンデを負いやすいですが、パワーがあったりキャッチング能力が高くて、チームの危機を救ったりして、驚くことがありました。ジャンプボールで活躍する背の高い人がうらやましかったですね。


[45]>23 将棋 fwap

将棋クラブというのが小学生の頃にありまして、そこでルールを覚えました。3ヶ月しないうちに地区で一番強くなったので、大人と交えて指してもらえたのがうれしかったです。いまでは、羽生さんが人気者ですが、当時は中原さんが全盛期でとても人気がありました。


[46]ちよこれいと・ぱいなつぷる・ぐりこ CandyPot

正式な名前は知りませんが、じゃんけんをしながら、チョキで勝つと「ちよこれいと」で6歩、パーで勝っても「ぱいなつぷる」で6歩、グーで勝った場合は「ぐりこ」で3歩歩けるという遊びです。場所は段の数で歩数が決まる階段がほとんどでした。

私たちのルールは、階段の一番上でピッタリ止まれないとだめなんです。歩数が余ると、その数だけ下がらなければなりません。だからなかなか上がりになれなくて、暗くなるまで「ちよこれ…あーん、2歩余った?」なんてやっていました。時々、あと3歩という子がパーで勝って「パセリ」なんて言って上がろうとしたりして大笑いになったりもしました。

学校の階段や、神社の石段や、色んな所で遊びました。なつかしいです。


[47]>41 秘密基地 aekie

秘密基地で夜を過ごすことって憧れませんでした?結局、できませんでしたけど。雨対策だとかいろいろ考えますよね。


[48]>44 ドッチボール aekie

楽しかったですよね。ピンチの時に突如としてヒーローが現われるのに驚きました。


[49]>43 ドロケイ aekie

影響力があった転校生のおかげで、ケイドロからドロケイに変わりました。


[50]>42 かくれんぼ aekie

かくれんぼは5?6人でやると楽しいですよね。人数が多すぎると探すだけで、一日が終わってしまう。その点の理不尽さをいつも感じていました。


[51]>14 雪合戦 aekie

遠足で行ってみんなで雪合戦をしました。スポーツ雪合戦があるので、やってみたいな・・・とTVで見るたびに思います。


[52]>40 なつかし〜♪ miyupie777

ちなみに京都では「ぼんさんがへをこいだ においだらくさかった」と言います。

京都限定?


[53]チェーリング miyupie777

1cmぐらいのプラスチックの輪っかで作った玉を5つ用意して、片手で1つ投げてる間に他の玉を2つ取って、だんだん取る個数を増やして、最後は5つ全部キャッチして…ってやつ。一時期学校中の女の子がハマってました。


[54]おままごと jane

ベタですが(笑)・・・「おままごと」をよくしていました! 幼稚園時代はもちろん、小学校に入ってからも遊んでいました。小学校は、全校生徒100人程度の学校だったので、学年を問わず遊んでいて、思いやりの気持ちや、たくさんのことを学びました。本当に良い思い出です。いまの子どもたちは、おままごとなんてしないのかなぁ。。。苦笑


[55]>25 やってました! jane

大好きでした。結構盛り上がるんですよね!(笑) 先生も、結構本気になったりして、子供ごころにわらってしまいました!!


[56]>34 ゴム段 jane

ウチのほう(東京・吉祥寺)では、そう呼んでいました。地方によって呼び方が違うんですね。


[57]こっくりさん jane

思い出すだけでも怖いので、あまり書きたくなかったのですが・・・流行っていました。特に、霊感の強い私は餌食(?)になっていました。。。泣笑


[58]>48 どっぢボール jane

どっぢボール


[59]>47 Fika

粗大ごみや自然の枝などを駆使していかに敵(大人?社会?子供の世界と対極にあるもの)から身を守るかですね。捨てられたマットレスを屋根にして、コンクリート輪切りの土管の上にかぶせて、暗がりをわいわいどきどき空間にさてたのを覚えています。


[60]コマ回し YuzuPON

児童館を中心に、特に男子の間で流行っていました。紐を巻き付けて回すコマです。コマは児童館で貸してくれるのですが、紐はそれぞれ愛用の物を自前で用意している人が多かったです。それぞれ工夫を凝らして、紐を「鍛える」んです。

たとえば紐とコマの接触を強くすればよくコマが回るかと、紐に何かを塗りつけたり染み込ませたりを試みます。

滑り止めって何だろう、弓では松ヤニを使うらしいぞ、松じゃないけどヤニが出てベトベトしている木があるぞ、よしそれを塗ってみよう、とか。

黒くなって強そうだという理由で靴クリームを塗り込んで、手が汚れなくなるまで丹念に拭いていた人もいました。

そうやって自分なりに鍛え上げた紐を使ってバトルをするわけです。ケンカゴマですね。でも回し方は下手なので、なかなか狙った所にコマが着地せず、景気よくカチカチとコマが弾き合うような姿はあまり見られませんでした。でも、そんな様子を想像しながら、どちらが長く回っていられるかを競っていました。


[61]>57 私のクラスでは禁止になりました YuzuPON

私のクラスでも、一瞬流行ったことがあるのですが、あれって催眠術のような効果があるのでしょうか。ちょっと普通でない状態に陥ってしまった人が出てしまい、危険な遊びとして禁止されてしまいました。

超常的なことが起こるという強い思い込みが伴った集中が、感受性の強さと重なってしまったのかなぁ、などと思っています。精神的な作用が伴うことは、安易にやるものではありませんね。


[62]粘土で勝負 momokuri3

小学生の時、クラスで爆発的に流行ったのが、粘土を使った勝負でした。まず代表が自分の油粘土を取り出し、坂を作ります。坂には先が二股に別れた溝が掘られます。参加者もそれぞれ自分の粘土で作った玉を持って集まり、溝に玉を転がして、どちらに行くかを当てるのです。当たったら持参した玉と同じ大きさの粘土を、坂からちぎって持ち帰れます。しかし外れたら粘土玉は没収。坂の粘土に加えられてしまいます。

勝負に使われる粘土の坂はだんだん高度化して、山道をくるくる回って玉が降りてくる物や、二股の分岐点がトンネルになっていて勝敗がわかるまでドキドキさせられる物など、様々なアイデアの凝らされた物が登場しました。

これは男女問わず流行り、特に雨で外に出て遊べない日の昼休みなどには、みんなでこの粘土の勝負に熱中していました。物を取ったり取られたりの勝負はしばしば禁止されがちですが、これは勝っても負けてもビー玉くらいの大きさの粘土のやり取りですから、まったく禁止されませんでした。


[63]>61 こっくりさん、ウィジャボード atomatom

こっくりさん、流行りましたねえ。大人になってアメリカにもウィジャボードという同じような遊びというか心霊術、交霊術があることを知りました。

きっと誰かがちょっとずつ力を入れているんでしょうけど、うーん、薄気味悪いのは確かですねえ。


[64]チェーリング atomatom

プラスティック製の小さな輪をくっつけてお手玉のように遊ぶチェーリング。これ小学校のときに大流行しました。男子女子の区別なく盛り上がってましたねえ。

いろんな技を編み出して、空中に2つほど同時に浮かしたりもしました。

今でもぼくはおジャミとかを見ると、ついつい手が伸びてしまうんですよね。


[65]>28 靴飛ばしかぁ。 atomatom

やりました、やりました。

ただ靴を遠くまで飛ばすってだけの遊びなのに燃えましたねえ。なんか女子よりも遠くに飛ばせないヤツは男ではない、って雰囲気もありましたよ。

一番遠くまで飛ばせても、結局は自分でケンケンして取りに行かないといけないってところがちょっとマヌケなんですけど、そういうのには気付かなかったですね。


[66]>53 ごめんなさい、ダブっちゃいました。 atomatom

ごめんなさい、見落としてツリー作ってしまいました。みなさん、どうかこちらに投稿をどうぞ?。


[67]野球ですね nakki1342

小学生の頃、団地に住んでいたのですが

広場で野球をして遊んでいました

やわらかいボールとおもちゃ用のバットだけが道具で

あまり打てなかったけれど

野球、楽しかったなあ。


[68]リレー。 nakki1342

夏休みのラジオ体操が終わったあとなど

子供がある程度集まってるときには

団地内でリレーをして遊びましたね

コースは、そのときによって違うのですが

競争は、やっぱり盛り上がってとっても楽しかったです


[69]>56 ゴム跳びとゴム段は、うちのほうでは別の遊びでした chinjuh

うちのほう(群馬県・伊勢崎市)では、ゴム跳びとゴム段が別の遊びだったような記憶があります。わたしはゴム跳びばかりしてましたが、自分より上の学年の人たちがゴム段をよくしてたみたいです。

ゴム段は(やったことがないので詳細は違ってるかもしれないけど)走り高跳びみたいにゴムを飛び越える遊びだった気がします。

ゴム跳びのほうは、歌いながらゴムを踏んだり足にかけたりして遊びます。

http://www.chinjuh.mydns.jp/ohanasi/uta/00_index.htm#gomu


[70]>49 うちはどろたんでした Kumappus

泥棒と探偵。。。でも探偵じゃ逮捕できないような気が今になってみるとします(笑)

一生懸命走り回ったなあ。。。


[71]>66 うちは男の子もハマってました。 Kumappus

やっぱりチェーリングって呼んでましたね。

休み時間、廊下に車座になって座り込んでやっていたような記憶が。

で、男の子なんで?ちゃんと点数をつけてました。

うまくなるとエンドレスでできてくるやつが出てきてだんだんつまんなくなってブームが去ったように思います。


[72]>64 これ、わたしはできなかったんですよー chinjuh

チェーリングは流行ってましたが、お手玉にして遊ぶのは出来る子がいませんでした。

わたしがチェーリングを繋げて遊んでいたら、

祖母が「おひとつ、おひとつ」とか歌いながらホイホイ投げてるのを見て

おもしろいーいって思ったけどおぼえられませんでした。

今かなり習得したい無駄技術のひとつです(笑)


[73]長縄飛び chinjuh

わたしが通ってた小学校は、なぜか縄跳びが盛んで、朝礼で縄跳びをしてたりしました。朝礼でやるのは一人用の普通の縄跳びですが、休み時間になると長い縄跳びを持ち出して、「羅漢さんがそろたらまわそうじゃないか」とか「提灯行列」「一はいった」「げっくりかっくり」なんかを歌いながらやったもんです。

不思議なもので、普段運動ができる子が長縄跳びも上手とはかぎらないんです。いや、たぶんそういう子は練習するとできるようになっちゃうんでしょうけど、興味の方向が少し違ってるのかもしれないです。歌にあわせて飛ぶんだから、跳び手が交代する時に、歌をとぎれさせちゃいけないんです。でも、紐に足がからまなければそれでいいと思ってる子が多かったですねー。わたしは運動音痴に自信があるタイプでしたが、長縄跳びは得意で、歌をとぎれさせないことにも密かにこだわってました。

最近ものすごく長縄跳びをしたくて仕方がないんですけど、大人になっちゃうとやるチャンスがまったくありません。長縄跳びオフを企画しようかと何度か考えたけれど、こういうのに食いつく人はダブルダッチなんかを華麗にこなすような人かもしれないと思うと、想像だけでしらけてしまって実行に移したことがありません。

わたしの場合、興味があるのはわらべうたで遊ぶことで、大人の技を競うことじゃなさそうですが、なかなか同好の士は現れません。


[74]スロットカー to-ching

当時はレーシングカーで通っていました。溝に電流がながれ走っていくやつです、もう親戚中の子供が嵌って!大変な盛り上がりでした。強かった、速かったのはやはり「タミヤ」でした。大きなレースも時々開かれ、参加したものですが、親戚の中で自分だけ予選通過できず、情けない思い出があります。もう、あんなに子供達が熱狂するような遊びは無いのでしょうね・・・。寂しい感じもします。


[75]>52 やったやった! chinjuh

かなり好きでした。毎日こればっかりやってた時期がありますー。


>京都では「ぼんさんがへをこいだ においだらくさかった」

id:miyupie777さん

これって、だるまさんがころんだのルールで遊ぶんですか?

そのフレーズで10+10数えられるのは知ってるんですが、

関東の「だるまさんがころんだ」はそういう鬼ごっこ風のゲームなんですよ。

鬼が後ろをむいて「だるまさんがころんだ」という間に

他の子たちが鬼に向かって歩くんです。

鬼が「だるまさん……」を唱え終わったらストップしなきゃいけません。

唱え終わって鬼が振り返った時に動いてる子は捕虜になります。

これを繰り返して、誰かが鬼に近づいてタッチしたら、一斉に逃げます。

鬼は早口で1〜10まで唱えてストップと叫び、叫んだらみんな止まる。

鬼は10歩で動ける範囲にいる子を捕まえて次の鬼にします。

この遊びを京都で「ぼんさんがへをこいた」でしているのでしょうか?


[76]>26 両方やりましたー chinjuh

色鬼も、高鬼もやりましたねー。

懐かしいなあ。


肌色自爆、経験あります、あははは。


[77]プラモデル to-ching

良く作りました、最低の値段は「ピーナッツシリーズ」の30円、こんな値段でも中々買えなかった・・・。最高の贅沢は、夜家族と食事して、帰りに模型店に寄って好きなプラモデルを買ってもらうことでした。でも、中々上手く出来なくて自分が嫌になった事も度々、今はちゃんと色も塗って凄い作品がありビックリしますね。今の子供はそんなこともしないから、不器用でビックリします。しかし、今はガンダムのプラモが大人気とか・・・あんなありもしない模型なんてナンセンスです。


[78]>58 大好きでしたね to-ching

体育の時間では、ポートボール、ハンドベースボール、フットベース、ソフトボールと並んで好きでした!


[79]>67 それしか無かったし to-ching

私達の世代では。でも今の大人、子供のボールの投げ方を見れば情け無くなりますね。お前らそれで○○付いているのかと思ってしまう。


[80]>48 何故ドッジか・・・ to-ching

参考にしてくださいhttp://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%B...


[81]キックベース Fuel

ルールはほぼ野球と一緒ですが、ボールにサッカーボールを使い、バットで打つのではなく足で蹴って試合をします。これの何がいいのかというと、ボール一個あれば遊べる所。キックベースならバットやグローブは必要ありません。それに人数も1チーム9人いなくて大丈夫なので、いつでも誰とでも気軽に遊べる良さがあります。

それでいて野球と同じように白熱した試合が楽しめますから、けっこう燃えました。昼休みも放課後も、校庭に出ればキックベースという時期がありました。

またやってみたいなぁと思ったのですが、大人になると場所がありません。校庭が気軽に使えた小学生時代。今から考えると、あれほど遊びの場所に恵まれていた時期はありませんでしたね。


[82]>75 好きでした juic

鬼ごっことかいろんな遊びをしたんですが、これはかなり好きなほうでしたね。ルールも微妙なところがあって、性格がでるかもしれません。


[83]>70 ドロケー w83

足が遅かった私にとって鬼ごっこは苦手。鬼になって相手が捕まらないので、泣いたこともあります。その点ドロケーはチーム対抗なので戦術次第で勝つことも可能。気楽に参加できて楽しい遊びでした


[84]>63 キューピッドさん akilanoikinuki

いろんな名前のがありましたよね。

ただ、どれも結局、不思議な状態になる事はなく、けっこう早く飽きてしまいました。


[85]>54 発展させて akilanoikinuki

おかあさんごっご、原始人ごっこ、といろんなパターンのおままごとをやっていました。やる事は変わらないのですが、ごはんがマンモスの肉だったり・・・(笑)

みんながお母さん役をやりたがらなかったですか?


