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【イエはてな】“イエ・ルポ 2” #044

THEME:「コレだけは受け継ぎたい!未来にも残っていて欲しいイエ・モノ」を教えて下さい

「街を見渡せば、100通りの家族に100通りの家。家をのぞいてみれば、それぞれの暮らし振りが面白い!」と展開してきた“イエ・ルポ”の続編コーナーです。“イエ・ルポ 2”では、特にマチとイエ、人と家族のドラマやものがたりを語らっていきませんか?毎回のテーマに沿って、あなたのルポをご投稿下さいね!
豊かな暮らしを創っていく〈イエはてな〉のマインドで、みなさまのご参加をお待ちしています!


*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿下さいね!

「Welcome to イエはてな」
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080731

テーマ詳細とルポ例
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20091016

プレゼント変更ご案内
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080729


※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。ご回答頂く時にもご参考下さい。また投稿期間中はできるだけはてなスターのご利用を控えて頂けますようお願いいたします。
※質問は10月22日(木)正午で終了させて頂きます。

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●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:10月22日 theme あなた いね おすすめ
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 230/230件

▽最新の回答へ

[1]畳のお部屋 AYAKASHI

最近ではフローリングのみのお宅も増えていると思いますが、畳のお部屋は無くならないで欲しいと思います。

冬は暖かく、夏場は涼しい。

梅雨時などは、フローリングと違い、畳は素足であるいてもベタつきません。

畳って日本にあっているなぁとつくづく思います。


[2]>1inio

おちつきますからね。


[3]仏壇・神棚 inio

もう既にアパートやマンションでは、ないところも多くなっているかもしれませんが。自分のご先祖様や、八百万の神様など、心のどこかで敬う気持ちはなくなってほしくないなと思います。私自身、信仰心は無いほうですが、全く忘れてしまうのは悲しいことだと思います。


[4]>2sidewalk01

あの匂いが好きです。そのままゴロゴロできるところも癒されるし、何より雰囲気がいいですよね。


[5]>3 仏壇 sidewalk01

先祖や自分のルーツは大切にしたいですね。


[6]イエの四季 powdersnow

季節の移り変わりは、家の庭やベランダの植物の彩りを変えてくれます。

一年に一度の花や収穫を楽しみにしたり、四季それぞれ楽しめるように工夫をしたり……

四季折々に気候が違うことによって、さまざまな楽しみ方をさせてくれます。

また、四季が変えるのは、植物だけではありません。

自分たち人の服装、装いにも変化を与えますし、家の中の装いも大きく変化させます。

夏の扇風機、冬のコタツなど、家も四季によって装いを変えますよね。

植物だけではなく、人や家にも変化を与えてくれる四季。

地球の気候の変化などで、ずっと未来にどうなっているかわかりませんが……

美しい日本の四季は、永遠に残っていてほしいものだと思います。


[7]昔ながらの日本家屋 tibitora

縁側・畳・ふすまに障子に瓦屋根…そんな日本家屋が未来にも残っていてほしいです。

最近も縁側を取り入れたり、和室があって障子もあるお家が人気なのだと住宅展示場で案内をしてくれた担当の方が教えてくれました。

そんなお家も素敵でいいなあと・・・住んでみたいなあと思うのですが、一番体験してみたい・すんでみたいのは昔からの木や土壁で作られた日本家屋です。

縁側で日向ぼっこをしてみたり、庭に池があってみたり・・・雨戸があってみたり。

そんな日本家屋が未来にも残っていてくれるとうれしいです。


[8]床の間 kabatotto

我が家は余裕がなくてダメでしたが・・・

あこがれ、です。


[9]>7 日本家屋 sidewalk01

これは残してほしいですね。どこかで残っていると言うだけで安心します。


[10]こたつ sidewalk01

冬場に、コタツに入った時のあの癒される感じがたまりません!生活はドンドン欧米化していくのかもしれませんが、コタツは日本の誇れる暖房器具だと思います。コタツに入ってみかんを食べながら、TVをみる。これは毎年の定番です。


[11]>6 イエの四季 sidewalk01

植物を植えたり、窓を確保したり、しっかりと季節の変化を感じて生きたいですね。


[12]竹細工 powdersnow

すでに姿を消しつつあるものですが、竹で作られた家具や食器などは、これからも残ってほしいものだと思います。

竹という素材は、その形状や性質からさまざまなものが作られていますが、

最近では、観光地などで、お土産みたいに扱われている方が多い気がします。

ですが、普通に実用品として使うに適しているものだと思うんですよね。

竹の暖かみや色、味があってとても好きです。

箸や御猪口など、現在も愛用していますが、これからもその存在を残していってほしいです。


[13]>4kinnoji7

そうですね。フローリングマンションが増え続けるなかでやっぱり日本の風情でもある畳は未来にも残っていてほしいものですね。真新しい畳の香る部屋は新鮮でこころ落ちつきますし、畳部屋はオールシーズン対応できる部屋と言っても過言ではないでしょう。今の子どもたちにも畳の良さを多く知ってもらいたいと思いますね。私も畳を良さをもっと知りたいですね。


[14]>8 床の間 powdersnow

確かに近頃は、床の間がない家も多くありますね。

祖父母の家では、床の間に色々と立派な壷などが飾ってあって、子供の頃からあこがれでした。

もし自分の家を建てる機会があれば、拘った床の間をつくりたいものです。


[15]>13tibitora

畳のお部屋は落ち着きますよね^^

素足ですごせて寝そべってごろごろしてみたり、日向ぼっこをしたり。

これから寒くなってくるのでコタツを出そうと思っているのですが、こたつはやっぱり畳の和室がよく似合うと思います^^

畳によく似合うコタツにみかんに座布団…それに猫も(笑)

冬はいつもコタツを愛用しているのもあって畳も和室も大好きです^^

もちろん夏やほかの季節にも畳は過ごしやすいので自分の部屋、畳の部屋にいることが多いです^^


[16]>15adgt

あの手軽さが良い!


[17]>14 床の間 adgt

昔実家にはあったけれど、いまはアパート暮らしでないなぁ。


[18]ちゃぶ台 powdersnow

最近の食卓は、テーブルと椅子というケースがほとんどで、畳の上にちゃぶ台を置いて食事……なんて家はほとんど聞きませんね。

ですが、和風が好きな自分にとって、畳の上に座って食べる和食というのが、もっとも心が落ち着きます。

家族ばらばらの時間ではなく、一緒の時間に家族揃ってちゃぶ台を囲む、そんな家庭の風景は、ずっと残ってほしいと思います。

現在でも、田舎の方には残っていると思うのですが……


[19]>9 日本家屋 kinnoji7

日本家屋は日本の歴史を彩る一つとも言えるでしょう。そんな日本の和の象徴とも言える家屋は後世に伝え、守っていってもらいたいですよね。マンション住まいもいいですが、日本家屋もまだまだ捨てたものではありません。日本家屋こそ心の家だと私は言いたいですね。


[20]adgt

日本でもスプーンやフォークを使うことは増えてきたけれど、箸だけは無くなってほしくない。あの単純な棒2本だけで、多種多様な食べ物を掴み、口へ運べるのは凄いことだと思う。小さい子にもシッカリと箸の持ち方を教えてもらいたいです。


[21]>16powdersnow

和室はあまり人気がないと思っていましたが、割と畳が残ってほしいという意見が多いようですね。

きちんと正座ができる人が少なくなってきましたが、そういったマナーというか作法もきちんと受け継いでほしいものです。


[22]>18 ちゃぶ台 adgt

友人の家でみたけど、真ん丸くて「サザエさんだぁ」という感想だった。


[23]>10 こたつ adgt

冬場はコタツに限る。テーブル用のものもあったりで、形を変えて残っていきそう。


[24]>17 床の間 tibitora

私の実家にも床の間があります^^

子供のころはその床の間にはテレビが置いてありました。

なので子供のころは床の間(という言葉を知らなかったのですが)…「この凹みはテレビを置くところ」とばかり思っていました(笑)

育っていくうちに掛け軸や壷や生け花を置くところなのだとわかったときにはすこしびっくりしました^^;

多分兄弟もいて子供が小さいうちはテレビにぶつかったり落とすと危ないから、床の間の凹みにテレビを置いていたのかなあと思います。


[25]>24 床の間 kinnoji7

最近できた家では、床の間のある家庭が少なくなってきましたね。旅館にはよくありますが家庭となるとあまり見かけません。床の間も風情があっていいですよね。そこに掛けられている掛け軸や壷のある風景は次の世代にも残って欲しいと思いますね。


[26]京都や奈良の町屋 iijiman

以前にもいわしに書き込みましたが、町屋や、町屋の並んだ町並みは、何とも言えない味わいがあります。

木造だけにメンテナンスの苦労は大きいと思いますが、未来へと引き継いで欲しいなあと思います。


[27]>21Zelda

家にもありますけどやっぱりあぐらするなら畳みが断然落ち着きますよね。

それにフローリングだと冷たくて堅いけど畳みは適度な柔らかさだったり感じのいい手触り。

じかに床に触れるときにあらためて畳みの良さを感じます。


[28]>23 こたつ Zelda

こたつには人を引き付ける不思議なまりょくがありますよね。

あの何とも言えない気持ちいい感覚、つい夜中はうとうとしてしまいます。

こたつにミカンいいですよね。


[29]お城 teionsinonome

日本独自の建築物の極みとして、お城を残して欲しいです

お寺や神社も素晴らしいのですが、権力の象徴であるお城の存在感は別物だと思います

あんなに美しいものですから、ぜひずっと後世の人たちにも見て欲しいのです そして、そこで何が行われていたのかを想像してみて欲しいのです

国宝や文化財として手厚く保護されていてもいつか何かのきっかけでなくなってしまうのかもしれません

今私達が大和朝廷の場所で議論するように、何百年後の子孫がもしかしたら江戸の場所について議論するのかもしれませんね


[30]>26 補助も必要ですよね teionsinonome

京都の町屋は景観保護のために、勝手に建替えたりサッシを金属にしたり(こんなことまで!)しちゃいけないと聞いたことがあります。

住んでいる人にとっては住み心地や金銭面でかなり負担になっているんだとか。

確かに観光収入が多い街ですからこういった努力も必要だと思います。ですが、一方的に「町屋を保護しなさい!」と言うのであれば、そのための資金を出すなどの補助、援助もするべきだと思います。実際どのような政策がとられているのかは知らないのですが、どうか「負担」ではなく「共存」であって欲しいと願っています。


[31]手紙 Zelda

これもイエ・モノに含まれるかな?

今の時代、携帯電話やパソコンが普及してメールや電話ですませることが多くなったと思います。

わざわざ時間がかかる手紙で送らなくてもと思う人もいるかと思いますが、やはり手書きの文字には温かみがあります。

以前新聞の投稿欄で、手紙は情報だけでなく手書きの文字をみて相手の体調や気持ちまでが伝わってくるという事を読んで、ああそういうことまで手紙は伝えてくれるのかと改めて手紙のすごさがわかりました。

私も昔、祖父が送ってくれた手紙を大事にとっています。

今はもうなくなってしまってしまいましたが、当時の祖父の思いを読み返すたびに感じます。

コレだけは未来にも残っていて欲しいものです。


[32]>29 お城 kinnoji7

日本の象徴であるお城は未来にずっと残っていてほしいですね。あの独特な建造物は他国にはありません。歴史を感じ、そこからいろいろと学べるお城はいつまでもある続けてほしいと願っていますね。高層ビルや高層マンションが増えている世の中で日本の象徴であるお城はとても重要ですよね。


[33]>28 こたつ mandoto57

こたつはいいですね。

海外にはあまりないものです。

こたつ残していって欲しい。


[34]鉄瓶と茶の文化 TomCat

私は東京生まれ、東京育ちですが、なぜか鉄瓶だけは「京鉄瓶」が好きなんです。

鉄瓶は大きく分けて、南部鉄瓶と京瓶など関西系に分かれます。南部鉄瓶は本体と共に蓋も鉄製で、蓋のツマミ部分も一体鋳造されています。

これに対して京瓶などの関西系は主に蓋が銅で出来ていて、凝った物になると銀などによる金工象嵌が施されている物もあります。蓋のツマミ部分も銅板を加工して作られたいわゆる梅つまみ。さらに底には「鳴り金」という、その名のごとく沸騰すると軽やかな音を立てる細工も施されていたりします。

この「鳴り金」は、まさに岡倉天心が「茶の本」の中で茶釜が歌うと表現した、その仕掛けと同一です。天心はその音色を、水煙に覆われた滝の音や、遠くに聞こえる岩問に砕ける海の波音、竹林に吹く風と雨音、さらには丘に立つ桧が奏でるの颯々とした音色にもたとえています。

このように、京瓶などの関西系鉄瓶の特徴は、茶道の茶釜に通じる物なんですね。日常使いの湯沸かし道具にも茶の道の風情を楽しんでいく。そんな雅な心が込められた道具が、京都の鉄瓶なんです。

私はこの京瓶が大好きです。私が手に入れられる物は、保存状態が悪い鉄屑寸前の物がせいぜいですが、それを丁寧に手入れして再生します。「鳴り金」の細工は底に鉄片を漆で貼り付けた構造ですから、保存状態が悪い物はほぼ例外なく剥がれ落ちていますが、それはこれから長くその鉄瓶を愛用していくことで再生します。

「鳴り金」のそもそもは、長年にわたって付着していった水の中のミネラル分。それが化学実験の時にビーカーに投入する沸騰石と同じように、底から立ち上る水蒸気の泡を細かくしてくれるんです。すると、ボコボコという無粋な沸騰音が抑えられて、可愛い音がするわけですよね。それを模して作られた仕掛けが「鳴り金」ですから、私は人工的な細工ではなく、使い込んで行くことで生まれる自然の「鳴り金」の生成を目指します。

湯を沸かすだけの道具ではない。湯を沸かすという日常的な作業の中に、豊かな風情を楽しむ雅の心と、禅にも通じる侘び寂が同居する。こんな豊かな精神文化が日本にはあったんです。

鉄瓶という道具を受け継いでいくことで、そうした文化と日本の心も受け継いでいく。鉄瓶で湧かすお湯は、茶釜で沸かすお湯と同じまろやかさがありますから、これでお茶を淹れると本当に美味しいですよ。本当に旨いお茶を飲みたかったら、水だけでなく、湧かす道具にも凝ってみてください。わが家だけでなく、日本中で受け継いでいってもらいたい道具、それが鉄瓶です。


[35]お気に入りの「LPレコード」「EPレコード」 VEGALEON

私は音楽が大好きで「アナログレコード」や「カセットテープ」の時代から集めていました。

今でも生まれて最初に買った「LPレコード」「EPレコード」は大切に持っています。

「LPレコード」は、Billy Joel(ビリー・ジョエル)とLee Ritenour(リー・リトナー)で、

「EPレコード」は、Peter Frampton(ピーター・フランプトン)でいずれも30年近く前の作品です。

やがて時代は「CD」や「MD」に移行して、私も同じタイトルを買い換えました。

丁度その頃、アナログプレーヤーも故障して「アナログレコード」の大半は捨て値同然で買い取ってもらいました。

しかし、生まれて最初に買ったレコードや特にお気に入りのレコードは残してあります。

もちろん今はアナログプレーヤーが手元にありませんから聴けません。

しかし、いずれアナログプレーヤーを買って聴き直したいと思っています。

30cm角の「紙ジャケット」が「CD」の小さなジャケットより芸術品なのです。

あのレコードに針をおろす瞬間が懐かしいのです。

静電気の雑音には苦労しましたけどね。


[36]円窓 teionsinonome

お寺やお茶室にある丸い窓。吉野窓とも言うそうです。

明り取りというよりは、季節ごとにお庭の様子を切り取る額縁の役目の方が大きいですよね。古人の美意識の高さにため息が出ます。

しかし、四角い窓の方が合理的だからか、はたまた円窓が似合う風景が現代の家屋にはないからか、旅行先でもないと滅多にお目にかかれませんよね。まあ、非日常にこそ似合うものなのかもしれませんが。

円窓と切り取られる景色、それからそれを美しいと思う日本人の美意識、3つセットで残したいです。


[37]>33 こたつ rsc96074

冬にこたつに入っていると気持ち良すぎてそのまま眠ってしまうことがよくあります。(^_^;


[38]>27fumie15

落ちつきますよね。日本人だからでしょうか?


