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自分の脳内で内部対話をするとき、それは神経生理学的には電気現象であると思うのですが、頭の中では誰の声というわけではないのですが、音響的な声が聞こえています。どうして電気現象にもとづいて意識の上で音響が聞こえるのでしょうか。音響再生を担当する脳の部位があるのですか。そもそも我々のすべての記憶や思考や意識は音響的に行われるものなのでしょうか。


●質問者: ShinRai
●カテゴリ:医療・健康 科学・統計資料
✍キーワード:再生 意識 担当 生理学 脳内
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 9/9件

▽最新の回答へ

1 ● ken3memo
●15ポイント

ちょっと違うかもしれませんが

>自分の脳内で内部対話

単純に内部で対話だから?声に置き換えているとか?

あっ、でも、私プログラマーですが、

For i = 20 To 1 Step -1

たしかに、頭の中で、音声がついてきたりするかぁ。

でも、何かを あっ と ひらめいた時など、音声は聞こえないような、、

>記憶や思考や意識は音響的

さいきん流行の脳を鍛えるトレーニングで

きいろ

ピンク

表示されている色を言ってください、、、と、文字と色が違うと間違える(脳を鍛える?)

そんな感じなので、思考や意識は音響的なのかなぁ、それとも単に 百聞は一見に?みたいに視覚の情報量がおおいからなのか?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%A6%96%E8%A6%9A

専門家じゃないのに、なんだか変なこと書きました。

目をつぶって、考えてから投稿しないとなぁ。。。

◎質問者からの返答

いいえ、ブレーンストーミングですので、歓迎です。

専門家はいったいどこにいるのでしょう。

それが見つからないので、はてなで伺ってみているのです。

>たしかに、頭の中で、音声がついてきたりするかぁ。

でしょ。

>でも、何かを あっ と ひらめいた時など、音声は聞こえないような、、

そうですね、ヒラメキってのは、記憶や知識や意識や知覚を超えた、なんというか、

超越的なものがありますから、それは言語を超えているのかもしれませんね


2 ● yofukaci
●15ポイント

こんばんは、ShinRaiさん。

そういう疑問から、クオリアという概念を脳科学に導入されたのではないでしょうか。

クオリア

http://www.h5.dion.ne.jp/~terun/doc/kuoria.html

◎質問者からの返答

こんばんわ、ありがとうございます。

でもクオリアという単語は結局解明をあきらめているところが、

私はちょっと気に入らないので、考えてもみませんでした。

クオリアというのは、アナログな部分だと思うのです。

昨日、食べたあの店のパスタの食感とか、庭の今年のコブシの花の色とか、

アナログ入力された五官の記憶であり、それがアナログな状態のまま脳内で記憶されている。

だから誰にも説明できないし、自分でも思い出すことしかできない。

http://www.milestone-art.com/MILESTONES/issue101/htm/p14tokmaru....

http://www.milestone-art.com/MILESTONES/issue101/htm/cover101.ht...


今回はてなで質問させていただいているのは、このクオリアを呼び覚ます索引、インデックスとして用いられているデジタル符号語が、デジタル音響符号ではないかという問題なのです。

コンピュータの中が、半導体スイッチのオン・オフでできている電気的な二元デジタルであるように、

我々の脳のコンピュータの中は、神経細胞に生理的な電気が流れているのですが、それはオン・オフの二元デジタルではなく、

音響的な音節(シラブル)による多元デジタルではないかということなのです。


3 ● hohe10
●15ポイント

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BA%94%E6%84%9F



人間には五感というものがありますのでそれを基準にして考えるといいのではないかと



視覚 …… 目から伝わる画像情報

聴覚 …… 耳から伝わる音声情報

味覚 …… 舌から伝わる味情報

触覚 …… 手や足(皮膚)などから接触情報

嗅覚 …… 鼻から伝わるニオイ情報



この中で脳内で加工しやすく思考の際のプロセスに柔軟に対応でき他人に認識しやすいのが

・視覚から得られる画像情報

・聴覚から得られる音声情報



上の二点だけだと思います



なぜなら味情報、接触情報、ニオイ情報では変化の範囲が限られてしまい

神経でもつながないと他人には認識できないからです



最後に残った、画像情報と音声情報なのですが

・文章や絵などの画像情報は生まれた後から身につけその能力を発揮します

・音声情報は胎児の時(内耳)の時点で使用が可能(母親の声を聞いたり)で能力を発揮しています



実際に私も音声で脳内再生されますが脳内を音声で扱っていない

レアパターンをいくつか提示しておきます



・共感覚 …… 脳内で音声を色で認識したり数字を図形で考えたりします

この場合は画像情報のほうが脳内では優先順位が高いということだと思います

中には画像情報以外にも味情報や接触情報やニオイ情報で変換している

そんな人も存在すると思います



(実際に扱う情報を理解や処理ができないので脳内で変換している例だと思います

なったことがないのでなんとも言えませんが自閉症などの人がこんな感じなのかもしれません)



・機能消失 …… 手、足、目、耳、口などの機能を失ってしまう


※機能消失の例外

・何かしらの補助作用が働き問題を解決している場合があります



(情報を得る事ができないので処理ができません。理解する為には処理を行う必要があります)



等など……。



そんなレアパターンを考慮すると

個人差はあるとは思いますが脳が合理的に使いやすいのを使ってると考えられます



そして、ShinRaiさんや私の脳がもっとも慣れ親しんでいる(胎児から使用している)