[86]>75 そうです。 miyupie777

id:chinjuh2ptさん

まさにそのまんまのルールで、フレーズのみが「ぼんさんが…」なのです。

長いフレーズゆえにあっという間に鬼にタッチということもしょっちゅうなので、鬼はわざと早口で唱えたり、ゆっくり→途中から超早口とフェイントを加えたりと努力してました。


[87]>81 野球と比べて w83

ボールを打ちやすい、という点もあると思いますよ。球が大きいですから。運動神経が悪かった私にとって、野球では打つことも守ることも苦手でしたが、キックベースだとそれなりにとれました。


[88]はんかち落とし akilanoikinuki

5人以上いる時しかできませんでしたが、これもよくやりました。

みんなで輪を作り、鬼に当たる人が、はんかちを持って、その周りを歩いてまわります。好きなタイミングで、誰かの後ろにハンカチを落とします。それが一周まわってもどってくるまでに気付かれなければ、鬼の勝ち。落とされた人が鬼に代わります。

しかし、もしハンカチが後ろに落ちたのに気付いたら、その人は猛ダッシュで鬼を追いかけてタッチします。タッチできれば、その人の勝ち。タッチが間に合わず、空いた場所(その人が座っていた場所)に鬼が座ると、鬼の勝ちでした。

もちろん、鬼がまけたら、延々と鬼をやらされるわけです。

これは女の子しかやらなかったように思います。


[89]>83 ドロケー。 nakki1342

自分が子供の頃は

ドロケーと言っていました

好きな遊びだったな?

わいわいがやがや

団地の中で駆け回って

楽しかったです

自分は、足が遅い子供だったのですが

それでもドロケーは好きでした。


[90]ガサガサ w83

っていうのですね。タモ網で小魚やエビを川ですくう遊びです。私の住んでいるところでは、ドジョウやフナはとれませんでした。かわりに撮れたのが、アユやカワムツ、ハゼ類、エビ類でした。

でも、これらの魚は誰だって獲れるものから、捕まえたら自慢できるものから、難易度がありました。例えばアユはすばしこく、数も少ないことからAランクに位置する獲物でした。反対にハゼ類は誰だって獲れる魚。Cランクぐらいでしょうか。エビ類はテナガエビがB、後のエビ類はCからDぐらいでした。

最もレベルが高いのはウナギ。アミにいれるのは、誰だって可能性があります。しかしウナギは網から這い登って逃げることができる技術の持主です。運良くバケツにいれることができても、あっというまに這い登って逃げられてしまう、なんていうこともありました。そういうわけでウナギは誰も捕まえることができなかった、Sランクの獲物でした。

そうやって楽しんだ遊びでしたが、生き物にとってかわいそうなことをしたこともありました。バケツで飼うのだ、といって持ち帰り、翌日には全て死んでいた、ということを何回も経験をしました。ただそういう経験を積み重ねていくうちに、バケツでは飼えないことを悟り、元の川へ放すようになりました。


[91]リカちゃん人形などでおままごと peach-i

リカちゃん、ジェニーちゃん、バービー・・・

小さい頃は、皆で持ち寄って遊びました。

友人のお母様は、お人形のお洋服も手作りしていて、すごく羨ましかったです。

皆で、おままごとしながら、日が暮れるまで遊んだものです。

女の子が、少し背伸びした生活を人形の世界で繰り広げる、子供ながらの憧れの時間だったんです^^


[92]釣り w83

といっても道具をそろえるわけではありません。(親から道具を借りてくる子もいましたが)防波堤などに遊びにいけば、時々まだ使える釣りの仕掛けが落ちているときがあります。そういった仕掛けを拾い集めます。どうにかなりそうだったら、次に竹を探し、見つかればそれに仕掛けを結びます。見つからなければ、仕掛けだけで勝負です。エサはフナムシや貝類です。こういった仕掛けで大きな魚は無理ですが、小魚は釣ることはできました。


[93]かくれんぼ fdsasdf

オーソドックス一番!!

ただきちんと探さないと一人取り残されるww


[94]>59 秘密基地 peach-i

友達や仲間とだけの秘密基地。

子供はいつも親に管理されている感覚だったので、きっとそんな煩わしさから、誰にも言わない秘密を作りたかった年頃です。

自分達だけの秘密。

自立したい子供の心の現われだったと思います


[95]ヒーローアクションごっこと肉筆まんが誌作り TomCat

なんとかマンやら、なんとか戦隊。男の子はヒーローに憧れますよね。テレビを見て決めポーズの練習を繰り返して、そして同じ番組が好きな仲間が集まると、ヒーローアクションショーみたいなことをはじめます。

凝っていた時には、もう毎日のように同じようなことをやっていました。女子からは、毎日毎日よく飽きないね、なんて言われましたが、順番に役柄を入れ換えてやっていきますから、筋書きは同じでも、毎日が新鮮なんです。

それから私達は、まんが誌作りという遊びも始めました。ノートを一冊用意して、参加者みんなで一冊のマンガ雑誌に見立てた本を作っていくんです。表紙には「週刊少年五年一組」と大まじめなロゴをレタリングして貼り付けました。

中身はだいたい当時の人気まんがのパロディか、オチもないようなくだらない四コマまんがばかりでしたが、出来上がった本は教室の後ろに置いておくと、けっこうみんな面白がって読んでくれました。ただ、小学生男子特有のオゲレツなギャグが多く、女子にはちょっと嫌われていましたが・・・・w

と、こういうのは、広く子供の間に普及している普遍的な遊びとはちょっと性質が違うかもしれませんが、でも、昔も今も、そしてこれからも、子供達は似たようなことを、きっと繰り返していくと思うんです。ヒーローは次々と新しいキャラクターに変わり、創作的な遊びの発表の場はWebなどに変わっていくにしても、何かの形で自己表現をしていきたいという子供の意欲は、いつの時代も変わることがないと思います。


[96]>46 親友と学校の帰り道 peach-i

おうちまで、二人で、いつもじゃんけんしながら帰ったものです。

たまに親友と学校でケンカしちゃって・・・

そんな日は、無言で二人ともうつむきながら帰ります・・・

そんなケンカしてても一緒に帰ることには変わりなかったあの日。

懐かしいな。

今だったら、ケンカしたら、一緒に居るのさえ煩わしくなってしまうのに、子供のころはケンカしても何しても、いつも一緒でした。


[97]>87 そうそう!! TomCat

打ちやすいし、取りやすいし、運動神経にあまり左右されずに楽しめるっていう良さがありますよね。私も野球の腕前は二流以下で、誘われても、僕が入ると負けちゃうよ、みたいな気後れがありましたが、キックベースならそんなことはありませんでした。そんなわけで、私もキックベースはよく遊びましたね。

ところで、私達は2塁を除いたいわゆる三角ベースでやっていたんですが、皆さんの所はどんなだったでしょうか。


[98]>97 キックベース nakki1342

キックベースは、学校から帰宅して遊ぶのではなく

体育の授業のときにやっていました。

野球大好きの子供だったので

一生懸命がんばってプレーしていました

担任が野球好きの女性の先生のときの話です


[99]>93 かくれんぼ eiyan

懐かしいかくれんぼ。

今でも時々かくれんぼ。

昆虫や爬虫類等はいつもかくれんぼ。

命がけのかくれんぼと遊びのかくれんぼ。

どっちが本当のかくれんぼ!なの?


[100]>50 かくれんぼ sidewalk01

あのドキドキ感はたまらないですね!今やっても面白いかもしれません。


[101]>78 ドッチボール sidewalk01

体が大きくなるのが遅い方だったので、ボールを当てるのは比較的苦手でしたね。ひたすら逃げ回ってました!


[102]>98 キックベース sidewalk01

やってましたねー!一時期、昼休みはキックベースばかりやってました!


[103]>92 釣り eiyan

子供の頃の釣りはお遊び。

大人になっての釣りは漁とお遊び。

どちらが大切なのかな?

でもお魚から見ればどちらも命がけ。

釣られない様に気を付けなきゃ?ね!


[104]サッカー sidewalk01

小学校、中学年以降は昼休みに我先に飛び出して、ボールをけってました。こういう広いスペースを使う遊びは場所とりとか結構大変でしたよね。


[105]ヒーローごっこ sidewalk01

恥ずかしながら、ちっちゃい時にはやってました。。今考えると赤面ものですが、憧れる対象になりきる時期ってありますよね!


[106]>88 鬼っ子 eiyan

そういわれればありましたね!

永遠に鬼をやらせられていた子もいましたね。

達磨さんが転んだ!

風のゲームもありました。

瓦蹴りもありました!

色んなお遊びは子供の工夫。

大人になるとお遊びというより利益優先。

ここが子供心というのでしょうね。


[107]>105 ヒーローごっこ adgt

大抵、年下の子が悪役やらされたりすんだよね


[108]>9 缶蹴り eiyan

冠蹴りは今でもしますよ。

気がくわない事があってもしますね。

現代っ子はするのかしらん?


[109]>102 キックベース linne

よくやりました。

学校でももちろん、帰宅してからも友達数人を誘ってキックベース。

野球も人気があったけれど、こっちのほうが好きという子が多かったですね。

ボールは大きいし、なによりもそれを力任せに蹴るという動作がきっと気持ち良かったのだと思います。

現代っ子もキックベースをやってるのかな?


[110]>94 秘密基地 adgt

子どもの頃だと自分しか知らないだろうと思ってるけど、大人になってみるとバレバレな場所だったりしますね。


[111]>60 コマ回し eiyan

コマはよくまわしていました。

まわさなくなってから数十年。

今ではまわす事出来るかしら?

今度挑戦してみようかしら?

上手く出来るか不安です。


[112]>108 缶けり adgt

最ッッッ高ーに盛り上がる遊び!!!


[113]ミニ四駆 adgt

小学校のときにスゲーはやってました。削ったり、パーツを買ったりして、友達とレースして、大騒ぎ。なつかしー。


[114]人生ゲーム adgt

なぜか正月に友達と集まって人生ゲームをするのが恒例行事でした。なんでだろう?メチャメチャ白熱します。


[115]>110 懐かしい actro

近所の工場の跡地に作ってましたねぇ。

友達がどこからか、ブロックを持ってきてそれを積み上げて遊んでました。

近所の人に見つかって、危険だからと元に戻しましたけど。。。


[116]>89 ケイドロ actro

うちのほうもケイドロって言ってましたね。

自転車でもやってました。ブレーキの効きが悪くて

駐車している車にぶつかったりしてました。


[117]>116 ドロケイ(ルパン三世仕様) some1

当時丁度ルパンPart2放送時代で泥棒側は3人でルパン、次元、五エ衛門役がありました。

(男子だけでなので不二子がいなかった)


[118]>115 ビルの裏の空き地に some1

捨ててあるソファーとか色々をくみ上げて、基地作ったナァ。

自宅からダンボールとかで屋根とかくみ上げたら、

翌日になったらバタ屋に持ち去られてて、仲間と愕然としたっけ。


[119]>114 子供 some1

結婚コマに止まってないのに子供誕生ってイベントがあって、

子供心に凄く違和感がありました。

しかも、自動車のピンが6本立つ穴以上の子供の数で仕方ないからピンの間に横にして入れたりとか。

で、ゴールすると子供の数だけお金が入る仕組みってのも何なんだろうと。


[120]>112 ○○みっけポコペン! some1

見つけたときの掛け声は何でしたか?

東京ではTV版ケロロで放送禁止なポコペンでした。


[121]>109 ゴロベース some1

バットが無くてもできる利点と、狭い所でも出来るので小学生低学年の時は結構やってました。


[122]>84 こっくりさんで好きな人 rukur892

懐かしいですね。こっくりさんでクラスの中で将来結婚する人を聞いてしまい、中学にあがってからも

その人のことが気になってたりしてました(笑)

言い出せなくて結局その人は別の子と付き合い始め、横で見ていた自分は勝手にショックを

受けていました……

今思えば一緒にやってた子に操作されたんでしょうね。

同じ学年の子で、使用した硬貨を持ち帰った子が体育の時間に怪我をしてしまい、浄化して

ゴミ箱に捨てなければいけない(お金を捨てるなんてとんでもないことですね)という変な

ルールまで生まれました。

やはり飽きるものなんでしょうか、先生に十円玉を学校に持ってくるなと怒られ、私のところも

非常に短期で廃れていった思い出があります。


[123]>96 今でもやっている人がいます。 atomatom

グリコ、チョコレート、パイナップル。

懐かしいなあ。これ、この間、見ました。香川県の金比羅さんにお参りに行ったとき、延々と続く階段でこれをやっている学生たちがいました。ものすごい階段の数なんでそういう遊びでもしないと登る気にならないってのもわかる気がしました。


[124]>101 学校の体育の時間 tibitora

体育の時間にもドッジポールがありましたよね^^

運動苦手だったのでびくびくでしたが楽しかったです。

「顔(頭)にはぶつけてはいけない」というルールでした。


[125]>117 ドロジュン!と言っていた人いませんか? ttz

自分のところではドロジュンでした。ドロボウと、巡査??よく分からないですが、かなりの少数派だってことは間違いないみたいです。


[126]>121 あれ?? ttz

キックベース=ゴロベースでしたっけ?

どっちも聞いたことがありますが、どっちがどっちだったかもう分からない・・・


[127]>123 全国一緒の呼び名なんでしょうかね?? ttz

自分のところも同じです。

グリコ

チヨコレイト

パイナツプル

と言ってましたね?!


[128]>118 隠れ基地に宝を置いていた。 ttz

これは本当に懐かしいなー。

基地にいろいろ拾ってきたものとかを置いておくんだけど、また行くと動物?とかに荒らされて、よく跡形も無く消えていました。


[129]>124 冬に体に当たると痛いんだよな? ttz

冬場は走り回ってあったまる反面、半ズボンの太ももとかに命中するとけっこう痛かったような思い出があります。いやほんと、懐かしいです子供のころの事って。


[130]学校ごっこ Yuny

幼稚園児のころ、近所の年上の友達とよく学校ごっこをしていました。

わたしは幼稚園の年少組ですが、彼女たちはもう小学校に上がっていたりするわけですよ。だから、その日学校で習った漢字とか算数とかを教えてくれたんじゃないかなあ……。良く覚えていませんが。

今考えるとけっこうほほえましいですよね。小学1年生の先生役とか。その友達は結構おませさんだったのかも。

友達の家の縁側で、みんなでチラシの裏なんかに、鉛筆で一生懸命漢字を書いたりしていましたね。で、友達が赤丸をつけたりしてね。

なんだか、ああいう雰囲気の勉強(というか、あそび?)って、何をやっていても面白かったなあ。

で、飽きてくると縄跳び大会とか鬼ごっことかに勝手に発展するわけですよ。だから、何を遊んでいたとかじゃなくて、遊ぶことが遊びだったんじゃないかと思います。友達といれば、何をやっていても遊びになった。何かをするのが目的だったりはしなかった。


子供の遊びと大人の遊びの違いはそこかもしれませんね。大人は目的を持って遊ぶところがあるけれど、子供は遊ぶことが遊びだっていう感じでしょうか。あんな遊び方、今はもう出来ないかもしれないなあ……。


[131]>130 赤丸 peach-i

懐かしい!

