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【イエはてな】"ディア・ライフ" #001

THEME:「今も耳に響く……イエの音、家族の音」

“ディア・ライフ”=『親愛なる日々』。イエは暮らしと人生の舞台。「LIFE」という言葉に、生活と人生の2つの意味をこめて、イエと家族のストーリーを語り合いませんか? 心のページに刻まれた思い出も、現在のイエでの愛しいワンシーンも。毎回のテーマに沿って素敵なエピソードを、豊かな暮らしを創っていく〈イエはてな〉のマインドで投稿ください!

*回答条件* 下記のページをご覧になってご投稿くださいね!

「Welcome to イエはてな」
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20080731
テーマ詳細とアイデア例
http://d.hatena.ne.jp/ie-ha-te-na/20100519

※ピックアップ受賞メッセージは、〈みんなの住まい〉サイトにて記事紹介させていただきます。またメッセージは表記統一や文章量の調整をさせていただくことがございます。
※〈イエはてな〉では、はてなスターを「おすすめメッセージ」として活用しています。投稿期間中ははてなスターのご利用を控えていただけますようお願いいたします。
※質問は5月24日(月)正午で終了させていただきます。

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●質問者: ie-ha-te-na
●カテゴリ:コンピュータ 生活
✍キーワード:5月24日 theme 「LIFE」 いただきます いね
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 120/120件

▽最新の回答へ

[1]寂しかった頃の記憶とともに Zelda

私は子供の頃はずっとカギっ子でした。

両親共働きで、帰ってきてもいつも一人。

オマケに当時住んでいたのは古びたアパートで怖い雰囲気満載の場所で。

夕方日が暮れてくると証明がきえることが多い暗い階段で上まで登りきるのも至難の業でしたw

静まり返った部屋に子供一人というのとっても寂しいものです。

TVを付けてさみしさを紛らわし、母親が帰ってくるのをひたすら待っていたものです。

階段を上がる音が聞こえる度に帰ってきたかな帰ってきたかなと期待して、

私の住んでいる階につく前にドアがバタンと閉まる音や自分の住んでいる階を通り越して上の階へと消えていく足音を聞く度にガッカリして。

その分足音がドアの前に止まり、カギが開く音がした時の嬉しさは相当のものでしたが^^

あれから10数年経ち、今ではアパートではなく持家に住んでいます。

庭には柴犬を飼っているのですが、その犬が甘えん坊で。

車のエンジン音が聞こえると、自分の家の車か他の家の車か解るようです。

家の前に我が家の車が止まると、帰ってきたとばかりに甘い声で鳴いてくれたりしますw

犬は外で飼っています。

和室のところの窓からワンコの頭をなでてやれるほどすぐ近くなので、

ワンコも窓から家の様子が伺えたり。

なのでしばらく家を空けた後に私などが帰ってくると窓から人影を見つけ

確認した後に窓枠をがりがりと爪をたてて音を出します。

僕に構ってよって、遊んでって。

昔の頃は、家に帰ってきてもシーンとした我が家でしたが

今ではちゃんと帰ってくれば楽しげな?音とともに待っててくれるワンコがいて良かったと思います。

f:id:Zelda:20080518162130j:image


[2]スイカを食べたときの「しゃくっ」という音 sleeper51

そして、隣でタネを飛ばす音


[3]麺類 cookie-1025

ラーメンなどをすする時の音良い音ですね


[4]聴くと「廃品回収」を思い出すロシア民謡 iijiman

小学校から中学校にかけて兵庫県西宮市に住んでいたのですが、そのエリアを巡回している廃品回収で「金森商店」という業者さんがありました。今でもあるのかな?(もしかしたらこの業者さんかもしれません→http://www.ok-recycle.co.jp/company/index.html )

この「金森商店」は、トラックで町を巡回していたのですが、そのトラックが、なぜかロシア民謡を流していたのです。

今、検索してみたら、YouTubeにありました!「ポーリュシカポーレ オリガ」という曲です。

http://www.youtube.com/watch?v=p8RH3Ia3EGQ

金森商店で使っていたバージョンは、アレンジが違っていて、ボーカルがなくて、もっとキラキラした感じになっていました。インパクト抜群でした。これを聴いたら、溜まっている新聞紙とか雑誌を持って、トラックを追いかけるのです。

あれからあちこち引越をしましたが、ロシア民謡を流していた廃品回収は金森商店だけでした。

今でもこの曲を聴くと「金森商店だ!」と思ってしまいます。多分、母や妹も多分、この曲を聴くと「金森商店!」を思い出すと思います。

1970年代のことです。今でもやっていたら、個人的に嬉しいのですが・・・


[5]猫にまつわる我が家のサウンド色々 iijiman

うちの猫、朔ぴょんは、カリカリの前に座ってじっとしていることがあります。

何をしているのかというと、声を掛けて貰うのを待っているのです。

そこで「入ってるじゃ!召し上がって!」と言ってあげると、カリカリを食べ始めます。

動画ではすぐに食べていますが、実際には数回繰り返さないと食べ始めないことがあります。

夜中、私たちが寝ている時には、勝手に食べているのですが・・・

http://www.youtube.com/watch?v=ZpXqAWpRcT0

それでも食べない時には、これまたなぜか「怒っちゃやぁ、怒っちゃやぁ」と言いながらお腹を撫でると、ほぼ確実にカリカリを食べます。

何らかの「声を掛けて」もらわないと、食事の気分が出ないのかもしれません。

???

また、朔ぴょんは鼻炎があるので、よくクシャミをします。猫がクシャミをするの?と思われるかもしれませんが、します。

「ブシッ」と吹き出すようなクシャミをします。

http://www.youtube.com/watch?v=XftnPOgl8tE

季節の変わり目など、かなり辛そうです。急に寒くなったりすると鼻炎が酷くなるようです。

そういう時には動物病院に行って、鼻うがい(生理食塩水を鼻に注入してすすいで貰う)をしてもらったり、消炎剤を処方してもらったりします。

???

朔ぴょんには、奇妙な癖があります。

洗面器で足浴をしていると、そのお湯を飲みに来るのです。

動画ではあまり音が聞こえませんが、「ぺくぺくぺくぺく・・・・・」と、可愛い音を立てて飲み続けます。

http://www.youtube.com/watch?v=SPIgItJ2Kcg

猫は元々肉食で、獲物の体温に近い温度のぬるま湯が好きだという話は聞いたことがありますが、足浴のお湯も、確かに40度くらいで、ちょっと高めの小動物の体温に近いのかもしれません。


[6]カーラジオから、 sayonarasankaku

家族が入院したときに、

車で病院へ通う道すじをFM放送を聴きながら、

ひと月ほど通ったことがありました。


病院が車で1時間以上かかったのと、ほとんど毎日のように通っていたので、

そのうちにいつも同じ番組を聴くようになりました。

落ち着いた女性のアナウンサーと、

いつも地元あちこちを廻ってレポートを届けてくれる元気な男性レポーター。

いつも『今日は何処のレポートなんだろう?』と楽しみでした。


車で走っているそばをレポートしていることもあって、

とても身近に感じたのと、なんだか、その元気さに励まされている気がしました。


病院へ行かなくなった今でも、その時間に車に乗るときは、たいていその番組を聴いています。

レポートが家の近くだったときは、思わず見に行ってしまいました。


レポーターの人は、声のとおりとても元気そうで、見たのは初めてなのにとても懐かしく感じました。


[7]雨漏りの音 alpinix

それほど昔というわけはないのですが、まだ自分が小学生の低学年の頃(そこそこ昔か!)、巨大台風が実家付近に上陸したことがあります。

その度に何度か我が家は雨漏りが発生していました。今思うと冗談かよ、と思うようなくらいあちこちから雨漏りした記憶があります。

そんなボロヤというわけでもなかったのですが、父が継ぎ接ぎで改築していったせいで、屋根がぼろかったのでしょう。

雨漏りが発生すると、そのたびに親父がポリエチレン製の青いバケツを持ってきて、雨漏り箇所の下(畳の上とかに雑巾を敷いてその上にバケツ)にセットして「これでよし!」とかやってました。(最終的にバケツと洗面器が2?5箇所くらいあったかなー)

夜中に家の近くを台風が勢力大きいまま通過する時があって、バケツに「ポタッポタッ」と鈍い音が響くのを子供ながらにビクビクとワクワクが混ざりあったなんともいえない心境で聞いていた記憶があります。

(ビクビクは家が壊れやしないか? ワクワクは災害時にどうしても沸き起こる高揚感みたいなやつ)

ああいう耳に残る記憶ってのは耳の裏にこびり付いているようで、いまだに思い出すとバケツそのもの絵よりも鮮明に音質まで思い起こされますね。

その後、実家は増改築で雨漏りすることも無くなりましたが、今思うとアレはアレで楽しい思い出です。でもいまだに台風接近時の特別放送なんかには、ワクワク半分で夜中でもかじりついてしまいますね。


[8]古時計 to-ching

今の家を新築した時に、今は亡き父が大きい縦型の時計を購入、玄関ホールに設置しました。一時間ごとにボーンと鳴ります。しかし、やっぱり夜は音が大きくて安眠妨害になるとの皆の意見あり、消音モードにて使用しておりました。決まった時間に鎖を引っ張りねじを巻かなければなりません。何時の日か止まる事が多くなり、器械の調子も悪くなり止まってしまいました。修理に出すのですが駄目なのです。今はもう動かない、おじいさんの時計と言う事になってしまいました。きっと、あの世で父は怒っているのでは?と思い申し訳なく思ってます。また、修理業者を見つけて、懐かしい音を再現したいものです。


