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文学好きの方に質問です。小説が漫画化、映画化されてしまうことをどうお考えですか?


1. (反対) 自分なりのイメージがあったのに、それが崩れてしまうので迷惑である。

2. (賛成) (2?1)小説だと読まれないことが多いので皆に知ってもらうことができる、(2?2)イメージをさらに強固にすることができ賛成である。

3. (その他)



●質問者: h-imagine1972
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 書籍・音楽・映画
✍キーワード:イメージ 小説 文学 映画化 漫画
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 44/44件

▽最新の回答へ

[1]されてしまう? YasudaS

されるものはされる。

されてしまうなどと馬鹿なことは思わない。


[2]>1 なんとなく h-imagine1972

映画や漫画で見てしまうと、イメージが固定化されてしまい、文章からくみ取れるイメージから離れて固定化してしまうのですが、その辺りはどうでしょう?


[3]賛成 TeX

最近、いろいろ漫画になっていますが、よいと思いますよ。

というのは、形はどうであれ、まず触れることが重要だと考えるからです。

文学を読むにはある程度の時間がいるわけで、なかなかもとの本を読む機会がないと思います。

あと、文学は難解でとっつきにくそうなイメージがあるでしょう。

だから、こういう形で読めるというのは、よいことだと思います。

子供のころの学習漫画の延長として考えています。

もちろん、オリジナルを読むにこしたことはありません。

漫画や映画がきっかけで本を読むこともあるでしょう。

そうしたら、オリジナルと漫画の違いを感じることができるかもしれません。


[4]>3 おっしゃる通りです h-imagine1972

(一. 子供の頃の漫画学習。

最近なぜか暇ができますと、昔の小学校、中学校、高校時代のことがよく思い出されます。結構立ち読みさせていただいた学研の漫画シリーズや歴史物などああいったイメージが鮮明に思い起こされます。最近、頭にひっかかっているのは「ファーブル昆虫記」の職にこまってパンをつつんだ新聞紙の求人欄にファーブルに適した求人が偶然のっていたことですね(私の願望も込めて)


(ニ. まず働きながら小説を読みこなすのは難しい

私もサラリーマンをやっている時(今は求職中)は、新書の軽いものしか読めずませんでした。その時、米倉涼子さん演じる松本清張物が!! ようやく私も小説を味わえるようになりました。


[5]どちらでもないです nakki1342

基本的には、映像化は賛成です

映像からだと入りやすいし、興味を持ったら原作へも

入りやすいと思うので。

それから原作だけだと分かりづらい所も映像で理解しやすくなるし

一つの作品にものすごい思い入れを持ち

いざ映画になって些細な変更さえも許せないという程

お気に入りな作品が存在しないからかもしれませんね


[6]>5 映画と漫画 h-imagine1972

どちらの印象の方が残りますか?


私も結構、映像から原作に入った作品(「ケインとアベル」(ジェフリー・アチャー著等)も多いのですが、そうすると、テレビのイメージで入りこめるのですぐに感情移入して読めてしまいます。


吉川英治さんの「宮本武蔵」を本宮ひろし版で読みましたが、すごく鮮明な絵なったので原作よりもその漫画の方のイメージが強いような。本当に難しい問題ですね。


[7]どちらでもないです platoronical

漫画は場所をとるのであまり買わないので映像化されると助かります。

小説は読まず嫌いだったものを手にとらせてくれるいい機会になってくれたりします。

しかし、原作が(どのような形であれ)好きなものだと、他メディアに変換されて残念な気持ちになることも多くあります。


[8]>4 同感です。 meizhizi87

松本清張シリーズは小説、映画ともに楽しめますね。小説を読んでから映画を観ると、よりイメージを強めることができます。また、買ったものの、なんとなく読めずにいた本でも、映画から見ると、イメージをつかめ、読んでみようと思います。ただ、配役が微妙だと残念になる場合もあります。


[9]反対 hk-83

映画も小説も好きですが、原作より面白かった映画は少ない。


[10]>2 「しまう」の意識 YasudaS

「イメージが固定化されて」しまうのではなく、自分が得たものと異なるイメージを得るわけですよね?