友達のを採点したり・・・・

なぜかあの頃、先生が持っている赤ペンや赤鉛筆に憧れていました。

それで、時には自分で、自分のノートに問題作ったものを採点するのに、赤ペンでマルつけたりして。

遊びというか、好奇心というか、憧れというか。

子供の頃は、大人のすることに、とにかく憧れていて、大人が当たり前にしていることにさえ、憧れて、やりたくなったものです。

親を見て、子は育つんですね。


[132]>127 ちなみに peach-i

うちの区域では、”グリコ”ではなくて→”グリコのオマケ”でやってました。

地域性がありそうですね^^


[133]四つ葉のクローバー探し natumi0128

小学校のころ、女の子たちの間ではやっていました。

休み時間とか放課後とかに、校庭のすみっこだとか、帰り道だとかで、一生懸命探していましたね。

それで、ノートに挟んで押し花(押し葉?)にして。

さすがに毎日のように探していると、あんがい見つかるもので、けっこうたくさんもっていました。

四つ葉以上のもたまにあって、最高で七つ葉というのを見つけたことがあります。


[134]>133 四つ葉のクローバー探し hihi11

必死になって探しましたね。見つかったときのうれしさは今でも思い出します。


[135]>129 ドッチボール hihi11

負けるのが嫌で必死になってプレイしてましたね。


[136]>126 キックベース hihi11

子どもの頃は「サッカー野球」と呼んでいて楽しく遊んでました。


[137]>125 ドロケイ hihi11

丸一日使って遊んでましたね。捕まえる側も逃げる側も必死になってました。


[138]>119 人生ゲーム hihi11

思い出しまね?真剣になってルーレットを回してました。


[139]>138 人生ゲーム an_shoku_panman

ハマリました!!

人が集まらない時は一人で数人分の駒を動かしていました。

少し前ですが、自分の子供達がハマっていました。

一人で数人分の駒を持ち一生懸命ルーレットを回していました。

不思議ですね。(^^)


[140]>132 巧妙に仕組まれた宣伝? kq49

子供の頃は何の疑問も抱かずに「グリコ」と言っていましたが、これはグリコの巧妙な宣伝活動だったのではないかとつい考えてしまうのは歳をとりすぎたせい?


[141]まるかき taknt

最初に中心となる○を描きます。

それを参加人数で分割します。

そこに ○を三つ続けてかきます。

この○、三つが自分のエリアです。

じゃんけんをして 負けた人が 鬼で、ほかの人をタッチしたら ○をゲットです。

タッチできなければ できなかった人が ○をもらえます。

なので じゃんけんをした直後は、緊張しますね。

その瞬間に鬼になったら みんなを すぐタッチしないといけないし、

他の人は いっせいに逃げないといけないからです。

俊敏性を問われる遊びでした。

あと、○をかくとき、自分の足を半径とし、かいたため、足が大きいほうが 得でしたね。

また、○の数により、ジャンプしたりはったりすることができたため、

遊びの中で 体が鍛えられました。


[142]>136 ゴロベースは Oregano

私の方では、投手がゴロでボールを放り、バッターは棒きれなどでそれを打つという遊びでした。使っていたボールは野球のボールと同じくらいの大きさの物でした。

ボールがサッカーボールになると呼び方がキックベースになり、棒ではなく足で蹴るようになるという違いだけで、ルールは全く同じでした。どちらもよく遊びました。


[143]>10 雑木林の中 kq49

雑木林の窪みにガラクタ集めて秘密基地を作ってた頃がありました。でもある日その雑木林の持ち主?に見つかって追い出されておしまいになってがっかりした記憶があります。

基地を作っている最中の感じがドキドキワクワクしてえらく楽しいんですよね。


[144]>61 禁止されましたね kq49

今振り返って考えるとかなり危ない精神状態でやってたと思います。同じ時期に催眠術をかけるのも流行っていて、人によってはあっさりと簡単にかかってました。中学生の頃でした。これも先生に見つかって禁止になりました。禁止は当然ですけどやっている時は面白かったですね。


[145]>92 私の場合は kq49

海から遠かったので釣りと言えば田んぼのため池でふなとかもろこを友達と釣りに行ってました。当時はため池などでも今みたいに柵がしてあって立ち入り禁止にはなっていなかったですが、意外と大人が一人二人同じように釣りをしていたのでそんなに危険な感じじゃなかったですね。小麦粉とさなぎ粉を混ぜた団子を餌にしてました。

でも、あまり釣れた記憶がないなぁ。


[146]>95 なり切る! kq49

風呂敷やバスタオルと両肩にくくりつければもう私はパーマン。

あのマスク欲しかったなぁ。


[147]>51 雪合戦 natumi0128

私もやりましたねー。

小学校のとき、授業一時間つぶして雪合戦、とかありました。

雪合戦も楽しかったけど、授業さぼれるのがまた嬉しかったり。


[148]折り紙 natumi0128

折り紙の本を買ってもらって、折っていました。

不器用なので、あんまり難しいのは、結局できないままでしたが…。

小学校で千羽鶴を折ることがあって、その後しばらく折鶴がはやったりもしましたね。

今でも、手持ち無沙汰だと、レシートや飴の包み紙で折鶴をつくってしまいます。


[149]「ひみつのせっけいず」作り Oregano

空想の秘密基地や秘密メカの設計図作り。設計図と言っても、絵に矢印を付けて「エンジン ひゃくまんばりき」とか「ちょうごうきんドリル あつさ100メートルのコンクリートにもあなをあけられる」「どうりょくコック 右にひねるとふつうのエネルギー、左にひねると反重力エネルギーがさくれつする」などと、わけのわからない説明書きが添えられているだけのものですが、色々と想像を膨らませながら、時間のたつのも忘れて熱中しました。

友だちにも数人、同じような空想好きがいたので、お互いの秘密の設計図を交換し合って、それぞれの「はつめい」を自分のメカに取り入れたり、ボール紙を使ってそれぞれが考えた物の模型を作って見せ合ったりもしました。それらの一部が夏休みの自由研究や工作にもなったりして、本当に楽しかったのを思い出します。


[150]>120 陣つけかくれんぼ xnissy

小学校のころ、昼休みや放課後にはひたすら「陣つけかくれんぼ」という遊びをしていました。今、検索しても見つからないので、超ローカルな遊びだったのか、あるいは名前を覚え間違えているかもしれません。校庭の木など、ある場所を「陣地」とします。これが缶蹴りで言うところの缶です。あとのルールは、ほとんど缶蹴りと同じですね。飽きもせず、こればっかりやってました。


[151]>137 ケイドロ xnissy

昼休みに毎日のようにやってました。校舎内でやってて、先生に怒られたりしました。


[152]>142 キックベース wacm

あまり運動の得意ではない私もキックベースとなると野球やサッカーとは異なり、楽しむことができました。理由としては、必ず順番が回ってくる。的が大きい、成功したか失敗したかハッキリ分かる。といったことでしょうか?!それに、点数が入りすぎず、全く入らないわけでもないので適度にいいですよね。


[153]>150 缶蹴り wacm

缶蹴りはせっかく相手を捕まえて確保していても、足の速い誰かが缶を蹴ってしまったら初めからやり直しなので、鬼の時は泣くに泣けないゲームでした。鉄腕DASH!のようにできたら、戦略性もあって楽しそうですよね。


[154]>140 グリコ wacm

大学の時、ゲーム理論を扱った授業で何を出せば一番のいいのか説明している先生がいました。私はパイナップルが好きでしたので、パーばかり出していた記憶があります。。


[155]>147 雪合戦 wacm

雪合戦は盛り上がりますよね。誰が当たったのか明白ですし、野球やドッチボールのように投げる方も正確性が求められますが、ボールはイクラでも作ることのできる楽しさがあります。


[156]>139 人生ゲーム wacm

人生ゲームでは途中に大逆転があったりして、これまでトップを歩んでいたときに一気に転落する理不尽さを味わいました。TVゲームでもあるみたいですが、やはりみんなでボードを囲んで、コマとお札を掴んでハラハラドキドキするのが醍醐味だと思います。


[157]>156 人生ゲーム fwap

子供がゲームをしていたとき、私が人数あわせをしたときがありました。ゲームではイベントもたくさんあって、私が板でやっていたときよりも楽しかったですね。TVゲームでもボードゲームでも愛されるゲームっていいですね。


[158]>154 グリコ fwap

学校帰り、それも秋の夕日が美しく見えるときによく遊んだ記憶があります。一人だけじゃんけんに勝ってしまい、あっという間に置いてけぼりにされてしまうこともよくありました。大きな声でじゃんけんの手を言うのが妙に楽しかったですね。


[159]>153 缶蹴り fwap

缶蹴りは缶を選ぶことから勝負が始まっている気がします。アルミ缶だと遠くに飛んでしまうし、1回蹴られると変形してしまうのでスチール缶を自分は選んでましたね。いまでは、ペットボトルが主流ですが缶蹴りをして遊んでいる子供はいるのでしょうか・・・


[160]>155 雪合戦 fwap

寒い中、親戚の家で楽しめた記憶があります。指先が冷えて動かなくなった後に食べる豚汁が熱くおいしかったです。


[161]>152 キックベース fwap

サッカーが得意な男子が活躍していました。野球と違い女子でも活躍できるところが魅力ですね。投手も別に特別な才能が必要なわけでもありませんし、サッカーのように下手な人にボールが回らないと言うことがないので好きでした。


[162]>161 キックベース aekie

サッカー部だったから楽しかったです。道徳の空き時間によくやってました。遠くに浮かしてしまうとキャッチされやすくなってしまいますよね。


[163]>158 グリコ aekie

ランドセル背負って学校帰りによくやりましたね。


[164]>159 缶蹴り aekie

缶蹴りっていまやってる小学生っているんですかね?!今振り返ると楽しかったゲームですが。


[165]>163 グリコ sidewalk01

階段だとか、登下校中によくやってました!


[166]>157 人生ゲーム aekie

テニス選手になるとか現実離れしたシチュエーションが好きでした。


[167]>160 雪合戦 sidewalk01

最近では雪合戦ができるほど雪が積もらず淋しいです


[168]>113 ミニ四駆 aekie

コースを持っている友だちがうらやましかったです。モーターとかいろいろ取り替えて試してましたね。


[169]>151 ケイドロ sidewalk01

はやりましたね!すごく必死になったのを覚えています。


[170]>146 肉筆マンガ「少年マンゴー」 iijiman

肉筆マンガ作り、それ、高校の時にクラスで流行ったことがありまして。

クラスに1人、イラストの上手い人がいて、その人が、クラス公認のカップルの似顔絵を描いて表紙を作って。

(ちなみにそのカップルは今、夫婦になっている。)

それで、内容なんですが、男子ばかりが描いていたこともあって、下ネタ連発。

雑誌の名前は「少年マンゴー」。

あの「少年マンゴー」が、今、1ページでも残っていたら、いい想い出になるのになあ、と、ちょっと惜しく思います。

そうそう、表紙を描いた「イラストの上手い人」は、今、プロになって読売新聞で挿し絵を描いています。


[171]>76 鬼ごっこでタッチをすることを「でんする」という iijiman

鬼ごっこ全般の話になりますが・・・

鬼が「鬼でない人にタッチする」ことを、「でん」する、と呼んでいました。

なぜ「でん」なのか、よく考えると意味が分かりません。漢字の「伝染の伝」なのかな?

で、男子と女子とが一緒に鬼ごっこをするとき、私は、女の子から「でん」してもらったことが全然ありませんでした。

中学1年の時、義務教育期間中を通して唯一にして初めて私に「でん」してくれたムライさん(そんなこと彼女は知る由もないが)、お元気でしょうか?


[172]>167 そうですね。 ttz

子供のころは、カマクラとかが作れるぐらい積もったのに。確かに温暖化が進行している。。


[173]>106 よく教室でみんなでやった! ttz

あれなんの時間だったんだろう。

先生も一緒でクラス全員が遊ぶ時間があったのかな。

ハンカチ落とし、教室で全員でやりました!


[174]>171 「えっきん」「バリア」 ttz

でんする、という言葉は使いませんでした。

鬼にタッチされる前に、バリアとかエッキンとかいう謎の呪文?を唱えていましたが・・・。よく覚えていないけど、言葉だけは覚えていました。


[175]スーパーマリオ ttz

子供のころに夢中になった遊びといえば、まさにファミコン。特に、スーパーマリオでした。あれが出た時は本当に衝撃でした。今でも覚えていますが、友達の家に行った時に友達がやっていて、遊ばせてもらいました。みんなでやっていたので、自分の番が来るのが待ちきれなかったことをよく覚えています。


[176]>65 落とし穴を作る。 ttz

最低な遊びです。でも、子供だましなので許してやってください。砂場とかに穴を掘って、表面には新聞紙とかを敷いてその上に軽?く砂を載せておく。一見分かりません。たまに間違って自分がハマっちゃったりとかもしました。実際のところは、作ったことに満足してそのまま帰ってしまうので、誰かがハマったのを見たことはありません。いまさらながら、あのころ、誰かハマってしまったのだとしたら、本当に心よりお詫びします。


[177]>134 私も! jane

見つけた四つ葉のクローバーは、いまも大事に持っています!(笑)


[178]>12 私の学校では・・・ jane

「ポッキリ」と呼んでいました。理由は不明です。。。(汗)


[179]>148 両面おりがみ jane

が好きでした! コースターを作って友達にあげたら、喜ばれました!


[180]ビックリマン jane

集めていた人は、何枚くらい集まりましたか? 今でも売っているのかなぁ?? 私は、「カード」を集めている男の子たちに中身のチョコをもらっていたら・・・なぜかチョコにハマってしまい、買いに走ったことがあります(苦笑)。


[181]>33 私も! jane

やっていましたが、ひとり「あやとり」は難しくて、友達と何人もでやっていました。


[182]>181 あやとり sidewalk01

クラスの女の子は、小学校のときにやってましたね。僕は全然出来ないです。


[183]>174 高おに sidewalk01

やってました!ああいった縛りのある鬼ごっこを全国で皆が遊んでいるのって不思議ですよね。


[184]>173 雨の日の昼休み adgt

ハンカチ落ししてたなー


[185]>79 野球かサッカー adgt

いっぱいやってたなー


[186]>179 小さなゴミ箱 adgt

折ってる女の子が結構いました。


[187]>82 だるまさんがころんだ adgt

意外と熱くなっちゃうんだよなー


[188]>185 野球でした/今の子供のサッカーは格好がサマになってる iijiman

私の世代・・・1970年代の小学生・・・は、野球でした。

その頃、サッカーって、体育の授業とかではしたけれど、放課後に集まってする遊びには入ってなかったですね。

「野っぱら球場」(雑草生い茂る野原だった)とか「石ころ球場」(高圧線の下の空き地で、小石が敷いてあった)とか、空き地に名前を付けて、野球をやっていました。

今の子供といえば、公園でボールを蹴っているところなんか見ると、「ああ、やっぱりプロの影響って凄いな」と思います。何と言っても、私が子供だった頃よりも、ボールの蹴り方とか転がし方とか、ぐっと「サマになっている」感じがするんですね。上手いか下手かはともかく、それっぽい動きが出来るようになっている。

Jリーグの影響力は大きいと思いました。


[189]>177 四葉のクローバー azaburecipes

四葉のクローバーを10個集めて流すと願いがかなうというジンクスが流行って、小学生の頃みんなでたくさん探した思い出があります。田舎だったので、あっちこっちにたくさん生えていましたが、10個はさすがに集まりませんでした。最近四葉のクローバー入りのキーホルダーを見かけて、子供の頃に探していたことを思い出して懐かしく思いました。


[190]>24 私は自転車で郵便配達ごっこでした TomCat

お手紙の代わりは木の葉です。それを、違う木の根元に「配達」して回ります。

巡回経路は決まっていて、いつもイチョウの木からスタートします。イチョウの木は大きくても下の方に小枝が出ているので、落葉の季節でなくて簡単に葉っぱが採れます。

そのイチョウの葉を持って少し先にある、あれは何の木だったんだろうなあ、道路沿いのかなり大きな木の根元まで運びます。

続いて、その木は大きくて枝まで手が届かないので、すぐ近くにある小さな木の、椿のようにツルツルした葉っぱを一枚もらって、近くの公園の木まで運びます。

・・・・と、こんなふうに、順繰りに葉っぱを運んで、最後に終点のイチョウの木から、最初のイチョウの木に葉っぱを運んで、一日の「配達」が終わります。

毎日「配達」するわけではありませんが、お気に入りの自転車周回コースとして、よくそんな遊びをしていました。木と木が楽しい文通をしてくれている様子を想像して、ちょっとワクワクしたりしましたよ(^-^)


[191]>189 ジンクスと言えば、フォルクスワーゲン chika508

街中でフォルクスワーゲンを10台見つけると願いがかなうっていうのをやってました。

何色かを見ちゃうと振り出しに戻るみたいなルールもあったような・・・


[192]>178 缶けり chika508

鬼が続いて半泣きになっちゃう子とかいたな?