[9]無題 Werewolf

畳の上を歩くときの音が好きです


[10]>9 無題 Werewolf

安物の時計の、カチカチと言う音も、聞くと安心できます


[11]>10 無題 Werewolf

布団をパンパン叩く音も好きです


[12]TVの番組 nakki1342

久々にまた再放送になっている某コメディドラマ

前回放送になった時にほとんど見てるので

正直、絶対に見なきゃとあせるものではないけれど

もし、偶然見る事があるとしたら、一人でも番組を見て

番組の内容にバカ受けしてしまう事があります。

うーん、でもね・・

なんだか寂しくなるんですよね

番組には、満足してるのだけど

やっぱりコメディは、一人で見るよりは二人以上で見て

笑うって見るのがいいなって・・

家族がそれぞれ年をとって

すごす時間が違ったりするからしょうがないのだけど・・。

あのころのようにTVを見て

一緒に笑うのって難しいのかな


[13]風鈴 some1

下町の散歩をしていて聴くと懐かしさに和みます


[14]>13 風鈴 mandoto57

以前重要文化財の近くに住んでましたので、懐かしい感じがします。


[15]ペコンペコンと言う音 to-ching

誰も知らないでしょうね、昔は蚤(のみ)と言う人の血を吸って生きている生物がどの家庭にも居ました。朝起きてみると全身のかゆみと発疹が良く有ったものです。そこで、寝る前は布団に丸い形をした殺虫剤(蚤は虫では無い)を振りかけたものです。噴霧するとペコンペコンと言う音をたてたものです。成分はDDTで今は使われていませんが、実に懐かしい「家庭の音」でした。


[16]>14 今は to-ching

風鈴も結構うるさいので、近所迷惑・・・夜はつるさないと言うお宅も沢山あるようですね。


[17]ストーブの「ゴーゴー」と言う音 to-ching

北国のさらに北に生活したことあります。もう寒くて寒くて・・・。石炭や薪ストーブが主な暖房器具でした、風向きによってはストーブに良く空気が行きわたり。ゴーゴーと言う音を立て燃えるのです。頼もしいやら怖いやら、正に昔の北国の「音」なんです。


[18]チャルメラ to-ching

昔は夜中に良くきたものです。ラーメン屋さんとは分かって居ても、ものすごく夜怖くて怖くて、震えあがって寝たものです。時にはそれは「人さらい」だと吹き込む大人もおり、懐かしくも怖い夜の家庭の音です。


[19]>8 古時計 powdersnow

昔ながらの下に振り子がついている時計が祖父の家にありました。

針だけの時計、アナログの時計が当たり前の時代ですから、初めて見た時はとても興味を惹かれましたね。

今でも、時を刻む音やちょうどの時間を知らせる音を思い出せます。

大きなのっぽの古時計とは、少し形が違いますが、重ねていた部分があったのかもしれません。


[20]犬の鳴き声 powdersnow

うちの犬は、ドアが開く前、門扉が開いた音を聞きつけて吠えてくれるので、

誰か家族が帰ってきた時、すぐに気づくことが出来て、重宝していました。

玄関まで出迎えに行く間が持てますし、急にガチャっとなると、やっぱり驚いてしまいますからね。

犬が吠えても、ビクっとまですることはないですし。

問題は、チャイムの音にも凄く反応してしまって、インターホンで話す時に不便だったりすることでしょうか。


[21]>12 朝のニュース powdersnow

朝には、大体、めざましテレビを見ていますが、区切りの時間に特徴ある音楽や声が聞こえるので、

朝の忙しい時間、そろそろ何をしなければ……という目安になっていいですね。

これは、大体、どの番組でも、そういった利用方法を考えて、定番にしているのかと思います。

占いをやったら、出かける時間、みたいにコーナーで判断することも出来ますね。


[22]ドアベル powdersnow

玄関のドアにつけて、ドアが開いたら音が鳴るベル。

最近は、防犯のためにブザーが鳴るような家もありますが、警告音だとちょっと……という人には、良いかもしれません。

犬を飼う前の家では、ベルを着けて、ドアが開いたらわかるようにしていました。

もちろん、鍵はしっかり閉めておくことが前提ですが、誰かが出入りしたら、基本的にわかるという安心感は持てますね。過信はできませんが。

ベル以外にも、いろいろとお洒落な音を鳴らせるようなものもありますので、

興味があれば、調べてチョイスしてみるのも面白いかもしれません。


[23]ピアノの音 powdersnow

窓を開けると、密かに聞こえてくる近所のピアノの音なんていうのは、ゆったりした時間を過ごしたい時には良かったですね。

あまり大きすぎると、完全に集中したい時、音が気になってしまう時、煩いとなってしまいます。

ですので、窓を開けると微かに聞こえてくるくらいがちょうどいいでしょうか。

そんな音色に気持ちを向ける余裕がある時は、詰まって弾き直したり、同じところを練習していたりしても、

何だか微笑ましくて、聞き入ってしまったりするんですよね。

CDできちんとした音色を聞くのも良いですが、街の音と一緒に聞こえてくる音色に耳を傾けるのも、また違った良さがあります。


[24]>21 朝のニュース Rytandrezone

朝のめざましTVの占いは時々見てます。

だいだい出勤時間に合わせて設定されて、音楽が流れてるような気がします。


[25]ほんのり安心するラジオの音 offkey

子供の頃、学校から帰ってくると大抵は習い事だ、友達と外で遊ぶんだ、ということで夕方はあまり家にいることが多くなかった私ですが、たまになにも予定がなくてぼんやりと居間のソファで横になってることがありました。

家の中では母が夕飯の支度をしながらラジオを聞いています。

当時母が聞いてたラジオはありふれた歌謡曲のランキング番組で、聞くともなしに聞いていたのですが、いつの間にかそのラジオ番組がかかってるとなんとなく安心してるような心地になっていました。

母は自分が知ってるとか知らないとかに関わらず、食事をつくりながら鼻唄を歌っています。

そうすると、今日はなにも予定がなくてどこにもいかなくていいんだ、となんだか気楽な気持ちになるのです。

決して習い事や友達と遊ぶことが嫌いではなかったのですが、基本的には家にいるほうが好きだったのでしょう。

その番組でかかっていた曲で今印象に残ってるのは「sky high」や

http://www.youtube.com/watch?v=n6Rh6WdAyd0

「万里の河」です。

http://www.youtube.com/watch?v=rvHUU6xIue8

ラジオ番組が終わる頃、食事が出来上がり、あとは父をまつだけになります。


[26]すず虫の鳴き声を聞きながら sleeper51

私が子供のころは、クーラーは贅沢でした。窓を全開にして、蚊取り線香を焚きながら寝てました。


[27]台所の音 tunamushi

早朝から夜まで、私の家では台所から料理をしている音が頻繁に聞こえてきます。

母の野菜を切る音で目が覚めることもしばしばあります。夜ご飯を食べ終えて食器を一端片づけた後も次の日のお弁当の準備など、台所からはいつもにぎやかな音が聞こえてきます。

というのも、私の父が手作り料理が好きなので、ほとんど外食をしないからかもしれません。

朝起きてすぐに今夜は何を食べよう、と考えていることもあります。

そんな父も料理をするのが好きなので、母と一緒に台所に立って作っていることが多いです。そんな時、私はもっぱらサポート役にまわり、父や母の手伝いをしています。

なかでも、家族みんなで作るのが餃子です。手作り餃子はおいしいけれど、結構手間がかかるので家族みんなで作ります。そしてお腹一杯になるまで食べます。

家族みんな手料理が好きなので、台所は毎日がにぎやかです。


[28]空気清浄機の音 atsuki12345

あれはうるさいですよ!


[29]>20 犬の鳴き声 otayori

ありますよねー

犬と共に育ったので、昔住んでた家を思い出します。

誰か来たり、家の人が帰ってきたり

たまに鳴いてる理由わからないときもありました。


[30]>19 古時計 otayori

大きくはなかったけど、針の音と時間が来たらボンボン鳴る音

今となっては味があったなぁ、と思います。

住んでる時は日常だったけれど。


[31]>28 確かに! yam3104

他が静かだと、エアコンだってうるさいですよね!


[32]蚊の音 yam3104

そろそろこいつらの季節ですね。憎いけど、生活に密着した、そんな何ともいえない奴らです。


[33]>30 古時計 mika1001

父方の祖父母の家にあった古時計。1時間置きに「ボーン ボーン」となっていました。

今も、懐かしく、耳に残っています。出来ることなら、もう一度、聞いてみたいです。


[34]>27 まな板の音 mika1001

実家いるとき、目が覚めると、母の野菜を切る音が、いつも聞こえていました。

今思えば、そんな当たり前の光景が、幸せな時間だったんだなぁと思います。

今は、そんな私が母になり、そんな幸せを、子供に与えてあげられたらと思います。

でも、日々、バタバタと過ぎてゆく中、当たり前すぎて、なかなかわからないものですね。


[35]>28 ぎゃー!! atsuki12345

うるさい!ウイーンって音!


[36]朝のニワトリ NazeNani

小さい頃、郊外の実家で犬を飼う前に、お祭りの夜店でひよこをもらってきたことがあったのですが、立派な鶏冠のついた、おしりの羽がふわふわのニワトリに育ちました。このコ達が朝になるたまにコケコッコーと鳴くのが当時の家族の休日の目覚ましでした。(ご機嫌があったのか、毎日は鳴かないのと、結構お寝坊さんで遅起きのニワトリでした。ご近所迷惑になるのではと心配していたのですが、ご近所の人たちは風情がある、朝という感じがするねぇと気に入っていた様子でした。)去年、地方に別荘を建てた友人を訪ねたら、ご近所のおじいちゃんおばあちゃんがオーガニック有精卵を採るためにニワトリを飼っているらしく、コッコッコッコと近所で鳴いていて懐かしかったです。都心部ではもうすっかり珍しい光景ですよね。


[37]>31 確かに!! atsuki12345

確かにエアコンもうるさいですよね?!!

頭いい!!


[38]>11 氷!! atsuki12345

ぼくは、水筒の中に入った氷がカランカランってなるのが暑いときにひやっとした感じがするのでいいです!!


