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【輝け!!!第1回 マイナープログラム言語大賞】

30代以上のパソコンマニア・エンジニアのみなさん、こんにちは。
輝け!!!第1回 マイナープログラム言語大賞がやってきました。

Windows95がリリースされる以前は、様々なプラットフォーム、プログラム言語が存在しました。
今ではもう誰も使わなくなった誰も知らない様なマイナーすぎるプログラム言語を発表する場所です。
あなたのマイナー言語に対する思いのたけを思いっきり表現してみませんか?
フレーム・言語・開発環境や開発の苦労など、差し障りない(秘密保持規定に触れない程度)表現で
結構ですので、面白かったり・くだらない・苦労したなど様々なプログラム言語についての思い入れを
ぜひお書き下さい。
よろしくお願い致します。

●質問者: Yoshiya
●カテゴリ:コンピュータ ネタ・ジョーク
✍キーワード:Windows95 あなた いっき こんにちは エンジニア
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 34/34件

▽最新の回答へ

[1]電光掲示板制御言語 masahikokimoto

http://www.ohnolab.org/researches/denko/index.html

私が学生時代(1996年)に作ったものですが、公開していないので、当然研究室の人間しか知りません。

電光掲示板制御言語、「DESC」と制御シェル「danish」

共同研究で借りた電光掲示板が、わりとインテリジェントな奴で、それを制御するための言語を2日

くらいで作りました。Cが1000行、lexが100行、yaccが500行くらいです。

それ以外に、足回りの制御ライブラリが500行くらい。

こんな感じに書きます。

#

# sample data

#

label = CLEARDA

block = 1

code = 1

time = fromto(3,8,12,30,3,8,13,0),\

fromto(3,8,20,0,3,8,21,0)

screen TITLE = ("hogehoge",13,1)

seq = clear(TITLE,1),pause(TITLE,50),\

clear(TITLE,2),pause(TITLE,50),\

clear(TITLE,3),pause(TITLE,50),\

clear(TITLE,0),pause(TITLE,10),\

print(TITLE,0,0,0,10),pause(TITLE,50),\

print(TITLE,0,0,0,10),pause(TITLE,50),\

print(TITLE,0,0,0,10),pause(TITLE,50),\

print(TITLE,0,0,0,10),pause(TITLE,10)

マイナー以前の問題として、誰も知らない……。


[2]5インチフロッピー australiagc

30代ではありませんが・・・小学生の頃、父親がCで組んでくれた簡単なゲームなどを、良く5インチフロッピーに入れて遊ばせてくれました。でも、すぐに線が入って壊れるんですよね・・・ドライブ本体もすぐいかれるし。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AD%E3%83%83%E3%83%9...


[3]BASICはメジャーですが Mathusala

PC9801時代はBASICを使っていました。

本から写したプログラムが動かない事が時々あったので、Windows-98に買い替えた時、本屋のプログラム言語のコーナーに行ったら、VisualBasicというのがあったので、頭に来てJavaの教科書を買いました。なぜならJavaはどの環境でも動くと書いてあったからです。


多くのプログラマーがBASICを使っていた。主は下って来て言語を乱された。こういう訳で、機種ごとに方言が出来て、プログラマー達は散らされた。

このようにBASICは沈む。私が下す災いの故に、再び立ち上がる事は無い。人々は力尽きる。

私はまた、新しい天と地を見た。最初の天と地は去って行き、もはや海も無くなった。更に私は新しい言語、Javaが、夫のために着飾った花嫁の様に用意を整え、神の下を離れ、天から下って来るのを見た。


[4]PL/H Yoshiya

某メインフレームメーカーが独自に開発した言語です。(言語名から押して知るべしです^^)

簡単にいえば、「PL/1+アセンブラ(ASM)」という、今から考えるととんでもない言語です。

電話の交換機専用らしく、仕様はものすごく独特でした。

最初に入った会社のOJTで習っただけですが、その独特の言語仕様に驚いたものです。


[5]Prolog tap_t

Prolog いわゆる、非手続き型プログラミング言語です。

http://ja.wikipedia.org/wiki/Prolog

言語的には、かなり好きです。


[6]日本語ベーシック prime7

その昔、日本語で機能するベーシックがあった。搭載機はぴゅう太。アニメーション機能が充実していたことや、熱狂的な信者を抱え、特異的に扱われていた。言語は、1000ニイケ とか トマレ マワレなど・・ww 。16ビット演算機であった。


