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「嘘は、事実に反することを言うこと」というのがwikiでの定義でした
しかし本人が間違っているために、事実に反すると思って言ったことが実は真実だった場合がありえますよね。この場合、結果を基準に、(1) その人は嘘をついたつもりだったのに本当のことを言ったことになるのか、(2) 結果は裏目に出たものの、やはり嘘をついたことになるのか
私は(2)だと考えますので、嘘の別の定義を提案します
人間の脳内には、感情や情緒というアナログな回路がある一方で、外部の状況を取り込んで状況判断・意思決定を行うデジタルな論理回路があるということを前提にして
「嘘とは、その人の感情・気分による、その人の論理・知識・思考の否定・反転である」
という定義はいかがでしょうか
つまりその人の論理性を感情が否定すれば嘘になる。
たとえ間違ったことを口にしたとしても、その人がそう信じていたならば、それは嘘ではないことになります。
また好き嫌いで贔屓したり、苦手感覚から正しい判断を取れないというのも嘘と同様の扱いになります。

●質問者: ShinRai
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:Wiki アナログ デジタル 事実 人間
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 19/19件

▽最新の回答へ

[1]簡単な例で JARO のコピー Reiaru

「嘘、大げさ、紛らわしい」のキャッチコピーで有名な JARO ですが、

こちらで用いられている「嘘」の意味からしますと (2) の案では意味が通らなくなるように思えます。


嘘 = 虚偽 という意味合いのままで良いのではないでしょうか。


[2]>1 定義を追加するという発想もあるのでは chinjuh

定義を変えるのではなくて、今までの定義に加えて、別の定義を付け加えるという考え方もあると思います。


質問者さんが言ってるのは、嘘から出た誠は嘘なのか誠なのかということだと思います。

Aさんが、ポンポコ山に虹色のタヌキがいると言ったとします。もちろんAさんはありもしないことを出任せで言っています。つまり嘘ですね。

Bさんが本気にして探しに行くと、ほんとうに虹色のタヌキが見つかってしまいました。この時点で、Aさんが言ったことは事実になってしまうのですが、Aさんはあきらかに騙すつもりで言ってます。

さて、Aさんの発言は嘘ですか、事実ですか?


もし、Aさんの発言を嘘とするならば、発言自体は事実だったんだから、wikipediaの定義通りならば「事実」ってことにもなりますよね。

でも、Aさんは事実を述べようとしたのではなく、あくまで嘘をつこうとしたわけです。ってことは、やっぱりAさんの発言は「嘘」としてもいいんじゃないでしょうか?


もし、新しい定義を追加するとしても、もうちょっとわかりやすいフレーズにならないでしょうか。たとえば「嘘は、事実に反することを言うこと。あるいは本人が認識する事実に反することを言うこと」とか。


[3]>2 発言した時点のジャッジ adgt

で十分だと思いますね。本人が事実と思っていることとのズレで判断すればよいかと。


[4]>3 本人が事実と思っていることとのズレで判断するなら chinjuh

やっぱりウィキペディアの定義は不完全ということなんでしょうか。

ちなみに、ネット上の国語辞書でも、ほぼ同じことを言ってますね。

http://dictionary.infoseek.co.jp/?ii=0&lp=0&sm=1&sc=1&gr=ml&qt=%...

>事実を曲げてこしらえたこと。本当でないこと。偽り。


でも、よく考えたら主語を大幅に省略した状態とも言えますね。

「(本人が思っている)事実を曲げてこしらえたこと。本当でないこと」

「嘘は、(本人が思っている)事実に反することを言うこと」


[5]>4 嘘 と 嘘をつく行為 adgt

を分けて考えたほうが良いかもしれないですね。嘘をつくという行為であれば、事実いかんよりも、意図のほうが重要だろうとおもいます。


[6]定義の前提に誤りがある YasudaS

>感情や情緒というアナログな回路

アナログの意味を理解していなため妄想で回路があるかの様に言っている。

>状況を取り込んで状況判断・意思決定を行うデジタルな論理回路がある

まず、状況を取り込めるなら判断以前に取り込んだモノなのであるから、自由に出来るということ。

さらに、デジタルの意味を理解していない無意味な物言いをしている。

これらを前提としたとしても、その後を続ける意味がない。

論理学的に言えば「前提が偽である場合、その前提に積み重ねても議論は不定である」ため。


[7]日本語版のwikiの定義は不十分 TeX

事実と反していても、嘘ではないこともあります。たとえば事実誤認とか。事実に反することを語ったとしても、「嘘」とは言いがたい。

嘘をつくとは

1事実を知っている

2人を欺く意図がある

の二つの条件がある場合の行為だと思います。

となると、「人を欺く意図でもって語った本当のこと」は、2はあてはまるが、1の「事実を知っている」という条件を満たさないので嘘ではない。(でも、嘘探知機では、2でもって嘘という結果がでそうですね。)だからといって、「嘘から出た真」を真実とも呼びたくはありませんが。

http://en.wikipedia.org/wiki/Lie


[8]「嘘」という言葉には複数の意味があると思います。 phero

「嘘」の反対はなんでしょうか?