[39]>29 家族と犬の声 NazeNani

番犬いいですねー。うちの犬は普段はとても無口で、大型犬だったので見かけ以外ではあまり番犬にはならなかったので、ゲートに「猛犬注意」と貼っておいたのですがw。たまに吠えるというよりも、家族に対して会話を試みているかのような時がありました。家族が電話で話しながら余りおかまいなしでなでていたら、もっとかまってとか、遊んでいたボールが取れない所に入ったりすると、取ってとか言う時にだけ、ワン!ともの申すことが多かったですね。あと、テレビとかから聞こえる歌に合わせて、たまに合唱することもあったような。YouTubeでたまに見かけるSpeaking dogの部類だったのかな?家族が話すと、時々返事をしていて、会話みたいでした。


[40]>39 犬の鳴き声 adgt

昔飼ってた犬は、散歩と食事の時には本当に良くないてた。あれだけ、熱心に求められるって経験は今考えるとわりと貴重だと思う。


[41]>36 にわとり adgt

田舎が地元で、祖父が飼っていたので昔は鶏の声を良く聞いていた。今おもえば生き物と触れ合う貴重な経験を色々してきたんだと思う。


[42]>16 風鈴 adgt

夏の家の音といえば風鈴だと思う。涼しげで非常に良い。


[43]>34 料理の音 adgt

母親や祖母が料理をする音を長い間聞けたことは貴重な体験だったと思う。特別じゃないけれど、かけがえのない体験というものが人生にはあると思う。


[44]>24 朝のニュース adgt

昔、父親がなぜNHKのニュースを見るのか理解できなかったけれど、今なら良く分かる気がする。目覚ましテレビなど軽くて不必要な情報が多くて、なんだかなぁと。年とったかな?


[45]>44 朝のnews geizu

見たり見なかったりしますね。

この前の人か…的なことがあります。


[46]>42 風鈴 geizu

風鈴は良く見ますね

しかし家にはない


[47]>38 無題 geizu

歩く音とかも好き


[48]>33 なんか geizu

聞いたことありますよ

結構耳に残ります。


[49]子守唄 chairs

誰でも子供のころにはお母さんが歌ってくれたのではないでしょうか。

そしてその声で眠りについたり、または母の胸の中で安心して抱かれていたことでしょう。

私自身、そんなにも小さいころの記憶は残ってないはずではありますが、なぜかふと母の子守唄の声を耳の奥で覚えているような感覚があります。

そういう感覚、皆さまにもありませんか?

タララーンタララーンタラララララーン。

こんな調子で母が歌ってくれていたのを覚えています。

同じ調子の繰り返しではありましたが、母の声として頭の奥に残っているのです。

母の腕の中でゆりかごのように揺れながら、その母の声、母のにおいを感じながら眠る瞬間。

子供にとっては至福のひとときだと思います。

そして母親もまた子守唄を歌うことで、自分自身が癒されながら子供と向かい合っていたのではないかな?

なんて自分で想像したりするのです。

とあるひ、いとこが生まれ、母がそのいとこに向かって子守唄を歌いました。

その瞬間に、私は時代が引き戻されたような感覚になり、母の子守唄を思い出したのです。

そうだ!

やっぱりこの声だ!

この歌だ!

このトーンだ!

そこには言いようのないような安心感を引き出す凄いパワーを感じました。

私もいつか我が子を授かった時は子守唄を歌いながら眠りにつくひとときを我が子にかんじさせてあげたいものです


[50]エンマコオロギを飼っていました iijiman

小学生の頃、そのイエは社宅だったのですが、1Fが少し高くなっていて、1Fにもベランダが付いている構造の建物でした。

その1Fのベランダの下に草むらがあって、そこに沢山のエンマコオロギが住んでいました。

エンマコオロギというのは、秋口になりますと、雄が「コロコロ、リー、コロコロ、リー」と、とてもよい声で鳴きます。

http://contents.kids.yahoo.co.jp/zukan/insects/card/0540.html

つかまえようとすると、にゅるっと逃げて「ぴょん!」と飛ぶのですが、さほど遠くまで飛ぶわけではないので、子どもでも簡単につかまえられました。

これを何匹か捕まえまして、虫篭に入れて玄関先の暗いところに置いておくと、夕方から夜にかけて、コロコロ、リー、と、よい声を聞かせてくれました。

餌は、胡瓜、茄子を切ったものと、かつお節を与えていました。かつお節を与えないと共食いをすると言われていましたが、本当かな?

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A8%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%82%B...

(↑共食いは本当らしいです。)

産卵させるところまでは飼わず、2?3日たったら草むらに帰して、また新しいエンマコオロギを捕まえたりしていました。

エンマコオロギの声は、懐かしい思い出の音色です。


[51]>43 台所の音 powdersnow

調理の音は、テレビを見ながら時々聞こえてくる音や匂いで、

今夜は何かなーなんて予想したりして、楽しみに待っていましたね。

包丁とまな板の音や、何かを焼いたり炒めている音など、

独特でどこか聞いていて落ち着く音が多かった気がします。


[52]>41 近所のニワトリ powdersnow

近所でニワトリを飼っている家があると、毎朝、元気な声をひびかせてくれて、

一日が始まるんだなという気持ちに切り替えさせてくれますね。

家の近くにはいませんでしたが、散歩道の途中に飼っている家があったので、

夏など暑くなる前、早めに散歩をしたりしていると、

途中で鳴き声が聞こえてきたりしたものです。


[53]>25 ラジオ powdersnow

CDやipodも普及して、家で音楽を聴くのは、そちらが多くなっていますが、

ラジオはラジオで、また良さがありますよね。

世間の流行やトークも聞くことが出来ますし、

自分で選んでしまうと、ついつい好きな曲ばかりリピートしがちです。

いろいろな曲を受け身で聴いて行くには、良い媒体ですよね。


[54]風鳴り mododemonandato

イエの風鳴りが昔は多かったような気がします。

冬になると隙間風とか、ベランダの手すりなどから風の鳴る音がしていたものです。

寂しい音です。

留守番の時などは特に身にしみるような寂しさを感じました。

寂しい音だけど、心に残るイエの音でした。

尺八の音はそのような自然の寂びた風鳴りの音を出すのが、目標と聞いたことがあります。

詫び寂びを求める世界では、そのような寂びた音こそ最上なのかもしれません。

最近では科学的に風鳴りが出ないような手すりも、考案されているようです。

科学の進歩にはすごいものがあります。

風が鳴らなくなっても、イエにはまた別の音がするのでしょう。

新しいイエには新しい音の思い出が残るのかもしれません。


[55]>5 猫の爪とぎ to-ching

ダンボールに「またたび」がごく少量入って居るのでしょう。あの、ガサガサと言う音が懐かしいです、猫が爪とぎをしなくなったら病気と良く言っていた事も懐かしい。もう、猫はいません。


[56]>51 台所から聞こえてくる音 to-ching

何年たっても基本的には同じですね、この音が聞こえてくる、聞こえると言う事はとっても幸せなことなんですね。それをついわすれてしまう・・・


[57]>47 庭に水を撒く to-ching

これからはこの音が何とも涼しげで良いですね。


[58]鶯の鳴き声 to-ching

数年前から我が家に来るようになったのです。今はこの鳴き声で目が覚めます。かなり近いところで鳴いているのですが、姿は見えません。恋の季節らしくかなり大きな声で「ほーほけきょ」。家の庭訳あって沢山の木を切ってしまいましたが、幸せな感じがします。


[59]>52 ニワトリ・イノシシ・山の中 canorps

私がまだ子供の頃、田舎の祖父母が養鶏業をしていました。

鶏舎は五つか四つに分けた部屋が連なったものが二棟あったので

それなりの数を飼っていたと思います。

私は夏休みなどの長期休みはすべて田舎で過ごしていたのですが

朝、まだ日が昇る前になきはじめる鶏たちの声。今でも忘れません。

鶏が鳴き始めるよりもまだ早いくらいから祖父や祖母が起きだして

鶏たちの世話を始めるために家を出て行きます。

古い家で、その家は祖父が一人で立てた家です。

玄関というものがなくて、南の縁側に向かった部分はすべて引き戸。

ガラガラとガラスの引き戸を開け閉めする音。

ぎしぎしと祖父が縁側を歩く音。

長靴を履いて歩く音。

私はいつもしばらくして明るくなってから、鶏舎に向かったものでした。

鶏舎でめんどりたちが個別の小さな部屋で産んだ卵を、入り口に手を突っ込んで

採りあつめるんです。

卵とは違う感触にびっくりすると、中で大きな蛇が卵を丸呑みにしていることもありました。

祖父が配合した餌のにおい。

鳥たちのにおい。

すぐ隣ではイノシシも飼っていたので、イノシシの鼻息も忘れられません。

イノシシは雑食で何でも食べるので楽なんだそうで、残り物をよく食べてくれていました。

驚いたのは、イノシシのお母さんはウリボウを跳ね除けて、まず自分がご飯を食べること。

ウリボウもこんなに小さな頃からこうではたくましいイノシシになるわけです。

おじいちゃんの家はその県でも秘境と呼ばれる、その県で一番高い山の麓にあって

(麓といっても山をずいぶん登った山の中です)

長い坂道の途中にあるその家かあら見下ろすところ、緑と山に囲まれたところに

鶏舎がありました。

今は鶏舎はなくなってしまって、村の老人保養施設ができています。

すごい山の中にポツン。とあるんですよ。

おじいちゃんは亡くなって、おばあちゃんは施設に入っているのですが

今もおばあちゃんに会いにそこへ行くと、山の中の鶏舎が目に浮かびます。

東京生まれの東京育ちの私にとって、あの山の中での日々は本当に美しいものでした。

あんなたくさんの鶏の鳴き声、餌をつつく音、ヒナが変える時期のまっ黄色のじゅうたん。

もう見ることはないんだなあと思うと寂しくなりますし

自分の娘たちは、あのすばらしさを知らないんだなあと悲しくも思います。

村自体高齢化が進んで、誰も住んでいない古い家屋がいっぱいになってきています。

道だけはどんどんときれいになってきていますが、昔からある家は朽ちてやがて山に還っていくんだろうな。

戻ることはかなわないけれど、戻れるものなら戻りたい。懐かしい日々です。


[60]>37 頭いいって?w yam3104

エアコンのうるささで、脳が覚醒したのかもね?♪


[61]>60 空気清浄機の音 to-ching

静かと言う触れ込みで購入もやっぱりうるさい、因みに加湿機能付きです。フィルター交換不要と言うのもやっぱり掃除しなくちゃダメ。


[62]>56 台所の音 willingness

料理をつくる音は、ワクワクしながら待ったり、お腹をすかせながら待ったりしていたのですごく良く覚えています。今では料理をすることが少なくなってしまいましたが、子どもを持つことがあったら料理をしてあげたいと思います。他の生命をもらって、それを無駄にしないように料理をして、それを食べて美味しいと体験をする。生きていくうえでなくてはならない音だと思います。