[39]漬物桶 fumie15

祖母は料亭の娘で料理が上手でした。

そのなかでも白菜の漬物は絶品でご飯が何杯でもいけました。

残念ながら祖母は15年前に亡くなり、その味は母に受け継がれました。

ホームセンターなどで大きな漬物桶を見かけると祖母のことを思い出します。


[40]>25 床の間 fumie15

物置になっています。なんとか片付けたいのですが・・・。


[41]>11 イエの四季 fumie15

父が定年してからどんどん庭が整備されてきました。

朝顔やミニトマトなど庭の四季を楽しんでいます。


[42]>20jozetora

箸の文化は消えてほしくないですね。


[43]>19 そうはいうけれど fumie15

このツリーの人が人ごとなのが気になります。

私は幼いころかやぶきの家に住んでいましたが、隙間風がビュービューで寒く、床は冷たく、窓枠に雪が積もりとても暮らしにくかったです。


暮らしにくい日本家屋の維持は他人に任せっぱなしで自分たちは快適な家で暮らそうというのは虫がよすぎやしませんか?


[44]>37 こたつ jozetora

ついウトウトして、気付くと汗だく、喉カラカラというのが夕方のパターンですね。


[45]起立・礼・着席 meizhizi87

高校までは、授業の始まりと終わりに、必ず全員で起立・礼・着席をしました。大学になるとそれもなくなるのですが、せめて高校までは残しておきたいと思います。礼儀も自ずと身につくと思うからです。


[46]>44 こたつ meizhizi87

大好きです。こたつで家族団らんもいいですね。ぜひ残したいです。


[47]いろり mekishiko

よく「ダンを囲む」とか「ダンをとる」って、言いますが、

いろりは「暖」「談」「団」を育むもののような気がします。

それに、おなべ、焼き魚、あつかん・・・が、

目の前でできるっていうのも、

本当に風情ありますよね。

炭火の温かさ、想像するだけで、

なんだかあたたかくなってきます。

熱燗晩酌しながら、

酒のさかなが目の前で焼ける様も

日本の文化そのものですね。

いろりがある家はもう少ないのでしょうけど、

やっぱり残ってほしいです。


[48]鉛筆 meizhizi87

最近は、シャープペンシルを使うことがほとんどで、鉛筆を使うことがめっきりと少なくなりましたが、以前勉強して小さくなった鉛筆を残して置いたとき、こんなに頑張ったんだと形に残ったので記憶に残りました。小さくなるまで使うことによって、物を大切にしようと思うようになりました。


[49]>42kinnoji7

大切なぶんかですね。箸を正しく使えない人が多くなってますね。スプーンやフォークを使って食べるのも便利でいいのですが、やっぱりその食事にあった道具を使って食べてほしい物です。日本の大切な文化はいつまでも続いてほしいですね。


[50]ハンドメイドの革の財布 lepremierpas

今年購入した財布なのですが、革の財布を購入しました。

それも完全ハンドメイドで出来ている革の財布です。

これを購入すると決めたのには大きな理由があります。

それはいたってシンプルであり重要な理由。

”長く使いたい。愛着を持ちたい”

この理由でした。

今までは、流行りの財布・ブランド。そういうのにこだわってばかりいました。

流行が終われば興味が無くなっていくような寂しい話です。

そんな最中にネットで色々探していると、完全に手作りで作られているハンドメイドの皮製品のお店を見つけました。

そしてそこで一目ぼれしたのが今の財布です。

既製品とは違う愛着を覚えました。

革だからこそですが、手にしっかりと馴染み、使えば使うほど味わい深く革が柔らかくなっていきます。

自分の使う使い方によって、その変化は十色であり、とても気に入ってしまいました。

どこかヴィンテージを感じ、アンティークを感じさせる財布。

友達にもとても可愛いねといつも褒められます。

褒められているのは財布ですが、自分まで嬉しくなります(*^_^*)

職人たちが一つ一つ丁寧に愛情をこめて作ったのを財布から感じるのです。

なぜなら、その財布はネットでも購入できますが、私はそのお店まで足を運んで購入したのです。

作っている人の素顔を見てみたいという気持ち。

そのお店の空気感にも触れてみたいという気持ち。

これから長く愛用するものだからこそ、作りだした人に合ってみたいという気持ちからでした。

そしてやっぱりと言わんばかりに素敵なお店だったのです。

お店の方は凄く親切で初めて出会った私に優しく色んなお話をしてくださいました。

一つ一つ触らせて頂き、味が出てくるとこんな風になるんだよというように、既に店員さんが愛用されている財布を触らせて貰いました。

そこには使用者の何とも言えない歴史と重みを感じる味わいが財布から滲みでていたのです。

財布はいつも身につけているものだからこそ、そこには魂が宿っているかのような感覚になるんです。

もう、ここのお財布を購入できることに幸せを感じてしまうほどでした。

手作りで作られたものの温かさは言葉には表せません。

そしてそれを作りだした人の笑顔と優しさと空気感。

これらが財布に全てこめられ居るのです。

私はこの大事な財布をずっとずっと使い続けます。

使い続けたいのです。

なぜならこの財布に触れた時、とっても幸せな気持ちになれるからです(*^_^*)


[51]原爆ドーム to-ching

何とか広島、長崎を訪れる機会がありましたが。これは、是非残して頂きたい・・・。広島球場(今は違うでしょう)も目の前あって、球場から垣間見える芝生の緑と、ドームの無機質なコントラストが印象に残っています。修学旅行は一回は広島・長崎にして頂きたいと思います。


[52]>45 ですね? to-ching

何時からでしょう・・・これが出来なくなった日本人が増えたのは?


[53]>48 今は to-ching

鉛筆をナイフで削ることが無い、又はやった事がない学生が沢山!手は不器用になるし、物は大切にしない・・・あぁ、こんなことぼやくと嫌われる


[54]>47 自在鍵 to-ching

って言葉も死語でしょうか・・・


[55]>22 自虐の詩 to-ching

あのようにやって見たいです!


[56]>31 手紙はいつまでも存在してほしい atomatom

2日前に書いたところです、手紙。

実は当方のしでかした失敗を謝る謝罪の手紙だったのですが、メールでは代用できない意味があると思うのです。

実際には謝罪に現場に赴きました。

しかし担当の方がおいででなく、こちらもアポを取るのもどうかと思いいきなりお邪魔したので仕方なかったのですが、なにせお詫びの訪問ですから、そこで手紙によるお詫びと相成りました。

電話やメールでももちろん意図は伝わるでしょう。

しかし手紙の文面から、あるいは意匠から伝わる言外のメッセージ、そういうものこそ我々日本人が大切にしてきたものなのですよね。

手紙のやり取りはいつまでも受け継ぎたい文化です。


[57]>40 床の間 atomatom

団地住まいのうちにはありませんが、小料理屋などに行った際には気になります、床の間。それから着席すべき位置。

床の間を背負う位置が一番目上の人、床の間から遠い、すなわち出入り口に近いところが末席、というような仕来りですよね。

こういう文化、どうでもいいようにも思えるのですが、いえいえ、これにもちゃんとよいところがあるのだと思います。

床の間を背負う人にはそれなりの責任感が芽生え、末席の人にも「いつかはきっと床の間近くに」といういい意味での野心が生まれるはずなんです。

また、床の間を床の間であらしめる掛け軸、書画や花、花器、そういうものも含めた日本の残すべき文化を大事に受け継ぎたいと思います。


[58]>49 箸の危うさがいいですね。 shig55

箸を使って食事をするとき、片手に箸を持ち、もう一方の手で器を持っていますね。多くの場合はご飯茶碗を持ち、箸に添えるようにしています。箸でおかずなどを掴むとき、落としてしまいそうなのを茶碗で受けているのです。箸でものを掴むというのは、いつも危うさを伴っています。日本の棒で掴むわけですから、しっかり落とさないように掴むことは難しいことです。ですから、受け皿を用意して落としてもいいようにしているのだと思います。

この危うさこそ、私たち日本人が培ってきた文化だと思います。がっちりと固めてしまうのではなく、あやふやな中でもそれをカバーすることでしっかり目的を果たすことができる。奥行きをもって物事に対する心構えです。

フォークでぶすりと刺して、またはスプーンでしっかりとすくって食事をするのではなく、一つ一つの食材を確認しながら、また、刺身のようにその弾力を確かめ、適度に醤油が付くように微妙な調整をしながら、またある時にはお茶漬けをさらさらと口の中に掻き込む、箸という単純でさまざまな使い方ができる文化を大事にしたいと思います。


[59]昔からある遊び道具 k-y_w

かるたやすごろく、竹馬など、昔からある遊び道具は未来に受け継いでほしい


[60]>59 昔の遊び meizhizi87

竹馬大好きでした。父に作ってもらい、よく遊んでいました。小学生の時、昔の遊び倶楽部に入っていたので、竹馬に乗ったり凧を作ったりしました。


[61]>56 手紙 k-y_w

そうですね。

今はインターネットや携帯が普及して手紙を使う機会はあまりないですが、

手紙って良いですよね?


[62]>32 お城 meizhizi87

お城は権力の象徴だったのでしょうね。雄大さに圧倒されます。お城から眺める景色も最高に綺麗です。ぜひ残していきたいです。


[63]>38theresia57

い草の香りがまた良いですよね。


[64]>38k-y_w

畳にゴロン! と、あれ気持ちいいですよね?

最近は寒くてできないけど…


[65]各地方の恒例行事 k-y_w

「恒例」ってこうで良かったかな?

例として「祇園祭り」など、長年やってきた行事、お祭りはこれからも受け継いでほしい


[66]>46 こたつ theresia57

こたつにみかんが冬の定番ですね。

あったかいうどんなんかがあればもう言うことなしですね。


[67]>61 手紙 theresia57

いまや伝達事項はほとんどが携帯やパソコンのメールになっていますね。

改まって筆をしたためるなんてことは、もうほとんどなくなったのではないでしょうか。

でもたまに、デザインの綺麗な便箋などを見ると、誰かに手紙を送りたくなりますね。


[68]>62 お城 theresia57

近くに寄ってみると、こんなに大きかったのかとその雄大さを感じます。

中に入ると、堅牢なつくりに驚かされます。

ぜひ未来に残していきたいですね。


[69]>58Rytandrezone

箸の文化はいいです。

手だとか、スプーンは食べていて味気ない気がして。


[70]>65 行事祭 eiyan

1年中の行事に祭りは欠かせませんね。

どんなに小さな集落でもその独特の祭りはありますね。

伝統行事として残るもの消滅していくものと色々ありますね。


[71]>12eiyan

竹細工の材料竹は日本独特のものですね。

繊細で強弱がある。

色んな形に変身させる事が出来る竹は貴重ですね。


[72]>35 レコード盤 eiyan

レコード盤は早くも骨董品もの。

CD,MD,DVD大流行の現代でもレコード盤程親しめるものはない。

あの重さ、色、接触感。

他にはないですね。


[73]>36 円窓 eiyan

円窓は日本独特のもの。

円は強さ装飾見慣れ何でもこなす。

見た目にも良いですね。


[74]>39 漬物桶 eiyan

最近はプラスチック桶が大流行。

木枠の桶は貴重品。

使えば使う程重厚になる木枠桶を大切に。


[75]和式トイレ gonzu

最近家ではあんまりないのがさびしいですね

駅とか公共のトイレだとあるんですがなくなって欲しくないです


[76]手作業 ttz

完全ロボット化時代なんてものが来るのか分かりませんが、そうなると人間の役割があるのかどうか。やっぱり自分を必要としてくれる「何か」は必要です。


[77]一家団らん ttz

隣近所はもとより、家族ですら分裂が進んでいます。長い歴史の中でも、ここ数十年で一気に加速しているのではないでしょうか?もうあと数十年後にはどうなっているんだろう。家族分裂にいいことは何も無いような気がします。


[78]観光地。歴史的建造物。 ttz

全体的に都会化が進んでいると思いますが、ビルが立ち並ぶ風景はどこも大して変わらないと思います。少なくとも今残されている歴史的建造物などはこれからも出来るだけ保存して欲しいと思います。


[79]童謡。 ttz

子供のころに聞いた童謡は、ある程度の年齢になってからしばらくの間、耳にしなくなっていました。でも、周りに子供が出来てきて、また自然と童謡が聴こえてくるようになりました。アレンジが入ったりしているものの、いい曲・音楽はいつまでも続いて欲しいなと思いますね。


[80]日本。 ttz

世界平和が続く限り、在り続けるでしょう。海外諸国の今後の動向などについていろんな憶測を聞く事がありますが。。。我が日本は永久に不滅。


[81]>58 自己レスです。誤変換してしまいました。 shig55

日本の棒で掴む=>二本の棒で掴む です。

お恥ずかしい、誤変換です。


[82]年賀状と暑中見舞い nakki1342

最近は、電子メールでのカードで済ませる場合や

書かない事も多いけれど

めったにあえない知り合いとかに

手書きの一言メッセージをそえて送る

気軽なメッセージ。

無くならないで欲しいなと思います


[83]>73 強さは思い浮かびませんでした! teionsinonome

そうか! そうですね 円とかアーチって力を均等に分散させるんですよね そういう点でも理にかなったものだったんですね? 文系脳なのでチラリとも思い浮かびませんでした・・・


[84]>34 鉄瓶生活の復活を! gallerybaaba

いつも博識をその折々のテーマにそって、ご披露してくださるTomCatさんのメッセージ。

「京鉄瓶」,「鳴り金」のこと、大変興味深く読ませていただきました。勉強になりました。


長火鉢で鉄瓶のお湯が沸く、なんとも心が温かくなる音を聞きながら、祖母の手作りのお茶を飲んでいた幼き頃のことが思い出されました。今でも、幼心にも美味しかったその味が忘れられません。


暮らしそのもののスタイルが変わった現在、あえて求めるスタイルになってしまったようですね。今では、“癒し”は買う時代。昔は、普段の生活の中に、知らず知らず癒されていたことがたくさんありますね。

な・つ・か・し・い・・・。そして、「鉄瓶」復活を!!