それは、「そういう見方もあるんだな」ということで、当たり前のことです。

画一的なイメージを他の誰もが感じるべきだ/自分が感じた通りでないのは問題だ..とかあるのかな?

原作を忠実に再現しても、媒体や体験する環境で異なるイメージになるのは、当たり前。

また、原作がその派生にてイメージ固定される程度だとしたら、その原作の力が弱い。

固定化させる様な強いイメージを持っている派生物の勝利でしかないからね。


[11]できあがった作品によると思います nakiu3

基本的には安易な映像化は好きではありません。絶対にNGなのはアイドルが文学作品の主演をするものです。(松田聖子の「野菊の墓」、堀ちえみの「潮騒」など。どちらも観てませんが。)でも最近はこういうの、ないですね。がっかりしそうな物は宣伝の段階で察しがつくので観ないようにしています。

ミッチェルの「風と共に去りぬ」は読んでから映画を観ましたが、映画を素晴らしいと思いました。

大和和紀の「あさきゆめみし」は、原作である源氏物語を読む気力のない私には最高の漫画です(漫画も全部は読んでませんが)。


[12]ハリウッド化 australiagc

これは別物ができあがるので、原作ファンとしては苦いんじゃないかと思いますね。リングとか。マンガだとドラゴンボールとか。

リングに関しては、原作SFなのに映画ではホラーになり、ハリウッド化されて更にわけ分からなくなりましたもんね。

ただ、国内の活字が苦手な人に作品を知ってもらうのと同様、変形体であれ海外に日本文化の一端を発信するには良い手段かと。


[13]>11 Re出来上がった作品によると思います Mathusala

ぼくは漫画やアニメばっかり見てますが、

GTOの場合は、ドラマが一番格好いいです。


トム・クルーズの宇宙戦争は、所々原作を無視していました。

全体的には良かったけど、長い間、地底に潜んでいた火星人が、

地球の病原菌にやられるのはおかしいです。


[14]>10 ふと、その筋書きを思い出すとき、 h-imagine1972

漫画のイメージで語ってしまったら、自分の漠然としたイメージが変わってしまうわけです。


[15]イメージが崩れるので fumie15

ほとんどドラマ化、映画化されたものは見ません。


[16]賛成です。 sinsin9999

出来が良くても悪くても、原作とは別個の作品として楽しみます。

監督などの原作の読み取り方や解釈が、自分とは全然違ったりすると「ほほう、そんな読み方もあったのか」と、再度原作を楽しめますし。

しかし愛のない作品はイヤです。

原作が売れたから適当に企画たてて作りました的なものは、原作を殺すような感じになりがちで、それはイヤです。


[17]作者と映画・漫画関係者が to-ching

お互いのイメージ等合致すれば良いです。それを判断するのは私達。


[18]>14 自分のイメージが変わる? YasudaS

「自分の漠然としたイメージが変わってしまうわけです」...なにも問題はないけどね。

「されてしまう」といった被害者意識じみたモノがどこから出てくるのやら。

フォーマットが違ったり改作するなら、別のイメージが出来るのは当たり前のこと。

フォーマット変更や改作では、同じ物にしておく方が難しいし、やる意味がないことだよな。

自分が持っていたイメージが変わるということに、何かしら問題があると感じて、自分が新しい見方を得ることに恐怖するといった、問題を持っているのかな?