[7]GAMEはメジャーかな airplant

GAMEという言語で結構組んだ記憶があります(MZ-80)。

年齢がばれてしまいますが・・・

http://www.mztn.org/game86/

タイピングが少なくて、見た目には記号の羅列にしか見えなかったので、好きになったのかも。

徹夜して一心不乱にソースを打ち込んで、朝方ようやく動いたのを覚えています。

同じようにCも好きですが、最近はもっぱらVB系ですね。


[8]CASL FJSK

仮想マシン相手になにやっているんだか・・・。(笑)


[9]>8 私の頃はCAP-Xもありました。 Yoshiya

あくまでも国家試験(情報処理技術者)対策なので、真面目に勉強をしなかったですねえ。

今はCASL2らしいです。


[10]>9 CASIO FX-780P/790P kuro-yo

プログラマブル関数電卓だけど、CASLのシミュレータが入ってました。

うっかり(笑)所持してましたが、結局使わずじまいですね。


[11]>7 懐かしい! kuro-yo

私はH68-TR/TV版(オリジナルのGAMEのM6800実装ですね)でさかんに遊び(笑)ましたよ。ASCII誌で盛んに取り上げてましたからねぇ。

GAME言語は、アルテアの768バイトTinyBASICに似せて作られていました(I/O誌の別冊「マイコン徹底研究」かなんかに紹介されていました):「?」がコンソール、「#」が行番号、という具合に状態を特殊変数に対応付けて、ステートメントを全て代入だけで表現していました。GAMEはそのアイディアを踏襲しつつ改良したものでした。

ASCII誌は、GAMEが直接実行できるGAMEチップ、みたいな空想企画もやってましたね。


[12]>7 TL-1というのもありましたね kuro-yo

確か、GAMEの作者が作った構造化言語コンパイラ、だったように思います。


[13]>11 MZ-80といえばdB-BASICですね。 Yoshiya

MZ-80シリーズに付属していたBASICが余りにも貧弱だったために開発されたBASICです。

ゲームを作るには便利なBASICでした。


[14]>13 Hu-BASICというのもありませんでしたっけ kuro-yo

dB-SOFTのdB-BASICに、ハドソンソフトのHu-BASIC。どっちも札幌の会社。

SHARP純正のS-BASICがどうしてなのかあまりに貧弱で(本当にどうしてなんだろう…)、店頭で堂々と2秒に1キャラクターしかボールが進まないテニスゲームをデモしてましたっけ。

ちなみに、dB-SOFTの社長はSHARPでMZ-80を作った人の一人です。


[15]>3 N88 BASICって使いにくかったですよね standard_one

MSX BASICは使いやすかった。


[16]>6 日本語プログラミング言語の先駆けでしたね。 Yoshiya

私も「ぴゅー太」を実際に触ってみなしたが、あまりのチャチさに驚いたものです。

単に英語の命令を日本語に訳しただけなので(goto=ニイケ print=カケ stop=トマレ if=モシ など)、今思うと日本語で処理はしていないのですが、当時(高校生の頃)は日本語でプログラムが書けるのかと単純に勘違いしたものです。

今は本当の日本語プログラミング言語(なでしこ)がありますけど、この言語の作者は私やprime7さんの様に「ぴゅー太」世代なのかもしれませんね。


[17]>1 一部のプラットフォームでしか動かない言語って結構ありますよね。 Yoshiya

プログラム言語を独自に開発されるなんて、ものすごくすごいですね。

既存のプログラム言語では行数が多すぎたり、ハードウェアを直接制御する事が出来ない場合は新規にプログラム言語やスクリプトを開発される方が多いようです。

しかし、そのハードウェアが廃れたり、大幅な規格変更があると忘れ去られていくという悲しい運命もある様です。


[18]>16 プログラミング言語 「日本語」 alcus

http://www.entis.jp/doc/japanese/

ネタです、すみません。


[19]CP/M-68K上で動作するStandard LISP。。。 chakoku

CP/M-68KにポーティングされたStandard LISPという言語があり、学生時代、SymbolicsのZataLispというオブジェクト指向のLISPに感化され、StandardLISPでOOP用のマクロ等を作ったりしてました。