[63]>48 古時計 willingness

実家には、ボーンボーンと鳴る少し大きめの掛け時計がありました。見た目が非常にシックで威厳を感じました。小学校高学年になって、その時計のねじをまく係りを家族の中でしていたときには、なんだか大人になったような気がしたことを覚えています。そこにあるだけで存在感のある家具は素敵だと思います。


[64]>40 犬の鳴き声 willingness

実家の犬は、雑種で本当にかわいらしかったです。特に「くーん」と淋しそうな声をだすと、なんだか凄く愛らしくなって良く撫でてあげていました。一緒に学童期を過ごして、高校生まで生きてくれたので、一緒に育ったような印象があります。あの鳴き声はもう聞けませんが、すごく懐かしいです。


[65]子供の寝息 mika1001

スースーと、かすかな寝息を立てながら、寝ている子供の寝顔を見ていると、とても幸せな気持ちになります。

もう、小学1年生なので、ずいぶん生意気なことも言うようになりましたが、寝ているときは、まだまだ、かわいいです。


[66]>46 風鈴 mika1001

風鈴の音は、風情があっていいですね。

うちにもありませんが、懐かしい音色を求めて、久しぶりに、買ってみようかと思います。


[67]>65 子供 eiyan

可愛いですね!

特に寝姿は可愛い。

寝息と共に!


[68]>58eiyan

鳥の鳴き声は時々奇怪に聞こえます。

それが合図になります。

時には恋しくなりますね。


[69]>1 一人 eiyan

一人は気楽ですが寂しいです。

時には開放的になりますが時には人恋しくなります。

ペットと共には良いですね。


[70]>2 スイカ eiyan

スイカを食べる芸!

あのしゃぶりつく姿は豪快に見えますね。

豪快芸といえば”バカ殿”ですね!


[71]>3 麺ツル eiyan

ツルツルという麺つる音。

あれは楽器音にならないかな?

ツルツル音楽って良いかもですね!


[72]>4 廃品回収 eiyan

そういえば最近廃品回収がないのかと思えばあるのです。

大きなものから小さなものまで色んなものを集めて歩いてますね。

廃品回収も数だそうです。


[73]>6 ラジオ eiyan

ラジオはテレビと違って見る必要がない。

音だけの世界だから気楽。

聞きながら用事が出来ますね。


[74]>7 雨漏り eiyan

昔はよく雨漏りの音を聞いたものです。

最近は雨漏りする程になるまでには修理してしまうので、聞けません。

雨漏り音楽を聴くのも良いですね。


[75]>15 ペコン! eiyan

非常に懐かしい話題ですね。

昔は缶に入っていた殺虫剤を”ペコン”という音を鳴らせて殺虫剤を掛けていましたね!

非常に懐かしい話題ですね!


[76]>17 ストーブゴーゴー eiyan

炎の音が空気に煽られてゴーゴーと鳴る。

丸で生き物の炎の様。

昔は当然音でしたね。


[77]>69 ちゃーんと sayonarasankaku

Zeldaさんのおうちのワンちゃんは車の音をちゃーんと聞き分けていたんですね。


うちのお隣のワンちゃんは、なかなか聞き分けられなかったようです。

お隣の車が駐車するときも鳴いていましたけれど、うちの車を停めるときも一生懸命鳴いていました。(笑)

今では歳もとって落ち着いたので昔ほど鳴かなくなりましたけど、それでも時どき鳴き声が聞こえると元気なんだなと安心します。


[78]>7 雨漏り alpinix

>雨漏り音楽

ほんとの雨漏りを経験したことがないのでしょう。

音そのものは、不快感から耳に覚えているという意味だったのですけどね。


[79]>73 ラジオ otayori

昔の実家では、朝はテレビつけずにラジオでした。

両親がAMラジオを聞いてる中、ドタドタ二階から降りてきました。


[80]>66 風鈴 hakurai-yuki

良いですよね風鈴。

なんだか気分がなごむんですよね?^^


[81]>80 風鈴 jojojo11

風鈴ですよねぇ


[82]>74 雨だれの音 NAPORIN

軒先からぽつぽつと鳴る。

昔すんでた家には台所にプラスチック製の天窓があって、しかも軒下。

雨だれで雨の知らせになりました。

今のうちも、どこからかはわかりませんが、1階のパソコンの前にすわっていると、

雨量が0.3mmくらいでもうぽつぽついいます。

室外干しはあまりしないのですが、窓を閉めてまわります。


[83]>63 実家への電話の向こうで鳴っている NAPORIN

5分手前にセットされたボンボン時計。

みんながあの時計は5分前って知ってるんだけど、

でかけるときや、テレビの冒頭を聞き逃したくないときにちょうどいい。

あいかわらずで懐かしいです。


[84]自転車のベルの音 Cocoa

チリンチリンと自転車のベルの音がすると、それが父の帰宅の合図でした。父はいつも駅との往復に自転車を使っていました。朝は行ってきますの合図にチリンチリン。夜も同じように家に着くとベルを鳴らし、それから自転車を置いて家に入ってきます。小さかった私は、そのベルの音が聞こえると玄関まで走って行き、ドキドキしながらドアが開くのを待っていました。自分でドアを開ければもっと早くお父さんと会えますが、コツコツと近付いてくる足音を聞くのがまたいいんです。

知らないお客さんの足音は門の方から玄関に近付いてきます。でも父の足音は、庭の奥に自転車を置いてから戻ってきますから、門の反対側から近付いてきます。これではっきりと父の足音だと分かります。

さらにダメ押し。ガチャガチャと鍵穴に鍵を差し込む音。家の鍵を持っているのは家族だけですから、この音がしたらお父さん確定です。小さな私は最大級の笑顔で、お帰りなさいの挨拶の準備をしていました。


でもこの習慣は、家に車がやってきて終わりになってしまいました。父が車通勤に切り替えてしまったからです。車は徒歩数分の駐車場に置いていましたから、父は徒歩で門から入ってきます。これでは忍者のように耳を澄ませていないと、お出迎えの合図になる音が分かりません。父も段々仕事が忙しくなって帰宅時間が遅くなる日が多くなり、私のお帰りなさいのお出迎えは、いつの間にか終わってしまっていたのでした。


でも最近のエコロジーブームで、またこの懐かしい習慣が戻りつつあります。父が、車通勤をやめてまた電車に戻そうかな、と言い始めたのです。

エコのためだけではない。車を使うよりは電車の方が多少運動量が多くなるし、なにより電車なら帰りに寄り道をする楽しみがある。車に変えてからは帰りに駅ビルを散策することもなくなって、今ではすっかり若い人に何が流行っているかも知らないオジサンになってしまった。体も心も若くあるためには、やっぱり電車が一番だと。


こうして、十何年ぶりの父の自転車通勤が始まりました。朝はいつも私の方が早い電車ですが、時々父も私と一緒に家を出ることがあります。そんな時は二人一緒に行ってきますの合図をチリンチリン。帰宅もごく稀に駅で一緒になることがありますから、そんな時は一緒に夜道を走って、家に着いたらただいまの合図も一緒にチリンチリンです。


最近、父の会社はワークライフバランスを企業責任とする立場から、管理職にも極力定時退社を勧めています。これに対して私の会社は定時退社なんて悪者扱い。おかげでたいてい私の方が帰宅が遅くなりますが、今は私が庭先でチリンチリンとやると、父が玄関で待っていてくれたりします。エコロジーという新しい価値観の広がりのお陰で、楽しい習慣が形を変えて復活しつつある我が家です。


[85]高校野球のラジオ中継の音 C2H5OH

父はお盆休みになると、待ってましたとばかりに日曜大工(夏休み大工?)に精を出していました。普段の週末では作れないような大物を手がけるのです。ある年は無謀にも裏庭に物置を作り始め、ついに未完成のまま休みを終えてしまったこともありました。


そんな父の大工仕事のお供が、高校野球のラジオ中継だったのです。私も父の仕事を見ているのが面白く、よく一緒にいましたので、一緒にそれを聞いていました。

でも子供はあまり集中して放送を聞いていませんから、試合の流れがよく分かりません。

「打った、大きい大きい、入るか?入った、ホームラン、今大会○号目のホームランです!!」

アナウンサーが絶叫しますが、私にはどちらが打ったのかもよく分かっていません。


「ねぇ、どっちが打ったの?」

「○○高校の方さ。」

「でどっちが今勝ってるの?」

「△△高校の方。一点差だ。」

「じゃ追い上げたんだ。」

「そうだよ。お、また打った。逆転につながるかもしれないランナーが出たぞ。」


こんなふうに時々父に解説してもらいながら続きの中継を聞いていきます。でも解説してもらってしばらくは試合の流れが追えるのですが、


「ほら、釘打つぞ、そっち持っててくれ。」

「こう?」

「そうそう、動かないようにしっかり頼むぞ。」

ガンガンガンガン


こんなことをやっていると、すぐに試合の流れが分からなくなります。でも父は野球が大好きだったので、頼まなくても時々解説を入れてくれました。好きな大工仕事に汗を流しながら好きな野球に耳を傾ける父は、とても楽しそうでした。


しかしある年、お盆休みを目前に控えた父が入院してしまったのです。数日は面会もままならず不安な日々を過ごしましたが、やっと面会できることになりました。この時のために用意しておいた父のポケットラジオとイヤホンと新しい電池、そしてもう一つ秘密のアイテムを入れた紙袋を持って、母と一緒に病院に向かいました。


病室に入ると、父はベッドに寝たままでしたが、意外に元気な声で「良く来たな」と言ってくれたのでホッとしました。早速私は紙袋からラジオを取り出して、これで高校野球を聞いてよと差し出しました。そしてもう一つ、秘密のアイテムも手渡しました。それはここ数日の試合の様子が分かる新聞の切り抜きに、手書きの勝敗表を添えたノートでした。


早く元気になってもらってこれを渡すんだ。そう思いながらノートをまとめる作業には、祈りにも似たものがありました。試合終盤、2アウトからの打者。テレビの中継ではそんな時、応援席で手を合わせながら祈るように見つめている女生徒の姿などが映し出されることがあります。そのノートをまとめながら見ていた中継でも、そんなシーンがありました。自分の祈る気持ちとそれが重なって、思わず涙が出てしまったのを憶えています。


でも翌年の夏には、すっかり元気になった父の夏休み大工の音と、ラジオから聞こえる甲子園の音が戻ってきていました。それは私にとっての幸せの音でした。


[86]>64 なんで aoi-1218

なんで「クーン」て犬って鳴くのでしょうか。?