[19]3) 仕方ないと思います。 pascal7

ただ、作品を理解してないと思った作品は見ないですけど。

地球へとか、レンズマンとか


[20]>18 別のイメージが楽しみの場合も bg5551

別の理解を解釈することも愉しみのひとつだと思いますが。


[21]2です。 taroubomx

原作にも興味を持つでしょうしいいと思います。


[22]>20 理解を楽しめない? YasudaS

「別の理解を解釈することも愉しみのひとつだと思いますが」

当たり前のことなんだが、自分が持っていないイメージを提出してもらって楽しむのが文芸だよな。

他人がこういった解釈/理解/表現をすることをどうこう言う馬鹿がいるとしたら、そもそも最初の作品についても「拒絶するだけの馬鹿」ってことだよね。

何か、全部が真新しいことだとか思い込んで、他者を赦さない気違いじみた狭量さを「○○されてしまう」という表現にはあるんだよね。

つまりは、「自分が感じたこと」=「神!!!!」「それと異なることは嫌いだ!!!」...馬鹿さ炸裂ってことなんですよね。

で、自分がイメージしたことを神格化するけど、人間だから太刀打できない..で、モゲモゲな「自分のイメージが」とか馬鹿を晒しちゃうわけなんだよね。

再度「別の理解を解釈することも愉しみのひとつだと思いますが」...それでこれまで持っていたイメージがずれるってのは、当たり前のこと。

そういった「新しいイメージの提示」で文芸は成り立っているんだ。

つまり、文芸を自分だけのものと勘違いした馬鹿が「○○されてしまう」とか言うわけなんですよ。

ある種の「自己のイメージだけでやろう」というみやざきつとむくんやかとうくんみたいな連中だということです。


[23]小説OK、マンガはNG some1

どんな映画も良いシナリオから良い作品につながります。

金をかけてあっても原作やシナリオがクソならクソ映画。


一方、マンガやアニメの実写化はイメージを壊すだけ。

アメコミについてはぼちぼちのハリウッドでもドラゴンボールはあんなですからねえ。


[24]>13 原作を超えられる部分があるなら。 lqdf

自分も出来上がった作品次第だと思います。原作よりもどう考えても劣るような作品を観る(読む)くらいなら、二次作品も原作も、どちらも知らない方がマシだと思っています。(同じくらいつまらないなら、オリジナルの方がいいです。)


原作と違うから、イメージが崩れるから、という理由で漫画化/映画化/アニメ化etc.に反対する気持ちはありません。むしろ、別の作品を土台にしていながら、全く新しいと思わせるような作品に敬意を払いたいです。(具体例を思いつきませんが…)


[25]3.全く同じものを求めない、別物として漫画、映画を楽しむ sidewalk01

これが一番自分にあっているスタイルだと思います。どうしても原作とことなる部分は出てきてしまうので、この作者はあの原作をこう受け取ったんだ、この監督はこんな風に描いたんだなと考えるようにしています。


[26]1 です kaito0620

小説を読んでて想像したことが、

漫画や映画、アニメ(書いてないけど)になると、

キャラの姿が1つに固定されてしまい、

自分のイメージが崩れていったことが何回もあります。

だからあんまり見たくないです・・・。


[27]>25 3.全く別のものとして考える qwer-asdf

別のものとして考えれば失敗してもそんなに腹が立ちません。


[28]>21 少しTVで喰い逃げして、食らいつく質(たち)です。 h-imagine1972

白岩玄さんのドラマを一部みて、瞬間的に少数派で絆を守ること、管理教育がここまで人を分断するのかが分かりました。中年になるとわずかな笑みも反省したくなりますが、そんなことを気にしていたら世の中渡れません(人生半ばなので、この言葉に確信をもてません)


[29]>23 印象の薄さ、 h-imagine1972

映画 > 小説 > 漫画 (かな?)


