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【千手観音の腕の数】
ほとんどの千手観音の腕の数は42本とのことですが、
なぜ42本になったのでしょうか? 教えてください。

1000本全部作るのは大変だからという理由は分かるのですが、
それがなぜ42なのでしょうか?
あるサイトによると「1本の腕で25本分の役割を果たすから」ということが
書いてあったのですが、なぜ1本の腕が25本分の役割を果たすのかその具体的な
理由までは見つかりませんでした・・。

ご存じの方、どうかお知恵をお貸しくださいm(_ _)m

●質問者: 地球儀
●カテゴリ:学習・教育 芸術・文化・歴史
✍キーワード:ほと サイト 千手観音
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 5/5件

▽最新の回答へ

1 ● SALINGER
●25ポイント

一般的に一つの手で25の世界を救うから40×25=1000で40の手と

前で合掌している手を合わせて42というのはwikipediaをはじめどこにでも書いてある答えです。


そこで疑問が起きます。世界が25個ならば手は1本でいいんじゃないのか?

どうも上記のどこにでもある説明は下記を見るとニュアンスが違うようです。

http://www.ffortune.net/spirit/tera/hotoke/kannon.htm

千手千眼観音菩薩は千本の手と千個の目を持っていて、千人同時に救済する力を持つ

このことから解釈は一本の手で25人を救い、40本の手もあれば25の世界くまなく救済できるという意味だと思われます。


それではなぜ40なのか、上記のリンクでは興味深いことを書いてます。

一部の民俗学者はあれは本来鳥の翼なのではないかという指摘をしています。世界的に鳥が魂を導くという思想があり、神社の御幣なども元々は翼の形だったものが様式化されたものといわれます。つまり千手観音は魂を極楽へ導いてくれる救済者なのだというわけです。

手は翼なのかと考えると、40という数は鳥の羽根の数と同じくらいだと考えるのは飛躍しすぎかな。

野鳥の羽根の数

◎質問者からの返答

回答ありがとうございます!

勉強になります(^^)


2 ● newmemo
●25ポイント

元々観音菩薩は一切衆生を救ってくださるものです。

http://www5a.biglobe.ne.jp/~houon/butu-bk02.htm

千手観音の説明文からです。宜しければ前段もご参照くださいますと分かり易いです。

そういう、25種類の世界に生きているものを救うのが、観音様の働きです。ならば、手はとりあえず、千本なくてもいいじゃないか、40本で構わないじゃないか、と考え出した坊さんがいたんですね。

どういうことかわかりますか。

40本×25種類ですよ。これで千になるでしょ。

一本の手で、25種類の世界に生きるものを救うならば、手は40本あればいい、ということなのです。それで、千手観音の像や絵画は、手を千本も造らなくなったのです。千本も書かなくなったのです。

40本の生きとしいけるものを救う手と、本来の2本の手があればいい、ということになったのですよ。これで、千本分の働きがあるじゃないか・・・・とね。

http://www.megaegg.ne.jp/~y-tanaka/kannon.htm

自在の力で人々とのあらゆる苦悩を救うのである。

【千手観音】

千は無限・無量を現しています。

千の慈眼で衆生をみつめ、千の手で衆生を救う。

無限を示す千という数字が表すように、変化観音の姿を考えられる限り発展させて、観音の慈悲が無限であることを最大限に表現している。

http://goryo4.hp.infoseek.co.jp/3-8-1.htm

千手観音

手が千本、眼が千あるので千手千眼観自在菩薩という。菩薩の救済の手の及ぶ範囲が広大で、その方便が無量であることを意味している。

世界を25に区分して40手あることで千を示しています。25は大きく「欲界」「色界」「無色界」の三つに区分されます。「欲界に十四所、色界に七所、無色界に四所」です。

