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下記の漢文を和訳してください。
漢文と言っても、日本の昔の本一部です。
翻訳してくださった方にはイルカ賞を進呈させて頂きます。

河内國高安郡人常陸權少目従八位上常澄宿禰秋雄、權史生従八位上常澄宿禰秋常、
河内國検非遣使従七位下八戸史野守、安藝醫師従八位上常澄宿禰□吉、
河内國高安郡少領従七位下常澄宿禰宗雄、式部位子従六位上常澄宿禰秋原等六人、
賜姓高安宿禰、秋雄等自言、先祖、後漢光武皇帝孝章皇帝之後也、
裔孫高安公陽倍、天萬豊日天亀(孝徳)御世、立高安郡陽倍二字、意興八戸両字語相渉、
仍後賜八戸史姓、末孫正六位上八戸史貞川等、承和三年 (836)改八戸史賜常澄宿禰、
望請改八戸常澄両姓、復本姓高安也

河内國高安郡人右近衛旡位常澄宿禰藤枝、右近衛旡位常澄宿禰常主、位子旡位常澄宿禰季道、
旡位八戸史善賜姓高安宿禰、去元慶三年、藤枝等父並改本姓、賜高安宿禰、藤枝等脱漏不載官符、故追賜之

●質問者: martytaka
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:イルカ賞 先祖 八戸 右近 宿禰
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 1/1件

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1 ● 松永英明@ことのは
●60ポイント ベストアンサー

以下、ざっと意訳であるとお考えください。高安郡の渡来系氏族である高安氏の子孫が、「常澄のすくね」「八戸のふひと」といった姓を賜っていたけれども、本姓である「高安のすくね」に戻した、という記事のようです。なお、一部誤字があるようですが、原典まで当たっておりませんのでご了承ください(×検非遣使→○検非違使など)


・河内国高安郡の人・常陸権少目・従八位上・常澄宿禰秋雄

・権史生・従八位上・常澄宿禰秋常

・河内国・検非違使・従七位下・八戸史野守

・安芸医師・従八位上・常澄宿禰□吉

・河内国高安郡少領・従七位下・常澄宿禰宗雄

・式部位子・従六位上・常澄宿禰秋原

以上六人が「高安宿禰」の姓を賜った。秋雄らによれば、先祖は後漢の光武皇帝(初代・光武帝)・孝章皇帝(三代・章帝)の子孫である。その遠い子孫である高安公(たかやすのきみ)陽倍は、アメヨロズトヨヒ天亀(孝徳天皇)の御代に、高安郡に陽倍の二字を立てた。その意味が「八戸」の二文字と相通じるので、後に「八戸」の史(ふひと)の姓を賜った。末孫である正六位上・八戸史貞川らは承和三年(836年)に八戸史を改めて常澄宿禰を賜った。八戸・常澄の両姓を改め、また本姓である高安に復したいと望んで請うたものである。

・河内国高安郡の人・右近衛・無位・常澄宿禰藤枝

・右近衛・無位・常澄宿禰常主

・位子・無位・常澄宿禰季道

・無位・八戸史善

が高安宿禰の姓を賜った。去る元慶三年(879年)、藤枝らは父とともに本姓に改め、高安宿禰を賜るも、藤枝らは脱漏して官符に載っていなかったので、追ってこれを賜った。


※常陸権少目=常陸国の四等官(目=さかん)の下(少目=しょうさかん)の副官。

※権史生=諸官司や諸国の四等官の下(史生=ししょう)の副官。

※宿禰(すくね)=姓(かばね)の一つ。

※検非違使(けびいし)=平安時代の警察機構。

※史(ふひと)=渡来系の姓(かばね)。

※少領=郡の次官。

※式部=式部省。

※位子=六位以下八位以上の人の嫡子。


※関連すると思われる項目→高安氏 - Wikipedia

◎質問者からの返答

ありがとうございました。

終了まで、少々お待ちください。

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