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多重人格者の人権は人格ごとに認められるのでしょうか?それとも1つの体には人権は1つしか認められないのでしょうか?

人権は一つの人格に一つずつ認められるとしたら、例えば人格Aと人格Bがあるとします。人格Aと医師が治療として人格Bを消してしまおうとした場合、人格Bは自らを守れるのでしょうか?人格Bは人格Aを通報したり相手取って訴訟したりできるのでしょうか?

逆に人権は一つの体に一つしか認められないとしたら、国なり周囲の人なりは何を根拠にAとBのどちらの人格に人権を認めるのでしょうか?そして、認められなかった人格には一切の人権を無視してもよいのでしょうか?例えば「人権の認められた人格」の同意を元に「人権の認められない人格」を本人の前で罵倒してもよいのでしょうか?

このようにどう人権をカウントするとしても矛盾を抱えそうです。どう考えたらよいのでしょう。もし人権の普遍性を認める方がいましたら是非ともごお付き合いお願いいたします。

注: 多重人格とは解離性同一性障害を指します。

●質問者: tmoriya
●カテゴリ:政治・社会
✍キーワード:カウント 人格 人権 医師 多重人格
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 12/12件

▽最新の回答へ

[1]主人格の人権が優先 rouge_2008

主人格の人権が優先されると思います。

多重人格(解離性同一性障害)では、何らかの原因で後から発生した人格にも、それぞれ氏名、年齢、性別があるようですので、周囲の人間はメインの人格とその他の人格の区別が可能なはずです。


[2]日本に人権は一つだけ winbd

人格は日本国民一人一人が保有していますが、守られる人権は全国民に一つだけです。

「この人には適用されるけどこの人には適用されない」などという人権は存在していませんよね。

面と向かって罵倒されたのなら多重人格であっても両者に適用されますし、人格の変更が人権侵害だと言うのなら普通の心理カウンセラーのケアもアウトということになってしまいます。


[3]>2 唯一考えられるのは winbd

名誉の毀損や侵害に関してぐらいでしょうか。

ただし、面と向かって罵倒すれば本人に言っているのは明白なので、それについて守られる名誉はどの人格であっても関係無いです。


面と向かっておらず、サブ人格が勝手に名乗っている名前を名指しで罵倒したのなら名誉毀損が認められるかどうかは微妙な線になりそうです。


[4]片方の人格だけの人権を侵害するのは無理では? WATAO71

>人格Aと医師が治療として人格Bを消してしまおうとした場合、人格Bは自らを守れるのでしょうか?

そもそも「人格を消す」という人権侵害はあるのでしょうか?

トラウマをセラピーで消す治療もありますし、人の記憶を操作することは医療行為ですらなく、誰がおこなっても人権侵害にあたらないと思います。


[5]>1 主人格=基本人格 rouge_2008

主人格=基本人格(本来の人格)のつもりで投稿しました。(※実際は主人格が基本人格でない事もあるようですが、上記は基本人格の人権優先と解釈してください。)

分かりやすい例で言えば、基本人格17歳高校生に対して、副人格14歳中学生、20歳大学生、22歳など複数人いるケースがほとんどだと思いますが、基本人格が高校に通う権利が優先されているはずです。

罵倒の件に関しては、状況に左右されると思います。

例えば、本人に危害を加える人格に対して、罵倒というか非難する事は何も問題ないと思います。

逆に、特に問題のない状況でその他の人格を非難する事を要求する事自体、その人本人への人権侵害になると思いますし、了承する事はないのではないかと思います。

どのような状況を想定しているのでしょうか?


[6]そこまで明確に人格が分かれるものなのでしょうか? jozetora

多重人格に少し懐疑的なので


[7]>4 個体は1つ theresia57

人格Aが現れようと、人格Bが現れようと、個体は1つだと思います。なので、その1つの個体に対して人権が認められます。

片方の人格だけ人権を取り去る、というのは不可能と思います。


[8]2つ(以上)の人格 mikuni1966

主は何かによって変わって来ませんでしょうか?


[9]そういう現象は vodkam

一般的ではないので、難しいですが、国民に一つしかないですね。

別の人格が犯罪を犯してしまっても、別の人格も同様に裁かれますしね。

要は固体は一つです。


[10]人権は個人に存在するのであって人格の上に存在するのではない I11

人として生まれながらに存在する権利を持つ個人のことを、法律学では「自然人」と言いますが、「自然人」は個人の上に存在するのであって、精神的パーソナリティ(人格)を必要条件としません。

言い換えるなら、個人として社会が認める有体物に対して人権が認められます。

たとえば、生まれてから1時間後の新生児がいるとして、その新生児は教育を受けておらずほとんど個人としての人格を持たない存在ですが、そういう赤ん坊にも当然に人権が認められます。その理由は、その新生児に人格があるからではなく、個人として社会が認める有体物であり、「自然人」だからです。

そもそも解離性同一性障害というのは、医学的には主人格の分離を指すのであって、純然たる複数人格の個人というものは解離性同一性障害においても存在しない、と考えられています。

ということは、複数の人格が存在するように他者に見えるにすぎず、解離性同一性障害という障害を持つ一人の人間の人格が存在するということであり、結局、法律的には一人の個人が存在するにすぎない、ということになります。

たとえば、10人の多重人格が存在しても、解離性同一性障害という障害を持つ個人は一人しかいないので、人権は一人に対して認定されます。したがって、10人の多重人格者が生活保護費を10人分請求したり、1回の選挙で10回投票したりすることはできません。

法律として人格が問題になるようなケースは、暴力的な人格が殺人を犯したような場合の責任能力、契約を締結した時の有効性などがが典型ですが、そういう時のために刑法や民法が存在するのです。契約関係については、成年後見人制度などが適切に運用されるのであれば、契約トラブルなどは既存法制度の中で解決可能と思われます。


[11]人権は「主人格」の一個人に有するはずです。 kaorigroove

多重人格の人間であっても、個体としてはひとつな訳です。

従って、複数の人格を内在させていても、主となる人格の

個人ひとりにのみ、「人権」が認められると考えられます。


[12]最近はてなを使ってポイントを稼ごうという woody21

最近はてなを使ってポイントを稼ごうという

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