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ある状況において、「努力を続ける」べきか「見切る」べきかそこのところの判断をどういった基準で分けていますか?

例えば、歌手を目指している人がいて、続けるべきか?見切るべきか?

と言う風に。
自分はこうしているや、本にはこう書いてあったなど教えてくれると幸いです!

●質問者: jokuriz8n
●カテゴリ:ビジネス・経営 書籍・音楽・映画
✍キーワード:努力 歌手
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 19/19件

▽最新の回答へ

1 ● hijk05
●13ポイント

結果がどうであれ、後悔しない方を選びます。

http://q.hatena.ne.jp/answer


2 ● yoshikilogin
●13ポイント

これはあくまで私自身の判断基準ですが、何かに努力するとき最初から

無理と決めて始めませんよね。努力する限りは必ず成功させるつもりで

スタートする筈です。ですから、状況が許す限り私は努力を続ける方を

選びます。逆に「見切りを付ける」のは状況が許さなくなった時点…

例えばもう無理だと理解した時や、その努力を続ける事が実質不可能に

なった時だと思い、その様に判断しています。

http://q.hatena.ne.jp/1239380794


3 ● nekomanbo56
●13ポイント

仕事上での向き不向きは、仕事をしていて面白くなさすぎるときです。

少しでも楽しければ向いてると思ってます。

仕事上で努力しても、どうしても不可能な壁があるときは見切ります。

他で長所を伸ばせばいいことですから。

http://q.hatena.ne.jp/answer


4 ● pahoo
●13ポイント

自分の努力が社会(他人様)の役に立つと信じられなくなったら、その時が潮時だと考えています。

逆に、自分のためだけの努力というのは辛いだけなので、私はダイエットをしたことがありません(苦笑)。


歌手を目指したことはないので想像でしかありませんが、彼ら/彼女らは、自分のためじゃなくて、みんなを喜ばせたいから一生懸命に努力しているのだ思います。そうすることができると信じているうちは、どんなに辛いことがあっても、努力を続けるでしょうね。


参考書籍

超バカの壁 (新潮新書 (149))

超バカの壁 (新潮新書 (149))

  • 作者: 養老 孟司
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • メディア: 新書

仕事は自分に合っていなくて当たり前です。私は長年解剖をやっていました。その頃の仕事には、死体を引き取り、研究室で解剖し、それをお骨にして遺族に返すまで全部含まれています。それのどこが私に合った仕事なのでしょうか。そんなことに合っている人間、生まれ付き解剖向きの人間なんているはずがありません。
そうではなくて、解剖という仕事が社会に必要である。ともかくそういう穴がある。だからそれを埋めたということです。何でこんなしんどい、辛気臭いことをやらなきゃいけないのかと思うこともあるけれど、それをやっていれば給料をもらえた。それは社会が大学を通して給料を私にくれたわけです。(19ページ)

5 ● taka27a
●13ポイント

自分は「信用に足るその道のプロ」の5人に当たってみます。3人以上が「続けてみれば?」と肯定的な意見であれば続けます。http://q.hatena.ne.jp/answer


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