音声情報が一番だったってだけだと思います

◎質問者からの返答

ありがとうございます。

レアパターンを考えることは、非常に有効です。

>・共感覚 …… 脳内で音声を色で認識したり数字を図形で考えたりします

共感覚という言葉の意味がよくわかりませんが、「脳内で音声を色で、数字を図形で考える」ときに、そもそも音声がまったくないのかどうかが、気になります。

赤という内部言語が流れた後で、赤いものをイメージしたり、7とか8とか頭が言ってから丸を7つ8つイメージする、ビールが3本と言ってから3本の瓶をイメージするというのであれば、音声優位を認めることにならないでしょうか。


やはり音声が主軸通貨、中心となる単位なのでしょうか




この場合は画像情報のほうが脳内では優先順位が高いということだと思います

中には画像情報以外にも味情報や接触情報やニオイ情報で変換している

そんな人も存在すると思います


4 ● meefla
●23ポイント

幼児が言語を習得する過程を考えれば音声優位なのがわかりやすいかと。

文字を理解する前に音声を理解しますよね。


書記言語の獲得は教育が必要とされ、正常な子供が成長に伴い自然に獲得する音声言語や手話とは異なる。


書記言語 - Wikipedia

音声言語 - Wikipedia


外国語の単語は、いったいどうやって我々の記憶に残るのでしょうか。

綴りなのか、発音なのか。


綴りの場合もあるでしょうし、発音の場合もあるでしょうが、綴りよりも発音の方が覚えやすい筈です。

だから英会話はできても識字ができない人が存在する、と言ってもよいのでは?

◎質問者からの返答

Wikiの書記言語・音声言語の説明は、非常にわかりよかったです。

ありがとうございました。

>音声は1次元的(リニア)に認識されるため、

この一次元配列(直線配列)というのは、デジタルの必要条件でもありますね。

デジタルとは、離散、有限、一次配列ですから。

>聴覚で認識した順序を、人間のコミュニケーションや相互作用を統べる規則として使う。

これに内部言語も入るかどうかというところが、つまり脳内のファイル管理も音声言語で行われているのか?

ということです。

>人類の言語の発生、並びに本質は音声言語である。

「本質」とはどういうことでしょうね。書記言語は本質ではないということでしょうか。

>意味を特定したり、限定したり、明示しない。

それでも、幼馴染や同じ釜の飯を食った間柄では、体験が共有されているから、意味を特定するまでもなく意味が共有されているのではないでしょうか。

ありがとうございました。


5 ● xiaqui
●22ポイント

「ひとりごと」のプロセスを脳が擬似的に簡略再現しているのではないかと思っていました。


(1)思考する

(2)発声する

(3)鼓膜に到達する(骨伝導)

(4)聞く

(5)意味を再認識する

の(2)から(4)までをすっ飛ばす過程で、便宜上「聞こえた」ことにしているのかな、と。

それ以前に(1)で電気現象が発生した段階で、そもそも内面の声になっているかもしれませんが。


>頭の中では誰の声というわけではないのですが、音響的な声が聞こえています。

夢の例があるので、実際には発声されていない声が頭の中で聞こえても不思議はありませんね。

ちなみに内的対話の声はひとりごとと同様、自分の声で聞こえるものと思っていたのですが、そうでもないようですね。

http://f33.aaa.livedoor.jp/~mindtech/index.php?''%A5%E2%A5%C7%A5...


私はそのどちらでもないのでないので分かりませんが、

仮に作家さんの内的対話が文字列だったり、画家さんの内的対話が画像だったりしても

別段驚きはしませんね。

◎質問者からの返答

発声は肺気流を使うので、(2)?(4)は多分起きていないのでしょう。

その前の電気現象の時点で、聞こえているはずです。

でも、どうしてなのでしょう。

我々の脳内のデータは、音響符号の形で保管されているのでしょうかね。

NLPのブログは非常におもしろかったです。

コージブスキーが出てくるなんて、、、

ただ、フィルターの問題と、内的対話をくっつけるのはどうですかね。


手で直接触れ、舌で直接味を見る機会は限られるのに対して、視覚や聴覚は光学的・音響的に入ってくる刺激量が桁違いに多い。

したがって、目に写るもの耳に入るものすべてに注目していたら時間がかかりすぎるし、情報過多で脳が疲れてしまう。

このため有用な刺激だけフィルターを通し、無用の刺激には関心が向かないようにする。それがフィルターではないかと思うのです。

ヒトのフィルターとしては、すでに脳内に記録されている経験(エピソード)記憶が用いられているのではないでしょうか。

つまり我々は自分がすでにもっている経験記憶を基準として外部世界と対峙し、基準と同一か類似のもの、基準と明らかに違うものだけに目が向く、耳に入るようになっているのです。

自己中心的で偶然の産物にすぎない経験(エピソード)記憶をフィルターに用いるのは非常に危険であるといえますが、かといって遺伝情報や本能で取り込む情報を固定化するのはもっと危険です。

結果的に、我々は、自分の経験記憶を基準として、それと同じもの、それに似たもの、それと異なるものだけが見え、聞こえるようになっている。

似てもおらず、違ってもいないもの(荒川修作のいうThit / Thas)は、普通の注意力では見えないようになっている。

フィルターは、そういうものではないでしょうか。

内的対話の音響符号性は、ちょっと別の話かなあと思うのです、、、、

PS

文字列や画像で内的対話をしている人がいたら、ぜひともその人の話を伺ってみたいです。


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