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毎年この暑い時期になると、マスコミが口をそろえて「戦争体験を語りつくべし」「若者は戦争を体験したことがない?」「戦争は悲惨だった?」「語り部?」などと馬鹿の一つ覚えのようにくり返します。この「戦争体験」とはもはや60年前の話で戦争の姿も様変わりしております。つまり時代遅れにもほどがあり、その体験談を丸呑みにするのは有害であると考えます。最前線から銃後、はてはシナ大陸からの引き上げまで戦争体験ということで一括りされているのも疑問です。また記憶というものはあいまいなもので、時を経るとともに変化してしまうことも容易に想像がつきます。極めつけは「第二次世界大戦」に固執する余り、現代の紛争を見落としては居ないかという懸念もあります。最後に戦争体験を語り継ごうということに腐心する余り「語る」こと自体が目的化し、戦争体験からどのような教訓を得られるのかという重要な事項を見落としていると思います。
なぜ戦争体験を「語りつぐ」ことがそんなに重要なのですか?戦争体験を語る、語り継ぐことについて論じてください。もうマスコミの「若者は?」「戦争は悲惨?」「戦争体験は大事?」という論調にはうんざりです。

●質問者: ライ_タソ
●カテゴリ:政治・社会 芸術・文化・歴史
✍キーワード:あいまい うんざり シナ マスコミ 体験談
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 20/20件

▽最新の回答へ

[1]核攻撃を受けた国の記憶というのは大切な気がします。 sarumonkey

だれも現代の戦争を語るな。と言っているわけじゃないので、今が大切だと思う人は、別に過去の戦争に固執して語る必要もないと思います。

ただ、やはり自国で起こった史実は、詳しい情報が残っているわけで、一般生活者のいる場所で、受けた原爆のような特殊な史実については、ちゃんと生生しい情報として認識しておきたいです。そして、機会あれば他国の人にもその凄惨さを伝えてゆく必要があるように思っています。


[2]歴史から人は学ばなくてはいけない yofukaci

・・・


[3]>2 家族の体験談 karuishi

家族の体験談からは

「記憶というものはあいまいなもので、時を経るとともに変化してしまうことも容易に想像がつきます。」

という感じはしません。

エピソード記憶として割と明確に覚えているようです。

当時は子供だったので

「戦争は悲惨」というより

「戦争なんかして私たち確実に損したよね」という体験談でした。


[4]史実と記憶のバランスが大事 TeX

「記憶というものはあいまいなもので、時を経るとともに変化してしまうことも容易に想像がつきます。」というのは、同意です。いくら鮮明に思えたとしても、後から記憶の中に入り込んでくる、史実に反する「記憶」がある、と思います。だから、歴史の証言も、検証の対象になると思うし、一方的に語るだけでは駄目だと思います。


[5]>1 他国との共有は難しい TeX

アメリカでの原爆展は反対を受けたときいたことがあります。

日本が原爆を受けて当然だと考え、日本が原爆について語ることを「不当な被害者感情」と受けとめる人たちがまだまだ国外にはたくさんいます。

それに、日本は「唯一の被爆国」というが、国外で核実験による被害を受けている人たちもいるので、「唯一の」は余計だと思います。


[6]戦争体験って… hamao

戦場に行った人と都市攻撃で被害を受けた人を一色単にしているからねぇ。

アメ公の不当な攻撃で逃げ回って危うく焼け死ななかった人が自分の避難体験を戦争体験と言ってもねぇ。

そのパワーをアメリカに対して都市攻撃の不当性を訴える方向に持って行ってくれればよいのにGHQのおかげで頭のネジが外れたままのアホばかりですからねぇ。脱脂粉乳恵んでもらって頭膿んでるんじゃ無いのかな?あの世代は。

戦場に行って戦争もせずに死に掛けた方の戦争体験はかなり悲惨なものが多いですが、そもそも地方の一兵卒をゴミのように扱い自分だけのうのうと生き延びた旧日本軍の将校たちに向けられるべきでしょうな。特にアホな海軍連中。パプアニューギニアあたりまで兵隊連れてって、その間を相手に取られてどーするんだよ。囲碁でもやってればそんなミスはしないだろ。戦犯逃れて生き残った将校のほとんどがロクな連中じゃないしねぇ。


