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言語における文法規則とは、音韻的あるいは記述的なパターン認識であるとかんがえてよいでしょうか。


●質問者: ShinRai
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:パターン認識 言語 記述
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 18/18件

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[1]品詞の順序まで設定する基本法則 miharaseihyou

比較言語学の話だったけど、通常の構文で名詞が一番に来るとは限らない日本語は特異な存在らしい。

その言葉を話す人の思考構造さえ左右する要素を持つ。

だからこそ幼児期の他言語の習得には問題が多い。

意識の根底を規定する枠組みだから。


[2]よくないです。 adgt

的外れな意見です。


[3]>2 では、子供は文法をどのように覚えるのでしょうか ShinRai

やはり遺伝子の中に文法が組み込まれているのでしょうか(チョムスキーの生成文法論)

それとも、パターン認識以外で、獲得するのでしょうか。


[4]>3 言語学習の準備性 sidewalk01

を人間は有していると思われます。同等の学習訓練を行っても、チンパンジーなどでは言語学習は不十分にしか成立しません。学術論文などにあたられたほうが有用な情報が得られると思いますよ。


[5]>4 質問者さんは、アリストテレス的な文字説明ではなく、ソクラテス的な理解を求めてられる? takokuro

ユダヤ人で決して、

そう単純な思い込みでアリストテレス的な思考法に夢中にはならないはず・・

(私は、教養課程や教職課程で3つもある心理学とは全く違う視点に

大変な思い込み?で根本的な解明がこれで出来るんだ!と舞い上がる気持ちでしたが・・)

『赤』マッカツらの紀元前からの

パターン科された征服の脅威にサラされ続けてきて?

しかも大変に整理された頭脳の持ち主の

チョムスキーは

おそらく・・アリストテレス的な思考法、視点?演繹的な理論で

言語すら同一のパターンには収められない・・

TOBするのは不自然である、矛盾多いものだ。。

と言う結論を

人々に実感させるために

普遍文法や言語脳という概念を提示したような気がします・・

ただ・・

面白いのは・・

『赤』マッカツ系に長く絡まられ続けた国の言語ほど

SVOのパターンで

アリストテレス的な定義づけになっているということ・・

中国語、英語??

フランス人は仏語を大切にすると昔から聞かされてきましたが・・

自分が実際に感じた体験から言うと・・

イギリス人ほど

自国の言葉に愛着を持っている文化は珍しいように思える・・OED・・

自然科学を大切にするように

OEDを記録し続け、はやり言葉を嫌い、

外国人にも入学する前に、きちんとした英語を話せるように求める・・

チョムスキーは

実はアリストテレス的な言語で表せることは

非常に抜け穴だらけで

バグだらけで

そのバグを埋めようとすると

同時に

不自由になっていく・・

他方、アレクサンダー大王の父・フィリップ?は

ソクラテス的な価値観を守るためには

どうしても『国家』が必要だとした

プラトンに直接学んだ人で

やはり。。当時、何世代もの間、

多くの資本主義化された攻撃的な国に傀儡する『赤』マッカツらに困り果て、

戦争の途中で亡くなりますが、

息子のちのアレクサンダー大王にも

自分の後継者としての教育にも余念がありません・・

ソクラテス的な価値観、思考法は

すでに父王から引き継がれる子供時分からの教育で親しんでいますが、

当時、彗星の如く現れたアリストテレスに

大金を出して家庭教師につけますが・・

最初は夢中になったものの、

やはり・・大変、不自然で心からの納得が出来ない・・

つじつま合わせの理屈づけのようで

やがて、その限界と長所と短所を納得

言葉を習得するのは・・

5感と脳の持つ情動、論理性・パターン性、で習得するのだと思えます・・

大変に攻撃的な人が子育てをしたとき、

小さいときは母親と同じ攻撃性を持っていますが

大きくなるとそれを隠す術を学び、

一見しては分からない・・

が・・

何の気なしの無自覚の言動、ふとした言葉や動作、

表情にきっちりと刻み込まれてる・・

挨拶などハウ・ツーで学べるものは学んでいても

コミュニケーションの大部分の表現は

実は、発せられた言葉より以上に大きな意味がある・・

だから・・

スーパーのようなパターン化された礼儀正しさは

実は、無意味?むしろ・・弊害?とも言えます・・

『申し訳ございません』『かしこまりました』「有り難うございます」の台詞を

1000回唱えても

うるさいだけで、

言葉を発しなくても、

また、言葉になって無くても、

十分な謝罪、感謝、尊敬、悲しみは表現できるわけで

そもそも・・

生物にとって

一番大切な感情とは、

こういう言葉では表現し尽くせないもののようにも思います・・??

