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司馬史観(司馬遼太郎史観)は、「「明治と昭和」を対置し、「封建制国家を一夜にして合理的な近代国家に作り替えた明治維新」を高く評価する一方で、昭和期の敗戦までの日本を暗黒時代として否定している」(はてなキーワードより)といいます。一方、それに反発し、昭和戦前を高く評価するのが、いわゆる「自由主義史観」である、というのがネットで調べた範囲での私の理解です。


しかし、いずれも、江戸幕府を否定し、明治維新・近代国家日本を肯定しているという点ではどちらも同じように思われます。
両者のみならず、現代日本では一般的に、少なくとも、明治維新・近代化そのものについては手放しで善とされ、それに疑問を提示すること自体がほとんどないように思われます。

私は明治維新の近代化プロセスや、そこに利用された水戸学・国学系統の思想そのものに疑問を感じるのですが、江戸幕府を再評価し、明治維新・近代化に疑義を呈している思想家・歴史家等はいるでしょうか?
ちなみに、「封建主義者」呉智英氏はちょっと違うように思われます。私は「封建的」という言葉で象徴される「家父長制」等々をよしとしているわけではありません。

●質問者: 松永英明@ことのは
●カテゴリ:政治・社会 芸術・文化・歴史
✍キーワード:はてなキーワード ほと ネット プロセス 史観
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 4/4件

▽最新の回答へ

1 ● pahoo
●15ポイント
小泉吉永さん
寺子屋の教科書類を集めつつ、江戸時代の教育を高く評価しています。著書多数。近代・明治維新を直接否定しているわけではありませんが、礼節が失われた現代に対する批判意見は記されています。
◎質問者からの返答

ありがとうございます。

江戸時代の文化の再評価というレベルであれば、「江戸東京学」や「江戸しぐさ」復興運動などが見られるのですが、日本の近代化プロセスそのものに対する懐疑的な見方をしている方がいれば、と思っています。

以下、質問欄が500字限定なので、この質問の背景などを記しておきます。

関連質問→http://q.hatena.ne.jp/1237434446「日本古来の伝統だと思われているけれども、実は明治以後の「新しい概念」「新しい事物」であるというものを教えてください。いかにも「日本の伝統」のような雰囲気があるにもかかわらず、おおむね幕末以降に生まれて定着した事物を教えてください。」以前のこの質問では、伝統的な日本というのが実は150年の歴史しかなく、それ以前の日本は切り捨てられがちであるということでお伺いしました。今回は、その日本近代化プロセスそのものへの疑義を示している人がいないか、いればどういう論拠を出しているかを知りたいと思ったのです。


2 ● kanan5100
●45ポイント ベストアンサー

思想家というわけではありませんが、山田風太郎の一連の明治小説では、去り行く江戸を高く評価するとともに、日本の敗戦を準備したのは、さかのぼれば司馬遼太郎が賛美してやまない明治の英傑たちにほかならないことを鋭く指摘し、司馬遼太郎の歴史観に対して異議を申し立てています。司馬史観へのアンチテーゼとして読み応えのある作品群です。

明治断頭台―山田風太郎明治小説全集〈7〉 (ちくま文庫)

明治断頭台―山田風太郎明治小説全集〈7〉 (ちくま文庫)

  • 作者: 山田 風太郎
  • 出版社/メーカー: 筑摩書房
  • メディア: 文庫

◎質問者からの返答

山田風太郎ですか!

忍法帖くらいしか読んでませんでしたが、ぜひ読んでみたいと思います。


3 ● NON_NON
●15ポイント

まず、自由主義史観の立場では、実は江戸時代の評価が低いと言うことはありません。明治維新が成功したのは江戸時代の武士の持っていた”公”に対する概念が背景にあるという主張が一般的と思います。

下記のサイトに、唯物主観ではない視点から書いた江戸時代を評価する本があげられています。

http://shushen.hp.infoseek.co.jp/hitori/edojidai.htm

ただ、明治時代を否定的にとらえた本というのはたしかにあまり見ませんね。

あえて、明治時代を批判的に(特に司馬史観を否定する立場から)書いている本といえるのは下記のものでしょうか。(なお、この人は自由主義史観を否定する立場の人です)

http://www.koubunken.co.jp/0275/0271.html

これも、”時代”の批判というより”大陸への侵略行動”の批判という側面が強い本です。

◎質問者からの返答

後者の本ですが、近代化や明治維新や戊辰戦争そのものを否定しているわけではないようですね。

坂本龍馬や吉田松陰が無条件に「偉人」とされるのが現代日本の常識というか世間の共通認識っぽいところがありますが、彼らがいなければもっと日本は、世界はよくなっていた、という観点の主張はないものでしょうか。


4 ● adlib
●15ポイント

1.弛緩思考 ? 史観・試観・私観 ?