「真実」だと言う人もいると思います。(?)

それは違うと言う人もいると思います。(?)

私が思うに、両者とも正しいと思います。


まず、基本的には?の解釈が正しいのだと思います。

「嘘」というのは言及対象が客観的に正しいかどうかとは全く無関係のもので、

ある人が「真実と思っていることと逆のことを言う発言」のことでしょう。

漢字を見ても口編に虚と書きますし、あながち間違った解釈ではないかと思います。


本人がいくら嘘をついたつもりでも

事実誤認して実際には真実を言っていたのであれば、

「結果的に真実を言った、嘘つきの人」

です。

逆に本人がいかに本当のことを言っているつもりでも

事実誤認して間違ったことを言っていたのであれば、

「結果的に間違ったことを言った、嘘つきではない人」

ではないでしょうか。


「地球が回っている」のは紛れも無い事実ですが、

天動説を信じていた人たちが皆「嘘つき」かというと、そうではないはずです。

「神様がいる」と言う人は嘘つきでしょうか?

皆嘘つきではないと思います。

神様の存在を信じていないのに神様がいると言う新興宗教の教祖がいるとしたら、

その人は嘘つきだと思います。


という理屈で?が正しそうなのですが、

「真実」の反対語として「嘘」という言葉が使われるケースもあると思います。


例えば先程、

本人がいかに本当のことを言っているつもりでも

事実誤認して間違ったことを言っていたのであれば、

「結果的に間違ったことを言った、嘘つきではない人」

になると書きましたが、

これを

「結果的に嘘を言った、嘘つきではない人」

と言い換えて違和感があるでしょうか?

おそらく違和感なく意味が通るかと思います。


というわけで、以上?と?の2つの意味があるのでは、という意見でした。


[9]>5 細かくわけていったほうが willingness

理解が良いと思います


[10]>7 2の条件ですが、自分自身を欺く場合も含めてよいでしょうか ShinRai

2.の「人を欺く意図がある」ですが、自己欺瞞の場合はどうでしょう。

これも嘘に含めてもよいでしょうか


[11]>6 ここでは nasi-goreng

「感情や情緒というアナログな回路」というのは「人間の思考の感情的働き」

「デジタルな論理回路」というのは「人間の思考の論理的な働き」

の比喩的な意味でいいのではないかと思いますよ。

まさか本当に回路があるわけではないでしょう。


[12]>11 嘘か真か ? すべてが仮説であるならば ? adlib

デジタルな論理回路とアナログな感情回路を、比喩的表現とすると、

エクセルは非情な計算結果を出すが、ソロバンは感情に支配されやすい、

というような、はるかむかしの論調に戻るのではないでしょうか。

すると、YasudaS さんがデジタル派で、nasi-goreng さんがアナログ

派のように見えますが、そこに共通の「事実」は存在するでしょうか。

むしろ「嘘か真か」の対比に、矛盾があるのではないでしょうか。

── すべては仮説にはじまり、仮説におわる(エピローグ)