像は普通千手千眼でなく、中央の二手を除いて左右二十手ずつ合わせて四十手像である。それはその一手が二十五有界(うかい・衆生が輪廻する世界を二十五種に分けたもの。欲界に十四所、色界に七所、無色界に四所あるという)の衆生を救うために四十手に二十五を乗じて千手といい、一手に一眼を有しているので千眼である。これに中央の二手を合わせて四十二臂像が多く造られた。

http://sousai.jp/butuzo/syumisen.html

http://dug.main.jp/sinma/se.htm

欲界の十四有・色界の七有・無色界の四有は基本となっています。

千手観音

名前の通り千の手を持ち、またその各々の手には一つずつ眼がついているとされる。これは観音菩薩が一切の衆生をあまねく救いたいと願った結果変化した姿であり、千はこれ以上ない、といいた無量円満を意味している。つまり観音菩薩の慈悲の力を最大限にあらわしたものが千手観音であり、千眼をもって衆生を智恵の力で見渡し、千手をもって慈悲の力を衆生を救世するのである。

像は一般的に十一面四十ニ臂の姿で作られるが、これは中央で合掌するニ臂を除いた四十臂がそれぞれ二十五の世界を、つまり合計千の世界救うことができる、とするものである。この二十五の世界とは「二十五有(にじゅうごう)」と呼ばれ、欲界の十四有(地獄・餓鬼・畜生・修羅の四悪趣、南瞻部州・東勝神洲・西牛貨洲・北倶盧洲の四州、四王天・偏:心(りっしん)+旁:刀利天・夜摩天・兜率天・楽変化天・他化自在天の六欲天を足したもの)、色界の七有(初禅天・第二禅天・第三禅天・第四禅天の四禅天と大梵天、無想天、五浄居天を足したもの)、無色界の四有(空無辺処天・識無辺処天・無処有処天・非想非非想処天)を指す(ただ二十五有の内容には諸説ある)。実際に本来のように千手で造像されたものもある。また風神、雷神を伴った像や眷属である二十八部衆とともに表す場合もある。

http://www2.big.or.jp/~yba/teach/dai43.html

「二十五有[にじゅうごう]」は、「有とは迷いの境界[きょうがい]のことで、衆生の流転する迷いの世界(三界)を二十五種に分けたもの」をいいます。詳細を言いますと――

「三界[さんがい]」は欲界[よくかい]・色界[しきかい]・無色界[むしきかい]に分けることができます。

「欲界」は四悪趣・四洲・六欲天の十四有に分けることができます。

「四悪趣」は「地獄[じごく]・餓鬼[がき]・畜生[ちくしょう]・修羅[しゅら]」、「四洲」は「東勝身洲[とうしょうしんしゅう]・南贍部洲[なんせんぶしゅう]・西牛貨洲[さいごけしゅう]・北倶盧洲[ほっくるしゅう]」、「六欲天」は「四王天・トウ利天(三十三天)・夜魔天[やまてん]・兜率天[とそつてん]・化楽天[けらくてん]・他化自在天[たけじざいてん]」があります。

「色界」には、四善天(初禅天・第二禅天・第三禅天・第四禅天)と無想天[むそうてん]・浄居天[じょうごてん]・大梵天[だいぼんてん]の七有があります。

「無色界」には四空処天(空無辺処天・識無辺処天・無所有処天[むしょうしょてん]・非想非非想処天)の四有があり、全て合わさせて二十五有となります。


3 ● ko8820
●0ポイント

>あるサイトによると「1本の腕で25本分の役割を果たすから」ということが

>書いてあったのですが、なぜ1本の腕が25本分の役割を果たすのかその具体的な

>理由までは見つかりませんでした・

理由はありません。こじづけです。

昔からそういわれてるからという理由以外にはありません。

http://q.hatena.ne.jp/answer


4 ● 三分咲きツナ
●25ポイント ベストアンサー

1本で25本分の役割を果たすというのは

1本で25の世界を救うのだそうです。


25の世界の数字がどこから来たかというと、

仏教の世界では「三界二十五有」という観念があり

三界六道(全部の世界)を二十五種類に分けて考えます。

http://www.7key.jp/data/thought/hotoke/hotoke.html#nizyuugou


一本で何本か分の役目を果たすということは万能な手である必要があるのですから

二五種類の世界全部が救えるなら万能だろうということで

一本が二五本分として40本+前で合わせている手2本で42本になったのではないでしょうか。


5 ● グラたん
●25ポイント

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8D%83%E6%89%8B%E8%A6%B3%E9%9F%B...

このサイトなんてどうでしょうか?

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