人力検索はてな
モバイル版を表示しています。PC版はこちら
i-mobile

【ドストエフスキー】「地下室の手記」「貧しきひとびと」、どちらも主人公はかなり貧しい生活をしているにもかかわらず、「召使い」を抱えています。このころのロシアでは召使いとはどういう存在だったんでしょうか。貧しい人よりさらに貧しい人? で、雇い主のほうにしても、貧しいにもかかわらず召し抱えていたってことは、召使いがいないというのは相当になにかまずい、恥ずかしい状態だったってことですか? まとまらない質問ですが、なにとぞよろしくお願いします

●質問者: neyorawa
●カテゴリ:芸術・文化・歴史 書籍・音楽・映画
✍キーワード:まら ドストエフスキー ロシア 召使い 地下室の手記
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 4/4件

▽最新の回答へ

1 ● 83
●23ポイント

地下室の手記の場合それなりに小銭を持ってた記憶がありますが、

召使といっても日本でも昔は女中とかもあったり、

平均以上の家庭だと雇ってたりしてましたよね。

昔は人の賃金の単価が安かったというのもあるでしょうし、

雇われるほうも今でいうパートに近い物だと想像します。

安い賃金で雇われている場合は下層階級者の仕事先の一つでしょう。

召使が居ないと恥ずかしいというよりも居ないと独り身では生活できないというのが本当のところでは。

今は家事にそれ程時間を取られませんが、昔は大変だろうから。

wiki

召使

◎質問者からの返答

ありがとうございます。


2 ● goog20090901
●23ポイント

Q.『貧しき人びと』を書いた時のドストエフスキーの経済状態は、どのようなものだったのでしょうか?

A.19歳の頃で作家になると宣言していた時です。父から小遣いを貰っていたらしいが、余裕はなかった。

(* 処女作『貧しき人びと』を書いたのは23才であり、父親は既に死亡しているので、私の聞き間違えだったかも?) 作家というのは余りいい商売にはなりません。トルストイは趣味で書いていた面があるが、ドストエフスキーは職業としていた。当時彼の本を出版することは恐がられていた(業界に?)。社会に受け容れられる作品か、反発されるかという点で。曽祖父はお金が手に入ると、時に無駄に使ってしまうことがあった。落としたり燃やしたり。(燃やす…そんなエピソードがあったのだろうか?笑。『白痴』のナスターシャみたい。) 1月にぶどうをいっぱい買って食べ尽くしたという話を聞いている。

http://www.geocities.jp/honnomado/domitory-waseda.html

◎質問者からの返答

ありがとうございます。


3 ● hong7
●22ポイント

農奴ではないでしょうか。http://hatena

◎質問者からの返答

最初「かな」とも思ったんですが、だとすると農奴ってのはどういう存在だったんでしょうか。主人公は農地を持っている感じではなかったですし。


4 ● Hyperion64
●22ポイント

ヒングリーの「19世紀ロシアの作家と社会」によると都市居住者の40%は

地方から流入した農民だったそうです。

「貧しきひとびと」は下級官吏を主人公にしてますが、官吏であるからには

使用人がいなければ所帯がなりたたなかったでしょうし、

さらに浮浪層となった農民を使用人として雇う余裕はあったと思います。


19世紀ロシアの作家と社会 (1971年) (世界大学選書)

19世紀ロシアの作家と社会 (1971年) (世界大学選書)

  • 作者: R.ヒングリー
  • 出版社/メーカー: 平凡社
  • メディア: ?

◎質問者からの返答

ありがとうございます

関連質問


●質問をもっと探す●



0.人力検索はてなトップ
8.このページを友達に紹介
9.このページの先頭へ
対応機種一覧
お問い合わせ
ヘルプ/お知らせ
ログイン
無料ユーザー登録
はてなトップ