[85]>82 暑中見舞い lepremierpas

これは特に減りましたよね。

寂しいと思っています。

一年に一度の年賀状だけでは寂しいから、せめて夏の中にもお便りを交換したいですね。

お便りだけの関係でも大事にしたいんです


[86]>67 手紙 lepremierpas

パソコンでのデジタルな文字では寂しい。

直筆でかわしあう会話ほど嬉しいものはないです。

最近友人から手紙が来て、住んでいる場所は凄く近いのに、すっごく嬉しい気持ちになりましたよ(*^_^*)


[87]>66 こたつ lepremierpas

日本だけのものなのかなぁ。

こたつって大好きです。

寒い日に皆で寄り添うような感じで、温まっていくときにすっごく心がホっとします。


[88]>87 こたつ twillco

そうですね。

こだつであったまって家族団欒というのがなくなっては悲しいですね。


[89]>86 手紙 twillco

手紙のやりとりは素敵ですよね。

最近はPCばかりで伝えてしまうので手書きって、暖かい感じがするし

表現もうまく伝えられるのでスキです。


[90]>69twillco

イタリアンなど食べに行っても、ついお箸が用意されているとお箸を使って食べてしまいます。

最近はエコのためにマイ箸を持参する人が増えましたよね。

私も外食したときには必ず持っていきます。


[91]>63twillco

香りがいいですよね。

とっても癒されます。

畳の上でゴロゴロしていると、落ち着きますね。


[92]着物 twillco

今は結婚式でも着物を着たりする人が減ってきていますが

着物は海外でも通用する素晴らしい日本の文化ですよね。

彩り素晴らしい華やかな着物はぜひとも残していきたい文化です。

成人式では、よく母親が着ていたものをそのまま来ている女の子もよく見受けられますし

何年経っても変わらず着ていられるので、1着持っているだけでも価値ありますよね。


[93]>91bg5551

香りがいいですね。

昼寝にはサイコーです。


[94]>72 レーコード bg5551

今でも愛用してます。

情緒あっていいですよね。


[95]>88 こたつにみかんに猫 tibitora

こたつ、なくならずに残っていてほしいですよね^^

うちの冬の暖房器具といったらコタツです。

こたつであたたまりながらゆっくり読書や趣味のことをしたり、猫も一緒に入ってあたたまったり。

電気をつけていなくても、中にペットボトルにお湯を入れた湯たんぽを入れておくだけでもあたたかくなるので人間がいないときに猫用に暖めておくには電気を使わないので安全でいいですよ^^


[96]>92 和服や浴衣 tibitora

着物を着た人を見かけるのはお正月が多いかなと思います。

女の人のきれいな着物姿や男の人のりりしい着物姿は素敵で残して生きたい文化ですよね。

私は着物を着たことがないので1度着てみたいなと思います。

今年の夏祭りで浴衣を着ている子供を見かけたのですがとてもかわいかったです^^

着物も浴衣もいろいろな色や模様があってみていても楽しいですよね。

犬用の和服やはっぴもあって、日本犬が着るととてもりりしいんですよ(笑)

http://item.rakuten.co.jp/haimuraya/10002502/


[97]家柄(血筋、家紋) t-saitou

先祖代々、受け継いできた〇〇家の人間として誇りを持って生きていきたい。


[98]>95 こたつ linne

こたつの快適性は最高です!

快適過ぎて一度入るともう出たくなくなってしまうほど……。

どんなに温暖化しても、こたつには残って欲しいですね。


[99]>90theresia57

最近はマイ箸だけでなく、ユア箸を持参する人もいるそうです。

連れのみんなに箸を配るんですね。

とてもエコです。


[100]>96 浴衣 jozetora

残したいですね。


[101]匠の技 t-saitou

どんなコンピュータを使っても実現出来ない匠の技が沢山あります。これは長年にわたる修行による、神業と言っても過言ではないでしょう。こういった伝統の技が今、継承者不足の問題で悩んでいるそうです。なんとか解決したいものです。


[102]ピアノ atomatom

実家にアップライトのピアノがあります。

ぼくの妹のために両親が買ったもの。

ピアノがうちに運び込まれた日のことはよく覚えています。

あれからもう30年も経って、今では部屋のインテリアと化しているピアノですが、それでも正月や両親の誕生日パーティーなどで妹、弟がそれぞれの子供を連れて集まってくるときには大活躍するんです。

なんといってもまずは子供が「ピアノのフタを開けて」とおねだりを始めます。

「猫踏んじゃった」を教わりながら鍵盤をたどたどしく叩いていきます。

子供が弾きはじめたのに、いつのまにか妹が昔取った杵柄で本格的に大人向けのショパンだかなんだかを弾きます。

そのころには酒に酔った父親が「おれの歌える曲を弾いてくれ」とリクエストが入り、演歌の伴奏が始まります。

子供らが「いつになったら猫踏んじゃったの続きを教えてもらえるんだよぉ」とすねたり、母親までもが「次は私の歌う曲を」と台所から出てきたり。

年に数回しか出番のないピアノですが、こうやって親から子供、子供から孫へと受け継がれていく予定です。


[103]そろばん atomatom

子供のころ、そろばんを習っていました。

そろばん塾に通う子供はたいてい塾で新しいそろばんを購入するんですが、ぼくはどういうわけか新しいものは買ってもらえず、イエにあった古いそろばんを使っていました。

古いといってもさすがに5つ玉のものではなく、4つ玉の、ただ木でできていて、ほかの子供たちが買ったプラスティック製の軽いきれいなものではなかったのです。

外側の枠は釘で止めてあって、そりゃ、今のぼくならば味があっていい品物だって思うんですが、当時は辛かったなあ、うちが貧乏で新しいのを買ってもらえないのかって思ってましたから。

そろばんを振ってカシャカシャと音を鳴らすのが流行ったんですが、ぼくのだけみんなのと音が違うっていうのもイヤでした。

今ではそろばんを使う機会はめっきり減りましたが、ちゃんと作られたものですからまだまだ使えるものです。

今度実家に行ったら探し出して、そのそろばんを使ってくれる人も探し出して、現役復帰させてやろうと思います。


ぼく自身も経験がありますが、そろばんを使って計算をしているところを外国の人に見せると、百発百中で受けます。驚いてくれます。その気持ちのいいことって言ったら。

子供にそろばんを学ばせる文化自体も受け継いでいきたいですね。


[104]生け垣 pir

最近はプライバシーとかいって高い壁で囲ったりする家が増えてなんだか怖い。生け垣なら威圧感なく、周囲にとっても気持ちいいのに。


[105]>100 着物や浴衣 lepremierpas

女性だけではなく男性の着る浴衣姿というのも美しいと思うんです。

花火大会などでは男性が浴衣を着ている場面によく遭遇します。

これが実にいいといつも思います。

男の魅力が最大限に出される感じでこれこそ男らしさというものではないかと思うほどです


[106]文部省「あたらしい憲法のはなし」 Fuel

親戚が集まった時、君、社会問題にも関心があるだろうと手渡された古い小冊子です。憲法公布の年(1947年)の夏に作られた、新制中学1年生用の社会科の教科書でした。

著作権の保護期間が過ぎているため、内容はネットでも読めます。まずは一読してみてください。

http://www.aozora.gr.jp/cards/001128/files/43037_15804.html

どうですか。

・国際平和主義と民主主義は大変深い関係がある、

・日本は一切の戦争をするためのものを持たないと決めたが心細く思う必要はない、世の中に正しいことほど強いものはない、

といったことが力強く述べられています。これが新憲法公布直後の日本国、および日本人の考え方でした。

しかしこの教科書はほどなくして消されてしまいます。1950年、朝鮮戦争勃発の年に教科書から副読本に格下げされ、2年後には学校から姿を消してしまいました。その後の憲法解釈の変化は皆さんご存じの通りです。

戦争を語り継ぐ活動は、その必要性が叫ばれ取り組まれていますが、憲法を語り継ぐ活動はあまり聞きません。もちろんそれは政府の記録を見ればわかる歴史ではなく、新憲法が誕生した時、人々はそれをどう受け止め、どう考え、どういう行動が起こり、どう社会が変わっていったのかという庶民の歴史です。

さらに朝鮮戦争勃発によっておこった変化を人々はどう受け止め、どう考え、どういう行動を起こしていったのか、それによってどう社会が変わっていったのかという歴史。

このあたりは学校でもほとんど教えられず、その当時を体験してきた人たちの証言などもほとんど記録されていないように思います。

その貴重な時代の体験談を、私は古い一冊の教科書とともに受け取りました。改憲だ護憲だ政治だ思想だの問題ではなく、エアーポケットのように抜け落ちている歴史の一コマ、前と後では驚くほどに大きな変化があるのになぜか注目されない「隠された歴史」を埋める物として、この一冊を末長く伝えていきたいと思っています。


[107]>51 非戦の誓いと共にいつまでも TinkerBell

日本人としてだけでなく、平和を願う地球人として、ぜひ未来に受け継いでいきたいですね。

現地まで行けない人も、日本中に戦争の歴史を刻む場所があると思いますから、

そういう場所を訪れて、二度と戦争を繰り返さない誓いを新たにしていけるといいと思います。


アメリカでは、原爆投下が太平洋戦争を終わらせた、

原爆投下は正しい判断だったと考える人がとても多いと聞きます。

しかし実際に広島や長崎を訪れて現地の歴史を知ると、

戦争の終わらせ方はほかにあった、

本当に終わらせるべきは今も続く核兵器競争だと考えてくれるようになるようです。

世界中の人に、機会があったら訪れてほしい場所でもありますね。


[108]>106 青空文庫のページを見てきました TinkerBell

日本人は最初、こういうふうに憲法を受け止めていたんですね。

なぜ大切な部分に関するとらえかたが、こんなに変化してしまったのでしょう。


「いくさをしかけることは、けっきょく、じぶんの國をほろぼすようなはめになるからです。」

「よその國となかよくして、世界中の國が、よい友だちになってくれるようにすれば、日本の國は、さかえてゆけるのです。」

これは戦争放棄に関する説明の一節です。

すごくわかりやすいですね。

もちろんこの理想が達成されるためには日本だけでなく世界中の国々がこの考えに立たなければなりませんが、

今世界は確実にそういう方向に向かっていると思います。


今年で憲法施行62周年…でしたっけ。

70周年までには、それが無理でも少なくとも一世紀以内に、世界中から戦争が無くなる時代を作りましょう。

憲法施行から百年になるころ、今20代の人は60代になっています。

元気いっぱいの働き盛りを憲法百年の歴史と共に過ごす世代が私たちです。

世界に本当の平和を作るのは、私たちの仕事です。


[109]ちょっと手前味噌かもしれませんが「イエはてな」!! TinkerBell

わが家に、そして世界中に残し、伝えていきたいもの、それはイエはてなです。

イエはてなが積み上げていく語らいから生まれていく文化を、色んな形で次の世代に伝えていきたいと思います。

たとえばイエはてなから生まれていく色んなシーズンサプリを、新しいわが家の「伝統」にして次の代に伝えていくとか、

イエはてなが教えてくれる色々な暮らしの楽しみ方を、新しいわが家の家風として伝えていくとか。

その輪が日本中、世界中に広がった時、それは人類の文化として継承されていくものになります。


きっとイエはてなの語らいは、私がおばあちゃんになっても続いていると思います。

メディアも多彩になって、あらゆる媒体がイエはてなのアウトプットに使われていくと思いますし、

学校でも地域でも色んな世代の「イエコトクラブ」が楽しく活動していると思います。

そんな時代に、私は孫に向かってこう言うんです。

「イエはてなの最初の語らいを作っていったのは私たちなのよ」

って。


「おばあちゃんも色んなサプリを考えたの?」

「そうよ」

「ねぇねぇ、今も残ってるサプリはある?」

「いっぱいあるわよ、ほら、これとか、これとか」

「わぁ♪」

イエはてなの本を一緒に見みながら、私たちが積み重ねていったイエコトの歴史を孫と一緒にたどります。


そして孫たちがさらに豊かに発展させていくイエはてなを楽しく眺めつつ、

孫には内緒で相変わらず二十歳代の娘の振りをしていわしに参加しているワ・タ・シw

なんてね。


家族と暮らしを愛し、イエコトを楽しみ、一つ一つ小さな幸せを紡ぎながら、それを未来に伝えていく。

私が未来に残していきたいものは「イエはてな」とそこから生まれるすばらしいサプリの数々です。


[110]雑草ガーデン CandyPot

私の未来に残っていって欲しいモノは、「GWスペシャル“イエ・ルポ”-Green Week Action 2009-」でご報告させていただいた「雑草ガーデン」です。

http://q.hatena.ne.jp/1241758219/216516/#i216516

土を耕したあとは、種も何も蒔かずに、自然に生えてくる草を待つ花壇。人は雑草と言うけれど、本当は人の身近にあって、人が生きるための生態系を作ってくれている貴重な「命の仲間」たち。そんな植物たちがいきいきと生い茂ってくれるよう願いを込めて作ったのが、わが家の「雑草ガーデン」です。

野山に行くと、全ての植物は雑草です。日なた、日陰、乾いた土、湿地、平地、斜面、様々な条件で上手に縄張りを分けて、みんなで一つの世界、生態系を作っています。

昭和天皇のお言葉に「雑草という名の草はない」というのがあるそうです。すばらしいお言葉です。どのような植物にもその植物だけが持つ特徴があって、みなそれぞれに役割を持って自然界を構成しています。人間の一方的な考え方で「要らない草」みたいに決めつけるのは、ちょっと違いますよね。

皆さん、庭に草が生えてきたら、あらやだ雑草と抜いたり刈ったりする前に、これって何ていう名前の植物なんだろうと調べてみる習慣をつけてみませんか。何科の何ていう植物なのか。花が咲いたらどんな花なのか。まずそういうことに興味を持ってみましょうよ。

すると、あらこれはイネ科、お米の仲間なんだ!とか、これはセリ科のチドメグサ、名前の通り血止めの薬草!とか、色んな発見があると思います。一度名前を知ると、まるで欲しくて欲しくてやっと手に入れた園芸植物と同じような愛着がわいてきませんか?