[193]>100 もう途中で to-ching

見つからないので(鬼が私を)途中で帰ってしまったりして・・・


[194]>99 なぜか to-ching

隠れると、大小がしたくなるので困ったです


[195]>191 こりゃ・・・ to-ching

10台は大変!よっぽどの都会だったのですね。


[196]>172 痛いですよね? to-ching

顔で炸裂した事があります、眼から火花が出ましたよ


[197]>180 子供が to-ching

シール集めていて、かなり協力してあげました、キンキラがあたると喜んでいましたね?


[198]>27 しゃぼん玉の中にメッセージを詰めて飛ばす(つもり) TomCat

歩道橋の上とか、ガードレールの下が崖になっている場所などからしゃぼん玉を飛ばします。風向きがいいと、実際はせいぜい「屋根まで飛んだ」くらいなのだろうと思いますが、すごく遠くまで飛んでいくように見えるんです。これは、飛ばした風船が何百キロも先で発見されるとか、そういうのに似たロマンを感じさせてくれました。

そこで私達は、しゃぼん玉の中に言葉を入れて飛ばすことを考えました。ストローをくわえて声を出しながらしゃぼん玉を膨らますんです。しゃぼん玉がぽんと割れると声が出てきて、遥か離れた場所の人にメッセージを伝えてくれるという作戦です。

声を出しながらしゃぼん玉を膨らますのはなかなか難しくて、とてもメッセージを吹き込むことなど出来ませんでした。もちろん、声を出して膨らますことに成功しても、割れた時に声なんか出ないことは分かっています。でも、フワフワと宙を舞う幻想的なしゃぼん玉は、そんな想像を掻き立ててくれるのに十分なアイテムでした。


[199]>62 私もほとんど同じことをして遊びました TomCat

おっおっおっ、奇遇!! って感じですね。ただ、私達の場合は、坂を作る人が、二股のどちらにいくと当たりでどちらに行くと外れなのかを決められるシステムでした。これだと坂を作る人がインチキする可能性がありますから、momokuri3さん方式の方が公正でしたね。

でも、小さな子供は悪いことを考えないので、誰も不正なことはせずに楽しく遊んでいられました。そういう子供時代の心の綺麗さというか、人を騙すようなことは考えもしなかったことが、今思うとすごく貴重な思い出です。人はいつから人を騙すことを覚えてしまうのでしょう。うぅぅぅぅぅぅぅむ・・・・。


[200]>111 私もやりました TomCat

私もコマ、持ってましたよ。縁に鉄の枠が付いた、まさにケンカゴマって感じのやつでした。ビュンと宙に向かって投げて手の平で受けて回すのなんかも上手でした。

私も久し振りに挑戦してみたいですね。果たして上手く回せるでしょうか。そういえばコマの紐には、必ず五円玉を一個通していました。紐を指の間に挟んだ時のストッパーです。生まれ年の五円玉を探して使っていました。


[201]>73 長縄跳び atomatom

公園でやりましたねえ。長縄跳び。これ、両端で縄を回すのもコツと力が必要なんですよね。

縄跳びというのはぼくにとっては冬の遊びでして、半ズボンから、むきだしの冷え切った足に縄が当たって痛かったのをよく覚えています。

chinjuhさんの挙げておいでの歌、すいません、どれも知りません。地域差でしょうかねえ。


[202]>164 缶けり otayori

おにごっこ系の中では、なぜかダントツ好きでした。


[203]>135 ドッヂボール otayori

すぐ当たってしまう方ですが、一回だけ最後の一人に残ったとき嬉しかったです。逃げる専門。


[204]>190 男の子って、どうして「移動系」が好きなんでしょうね。 iijiman

そうですかぁ、郵便屋さんですかぁ。味わいがありますね。

木と木の文通って、いいですね。

男の子って、どうして車とか鉄道とか、移動系のものが好きなんでしょうね。

本能的な何かと関係あるのでしょうか。

鉄道と言えば、私が子供の頃、これも「自転車で電車ごっこ」というのがありました。

つながって走る訳ではなくて、「発車の瞬間をまねる」のです。

「9号線から、特急、高速神戸行きが発車します」とか言って、それから自転車を漕ぎだすのです。つまり、運転士でも車掌でもなく、「駅の自動案内放送を真似て」から、走り出す訳ですね。

ちなみに「9番線」ではなく「9号線」という呼び方をするのは、そこが阪急沿線だったからです。


[205]>175 スーパーマリオ otayori

ファミコン買ったのが遅い方だったので、友達が飽きたゲームを借りてました。

遅れて我が家でブーム。母も夢中になりました。


[206]マンガ描いてました otayori

下手なのに(笑)今思うと、あんなに残しておきたいものが、どんどん出てくる状態が不思議です。

たいして面白い話じゃないんですが、すごく楽しかったです。


[207]>197 メンコみたいな遊び方もしたような powdersnow

手を合わせて、風圧でひっくり返す遊び……


[208]>166 人生ゲーム peach-i

お金を使うということ、お金の重要性みたいなものを人生ゲームからは学んだ気がします。

ものを購入することや、結婚すること、家族が出来ること、転職すること・・・

人生ってこんなにも転機が沢山あるんだって子供ながら、まだ見ぬ遠い世界に驚きました


[209]>201 苦手だったけど・・・ peach-i

長縄、苦手だったのですが、一体感が大好きでした。

他の遊びと違って、一体感があるというか、もちろん、自分が失敗したときは涙したときもあったけれど、皆で、達成したときの感動は忘れられないです。

クラス30人皆で、長縄。

本当に大変だったけど、記録更新したときには皆で抱き合って喜びました


[210]>186 教えてもらいながら・・・ peach-i

祖母に教わりながら、よく一生懸命折っていました

二人で一緒に折っていた時間、すごく楽しかったです。

笑顔で教えてくていた祖母を思い出します。

あるときは、小学校のころ、クラスの一人が、骨折をして入院してしまい、学校を長期休んだとき、クラスの皆で、毎日休み時間を使って鶴を折り、千羽できたときに、お見舞いとして持って行きました。

皆の気持ちが届いて・・・とっても喜んでいました


[211]>204 男の子は乗り物が大好き TomCat

バスごっこに加えて、鉄道ごっこ。わかりますねー。男の子って、乗り物が大好きなんですよね。

私の郵便配達ごっこも、実は郵便屋さんのバイクに対する憧れが、かなり関係していたんです。色んなバイクがある中で、赤で統一された特別なバイクは、子供の目にすごく興味深く、そしてかっこよく映っていました。

鉄道は、私も大好きでした。私も自転車を漕ぎながら、道路脇の花の植え込みのコンクリートなどをホームに見立てて停車したりして遊んでいました。

時々、踏み切りまで行って、電車を眺めたりもしていました。電車が近付いてくる直前に聞こえるカタンカタンという線路の響きが、何とも言えず好きでした。電車を眺めた帰り道は、自転車を漕ぎながら、カタンカタン、ガタンゴトン、ゴォォォォ、と電車の音真似を口ずさみながら走っていました。


[212]>195 都会じゃないですよ? chika508

何ヶ月もかけて達成するんです。多分10台の中には同じ車体が何回かカウントされていたんだと思います。

持ち主の近くに住んでいれば簡単だったんだろうな?


[213]>210 折り紙好きでした kyou_mii

特に鶴を折るのが好きでしたね。スタンダードですが、、。

折る前の紙に切り込みをいれて、くちばしで4羽つながってるのとか作ってました。


[214]>207 すごいブームでした kyou_mii

専用のアルバムみたいなのを何冊も持ってる友達もいました。人気で売り切れのお店が多く、私はあまり集められませんでしたが、その友達は親に箱ごと買って貰ったりしてました。


[215]>205 友達の家で kyou_mii

そのころファミコンを持っていなかった私は、もっぱら友達の家でやってました。

当時は人のプレイを見てるだけでも楽しかったのを覚えています。


[216]>200 やってました kyou_mii

当時友達でとても上手な人がいて、教えてもらいながらやってました。

手のひらに乗せて綱渡しをする技をかなり練習しました。


[217]>168 パチもん? kyou_mii

人気すぎて買えなかった頃、他のメーカーの似たようなものを買って後悔した記憶がありますww


[218]>15 おはじき kyou_mii

おはじきはやりましたがビー玉はやってなかったですね。

ビー玉遊びの正式なルールって、少し離れたところから投げて当たったのがもらえる、とかでしたっけ??


[219]>128 木の上 kyou_mii

大きな木の丁度よい枝を見つけて、ベニヤ板の廃材などを組み合わせて基地を作ったことがあります。

結構高く、今考えると危険だったなと思うのですが、子供の頃はなんでもやってしまうものですね。


[220]探偵ごっこ canorps

小さな子から大きな子までが集まって

自分たちで、画用紙やわら半紙を使って、探偵手帳をつくって

探偵団ごっこをよくしました。

手作りの探偵手帳の表紙の絵も、各自で同じ絵を描きました。

ひとりひとり同じ絵だけど若干違う、そんな手帳を各自で持って

近所を走り回りました。

家の近くに、防空壕があり、私たちはよくそこを探索しました。

大人になった今思えば、危険なことをしていたものだと思います。

でも毎日遅くまで近所の犬を調査したり、防空壕を調査したり

竹林をかけまわったり。広場で地面に図や暗号を書いたり。

口調もどこで仕入れたかの口真似で

みんななりきって遊んだものです。

その懐かしい土地も区画整理で道路になってしまったので

さみしいです。


[221]>122 西洋版こっくりさん Oregano

かつて大ヒットしたホラー映画「エクソシスト」の冒頭に、ウィジャボードが登場しますよね。後に悪魔に取り付かれて大変なことになる娘が見せたウィジャボードに母親が触れると、とたんに異常な動きを示すんです。それをきっかけに娘に異変が始まり…という映画です。

この映画は1949年に起きたアメリカのメリーランド悪魔憑依事件という実話が元になっているとのことですから、もしかしてそういう実際にあった事件に、西洋版こっくりさんが何らかの関わりをもっていたのかもしれません。

私は悪霊とか悪魔は信じていませんが、暗示などの精神的影響が異常な事件を引き起こす可能性は十分にあると思います。まだ未発達な子供時代にそういう影響を受けてしまうと、下手をすると一生残るようなキズを精神に負ってしまいそうで、それが恐いと思います。


[222]>165 うひゃぁ、なつかしい! Oregano

私たちも、男の子も女の子もみんな混じって、階段だけでなく平らな道路でもやりました。平らな所でやる場合は、上がりを競うのではなく、進む距離を競うので、みんな思い切り大股で「ぐーーーりーーーこーーー」なんてやっていました。

道路でこれをやりながら下校していたら、ある時、グーで勝った子が両手を上に上げてグリコポーズで走り始めたんです。もう全力疾走。そして道の彼方に消えていきました。翌日どうしたのと聞いたら、トイレに行きたくてたまらなくなって駆け出したとのことで、みんなで大笑いしたことがありました。


[223]>170 うちのクラスにもありました Oregano

うちのクラスにも絵のうまいやつがいて、何人かで集まって肉筆まんが作りをしていました。ゲームのリプレイまんがなどもあって、子供にしてはかなりハイレベルでした。

高校の時は、女子がやってましたね。こちらは肉筆ではなくコピー誌で、特に即売会に出すとかはしていなかったようですが、かなり絵のクオリティは高かったです。俺にも見せてよと言ったら「すけべ」と言われたので、そういう内容だったんだと思います(笑)。


[224]>182 二人あやとり Oregano

私も一人で東京タワーなどを作るのは全くやり方を知りませんが、二人で取り合うあやとりはなつかしいです。1年生か2年生くらいのころでしょうか。近所に仲良しの女の子がいて、その子が、ねぇやろう、と言いながら、両手で橋とか川の形を作りながらやってくるんです。いつもそこから二人の遊びが始まりました。

あんなに大好きな友だちだったのに、性別が違うという理由だけで、いつの間にか遊ばなくなってしまいました。そしてあやとりからも遠ざかってしまいました。私にとってのあやとりには、そんな甘酸っぱいけどちょっと苦い思い出があります。


[225]>183 鬼ごっこバリエーション Oregano

高鬼ありましたね。本当にああいう特別ルールの遊びが全国規模っていうのは不思議です。

他に私たちがやっていた鬼ごっこでは、手つなぎ鬼というのがありました。捕まった人が次々鬼と手を繋いでいく鬼ごっこで、最後の方になると鬼の集団に包囲されて恐ろしいことに!でもつないでいる手を切ると、そこから先の人は鬼から解放されてまた逃げることができるというルールでした。男子同士で、こんなやつと手をつなぎたくねーよ、早く誰か切ってくれよーなどといいながら遊びました(笑)。


[226]>198 ロマンがありますね Oregano

シャボン玉には、何か特別なロマンが感じられましたね。ふわふわと飛んでいく様子、シャボンの膜が虹の色に輝く様子、そしてはかなく消えていく様子。でも消えても次から次へとまた新しい玉を作れるところがいいんですね。テレビで巨大なシャボン玉を作るのを見て、ああいうのにも憧れました。

またやってみたくなってしまいましたが、いい大人がベランダなどでやっていると変人扱いされてしまいそうですね。


[227]>211 私も乗り物が大好きでした Oregano

やはりまず電車ですね。電車の運転士さんに憧れました。あと車掌さんにも憧れて、教室の扉のわきに立って、開閉スイッチを操作する真似をしながら「プシュー」とドアを開け閉めする遊びをしていたことがあります。

それから私はなぜかダンプが大好きで、ダンプの絵ばかり書いていた時期がありました。またデコトラってありますよね。派手な電飾などを付けたトラック。あれの自転車版を見たことがあって、これなら子供の私にも不可能ではないと、すごく憧れた時期がありました。

しかし夢の中でデコトラ風に飾り立てた電車が出てきたことがあって、それはさすがにまずいだろうと思いました(笑)。


[228]>224 「ドラえもん」のび太くん tibitora

甥っ子もあやとりが好きらしく、「ほうきー」とか言いながら遊んでいるのですが、ふと「ぼくのび太みたいー」と言っていました。

そういえばのび太くんもあやとりが上手でしたよね(笑)

私はあやとりは苦手なのでできる人は起用だなと思います^^


[229]>216 私もです! Oregano

お正月とかそういうこと関係無しに遊びました。やはり手の平に乗せたり綱渡りさせたりしていました。狭い部屋の中でも平気でやっていました。今考えると、よく失敗して何かを壊したりしなかったものだとヒヤヒヤします。子供だから向こう見ずというのはあったと思いますが、それでもあの頃は、たいした腕前だったんですね。今はとてもあんなふうにうまく回せる自信はありません。また練習して勘を取り戻してみたいですね。


[230]>215 ファミコン tibitora

スーパーマリオ、私も子供の頃していました。

ダッシュで走っていてクリボーにぶつかったり、ドカンから出てきた花にぶつかったり(^^;

人がしているのをみているのも楽しかったですね、こんなやり方もあるのかと思ったりしていました。


[231]下校時にルールを決めて帰る powdersnow

排水溝の蓋の上をずっと歩く、交通標記のラインの上をずっと歩く、途中のマンホールを全部踏む、影の中しか踏まないetc……

勝手にルールを決めて、絶対にそれを守って帰るなんてしていました。

失敗したら、校門からやり直しなんてことまでしていたような…。


[232]>228 あやとり futanbo

小さい頃はよくやりましたね?。ほうきとか・・二人でとりあうのも楽しいですよね。毛糸一本でできる素晴らしい遊びですよね。しかも、ひもから立体を作り出すとゆう点では、折り紙に匹敵するアイディアですよね。また復活させたいですね。コミュニケーションもとれるし、リハビリとかにもよさそう。。


[233]>225 高おに、色おに futanbo

両方よくやりましたね。昔はたくさん自由な遊び場がありましたからね。最近の子は遊ぶ場所がなくて本当にかわいそうです。。色おには小学校でやってるのを見ましたが(最近)高鬼は「危ないから」とかできっとやらないんでしょうかね?