松本清張の「清張史観」に対して、司馬遼太郎の「司馬史観」がある

ならば、司馬遷の「史記史観」とは、どんな関係にあるのでしょうか。

あるいは、誰でも何でも「誰某史観」を唱えていいのでしょうか。

もとは「マルクス史観=唯物史観」に発したとしても「東京裁判史観」

を折り返し点とする「自虐史観」や「被虐史観」に対し「他虐史観」や

「他慰史観」などは、ほんとうに実在するのでしょうか。

「皇国史観」や「封建史観」は、なんとなく分るような気もしますが、

それならたぶん「日教組史観」や「同和史観」もあるのでしょう。

いずれ、あっとおどろく「○×史観」も出現するはずです。

2.この国を見よ ? 幕末を見た外国人 ?

── この国土のゆたかさを見、いたるところに満ちている子供たちの

愉しい笑声を聞き、そしてどこにも悲惨なものを見いだすことができな

かった私には、おお、神よ、この幸福な情景がいまや終わりを迎えよう

としており、西洋の人々が彼らの重大な悪徳をもちこもうとしているよ

うに思われてならないのである。(18571207 安政 4.1021)

── ヒュースケン/青木 枝朗・訳《日本日記 19890717 岩波文庫》P221

http://d.hatena.ne.jp/adlib/20040813 質樸な人々 ? 外国人が見た幕末日本 ?

── 日本の各地を旅して私が得た結論は“もしエデンの園でイブが林

檎を口にしなかったなら世界の人々は日本人のように純朴で幸せであっ

ただろう”ということです。

夕暮れ時に日本人の家族が小さな家の通りに面した部屋で車座になっ

てくつろいでいる様子は心をなごませます。皆、風呂上がりで上気して

おり、子供たちはまるで茹でた海老のようです。(父への手紙)

── Swire, John "Jack"《Letter 18860719 from Japan》

http://d.hatena.ne.jp/adlib/20070106 先輩同輩後輩 ? スワイヤ家の人々 ?

3.書斎史観 ? 誰も見た者は居ない ?

── 吾輩も日本の猫だから多少の愛国心はある。こんな働き手を見る

たびに殴ってやりたくなる。こんな者が一人でも増えれば国家はそれだ

け衰える訳である。こんな生徒のいる学校は学校の恥辱であって、こん

な人民のいる国家は国家の恥辱である。

http://www.suguru.jp/learn/neko10.htm

── 夏目 漱石《吾輩は猫である 190501‥-190608‥ ホトトギス》

── 私の江戸時代の農民観は「重い年貢にあえぎ」「ひえや粟ばかり

を食べ」、「悪代官の横暴に苦しむ」ものではなく、「それほどの負担

でもない年貢を払い」、「しっかり米を食べ」、「お上からの締め付け

なんか無い」かなり優雅な農民像を描いてしまいます。

http://www.kcc.zaq.ne.jp/kids_clinic/coffee_sikan.html

── 宮本 恵弘「史観十人十色」

4.雑稿 ? 関連質問への回答より ?

http://q.hatena.ne.jp/1237434446#a904132

皇紀=神武天皇即位紀元 ? 建国記念の日の典拠 ?

http://q.hatena.ne.jp/1237434446#c153957

近代口語の祖 ? トリなき寄席の総集編 ?

http://q.hatena.ne.jp/1149898573/19181/

供述調書のすすめ ? 司馬遷ならぬ司馬遼太郎 ?

http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2810613.html (No.3)

征韓・遣韓・訪朝の虚実 ? Diary 20070109 ?

◎質問者からの返答

1.

私は歴史というのは正確には「過去の出来事について、ある見方に基づいて再編されたストーリー」であると考えています。

http://www.kotono8.com/2009/01/19ifhistory.html

http://www.kotono8.com/wiki/%E6%AD%B4%E5%8F%B2%E3%81%AB%E3%81%8A...

したがって、歴史に対するとらえ方が違えばそれだけ違う歴史が存在する、言い換えれば、人の数だけ史観があるという考え方です。もちろん、その中で大きな勢力を持つ史観があるわけで、それがマルクス主義史観だったり、司馬史観だったり、自由主義史観だったりするわけです(わたしが「史観」という言葉を使っただけで、あたかも自由主義史観の影響を受けているとレッテルを貼る人がいましたが、それはまったくもって見当外れなのです)。

2.

幕末に日本を訪れた外国人の記録については、多少留保しつつ見る必要があります。まず、教化の及ばぬ未開の地だと思っていたら、予想外の文化が存在したことに対する驚き。そして、未開人(アイヌなど)を劣ってはいるが純粋素朴な楽園に住む人々として必要以上に幻想化する傾向。これらを差し引いて考えなければなりません。もちろん、それでも幕末日本が外国人に高く評価されていたのは事実です。


さて、これらを踏まえた上で、改めて今回の質問の趣旨を申しますと、「近代化プロセスそのものを否定する人はいないのだろうか」ということです。江戸時代によいものがあった、という主張は見られますが、幕末維新の「志士」たちについて再検討するような視点はあまり見たことがないので、それを問うています。

ここまでの回答だと、山田風太郎一人ということになってしまいます。

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