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「来たか長さん待ってたほい」はいつ頃から使われたものなのでしょうか。
google検索ではhttp://www31.ocn.ne.jp/~yu/diary/04_04.htmlに漱石の「道草」の一文を引用しながら「来たか丁さん待ってたほい」ではないか、という推測がありますが、果たしてこの推測は正しいのか、漱石の「道草」が初出なのか。
ご存知の方がいらっしゃいましたらご教示ください。

●質問者: うるるん
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:Google 引用 検索 漱石 道草
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● mulloo
●0ポイント

口調からいって最近でしょ。


2 ● kanan5100
●100ポイント ベストアンサー

回答拒否が解除されていたので再掲します。

http://www.konan-wu.ac.jp/~kikuchi/kayo/meiryu.html

明治年間流行唄(高野辰之・大竹紫葉『俚謡集拾遺』付録。大正4年刊)

http://www.j-texts.com/taisho/hautadodo.txt

端唄及都々逸集 附はやり唄と小唄 大正6年

もともとは明治時代の流行唄のようです。

明治20年代に流行った追分節に、

>碓氷峠の権現さまよ、私が為には守り神、スイ/\、来たか長さん待てたほい、お前ばかりが可愛うて、朝起なろかいなア。

という歌詞があります。漱石は俗謡をもじって作品に使ったのでしょう。

◎質問者からの返答

ご回答有り難うございました。

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