この感情においては

動物だからとか人間だからとか、上下の差が無く

共通の感性であるというのが・・

多くの野生動物と共生社会をおくってきた日本の神道哲学には有るような気がします・・

そういう意味で・・

アリストテレス的な文明を極度に発展させてきた『赤』マッカツ系の文化よりも

幅広く、知性にあふれてるように思え、

どうしても野蛮な文化を持つ『赤』マッカツ系は

情報や資本、お金、暴力?などで勝負しなくてはならなくなり、

DNA交配などで見た目がきれいであること、

セレブであることにこだわるのでないでしょうか??

日本社会では

上の人ほど、

皆と共感を持ちたいと願い、

『赤』マッカツ系の支配者たちと違い、

言葉や目に見えるものでない信頼関係がむすばれていたのを思います・・

反対に、言葉や金力や武力でしたがわせてはいるので

自分の子供に溺愛し、夢や幻、理想を果たそうとする・・

『赤』マッカツ系の文化とは

醜い、目も当てられない残忍で卑怯で卑劣なものだから

『美しい」という包装紙が必要なのではないのかな・・??

チョムスキーはそれを自分で実感させようと

変形性整理論というアリストテレス的な定義で

人類の特徴とされる言語脳を説明しようとしたのではないのかな・・??

(つまり・・アリストテレス的な『言語』では

説明仕切れない、、という結論)






人類は特に、教えなくても

日本人の子供でも

アメリカで育てば、自然と英語を

フランスで育てば、ごく自然に仏語を自分で習得し、

日本人なのに日本語を教えなくては話せなくなってしまう・・

実は・・

小中学のころ・・

母に怒られないようにしようと

ひらってきた子ネコに言葉を教えたことがあります・・

結果は・・どんなに根気強く頑張っても言葉は話さない・・

でも・・名前を呼ぶと返事はしますが、

『何??』っていうよりは『ここにいるよ』って感じで走っては来ます

離さないのは、声帯や舌の運動神経などがそうなっていないのだと思いますが

でも・・鼻の奥とのどの間をゴロゴロならして響かすのは

人間にはできません・・

でも、ネコや犬が人間に何かを希望したり伝えたいときには

こちらの目を見て、

ゼスチャーで伝えようとします・・

朝、お散歩を途中で切り上げるとき、

こっちに行きたいときには、

鼻先をそちらの方へ向け、『アッチ』、

『お昼からそっちの方へ連れてってあげるから』

というと納得して帰路に家に向かってくれます・・

うっかり、お昼から出たとき、その約束を忘れて

違う方へ行こうとすると、

前の両手をそちらの道の方を叩いて

『こっちでしょ』だし、

お散歩していて、

道すがらお会いしてるお友達のお家を嗅覚で見つけたときには

そこのお玄関口に座って振り返り、『ここよ』と合図して

『ふ?ん』っていうとお尻尾を振るので

人間の子供なら、

『こんにちは』して行こうよ!って感じなんでしょうか・・??

人間なら、『ここがA子ちゃんのお家』というのですが

そこの『A子ちゃん』を伝える術がない・・

だから・・

『言葉』というものの定義づけによっても

アリストテレス的な説明では

全く、一貫性のない説明でしかできないと思います・・


ただ・・

犬を見てると・・5歳児くらいの情緒は発達するように思え、

ネコは1歳児・・??

だからいつまでも抱っこされることが好きで満足する?

犬は遊びでも

飽きる、

自分が遊びに夢中になると言うよりも

人間を遊ばせてる相手の立場に立つ点で

人間の5歳児よりは時として大人かもしれません・・?