[234]>222 グリコ futanbo

階段があると必ずとゆうほど、やってましたね^^

今考えると、何があんなに楽しかったんだろうって不思議ですが・・。

平らな場所、大股・・・・ありましたね?。懐かしいです。


[235]>221 こっくりさん futanbo

はやりましたね?。私たちのグループは霊感とかゼロだったので、全然意味不明の言葉ばかりで。。禁止とかはなかったですね。催眠術ごっこもはやりました。子供ってああゆうのが好きですよね。


[236]色々な「音」遊び TomCat

まず、聴診器ごっこ。使うのはラップの芯です。それを友達の胸などに当て、反対側に耳を押しつけると、ドクン、ドクンと心臓の鼓動が聞こえます。みんなで順繰りに、「うひゃー、お前ちゃんと生きてる」なんて言い合いながら、心臓の音を聞き合います。これが命の音なのかと、ちょっと感動もある遊びでした。

続いては、凧糸のような糸の先に色々な物を吊り下げて、糸の端を耳に当ててその音を聞くという遊びです。たとえばスプーンなどを吊り下げて、それを揺らして何かにぶつけてみます。糸を耳に当てていなければ、ただカランというような小さな音がするに過ぎませんが、糸を耳に当てると、ごぉぉぉんというような、全く違う音の世界が聞こえてきます。糸電話と同じように糸の端に紙コップなどを取り付け、それを耳に当てると、さらにすごい別世界の音が広がります。これもなかなか面白い遊びでした。

次なる遊びは伝声管です。伝声管というのはパイプの向こうとこっちで話をするもので、故障のない通信手段として、昔はよく使われていたらしいです。庭の水撒きホースを長く伸ばして、両端に漏斗を突っ込んで、それに向かって「おーい」などとやって遊びました。本物の伝声管には音声の減衰が少ない金属管が使われますが、庭の水撒きホースくらいの長さなら、ビニールホースでも十分声が伝わってきました。

最後はダンボールを使ったドラムごっこです。ダンボール箱をいくつも並べて、それをドラムセットに見立てて叩いて遊びます。ハイハット(二枚合わせになっているシンバル)は資源ゴミからくすねてきた鍋の蓋。取っ手を外して棒に通せば、なかなか立派なハイハットです。唯一バスドラムのペダルだけは子供には構造もわからず実現できませんでしたが、このダンボールドラムでずいぶん遊びました。そしてうるさいと叱られました(笑)


[237]缶にヒモ futanbo

昔、空き缶(フルーツ系の大きいやつ)に穴をあけて、ひもをとおして、ひもを持ちながら

缶に乗って歩く・・・とゆう遊びがはやってました。竹馬もどき・・みたいな。。

これも、廃物利用で楽しい遊びでした。


[238]鉄棒 futanbo

鉄棒ブームがありました。女子は片足を棒にかけてくるくる回るのがはやっていて、連続何回

回れるか・・みたいな。ひざのうらが痛いので、鉄棒にカーディガンなんかを巻いてやっていました。

今考えると信じられないくらいの回数にチャレンジしてたと思います。50回とか。。覚えてないですけど。男子はとび技みたいな、危険な業にチャレンジしてましたね。


[239]>187 だるまさん futanbo

だるまさん・・。ぼんさん・・・。両方やった記憶があります。たぶん関東と関西に子供のころ住んでたので、その地方で違うんでしょうね。

かなり、楽しい遊びでしたよね。やっぱり、笑いを我慢するのに必死でしたね。


[240]泥だんご sayonarasankaku

小学生の頃、泥だんごづくりが流行ったことがあります。


近年、話題になった、すごい泥だんごほどではないのですが、

それでも、みんな一生懸命、作っていました。


泥を丸めて、仕上げは砂場の砂で磨いたり、

この子なりのこだわりがありました。


もうちょっとで、パカッと割れてしまうと、

泣きそうなほど悔しかったり、

上手くできると、それはそれは嬉しかったものです。


出来上がってからも、

また埋めて「育てる」とかもあったと思います。(笑)


[241]>69 いっさんごーじゅー futanbo

引越しをよくしたので、いろんなゴムとびに出会いました。関東では、1本で、飛び越える(いろんなとびかたで)ゴム段と呼ばれてるやつですかね?それがはやってて、関西に来たら、足に通して2本で、歌?のような

かけごえのようなものをかけながら、引っ掛けたり、抜いたりしてました。そのかけごえは「いっさんごーじゅー・・・・一回。・・・2回」でした。そうだ、関東のときも、二本タイプは「グーパーグーパーグー踏んでパー、ねじってパー」ってかけごえでした。


[242]>55 フルーツバスケット futanbo

私も大好きでした。なんか、クラスであまった時間とかにやってましたね。まんなかの鬼になると質問考えなきゃってあせっちゃって、変な質問しちゃって、誰も立たない・・・とかよくありました。


[243]手打ち野球、ワンパインサ futanbo

手打ち野球も楽しかったんですが、ワンパインサ・・たしかこんなネーミングだったと思うんですが。。やわらかいテニスボールで、手打ち野球ならぬ、

手打ちテニスみたいなゲームがはやってました。小さい場所でできるので、人数が少ないときは良かったです。


[244]>243 手打ち野球と手打ちテニス YuzuPON

手打ち野球はハンドベースボールというやつですよね。これ、けっこうやりました。

手打ちテニスっていうのはどんな遊びでしょう。私たちの所ではテニスのゴムボールみたいのを手で打って、でもやり方としてはバドミントンみたいな感じで遊ぶのがありました。相手に向かって打つというより上に打ち上げる感じで、手でやる蹴鞠みたいな感じでもありました。よくボールを無理矢理ポケットにねじ込んで持ち歩いていました。懐かしいです。


[245]>240 私も作りました YuzuPON

まず泥選びが大切なんですね。いい玉を作っている子がいると、どこから泥を取ってきたかを聞き出そうとしますが、重要機密でなかなか教えてもらえなかったりします。

カチカチに固めて、ピカピカに磨いて、それはもう丹誠込めて作りますが、男の子はそんな手塩にかけて作り上げた泥団子どうしでバトルしたりもするんですよね。それで割れたり欠けたりすると、もう涙ナミダ。おばかさんですねー、男の子って。


[246]>231 やりました、やりました! YuzuPON

路側帯の白いラインの上だけを歩くとか、影しか踏まないとか、私もよくやりました。でもこういうのはやってみるとなかなか難しくて、白線や影は必ずどこかで途切れてしまいます。そういう時は、私の場合は息を止めて歩くのがルールでした。

影だけを踏んで歩くと決めた真夏の炎天下。全く何の影も出来ない大きな交差点を息を止めながら渡り、やっと渡りきって電柱の影を踏んでゼーゼーゼーなんて、ばかなことをやっていました。楽しかったですね(笑)。


[247]砂場で穴を掘って水を流す peach-i

友達と、穴を掘って、そして、向こう側の穴まで繋げる。

そして水を流す。

これが凄く楽しかったです!

久々にこの遊びを思い出して懐かしい気持ちになりました^^

沢山の穴が繋がって、全てに水が流れたとき、感動したなー!

達成感というか、翌日にはすぐに消えてしまうのは解っていても、子供の頃は、楽しくて必死に作っていました。


[248]草木で遊ぶ sayonarasankaku

子供の頃は、草木を使ってよく遊んだものです。

たぶん今より原っぱというか、草木の生えた空き地がたくさんあったからかもしれません。


松の葉を絡ませて引っ張る、松葉相撲。

花の冠や、草笛。

山吹の葉っぱを上手くちぎって手品のように見せたり(見えない糸が張っている)

いろんな花を集めて潰して色水を作ったり、

タンポポの綿毛を飛ばしたり

じゅずだま、オシロイバナの実、オナモミなど、

いろいろと遊ぶものがありました。


今だったら草木が可哀想でしょうなんて言われてしまうかもしれないと、

少し思います。


[249]>246 息を止めて……ってやってましたね! powdersnow

最初に書いたときには記憶になかったのですが、書いて頂いて思い出しました。

私のところでも、どうしても無理な時は息を止めていられればセーフなんて救済ルールがありました。

途中の信号に引っかかったりすると、致命傷になるんですよね?。


[250]>249 私もやりましたよ? nakki1342

小学生の頃、やりましたよ?

横断歩道の白い線のところだけを踏んで歩くとか

別にそれ以外を踏んでもぶっちゃけどーって事ないけど

踏んじゃうとがっかりしたり

そんな事、小学生の頃、楽しんでいました


[251]>248 草花 eiyan

ありましたね!

草花は我らの遊び道具。

編んだり曲げたり投げたり燃やしたり。

色んな形で遊びました。

それは今でも懐かしく思い出されます。

現在でも草花には色んな方面でお世話になってますね!


[252]>7 自転車遠乗り eiyan

昔は今の様に車も多くなく、免許もない時代でしたので、移動手段は殆んど自転車。

自転車なら体力次第である一定の遠距離までドライブ出来ましたね。

時には日帰り出来ない所まで出かけてしまい、止む無く野宿なんてのもあり。

自転車の気楽さはこんな所にも存在する。

自転車って肉親ペットみたいな存在でしたね。


[253]>77 プラモデル eiyan

そんなに安かったかな??

プラモデルは子供の頃ペットでした。

自由に組み上げ自分の好きな形に仕上げていく。

それを飾ったり動かしたり。

自分のペットは自分流。

誰の指示も受けない世界。

今はそんなペット群。

きっと埃まみれで何処かに眠っているんだろうな?!


[254]>206 マンガ落書き eiyan

マンガというか落書きというかわけのわからないものを描きましたね。

人によってはマンガ。

人によっては落書き。

どちらとも理解出来る作品は今でも謎?

それって貴重なのかな??


[255]>36 シーソー eiyan

乗るシーソーはありましたが、ぶら下がりはなかったです。

だってぶら下がるより乗った方が楽だし安全ですからね。

何故体力の要るぶら下がりなんか作ったのだろう?

そうか!逆立ちするか写真を上下逆に撮影する為なのかニャ?!


[256]>238 スカートまわり! sayonarasankaku

うちのほうでは、女の子はみんな「スカートまわり」をしていました。

くるくるくるくる、見ているだけで目が回りそうでした。


私は、鉄棒が苦手で出来なかったのですが・・・(笑)


[257]>196 珍しく雪が積もった年、初の雪合戦 Lady_Cinnamon

子供時代に過ごしたマチでは、雪合戦が出来るほど雪が積もるのは珍しい方でした。たいていは降り積もっても1日で溶けてしまいましたから。

そんな雪と縁遠い子供にとって、珍しく雪が積もることは凄く嬉しいんですよ。人生初の大雪なんて日を迎えたら、近所の子総出でしたし、学年なんて気にせずみんなで遊びました。

簡単にできるのは雪ウサギとか小さな雪像。本当はカマクラとか雪ダルマとか作りたいのだけど、そこまで大雪が続いて降るわけではないので、ここぞとばかりに出来そうな事に飛び付きました。

沢山子供が集まると、雪合戦をしてみたくなるんですよ。電柱積み上げた雪バリケードに隠れて、向こう側の電柱チームの頭が見えたら、おりゃ?って投げるんです。子供の力だから届かなかったりするし、年上の子は頭が出ていると思わせるために、バリケードの上に帽子を乗っけたりとかしていました。

初めて当たった雪玉が凄く痛くって、驚いたのなんの。雪玉が当たった瞬間は冷たいのと、痛みの熱が後から来て、冷・熱・痛いっ!私なんぞは半べそかきながら、それでも楽しくって夢中で反撃しました。

初の雪合戦は、学校から帰ってきてからの、溶けかかっていた雪だったから、雪玉にするとガチガチに硬くなって痛くなっちゃうんですよね。当たっても痛くないようにするには、おにぎりみたいに固めない球を作るといい。でもそうすると飛距離がでなくなっちゃうから、堅い雪玉で雪合戦をするなら、帽子に厚手のジャケットにゴーグル着用じゃなくっちゃ怪我しちゃいます。

それから、私が大人になってから雪国に引っ越して、初雪を迎えたとき、深々と降り積もる雪がふっかふかだったのが、とても神秘的でした。翌日に友人たちと十数年ぶりに雪合戦をしたけれど、ふかふかでサラサラの雪だったから、当たっても痛くないし、直ぐにサラッと崩れる雪玉で楽しく遊びました。

子供でも大人でも、雪合戦をする時は、それなりの装備とルールを用意してから。それだけで合戦は合戦でも、怪我のない安全な遊びの雪合戦になります。


[258]>245 お団子屋さん Lady_Cinnamon

私が幼稚園の頃の泥団子は、最近の流行った(?)ような磨かれた泥団子というより、砂場遊びの延長の泥団子・・・という感じでした。たぶん園内の砂場の砂やら泥を使っていたと思うのですが、大きくないもののまん丸のお団子が出来ると嬉しかったです。

その時はやったのがお団子屋さん。泥団子をいくつか作って、おままごとみたいにお客さんにお皿に盛って出すんです。あとお茶も出していた気がします。もちろん実際には食べません(笑)。

最近は砂場遊びをする子が減った・・・なんていう話も聞いたような聞かなかったような・・・。安全管理も色々と言われているようですが、泥遊びって夢中になれるし、何かしら子供の感性とか五感とかを刺激してくれると思うのですよね。だからこれからの子供たちにも、めいっぱい泥んこ遊びして欲しいものです。


[259]>176 下校時の靴飛ばし Lady_Cinnamon

同じ靴飛ばしでも私の子供の時はブランコからでなく、下校の時にみんなで靴飛ばしをし合って帰りました。

片足の靴を飛ばして、飛んだ所まで片足ケンケンで進むんです。凄く大変なんだけど、上手い子は片足で遠くに飛ばすしケンケン進みも早いのなんの。

ただ通学路の場所によっては、通行人の邪魔になるので怒られたこともあります。それに他所のお宅に靴が入っちゃう?なんてハプニングもありました。

なので、ここのゾーンは靴飛ばしね、っていう感じで学校がえりを楽しく過ごした覚えがあります。


[260]>72 あ?これ!私は遊び方を知らなかったんですよー Lady_Cinnamon

あ?!!!名前から遊びが想像できなくって、画像検索をして懐かしのチェーリングなるものを見ました。

これ、小学校の頃によく文具屋さんやおもちゃ屋さんで見かけたんですが、遊び方を知らなくって・・・。いろんな色があったから惹かれたものの、結局、チェーリングをせずに大人になってしまいました(そしてこの歳にして、その名を知りました)。

今でも売っているみたいですね。あとお手玉的な遊び方も紹介されていました。

http://plaza.rakuten.co.jp/manekihana/diary/200805040000/

http://www.magoden.com/2007/03/15-100000.php

ふ?む・・・もしもあれだけ時間のあった子供時代に遊び方を知っていたら、きっとはまっていたと思います。


[261]≪推理クイズ≫この謎にトライしてみます? Lady_Cinnamon

中学生の頃にクラスで推理クイズ作りが流行りました。年齢も年齢だったし、当時マンガやドラマで『金田一少年の事件簿』が流行っていたのも有り、みんな考えだす謎は凝った作品級のものもありました。

凝った作品が多かったので、正確に覚えてはいないのですが、辛辣なミステリーという感じではありません。謎が謎を呼んだと思いきや、「え?、そりゃないよ?!」という落ちだったり、ちょっとほのぼのした身近な話題もありました。

簡単な問題は、例えばこんな感じ。

担任の先生の机からバナナが出てきた。各自の証言をもとに、

机にバナナを入れた人物を割り出せ。制限時間は次の休み時間!

