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これからはパソコンの時代であると自分の中で漠然とした考えがあるのですがうまく言語化できません 代わりにお願いしますw

個人がネットで情報を発信しそれがネットに蓄積され共有知となる その蓄積された共有知から自分の求めている情報をgoogleやSBMなどにより拾ってこれるようになる。それによって人間が賢くなりやすくなる。といった感じ・・・
人間が考えなくなるかもしれないけど。時代の流れだから仕方ない。
独り言
ほんとマスコミって斜陽産業ですよねw

●質問者: takanii
●カテゴリ:コンピュータ インターネット
✍キーワード:Google ネット パソコン マスコミ 人間
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 35/35件

▽最新の回答へ

[1]Web2.0ですね、 get100points

わかります。


[2]いっぱんじ(以下自粛) eakum

ワタシには共有痴や共有稚が(金銭的に)報われないのが気になります。

ウェブ上でわれわれは無名/匿名の無数のアマチュアによって日々こんなにも笑わせてもらってるのに・・・


[3]情報のこれまでと、これから kia_44

テレビや新聞などのマスメディアが人々に与える影響は大きい。

一方的に流れてくる電波を受信して、それを自分の考えとする。

コレが今までの常識だったに違いない。

ニュースや新聞が事実だけを伝えている。コレは正確な表現ではない。

事実(時に嘘)+それに対しての考えを伝えているのだ。


そのため、マスメディアの弊害もあっただろう。

テレビではどのチャンネル、どのニュースでも同じ見方をした意見。

大多数の視聴者の考えはその方向に流れるだろう。


しかし、現在はどだろうか。

多くの人間(PCに依存していない人間も含め)がネットに接続する環境を持ちえた。

HPや掲示板、メーリングリストなど、情報を容易に発信することができるようになった。

情報を得るためには、検索を行う。つまり情報は与えられるものではなく、

自ら選ぶ時代になったのだ。


今日、検索エンジンを駆使することで必要な情報に行き着くことが容易となった。

同時に、ネット上の情報の真贋は各自が判断することが常識となった。

コレまでのように受動的に情報を入手するのではなく、能動的に情報を集める。

これからは、自ら情報を集め、自ら判断する必要があるのだろう。


・なんて、ありきたりなこと書いてみた。

意識して起承転結つけたので、上手に広げればレポートになるんじゃないだろうか。

と、勝手に質問者の環境を妄想してみました。


[4]>2 ただまぁ、痴や稚のレベルも多く… takahiro_kihara

それが本当の知(wisdom)とはほど遠いものも多いのもまた事実で。


特に、「笑い」という部分は一般化・数値化するのが難しいですからね。

(つまり、笑えるかどうかは人による、ということ。)


本題に戻ると、質問者さんが始めにスレッドを立ててみてはいかがでしょうか。(まぁ、質問文中に一部書かれてはいますが。)


[5]>3 情報格差 takanii

いやいや まったくそのとおりです。これからどんどん情報格差ができていくような気がします。


[6]「パソコン」と「ネット」は似て非なるもの coffeelatte

質問者は、「パソコンの時代」と言っていますが、これは「ネット」のことをさしているでは?


[7]>6 yes takanii

パソコンの時代とは生活の中心にパソコン据える時代みたいなのです

もちろんネットも入ります。


[8]>2 そうですね takanii

モリタポやはてなポイントとかありますがね?情報提供者は広告収入で稼ぐしかないんでしょうか。あ、これを思い出しました。

運営費を何で賄うか。

1. 寄付型 運営費寄付でまかなう

2. アドセンス アフェリ型

3. サーバー維持費不要システムを構築し「運営費」という概念をなくす

4.課金型

中身のないサイト程アドセンスとか押されて中身のあるサイトほど

アドセンス押されないんですよね。

昔投げ銭とかいうのがありましたね。似たようなシステムを社会が必要としています。マネーロンダリングとかあるから無理かなw


[9]近い将来 takanii

こないだのIPA情報流出事件で2chで事件がマスゴミで報道されないと騒いでましたけど

近い将来マスゴミで報道される必要のない日が来ると思います。

日本国民全員ネットやっていてハテブやgoogle人気検索ワードから飛んできて知ってるからみたいなw


[10]ひょっとして、釣り? keroronX

個人で発信している情報のカバー範囲って限界ないですか?

マスメディアが衰退しているように見えるのは、産業としての有り様(が旧態依然としていること;再販価格維持制とかも含めて)に最大の問題があるんであって、「記者が脚で稼ぐ」ってシステム自体は廃れることはないかと・・・

実際blogとかで情報発信してる人ってマスメディア報道の二次情報を発信してる人が多数ですよね?