[7]教訓はそれぞれ違う という解釈だからでは? WATAO71

必要悪という言葉もありますし、必ずしも戦争そのものが良くないとは言い切れません。

ですから「これが正しい」「これは間違い」という教訓を語り継ぐ必要は無いと思います。


しかし語り継がなくなればその事実から教訓を得ようとする人すらいなくなってしまうでしょう。

そしてまた何も考えずに戦争をしてしまって後悔することになるかもしれない。


ですから、戦争をするにしてもしないにしても、前例を忘れないことで「後悔をしないようにする」というのが目的なのではないかと思います。


[8]>5 韓国とは無理です chage-denden6464

高校の同級生に韓国人がいましたが、毎年この時期になると苛立ってました。

理由を聞くと、「日本は自分達のしてきたことを棚に上げ、自分達だけが被害者だと言っている」とのことでした。


[9]>8 戦争の記憶は haibara557

語り継いでいくべきと思います。

やはり、我が国が体験した「傷」なのですから、記憶は薄れているかもしれませんが、厳然とした事実です。

それを顧みて、未来に活かそうとする行為は、何ら間違ってはいないと思うのです。


[10]>7 教訓はそれぞれ違う TeX

たしかにそうです。戦争の歴史はどこの国でも教えられているのですが、そこから出てくる教訓は様々です。他国の場合、その教訓が「敵国憎し」だったり、「やられたのだから、やり返そう」だったり、「だから、軍隊を大きくしなければ」だったりすることもあります。歴史から学ぶことや戦争体験を語ることが、平和へとつながっていくとは限らないということです。


[11]人が死ぬという事実 doumoto

ハイテク兵器だろうがローテク兵器だろうが、少なからずの人が非業の死を遂げるのは紛れも無い事実なので、過去の体験を語り続けるってのもいいんじゃないかと。ま、あと20年もすれば、実際に戦争を体験した世代ってのもほとんど居なくなるし。


[12]>11 ラディカルが正しいわけではない。 heptagon

戦争がそんなに悲惨か?と言いだすと、一見新しいパラダイムのように思いますが、間違いです。やはり戦争は忘れてはならない「記憶」なのです。記憶は語られることでその意味が果たされるのだと思います。


[13]体験として語ったほうが sidewalk01

恐ろしさの実感があって戦争を抑制する気持ちを引き出す効果があるのではないでしょうか?


[14]馬鹿の1つ覚えのように haibara557

繰り返すのが、マスコミの仕事とも言えます。


[15]>12 戦争の記憶 haibara557

についての本を、もっといっぱい出してもいいくらいに思います。

小学校の頃、空襲の映画とか観て悲惨だと思いました。


[16]個人の体験として語ることの必要性 lqdf

は、あると思います。そうでなければ、主体的に戦争に関わった側の記録しか残らないのじゃないでしょうか。軍人ではない一般の人間(大部分の人と同様の)がどう戦争に関わることになったのか、後世に伝える意義があると思います。私は、教訓を得ることが主目的ではないと思います。昔のことだ、他人事だとして無関心に陥るのを防ぐことが大切なのだと思っています。


[17]>8 加害者としての体験談は lqdf

確かに聞かれませんね。マスコミの判断かもしれませんが、体験者自身にとっても語りたくないことだからかもしれませんね。それは被害者が語るのよりもさらに、辛いことだと思います。


[18]映像でも残すべき nakki1342

戦争経験は、今経験してる人が語り継いでくれるのなら

語り継いで欲しいなと思っています

出来たらその人の”声”で伝えられるように

映像などで。

経験者が家族に伝えるのも必要だと思うのですが

そして戦争の形跡が残ってる場所へ行くべきだとも。

(若い人が経験談を聞くだけでなくそういう所へ行くのは

絶対に必要だと思います)

経験談を聞く中から教訓も得ると思うんですけどね


[19]>18 NHKアーカイブズとかに haibara557

ありそうですね(笑)

そういう映像が、町の図書館とかで気軽に借りられるといいのですが。


[20]戦争の悲惨さと同様に、当時の好戦気分も残せばあ Hyperion64

軍部や政治家、メディアがいけいけどんどんで国民はその純粋なる被害者だった。それはそうですが、

やはりバブリーないけいけどんどんな大勢翼賛的な情緒や時代の空気を国民を担っていた、のも事実のはず。

いけいけどんどん、も歴史として残さないと教訓にもならないのじゃないでしょか。

それに太平洋戦争の遺産もありますし。

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