[87]>64 泣ける aoi-1218

僕犬昔いました。でもなくなった…(僕が3歳のとき)


[88]鈴の音 Fuel

チリチリチリと鈴の音が聞こえると、母が帰ってきた合図。これが今も続く「イエの音、家族の音」です。

母は同じような鈴を何個も持っています。赤い紐の付いた根付けの鈴。それをバッグや財布など様々な持ち物に付けて、いつも持ち歩いているのです。ですから、外出すると鈴の音のする場所が母の居場所。子供のころはこれで何度か迷子にならないで済みました。


一時期母は体の具合が優れず、ほとんど外出がままならなかった時がありました。その時は、イエから鈴の音が消えていました。鈴は全て外出時に持ち歩く物に付けられていましたから、外といえば庭に出ることしかなかった時期の母は、それらを手にすることが無かったのです。


今は体の調子が良くなり、買い物も楽々ですし、時にはお仲間と一緒の外出などもしています。帰宅すると、元気良く鈴の音をチリチリさせながら玄関を入ってきます。家族の健康がイエの幸せ。この鈴の音は、わが家の幸福の音です。父は鈴で居場所が分かるなんて猫みたいだなと笑いますが、父もそんな鈴の音を喜んでいるようです。


さて、母が同じような鈴をいくつも持っているのには、わけがありました。私がそれを知ったのは、小学校の高学年のころだったでしょうか。母が財布を持ってやって来て、この鈴、紐が切れても落ちないようにする工夫はないかなと言ってきたんです。

鎖に変えようかとも思ったけれど、やはりこの赤い紐に意味があるから、見た目はこのままで何か工夫できないかなと言うので、うーんと考えて、細いテグスを沿わせたらどうだろう、テグスなら丈夫だし、ちょっと見には目立たないし、紐とテグスを赤い糸でくくっておけば間に物を引っ掛けたりすることも無いと思うよと答えると、それは名案と言って喜んでくれました。そして、この鈴のいきさつを話して聞かせてくれました。


母は若いころ、今持っている物とは違う初代の鈴を、とても大切にしていたそうです。ある意味、お守りのような物だったようです。当時は母恋する乙女で、それに何かの願を掛けていたようでした。

ところがずっとお財布に付けて持ち歩いていたものですから、いつしか紐が擦り切れて弱くなっていたんですね。知らないうちに落としてしまったのだそうです。大切な鈴。それに加えて大切な願いを託していた鈴。それを無くしてしまったのですから、それはもう大変な落ち込みようだったそうです。

そうしたら、それを見かねた友だちが何人も、同じような鈴を見つけては相次いでプレゼントしてくれたのだそうです。それも一人一人別々に、相談し合ったわけでもないのにです。アクセサリー屋さんの袋に入っていた鈴もあれば、何々神宮と書かれた袋に入った本当のお守り鈴もあったそうです。友だちみんながそれぞれ自分の思い当たる場所に足を運んで買ってきてくれた鈴。それらは初代の鈴にも増して、母の宝物になったそうです。


そんないきさつで何個も貯まった鈴。母はそれを今でも友情の証しとして大切にしています。私が進言したテグス作戦の成果か、今も一つも無くさずに持ち続けているようです。今日も母は地域の女性の集まりに出席して、元気良く鈴の音を鳴らしながら帰ってきました。


最近はもう一つ、新しい鈴の音も加わっています。それは自転車に付けられた鈴です。父が自治会の役員になったことから、それに伴って、母も色々な役目で出かけることが多くなりました。その時の足に使う自転車に、新しい鈴が付いたんです。

これは何かというと、歩道を走行する時の安全確保の鈴。2008年の道交法改正から、自転車通行可の歩道のほか、「車道等の状況に照らして自転車の通行の安全を確保するため、歩道を通行することがやむを得ないと認められる場合」にも自転車の歩道内通行が認められるようになりましたが、歩行者としては、どんなに安全運転でゆっくり走ってくれている自転車でも、気付かず横を通られるとドキッとすることがありませんか。

ところが母の場合、バッグなどに鈴を付けているので、その音で歩行者が気付いてくれるんです。それならばと小さな鈴を一個新調。ちょっと頑丈な鎖を付けて、自転車専用のアクセサリーにしたのでした。

この鈴は、自転車交通安全の鈴として、ちょっと町内で流行り始めています。時々歩道内でベルを鳴らして歩行者をどかしながら走っているような自転車を見かけますが、これは道交法違反。法的には自転車のベルは自動車のクラクションと同じ扱いなんです。たとえ子供がやったとしても違反は違反。反則切符を切られるかどうかの問題ではなく、社会のルールの問題です。

先の道交法改正で、13歳未満の子供には「歩道を通行することがやむを得ないと認められる場合」以外でも歩道上通行が認められるようになりましたが、この鈴をそうした対象者にも普及して、それと一緒に交通ルールを教えていくような取り組みは出来ないかなぁと思います。鈴はささやかな音しかしませんから、町中に普及しても、それが迷惑になることはないでしょう。わが家の幸福の音である鈴の音が、交通安全の願いの音になればいいと思います。


[89]想い出のミシンの音 ekimusi

小さい頃、母がミシンでお出かけ着から普段着まで、いろんな服を縫ってくれました。

私にとって懐かしいイエの音はミシンの音!


母の足踏みミシンの心地いい「カチャ カタカタカタ カタカタカタ」という音です。


日中は仕事をしていたため、よく夜なべをして服を作ってくれたのですが、


半分眠りながらも、翌朝の出来上がりを想像して期待で胸がいっぱいでしたね。


沢山の生地の中から、この柄がいい?と自分で選んで、それから体に合った型紙を作るために、体のあちこちのサイズを測って

書きとめていく時に、大きくなったね?と言ってくれるのもうれしかったです。



ミシンはマシンが訛ってミシンになったそうです。

昔のミシンは便利な機能はついてないけど、つくりが単純だから簡単に修理できるし

そもそも壊れにくかったですね。


機関車のような重厚な色、そしてあのまろやかな形も美しかったです。



今、ミシンは電気式がほとんどです。

故障した時の修理代も高く、故障内容によっては買い換えたほうがお得なくらいです。

昔の足踏みミシンは、コツとスペースは必要ですが、電気は不要ですし部品も取り替え代々使い続けられました。

エコだなぁと思います。

昔の古き良きモノが、廃られてしまうのは悲しいです。


[90]aoi-1218

.……


[91]すきま風の音が怖かった ttz

台風や強風のときに鳴る、ピューーーという窓のすきま風の音が、子供のころ怖くてしかたなかったです。特に夜中にその音が聞こえると朝まで辛かったな?。なんで怖かったのか、今となってはよく分からないけど・・・


[92]セミの声 ttz

旅行に行ったりするとその山でたくさんのセミが鳴いていたのを覚えています。尋常じゃない数だったはず。うるさくて仕方なかったです。アブラゼミとかクマゼミのたぐい。きれいなヒグラシみたいな鳴き声ならまだしも・・・。セミは夏を感じさせるけど、何匹も鳴くとけっこう耳に障りますよね。


[93]床がきしむ音 ttz

板張りの廊下を歩いていると同じ場所できしむ。このイエ壊れるんじゃないかって思ってました。引っ越したので今はそのイエはありませんが、ギシッ、ギシッというあの音。いい音ではないけど、懐かしい音ですね。


[94]黒電話のベル。 ttz

まだ黒電話を知っている世代です。あのワンパターンな電話のベルは、最近のケータイでもそれらしい音が鳴らせるようになっているけど、今まさにケータイを一番使いこなしている人たちは本当の黒電話を知らない世代が多いのかな。黒電話からプッシュホンに変わったときにそのラクさに驚いたものですが、電話を掛けるときのあの黒電話を回す感覚をまた味わってみたい。


[95]い?し焼???きイモ??焼??きたて??? ttz

最近めっきり聞かなくなっちゃいましたね。焼いもを買う人が減っちゃったからかな?。夕方近く、みんなでイエでのんびりしてる時間に遠くから聞こえてくるあの声が懐かしいですね。でも、実際に買いに行った事は1度もありませんでした。


[96]>92 セミの鳴き声 gtore

セミの鳴き声は、まさに夏の風物詩ですよね。

これがきこえてくると、本格的な夏になったな、と感じ、なんとなくすがすがしい気持ちになります。

たしかに、数が多すぎるとうるさいので、気がめいったりもしますね。


[97]>81 風鈴 gtore

風鈴は何とも、よく考えられたものだと思いますね。

音をきくだけで、何故か身体がひんやりとしてきます。

とりわけ、南部風鈴の音は、とても涼しげで、いつまでもきいていられる、そんな感じです。


[98]電車が線路を刻む音 ttz

子供ころに住んでいたイエは、必ずしも線路に近かったわけでもなかったですが、電車の通る、線路を刻む音がよく聞こえてきました。うるさいくらいの音じゃなく、離れたところで聞こえているな?というくらい。けっこう心地よい音でした。線路の近くは微妙ですが、音が聞こえるぐらいならいいかも、と思います。