そういう意味ではマスメディアに依存してるし、質の問題も多いかなーと。

もちろん理想論として、個人発信の重要性が高まる方向(=マスメディアによって世論が操作されてしまう方向の否定)ってのは嫌いじゃないですけど。

それと、googleとか使って検索ってそれ自体技術が必要ですよね?

ネット時代(?)orパソコン時代(?)になっちゃうと、より情報格差が広がるんで逆にそんないびつな状況を社会が受け入れるのかと・・・自然とそれを避ける方向の力も働くような気がします。

でも、この言い方ってひょっとして確信犯的な釣り???


[11]>10 返信 takanii

個人で発信できる情報のカバー範囲ですが限界はないと思います。どの分野にも一人くらいネット上で表現したいと考える人はいますから。

「記者が脚で稼ぐ」システムですがすでに2chではスネークなどがあらわれてますが・・本気度が違うか。取材しやすいように2ch新聞社と2ch通信社を作ればいいなと思いますがねwあと記者クラブ制度の問題もありますね。

詳しくはこちらの40秒あたりからを見てくださいhttp://www.youtube.com/watch?v=2PjzxH5Zhnk&eurl=http://omomani.b...

確かにマスコミの二次情報が多いですが無料ブログの普及でHP作成の敷居が下がってる事やyoutube ニコニコなどの無料動画サイトの普及やオーマイニュースなどのニュースサイトにより一次情報が増えてくると思います。

ハテブにもたまに一次情報らしきコメント見れることもあります。

記事の質に関してははてなブック

マークなどのSBMで選別されて入手できるようになると思います


[12]>3 いやいや takanii

レポートじゃないですよw


[13]マスコミは斜陽産業だといいましたけど takanii

テレビで放送された情報って蓄積されていかないじゃないですか。

NHKはアーカイブをはじめたようですけどね。


[14]人間は自分があらかじめ知っていることしか、新たに知ることはない ShinRai

ネットのどこかに蓄積されている情報の中で、矛盾するものがあるときに、自分がこれまでに習ってきたことと、そうでないものであったならば、どちらが正しいと思うでしょうか。

おそらく、自分が知っているほうが正しくて、知らないほうが間違った知識であると受け取らないでしょうか。


しかし、実際には、どちらが正しい知識であるのかはわからない。


つまり、ネット知識の限界(ネットに限らないです、知識の限界かも)は、どの知識が正しい知識であるかの判断は、自分自身、それを見るものの能力・見識・判断力などにかかっているというところです。


正しい知識を選び取って、正しく生きることは、いつの時代も、非常に難しいことです。


それができるためには、ネットとかにしがみつかず、できるだけ体を動かして、もっと全身で考えるようになることがお勧めです。


[15]>11 マスメディアの役割 australiagc

マスメディアの役割って情報をただ流すだけではないと思うのですが?情報を規制する役割も重要だと思います。

特に外交問題などは素人国民に大挙して騒がれると、国家そのものが非常な不利益を被る事もありますし。

また、景気対策として執拗に危機感を煽ったり、安心感を与えるなど意図的に情報を操作する事もあります。

これを無責任な個人が無規則に情報を垂れ流すと、組織的に混乱を収拾する事ができなくなってしまいます。


情報の質に対する観点にも繋がりますが、スネークなどのアマチュアとプロの記者の最も大きな違いは、

責任感と組織統制の有無だと思います。


個人的には、ネットの情報配信はサブカルチャー的な(ようはヘマしても大して社会問題にならない、マスメディアのメインストリームの手が届ききらない)分野で広がっていくと思います。


[16]>14 そういえば takanii

大衆は最も慣れ親しんでいる情報を真実と呼ぶのである という言葉がありますね

既存のマスコミ 片方の情報ばかり

ネット トラックバックやコメント SBMのコメントなどにより双方向の意見が聞ける

この双方向の意見がきける分既存のマスコミよりましだとは思います。

>>自分が知っているほうが正しくて、知らないほうが間違った知識であると受け取らないでしょうか。

いや、それはないですね。理性で判断します。


[17]>16 たしかにマスコミよりはマシですね ShinRai

マスコミは、いつもひとつの見方しか提示しないし、ときとして理由も言わないし、あれは洗脳のためだけに存在している。

政治的にも、現政権あるいは権力の都合のいいことしか言わないし(政治スキャンダルですら、誰か黒幕のシナリオにしたがっているように思えます)、

経済的にも、庶民がものを買うように、たくさん買うように、仕向けるための洗脳ですもんね。


ただ、「理性で判断する」ときの理性がどのように形作られたかということに注意しないと、自分では理性をもっていると思いながら、宇宙の知恵、般若の知恵あるいは仏法に反する判断を取ってしまうかもしれません。


[18]>17 ほう takanii

マスコミに関する分析が秀逸です。

理性というのは理性に訴えるの理性でして感情などでは判断しないということです


[19]全日本人が生活の中心にパソコンを置いた世界 takanii

そう聞いて

あなたはどのような世界を想像しますか?