当時、LISPは方言が多い中、MAC LISPがデファクトになっていて、全然標準じゃないのにStandardと命名されていた。その後CP/MはMS-DOSにシェアを奪われ消えていった。LISPもCommon Lispに標準化されたのでした。

ドマイナーなCP/M-68K、さらにその上で走るStandardLISPなんて誰も使ったことないでしょうね。。ちなみに当時8インチのフロッピードライブは一台10万しました。。


[20]>19 私もCP/Mで開発した事があります。 Yoshiya

プログラム言語はC言語だったのですが、CP/MのコマンドとMS-DOSのコマンドの違いに手こずった記憶があります。

その上ハードがパソコンでなく、専用の筐体だったのでテスト環境を作るのが大変でした。

(フルタワーでむき出しの筐体にモニタが2台にキーボードとマウス)

某放送局のテロップシステムの修正ですが、後日開発したマシンで作成されたであろうテロップをニュース番組で見て感激した覚えがあります。

(今から約16?7年前)

まだWindowsが3.1の頃でしたのでCP/Mがまだまだ現役だった頃の話です。


[21]マシン語 tezuboa

C言語でもなければ、アセンブリ言語でもない、ただの数字の羅列。(いわゆるプログラムのダンプ)

I/Oなどの月刊誌に数ページに渡って小さい字で数字がひたすら並んでいる。

それを、みながらPC-8801にひたすら入力する。

正しく入力できたらゲームが起動するはずなんだが、どこかで絶対間違えるから動かない。

見直しても間違いを見つけられるはずもなく。

あー、また疲れただけ。

・・・

動いた人います?


[22]>20 当時CP/Mは、、 chakoku

CP/Mは制御系で使われていたんでしょうかね。当時のまともなCP/M-68KはVMEバスで構成されたボードが多かった様で、画像処理専用機とかあったようです。自分は68Kの石をアキバで買ってバラックで組み立てていました。。CP/Mはディレクトリ階層がなくて、今で言うA:\とかB:\のルートディレクトリのみだったので、フロッピーの中はファイルで溢れかえっていました。。それも今は昔。。


[23]>2 8インチフロッピー tomo_k

同じく30台ではありませんが……5インチフロッピーなら昔のものがごろごろしてますが……ドライブは壊れたので読めないけど……。

8インチフロッピーも見たことがあります。1辺が30センチ近い巨大な代物です。

マイナーすぎないし、現在でも開発環境は継続されてますが、Delphiユーザです。

VBやらVC++ならすぐにサンプルコードが見つかりますが、それに比べれば情報量が少なめなのでマイナーって事にしてください。


[24]Quick Basic garyo

通称QB。VBの前のCUIのBASIC。構造化言語で行番号が無くなっていた。

Win95まではインストールCDの中に入っていたのだが・・・

高校で情報処理の授業が始まったとき、QBでN88BASICのソースを打ち込んで塾で教えていた。

同じ頃にあったのはQuick CやTurbo C


[25]>3 N88BASICには2つあって garyo

純正のROM版(?)とMS-DOS版があり、純正の方はフォーマットからしてDOSじゃなかったから、天然のプロテクトになっていたなぁ


[26]>24 QB良かったですよね。 rsc96074

昔、パソコンと言えば、ツールでしたが、今では、家電になっています。ちょっとした、ツールなら、自作していたものでした。


[27]Turbo PASCAL rsc96074

大学の教養の情報のとき習いました。(汗;

BASICよりCに近いので、おかげでCを勉強しやすかったかも知れません。


[28]Quick C rsc96074

DOSの頃の私のPCには、数値演算コプロセッサーがついていなかったので、QBのプログラムをCに変換しても速くならないので不思議に思っていたら、整数にしないと速くならないというのに後で気づきました。(汗;

