人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

wikiでは以下のように説明されています。
* 意識は脳の働きが活性化し五感に対する刺激を感じ取ることが可能な状態。
o 「意識がある」とは、脳において刺激を認識することが可能であり、刺激に対し明確な反応を示す状態を指す。
* 無意識は五感に対する刺激が脳で感じ取られず、刺激を認識していない状態。刺激に対する反応が部分的な状態。
o 「意識がない」とは、脳の働きが部分的に停止し、刺激の入力を拒否した状態である。
この説明では、蚊が近づいてきたとき無意識に叩く、危険が迫ってきたときに無意識に避けるという現象(脳が感覚刺激を受けているから、運動指示が出せるのだと思うので)を説明できなくないですか。
むしろ、意識とは言語と結びついた記憶の集合であり、「あ、蚊だ」とか「危ない、子供が道路に飛び出した」というときは、意識化されている。
無意識とは言語化されていないもの、反射的に蚊を叩いたり、ハンドルを切って子供を轢かないようにすること。
このように分けたほうがよくないですか。

●質問者: ShinRai
●カテゴリ:学習・教育 科学・統計資料
✍キーワード:Wiki いもの いるか ハンドル 五感
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 13/13件

▽最新の回答へ

[1]いずれも寝ている人には出来ない行為です totsuan

質問者が挙げられているそれぞれの行動内容は、対象がいずれも視覚・聴覚を介した情報を基に外界に対して反応できているので、”客観的に”対象が「意識がある状態」(=外界の刺激を受けてそれに反応する用意が整っている状態)と判断できます。これが寝ている人や昏睡状態にある人の場合であれば、何の反応も示せないので、「意識が無い状態」と捉えることが出来ます。

質問者が仰っている記憶の言語化とそれに関連した行動とは、”対象の認識”と”対象に関する”知識”を基にした合理的な行動”の連携であり、どちらかというと「意識」+「自覚」の有無によって区別されるものだと考えます。これらは原始反射を除いた広義の「反射行動」であり(※”脊髄反射”と表現される場合もあるが実際は異なるもの)、原則意識+認識した対象に対する知識が引き出せる状態でのみ成立します。質問者の提示したシチュエーションでは、ある程度の認知症がある人だと反応しない/反応できない可能性があり、その場合はその人たちは眠っていなくても”意識が無い状態”と判断することになりますが、どうでしょうか?

言語化の有無については本人の把握・理解のスピード差に基づく主観的な時間感覚に依存するために比較が出来ませんので、何ともいえません。


[2]わけのわからない感覚に襲われ恐怖を感じた godric

・・・のはどうなるの?

記憶に無い新しい刺激?


[3]>2 それは意識にないことだから恐ろしいのかもしれませんね ShinRai

めったにない神霊現象に出会ったときも、あるいは、

生まれて初めて歯医者さんで歯をガリガリ削られたときのように

未経験のできごとに出会うと、怖いのは、記憶にないからかも

しれませんね

そして、神霊現象だったとしても、同じ感覚を二度目に経験すると

むしろ安心するのかもしれない。

記憶にあるものだから


[4]>1 第一段落は、無意識であったとしても意識のある状態ということになりますか ShinRai

反射は、意識しなくても、意識的な行為ということになりますか


[5]意識とは何かを問うことは哲学の問題なのですね ShinRai

http://cf.hum.uva.nl/home/bartschr/!BOOKL&C.(WH.%20htm.(WH.htm

Consciousness at the Cutting Edge between World and Brain

The Interaction of Perception, Imagination, Action, Thought, and Language

Renate Bartsch ILLC, Department of Philosophy University of Amsterdam

なんとなく面白そうな論文がひっかかってきたので備忘のために書き込みます


[6]>4 反応する対象を認識できなければ・・・ totsuan

本来の「意識する」という表現は、「認識して」「反応する」という意味を持つのに対して、世間的な使い方では「認識」止まりであるために辞書的意味とのギャップが生じているような気がしております。以下、辞書的意味の「意識」に基づいて説明を行っていきますが、当方の言葉の使い方が間違っているのかもしれませんので御了承下さい。

例えば「蚊の羽音」が聞こえたとして、初体験ではそれが何の音か認識できないので、それに対しては「どういった音なのかを確かめるためにしっかり聞く」あるいは「音の正体を確かめようと振り向く」という行動に出ると思います。その後、音の正体に関する様々な知識や経験(=「蚊の羽音だ」「蚊に刺されると痒い」「”音”がするときは耳の近くにいる」「叩けば簡単に潰せる」など)によって行動様式がパターン化され、「条件反射」(=世間的な”反射”)が確立していきます。問題はこれらの行動が自覚的に行われているかどうかという点ですが、やはり何かしらの感覚刺激(=わずかな音や瞬間的に視界に入る映像)に反応した上での合理的な行動という意味においては「意識がある」といえると思いますし、「意識がない」状態とされる睡眠時/昏睡時には同じ刺激では反応できません。ただ、初回よりも注意を向ける時間が極端に短縮されたり、それに対する行動がパターン化されることで対象を「認識/理解」する前に行動が完成してしまうために、無意識と誤認してしまうのではないでしょうか。