あなたの頭の中の世界をここに言語化してください。

秀逸なものにはポイント割ります。


[20]情報の補完としてのインターネット dabloger

情報そのものの蓄積のほかに、それに付随して自分の得た知識を補完するための、字引的な役割がインターネットでは優れていると思います。

今までのメディアは一方的であり、欲しい情報を得るのに時間的、空間的にかなりの制約がありましたが、インターネットでは特定の場所にいながらにして、ある程度の情報を検索することができるわけです。

例えば、あるメディアでわからない言葉や事象が出てきたとして、それを調べるためにインターネットがあるのとないのとではかなり違いがあることは想像できるでしょう。こうして、知識は自分の頭の中で網羅され整理されてゆくのではないでしょうか。

ということをおっしゃりたいのかな、と思って書き込んでみました。


[21]>20 ふむ takanii

おお、確かにそれも僕の頭の中でモヤモヤしていたことの一つです。言語化ありがとうございます


[22]>19 既存の組織構造と教育システムの革新 australiagc

既存の一般的日本人の生活スタイルというのは、企業や学校などといった組織を中心に成立しています。

学校教育にしても、いかに優秀な組織構成員(サラリーマン?)になるかに重点を置いて展開されています。

特に日本では「協調性」や「年功序列」といった、組織秩序を重んじる風習がまだ存在します。

そういった組織秩序を理解し組織に使えることで、大多数の日本人は組織から生活を保障されています。


ここで、生活の中心を「組織」から「家庭端末」に置き換えた場合。

そして仕事や勉学がこの家庭端末経由で行われる事になります。

例えば会社は個人を直接雇用するのではなく、家庭端末を中心とした小さな法人(家庭?)に対して仕事を依頼するかたちになるでしょう。

つまりはひとつの組織辺りの構成人数が削減され、代わりに無数の小組織が連立します。

情報も同様に、統一された(偏った)マスメディアの情報をただ一方的に受信するのではなく、

不特定多数の個人が配信する小さな情報を集めて大きな像を独自にえがく事になります。


そうなると今まで組織に尽くすと同時に組織に依存してきた生活習慣が崩れ、

個人が判断し、実行し、己で責任を取る必要性が高まります。

当然の事ながら、判断力・行動力・リスク管理能力の優れた人は組織の制約にとらわれず実力を活かせます。

逆に判断力や勘の鈍い人々はどんなに勤勉であろうが没落していき、ここに運と実力による明確な格差が生まれます。

更に付け足すと、大組織は組織の縮小で以前ほど強制力を持たなくなるので、

組織的な救済処置などをとる事はできなくないでしょう。没落した人はまず、社会から切り捨てられます。


最後に、教育システムも根本から変える必要性があります。

マスメディアの統一された(偏った)情報が流れないという事は、前述のとおり、

個人が的確に情報を選別していけるだけの判断力が要求されるようになります。

そうなると現在の愚鈍で実直な組織構成員を養成する為の教育システムは崩壊し、

即、生活するうえで実践できる(商業学校とかで教えるような)知識が教育の主幹となるでしょう。


[23]情報の取捨選択。容易に行える違法行為、それが法規制の方向に chuken_kenkou

ネット上には情報が溢れていますが、その中から効率的に検索したり、情報の信憑性をいかに判断するかが利用者にとっての課題です。

また、著作権、肖像権、特許の侵害などを、本人の罪の意識なく行ってしまいがちです。

「自由」を振りかざしてやりたい放題をやっていると、いずれ規制しようという動きが出てくるでしょう。


[24]>22 国民総幸福量ってどちらの方が多いんでしょうかね takanii

素晴らしいです。あなたは想像力と考えを言語にする能力が高いようです。

僕よりも遠くの未来が見通せているようです。

まぁ大事なのは個人個人が生きる喜びを感じれるかですが。

国民総幸福量ってどちらの方が多いんでしょうかね


[25]>23 確かに takanii

今規制されるのは児童ポルノですかね。

あと○○ころす などと掲示板に書いて逮捕された事件もありましたね。


[26]>17 ネットの言論弾圧 nekomanbo56

マスコミは、いつもひとつの見方しか提示しないというのは言えてます。

確かにネット弊害はありますが、それよりも大きな情報や生活面での便利さを提供してくれます。マスコミが騒ぐとネットの言論弾圧にみてきます。


[27]>26 何事にもいい面と悪い面が takanii

何事にもいい面と悪い面があるますから一概にマスコミが悪とはいいませんが(悪い面に関してはコチラhttp://jiyuwiki.com/masugomi.html )

