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『エルヴィス・プレスリー』の…特に曲作り/アーティストとしての姿勢に関する「深イイ話(特に感動系)」的なエピソードを調べています。
「へぇ?」「スゴイ!」と感動出来るような、ビックリする様な数々のエピソード、宜しく御願いします!!

●質問者: tooh22
●カテゴリ:芸能・タレント 書籍・音楽・映画
✍キーワード:へぇ アーティスト エルヴィス・プレスリー ビックリ 姿勢
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● winbd
●35ポイント

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AB%E3%83%B4%E3%82%A...

しかし、エルヴィスは最後まで一発撮りと呼ばれる1テイク完成型のレコーディング・スタイルにこだわった(いくつかのテイクをつなぎ合わせて一つの曲として発表する形式や曲の別録りといった選択肢もあったが、エルヴィスはそれを嫌い、現在まで発表された曲数が700以上ある中で、そのような形式で発表した曲は少ない)。


2 ● dianet
●35ポイント

エルビスプレスリー誕生秘

1953年、エルビスプレスリーは母親の誕生日に自分の歌った曲のレコードをプレゼントしようとメンフィス・レコーディング・サービス(現在のサン・スタジオ)を尋ね、4ドル余りを支払ってアセテート盤に自らのギター伴奏で「マイ・ハピネス」と「心のうずく時」を録音しました。

この日、経営者のサム・フィリップスは不在だったのですが、秘書のマリオン・キースカーが応対し、エルヴィスプレスリーの住所と電話番号を念のため控えていて、そしてその1年後の1954年6月にサム・フィリップスはエルヴィス・プレスリーに連絡を取り、同年7月5日にエルビス・プレスリーにとってプロになって初のレコーディングが開始されたのでした。

その日のレコーディングのリハーサル休憩中にエルヴィスプレスリーが緊張を和らげる目的で「ザッツ・オール・ライト」(アーサー・クリュードップという黒人の歌手のナンバー)の古いブルースを遊びでアレンジしたところ、それを聴いていたサム・フィリップスがエルビスの才能を感じ録音ボタンを押したのでした。


そしてそれをラジオ局の友人に渡して放送されるとアンコールを求める電話が殺到し、たちまちメンフィスでローカル・ヒットとなりました。なんとそのDJは番組の中で同じ曲を7回もかけたそうです。


こうしてエルビスプレスリーはここからデビューし、羽ばたいていったのでした。

http://am.gnk24.com/060/post.html

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