生徒A:Cは朝寝坊したからか、お腹がグーグー鳴りっぱなしだった。

生徒B:先生は大のバナナ好きで、体育の授業の担当である。

生徒C:Bは次の選挙で生徒会長のイスを狙っている。

先 生:今日の持ち物検査で、Aからはマンガを没収した。

授業前の休み時間に出題されるので、授業中は黒板を見てても、頭の中は違うことでいっぱい。まさに授業そっちのけ(笑)。そして制限時間の休み時間、全員一斉に答えを言うのですが・・・簡単だと全員一致で、次の謎に挑戦。

ちなみに上記の答えは、『バナナを入れた人物=先生』。理由は、持ち物検査で生徒Cから朝食のバナナが見つかり没収したから。没収されたバナナがその後どうなったかは、さらなる謎です(こんなアホな問題で笑い合ってました)。

でも本格的に難しかったり、出題メンバー側のイジワルがあったりすると、メンバーの頭を寄せ合って各自で推理内容を、あ?だこ?だとひねり合うんです。そうなってくると、逆に出題者側にいると、みんなの様子を見ているのが面白くもあります。

さて、ここで問題です。

次の文面に暗号が含まれています。その暗号を答えてください。

麗しい花の瞳え潤むのは

更に重ねて長き日々かな

ちょっと日本語が変な所が、解読のポイントになるかもしれません(笑)。


[262]おはじき cherry-pie

おばあちゃんが大好きで

よく一緒にあそんでもらっていました

おはじきとおはじきの間に指で線をひいて

片方を爪ではじいてもう片方にあたれば取れる

たまーに狭くなるときがあってそういうときは、爪の先で線をひいて、引いているうちにおはじきにあたって失格になっちゃったり

カラフルなおはじきが大好きでたくさん集めていたのを思い出しました。


[263]ちいちゃんのかげおくり Lady_Cinnamon

「十、数える間、かげぼうしをじっと見つめるのさ。十、と言ったら、空を見上げる。すると、かげぼうしがそっくり空にうつって見える。」

あまん きみこ著 『ちいちゃんのかげおくり』

(小学生当時の教科書、光村図書出版株式会社発行の国語三下からの引用)

私が小学校3年生の時に、国語の授業で『ちいちゃんのかげおくり』を読みました。その後から昼休みになると、学校のピロティで友達とよくかげおくりをしました。

真っ青な空、日の光がまぶしいような昼日中。友達と一緒に、二人姿のかげぼおしを10秒声を出して数え、瞬きもせずにパッと空を見上げる。うっすら雲があったり瞬きをすると、送った影もぼんやりしているのですが、くっきりとしたかげが送れた時はそれは嬉しかった。

あまんきみこさんの『ちいちゃんのかげおくり』は、戦争の悲しみだけでなく、家族の温もりもこめられた童話です。かげおくりという遊び、みなさんはご存知ですか?


[264]>193 鬼が通り過ぎるとき adgt

スゴイ快感だった。かくれんぼしてると建物をシッカリと知ることが出来る。


[265]陣とり vivisan

4人でやる遊びです。大きな四角形をかいて、それぞれの角から親指と人差し指のコンパスで弧をかいてその部分が最初の陣地となります。小さいガラスや石をひとりひとりがみつけて、これを指で4回はじいて自分の陣地に戻し、その軌跡が新しい陣地となります。これを順番におこなっていくわけですが、石が陣地からはみでてしまったら領土をふやせません。

こうやって領土をふやしていくゲームをよくやりました。

これはほとんど公園などの土で行っていましたが、陣取りに夢中になっていていつも暗くなるまでやっていたのを覚えています。


[266]木登り vivisan

幼稚園に手ごろな木があったので友達といっしょに登っていました。でも以前も書きましたが、古い家には手ごろな杉の木があったので、暇があると登っていましたね。

一番下の枝は寝そべることができるので、この場所はいつも弟ととりあいでした。

木の上に寝そべって本を読んだり、空をながめたり・・当時は外飼いしていたワンコの小屋があってワンコをながめたり・・夕焼けはとてもきれいでした。

実は親戚がよく集まる家にも手ごろな木がありました。なのでいつもいとこたちともいっしょに木に登ってあそんでました。

目線がずんと高くなって見える景色が違うのがとても新鮮で大好きでした。


[267]>244 手打ちテニス atomatom

学校で大流行していました。

軟らかいゴムのボールで廊下や踊り場の床のラインを利用してコートを作り、休み時間中、遊んでいました。

自陣でバウンドさせてから相手コートに打ち返すルールでした。スマッシュを打つときには当時人気だったボクシング漫画のフィニッシュブローの名前を叫びながら打ってました。


[268]>257 うらやましい。 nakki1342

雪の降らない地域に住んでいるので

うらやましく思います

雪合戦だけに限らず雪で遊ぶ

南の島に住む子供だった自分にとって

楽しそうに見える遊びですね

親戚も同じ県内に住んでいるので

たずねて雪の降る地域に行くわけでも

ないですから


[269]>260 二番目のURLの遊び方なら憶えられそうですねー chinjuh

全国の「ばぁば」は、これに歌をつけてやるみたいです。

しかも、地方ごとに少しずつ違っているようです。

http://www.tbs.co.jp/inpaku/warabe/hyg14.html

ここに但馬地方の動画があるんですが、

小さくてわかりにくく、挫折気味でした。

教えてもらったURLを参考にして再度挑戦してみます!


[270]>86 ありがとうございますー! chinjuh

そうそう、そんな感じでしたね。

早口やフェイントの遊び方も同じです。

「だるまさんがころんだ」以外の唱え方で遊んでる地方もあるんですねー。


[271]>201 長縄跳びは、確かに冬のほうが盛んでしたねー chinjuh

意外といい運動なので夏にやるにはきついのかもしれませんね。

わたしが知ってるのは群馬の伊勢崎ってところで歌ってたやつですが、

最近、葛飾区のわらべうたの本を読んだらぜんぜん知らないのばっかりでしたよ。

「郵便屋さん」とかが、わりと全国共通っぽいですけど、どうですか?


[272]>251 これもやりましたねー chinjuh

オオバコの茎をからませて相撲とか、

カヤツリグサの茎を両端から裂いて、ふたりで広げると四角くなったり、

タンポポの茎を裂いて水車を作ったり、

チカラシバの穂を逆さにしごいて栗のイガにしたり。

いろいろやりましたねえ。


[273]>234 今でもたまに・・ nakki1342

親しい友達と長い階段を上る時に

面白く少しでも上るために

やりました。

殆どの場合、上がりになるのに

一度では、決まらなくて

必ず2,3回下の段に降りてしまい、あちゃーとぼやいてましたね

懐かしいな・・


[274]ダンボール。 nakki1342

細いものではない大きな滑り台が

自分の住んでいた団地にはあったのですが

ダンボールを使って滑ったりしましたね

(おしりの下に引いて)

結構大きな滑り台なので

スリルがあって面白かったですよ


[275]>267 手打ち野球 kyou_mii

小学生の頃やりました!たしか軟式のテニスボールを使うのですよね?

休み時間は暮らすの男(女子も数名)あつまって必ずやってましたね。


[276]>169 けいどろ kyou_mii

やりました。

特にマンション(14階建てとかのでかいところ)を使ってのケイドロは戦略的で楽しかったです。エレベータを降りるときにたくさんボタンを押して相手の動きを遅くしたり。

…今考えると住民にはとても迷惑をかけてたような。

すみません、、、。


[277]>192 缶けり kyou_mii

残り一人って時にうまいこと缶を蹴られたときの鬼の心境をよく覚えていますww


[278]ラクガキ!! Fuel

まず学校の教室の黒板。放課後や雨の日の昼休みなどは、もうみんなのラクガキがビッシリでした。

地面にも書きました。地面というか、公園の隅にコンクリートで覆われた一角があって、そこが恰好のラクガキスペースだったんです。アスファルトはボコボコしすぎていてだめ。ラクガキにはコンクリートが最適です。車の心配もないその場所はとても貴重なスポットで、子供に人気の場所でした。いつも誰かの絵が消えずに残っていました。

今でも忘れられないラクガキの思い出は、取り壊される予定の家の塀へのラクガキでした。学校の近くの家が取り壊されることになり、その家の塀に自由にラクガキしていいことになったんです。

友だちの一人がそのことを教えてくれましたが、本当かと聞くと「その家のとなりのおじさんがうちのイトコに教えてくれたんだから間違いないよ」というような、めちゃくちゃ間違いがありそうなあやふやな話です(笑)。ポケットにチョークをしのばせつつ、おっかなびっくりその家に行ってみることにしました。

行ってみるとその塀は、万年塀というのでしょうか、ブロック塀とは違う面積の大きなコンクリート板で作られた塀で、ラクガキには絶好の作りです。みんなで顔を見合わせて、ほんとにいいのかな、いいみたいだな、よし書こう書こう、という感じで、それからは毎日、みんなで塀にへばりつくようにして書きまくりました。それは楽しい毎日でした。

そして迎えたラクガキ最終日。塀に「あした工事がはじまります、ラクガキは今日までです」と貼り紙がしてありました。私たちは再び顔を見合わせて、この塀の最後を飾る一大作品を書こうじゃないかと話し合い、相談がまとまりました。筆記用具はそれまでのチョークをやめて、はっきりくっきりきれいに書けるクレヨンを使います。きれいな絵は女子が得意ですから、仲の良かった女子にも声をかけて数人来てもらいました。

男子が「たのしいまいにちをありがとう」と大きくカラフルな文字を書きました。女子がその回りを無数の花の絵で埋め尽くしてくれました。みんな、持参したクレヨンをほとんど一箱使い尽くしていました。書き終わって気が付くと、綺麗な夕焼けであたりが染まっていました。みんな、ちょっと泣きました。

そんな思い出もあるラクガキは、子供のころの大好きな遊びの一つでした。


[279]>265 なつかしい! Fuel

親指を軸にして人差し指で弧を書いて始める陣取り、私もやりました。子供のころはこういうゲームも屋外で、お日様の下でやっていたんですね。健康的でしたね。

これとほとんど同じルールで、紙の上で行う陣取りもありました。小石を弾く代わりに鉛筆を紙の上に立てて弾くように先端を滑らせ、その軌跡で陣を取っていきます。これは雨の日の昼休みなどによくやっていました。


[280]かまくら cherry-pie

冬になると毎年つくっていましたね?

学校の校庭につもった雪

みんなで早く登校して雪だるまやかまくらを

けれど、今はその校庭にはほとんど積もりません

段々温暖化してきているんだなぁと、昔を振り返って少し寂しく思います


[281]影ふみ cherry-pie

おにごっこのように遊ぶのですが

人にタッチではなく、

影を踏んだらOUT

天気のいい日なんて、絶好の遊びより?でしたね

小さいときは日焼けも気にしませんでしたし、外で遊び放題

たのしかったなぁ。。。


[282]手遊び? miyupie777

っていうのかな?

「アルプス1万尺」とか「みかんの花」とか、2人で向き合って歌いながらするやつ。

大勢いたらグループに分かれて、如何に高速でできるか、如何に美しくできるか、とか競ってました。


[283]>279 なつかしいですね cherry-pie

私もやったおぼえがあります

私もお昼休みとかにやっていましたね

雨の日に遊べるゲームって限られてきますよね


[284]>273 グリコ miyupie777

うちの地域では、グリコの代わりに「グリンピース」でした。

他の2つと同じにしたかったんでしょうね。。


[285]>266 木登り cherry-pie

大きな木で私も男の子に混じって上った記憶があります

学校の帰りとか、誰が一番高い場所まで上れるかとか^^

でも、今の子供達ってそういうことしているのでしょうかね??

危ないとかいって、止められそうですよね


[286]>259 靴飛ばし cherry-pie

やりました。

ブランコから飛ばしたり、帰り道に飛ばしながらかえったり

でも、家に着いたら靴下真っ黒で・・・

よく、怒られていましたね。。

それもいい思い出です


[287]>256 あ! cherry-pie

スカートまわりやっていました!!!

まきつけたらくるくる回れるんですよねぇ?

片方だけかけてくるくる回るのもやっていた覚えがあります


[288]>237 缶にひも miyupie777

やりましたやりました!

大抵みんなみかんやパイナップルの缶だったけれど、近所の金持ちの息子が桃の缶で作って自慢してたので仲間はずれにしてやりました。


[289]>255 たぶん・・・ cherry-pie

ですが、まわるやつじゃないですか??

傘のようなかたちで、それにみんなでぶらさがって

くるくる回っていました

たしか、数年前に体を挟まれるという事故により撤去されている場所もあるとか

ちがったかなぁ・・・

それをみて、子供の頃普通に遊んでいた遊具がなくなるのは寂しいと思いました。


[290]>252 自転車 cherry-pie

のれるようになったころからかなぁ

あちこち走り回っていました

隣の町までいったこともあります(笑)

今、考えたらすごいことだなぁと・・・

大人でもあの距離を自転車で行こうとはなかなか思わないですから。


[291]>287 鉄棒 miyupie777

スカートまわり、カーディガン巻き付け、やってました。

雨上がりにやって、鉄棒のサビが服についてしまって、お母さんによく怒られてました。


[292]>242 フルーツバスケット cherry-pie

学校の、なんだったかなぁ

自由時間じゃないんだけど、道徳の時間かなぁ

そういうときにクラスでやっていました

先生がやろうと言い出すのですが、毎回いろんなゲームができてすごく楽しかったです


[293]>284 グリコ rsc96074

いやはや、懐かしいなぁ。九州では、「グリコ、チョコレート、パイナップル」です。地域ごとに違うのかな。(?_?)