[99]両親の怒っている声 ttz

自分に対して、です。両親の夫婦喧嘩はほとんど記憶にありません。影でやっていたのかもしれないけど。子供のころはやっぱり親は脅威であり、よく叱られて泣いたりしてました。食べるのが遅かったり、帰ってくるのが遅くなったり、兄弟げんかをして、、、などなど、たくさんありました。懐かしい思い出。ですね。


[100]>68 ウグイスの鳴き声 gtore

鳥のさえずりのなかでも、ウグイスのさえずりはとてもきれいですよね。

山の近くの公園などを歩いていて、ふいにそのさえずりがきこえてきたときなどは、思わず立ち止まって、聞き入りたくなります。


[101]とうふ屋さん gtore

チリン、チリンと小気味のいい金の音を鳴らしながら、

イエの近所を回っていたとうふ屋さん。

もうあの音がきこえなくなってからどのくらい経つのでしょうか…。

でも、いまでもあの音は耳に残っています。


[102]モールス信号の音 momokuri3

私が子供のころから電気、電波に関することが大好きだったのは、間違いなく父の影響です。父もそういうことが大好きで、よく海外の短波放送を聞いていました。そして時々、音声の放送ではなく、ピーピーいうモールスに耳を傾けていたことがあったんです。それは子供心にも、とても興味深い物でした。


こんなの聞いて意味がわかるの?とたずねると、まあ8割くらいなら解読できるかなとのこと。父は特に無線の免許などは持っていませんでしたが、昔の電気電波好き少年は、常識としてモールス符号くらいは知っていたとのことでした。父が子供のころは「模型とラジオ(科学教材社刊・1984年廃刊)」「初歩のラジオ(誠文堂新光社刊・1992年休刊)」や「ラジオの製作(電波新聞社刊・1999年休刊)」といった電子工作を題材にした青少年向け科学雑誌が全盛期で、そうした雑誌を1年も読んでいれば、必ず一回くらいはモールスをおぼえようといった特集記事があったらしいのです。


ねぇ、これ何て言ってるの?と聞くと、父は聞こえてくるモールス信号を、鮮やかな手つきで書き取ってくれました。しかし見せてもらった紙は、2文字か3文字のアルファベットの組み合わせばかりが並んでいます。今のご時世、子供だって多少の英単語は読めますが、そのどれもが私の知らない文字列ばかりです。


「なに、これ」

「モールスの世界では言葉をそのまま打つことは少ない。ほとんどの単語が略語になっているんだ。このQから始まる3文字は国際条約で決められた世界共通コード。たとえばQTHといったら無線局の存在する位置という意味になる」

「この数字は?」

「こういうのは特に定めた決まりはないけれど、無線の世界では誰もが知ってる略語だね。73と言ったらさようならの意味。特に男性から女性に対して送る時には88という数字を使う」

「へー、面白い」

「この599というのはRSTコードと言って、最初のRは了解度、つまり信号の聞き取りやすさを5段階で表す。5が最高で完全に了解できるという意味。次のSはシグナルの頭文字で電波の強さを表す。普通のラジオ放送のように強く届いてくれば評価は9だ。Tはトーンの頭文字で、音の質を表す。ピーピー言う音が濁り無く聞こえれば9だ。無線の世界ではこういう情報を交わして、通信状態やそれぞれの無線機の状態を確かめ合うわけだ」

「へぇぇぇぇ」


少しダイアルを動かして別の信号を受信すると、今度は同じモールスでも、ちょっと崩れたリズムの音が聞こえてきました。

「こういう崩した打ち方をするのはベテランに多い。ほら今、トツーーート、と真ん中の音を長く伸ばしたね」

「うん」

「モールスではトツートは了解という意味なんだけど、この人は今、へぇぇそうなんだぁという驚きや感動の意味を込めて、真ん中の音をぐーっと伸ばしたんだと思うよ」

「そんなのもわかるの?」

「わかるよ。こんな原始的な通信方法でも、人はちゃんと心を伝えられるんだ。だから人間はすばらしい」


文章にすると実際の言葉のやり取りとはちょっと変わってしまいますが、「だから人間はすばらしい」という言葉だけは当時の記憶そのままです。無味乾燥にしか思えない電子音にさえ、心を乗せて飛ばすことが出来るんだ。この発見は、子供心にも人のすばらしさを強く印象づけてくれたように思います。


今、私がイエはてなにいるのも、この時の体験があったからかもしれません。文字だけの語らい。でもその中に、まるで相手の表情までが読み取れるような心が込められている。そういうコミュニケーションがここにはあります。


子供時代に触れたモールスから今はインターネットを介した通信へ。方式は大きく変わりましたが、でも通信は心を伝えるものという捉え方は、今もずっと変わりません。どんなに通信方法が変わっても、人はそれに心を乗せていくことが出来る。だから人間はすばらしい。子供時代に父と聞いた電波の音が、今も私にそれを教え続けていてくれます。


[103]>94 いまだに我が家では現役です w83

相手側の番号を表示したり、留守電といった便利な機能はありません。でも電話会社に尋ねると、この黒電話、一番壊れにくいそうです。機能がない分、構造が単純なのでしょうね。お役目ご苦労さまといいたいですが、まだまだがんばってもらいたいと思っています。電話もまだまだ働き盛りなのか、まだ好調です。


[104]>59 我が家では w83

まだ鶏を飼っています。毎朝餌の時間になるとけたたましく雌鳥がなき、餌を要求します。いつも青菜をいれる籠だけもって鶏小屋の前を通るとえらく興奮して小屋の壁のほうに集まってきたりします。鶏は3歩歩けば忘れる、といいますが、あっちも生きるために必死でこっちを観察しているのだな、と思うことがしばしばです。


[105]>102 アマチュア無線のコンテスト w83

我が家には昔アマチュア無線の受信機がおいてありました。その受信機が一年でもっともうるさくなったのが、コンテストというものが行われているときでした。コンテストは確かできるだけさまざま地域で、できるだけ多くの相手と交信するのを競うものだったと思います。禁止事項として同じ相手と2度以上交信してはいけないようになっていました。このコンテストが行われているとき、ものすごくにぎやかで、楽しくコンテストに参加しました。


[106]カコーンと山に響く薪割りの音 Catnip

「イエの音、家族の音」というより親戚の家で体験した音の話になってしまいますが、今も心に残っているのがこの音です。


小学校最後の夏休みだったと思います。両親に連れられて訪れた親戚の家。そこは山あいの小さな村で、辺り一面に自然が一杯でした。イトコのアニキと一緒に日がな一日雄大な自然の中で遊ぶのは、東京育ちの私には夢のような楽しい体験でした。

いよいよ翌日帰宅という晩、ついに私はまだここに残りたいと言い出しました。するとイトコのお父さん、つまりおじさんが、客ではなくここの家の子として過ごすなら夏が終わるまで置いてやる、と言ってくれたのです。


なるよ、どんなお手伝いでもする。ここの家の仕事は楽しそうだ。


父母は、宿題はどうするんだなどと心配そうでしたが、私はいつも面倒な物は先に片付けてしまうタイプだったので、残っていたのはせいぜい毎日の起床時間とその日の天気を書き込む「夏休み生活記録」のプリントくらいだったのです。こうして私の単独残留が決まりました。


翌朝からは5時起床。外に出るともやがかかっていて、まるで山のキャンプ場のようでした。早朝の畑で朝一番の新鮮な野菜を収穫します。植物というのは夜の間に実に栄養を送り込むから、こうして朝採るのが一番うまいんだぞと教えてもらいました。実際本当に美味しいのです。山の農家の食事には肉も魚もほとんど出てきませんが、お米と野菜だけで本当に美味しい食事でした。


このあと昼間はイトコも私も自由時間です。午後3時頃、おじさんが畑から戻ってきました。耕運機の後ろのリヤカーに、たくさん丸太を積んでいました。


「さぁ、ここからは薪割りの時間だぞ。ここは冬は雪で埋まってしまうから、夏のうちに冬の準備をしておくんだ」


大きなノコギリが登場して、おじさんとイトコで丸太を切り始めました。数本切り終わると、見てやり方は分かったなと言って、私にノコギリが渡されました。さっそく丸太を切ってみますが、板と違って太いので、なかなか切ることができません。

汗びっしょりで悪戦苦闘していると、おじさんは大きなナタで、カコーン、カコーンと気持ちのいい音を立てながら、切った丸太を割り始めました。その音が背後の山に響き渡って、なんとも涼し気です。


いい音だぁ、汗が引っ込む気がするよと言うと、この音の良さが分かるならお前は一生ここで暮らせるぞと言われました。そして、やってみるかと言われて、ナタを貸してもらいました。


いいか、ナタを持ち上げたらその重さだけで振り下ろす、力を入れると曲がっちゃうからな。薪を持った手をしっかり離してから振り下ろせば絶対ケガはしない。やってみろ。


う、うん……。


最初の一回目は、見事に狙いがはずれて失敗でした。そんなに高く振り上げなくていいんだぞと教えてもらって、もう一回。おっと、今度はど真ん中に命中しましたが、力が足りなくて割り切れません。


それでいいんだよ。無理して一回で割ろうとしないで、薪にナタが食い込んだらあとはこうしてトントンとやって割っていけばいいんだ。


出来た、出来た!!


よーし、どんどんやってみろ。ただし慣れてきた時が一番ケガしやすいからよく気を付けて。


はい!!