[30]>19 私も古典に親しむべきでした h-imagine1972

生来、怖がりなもので。


[31]>25 手が入った時点で別物 Im_Me

同意です。

たとえ原作者であったとしても、加筆した時点で、以前の作品とは別の物に成り得るんですから、他人の手や媒体が違えば、もう別物以外の何者でもありません。

別のものとして楽しめればよいのです。

そりゃ、がっかりもしますし、勿体無いとも思いますが。

映画でファンになった人間は、原作を嫌うかもしれません。無理に原作に結びつける必要はありません。

原作、映画、ノベライズと読むと結構違う作品もあって、三度美味しいこともありますし。


[32]>17 異メディア同士の仲良しなら信頼できそうですね NAPORIN

[33]映像化 midori0

アガサ・クリスティーのミス・マープルシリーズは、小説では地味目なのですが、映像はとても美しい魅力的な作品に仕上がっています。

賛成か反対かは、何とも言えませんけれど。仕上がり次第かな。


[34]>6 映画と漫画 nakki1342

映像から入った方が分かりやすいと思います

フライド・グリーン・トマトとか依頼人は

映画から入ったのですが

小説を読んで分かりやすかった。

(フライド・グリーン・トマトは、原作から読んだら

少し分かりづらかったと思う)

それから少し違うかもしれませんが

大河ドラマなどで歴史上の人物の事を知って

他のドラマなどで見ると

最初のイメージがついて違和感があって

キツイですね・・

小説ならいいのですが


[35]>27 3.別のものとして考える nakki1342

原作と映像作品を別のものとして

考える。

それが一番賢いと思います

数年前の某作品の映像化のときに

色々と騒がれていた事がありましたが

私は、映画と原作は、違うものとして思わなきゃいけないのに

その作品のファンは、何故そこまで騒ぐのか

悲しかったですね

正直許せなかった

もしも自分が一つの作品にものすごく思い入れが

あったとしてもその作品のファンのように

怒らないようにしたいなと思っています


[36]良いと思いますよ hayato-0130

自分的にはうれしいです

しかしイメージが崩れるのは嫌ですね

たとえば「ヒグラシのなく頃に」の実写版はショックでしたね

特にサトコとリカ役にはがっかりです

漫画は良いですがね

でも「ひぐらしのなく頃に」は小説が一番詳しくて良いと思います

しかし外国の小説などは映画化されるとうれしいです

内容も理解しやすいですしね

まあ作品によるって事です


[37]むしろ変えるべき jelate

原作をただなぞっただけだったらつまらないし

わざわざ見る価値がないと思います。

基本的なとこは残して別解釈を入れるべきだと思うんですが。


[38]「愛と読むひと」では masatsubame

原作本(小説)と映画では少しちがう。原作本は時系列で書かれているのに対し、映画は主人公の青春時代の回想という形で描かれている。そういった意味では原作本と映画は別物という気がする。よって3を選択。


[39]>8 メディアミックスによる相乗効果は実証済み I11

イメージがどうこう以前に、本を読んでもらわねば話になりません。

メディアミックス - Wikipedia

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A...


[40]>32 作者も to-ching

金ほしさに妥協するのかな?


[41]>7 結局は制作者の腕次第 hizki

映画化・漫画化は制作する側の腕次第だと思います。

ハリーポッターなどは原作をだいぶ端折ってアレンジもありますが、

実際に魔法の世界を体感できる出来栄えでした。

原作を生かして映像・漫画で原作をうまく補完する表現力をもった制作者

であればいいのではないかとおもいます。


[42]cocteau Cocteau_Cafemaru

小説>漫画>映像と,想像出来る領域が狭まるけれど,それは相応に具体的な表現として,芸術として観ることが出来る.

小説では「文章表現,行間表現」漫画では「セリフ表現,コマ割り表現」,映像では「 」というように.

映像では表現の仕方に酔いしれることが出来る可能領域が広いんじゃないでしょうか.

だから,賛成でもなければ否定でもなく,どちらでもいいんですけれど,しかし映像化されるなら観ますね.


[43]>42 マクルーハン h-imagine1972

再び。といった観ですね。昔、天野祐吉さんの「広告みたいなの話」に「TVでは孤独は癒せない」というマクルーハンの話が載っていました。やっぱり、想像できる空間;小説>漫画>映像で間違いない感じがします。


[44]>35 3.別もの adgt

全く同じものなんてありえなしね

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