つまり「認識しない=無意識」ではなく、実際は「認識/理解が追いついていない=無意識」というのが世間で言うところの無意識の本質なのだと考えます。そうすると、錯覚は感覚情報に基づく認識の時間的ズレによって発生するものと考えれば矛盾しないように思われます。


[7]>6 認識のタイムラグ? ShinRai

大変おもしろい指摘をありがとうございます。

でも、認識のタイムラグというのは、後で気づくということが前提でしょうが、何か感覚刺激に対応した行為をとったとしても、後々でそれに気づいていない場合もあります。

覚醒していて感覚はあった、だけど意識はなかったという場合もあるのでは。


錯覚というのは、感覚刺激を意識に照らして情報に復元するときに、現実とは違ったことを意識するということになるでしょうか。


[8]意識がないと無意識はちがうんでない? adgt

無意識もウィキペディアで調べた方が良いよ。例に出てるのは無意図的とか、無自覚的にってことでしょ。


[9]>7 私見です。 totsuan

心理学については興味があるものの専門ではないので、用語の使用や概念等に誤りや矛盾があるかと思いますが御容赦下さい。できるだけ科学的かつ合理的に説明しようと試みておりますが。

感覚刺激の正体に対する認識にはある一定の閾値(=個人間のばらつきあり)があるものと考えます。

例えば、全く動かない小石が偶々視界に入ったからといって注視しないように、本人がある対象に注意を向ける(=「意識する」)ためには、対象がある程度の持続的刺激を有する必要だと思います(=不規則に動く、光る、不規則に音がするなど)。そこで刺激が本人の認識に必要な閾値を越えた段階で初めて対象として「認識」されるわけですが、同時に感知した感覚情報に対する取捨選択が瞬間的に行われ、意識すべき対象となるか否かの振り分けが行われているものと推測します。

(例1)前方に人影が現れる。

→正体が人間だと感知する。

→正体が本人の注意を引く程度の感覚刺激を有していれば、反応して知識/記憶が起動・リンクされる。

→知識/記憶のデータから知人(※あるいは興味の対象)か否かを判定し、知り合いであると認識する。

→相手が気づいていなければ、手を挙げて「おーい」と声をかけるなどして注意を引く。

(例2)わずかな音を聞く。

前提:迫り来る視覚的/聴覚的刺激に対して特定の対応を取る条件反射が確立していること

(※これにより、特定刺激に対する感知の閾値は著しく低くなっている)

→突然音が入ってくることで何かが近づいていることを感知する。

→刺激の正体を把握する前に、条件反射によって次の行動が自動的に行われる(=避ける、振り払う等)。

→刺激が消失した直後で感覚刺激が認識の閾値を超えなければ、正体は無視される。

→しかし新しい感覚刺激の追加などによって閾値を超えれば、それに対する注意が発生する。

>覚醒していて感覚はあった、だけど意識はなかったという場合もあるのでは。

ShinRaiさんが表現する「意識」は、当方が表現する「認識/自覚/注意」とほぼ同義であると思われます。しかし、当方がここで表現する「意識」はフィールドというよりはシステムに近いもので、こちらの使い方の方がShinRaiさんの考えと意識の辞書的意味合いのギャップを埋めれるのではないかと考えました。ちなみに当方の表現だと、「覚醒していて感知はできたが、その正体を認識するには至らなかった場合もある」ということになるかと思います。当方の見解では「認識」には少なくとも”発生までのタイムラグ”と”閾値以上の刺激感知”という2つの特徴があると考えておりますので、一応矛盾はないかと思います。

>錯覚というのは、・・・

視覚的錯覚に多いですが、例えばある視覚情報を処理して認識するまでの間に一瞬前の視覚情報と現在の情報内容が微妙に変わった場合、私達はそれらの情報の差をできるだけ自然な形で埋め合わせしようとします。その過程で錯覚が生じるものと考えています(=例えば文字が”流れる”電光掲示板は、本来各電球の点滅でしかないはず)。


[10]そんな事よりも Reiaru

どこの Wiki にそう書かれているのですか?


[11]>10 ウィキペディアを略したつもりだと adgt

思われます。wikiとウィキペディアは別物です。


[12]意識レベルとかいう言葉もあるし ku__ra__ge

そもそも意識がある/ないというのきっちり区切れるものではなく、グラデーション状に変化していくものではないでしょうか?

意識の有無の定義とは、そのグラデーション上のどこに線を引くかというだけの話だと思います。


[13]よくわかりません ib322p

どこのwikiにかいてあるかよくわからないんですけど・・・・・。

関連質問


●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