[294]>290 サイクリングコース peach-i

サイクリングコースをのんびりサイクリング。

少し自宅から遠い場所ですが、大きな公園に、サイクリングコースがあって、自転車のレンタルもあり、大自然の緑の中で、サイクリングが出来るんです^^

そこでよく家族揃ってサイクリングしてました。

緑が気持ちよくて、何キロも走ったものです。


[295]教科書やノートの端に・・・ sayonarasankaku

遊びといったら、ちょっと語弊があるかもしれませんが、

授業中に教科書やノートの端っこにいたずら書きをして、

遊んでいました。


先生の似顔絵だったり、社会の教科書に出てくる歴史上の人物に、

ひげを生やして目をパッチリさせたり、ぱらぱらマンガを書いたり、

もちろん遊んでちゃいけないんですけど、

ちょっと楽しかったのを思い出しました。


[296]>295 やりました〜 miyupie777

授業中なのについつい夢中になってしまって、先生によく怒られてました。


[297]>289 いいえ?上下に動きました。 chika508

宙に浮いた鉄製ハシゴの真ん中に支柱が立っていて、

両端に人間がつかまります。つかまったまま、

1人は地面を蹴ってジャンプし、もう1人はしゃがみます。

それを交互に繰り返すんです。


どうも酷い事故により撤去されているようです。

自分ひとりではなく、相手がいての事故になってしまうので・・・


[298]>297 ぶらさがり?? lovelykuma

そんなシーソーみたことないですね

地域によるのでしょうか?

遊具の事故を見ると心が痛みますね


[299]>296 ぱらぱらマンガ lovelykuma

これはよくやっていました

中には、1日かかって、ストーリーを完成させているすごい子も

なつかしぃ?!


[300]>294 サイクリングコース lovelykuma

ありました!

私もサイクリングコースを休日に友人と走っていましたね

しらない場所に行くのが、探検ぽくってとても楽しみでした。


[301]>293 グリコ lovelykuma

ですよねぇ?

ち・よ・こ・れ・い・と!

あぁ、なつかしいい!!!

神社の階段をこれで登ったり、学校の階段をこんな風におりていったり


[302]>292 やりましたね lovelykuma

でも、恥ずかしがりやの私は、

鬼になるのがものすごく嫌でした^^;

どうしていいか、わからない、といつも困っていました・・・。

そんな時、必ず近くの子が助けてくれるんですよね。

それもいい思い出です。


[303]>288 わかります! lovelykuma

缶にあなをあけて歩くんですよね。

確か、昔の遊び、みたいなのでやっていたような気がします。

うまくのれなかったのは覚えています。


[304]>286 靴飛ばし lovelykuma

どんくさい、私は・・・・

くつも飛ばず、けんけんもできず、いつもビリでした(笑)

それでも、まって?といいながら、靴を取りにいって

またけって、みんな仲良し、そんな時代があったのだなぁと

すごく懐かしいです。


[305]>272 覚えているのは lovelykuma

しろつめくさでつくる冠です

みちばたにたくさんあって、それを結んで

ティアラやブレスレットを作っていました。


[306]>303 ひもが短かった。。 atomatom

缶にひも、あれ、自分で作ったわけじゃなかったです。

きっと大人が作ったのをもらったんだろうなあ。

ぼくが記憶しているのはやたらとひもが短くて乗りにくかったこと。あれに乗って競争したなあ、何度も地面に足をつけながら。

懐かしいです。


[307]きせかえ、ぬりえブック atomatom

今ではリカちゃん人形やバービーちゃんにすっかり駆逐されてしまったでしょうが、昔はきせかえ、ぬりえブックというものがありました。

まあ、ぬりえがメインの100円ほどの本なんですが、ぬりえのページとは別に、きせかえ用のページがおまけのような感じであるんです。

厚い台紙に少年や少女の絵が描いてあって、それを切り抜いて本体にします。本体といっても切り抜いただけの2次元の人形なんですが。

それに、同じく切り抜いた洋服や帽子、バッグなどを組み合わせて遊ぶのです。

確かドレスっぽいのや、ボーイッシュな洋服、看護婦さんやバスガイドさんなんかの衣装もあったような気がします。

服を着せるといっても、服の上部に折り曲げるツメのようなものが付いてあって、それで本体に引っ掛けるだけなんで、乱暴に扱うとすぐに服が脱げてしまいます。脱げても大丈夫なようにTシャツくらいは着ていましたけど。

たったこれだけの単純なものだったんですけど、妹と2人、ストーリーを作りながら時間を忘れて遊んでいました。

ときにはそのチャチな衣装の取り合いでケンカにもなったほど、熱中していましたね。

こどもの想像力と集中力、あなどれませんね。


[308]>282 せっせっせーの、よいよいよい atomatom

どれほど高速で出来るかっていうの、ぼくたちもやってました。そんなの久しぶりに思い出しましたよ!

これとはちょっと違うんですけど、よくアメリカ人の野球選手やバスケの選手がハイタッチをするときに、自分たち独自のフリを追加してキメているのも、なかなかかっこよく見えますね。


[309]>308 バージョンが二つ akilanoikinuki

みかんの花については、初級編と上級編の二つがあり、私は簡単な初級編しかできませんでした。


[310]>281 やりましたね? (^w^∩ haruta-hizasi

自分も影踏みをやりましたし、道路際で車の影をJUMPで

避ける遊びもやりました。トラックやバスでは苦笑い(^^)


[311]>248 服にくっつく草の実を 友達に投げて遊んだ (^w^; haruta-hizasi

よく爆弾ごっこで、服にくっつく草の実で遊びました♪


[312]>299 集中力なかったので・・。 nakki1342

学生の頃、まじめな生徒じゃなかったので

授業中に教科書に落書きをしてしまうのは

ザラでした。

パラパラ漫画も書いてたなあ・・

でもキャラが活き活きする感じには書けなかったり

そんな奴だったので

うまく書くことが出来る同級生を尊敬してたなあ


[313]ダンボールで作る 家とかを作って遊んだ (^w^∩ haruta-hizasi

けっして、ホームレスの子供ではなく(^w^;

家の外のはじっこに 大きな四角いダンボールにカッターで扉を作り、

中では 小学3年生とかの雑誌や きのこの山 とかのお菓子を持って読書。

雨の日は大変だったけど、頑張って克服し、雨音を不思議な感覚で感じていました。


[314]ごめんなさい、ゲームセンターやデパート屋上でよく遊びました。 haruta-hizasi

小学校4年生ぐらいになると、デパートの屋上とか友達と一緒に行って

10円玉ゲームとかメダルゲームをしてたりもしちゃってました(^w^;

このいわし的には、やや離れているかも・・・?


[315]ノートに手作り選択ゲーム(RPG的) とか シャーペン倒しの戦争 haruta-hizasi

よく学校とかでは、ノートがシャーペン倒しの戦争用に 最後のページから切り取られたり、RPGゲーム的な あなたはどうしますか? 倒す→7(倒せない!→3) 逃げる→10(GAME OVER) とか無駄に学習道具を消費しておりました。お母さん、ごめんなさいでした(^w^;;


[316]>309 なつかしいですねー chinjuh

「おちゃらか」とか「線路は続くよどこまでも」とか。

「みかんの花」はうちのほうでも二種類ありました。

せっせっせは、わりと全国共通なのかなー。


[317]>314 駄菓子屋さんに sayonarasankaku

駄菓子屋さんの前にも、10円入れてやるゲームよくありましたよね。

途中の穴に落とさないで最後まで行くとおまけが出てくるようなの。

よく、やってました。

あと、ガチャガチャも懐かしいな。


[318]>261 ぐはあ、降参・・・・(^-^; TomCat

アナグラムかな、とか、色々考えてみているのですが、全然解けません。降参です。このいわし、明日で終了になってしまうので、それまでにどなたか謎を解き明かしてください(^-^;

それにしても、こういう知的な遊びはいいですね。時々人力検索でも推理クイズのような出題があって、出題する方も答える方も、それぞれに楽しんでいます。ある時は出題者、ある時は回答者、その両方を行ったり来たりして楽しめる。そこが楽しいところですね。


[319]>263 戦争、命、そして「かげおくり」 TomCat

「ちいちゃんのかげおくり」。

お父さんが教えてくれた「かげおくり」。

お母さんもお兄ちゃんも、家族みんなで手をつないでやった「かげおくり」。

そんな思い出を胸に、兄妹が色々な影を送った空。

その空はやがて、子供の影を映す楽しい空から、爆撃機の飛来する恐ろしい空に。

そして・・・・。

そんなお話ですよね。

かげおくり。よく晴れた、眩しい空の日には、今でも時々やってみます。そして60数年前、炎の雨を降らせたのと同じ空に、自分の影を映します。見上げた空の眩しさで、ちょっと涙が出そうになります。

私は戦争を知らない。でも、かつて戦争のあったのと同じ空の下に生きている。守るべき物が何かを知っている。そう、ちょっと拳を握りしめてみます。

もう二度と、空を戦争のために使わせたくありませんね。子供達が楽しい影を送って、平和を謳歌する空であり続けて欲しいと思います。


[320]>305 からすのえんどう vivisan

この実を私たちはシービーとよんでました。中の豆をとって吹いてみると笛のおとみたいに「ピー」ってなるんですよね。いつもこの実をとって鳴らしていました。

なんかすごくなつかしいです。今吹いている子供たちってみかけなくなりましたね。

オオバコでスモウわたしもやりました。より太いオオバコをいつもさがしていました。

あと洋酒ヤマゴボウの茎をむいて、ウナコーワとかいって塗ってたり・・・。


[321]ケンケンパ! vivisan

地面に○を書いて、石をどれかの○に投げ入れて、「けん、けん、ぱ!」っていいながら、石をぬかして飛ぶ遊びです。

土の上でやるときは、木の棒で書き、コンクリートに書くときはチョークを使ってかいていました。でもチョークだとすぐに消えてしまうんですよね・・。

なので消えないようにするには、ろう石というので書くと白くくっきり書けたそうです。

この間みんなで旅行にいったとき、このろう石が売ってました。友達がそれをかって、アスファルトの上に書いてみんなで、うん十年ぶりにやってみました。うまくいかないもんですねー!小さい頃はあんなにうまく飛べたのに・・。


[322]>233 段差を使う遊びなので powdersnow

結構、段差で躓いたりする人が多かったような。勢いも着いているわけで、結構、危ない遊びだったかも知れませんねぇ。


[323]>241 みかんの花さく丘 vivisan

岐阜ですが、このうたを唄いながら飛んでいたような気がします。すごくなつかしいです。

家でも2つの椅子などにゴムをひっかけて練習してたような・・。

うまくできると段々上にあがっていきました。


[324]>219 良い場所は撤去されやすく、撤去されにくい場所は居づらい powdersnow

やはり、何年もいろいろなグループが作っていて、大人も把握しているんでしょうね。

軒下みたいな人に迷惑をかける場所の発見・撤去は早く、林の中などは放置されやすかった。危険ある場所も撤去されますね。

屋根があって濡れない場所なんかは、撤去されやすいですね、やはり。


[325]>268 作戦 vivisan

最近はかなり少なくなりましたが、少し積もるだけでもできるので、積もった日は必ずやっていた気がします。

少人数よりもグループ対抗で行ったほうがたのしかったですね。

私の通っていた小学校・中学校でも雪が積もった日には、必ず授業が雪合戦になる時間がありまして・・みんな外へでて雪合戦。

この場合は人数が多いですので、グループになってグループ対抗戦なんてやってみました。

雪玉を製造する係りの人、作戦をたてる人・・というように役割を決めて開始されました。

冷たかったけど、動き回って体は温かかったです♪

なぜか先生も童心にかえっていたような気がしますw


そのあとは中央にあるストーブの柵にぬれた手袋をかけて乾かしてましたw


[326]>253 弟が好きでした。 vivisan

ガンダムのプラモデルを作ってましたねw

少ないお小遣いから購入してきて色々と作ってました。私には細かい仕事は無理でしたが、やっぱりこういうのは大人になってもすきなのか・・今も趣味で作っていますw

プラモデルの種類もいろいろありましたね。ロボットものから車、はたまたお城・・・弟にいわせると出来上がったときの達成感がなんともいえないみたいですw


[327]>326 城のプラモデル iijiman

小学3年か4年頃だったと思いますが、城のプラモデルを作っていました。

というか、最初に作ったプラモデルが「会津若松鶴ヶ城」でした。

犬山城とか、あと、清水寺なんかも作ったなあ。

塗装なんかはそんなに難しくないんですが、細かい庇があったりして、難易度は中くらいだったと思います。

小学生にしては渋すぎたかもしれません。


[328]>74 見たことがあります watena

コースに電線が埋め込まれていて、ブラシ状の電極を付けた模型がその上を走っていくやつですね。あれは専用のコースが必要ですし、走らせる車の模型も高そうですから、今のおもちゃにたとえれば最新鋭のゲーム機より貴重品だったのではないかと思います。

その後レースゲームとしてはミニ四駆が流行りましたが、走らせることより模型をカスタマイズしたりする楽しみを先行させる展開で、全ての子供が熱狂する遊びは意図していなかった感じでしたね。


[329]>149 説明付きの図解 watena

子供向け雑誌の特集記事の説明イラストみたいな感じですね。当時そういうのを見て、すげぇ?などと興奮していましたが、それを自分で書いたらさらに楽しくなること間違い無しですね。それぞれの「はつめい」を友だちと交換し合ったり、想像を形にして学校への提出物にまでしてしまう徹底ぶりはうらやましいです。

Oreganoさん、ネットを使って時空を行き来する装置をぜひ考案して、私をOreganoさんの子供時代に招待してください。私もその空想仲間に加わらせてほしいです(w


[330]>199 粘土で勝負はしませんでしたが watena

私の行っていた小学校でも一人一人に油粘土が配られていたので、何かの都合で自習になると、粘土工作の時間になることがありました。粘土工作は大人気で、休み時間に取り出していじっている子も少なくなかったです。

私たちは数人の粘土を合わせて細く紐状に伸ばし、それを重ねて大きな土器のような物を作ったりして遊びました。後で粘土を分ける時は、一人一人量が違わないように、それは慎重に分けたのを思い出します。粘土の量って、子供にとっては大問題だったんですね。


[331]>302 レクの時間 nakki1342

小学生の頃

お楽しみ会ってありましたね

そのとき、私のクラスでもやりました

運動神経は、そこまでいい奴ではない

私だったのですが

気合が入り、ホント楽しく遊び

エキサイトした覚えがあります

(他のイスに移動するときなど・・)


[332]>217 かなり燃えました watena

レース前、まず使い古してパワーの無くなった電池でタイヤを空回りさせてギアボックスのウォームアップ。続いて新品の電池に取り替えてまた空回りさせて、十分回転がスムーズになった所でイザ勝負。こういうマニアックなテクニックを工夫して勝ちを重ねていくのが楽しかったですね。

ボディも丁寧に肉抜きして軽量化を図ったりして凝りまくりました。思えば私のDIY好きはミニ四駆で培われたと言っても過言ではないかもしれません。


[333]はないちもんめ miyupie777

♪か〜ってうれしいはないちもんめ まけ〜てくやしいはないちもんめ

あのこがほしい あのこじゃわからん そうだんしましょ そうしましょ♪

大勢いるときにはもってこいの遊びでした。

ところでこの歌、♪あのこがほしい♪の前にたくさん歌詞があったはずなのですが記憶がありません。

どなたかご存知の方いませんか?


