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天丼の発祥を調べようと思います。

『天丼 発祥』で検索してみます。

ここがヒットします。
http://homepage2.nifty.com/GANSO_hirokun/backnumber/211.html

仲野と橋善は閉店してます。

「大黒家」を思いつきます。創業は明治20年(1887年)です。
http://www.tempura.co.jp/

これより創業が早い、もしくは同じくらいの天ぷら・天丼屋さんを探します。

はてなに質問出します。←今ここ


というわけで明治20年くらいに創業の天ぷら・天丼屋さんを教えて下さい。出来れば関東で。

●質問者: ryota11
●カテゴリ:グルメ・料理 芸術・文化・歴史
✍キーワード:1887年 はてな 大黒 天ぷら 天丼
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 5/5件

▽最新の回答へ

1 ● wacm
●20ポイント

天保八(1830)年創業・出店の

浅草・三定さんはいかがでしょうか?

http://www.tempura-sansada.co.jp/tenpo.htm

明治20年くらいに創業の

とありますが、

これ(明治20年(1887年))より創業が早い

と書いてあるので、条件に合っているのか不安です。

◎質問者からの返答

いえ、非常に良いです。

これより早ければ最高ですし、同じくらいでも全く構いません。

ありがとうございます。


というか、ここが創業当時から天丼やっていれば、橋善よりも早いですね。


2 ● meefla
●20ポイント

土手の伊勢屋

土手の伊勢屋 三ノ輪(東京23区その他) - Yahoo!グルメ によれば、「創業は明治22年。当時2銭だった天丼の値段は上がったが」ですので、創業時から天丼がメニューにあったと思われます。

◎質問者からの返答

いいですね、ありがとうございます。


3 ● goog20090901
●20ポイント

因みに、今日の様な天プラの商売としての始まりは、安永年間(1772・81)の初めに屋台店からと言われています。(喜多村庭1830)

http://www.tenpura.gr.jp/tempra/tempra.html

◎質問者からの返答

昭和22年創業とか、足元にも及ばないんですが。


4 ● nicedayhiro
●20ポイント

青梅にある天ぷらの「天徳」は明治10年(1877年)の創業です。

こんなんでいいのかな??

http://r.tabelog.com/tokyo/A1330/A133003/13024589/

◎質問者からの返答

ありがとうございます!


5 ● nozomi_private
●20ポイント

浅草の中清さんというところが明治三年(1870)に店を構えたようです。

http://www.asakusa-umai.ne.jp/umai/nakasei.html

幕末の頃、初代中川鐡蔵が駿河より出て、広小路通りに屋台を出したのが初まりで、明治3年浅草公会堂前に店を構え現在に至っております

いろいろ見ましたが・・・質問者様が

というか、それ以外は個人のレベルでご飯にかけたとかかけないとかの話になりそうなので、探し出すのが無理です。

とおっしゃっている通りだと思います。


天ぷらがいつごろからできたかというのは、17世紀、魚河岸が江戸にでき、魚介類の揚げ物をその場で揚げる屋台ができ、江戸中期に衣を付けてあげる天ぷらが安永年間(1772?1780年)に流行したのが今で言う江戸前天ぷらの起こりのようで、

http://www2u.biglobe.ne.jp/%257egln/55/5503/550302.htm

料理としては寛延元(1748)年に『料理歌仙の組糸』という本の中で現代の天ぷらに相当する料理法が紹介されているそうです。

http://rnavi.ndl.go.jp/kaleido/entry/jousetsu145.php#02

(『蜘蛛の糸巻(くものいとまき)』(1846刊)に、上方から来た男が天ぷらを始めたという説が載っていますが、これはいろいろな人が眉唾だろうと言っています。)

このころの天ぷらは串揚げで、屋台で立ち食いするものだったようです。

http://www.kabuki-za.com/syoku/2/no19.html

http://www.kabuki-za.com/syoku/2/no18.html

では天丼はいつから、ということですが、「江戸の夕栄」には天ぷらは「飯付き」で24文からせいぜい48文ぐらい、とあるので、飯付き天ぷらを出す店は少なくとも幕末にはありふれていたと言えます。これが天丼の起こりと言えば起こりかもしれません。

http://www.aru.u-tokyo.ac.jp/nenpou3.pdf

上記の資料では「丼」そのものが江戸期には今の丼と違う使われ方をしていたので、いわゆる丼に飯と天ぷらが一緒に盛られて出される「天丼」が登場するのは明治になってからではないか、と言っています。

どこを区切りにするか、ですが、「江戸の夕栄」の記述を見る限り、天ぷら+飯の組み合わせは別に目新しいものではなく、多くの屋台ですでになされていたものなのでは、と思います。

それを始めたのが誰なのか、どこの屋台なのか、それは質問者様がおっしゃるように、正確にはわからないのではないか、という気がします。

こちらの資料にも

http://www.uotakesushi.co.jp/edosyokubunka1.htm

喜多村均庭の記録によると、寛政末(1800ころ)に日本橋の屋台店の吉兵衛が庶民向けの天麩羅を考案し、成功を収めたという。川柳にも、

◆吉兵衛は天麩羅で名を挙げた店

と詠まれて、この句が発刊された天保4年(1833)頃に、吉兵衛という天麩羅屋があったと推測される。

とありますが、こちらの吉兵衛さんが初めて天ぷらを始めたというわけでは、他の記述を見る限りもちろんないでしょうし、天丼をやっていたかもわかりません。

今残っている天ぷら屋さんで天丼をやっているところはあるでしょうが、どれが最古の天丼(天ぷら飯)かどうか、また、いつ始めたか(店を構えてからか、屋台の時代からか)は、確認するのは非常に難しいのでは、と思います。実際に最初に丼に飯を入れて天ぷらを乗せて天丼と名づけて売った、というところがあればそれだと思うのですが。


中清さんの名前はこちらから(大正から昭和にかけての宣伝だそうです)。質問者様がお探しになった大黒屋さん、橋善さんの名前も見えます。

http://rnavi.ndl.go.jp/kaleido/img/J145_img07.jpg

http://rnavi.ndl.go.jp/kaleido/img/J145_img06.jpg

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