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例:
鹿島神宮の要石
香取神宮の要石
葛飾区の立石様

これらのように、地中深く刺さっていてどこまで掘っても掘り出せなかったという伝説のある「石」を探して、その伝説を紹介したページのURLを添えて教えてください。
ただし、例にあげたものは不要です。
また、これらの石を「模して作った」とされるものも除いてください。
例のもの以外に存在しないとしても「ありません」という回答は不要です。

●質問者: chinjuh
●カテゴリ:旅行・地域情報 芸術・文化・歴史
✍キーワード:URL 伝説 存在 立石様 葛飾区
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 5/5件

▽最新の回答へ

1 ● HINO
●0ポイント

個人のブログのようですがどうでしょうか

http://blogs.yahoo.co.jp/wilden_mann/20762785.html

◎質問者からの返答

例にあるものは「除いて」

ポイントはさしあげられません。

ほかに回答がつかなければキャンセルします。


2 ● kanan5100
●30ポイント ベストアンサー

静岡県沼津市の要石神社

http://www.city.numazu.shizuoka.jp/kankou/rekishini/bunkazai/tou...

>言い伝えによると「要石は地上に顕れたる部分はわずかであるが、地中に隠れたる部分は実に大である。祠より北三町をへだてる、大橋源太郎氏宅地井戸端辺の間に広がった一面の巌石で、太古地中に大鯰が居て数々動きて地震を起こし人畜を害した、依って此の大岩石を彼の鯰の頭上に載せ以て自由に動くことが出来ないようにした。因ってこれを要石という」

松本市島立の立石

http://blog.goo.ne.jp/trx_45/e/992746b7ce6b9e3a865f3980c8a958a1

>この石は「地球の真ん中までつながっている」などと言われていたようで、大事にされてきた。

残念ながら現在は工事で掘り返されて移転したとのこと。

盛岡市のだんご岩

http://mytown.asahi.com/iwate/news.php?k_id=03000580904100001

>中の橋下流側の中津川の水面に顔を出す巨石は「だんご岩」。昭和40年代の河川工事の際、いくら掘っても取り除けなかったといういわくつき。国土交通省の担当者の間では代々、「あの岩は取れない」と引き継がれているそうだ。

◎質問者からの返答

沼津の要石はドンピシャでした。こういうのを探してます。

松本のは掘り出されちゃってるのが惜しいですね。でも葛飾以外にも「立石」があるのは興味深いです。

だんご岩は、はなから巨石なのが見えてると、掘り出せなくても面白くないかなーと思ったけど、写真を見ると、頭を出してる部分はたいした大きさじゃなさそうですね。ありがとうございます。

http://www.houseco.jp/db/?_action=ViewBlogComment&erid=3327


みなさん、他にもあったら、ぜひご回答ください。


3 ● MEI-ZA-YU
●60ポイント

●『素盞雄神社の瑞光石』

東京都荒川区南千住6-60-1

http://www.susanoo.or.jp/

http://www.susanoo.or.jp/guide/guide_01.html

文政12年(1829)編纂の「江戸近郊道しるべ」には、千住大橋架橋の際、この瑞光石の根が大川(現隅田川)まで延びていた為に

橋脚が打ち込めなかったという伝承が紹介されています。



●『下尾久石尊(出世石尊)』

東京都荒川区東尾久6丁目の住宅街の中で祀られている自然石

http://homepage3.nifty.com/kofun/sumida/arakawaku/sekison/index....

地元に伝る伝説によれば、暦応年間(1338?1342)、しばしば地震が起るので不思議に思った村人がこの地を訪れた所、

地面より二尺(約60cm)程の異形な石が生えていたので、石神として祀ったそうです。

また、江戸時代の地誌『新編武蔵風土記稿』下尾久村の項には、


「石尊 社ハナシ。高四尺許ノ自然石二ツ並ベリ。地ニ入コト深カラザル由ヲイヘバ、先年掘ントセシニ掘出シ得ズ由ヲ権現ニ崇メ祭レリト云。

近年傍ニ石尊ト彫シ碑ヲ立。阿遮院ノ持。」

(『新編武蔵風土記稿 豊島郡之十一』内務省地理局 1884)


と素盞雄神社の瑞光石や、鹿島神宮の要石のように、掘っても掘っても石の根元が見えなかったという荊石伝説を記録しています。



●『大村神社の要石』

三重県伊賀市阿保

http://f1.aaa.livedoor.jp/~megalith/oomura.html

(これは実際には掘ってないようですが・・・)

また、鹿島大社の要石は水戸黄門が地中を掘ろうとしてあきらめた話が伝わっていますが、

大村神社の要石はとりあえず一度も掘られた、掘ろうとされた話は伝わっていないとのこと。

◎質問者からの返答

けっこうあるもんですね。

素盞雄神社は、何度か行ったことがあるのに

石の存在にはまったく気付きませんでした。

今度見に行ってきます。

ありがとうございました。


みなさん、引き続きお願いします。


4 ● kanan5100
●30ポイント

まだまだ行きますよ。

東京都港区「長坂の脚気石(永坂の要石)」

麻布七不思議のひとつとのこと。

http://jin3.jp/7fusigi/kakkeishi.htm

>永坂の坂上に「脚気石」と呼ばれる石があった。塩を供えてお祈りすると、足の病に効能があり「かなめ石」とも呼ばれ評判になった。道の真ん中にあり、通行の邪魔だと取り除こうとしたが、いくら掘っても根の尽きることがなかったという。明治になり、露出した上部は取り除かれたが、「根」はまだに土中にあると言われている。

秋田県横手市石町「石町の建石」

http://history.riok.net/chapter04_section06.html

>菅江真澄は『雪の出羽路』に、「高さ一丈斗(ばかり) 幅四尺四方、要石の如く その深さはかりしれずともはらいへば、人とら集まりて掘りにほりしかば、五六尺も掘れど なほその底知れざれば止ぬといへり。此石あるをもて石町とて云々」

石川県白山市石立町「石の木塚」

http://www.ishikawa-maibun.or.jp/sanpo/ishinoki.html

>石の木塚は、その性格については不明とされながらも、古来より広く奇石として知られ、浦島太郎や武蔵坊弁慶にまつわるものや、石の根が能登石動山(せきどうさん)まで続いている等多くの説話や信仰の対象となりながら、現在まで変わらぬ姿で保存され続けている貴重な遺跡として高く評価されています。

http://www.freefox.org/2/2007/12/post-9.html

>石の木は、力自慢の弁慶(べんけい)でさえ抜き取れず、その時に付いた指の跡とされる窪(くぼ)みが残っている。 加越能の説話を集めた「三州奇談」には、加賀藩三代藩主の前田利常が家来に石の根を掘らせたが、いくら掘っても先端を見つけることができなかったとある。その根は遠く石動山((せきどうざん)(中能登町))や、竜宮城にも続いているとされ、町名の由来ともなった。

宮城県仙台市泉区根白石「根白石」

http://www.ne.jp/asahi/asamasa/shako/miyagi/neno.html

>またこの石はこの土地「根白石」の地名の由来になっているんだということです。

さらにすごい話はその根白石の石は地中で白石市(だいぶ離れてるよ。40kmくらいかな?)と繋がってるっていう話もあるのです。

その石自体が地名の由来になっているところが多いですね。

◎質問者からの返答

ほほほほ、実にすばらしいです。

回答上限をあげておきますので他にもありましたらご遠慮なくどうぞー。


5 ● aiaida333
●0ポイント

ありません。

http://wakabamac.blog95.fc2.com/blog-entry-67.html

◎質問者からの返答

はい、ごくろうさま。

さようなら。

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