そういう観察の楽しみや自然を愛する心と一緒に未来に伝えていきたい「雑草ガーデン」。わが家だけでなく世界中の人たちに、その土地土地の自然に生えてくる草を愛でる楽しみを広げていきたいと思います。いつか「?自然の草と一緒に暮らす? 雑草ガーデニングの本」なんていうのが出せないかなぁ。イエはてなライブラリで。これからわが家の「雑草ガーデン」で、いろいろ研究しますね。後世に色々伝えていけるように。


[111]>107 原爆ドーム k-y_w

世界で二度とこのようなことがおきないように、原爆ドームは残しておきたいですね

原爆こえ?


[112]>43 日本家屋 jozetora

あのたたずまいがいいですね。


[113]>109 「イエはてな」を残したいです?毎日の過ごし方が変わった? wacm

私もイエはてなを残したいと考えています。イエはてなとの出会いによって毎日の生活にハリが出てきて、毎日何かいいことないかな?と観察眼を持って生活できること、楽しみを誰かに伝えるために家での生活、外出の楽しみが一気に増えた気がします。

イエでの語らいのみなさんもできれば今後とも多く語ってもらいたいです。私がいいと感じたものは毎週印刷してノートに貼り付けて、何度も読んでいます。日々の生活に生き甲斐があるといいですし、生活の楽しみを多くの人と共有できるだけでもネット社会のよさを実感できます。

きっと、インターネットという伝達媒体も変わっていくでしょう。そのときのイエはてなの語らいの内容にも興味があります。でも、いま私が少なくともやるべきことは多くの人に納得されるいわしを書き上げること。いま読んでいる人だけでなく、この記事を読む誰か、またイエでの語らいを元にした本を読まれる方、そんな人をも意識した日々の生活にしたいものです。


[114]>111 原爆ドーム?世界平和の発信塔に? wacm

初めて行ったのが、修学旅行の時です。当初は原爆投下を戦争における一つの事件だと考えていたのですが、ドームに近づくごとに胸の高鳴りが収まりませんでした。

現実のドームを見上げたときには、他の中高生が数多くいて、祈りや黙祷を捧げていました。これは、普通の建物や歴史ある建築物とは趣が全く異なったのです。「歴史が作られるとき」なんていいますが、60年以上も前の瞬間を原爆ドームだけは原形を留めていたのです。

敗戦は決して他国に対して自慢できるものではありませんが、戦争の惨禍、戦争のむごたらしさを世界中に伝えることは世界平和にとって有益だと思います。戦争は紛争やテロという形で現在も世界中で続いております。

ひょっとすると、BCN兵器が使われることがあり得ます。そういうときのために、目を向けたくない現実に目を向ける必要があると思われます。


[115]>105 着物や浴衣?日本の文化の結晶? wacm

みなさんも自宅に着物や浴衣の一着や二着あることでしょう。しかし、和服を着る機会なんてめったにあるもんじゃありません。ですが、着物や浴衣を自宅のタンスに眠らせておくのはもったいないです。

そこで、私が提案したいのは和服や浴衣を着る機会がありましたら、それをぜひあらゆる角度から写真を撮って保存してもらいたい。和服には染色や模様、バランスと歴史の知恵が込められています。

また、浴衣は日本の高温多湿にも対応できていて涼しい。そして、エコを先取りした強靱な繊維!また色あせしてもかえって味が出てくる色合い。不思議なものです。

不思議だけど、実は生活を過ごす知恵や文化が和服には込められているのです。普段は着るのに不便でしょうが、着る数少ない機会の時にはその姿を写真やビデオで残しておくといいですよ。


[116]>79 童謡?のどかな日本の原風景?を「イエはてな」で作ってみませんか? wacm

童謡を聴いたのはおばあちゃんの声が初めてでした。祖母はいまもう他界しましたが、母の歌う童謡よりも優しく、子守歌よりも物語性があって祖母が来てくれるのが楽しみでした。

赤ん坊の耳に残る歌声はヒット曲に通じるものがあると思います。しかも、大人でも受け入れられる音楽だと言うことを、自分が子育てをしてみて感じたことです。子どもだけでなく大人も音楽を楽しむことのできる珍しい音楽です。他にはドラえもんやあんぱんまんの曲くらいでしょうか?

誰でも簡単に歌うことができて、それでいて歌詞に込められた意味を知ると、日本のよさを知ることができる。そこには人びとの生活があります。

そこで提案なのですが、童謡を「イエはてな」で作ってみませんか?まずは何を残したいのか、何を伝えたいのかコンセプトを固め、歌詞を作り、そして曲をつける。音楽に疎い私なので、自分で作曲はできませんが、ここにいる多くの方の協力で童謡ができたらと思います。


[117]>30 町屋の並び?地域分権化でどうなる?? wacm

町屋が並んでいる京都や奈良の通りは江戸時代を感じさせる貴重な歴史風景です。歴史を直接感じることができることは単に風景に留まらず、町屋に使われる建築物や住む人をも保存しているんだと感じます。

私の大好きな町屋は京都左京区の町屋。ここでは外国人の人が町屋に関心を持ち、そこで共同生活をしているというのです。ここでうれしいことと悲しいことがあります。まず、うれしいことは町屋が保存されること。次に、悲しいことは文化を日本人の手で守ることができていないこと。

法律の制約が多く、やはり家に住む人の経済力や家庭事情、それに税制の補助や建築基準法などteionsinonomeさんのおっしゃる課題が多いと思います。ただ、文化を残す都合の良いことはありません。みんな簡単な、安易な方に流れていきます。そこで町屋を保存するのですが、もう少し現状を見てもらえるとうれしいですよね。その点では地方分権化は地域の文化保存に熱心になりそうなので賛成です。


[118]>84 華道の先生だからこそ説得力あります aekie

日本文化に精通し、どことないありふれた生活に光を当ててくれる TomCatさんに、

風情あふれ、小物に込められた想いを写真にしてくれるgallerybaabaさんのコメントを読んでいたら、感動してしまいました。

時代劇でも鉄瓶は出てきますが、お茶を鉄瓶で飲むことなんて普段ありませんからね。

「鳴り金」の細工は底に鉄片を漆で貼り付けた構造

これは知りませんでした!鉄が漆で貼り付けることができるのですか!

それに小さな泡が出てくるというのも電気ケトルでは感じられない風情というか雰囲気ですよね。

これは華道の先生である TomCat さんのなせる説明でものすごく説得力あります。

本当に旨いお茶を飲みたかったら、水だけでなく、湧かす道具にも凝ってみてください。わが家だけでなく、日本中で受け継いでいってもらいたい道具、それが鉄瓶です。


[119]>116 自然と恋愛の歌の日本人 aekie

日本の童謡だけでなく、世界中の童謡を集めてみたらきっとそれぞれの国民性や住民の感性が読み取れると思うんです。北欧でも海辺と大陸寄りでは全く内容が異なっていますし、ドイツやフランスでも時代が違うと全く内容が異なっていたりします。

それに対して、日本はおそらく万葉集の頃からほとんど歌の内容が変わっていません。自然と恋愛の歌です。あいかわらずの日本人と考えるか、日本人らしい愛でる民族と取るかはそれぞれだとおもいますが、変わらない日本人の姿を童謡から見たような気がします。

童謡は歌うには恥ずかしいですが、私も童謡をイエはてなのみなさんと作ってみることに賛成です。それぞれバックグラウンドがありますし、みんな異なる趣味を持ち、生活があります。そんなイエのみなさんで作る童謡ならきっと後世にも残る童謡が出来上がると期待しています。


[120]>117 町屋の保存---会津若松を例に--- aekie

町屋の並びって美しいですよね。町屋の保存を何とかできないものかと以前、取材で福島県の会津若松市に行きました。会津若松市では観光都市として積極的に町屋を保存しています。

町屋を保存するだけでなく、周辺に人が住まいを作ってもらうことで観光資源と生活環境の提供、そして町屋文化を保存したい人が集まることで地元の資源を保存する。そして、周辺の学校全体で町屋文化を知る。会津若松市の高校生は進学や就職のため、地元を離れることが多いですが、それでも地元を愛する心を持ち続けていると言います。

さすが白虎隊を生んだ土地柄といいましょうか、過去にも伊東正義さんという気骨ある政治家がおりました。そんな会津若松市の人びとからも町屋の保存を見直してみたらいかがでしょうか?

もちろん、京都や奈良の保存運動にも注目しています。


[121]>108 日本の行く先を議論しよう aekie

ご紹介ありがとうございます。私も先ほど読んできたのですが、これほどの思いを憲法に対して情熱持って新たに作ったわけですね。これだけの気迫や懸ける想いを感じたのは新憲法を制定するときの各地から提案されたとき以来でしょうか?

憲法も柔軟に変えなければいけない時期に来たとは思います。ですが、日本の根本となることをしっかり議論した上で憲法を変えるべきだと思います。日本には残念ながら憲法改正というとすぐに9条がテーマになりますが、問題は他の条項にも山積しています。9条の議論ももちろん、他の権利に関する内容や人権や財産権など私は地域環境を学ぶにつれ、疑問を持っています。

そのためには、日本のいまをしっかり理解した上で問題点を洗い出してみるとよいと思うのです。そうすると、日本の問題点から憲法と一致できるか分かりますから。短絡的に憲法を変えればいいわけではありません。だからこそ、生活に密着したイエはてなのようなことを1つ1つ積み重ねていこうではありませんか。これがネット社会の蓄積として広く多くの人に役立てば幸いではありませんか。


[122]>113 私も「イエはてな」を残したいです aekie

私は知り合いから「イエはてな」のことを伺いました。「あなたみたいな多趣味な人間なら何か提案できるんじゃない?それに、いま大学生なんだから世間へものを書いてアピールできるじゃん」と言われました。

その方は現在、ネットができる状況ではありませんが、その方の紹介によって知った「イエはてな」との出会いは貴重で、それ以上にみなさんとの会話がとても楽しく、生活が充実しています。私は恥ずかしながらもいままでの自分の提案を印刷し、どの提案でいわしが多かったのか、コメントとして質が高かったのか分析しています。

私の提案を勝手にし、それに賛同あるいは関心ある方がいわしを連綿とつないでくれることは文化を紡ぐこと似ていませんか?

インターネットの魅力である、不特定多数の人間が1つの目的に取り組む、時間も場所も制約を受けない。そこの魅力を最大限に発揮できているのがイエであり、もっと能力を発揮できるようないわしができるような存在になりたいです。


[123]食文化 tm343

ぱっと思いついたのは「鯨」です。

もう少しすると「マグロ」も危うくなりそうですね。


[124]>85 自宅で印刷 AYAKASHI

子供の頃は、手書で、ハンコウを押したり、シールを貼ったり・・・

今は、定型文で自宅で印刷。

今は事務的です^^;

なんだか味気ないですね。


[125]>101 人にしかできないこと lovespread13

いろいろ便利になって今はほとんどのことを機械がかわりにやってくれたり、たいていのものはプラスチックの代用品が存在したりします。そんな中でも人にしかできないこと、古くから日本にある伝統工芸など厳しい時代ですがなんとか受け継がれていくとよいですね。


[126]>112 日本家屋 canorps

fumie15さんのおっしゃることもよくわかります。

昔のままの日本家屋はとても素敵ですし、やっぱり日本の風土にあったつくりなのだと

自身のイエを立てる際に知りました。

私自身は、米軍ハウスで生まれ育ったのですが、あれはまたアメリカのつくりのためか日本の風土にあっていないんですね、風通しなど、日本特有のじめじめには本当に向いていません。

ですから、日本家屋とは不便な面も多いでしょうが、日本の風土にはあっているのですよね。

地震等での力の逃し方なども近年は注目されていたりしますよね。

けれど、昔そのままで住むのには、かかる手間などからそうそう選ぶこともできませんよね。

たぶん金額としても今のシステム化された住宅建築とはちがいもっと膨大にお金がかかるかも。。。と思います。

それでも、日本家屋へのあこがれや、残っていてほしいと思うその心も大事だと私は思います。

イエを作る際どこに重きを置くか、ということもありますが・・・

たとえば私の友人のおうちは、見た目は一見洋風のいまどきのおうちのようですが

実は日本家屋です。

おうちに入ると、柱やはりのありかたに、ああここにも昔の日本が息づいている。

と感じます。

それから古くからの日本家屋を丁寧に手入れされて、お店をやっているところも

最近は見かけたりしますね。

私たちが心を寄せる古くからの日本家屋に、さあ住もうと思えばたしかに暮らしにくい面も

沢山あると思います。けれどその知恵や心を、良いところを生かしていくのも十分日本家屋を残したい

ということにつながっては行かないかな??なんて思います。

それぞれ、住宅事情というものがあります。

きっと皆さん人事なわけではないと思いますよ。

fumie15さん、幼い頃暮らした日本家屋のお話など、ぜひここで聞かせてくださいね。


[127]ひねるとすぐ「飲める水」が出る蛇口 VEGALEON

ちょっと表現が変ですね・・・。当然「水」「水道」のことですけどね。

日本ほど「水」に恵まれた国は無いと思います。

ほとんどの「イエ」に水道はひかれています。

しかも飲めますし、おいしい!!!

当たり前だと思ったら、ダメですね。

外国では、説明するまでもなく「飲める水」が一般家庭まで導入されていません。

「飲める水」どころか、「水」は基本的に無い地域の方が多いです。

[f:id:VEGALEON:20091018201033j:image:w300]

[f:id:VEGALEON:20091018195854j:image:w300]

これは今年の6月の「水道週間」に市役所で無料配布していました。毎年行っています。

一般の上水道の水がどれだけ「うまい」かというPRです。

特に私の住む「愛知の水」はおいしいです。

賞味期限は「2012年4月」です。

市販のミネラルウォーターでも1年ぐらいでしょ。

この「水」がイエにつながっているのです。

何て素晴らしいのでしょう!