それから、Cは、マクロで、LOCATEやらCOLORを自作しないと実用ソフトは作れないのではじめとっつきにくかったです。そんな思い出があります。


[29]>28 私もQuickCを使っていました。 Yoshiya

ある案件での話ですが、QuickCで単体まで開発して結合からMS-Cでコンパイルし直すという事をしていました。

理由はMS-Cが重たかったから^^;

結合テストで思った機能が出なくて、あわてて修正した苦い思い出があります。

数値演算コプロセッサとは懐かしいですね。 rec96074さんのパソコンのCPUはDXじゃなくてSXなんですね。

コプロがあると無いとでは実数演算に相当の差がでますから。 今のCPUではありえない話ですが、SXのCPUとDXのCPUでパソコンの値段も相当変わりました。 もちろんDX搭載パソコンの方がお高いですね。

>それから、Cは、マクロで、LOCATEやらCOLORを自作しないと実用ソフトは作れないのではじめとっつきにくかったです。そんな思い出があります。

私も画面周りの処理は自分でライブラリを作っていました。 キャラクターの位置合わせ(lotate)や色指定(color)の他にもベーシックでいうline命令やcircle,paintなども自作しました。

最初はグラフィックライブラリを使っていましたが、あまりの遅さにAPI使って開発しておりました。


[30]4KBASIC garyo

ASCIIの創刊号くらいに確かソノシートでついていた記憶がある。

ソノシートを再生してカセットテープに録音してそれを再生してマイコンに読み込む。(フロッピーの前の記憶媒体はカセットテープだった。サッポロシティスタンダードという規格があった)

パソコン(昔はマイコンって言ってた)の出始めの頃はBASICしか動かず、しかも機種毎で違っていたので雑誌に乗っているプログラムには全て「○○用」と書いてあった(MZ-80用とか)。

今で言うならDELLとIBMのPCで互換性が無く、しかもIBMの機種でもA機種とB機種で互換性がないような状態だった。


[31]LOGO dek_nobo

MZ-80/2000用にMZ LOGOという実行環境が売られてた。BASICしか知らなかった身には「コマンドを自分で作る(まあ今で言う関数ですな)」というスタイルがとても楽しかった。タートルグラフィックとかでも遊べた。けどいかんせん遅かった…


[32]>21 結構うごきましたよ。 kuro-yo

もちろん、チェックサムをチェックしたらの話ですが。当時は、効率よく入力ミスを発見できるチェックサムとは、みたいな記事もありましたね。

それよりも、せっかく入力したのに、カセットテープにセーブする時にミスって、元の木阿弥って事は良くありました。うっかり電源を切ってしまった事もあったなぁ。


[33]>32 マシン語を入力するソフトもありましたね。 Yoshiya

kuro_yoさんが書かれているチェックサムが自動で出たりテンキーの数字キーの外側がA?Fのキーに変更できたり…

でも、そのソフトもパソコン雑誌にはマシン語のリストしか載ってなかったんですねえ。

その影響かどうかわかりませんが、今でもテンキーは手元を見ずに相当早く打ち込めます^^


[34]YHPのマルチタスクベーシック Yoshiya

マイナーな言語でひとりごと

20年近く前(1987年頃)にYHP(横河ヒューレット・パッカード 現日本ヒューレット・パッカード)のパソコンで動いていた「マルチタスク・ベーシック」

まだWindows95のない時代にベーシックでマルチタスクを実現させていた。

と言っても、原理は簡単でベーシックでプログラムを記述する際、文の先頭にタスク番号を書き、その後ろにプログラムを書く事によって、擬似マルチタスクを実現していた。(方法としてはTSSに近い)

その当時は駆け出しプログラマで訳も分からず、仕様書に沿ってコーディングしたのだが、今考えるとその当時にしては画期的なシステムだっただろう。

複数のシーケンサーを1つのパソコンで制御していたので、擬似マルチタスクで処理をしていたのかもしれない。

昨年ハイクに書いていたのを忘れていました。

文中の「20年近く前」は「20年以上前」が正しいです。

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