こうして来る日も来る日も、夕方になると薪を割り続けました。毎日元気に遊び回ってその後に薪割りですから、東京育ちの私もすっかりたくましくなりました。見た目はそんなに変わりませんが、気持ちがたくましくなったのです。体を動かすことが楽しい。家のために働くことが楽しい。それまで、そんな風に思ったことはありませんでした。


畑仕事もこの時初めて体験しました。私がやったのは主に草刈りと収穫ですが、青空の下で汗を流す爽快感はどんな遊びより楽しく気持ちのいい時間でした。

東京では子供は子供でしかありませんが、ここでは仕事の速い遅いの違いはあっても、大人と同じ仕事を任せてもらえます。私にはそれが嬉しくてたまりませんでした。

薪割りは結局最後まで、カコーンと気持ちよく山に響くいい音は出せませんでしたが、それでも自信を持って割れるようにはなれました。


いよいよ明日は帰るという日、最後の薪割りが終わると、おじさんは積み上げた薪を見上げながら、よぉ割ったなぁ、この薪はな、冬に雪の重さに耐えかねて折れたり倒れたりした木ばかりなんだ、ここの人たちはむやみに燃やすためだけに木を切ることはしない、自然が与えてくれる倒木で何百年も冬を過ごしてきたんだ、だから今もこんなに自然が一杯だ、そのことを大人になるまで忘れないでくれよ、いつかきっと自然から奪うだけの暮らしとの違いが分かる時が来るから、といったようなことを話してくれました。


この親戚の家には、今も時々足を運んでいます。おじさんもだいぶ歳を取りましたが、まだまだ現役で畑に出て、そしてもちろん薪割りも続けているようです。いまだに薪のストーブは健在です。


今は私もカコーンといい音を響かせながら薪を割ることが出来ます。おじさんはそれをとても嬉しそうに見守ってくれます。

いつかお前も自分の子供にこの音を聞かせてやらねばな。

そんなことを言われたりしますが、それはまだちょっと先のことになりそうです。


[107]>95 石焼き芋 gtore

以前住んでいたイエの近所に、石焼き芋屋さんが来ていましたね。

とても懐かしいです。

結構長い時間、イエから見えるところに停まっていたけど、買いにきている人はあまり見かけませんでした…^^


[108]>104 ニワトリの鳴き声 gtore

祖父母のイエの近くで、飼われているニワトリが毎朝鳴いていましたね。

コッ、コッ、コッというニワトリの鳴き声で起きる、とても心地のよい朝を思い出します。

懐かしいですね。


[109]祖父の吹く口笛 SweetJelly

祖父の吹く口笛は、澄み渡った素晴らしい音がします。祖父は口笛で鳥の鳴き声を真似るのも上手でした。祖父とお散歩に出かけると、よく色んな鳥の鳴き声を真似してくれました。まだ寒い浅い春に、歩きながらホーホケキョ。すると塀の向こうから「あら?」なんていう声が聞こえてきます。本当のウグイスの声だと思った人がいるようです。祖父はいたずらっぽく唇に人差し指を当てて、シーッというような顔をして微笑みます。私も唇に人差し指を当てて、うんうんとうなずきます。しばらく歩いて遠ざかってから、二人でお腹を抱えて大笑い。そんな楽しいお祖父ちゃんでした。


祖父は色んな歌も口笛で聞かせてくれました。中でも祖父が大好きだったのは、坂本九さんの「見上げてごらん夜の星を」でした。夏の夕方のお散歩の帰り、河原でこの曲を聞かせてもらっていたら、なぜかじんと涙が出てきてしまったのを懐かしく思い出します。


ある時私は、あまりに祖父の口笛が澄んだ響きなので、どこまで離れて聞こえるか試してみたくなりました。祖父に立ち止まって口笛を吹いてもらい、私だけどんどん先に進んでいきました。どれだけ歩いても、まだ口笛の音が聞こえます。うわぁ、すごく遠くまで響くんだと思いながら振り返ると、祖父の姿は遥か向こう。私はあまりに離れすぎて心細くなってしまい、半分べそをかきながら走って祖父のもとに戻りました。そのくらい、祖父の口笛の音は美しい音がしたのです。


子供の歌も、たくさん口笛で吹いてくれました。祖父と手をつなぎながら、口笛に合わせて歌を歌います。いつも音楽のあるお散歩。それはとても楽しいお散歩でした。


ある時、祖父が怪我をして入院してしまったことがありました。幸い怪我をしたのは足だけだったのですが、祖父は「病院では大好きな口笛が吹けないなぁ」と、それが寂しそうでした。ところがです。祖父が口笛の名手だと知った入院患者さんたちがその音楽を聞きたがって、先生や看護師さんと協力して、病院の中で「口笛リサイタル」を開いてくださることになったんです。


当日は私も呼んでもらいました。祖父は足を骨折していたので、車椅子で登場です。病院のホールには人がいっぱい。祖父は次々と、色々な曲を披露していきました。どれも昔の懐かしい曲で、祖父より年上そうな皆さんが涙を浮かべながら聞いてくださっていました。最後に私が花束贈呈です。大きな拍手の中を進み出て祖父に花束を渡すと、アンコールの声がかかりました。すると祖父が私の手を握って、「ほらいつもの、一緒に歌おう」。


「うん!」

私は元気良く答えました。

「それではアンコールにお答えして、孫の○○が一緒に歌います。聞いてください、『靴が鳴る』」


いつものように、口笛で前奏が流れます。

ドーラドソーラソミードー レードレミーレドー

さんはい

おーてーてー つーないでー のーみーちーをーゆーけーばー


この曲は二番まであります。私はいつも祖父と歌っていたので、ちゃんと二番まで歌えました。一番は歌を歌って小鳥さんに、二番は跳ねて踊ってウサギさんになるんですよ。こうして病院での口笛リサイタルは大成功でした。


こんな色々な思い出のある祖父の口笛が、私の1番の「今も耳に響く……イエの音、家族の音」です。


[110]大きく響く輪転機の音 watena

軽オフセット輪転機というものがあります。大きさは机の上に乗せられる程度。でも印刷の仕上がりは、ちょっとした商業印刷物と変わらない出来映えです。一時代前には、大量の印刷物を作る必要のあるオフィスなどで盛んに使われていた印刷機でした。


その中古が、わが家にやってきたのです。父は地域の文化や歴史を研究するサークルを作っていましたので、その会報をこれで印刷しようというのでした。これさえあれば何百部でも刷れるぞ、町中の人にだって配れるぞと父は上機嫌でした。


しかし、ただ同然で頂いてきたジャンクですから、まともに動くはずがありません。モーターは生きているので主要部分は動きますが、紙送りのローラーが動きません。

機械の横には自動車のシフトレバーのような物が付いていて、それを切り替えることによって、インキ練りだけの動作、印刷原版のドラムを回してインクを乗せる動作、そして紙送り機構も動かして印刷する動作といったモードが選べるようになっているらしいのですが、そもそもマニュアルが付いていないので、操作の方法からしてよく分かりません。


私も印刷機が有れば色々遊べそうなので、修理を手伝うことにしました。しかしいくら機械物が好きだと言っても、当時の私はまだ中学生です。文系で機械関係には詳しくない父と、ちょっと前までは小学生をやっていた子供が、機械油と印刷インキにまみれて大奮闘。でもそれはとても楽しい時間でした。どちらも全く未経験のことに取り組んでいますから、親だから教える側、子だから教わる側といった図式がないのです。二人で考え合い、二人で壁に突き当たって、それを二人で乗り越えます。こんなに楽しい親子の時間を過ごしたのは初めてでした。


休前日の夜は徹夜をしてしまったこともありました。気が付くと朝。お腹空いたなと父が台所で作ってくれた焼きうどんは最高でした。母が起きてきて、あららら、このイエにはおっきな子供が二人いるのねと苦笑していました。


こうして一週間以上の悪戦苦闘の末、複雑な機構を全て把握し、装置の隅々まで知り尽くした上でのオーバーホールが完了しました。

印刷原版は紙版といって、普通のPPCコピー機で作ることが出来ます。インキを弾く加工が施された原版をコピー機に通すと、トナーが乗った部分にだけインキが付着するようになります。それをゴムローラーに転写してさらに紙に転写する。これが紙版オフセットの印刷原理です。


行くか。テスト用の印刷原版を作りに、二人でコンビニに走りました。しかし純正の紙以外使わせてくれないコンビニばかりで、どこに行ってもオフセット用原版へのコピーは断られてしまいました。仕方なく二人でアイスを買ってしゃぶりながら帰宅。翌日父が会社のコピー機で原版を作ってきてくれました。


いよいよテスト印刷です。インキと原版をセットし、スイッチを入れます。シフトノブをインキ練りモードにすると、ガシャコンガシャコンと大きな音を立てながら印刷機が動き始めました。よし、転写するぞ。原版をセットしたドラムと印刷のためのローラーが回り始め、一層けたたましい音になりました。全てが機械式ですから、とにかく音が大きいのです。

「大丈夫だよね、壊れないよね……」

「だと…思うんだけど……」

なんとも心許ないですが、本当にそんなに不安になってしまうほど大きな音でした。


さあ、刷るぞ。印刷枚数をセットして…。レバーを印刷モードにすると、大成功でした。紙送り機構の動作がいまいちでしたが、タイミングはしっかり合っていたので、給紙ローラーの圧力調整で快適に動作するようになりました。大成功です。こうして親子の印刷室がわが家に登場することになりました。

それからは色々な印刷物を刷りました。印刷という手段が手に入ると、それは広報という力を得ることになります。父も私も、そして母までもが、この印刷機に様々な活動を広げてもらいました。


大きな音を立ててガシャコンガシャコン。もうポンコツ丸出しの音を立てて動く印刷機ですが、旧式の機械は頑丈ですから、メンテナンスさえしっかり行っていれば、十年でも二十年でも動いてくれます。旧時代の印刷機なので段々消耗品が入手しづらくなってきましたが、それでもまだまだ現役として十分使える動作をしています。


わが家に響くこのカシャコンガシャコンという大きな音が、父と子の絆の音、そして家族の元気の証しの音でした。きっとこれからもこの印刷機は活躍し続けてくれると思います。