最近は環境汚染などで、日本のミネラルウォーターの確保でさえ難しくなっている現状があります。

蛇口から、ひねるとすぐ「飲める水」が出るとは限らない時代が来るかもしれません。

最近は、断水は少なくなりましたが、時々1時間いや30分の断水でも抵抗を感じます。

ひねるとすぐ「飲める水」が出る蛇口は是非とも残したいです。


[128]>127 水資源に感謝できる日本 fwap

VEGALEON さんは愛知県にお住まいなのですね?。隣県なので親しみが湧きます(笑)

豊橋のちくわのCMとか。


それはともかく、いやーいましがた私が「柿田川湧水」について直前の“リブ・ラブ・サプリ?FORTUNE” #041

(THEME:「畳」「季語」「ホビー空間」+「縁起物」)カフェで書き込んだ所なんですよ。

先週金曜日に出張兼小旅行で都内へ。帰宅後、土曜朝に孫が体調を崩してしまい、すぐさま娘夫婦の所へ。

おかげで、イエはてなへの書き込みもようやく今となったわけです。孫もなんとか回復基調なので一安心です。


私の住む沼津市ではお隣の清水町(not エスパルスやちびまる子ちゃんの旧清水市)の柿田川からきれいなお水が出てくるのです。

鮎がなんと越冬できるほどのキレイで冷たい水が富士山からわき出てくるのです。その量は東洋でも1・2位を争うらしい。

最近ですが、柿田川の保護をしている方とお話ししたときに、「全国の市水道料金ランキング」って元資料を作っていたんです。

似たような書き込みを見つけたのでご一読下さい(http://2chcopipe.com/archives/51292328.html)。

日本は山林国家であり、海洋国家でもあります。それに、水に恵まれている・・・とは言えるのか?ですが、台風や春秋の前線風雨に晒される国であることは確かです。


蛇口は文明国家しか恩恵にあずかれないようなことがあってはなりません。

また、井戸掘りでもミャンマーやビルマなどではヒ素など人体に有毒な金属が検出されています。

日本の水は淡水で、海外では海水を淡水化する事業が活発です。こういったことも総合的に目を向け、光を世界に発信できたら世界の生活向上につながるでしょうね。


[129]>122 新たな発見、気づきのセンサーが働く生活 fwap

イエはてな、私もお世話になっていますし、まさに生活を変え、生活のレビュー、新しい発見に役立っています。

イエの存在でどれだけ多くのことを知ることができたか・・・いつぞやの Lady_Cinnamon さんの印刷して読んでいますというコメントを読んで、なるほどと感心しました。

また、印刷以上に発見や驚き、知識としての生活ではなく知恵としての生活が書き込みやいわしから感じ取れるのです。私としてはオフ会などいろいろとどんどん実社会とのつながりもこの5年、10年とやってくれたらと思います。本を出すだけじゃ、心許ない。あ、でもその頃には私は生きてないかもしれませんね(笑)


[130]>125 経験と勘の職人 fwap

私も匠を残してもらいたいと思います。また、そもそも匠の技を支える道具や道具を作るための自然を守ってもらいたいとも考えています。

西岡常一棟梁という法隆寺を解体大修理、薬師寺・伽藍を再建した方の著書を読みますと、日本ではヒノキが500年程度(?!)が精一杯。

これから修理をしていくときには、樹齢1,000年の木を使うので、どうしても入手に苦労します。

また、和釘といいまして古代鉄で作った釘でないといけないのですが、製鉄所のご厚意で和釘を作られたらしいです。

自然も大切ですし、匠の技も大切です。技術を支える経験は人にしか身につきません。このことを下の本で知りました。


木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)

木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)

木のいのち木のこころ―天・地・人 (新潮文庫)

  • 作者: 西岡 常一 小川 三夫 塩野 米松
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • メディア: 文庫


[131]>126 日本家屋 azaburecipes

伝統的な日本家屋というわけではありませんが、祖父の時代に建てた家を両親が外壁を直した家に住んでいます。子供の頃は洋風の家にあこがれたときもありましたが、両親が昔の家を守ってくれたことを有難く思っています。一人暮らしをしたときにアパートに住んでみて、生まれ育った家の有難さがわかったのでした。夏でも窓を開ければ、外の風が涼しく、冬は縁の下に空間があり空気の層があるので暖かく、冷房や暖房も自然と節約できているのだと思いました。自然と共に生きてきた日本人の知恵がたくさん詰まった、日本家屋のよさを見直してみるのも良いかもしれませんね。


[132]>99akilanoikinuki

日本を代表するものだと思います。

これからどんどん欧米化が進むかと思いますが、箸だけはいつまでも残っていてほしいと思います。


[133]>89 手紙 akilanoikinuki

ポストを開けると、DMとは違う雰囲気の封筒。

何かな?と取り出してみると、見覚えのある筆跡。

慌ててひっくり返すと、懐かしいあの人の名前・・・。

そんな思い出がある人も多いはず。

その時の胸の高鳴り。

封筒を開けるまでの、ワクワクした気持ち。

便箋をめくるのももどかしい。

手紙自体ももちろんですが、その時の気持ちも、時代が代わっても残していきたいですね。


[134]>121 環境と国防が私のフォーカス aekie

私も憲法に関してとても興味があります。もっと解釈でなんとかその場しのぎで乗り切ってきたこの60年。

私たちがバブル期前になんとかいまの社会に適合する憲法の試案(私案)を出しておくべきでしたが、何もできませんでした。

いま政権交代が起こりましたが、きっと憲法を変えるとなるといま以上の大変革が必要になると思います。

私の注目点は2つ:?第一に、環境権。?第二に、国防です。

まず、環境権ですが、人が介入することを恐れてはなりません。山が荒れたりするのも、人が介入しないからです。

人が介入しないことでどれだけの山が荒れ、土壌が悪化しているのか?もっと林野庁だけでなく、経産省との連携で支えてもらいたいです。

次に、国防です。どれだけ国家が維持できるかは、国家の戦略に関わってきます。国防というとすぐに兵器を連想し、盲目的に厭戦感をあおるマスコミが多いですが、実は国防に関わっている人ほど戦争には反対なんです。

戦争をしたくないからこそ、相手の実情を知る。そのためにも、昨今の核兵器廃絶運動に目を向ける必要があります。「次の争い」は何になるのか?と。


[135]>118 味の継承には食材だけでなく、器も必要 aekie

好きな内容なので再度コメントします。私も鉄瓶が大好きで、鉄瓶や鉄鍋で食べる料理には鍋から溶け出した鉄分で身体がとても健康的になる。鉄分で蓄積した器は何より安心感があるし、メンテナンスさえすれば長続きできる。私の知るイエでも減ったクワに鉄を当てて、継げていました。手慣れたクワだと仕事もはかどるし、愛着ある握り手が自分のものだと実感させてくれる。

鍋でも同じことだと思います。じっくり親子に渡って味が継承されるのには、素材だけでなく器も継承されることが必要そうですね。


[136]>74 味噌桶 aekie

fumie15 さん、貴重ないわしを使って下さってありがとうございます。

私のイエでも味噌桶を使っていました。近所の造り酒屋の味噌蔵からちょうど腰丈くらいの桶に味噌を入れて、小間使いさんにイエまで運んでもらっていました。

ちょうど季節ごとでしょうか、味噌桶が空になって、味噌を追加しにお願いに行ったのは。いまでもその味噌蔵はお酒で得た利益で細々と営業しているみたいです。

味噌の香りが桶の周りから漂ってくるんですよね。漬け物桶も同じだと思います。木にしか出せない発酵や保温の大切さをもっとアピールした商品を評価する消費者が増えてもらいたいものです。


[137]>123 鯨肉 eiyan

鯨肉は懐かしいですね。

今でも統計用で捕鯨しているそうですが、缶詰めとして売っているそうですね。

いずれマグロもそうなるのでしょうね。


[138]>50 ハンドメイド eiyan

ハンドメイドの製品は世界で一つ。

貴重で親しみ深い。

何といっても修理も自分で出来ますね。


[139]>135 本物の素材が根本にある fwap

味わいの根本には素材があるわけですね!私も野菜を主人の実家で育てているのですが、なかなかうまく育たないものです。

リンゴの木村秋則さんの本を以前紹介されていたので読みましたが、無農薬での栽培は苦難の道だったと思います。

野菜を育てる農家だけでなく、お皿や鍋、包丁を作る職人さんもきっと生活は苦しいはずです。

ですが、生活に彩り、生活に豊かさをもたらすためには、本物を見極める目が必要ではありませんか?


[140]>75 和式トイレ eiyan

そうですね。

洋式と和式の両方ある公共トイレがあるのは良いのですが、洋式しかないのが困りますね。

誰が座ったか判らない便座には座り難いですね。


[141]>120 戦後町屋が一気に失われてしまった我がマチ fwap

私は地元の道路の拡張工事で一気に昔ながらの町並みを失われた姿を目撃した証人です。

沼津空襲で市街地はほとんど焼け野原になったそうです。バラックから平屋を立て、マチに活気が戻りました。

そこへ都市計画の話が舞い込んで、地元の方はみんな郊外の町へ転出してしまいました。県や市から莫大な移転費が出たそうですから。

町屋が一つ消えると、また一つ、さらに二つと消えていってしまいました。まるで、櫛の歯が落ちていくようです。

まざまざと見せつけられた町には太い駅から港までの道路が。そこにはかつての町並みはなく、水産工場が並ぶ少し不自然な景観ができてしまいました。

当時の人の計画とはいったい何だったのか?漁港のマチでも、特に景観の悪い通りを造ってしまったと私はあきらめに似た気持ちで一杯です。


[142]>76 脳ロボット eiyan

完全ロボットは脳が左右しますね。

感情とか思考をロボットが得たら怖いですね。

命令を無視するロボットなんて想像しただけでも怖いです。

アニメではもうそんな世界が当然の世界ですね。


[143]>68ttz

城のスタイルは日本独自ですね。海外の城とは全く違うものですね。意外かも。


[144]>77 家庭団欒 eiyan

家庭団欒の崩壊が進んでいますね。

それは自由主義の徹底が素因ですね。

自由で無責任な子供が増えますね。


[145]>114 平和への意志を冷静に示せるのか、来月考えてみます。 fwap

来月、広島へ小旅行行ってきます。広島で訪れてみたい場所は原爆ドーム。

原爆ドームを日本の平和、世界の平和の礎としてできたらと考えています。

ただ、お題目のように平和を叫ぶのではなく、冷静な対処を考えてもいきたいと考えています。

私には今後の国際関係や核保有国の動きは分かりませんが、日本だけが貧乏くじを引くことだけはなんとか避けたいものです。あるいは、貧乏くじを引いてでも高貴さ、平和への意志を示すのもありだとは思います。それだけの覚悟があるのか?戦争へ行くのと同じくらいの決意が必要だと思います。


[146]>132ttz

これも日本独自ですね。最近はイタリアンの店でも箸が置いてある事が珍しくありませんね。日本文化を大切にするのはいいことだと思います。


[147]田んぼ、畑。 ttz

最近、どんどん減っているようですね。農業を離れる人が多いのと、親から子へ引き継がれない事が原因のようです。自分は農家ではないし、勝手なことを言うようで悲しいですが、残す必要のある日本の風景だと思います。


[148]>146sidewalk01

すごく便利ですよね!あの多様な動きがすごいです。


[149]>119 童謡 sidewalk01

あの独特の響きは残したいですね!


[150]きれいな海。 ttz

すでに汚染が進んでしまっていたり、海岸がゴミだらけだったりしますが、海外のきれいな海を見るたびに複雑な心境になります。日本全体、きれいな海であり続けるための努力が必要かなと思います。まずは海岸清掃でも十分だと思います!


[151]表札。 ttz

個人情報のあおりで表札が少し減ってきてませんか?あと、表札とは違うけどマンションの集合郵便受けに名前を出している人ってかなり減っていませんか?最近はいろんなオシャレな表札も出て来ていますが、表札はイエの最初の入口にある、挨拶代わりのモノだと思います。


[152]大和魂 t-saitou

勇敢で潔いという考え方が今では廃れてしまっているようにかんじます。

大和魂は世界に誇れるものだと思います。


[153]>134 自然やエコを大切にできる憲法 fwap

私は憲法を新しくもらってしまっている世代なので憲法のありがたさを感じていません。ましてや、私の両親の世代は憲法に対して多少アレルギーというか不信感が残っている人たちでした。

なぜ、憲法に不信感を持っているというとこれまで持っていた価値観を一気に変えさせられてしまったからです。それは、日本のこれからにも共通するのではないでしょうか?いまでも世界各地で戦争や飢餓が起こっています。このような悲惨さに目を向けていると日本が60年前に遭遇していたとは考えられません。私も幼い頃は貧しいと行っても3食満足に食べることができました。

いまでは飽食、子ども部屋、衣類は使い捨て。一体どちらの時代が豊だったのでしょうか?それこそ、イエはてなで提案する実地に根付いたエコ、循環、自然への敬意を持った憲法ができたらきっとイエも貢献できるでしょうね。


[154]>149 童謡に折り紙と知らない妊婦さんが多すぎる fwap

私の身の回りだとそろそろ孫ができたりとにぎやかで騒がしいときがよく訪れています。しかし、その子どもの世代(24-30)くらいが子どもに対して童謡を歌えないというのです。子どもが産まれるんだから童謡を勉強したりするのが普通だと思っていた私にとって驚きでした。

童謡は子どもに対してだけでなく心温まるだけでなく、歌い手本人も感情を没入というかなんというか落ち着けるんですよね。赤子を抱きかかえて、ゆっくりしっとり歌ってやることが子どもに対しての最大限の贈り物であり、成長すれば童謡を歌ってやって読み聞かせをすることが親の美徳とされていました。

いまでは、自分のことが優先なんですかね?それとも、自分のことで精一杯にしてしまった社会が悪いんですかね?私の所では、きちんと勉強をさせ、さらに折り紙やいろいろと勉強させました。自分が楽しまなければ、子どもの楽しみがないと思い、必死になって覚えさせました。

子どもの面倒はときどき見ていますが、両親と祖父母が互いに支え合う世の中に今後はなるんでしょうね。


[155]白砂青松?ダムによって失われゆく日本の原風景? fwap

日本の良き古き風景として白砂青松という言葉が挙げられます。白砂青松とは細かい砂が海岸に堆積し、青々しい(この場合は漆黒という意味)松が空高く伸びている姿です。

しかし、海岸へ行ってみるとどうでしょうか?一部の海岸を除き、多くの海岸では砂どころか砂利や川石など大きい石が転んでいないでしょうか?その原因はダム。明治期の治水事業により、全国至る所でダムが造られました。ダムが造られると河川の砂を下流へは小房ようをせき止めてしまうので、砂が下流に流れず、岩や石が砂になる作用を防いでいるのです。

また、松も先月のイエ(http://q.hatena.ne.jp/1252471828/232197/)で紹介したように、マツクイムシ、マツノザイセンチュウの問題で、松が赤く干上がった姿になっています。それは、水を吸い上げる導管をせき止めてしまうのです。そのため、水を吸えない松は枯れ、死に至るのです。松は成長や出世の縁起物とされ、松の存在は燃料や建築材として以上のものがありました。

いま日本の原風景が失われようとしています。もちろん、ダムによる治水のおかげで、洪水や台風など異常気象に対して効果を発揮している側面も否定することはできません。しかし、ダムによる防砂の作用で砂浜ができず、景観を乱していることも明治期以降の負の遺産だと考えます。コンクリートを使わなければいけないとき、最小限に使うという新しい平成の発想で治水砂防を行ってもらいと思います。

自分一人だけでは何もできませんが、景色や景観を愛でることのできる日本人ならきっと何十年後には砂浜を見ることができるでしょう。


[156]>153 私は憲法は変えるべきではないという立場です TomCat

理由は簡単。Fuelさんの書き込みでも分かる通り、憲法が正常に取り扱われたのは、公布後ほんの短い期間。その後は時の政権に意図的にねじ曲げられ、ずっと軽んじられ続けてきたんですよね。今現在の日本人の憲法感というものは、そうした歪曲の歴史の上に成り立っているんです。ニセモノを見続けてきた私達に、どうして本物の議論が出来るでしょうか。