[334]>218 ビー玉遊びは watena

基本は自分の玉を相手の玉に当てると取れる、という物だと思いますが、やり方にはいくつもパターンがあったように記憶しています。私がしていたのは、親指と人差し指でビー玉をつまみ、弾き出して他の玉に当てていくものでした。自分の番が来るとビー玉があった位置に小指を置き、小指を動かさなければ思いきり指を広げて離れた場所のビー玉を狙うことも可能です。

そのほか、真上から落下させて下のビー玉を狙ったり、色々な遊び方があったみたいですね。

お祭りになると、みんなで捨てられているラムネ瓶を探しました。今は使い捨てのペットボトル入りラムネが多くなりましたが、私が子供の時代はまだビー玉で栓をするラムネばかりでした。たくさん集めて神社の水道で洗い、袋に入れてジャラジャラ言わせながら持ち帰りました。


[335]>226 母が作ってくれたシャボン玉液で watena

ストローも先端に切れ目を入れて広げた、母のお手製でした。それで遊んだシャボン玉、懐かしいです。

母も一緒にやってくれて、そして親子でシャボン玉の歌を歌いました。あの歌は、幼くして亡くなってしまった子供を偲んで作られたという説がありますね。「屋根まで飛んで壊れて消えた」の所などがそれを象徴していると言われますが、私に子供が出来たら「風風吹くな」のところに思いを込めて歌ってみたいと思います。


[336]>321 ケンケンパ tibitora

懐かしいです、子供の頃ケンケンパもして遊んでいました。

私は大きめの石を使って地面に○を描いていました。

投げ入れる石を1つ2つとだんだん増やしていって、うまく最後まで飛べなかった人の負けといった遊び方をしていました。

私も今するとうまく出来なさそうです・・・。


[337]>236 伝声管 watena

私もホースでそれをして遊んだことがあります。小さな声でもけっこう鮮明に届いてくるのが本物の電話みたいでわくわくしましたね。両端に漏斗などは付けなかったので、片方がしゃべっている間、相手はホースを耳に当てています。同時通話が出来ないので、トランシーバーみたいに「何々です、どうぞ」「了解」なんてしゃべっていました。

その頃私たちは家の近くの空き地と学校裏の二個所に秘密基地を建設(笑)していましたので、その二個所をホースで結んで通信するのが夢でした。どうやったら大人にばれずにホースが引けるかと真剣に考えていましたよ。


[338]>334 ビー玉 tibitora

ビー玉集めていました。

遊ぶのではないのですが、いろんな色や、中に模様の入っているものもあって眺めて楽しんでいました。

大きいのや小さいの、サイズもいろいろあって綺麗ですよね。

実家ではにゃんこがビー玉をよく転がして追いかけっこをして遊んでいました(笑)


[339]>227 乗り物ごっこ watena

私の場合は電車夜の路線バスの方に馴染みがあったので、もっぱら路線バスごっこでした。私も自分で「歯医者さん前」とか「ススキの空き地前」などと架空のバス停を作って、次は「ススキの空き地前です、お降りの方はブザーでお知らせください」「ブー」「次、止まります」なんて車内放送をしながら自転車に乗っていました。

鉄道にこり始めたのは中学生になってからですね。友だちにすごいマニアがいたので、感化されて私もあっという間に鉄ちゃんの仲間入りをしていました。


[340]>258 泥遊び watena

私が育った地域には小規模ながら田んぼが残っていて、たまに水は入れているのに作付けしていない「空き家」の田んぼがあったんです。そこが子供たちの泥遊び場になりました。

どうやって遊ぶかというと、男の子はもう泥の投げ合いです。すごいですよ。もう本当に全身泥まみれになるまで徹底的にやり合います。そして泥怪獣みたいになった姿で公園の水道に行って頭から水を被って洗います。

真夏のことで、上半身裸のようなかっこうですから、汚れることを気にせずに遊べたんですね。田んぼの土は暖かく、ふわっと足を包み込むような感触で、とても気持ちがいいものでした。


[341]>318 降参です・・・ tibitora

クイズ遊び楽しいですよね。でも難しかったです、降参します・・・。

私もこのいわしの終了までにどなたか解ける人が現れるといいなと思います。

現れなかったらなぞに包まれたままクイズの正解がわからないままなのかなと、答えが気になります。

クイズは作るのも解くのも(たとえ解けなくても)頭の体操になって楽しいです^^


[342]>341 ヒントです(^^) Lady_Cinnamon

あらあら、ちょっと凝り過ぎましたかね。短歌をつかったクイズなのですが、こう分解したら・・・分かりやすくなると思いますよ(^▽^)

うるわしイ

はなのひとみエ

うるむのは

さらにかさねて

ながきひびかな

このいわしに参加している人にとっては、スゴ?く身近な単語が答えです♪


[343]>342 おぉぉぉぉぉぉぉぉ!! YuzuPON

各節ごとの語尾を綴るわけですね!!このクイズは、このいわしのために特別に作ったLady_Cinnamonさんのオリジナルだったんですね。すてきな和歌仕立てに感服しました。こういう遊び、イエはてなでもちょっと流行らせてみたいですね。年末年始のイエはてなのお休みの時にでも、ダイアリーで遊びましょうか。


[344]>220 私たちは警察ごっこでした YuzuPON

作りました、警察手帳!!それも海外のドラマで見るような、手帳というより、びらっと開けるとバッジが出てくるタイプの物です。ボール紙で台紙を作り、皮は手に入らないので黒い布を貼り、内側のバッジ部分には、学校の図書室で調べた世界の警察や消防のバッジやエンブレムの中から、各自好きなデザインの物を書き写して貼り付けました。ですから私たちは同じチームなのに、手帳を見ると全員所属が違うわけです。日本の消防団からスコットランドヤードまで、色んな手帳が揃いました(笑)。


[345]>340 泥団子は幼稚園児のステイタス canorps

私もよくやりました。

夢中になってつやつやの泥団子を作ったものです。

泥団子作りは今でも幼稚園児にとってのステイタスです。

いかに丈夫に。いかにまるく。

いかに滑らかに作るか。

もう寒くなった今でも、毎日幼稚園で作っているようです。

時を経ても変わらないものなんですね。


[346]>278 じわん… YuzuPON

取り壊される家の塀への落書きのエピソード、じわっとさせられました。取り壊す前に子供たちの創作の場にと塀を提供してくれた人の優しさ。そしてその塀を愛し、最後の日には感謝の思いを込めて塀を美しく飾った子供たちの心。夕焼けに照らされた塀の様子が目に浮かぶようです。

こういう美しい思い出を抱いて大人になれる人は幸せだと思います。このエピソード、ぜひぜひショートドラマ化してほしいです。


[347]>344 みんながちがうなんて canorps

なんて楽しいんでしょう。

所属が違っても、みんなで協力し合うんだと子供はわかっているのかしら(笑

消防団まで混じっているところが、かわいいですね!


[348]>280 かまくら作りは夢でした YuzuPON

東京には、かまくらが作れるほどの雪は降りません。雪だるまも満足に作れません。せいぜい雪うさぎを作るくらいが精一杯です。かまくら、作ってみたかったですね。とても憧れました。

東北出身の同僚が今、横から、うちの方も最近雪が少なくなったよ、帰省するたびに温暖化は恐いと思うよと言っています。豪雪は困りますが、雪も貴重な水資源ですから、気候変動で降らなくなってしまうことは問題ですね。

そういえば昔、異状気象を指摘し続けていた人が、いつか異状が常態化して、異状という言葉が使えなくなるくらいの変動がやってくると予言していたそうですが、今は本当に異状気象という言葉が影を潜めて、「気候変動」というような言い方に変わってきていますね。一時的な異状ではなく、変動という捉え方に変わってきていることに、大きな危機のおとずれを感じます。


[349]>333 わたしもわからなかったので canorps

しらべてみました。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%81%AF%E3%81%AA%E3%81%84%E3%81%A...

http://www.omocha-album.com/kyoutu/hanaiti/

http://homepage1.nifty.com/cats/music2/hanaichi.html

私も子供の頃よくやりましたが、いつまでも自分を選んでもらえないときに

寂しい気持ちによくなったのを覚えています。

人買いの意味合いがこめられているのは知っていましたが、今回歌詞を調べてみて

読んでみると、昔のわらべ歌は子供が、大人のしてることをまねて歌っていたりするのだなあと再認識しました。


[350]>327 今でも好きです。 canorps

子供の頃から、黙々と作るのが好きでしたが

三児の母になった今でもガンプラ作りが好きです。

子供にも、ママまたガンダム作ってる?といわれています。

子供のときは少ない小遣いで買ったもので、小さなものが大きかったのですが

大人になった今、大きなスケールのプラモデルを作りたいですがさすがにガンダムは、

子供におこられちゃうかしら・・・。


[351]>329 そういえば私も YuzuPON

メカではありませんが、秘密基地の設計図を書いて想像して楽しんでいたことがありました。私の基地の仕様は半径百メートルの円形の地下基地で、中心部分が地上との連絡エレベーターになっています。もちろんエレベーターを上るとわが家の庭に出ます。

基地から一本地下通路が延びていて、それは学校につながっています。そんな巨額の資金が必要な通路を作って、私は一生小学校に通うつもりだったのでしょうか(笑)。広大な地下基地の区画を色々な目的に割り当てて、わくわくしながら空想して楽しみました。


[352]>247 砂遊びの源流(^^) Lady_Cinnamon

そうそう、砂場で穴を掘って・・・というか夢中で穿(ほじ)る感じ。砂山にトンネル作りをするんですよね。砂場の下の方って乾いた上と違って、ちょっと湿っていてひんやりしているの。

トンネルができたら、そこに両手でバケツいっぱいの水を、うんしょっと持ってきて、最初チョロチョロからジャ?って流す!まさに山に川を作って、水を流すわけですよね。

一山トンネルを作るのも、小さい頃には大変だったし崩れちゃう事も良くありましたけど、上手く作って水まで流せた時は嬉しかった。

思い出すと、あの頃は麦わら帽子をかぶって、汗いっぱいになって砂をほじっていた気がします。


[353]>349 ありがとうございました♪ miyupie777

そうだ、鬼、お釜、鉄砲、お布団、箪笥。。。ありましたありました。

しかし子どもだったとはいえ、無知って怖いですね。


[354]>91 女の子にとっての憧れ Lady_Cinnamon

リカちゃん人形・・・子供の頃は欲しくて欲しくてしかたありませんでした。それとリカちゃんハウスとかシリーズが色々でてきて、セットを持っている子や色々なリカちゃん用の服を持っている子は鼻高々ってかんじでした。peach-iさんのおっしゃるように、手芸上手なお母さんの手作りの洋服も、とても羨ましかったなぁ?。

そういえば、ジェニーちゃんとかバービーもいたんですけれど、日本人と外国人の名前の違いとか何故なんだろうと思いつつ、とりあえず女の子の間では持っている事がステータスという感じになっていましたね。

雨の日なんかは室内お遊びの日になってしまいますから、お人形さんがあってもなくても、よくおままごとはしていた気がします。外のジャングルジムとかで遊べない男の子は、お父さん役や子供役、お客さん役を好きでやってくれる子と、イヤイヤ付き合わされている子と半々だった気がします(笑)。

幼稚園から小学生くらいの女の子にとって、お人形さんでおままごとは夢中になる遊びの一つでしたねぇ。よくTVのCMでも見ましたし・・・。そういえば、最近もリカちゃん人形とかなのかしら・・・。それとも、アニメとかのお人形に主役は変わっちゃったかな(謎)。


[355]>343 謎が解けました momokuri3

実は私も気になっていたんです。全然わかりませんでしたが、やっとヒントで謎が解けました。こういうの、面白いですね。イエはてなの年末年始休みに、ぜひダイアリーで遊びましょう。童心に帰って!


[356]>336 大人になったら・・・いい運動にw Lady_Cinnamon

ケンケンパ

ケンパ

ケンパ

ケンケンパ

こんなフレーズで、ケンケンの時は片足ケンケン、パの時は両足でパッと開脚でしたよね。

これも懐かしい遊びですね?♪そうそう、ろう石でチョークの時より力を込めて書くんですよね。ろう石も文房具屋さんとかで売っているのだけど、子供のお小遣いで買えなかったりして、小さい白石状態のろう石を拾って書いていた覚えがあります。

う?ん、私も最近はやってないですね。改めてやってみたくなりました。もしかしたら、大人の今になったら、メタボ対策にいい運動になってしまうかもしれない(笑)。


[357]>354 実は私もwww momokuri3

ああいうお人形に、とても興味がありました。ああいうので遊んだら楽しいだろうなぁと思っていました。まだ男女の違いを意識しない幼児の時期には、そういうことってあると思うんです。でもなぜか女の子専用の遊び道具で、私には持たせてもらえないんですね。そうすると、よけい遊んでみたくなるわけです。

でも私がいじると、変なポーズばかり取らせて遊びそうですから、お人形さんが可哀想でしょうね。男の子用のGIジョーという人形が存在したことを知ったのは、大人になってからでした。


[358]>332 ファイターに憧れたり momokuri3

二代目ミニ四ファイターが引退してから早一年。二代目ファイター在任期間は12年ですから、初代も含めると、かなり幅広い年代がミニ四ファイターに憧れていたと思います。ミニ四駆はただの遊びというより、子供の文化の一分野でしたね。いつか三代目ファイターは登場するのでしょうか。


[359]>223 オリジナル戦隊も momokuri3

最近局地的なイベントで活躍するローカルヒーロー戦隊がありますが、私たちのクラスにもオリジナルの戦隊がありました。その名も超掃除戦隊ホウキマン。当番めぐればすぐ参上、この世のゴミは許さない、超ホウキアタック、電撃チリトリキャッチ、必殺合体ゴミ捨てダッシュ、トイレ掃除もなんのその、いつもニコニコ輝く便器、よい子のみんな、ゴム手袋で僕らと握手だ!みたいなセリフを叫びながら、掃除もせずに遊んでいました。


[360]>229 コマは私も大好きでした momokuri3

回し方には、手を体の中心位置で構えてコマを放る側に手の甲を向けるベーゴマ回しと、手を体の横に構えてコマを放る側に手の平を向ける回し方の二種類がありましたね。普通は後者で回しますが、コマ同士のバトルには時々ベーゴマ回しをすることもありました。私は自分専用のコマを持っていました。探せばまだあると思うので、大掃除の時にでも探してみたいと思います。見つかったら、楽しい正月になりそうです。


[361]>232 二人で取り合うのはよく遊びました momokuri3

修学旅行の移動の電車の中でもしていた記憶がありますから、男女問わずけっこう大きくなるまでやっていたことになりますね。

一人あやとりは、私は全くやり方を知りません。でも手指を動かすのは脳のリフレッシュにとても良さそうだし、気分転換など色々な効果が期待できそうですね。あやとりで検索すると技の解説動画などもあるようですから、これから挑戦してみるのもいいかもしれませんね。


[362]>319 私は大人になってから知りました momokuri3

ある深夜アニメでかげおくりのエピソードが出てきて、初めて知ったんです。その後、

ちいちゃんのかげおくり (あかね創作えほん 11)

ちいちゃんのかげおくり (あかね創作えほん 11)

この本を知って、読んで、色々考えさせられました。子供たちが楽しく影を送れる空を、本当にしっかりと守っていきたいですね。でも東京や神奈川の空には、今も外国軍隊の、すさまじい殺傷能力のある兵器を登載した飛行機が飛んでいます。戦後半世紀以上たって、まだそのままです。それは恐ろしいことだと思います。


[363]>346 全私が泣いた! momokuri3

子供時代の郷愁が、まるで自分のことのようによみがえってくるエピソードですね。こんなすてきな落書きの思い出!すばらしいです!きっとその塀は、最後にFuelさんたちとこんなに仲良くなれて、喜んだことでしょうね。この塀のために集まってくれた女の子たち、そしてその家の持ち主の優しさにも目頭が熱くなります。


[364]>347 お揃いの手作り手帳 momokuri3

仲間のしるしの、お揃いの手作り手帳ですか。みんなの友情と結束が高まりそうで、本当に楽しそうですね。こういうのは、大人になっても憧れます。

最近私は仲間と、ちょっとした山小屋を秘密基地のようにして楽しんでいるので、この仲間で揃いの手帳を作ってみましょうか。スパイ手帳とか、かっこよさそうですね。

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