時間がたつにつれテレビ新聞の影響力は弱まっていくでしょう。


[28]>24 最終的な比率 australiagc

結局、人生自己満足ですしね。極端に見るとどちらが良いとは言えないでしょう・・・。

実力主義、個人主義の人は僕の妄想未来のが幸せなんでしょうけど、

そうじゃない人(現状でのマジョリティー)は苦労しそうですよね。


大多数の人が変革に危機感を抱けばそこで大衆による歯止めが掛かると思います。逆転もあり得ます。

なので前述したような極端な(個人がそれぞれ生存競争をしなくてはいけない)状況には実際にはならないと思います。

おそらく多数の集団主義者の方々が、少数の個人主義者(コンピュータ主義者?)の方の流す情報に従う事は同じでしょう。

生活の中心にコンピュータを置く人の割合=小賢しい個人主義を好む人の割合。

生活の中心にコンピュータを置かない人の割合=愚鈍な集団主義を好む人の割合。

って事だと思います。

現状では前者の割合がとても少ないわけで、takaniiさんの予想が正しければ今後増えていくことになるでしょう。


この2つのグループの比率は、最終的に「国民総幸福量」が最も多い辺りで止まるでしょう。

それがどの程度なのかは分かりませんけど・・・。


[29]>13 蓄積されてる I11

新聞は縮刷版が図書館で永久保存されていたりしますが、ネットのプログとかは図書館に保存されたりしません。(一部を除く)

日本の放送の場合は電波無線を使っているので、ビデオライブラリやパッケージにならない限り残らないのが基本。

ですが国際的に見るなら、映像情報にも納本システムが普及しているので、蓄積されていかないという認識は、グローバルスタンダードとしては当てはまりません。

法定納本制度が実現していないのは日本と英国ぐらいなものです。

映画やテレビ番組、どう保存するか 国際シンポ

http://www.asahi.com/culture/news_culture/TKY200812240098.html


[30]一家に一台はパソコン fuu01

情報の迅速化、個人発言・情報の流通経路

アルバイト情報誌・新聞の退化

個人売買のし易さによる該当店舗閉鎖による不況

昔、一集落に1?2の電話やテレビがバブル時期に

一家に一台が当たり前になり

そのすべてが使用可能なインターネット!

その端末となるコンピューターは必需品でしょう。

よってパソコンの時代が到来しました。


[31]>29 蓄積されているかどうかよりも検索容易性が問題なのでは? tadashi_shimizu

到達できない情報は、そもそも存在しないのと同じ……と言うと、乱暴でしょうか?


[32]>31 検索容易性 takanii

あぁ そうですそうです。情報蓄積+検索容易性ですね この概念を忘れていました いい言葉ですね。本質を表しています。


[33]マスコミの「マス」に当たる部分 takahiro_kihara

にあたる部分が薄れてきている、という側面があると思います。

(マスメディア(wikipedia))


それに対して、パソコンは生まれからしてパーソナル(personal≒個人的に使用されるべき)な

メディアですから、確立された「個」にふさわしいメディアは、必然的にパソコンだ、という

ことになるのかな?


[34]考えなくなるのはマズい takahiro_kihara

複数回失礼します。

人間が考えなくなるかもしれないけど。時代の流れだから仕方ない。

パソコン(を初めとする情報ツール)が人から思考を奪うのではなく、

人間がよりよく(うまく)考えるために使われるべき道具だ、と思います。

時代の流れ、で片付けてはならない問題だと考えます。


例えば僕は、携帯電話はあまり好きではないのだけれど、

あのような情報ツールが携帯できることによって、

場所・時間の制約を取り払った、という側面は否定できないと思います。

(だからこそ、ここまで一気に広がったのでしょう。だって、まだ出現してから15年程度しか経っていないのですから。(視覚と聴覚の両方に訴える)テレビですら、普及までに二、三十年はかかっているのに。

参考資料(wikipedia))


[35]ネットの未来 takanii

「自分の情報を発表する機会は、誰にでも平等にあるべきと思ったんです」

「ブログと新聞社を同じ土俵に乗せた」

「全国民が利用者であり、ニュースの編集者」

有名人の言葉の改変ですが これからはこのような流れが進むとおもいます

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