まずはきちんと公布時の憲法解釈に戻って、それを国政に反映させていくこと。これが改憲議論の大前提です。しかる後に、正確な憲法解釈に立って改憲の必要性の有無から議論していく。この順番でなければ正常な議論は成り立ちません。

法はすべからく、立法趣旨によって論じられるものです。その立脚点が歪曲されている以上、まずはそれを正すのがスジというものです。いかなる論点であっても、改憲議論はそれからです。


[157]>139 鉄瓶から感じる品ある所作 wacm

鉄瓶にも地域差があるのですね!私の愛用は南部鉄瓶。鉄瓶もお湯を組むときには触れないようにそっと扱うわけです。ぞんざいに扱わないので、ものも長持ちしますし、熱さが伝わるだけで鉄瓶の役割が身をもって体験するわけです。

豊かな風情を楽しむ雅の心と、禅にも通じる侘び寂 こういう心こそ和の心と言うんでしょうね。日々の何気ない動作にも心、気持ちが込められているようにしっかりとした作法が意識せずに出てくるようになりたいです。それが所作であり品を感じるわけです。

[158]>136 プラスチックの桶ですが風情あります wacm

私の母はいまでも漬物桶を使って漬け物を作っています。しかし、残念ながらプラスチックの桶です。ですが、プラスチックの桶でもビニルについて固まった米床や変色した土を見ると漬け物、発酵のチカラを感じます。

イエで漬け物もなかなかすることが難しいですが、浅漬け程度でしたら簡単に手軽にできる。お漬け物もパン食ではきっと食べないので、お米を食べることでおつけものを食べていく習慣を身につけるといいですね。ヨーグルトと同じくらい腸内には優しいわけですから。


[159]>83 丸窓は思いつかなかった! wacm

私もイエはてな用にネタを探しているのですが、丸窓は思いもよらなかったです。確かに、禅宗や書院造りにどことなく現れるイメージがあります。

丸窓は一見、装飾と同じにみなされますが、作るには壁が強くなければもたないので、構造も重視されるでしょう。構造も装飾も両立した建築を感じられるのも日本建築の特徴でしょうね。

風景がすぐ手で取れる、でもゆっくり眺めていたいなんて思わせてしまう不思議な魅力があります。


[160]>52 雰囲気を変えるきっかえk wacm

あいさつと同様に大切なマナーですよね。たとえ、形になって現れなくても元気よくハキハキとしてもらえるとうれしいです。

私もあいさつができる人にはどうしてあいさつするの?と尋ねると「両親があいさつだけはしっかりやれ。あいさつができれば、周りの人も心地よくなる」と返事され、年上の自分が納得させられてしまいました。

周りの人へのケアにもなるし、何か会話のきっかけになるのかもしれない。そんなきっかけを挨拶は与えてくれそうですね。


[161]>102 楽器 powdersnow

CDなどで聞けますし、作曲ソフトなどで多くが表現できますが……

実際に楽器で演奏されたものを生で聞くのは、全く違うものがありますよね。

それだけあって、消えることはない存在であるとは思いますが、ピアノも含めて楽器は消えて欲しくはないです。

仮に未来の技術で、全く同じ音を機械的に生み出せたとしても。


[162]>133 手紙 powdersnow

手書きの文字というのは、やはり味わい深いですし、思い出にも印象にも残ります。

メールの方が保管しやすいのは確かで、便利なことも否めませんが、気持ちという次元では、全く異なるものだと感じます。


[163]銭湯 wacm

私の未来にも残ってもらいたいイエ・モノは銭湯です。

銭湯はかつては地域のコミュニティの一翼を担っていました。夕方になるとおじいさんが入りに来て、夜遅くになると働いているお兄さんが洗面器とひげそりを持ってやって来たのを眺めていました。

銭湯は小学校へ入る前に社会のルールを学ぶ大切な場所でした。服をたたむ、他人のモノを盗まない(ポスターに書いてあった)、お風呂上がりは周りをぬらさないようにしっかりふく。周りの視線があったからしっかりとやらなければいけないと父に諭されました。当たり前のことなんですけど、子どもだからいい加減になってしまいます。そうすると近所のおじちゃん、おばちゃんが「○○ちゃんダメだよ、しっかり体をふかないと風邪を引いちゃうよ」、「○○はきれいにたたまないから服が怒るよ」なんてコミュニティーの場として機能していたように思えます。

また、イエとしてだけでなくモノとしても素晴らしい。遠くから見た煙突や間近で見つめるボイラー室は大きくて火がごうごうとしていて幼心に、そしていまでも印象深いです。銭湯も私の町内にはすでになく、車で20分くらいの所にスーパー銭湯があるだけとなりました。昔ながらの銭湯がまだ私の住む市には残されているので、なんとか残ってもらいたいです。

そのためには、教育の場としてモノ・イエのコミュニティーとして利用して行けたらいいですね。幼稚園のお風呂教育など。


[164]>104 生け垣 powdersnow

最近は、生け垣ではなく、壁で囲ってしまっているケースがほとんどですね。

生け垣だと、やはり管理や手入れが大変かとは思いますが……

日本家屋には、生け垣がよく似合います。

緑を増やすという観点からも、復活していってほしいですね。


[165]>98 こたつ jozetora

あんなに心地よいものは他には無いですね。冬と言えばこたつにみかんです。


[166]>129 イエはてな^^ tibitora

私もイエはてなに残っていてほしいです^^

このイエはてなを知ってみなさんのお話を読ませてもらうようになっていろいろな考え方や生活の知恵、楽しい話、ためになる話、いろいろと考える話、たくさんの事を知ることができました。

またいろんな角度からの考え方も少しはわかるようになってきたかなと思います。

これからもいろんなお話を読ませてもらったり、参加したりしていきたいです^^


[167]>140 和式トイレは足腰を丈夫にする役目もあるようです。 tibitora

最近は出かけ先でも洋式のトイレが多いですね、和式はあまり見かけなくなりました。

和式トイレだとかがんで用を足しますので足の筋肉も鍛えられるそう。

甥っ子も洋式のトイレが好きで小さなころスーパーなどで一緒にトイレに行くと和式・洋式両方ある場合は洋式の小部屋を選んでいました。

最近の子供は洋式になれているから和式が使えない(嫌い?)なのかなと思っていたのですがそれとももう一つ、あの座り方ができないのも理由のみたいです…甥っ子はできないみたいで和式のトイレ(学校は和式です)にぺったりとおしりをつけてしているんだと言っているのを聞いてびっくりしました…今年の夏休みのことです。

それを聞いたときに「ちょっとこうかがんで」とかがんで見せると真似をしてくれたのですが、すぐにしりもちをついてしまって状態を維持していることができませんでした…

子供たちの足腰が気になってしまいました;;

そう言う事もあって和式のトイレにも残っていてほしいなあと思います。


[168]>163 銭湯 tibitora

私も銭湯には残っていてもらいたいです。

家のお風呂より広くてのんびりできたり、季節にちなんだ菖蒲湯や果物の入ったみかん湯、レモン浴もたまにあったりして、銭湯に行ったときにそんな浴槽があるとうれしくなります^^

実家の近くの銭湯は、脱衣場の服を入れるロッカーが木製だったり(昔はロッカーに蓋がなかったみたいで後から鍵付の蓋を付けたみたいです)体重計が大きな鉄製の…小学校のときに身体測定で使われていたような懐かしい体重計だったりでちょっとわくわくする空間です(笑)

小さなまちのお風呂屋さん、未来にも残っていってもらえるとうれしいです^^


[169]>168 家の風呂 powdersnow

家の風呂は狭いです。

本当は温泉に行きたいところですが、遠出が面倒な時などは、近くの銭湯はいいですね。

脚を伸ばしてゆっくりとつかれます。

一番風呂狙いで。


[170]>169 昔ながらの銭湯 kinnoji7

スパやスーパー銭湯が流行っている中、最近は昔ながらの番台のある銭湯は見かけなくなりましたね。子供のころはよく行ってました。日本の風情がある銭湯でしたね。湯船の壁には絵も描かれていて良かったですね。こんな銭湯は数は少なくなりましたが、ずっと残っていてほしいですよね。


[171]>170 昔ながらの銭湯 twillco

最近は近所の銭湯はことごとく潰れてしまいスーパー銭湯が目立ちますね。

確かに色んな種類のお風呂があって楽しいですが、街の小さな銭湯も雰囲気あって良いですよね。


[172]>154 童謡 kinnoji7

童謡を耳にするたび、故郷や子供のころのことを思い出しますね。童謡を聴くと心に響くものがあり、また落ち着かせてくれる癒しの歌とも言えるでしょう。最近の曲を聴くのもいいですが、童謡もいっぱい聴いてほしいですね。


[173]商店街 twillco

商店街はぜひ残して欲しい物です。

街の歴史は商店街にありというほど昔から親しまれてきていた場所でもまります。

今ではどんどんシャターの降りているお店が多くなってしまい活気が無くなってしまっています。

最近は商店街を若者向けにと、店舗を安く貸したり

うちの近所には、毎日週を決めて貸している食堂があります。

シェフが毎日変わるので、食事が楽しみになりました。

そんな工夫をしなければ残ら無くなってしまった事がとても残念には思いますが

子供達にも絶対に知っておいて欲しい存在ではあるので

工夫に工夫を重ねて下記のある商店街をこれからも残して行って欲しいです。


[174]>145 原爆ドーム kinnoji7

戦争の知らない私には、原爆ドームを見て戦争の怖さを知ることができます。原爆ドームは世界平和の象徴とも言えますね。この先、戦争のない世の中を願って、いつもでもこの原爆ドームは残っていてほしいものです。そして未来の子供たちにも知ってほしいですね。戦争の恐ろしさを。


[175]>173 商店街 kinnoji7

最近は大型の商業施設が増えてきましたね。子供のころ、活気のある商店街は楽しくてわくわくする場所の一つでした。また、商店街で働いてるおじさんやおばさんもご近所さんのように振舞ってくれて良かったですね。そんな商店街を無くさずにいつもでもあり続けてほしいですね。


[176]>60 昔の遊び kinnoji7

かくれんぼや鬼ごっこ。さいきんはさんな遊びをしている子供たちを見かけなくなりましたね。私が子供のころは毎日のように鬼ごっこなどをして遊んでました。元気よく走り回っていましたね。家でテレビゲームをするのも良いですが、元気よく外で昔の遊びをしてみるのも面白いと思います。昔の遊びを知らない子供たちに遊び方を教えたいですね。


[177]>176 昔の遊び tunamushi

けん玉やおはじき遊びが好きでした。花札もよく次の手を考えながら遊んでいました。昔の遊びはぜひ残したいです。


[178]ランドセル?背負った姿も使わなくなった後も? aekie

ランドセルで登校する小学生が少なくなってきました。リュックサックやパソコンを運ぶようなカバンを抱えているのです。私の幼い頃はランドセルを背負って通うのが当たり前でした。男の子は黒、女の子は赤と決まっていました。


それが十年ほど前からピンクのランドセルが出てきて、あっという間に登山用のリュックサックです。子どももピンクのランドセルがいいなんて言うもんですから、「6年生のお姉さんになっても使うんだよ?!いいんだね!?」と高圧的に抑えました。派手な色合いなものを小さい子どもは好みますが長続きさせることはおそらくできないでしょう。それが、いまでは3年生。ようやくあのときのことを言うと「ピンクは恥ずかしい。お姫様みたいで」と言うのです。ランドセル選びは子どもに判断を任せてしまうと誤ってしまう好例だと思います。


また、私はランドセルをみんなでじゃんけんぽんして帰る小学校の帰宅がとても楽しかった。みんなで遊んで地区のチャイムが鳴ると帰ろうよと自発的に帰宅します。どんなに遊んでいても、楽しくても、自分たちだけの世界を現実へ引き戻す鐘の音でした。そのなかで、「チョコレート、グリコ、パイナップル」とみんなのランドセルを抱えて、ジャンケンで勝った言葉の歩数だけ歩ける。それが次の電信柱まで。どんなことがあっても、大人数の場合は前にランドセルを持った人は必ず連続で持たせないというルールがあった。弱いモノいじめを未然に防ぐ、そもそもみんなが楽しむゲームでした。ガキ大将でも運動もできなくて頭も悪い子でも笑ってランドセルを下ろす時を楽しみにしていたんです。だんだんと通学路ですから、友達が減っていき、私の家までになるともう3人だけ。同じ町内の友達になると最後に負けた人が玄関まで持って行く特別ルール。さながら召使いですね(笑)


いまでは、モノを残すことも大切な記念品。ですが大きなランドセルを押し入れに、あるいは倉庫に入れておくのはスペースを占めますし、場合によっては痛んでしまっていることも多い。最近、知ったのですが数年前の雑誌に「思い出を残そう」というコーナーがあり、ちょうどいまの私たちと同じくらいの年齢の夫婦が、ランドセルを保存している内容を発見しました。それは、ランドセルを小さくミニチュア化して、保存するというのです。ランドセルを小さくできれば保存も簡単ですし、何よりも無心で毎日が楽しかった小学生の思い出を残すことができる。それも、身近に撮っておくことができる。


みなさんも息子さんや娘さんがいたらぜひランドセルをミニチュア化してみたらいかがでしょうか?私の娘はあと3年で小学校を卒業します。なんとかそれまでランドセルを使ってくれればいいのですが、「ママ、このカバンを使いたい」なんて言ったら

どうしましょう。


ランドセルで登下校する小学生の姿、ランドセルを各家庭の息子さんや娘さんのそれぞれを私は残したいですね。風景としてもありますし、モノとしても。少子化で子宝を実感するのも子どもの姿あってこそなのです。


「ランドセル ミニチュア」の内容で見たんですが、私の当時読んだ内容はありませんでした。しかし、「ランドセル 保存」で検索してみたところ、2つ役立ちそうなサイトがありました。

http://www5c.biglobe.ne.jp/~harmonym/

ミニランドセル

http://archives.nhk.or.jp/chronicle/B10001200999409040130078/

新日本探訪

思い出ランドセル

1994年9月4日


[179]お茶 tunamushi

緑茶が好きなので、毎日飲んでいます。抗酸化作用等体にもいいですし、なくてはならないものです。茶畑を間近で見たことがないのですが、テレビで見たときとても見事でした。1度見てみたいです。


[180]だるま tunamushi

願い事をするときにだるまの片方の目を塗り、願いが叶ったらもう片方の目を塗ります。私の机の上に、だるまが置いてあるのですが、まだどちらの目も塗られていません。何か願い事ができたら塗りたいと思い、それまでとっておいています。だるまを見ていると、気持ち的にも強くなれそうな気がします。


[181]千羽鶴 tunamushi

千羽鶴を残したいです。みんなの気持ちが1つ1つつながっているからです。私もあることで千羽鶴の鶴を折りました。一生懸命、心をこめて折りました。


[182]>178 ランドセル tunamushi

ランドセルは6年間の思い出がたくさん詰まっていますね。傷さえも愛おしく思えます。私のランドセルは、押し入れにしまっておいたらカビが生えてしまい、あえなく捨ててしまいましたが、小さくして、置物のようにするサービスがあるのを私も聞いたことがあります。傷もそのまま残せるので、大変喜ばれているそうです。中学のときも通学用のカバンはありましたが、やはり初めて学校に通ったということから、ランドセルはとても思い入れがある物ですね。


[183]>177 懐かしいですね fumie15

もうやらなくなってしまいましたが、物置に閉まってあります。


[184]>183 昔遊んだおもちゃ等 to-ching

今も残っていれば結構お金持ちです。


[185]>182 ミニチュア to-ching

家は二人の子供のはこれにして保存してます。行く出来てますね?