http://booklog.jp/users/awalibrary/archives/4334033415

── 竹内 薫《99.9%は仮説 思い込みで判断しないための考え方 20060216 光文社新書》


[13]主観と客観 castle

嘘を吐く人の「主観的」に立って考えるならば、発言者自身の意思を考慮して分類されることに意味があるかもしれません。

また、「客観的」な結果に対して嘘という語を定義するなら、ウィキペディアのように辞書的な表現でも許容範囲内に思えます。

事実に反する、というのは、嘘を吐いた本人の主観内での話だと考えるなら、「(本人の思っていた)事実に反したことを述べる」と捉えれば意味は通じるようにも思われます。

ただ、「主観的に嘘を吐いた結果として本当になってしまった行為」というものは、「嘘」よりも「騙し損ねる」「騙り損ねる」「勘違い」と表現したいですね。


[14]>11 問題は妄想のデジアナなんだ。 YasudaS

>比喩的な意味でいいのではないかと思いますよ。

そうであれば、無意味で誤った比喩もどきでしかないわけだよな。

>まさか本当に回路があるわけではないでしょう。

インプットとアウトプットがあり、その経路としての意味では「回路」は比喩として成立しているが、

その前のアナログ/デジタルの意味が頓珍漢であることが問題なんだな。

>人間の思考の感情的働き

感情だからアナログだとか、そうでないとデジタルだとかいう愚かさが問題なんだよな。

その時点で、アナログとデジタルの意味を理解できていないことが表されてしまっているんだね。

で、次の回答にある「そこに共通の「事実」は存在するでしょうか」には、

「妄想して誤っている用語を使っているということと、わたしの誤った用法であるという指摘」で矛盾も共通もありはしないんだな。

>「嘘か真か」の対比に、矛盾があるのではないでしょうか

嘘と真は、対立はしない。

真と対立するのは偽であるし(真偽)、虚と対立するのは実だからね(虚実)。

ここらへんの用語をちゃんと理解していないことと、デジアナの蒙昧な理解能力からすると、設問への回答としては、「それはないよ、元となる立論からもあり得ない前提だよ」という指摘以外にすることもないでしょうな。


[15]>12 ShinRaiさんのデジタル、アナログ定義は独特ですから nasi-goreng

>その前のアナログ/デジタルの意味が頓珍漢であることが問題なんだな。

>感情だからアナログだとか、そうでないとデジタルだとかいう愚かさが問題なんだよな。

工学的なデジタル、アナログとは関係ないでしょうね。

比喩というか、世間一般のイメージでしょうか。

新しいものはデジタル、古いものはアナログ。

きっちりしているのがデジタル、あいまいなのがアナログ。

>デジタルな論理回路とアナログな感情回路を、比喩的表現とすると、

>エクセルは非情な計算結果を出すが、ソロバンは感情に支配されやすい、

>というような、はるかむかしの論調に戻るのではないでしょうか。

何でこうなるのかよくわかりません。そろばんはデジタルですよね。

エクセルとソロバンの対比ならば、ハイテクとローテクでは?

最近の電気機器がデジタル化されているからといってアナログだからローテクというわけではないでしょうし。

adlib1ptさんはShinRaiさんに近くて、

私の考えはYasudaSさんに近いと思うのですが。


[16]>8 あと状況にもよって sumike

だますための嘘や、守るための嘘もありますね。

社交辞令みたいな嘘も

体調悪くても、大丈夫、や元気だよなんてみんな言っていると思う。


[17]>16 そうですね、 phero

ただ、私の記述がわかりづらかったかもしれませんが、

? 事実に反すること

? 事実に反することを言う事

という?つの意味があるのでは、という意見のつもりでしたので、

sumikeさんのおっしゃる嘘は?に含まれるような気がするのですが、いかがでしょうか?


ある言葉の定義を考える際に、その言葉の目的というのはあまり関係ないようにも思います。

「脱税」という言葉の定義を考えるとして、

「私腹を肥やすための脱税か」「ついうっかりやってしまった脱税か」

を考えるようなものかと。


[18]>10 ウィクショナリーの定義の方がよい sibazyun

まず、wikiとしていますが、ウィキメディア財団のウィキペディアよりは、同じ財団の国語辞書プロジェクトのウィクショナリーの定義:

http://ja.wiktionary.org/wiki/%E3%81%86%E3%81%9D

の方がよいですね。2つの意義を述べています。要約すると、

(1)真実以外を、相手に信じさせるように云うこと。

(2)真実以外

で、この場合、(1)、つまり、「欺く意図」がある場合を対象とします。

その意味でいえば、「自己欺瞞」も「嘘」でしょう。で、

ただ、嘘をつく理由の一つは、相手を自分の思う方向に導く意図があります。

自己欺瞞は、やはり、その一つ(相手=自分)であり、

「痛いのに痛くないと信じさせることで自分の窮地を脱する」と

いった自己暗示もあるでしょう。

で、脳内のアナログ、デジタルの定義自身はやや疑問ですが、

それは置いておくとして、

「嘘とは、その人の感情・気分による、その人の論理・

知識・思考の否定・反転である」

は、あえていえば、そうかも知れないが、むしろ、

「嘘とは、その人の論理的、功利的判断による、その人の論理・

知識・思考の否定・反転である」

といえるかも知れません。嘘をいうときのすべてとは

いいませんが、かなりの場合は、論理的に相手に与える

影響を(倫理的な善悪は別にして)計算しているものです。


[19]>18 ウィキペディアを編集しました sibazyun

定義のところを、「事実に反することを自覚して言うこと」

と変更しました。

(他の人がまた変更するかも知れませんが。。。)

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