文法的には

SVOやSVC、可愛いね、きれいね、バッチイ、怖い、危ない、痛い、うれしい、照れくさい、悲しい、

寂しい、、などの感情に沿った言葉は分かるようです・・

だから、、がんばれ!って励ましたり、

茶化したりするときは

鼻や体をトンと軽く突き上げてきて

表現してるように思えます・・

でも・・

ご褒美をもらうはずなのに

うっかり、忘れてるときなどは、

その場所に来てと同じ場所に戻って、

自分はここでずっとお留守番をしてお利口さんだった。・・とやはり、ジェスチャーです

それは習慣で、分かる人だけが分かる言葉ですので

人間のアリストテレス性を多分にもつものとは違う・・

面白いのは・・

チョムスキーはおそらく・・

まじめにあらゆる言語を





ゼスチャーで


[6]>5 ソクラテス式かアリストテレス式か sidewalk01

というよりも、文章が冗長すぎて何を仰っているのか分かりかねます。つまりどういったことでしょう?


[7]脳による言語認識は、 uehaj

終端記号の列を全体として総合的に直接パターン認識する機構なのであって、

「文法規則」なるものを介在させて理解する必要も余地もないと思います。


[8]遺伝子でないとしたら、パターン認識じゃないでしょうか? ShinRai

文法規則はパターン認識でないか。

動詞・形容詞の活用において頻繁に使う語は不規則に変化し、その他は規則変化するのが好例である。

日本語の場合は、複雑に意味を変化させる助詞や助動詞が多様に意味を変える。敬語表現は相手との上下関係を表す。音便という発音変化もある。

フランス語の場合は、名詞の性、単数形と複数形、各種の冠詞、前置詞、動詞の時制や分詞のほかに、リエゾンやエリジョンのような発音上の約束事がある。

これらは遺伝子によって伝えられるのではなく、生後学習によってパターンを覚えていく。

チョムスキーの生成文法は、間違っており、文法はデジタル通信における誤り訂正符号のような短い符号の追加・音韻変化を、パターン認識によって共有するのではないか。

いかがでしょう?


[9]おっとっと... Marnier

ノーム・チョムスキーが見たら鼻血出して怒りそうないわしですね。


[10]>9 そうですかね。そうかも ShinRai

しかし、複雑多岐にわたる文法が遺伝子情報に入っていたら、敬語で間違う人はいないはずじゃないですか。


[11]>7 文法を知らなくても正しく話せるということですね ShinRai

それもパターン認識として


[12]>9 チョムスキーさんは、もしかしたら、諸手を上げて喜んでくれないでしょうか ShinRai

生成文法は間違いだったと、認めてくれるってことはないでしょうか


[13]>6 論理的でないやり取り adgt

文法と学習過程は別物。知見の違いはあっても良いが、どの視点から見たかを示していないと意味が無い。


[14]>10Marnier

「音韻的あるいは記述的な」とありますが、なら名詞に共通する音があるってこと?


[15]>14 音韻的なというのは ShinRai

「する」とくれば現在形、「た」と終われば過去形みたいに、音で文法をパターン認識していくという意味です。


[16]>15 んん? Marnier

1.語順は? 2.そもそもShinRaiさんの考えるパターン認識って?どうもわたしと違う気が。そこから意見がさらに食い違うかもしれないし、歩み寄れるかもしれないです。 3.昔のアメリカの農夫が文法めちゃくちゃな手紙を書いていたらしいですし、今の英語のスラングも音韻的あるいは記述的なパターン認識では説明できない気がします。


[17]>16 パターン認識 ShinRai

そうですね。

?1?

パターン認識とは、、、AはBであるということをアプリオリに(恣意的に)認識する(覚える、丸覚えする)ということでしょうか。

?2?

ピジン(第一世代)あるいはクレオール(ピジンの親に育てられた第二世代)の問題ともつながりますね。

語順が違っていても、否定形とか、最上級とか、主語(主格)・目的格などの格変化、動詞の時制とかが、しっかりしていたら通じるわけです。

そういう点では、肝心なところのパターンをマスターしているといえないでしょうか


[18]>17 操作的な定義がなされなければ sidewalk01

検証不可能ですよ。

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