[186]>175to-ching

夜銭湯へ行き、行きつけの商店街にある居酒屋に行き(常連)一杯飲んで、ご飯を食べる。ほろ酔いになったら、本屋さんやおもちゃ屋さんを覗いて余計なものを買ってしまう。

ちょっと、腹が減ってきたら、ラーメン屋さんにも寄る。そうそう、銭湯に行くときはクリーニングしてもらうものも持って行かなきゃ・・・


[187]>171 何で to-ching

あんなに風呂屋で飲むコーヒー牛乳があんなに美味しかったんだろう・・・。

映画のポスターも懐かしい・・・


[188]>165 寝てしまうと to-ching

風邪引きませんか?喉も痛くなるし・・・


[189]>187 昔ながらの銭湯 YBSGG

昔ながらの銭湯の牛乳はおいしかったですね?


[190]>186 商店街 YBSGG

賑やかな商店街が好きでした。


[191]>184 昔遊んだおもちゃ等 YBSGG

こま回しを思い出しますね?


[192]>174 原爆ドーム YBSGG

忘れてはいけない出来事のですね?


[193]>172 童謡 YBSGG

童謡って聴くだけで涙がでそうです。


[194]>143YBSGG

歴史の財産ですね?


[195]>188 こたつ ds-i1

冬はこたつですね。ちなみに、今入っている


[196]>192 原爆ドーム tunamushi

世界で唯一の被爆国である日本。2度と戦争は繰り返してはならないと思います。


[197]>166 イエはてな tunamushi

私もイエはてなに残ってほしいです。ほんとに生活にハリが出ます。今日は、イエはてなの新しいテーマ何だろうとワクワクします。いつも新しい発見で一杯です。


[198]>195 こたつ tunamushi

足がとても冷たくなるので、こたつは手放せません。我が家では、新しくこたつに誰かが入ってくると、みんなで足を合わせます。すると、必ずといっていいほど、冷たい!と笑いが起きます。


[199]郷土の民話 watena

今住んでいる所の民話はまだちょっと調べていませんが、以前住んでいた場所には、こんな民話がありました。登場するのは、おじいさんとおばあさん、そしてタヌキです。


ある日、おばあさんはご馳走作りに張り切りすぎて、晩ご飯を作りすぎてしまいました。そこで、裏のタヌキにお裾分けと、残り物をお皿に乗せて外に出しておきました。

そんなことがきっかけで、おじいさんとおばあさんは、毎日のようにタヌキたちへのお裾分けをするようになりました。しばらくの間は恐がって一匹も寄りつきませんでしたが、しだいにたくさんのタヌキたちがやってくるようになりました。おじいさんとおばあさんは、中でもお腹の大きなメスだぬきと、そのつがいのオスだぬきに注目していました。

「いつ子ダヌキが生まれるんですかねぇ」

「楽しみだねぇ」

しかしある夜、つがいのオスだぬきだけがやって来ました。様子が変です。お裾分けをその場で食べようとせず、口にくわえて運んでいきました。

「変ですよ」

「変だねぇ」

「私、後をつけてみますから」

おばあさんが後をつけていくと、タヌキの巣穴がありました。もしや子供が生まれたのかと、そーっと中を覗いてみると…。とんでもない。中ではメスだぬきが脚から血を流して苦しんでいました。

大変だ!おばあさんは慌てておじいさんを呼びに走りました。山仕事になれているおじいさんは、こういう傷の手当てにもなれているのです。おじいさんの手当てのお陰で、メスだぬきは命を取り留めました。その後メスだぬきは無事出産。可愛い子ダヌキたちに恵まれました。

子ダヌキたちが大きくなってくる頃、おじいさんとおばあさんに不思議なことが起こるようになりました。おばあさんが水を汲もうと思えばもう瓶の中に水が一杯だし、おじいさんが薪を割ろうと思えば、いつの間にか割ってあります。不思議なこともあるもんだと思っていましたが、ある時発見しました。タヌキたちの後ろ姿を。おじいさんとおばあさんは、いつものお裾分けを、さらにどっさり美味しい物にしたのは言うまでもありません。

こうしておじいさんとおばあさん、そしてタヌキたちは、つかず離れず、お互いがお互いを驚かさない距離は保ちつつも、いつまでも仲良く幸せに暮らしたということです。


と、これはどこの民話だと思いますか?

なんと東京杉並区、中央線阿佐ヶ谷駅近辺に伝わるお話なんです。東京にも、こんな自然豊かな暮らしがあったんですね。

実は今も杉並近辺には少なくないタヌキが生息しています。残念ながらそれは交通事故による死体の回収で確認されているという痛ましい現状がありますが…。

こういう郷土の民話は、人が自然と共に暮らしていた頃の大切な記録でもあります。そういう民話と一緒に、残り少ない貴重な自然を次の世代に伝えていきたいと思います。

民話には語り部が、自然には守り手が必要です。昔はどちらも間に合ってますと言いたいくらいだったと思いますが、今は違います。民話と自然を伝えて行くには、どちらも努力が必要な時代です。私もその一翼を担える人になりたいと思います。


[200]>197 イエはてな theresia57

イエはてなに出会って、生活がいろいろと変わりました。

がらりと変わったわけではないのですが、

少しずつ新しいものを生活に取り入れていっているという感じです。


[201]>200 イエはてな fumie15

ネットを通して皆さんとおしゃべりしている気分になります。こういう場所は貴重ですね


[202]>193 童謡 adgt

たしかにウルッてくるね。


[203]>131 日本家屋 adgt

町並みがおちつく。


[204]>115 着物や浴衣 adgt

海外にもってけば、インパクト大。文化は偉大。


[205]公衆電話 t-saitou

携帯電話の普及に伴い、公衆電話をどんどん撤去していってるそうです。愛用者にとって、公衆電話ならではの便利さを皆さんもわかっていただきたいものです。


[206]>202 童謡。世代を超えてみんなが歌える歌。 atomatom

自分が好きな歌で、この歌なら当然子供も知ってるだろうって思い込んでいる歌を、実際には子供たちは知らなかった、こういうことがあるとショックなんです。

甥っ子が「うさぎ追いし彼の山?」って曲を知らなかったときは本当にびっくりしましたよ。

学校の音楽の時間に教える曲が変わってきたというのももちろんあるんでしょう。

ビートルズとか井上陽水とかを習うんですってね。

それはそれでもちろんいいんですが、お年寄りも知っている歌、日本の昔からの童謡も忘れないで欲しいです。

お父さん、お母さん、おじいちゃん、おばあちゃん、学校の先生、習い事の先生、それに地域の人たち、大人みんなで子供たちに童謡を歌ってあげましょうよ。


[207]>187 風呂屋のポスター!! atomatom

ありました、ありました。

これは忘れていたなあ。

今、35歳より下の世代の方は知らないんじゃないでしょうかねえ、風呂屋に貼ってあった映画のポスター。

風呂屋もそうですが、映画館そのものが数が減ってきて、その分、大型化して、とても地域の商店街や風呂屋との係わり合いなんてなくなってしまったですもんね。

昔は商店街で映画の割引券をくれたりとかもしてましたねえ。

懐かしいことを思い出しました。


[208]>130 職人を中心にマチが一つになった aekie

私の身近な職人は壁塗りの左官屋さんです。近所の漆喰でできた壁、日本家屋の文化財を修復するとき、市では対応できなくなったので、県の担当者が職人の方を呼びました。職人の方は黙って、市と県の担当者、それに地元の人の意見をひたすら黙って聞き、修復に快諾しました。

以後、修復期間は1年2カ月もの長期間に渡りましたが、その間地元の職人仲間が集まり、漆喰の塗りに目を見張ったり、私たちも朝食、昼食を作り、生活を通じてマチ全体が職人と一つになれた気がしました。生活は職人さんに併せていかなければならないため、朝は冬でも5時起き。夏は鳥が鳴く4時過ぎです。仕事の終わりは日が沈むまでと。生活リズムが自然に従っていました。

できあがった漆喰壁は県の文化財として保存されることになりました。これまで身近にあった文化財になりうるものが、修復を通じて価値を認められるようになったのです。モノにいのちを吹き込む人が職人だとしたら、モノの価値をはんだんするのが私たちであることに気づかされました。


[209]街道と歌碑・石碑?美しい花々や木々、先人を魅了した美しい景色? fwap

私の住むマチ・沼津は古くから東海道の宿場町として知られ、広重の画にも描かれている当時から大きなマチです。

現在では、東名高速道路や国道1号線、旧国道1号線、電車では東海道本線。さらに、隣の三島駅になりますが東海道新幹線も通る交通に便利なマチです。

しかし、交通が便利になったからと言って、これまでの生活と比べ豊かになったのでしょうか?

知り合いの交通工学の先生に聞いてみると、電車や自動車で通勤時間が短くなっても、生活の質の向上が認められなかったというのです。

単純に、主観的な判断に基づく集計結果なので断言はできませんが、電車や自動車内での生活の質は上がったでしょうが、本来の目的は生活にかかる時間を減らして、家庭あるいは仕事場での時間に充てることが目的だと思うんです。

そのためにも、普段の通勤・通学の時間はなんとか大切にして、生活の質を意識した時間にしたいですね。

私の場合、通勤ですと隣(?!)の市まで自転車でおよそ40分程度。これを1年、2年、5年と続けていったらバカになりませんよね?


そこで、私の提案は単純で、もっと道や街道をマチの資源として活用することです。

道の駅があるように、歩こうの駅、すなわち歌碑や石碑、あるいは一里塚で歩みをいったん停め、その土地土地を愛でると言うことをしたいのです。

歴史を貴重な観光資源と認識しているマチですと碑が建っていたり、どことなく昔の通りの名残が隠れています。

私たちのマチといいますと日々の生活するためのマチばかりが強調されますが、実は隣のマチともつながっています。現代では交通の手段が多様化になり、特に自動車の出現は多くの連絡路を作りました。

しかし、歩くことやツーリングの楽しみも同時に再注目されています。自分の足で、当時の人とと同じ視線で。そんな思いが碑や史跡を残そうと私は考えついたわけです。


街道あれば、史跡あり。史跡あるところに歌碑・石碑あり。碑あるところに生活あり、です。

街道や歌碑・石碑の周りには、美しい花々や木々、先人を魅了した美しい景色があります。それを私たちは守っていきたい。

先人の生活や労苦が積み重なった上に、いまの私たちの生活が成り立っていることを自覚し、貴重な観光資源としての(再)活用を望みます。

街道と歌碑・石碑が、私が将来にバトンとして遺したい、未来に残したいモノですね。


[210]「軍歌」のソノシート momokuri3

「軍歌」とタイトルにあるので、平和を愛する皆さんには「え?!」と驚かれてしまうかもしれませんが、とりあえずお読みください。


「ソノシート」とは、アナログレコードの一種ですが、通常のレコードとは異なるペラペラの塩ビシートなどにプレスされたレコードのことで、薄く、柔軟性があって割れないので、雑誌にレコードを添付するなどのメディアミックス製品に多用されていました。

「ソノシート」という名称は朝日新聞社の関連会社だった朝日ソノラマという出版社(2007年会社清算)の商標で、同社は59年末より「音の出る雑誌」というキャッチフレーズの「月刊朝日ソノラマ」を刊行するなどして一世を風靡しましたが、その後は多数の会社が、懐メロや民謡、童謡、童話の朗読、テレビ主題歌、その他様々なテーマの「音の出る単行本」や「音の出る絵本」を刊行。60年代はソノシートの時代と言ってもいいくらい、たくさんの製品がリリースされていたようです。

そんな中に、「軍歌」のソノシートがありました。今私の手元にある物は祖父の家からお預かりしてきた物で、ジャケットは何ページにも及ぶ立派な本になっています。そこには歌詞だけでなく、曲の沿革や当時の時代背景などが詳しく説明されていて、なかなかの読み応えです。そして、数ページに1枚ずつのソノシート。ソノシートの保存状態はあまりよくなく、きっと何度も何度も繰り返しかけては聞いていたのでしょう、かなりノイズがひどくなっていましたので、PCで録音してデジタルデータ化してバックアップとすることにしました。

その作業中、それぞれの曲をじっくり聞きました。最初は単に資料的価値だけで作業していましたが、聴き込んでいくうちに、だんだんそれぞれの曲の本当の姿が見えてきました。

今「軍歌」と呼ばれている物の多くは軍隊のためではなく庶民のために作られた「戦時歌謡」とでも呼ぶべき歌で、戦時下の世相を反映してテーマは軍隊や戦争ですが、その内容はけっして戦争を礼賛するものばかりではなかったのです。


たとえば「戦友」。

此處は御國を何百里

離れて遠き滿州の

赤い夕陽に照らされて

友は野末の石の下

日露戦争を舞台に作られたこの歌は戦場で友を失った一兵卒の悲しみを歌ったもので、軍律に反して戦闘をかなぐり捨てて友の手当てを行う様子などが歌われています。こうした内容が軍規を乱すとして、太平洋戦争中、軍隊内では「禁歌」とされていたそうです。ある意味これは戦争の悲惨さをリアルに歌い上げる反戦歌でした。


「ラバウル小唄」

さらばラバウルよ

また來るまでは

しばし別れの涙がにじむ

戀し懷しあの島見れば

郷子の葉かげに十字星

ラバウル(ラボール)はニューブリテン島シンプソン湾を臨む都市の名で、太平洋戦争中は日本軍の占領下にありました。日本軍の一大拠点として陸海軍合わせて9万余名が駐屯。自給自足体制によって食料を確保するなどして、兵士たちは現地に「定住」するかのように過ごしていたといわれています。この歌はラバウルを生まれ故郷のように思いはじめていた兵士たちの帰還を歌ったもので、現地の女性との淡い恋心や別れの悲哀なども歌われています。兵隊はけっして殺人兵器なんかじゃない、やはり血の通った人間なんだと教えられます。


「麥と兵隊」

徐州徐州と人馬は進む

徐州いよいか住みよいか

しゃれた文句に振り返りゃ

お國訛りのおけさ節

髭が微笑む麥畑

この歌は、雑誌「改造」に連載された火野葦平の同名小説が評判となったことから、陸軍報道部の依頼によって作られた「国策歌謡」でした。

作詞は当時から多数のヒット曲を手がけていた藤田まさと氏。藤田氏は当初、出だしを「ああ生きていた/生きていた/生きていましたお母さん」としたそうです。ところが軍当局から「お国のために死ぬことが軍人精神だ」とクレームが付き、仕方なく「徐州徐州と人馬は進む」の歌詞に書き直したというエピソードが残っています。

