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【国木田独歩】「窮死」のエンディングはどう解釈すればいいのでしょう? 「やりきれなくなって死んだ」は、1:ほんとうによろけた、2:人生に絶望して自殺、3:弁公の親父の死に責任を感じた?

●質問者: neyorawa
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 書籍・音楽・映画
✍キーワード:エンディング 人生 国木田独歩 絶望 自殺
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 2/2件

▽最新の回答へ

1 ● aoikisha
●35ポイント

雨の陰鬱さ、救いのない状況、 どうにもこうにもやる方なくなくなって自分から倒れた。(そして、崖下の線路に転がり落ちた)。行き場を失ってとうとう死を選んだというように読めます。2に近いとは思うのですが、自殺者は論理性を持たないように思うのです。文字通り「どうにもこうにもやりきれな」くなって倒れた。土手になっているところで「倒れた」ことから死を覚悟したのだろうと思います。

この文末は、いわゆる神の手なんでしょうが、説明的だなあと感じました。

http://q.hatena.ne.jp/1251766279

◎質問者からの返答

わざわざ読んでいただいたんですね、すみません、ありがとうございます。ご意見ありがたく拝読しました。


2 ● pipi33
●35ポイント

作品解説のページがありました。

http://www2.toyo.ac.jp/~ishidah/resume/20040610.html

以下そのホームページから抜粋

そして文公を死に追い詰めたもの、それは決して仲間の親切の不足ではなく、

善意や連帯感の限界を超えて存在する、社会の不合理というものが浮かび上がってこないだろうか。

つまり独歩はこの作品を通して明治という社会に暗黙の抗議を突きつけているのではないか。

実際私も読んでみましたが、1と2の間位が近いかなとは思いますが、自殺ってほど自分の意思があったかは疑問ですね。

蟹工船にしても、この小説にしても、今を生きる若者に読ませたいとかって、大学教授が選んできそうですね。

◎質問者からの返答

とても参考になります。ありがとうございます。明治の時代背景をすこし調べてみます。

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