藤田まさと氏は戦後もヒット曲を多数手がけていますが、その中に、未だ帰ってこない息子を待ち続ける母を描いた「岸壁の母」があります。本来なら「麦と兵隊」にも、息子を愛し安否を気遣う母心が歌い込まれるはずでした。


このように、「軍歌」と呼ばれる歌には、実は戦争の悲惨さを伝え、兵士といえども血の通った人間であることを歌い、戦時にあっても変わらぬ母の愛を歌い上げるなどしながら、ひたすら平和の訪れを待ち望む歌が少なくなかったのです。表面的にはいかにも戦争礼賛の歌のように聞こえますが、真実はその逆でした。

私は多数のレコードやCDをコレクションしています。いつかそれを博物館的に公開するのが夢ですが、その多数のコレクションの中でも特にこのソノシートを、戦後に刊行された物ではありますが、戦時にあって平和を待ち望んだ人々の心を伝える物として、大切に保存し、未来に伝えていきたいと思っています。


[211]>210 追記 momokuri3

著作権法の観点から、引用歌詞の出典を記しておきます。


戦友 作詞:真下飛泉 作曲:三善和気

ラバウル小唄 作詞:若杉雄三郎 作曲:島口駒夫

麦と兵隊 作詞:藤田まさと 作曲:大村能章


なお、後にドリフが歌ってヒットさせた

「ほんとにほんとにご苦労ね」(ドリフバージョンは『ほんとにほんとにご苦労さん』)

「ズンドコ節(海軍小唄)」(同『ドリフのズンドコ節』)

「可愛いスーちゃん」(同『可愛いスーチャン』)

などは俗に軍隊小唄等と呼ばれ、戦地で兵士たちが愛唱していた歌謡曲だったそうです。これらも現在では「軍歌」と呼ばれることがあります。


[212]>41 イエの四季 canorps

窓というキャンパスに描かれる庭。

これがしっかりできていると本当に季節を感じることができますね。

我が家は選んだ樹木が落葉樹ばかりを選んでしまい、さらに、肥料が足りていないのか

あまり葉が生い茂ってくれないので年がら年中秋の様相で

冬だけは葉がなくなってしまうので、まふゆーーーーー、な寂しい風景です。

もっと、手を入れたいなあと思います。


[213]>204 着物 meizhizi87

私も成人式や結婚式で着物を着ました。結婚式では母のおさがりの着物を着ました。卒業式で着た袴も、一生に一度しか着られないものなので、とても感動しました。


[214]庭の木たち YuzuPON

近所で引っ越しがあった後、家が取り壊されました。家屋の解体作業が終わり、敷地の周りに張り巡らされていたシートが取り除かれると、そこは瓦礫の山。廃材を積み出すばかりになっていました。庭木はどうしたんだろうと覗いてみると、無惨に抜かれ、切られたものが、廃材と一緒に積まれていました。あまりの扱いのひどさにショックを受けました。

役所に、うちの方には緑のリサイクルのような制度はないのかと問い合わせてみました。緑のリサイクルと呼ばれている制度には二つの意味があります。ひとつは、剪定枝や落ち葉など、樹木から発生するゴミで堆肥や腐葉土などを作り、緑化資源とする制度。もうひとつが、工事や引っ越しなどで伐採される運命の樹木を自治体に寄託して、庭木が欲しい人に譲り渡してもらったり、公園などに移植してもらう制度のことです。問い合わせたのはもちろん後者の制度です。

役所の返事は、ある、とのことでした。しかしせっかくの制度も知ってか知らずか利用しない人が多く、無駄に切られてしまう樹木も多く残念だとの答えです。さらに、受け入れられる樹木の大きさには限度があるので、本当に残したい大きさの木が現行制度では残せないという問題点も、率直に教えてもらいました。

わが家にも、狭いながら庭があります。そしてそこには、ちょっとした木陰が出来るくらいの木が植わっています。そんな大木ではありませんが、もうこの大きさになったら、自治体では受け入れてくれないでしょう。としたらこの木はわが家の家族で守るしかありません。

私はまだ独身ですから、父母と同居しています。しかしおそらくそう遠くないうちに独立することになるだろうと考えていました。私が家を出た後、もしも父の転勤などで引っ越し話が持ち上がったら、この家はどうなるのでしょう。この庭木はどうなってしまうのでしょう。わが家の場合、築年数から考えて、売却すればほぼ確実に家屋は取り壊して建て替えです。そうなれば、この木たちはあの引っ越した家の庭木のように…。

最近私は、庭木を受け継いでいくための親との同居というのも有りかなと考え始めるようになりました。昔は、ちょっとした旧家の庭先には、立派な大木があったものでした。それは代々親から子へと受け継がれてきたから大木に育ったものに違いありません。私が未来に残していきたいのは、この庭の木々たちです。


[215]父から受け継いだサツキの盆栽 Catnip

以前も書かせて頂きましたが、私の父はサツキが好きな人でした。その父が丹誠込めて世話をしていた盆栽を、今は私が受け継いでいます。これを末長く未来に受け継いでいきたいのです。

思えば私は親不孝な息子でした。成長するにつれて親を疎ましく思う気持ちが強くなり、せっかくの親の愛を拒絶したままで来てしまいました。だから私には、親から受け継いできたものが無いのです。子供は親から人生における様々な大切なことを教えられて育つものですが、私はそれを拒否しながら育ってきてしまいました。

そんな私を父はいつも、お前の人生だ、好きにやりなさいと見守ってくれました。そういう人格者の父から何も受け継いでこなかったことが、今の私にとっての痛恨の極みです。

唯一私が心を開くことが出来たのは、サツキの世話をしている時の父でした。なぜそうだったのかは分かりません。サツキの木の発する波動が私の頑なな心を和らげてくれたのかもしれませんし、花木に愛を注ぐ父の純粋さに惹かれていたのかもしれません。とにかくそのようなわけで、サツキの手入れの仕方は誰からも直接教わったわけではありませんが、父の姿を見て、やり方は見て覚えていました。これが、父から受け継いだ唯一の確かなものなのです。

今、父がやっていた通りにサツキの世話を続けています。こうしてサツキと語り合う間に、在りし日の父からは受け継ぎ損ねた様々なことが、理解でき、身に付いていく気がします。わが家のサツキは、失っていた親子の時間を蘇らせてくれるサツキなのです。

サツキには様々な楽しみがあります。まず、もちろん花の楽しみですね。サツキには様々な品種があり、サツキだけで百花繚乱の華やかさが有ります。ご存知ない方は一度サツキ展にお出かけください。なんと多種多様な趣を持つ品種があることか。サツキだけで世界の花を網羅してしまうと思ってしまうくらい、様々な花が楽しめます。

またそれぞれの花の咲き方を楽しむとともに、品種の来歴などに蘊蓄を傾けていくのも楽しみの一つです。

同時に、最新の品種をいち早く手に入れていくコレクション的な楽しみもあります。新たな品種を手に入れると、今まで見たこともない花が見られる。この楽しみもまた格別です。この今は新人の若い木を、何十年もかけて斯界の重鎮のような立派な盆栽に育てていくのもまた楽しみです。

そして自己成長の楽しみ。サツキは生き物。初心者が盆栽の型に整った素晴らしい鉢を手にしても、その型を翌年まで維持していくことは至難の業です。あっという間に台無しにしてしまうのが関の山。私がそうでした。全くの初心者が、大きなサツキ展で何度も称賛を浴びた名人の遺産を受け継いでしまったのですから。

最初は父のサツキ仲間にお譲りしようと思っていました。でも、私が世話をしていたサツキを見て、父のやり方をよく受け継いでいると言ってくださった方がいたのです。それが、本格的にサツキに取り組み始めた切っ掛けでした。それ以来、サツキが私の成長の鏡です。

サツキを見れば、私がどの程度に成長したか分かります。技術的にも、人間的にも。そういう自己成長も、私にとっての欠かせないサツキの楽しみの一つです。父のサツキは今、父と私の親子のサツキとして、サツキ愛好家の皆さんから認めてもらえるようになりました。

サツキは、樹齢100年、250年といった木が存在することからも分かるように、人間より遥かに長生きです。私からさらに次の世代に受け継いで、父の足跡を未来にまで伝えていきたいと思います。


[216]>160 あいさつ tunamushi

あいさつから始まるのは何か意味がありそうですね。態度にも現れてくると思います。


[217]座敷と仏壇 YAMAHAx9LOVE

朝、起きたときに、自分のイエ(家系)のご先祖様に「おはようございます、今日もありがとう」

とお伝えできる・感謝する間(空間+時間)は必要だなぁと、


昔、一軒家(仏間あり)にすんでたのですが、

今、マンション(仏間なし)に過ごしておるもので、ヒシと感じる次第です。


[218]>216 あいさつ adgt

こういう日常での習慣が、人間関係には大切


[219]>212 イエの四季 adgt

最近住宅展示場に遊びに行ったら、四季を取り入れる工夫がすごくしてあった


[220]>57 床の間 sidewalk01

上品で良いですよね!いつか持ちたいです。


[221]>191 昔の遊び sidewalk01

凧あげは思い出深いです


[222]>218 あいさつ sidewalk01

気持ちよく一日を過ごすためには、気持ちよい挨拶がいいですね


[223]>214 私も同意見です Lady_Cinnamon

家の資産価値というのは20年そこらなんですよね。それ以上の築年数となると、資産価値はゼロに等しいのが現行制度になっています。家の寿命を短くしているのは、こういう制度にも影響されていると思います。

でも、イエの寿命には資産価値などありません。幸せな暮らしがそこにあれば、それがイエにとっての幸福価値とでもいいましょうか。それは、家屋だけでなく樹木も含めた家族としてのイエもです。

私にとっても、庭の木々は家族同然。名前まで付いている木々というのは、そうそう少ないイエでしょう。もっと庭樹への愛を広めたい、残していきたい、私もそう思っています。


[224]>180 日本中のダルマ Lady_Cinnamon

ダルマにも日本中で色々なデザインと歴史がありますね。私もダルマが好きなんです。地元で作られているダルマ。

ちょっとした逸話があります。小泉八雲がマチに来ていた時に、そのダルマさんの話が出てくるんです。デザインにも違いがあります。頬の部分に八の字を数字で書いた様なひげ(?)がついています。マチおこしも兼ねて、今では赤以外に色々なカラーバリエーションまであるんですよw。

私はまだ注文していないのですが、将来、立派なダルマさんが欲しいです。そして一緒に旅行もできるサイズのダルマさんも欲しいかな(笑)。願いと共に、暮らしもともに楽しめる、そんなダルマさんとの共同生活を夢見ています。


[225]>103 木製のそろばん Lady_Cinnamon

木製のそろばん、確かに子供の頃って、他の子と違うと何か嫌んなっちゃうことってありましたね。でも本当の価値が分かるのは、やっぱり大人になってから・・・とでもいいましょうか。

できたら、そろばんの現役復帰、家族で使ってくれる人が受け継いでくれたらいいですね。せっかく、そのおうちに伝わってきた逸品なのでしょうから。

それと、海外の方にお披露目すること、これは目からうろこでした。確かに、海外の方にとってはそろばんは珍しい文化でしょうし、面白いと思ってくれるツールに間違いないでしょうね。


[226]>110 良い習慣と共に Lady_Cinnamon

そうですね、素敵な習慣・希望だと思います。我が家の庭にも毎年、不思議な花が咲きます。図鑑にもなかなか載っていなくて、今のところ名無しの花です。それでも庭一面に広がる愛らしい姿に見とれています。

雑草といえど一つずつ名前が付いているんですよね、きっと。みんなのイエから集めたら、飼料がいっぱいになるんじゃないかなぁ。。。それに、それぞれの種類を調べるって言う事は、心の余裕のある人だからこそできるんだと思います。そんな家族に囲まれてこそ、イエも草木も、生き生きとするのだと思います。


[227]>223 家も木も受け継ぎたい TomCat

現代の売却に伴う家屋の取り壊しには、もうひとつ、一筆の土地を二筆に分けて売るという、不動産屋さんの都合もあるんですよね。

昔は一軒60坪70坪は小さい方でした。しかし今の首都圏などで、60坪70坪の土地が買える大金持ちなんていませんよね。そこで買いやすい価格帯で切り売りするために、わざわざ解体費用をかけてまで建物を取り壊して更地にするわけです。

昔は土地を小分けにすると「たわけもの(田分け者)」と言われたものですが(たとえ相続があっても田畑を分けて小さくしてしまうと収穫の総量が減ってそれぞれの暮らしが苦しくなるから土地は分けずに使いなさいという教訓)、今は土地家屋を次世代に受け継ぐという考え方が希薄なので、簡単に分けてしまうんでしょうね。

こうした商売の都合だけで不動産が転がされていく結果、どれだけ資源が無駄になり、そして大切な木々までが無惨に抜かれ切られていくことか・・・・。

家屋や庭木を受け継ぐためのご両親との同居。素晴らしい選択だと思います。みんながそう考えていくようになったら、どんなに日本の家族が、そして社会が、自然が変わっていくでしょう。

木は植えるだけでなく守っていくことも同じだけ大切ですね。それをイエや家族への愛の延長線上で行って行けたら、本当に素晴らしいことだと思います。


[228]>215 素敵なものを受け継がれましたね Lady_Cinnamon

サツキを見れば、私がどの程度に成長したか分かります。技術的にも、人間的にも。そういう自己成長も、私にとっての欠かせないサツキの楽しみの一つです。

Catnipさんは、本当に素敵なものを受け継がれましたね。その過程はともかくとして、今ある姿がとても素敵であり、これからも残そうと努力されている姿が素敵なんだと思います。

さつきには色々な種類や楽しみ方があるとありますね。樹齢も長い、いえ、長く受け継げば長く出来るものとのこと。是非、お父様の足跡と一緒にご自身の足跡も、未来へ受け継いでいってください。


[229]>217 ご先祖様 Lady_Cinnamon

ご先祖様と共に暮らせるイエというのも、理想的な姿の一つだと私は思います。私の祖父母のイエにはご先祖様の写真・似姿絵が残っています。戦争で焼けなかったのは疎開先になるような田舎でもあったためだからです。

そんな祖父母のイエでは、毎日、ご先祖様の仏壇にお供えをしお線香を灯していました。我が家は分家なので、ご先祖様の仏壇はありませんが、いつかそういう日が来たら、日々の感謝をしたいと思います。


[230]>199 おのおののイエで伝えていきたい民話 Lady_Cinnamon

大都会東京。そんなマチにも今でも立派な緑が残っていたり、このような微笑ましい民話が残っているものなのですね。

昔話というものは、ずっと前は親から子へと受け継がれていったものですね。地域の子供たちだけでなく、語りべとしての大人・親が増えていってくれることを、せつに願う所です。

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