[111]母の弾くオルガンの音 TomCat

母はピアノが大好きでした。しかしわが家にピアノがやってきたのは、私がずいぶん大きくなってからのことでした。それまで母が何を弾いていたのかというと、オルガンです。電子的なキーボードじゃありません。リードオルガンだったんです。空気の力でハーモニカやアコーディオンと同じ構造の「リード」という金属片を振るわせて鳴らす楽器。あの、アコーディオンと同じような音のする楽器ですね。

もちろん当時も電子オルガンはありましたが、父がどこかからもらってきてくれた古い古い、それは古いリードオルガンを、母は大切に弾いていたのでした。

しかし、ピアノとリードオルガンで同じなのは鍵盤の並び方だけ。全く異なる楽器です。それでピアノ曲を弾こうとすれば、普通はかなりとんでもない演奏になってしまいます。ところが母は、ショパンでも何でも、まるで最初からオルガンのために作られたかのように弾いてしまうのです。幼い私は元々そういう曲なんだろうと思って聞いていました。

「楽しい曲だね」

「わかる?」

「うん、ちっちゃなわんこがコロコロ転がってるような感じ」

「まー、この子は天才かもしれないわ!!」

親バカ・・・・w

そうです、この時弾いていたのは「子犬のワルツ」。今になって思います。あのまともに調整もされていないガタガタ鍵盤で、よくもあんなに早く滑らかに指が動かせたものだと。そして、右手の流れるようなメロディを支えていくのが左手の豊かな響きです。それを鍵盤を離せばブツリと無粋に音が途切れるリードオルガンでよく表現できたものだと。私こそ「子バカ」かもしれませんが、リードオルガンで子犬のワルツを完璧に表現して聴かせてくれた母は、稀に見る天才だったと思います。何も知らない子供の心にショパンの世界を映し出すなど、本物のピアノを使っても難しいことなのに、それをオルガンで・・・・。

そんなプロにだってなれたはずの表現力を持った母が、深い愛情を込めて弾いてくれるのですから、それを聞いて育つ子供が音楽を好きにならないはずがありません。私は毎日母のオルガンに合わせて歌を歌ったり、母の伴奏に合わせてたどたどしい手つきでメロディを弾いたりして、楽しい遊びに夢中になっていました。

中でも面白かったのは、オルガンの音でおしゃべりをする遊びでした。日本語は音程のアクセントが主ですから、けっこう言葉をメロディに置き換えることが出来るのです。

「ぶぶ、ぶぶぶ?」

いま何時?と聞いています。まだ時計、よく読めないのに・・・・。えーとえーと、

「ぶぶぶ、ぶーぶっぶぶ」

さんじ、じゅういっぷん。

「ぶぶぶー」

あたりー。

「ぶー、ぶぶぶー」

ねー、おやつー。

「ぶぶぶぶ」

はいはい。

親子だから、こんな音で話が通じたのかもしれません。でもこれで、私は作詞作曲の基礎を身につけたように思います。言葉にはメロディがある。メロディの中にも言葉があるという気付き。それは今でも私の宝物です。

さらに面白い遊びは、メロディのキャッチボールのようなものでした。母が短いフレーズを弾きます。それを私が受け取って、続きのメロディーを考えて返します。すると母はそれをサッと楽譜に書き留めて、さらに続きのメロディを返してくれます。こうやってしばらく音のキャッチボールを繰り返していると、それが一つの曲になっていきます。

たいていは辻褄の合わない変な曲になって、続けて弾くと大笑いでしたが、時には素晴らしいメロディになっていることもありました。そんな時はそれに歌詞を付けます。

「ねえ、このメロディから何を思い浮かべる?」

「うーんとね、おいしいお菓子。こないだ食べたおさとういっぱいのドーナツみたいなの」

「よーし、じゃドーナツの歌にしよう」

こんなふうにして、何曲かのわが家のオリジナル曲が生まれていきました。あの頃の楽譜、どこにいってしまったんでしょう。母は楽譜をとても大切に扱っていましたから、子供との遊びの時のメモだって、粗末に扱ったりはしていなかったはずなんです。探せばきっとどこかに保存されているはず、と思うのですが、どんなに探しても見つかりません。思い出したいのに、ここまで出かかっているのに出てこない、そんな母と私のオリジナル。いつかきっと記憶をたどって、蘇らせてみたいと思っています。

こんなふうに、幼い私に、かけがえのない大切な宝物を贈り続けてくれたオルガンの音。母の愛を、そして母から受け継いだ音楽への思いをしみじみ感じる時、いつも私の心の中には、あの懐かしいリードオルガンの音色が響いています。


[112]思い出を刻む時計の音 sumike

実家のぜんまい時計

私たち家族を柱の上から見守ってきた時計です。

今でも現役で30分に一度、昼夜を問わず鐘がなります。

正時にはその時の回数分、そして30分に1回。

優しい針の音と鐘の音がこの家の時の流れを見つめているようです。

針の音は気にすると聞こえる音、カチコチカチコチ。

しかし何かに集中していたり、気にしなければ聞こえない音。


私はこの時計で時間のよみ方を習い、月に一度ぜんまいを巻くのも私の仕事でした。

椅子に上がって、蝶のようなぜんまい回しを文字盤に二箇所ある穴に入れて回します。

「ギコッ、ギコッ、ギコッ」

「巻きすぎたら、ぜんまいが切れるよ」。

そんな父の言葉に、おっかなびっくり力を加減して巻きました。

ぜんまいがしまっていくと、カチカチという音が心持ち元気になった気がして、なんだかうれしくなったものです。



振り子ケースの中がぜんまい回しの置き場です。

昔、使ったあとに戻さずに持ち出してしまった翌月には家中を探す大騒ぎになりました。

この時計を見るとたくさんの思い出が甦ってきます。



「ボ?ン、ボ?ン、ボ?ン、ボ?ン、ボ?ン」。

いつも変わらぬ音が、今日も時を知らせてくれます。

時計が時間を刻むように私も家族との思い出を心に刻んで行こうと思います。


[113]>108 私も鶏を飼っていました TomCat

というか、父と一緒にチャボを飼っていたんですよね。雄鶏もいたので、毎朝いい声で鳴いてくれました。

id:canorpsさんの山の中の養鶏業のお話。過疎の山を、もう一度蘇らせたいとつくづく思います。マチから離れた場所だから出来ることって、たくさんあると思うんです。養鶏業なんてその代表ですよね。その場所に適していたから発展してきたことが、過疎、高齢化といった社会現象と共に消えていく。そして山や村から消えていった産業は、みんな個人の手を離れて企業の手に移っていく。これはとても悲しく寂しいことだと思います。

山で暮らせる産業を育成する町おこし。カムバック、山の養鶏場。そんな取り組みは出来ない物でしょうか。山の村は東京の区なんかより面積が広かったりしますから、きっとどこかにまた養鶏場が、うりんぼ牧場と一緒に作れますよねえ。あー、そういう山に入植したい。山に響き渡るニワトリの声(プラス猪のブヒブヒ)を聞きながら暮らしたら幸せでしょうね。

そして、そんな音を心に残る音として育っていく子供達。そういう時代を作ってみたいと思います。


[114]>105 私もコンテスト、やってました!! TomCat

いつもはあまりトンツーはしない私でしたが、コンテストの時はここぞ男気の見せ所とばかりに、電信(トンツー)部門で参加していました。

開始直前の静まりかえった空が、一気に電波と電波のぶつかり合いに変わるんですよね。あの熱気。忘れられません。

QRZ? DE J○1○○○ K

J△6×××

J△6××× 5NNxxxx 1ST6 VYTU K・・・・

どなたかお呼びでしたか?こちらはJ○1○○○です、どうぞ

J△6×××です。

J△6×××さんですね。コンテストナンバーは5NNxxxxです。最初の九州ですよ、すごく嬉しいです。どうぞ・・・・

一見無味乾燥な電子音と略語の羅列に、ほんと、心がこもるんですよね。もしかしたらid:momokuri3さんともid:w83さんとも 、コンテストのお空でお会いしているかもしれません。


[115]>45 うちはNHKラジオでした TomCat

ラジオは耳だけ傾けていればいいですから、忙しい朝にピッタリなんです。うちはずっと朝はNHKラジオでした。お馴染みの朝のニュースワイドのジングルが聞こえてくると、さあ今日も一日張り切っていこうという気持ちにさせられたものでした。

id:adgtさんのニュースはNHKの件、私も良く分かります。特に政治のニュース、民放って偏ってますよね。余計な先入観を与える情報がてんこ盛りで、世論を混乱させて新しいニュースを作り出そうとする魂胆がミエミエです。

その点NHKは、一部の番組では政界の大物の息子議員達の乱暴な思想介入が問題になったりしていましたが、ニュースは淡々と事実だけを報道する姿勢が貫かれていると思います。

TVは多少ショー的要素を加えてその点が余計だなと思いますが、ラジオはそのあたりもシンプルで、偏らない社会の見方のままで世相を見つめる目を養ってくれます。だから私は今もNHKラジオ。TVの朝番組は人づての話題とネットでの書き込みでしか知りませんw


[116]>55 うちのにゃんこ達も TomCat

ごはんの前には、ねえ、食べていいって言って、その方が美味しく思えるの、と言った感じで、じーっとこちらを見つめていることがあります。

「ほら、これこれ、食べて、美味しいよ」

トントンとお皿の縁を叩いて声をかけると、打って変わったようにガツガツカリカリと食べ始めます。食欲がないわけじゃなくて、ごはんと一緒に愛情が欲しいんですよね。人がいない時には、勝手に食べてますものねー。

なんにしても猫の元気なガツガツと食べる音。これは幸せの音です。

これに対して、わんこの方は、口吻が長いせいか、ガツガツに、パコンパコンという音が混じります。水を飲む時は、長い舌で豪快に水をかきあげて、びっしゃびっしゃ、ごくんごくんと飲んでいきます。

その点、猫は舌が短いですから、水を飲む時の音は「てちてちてちてち・・・・」。でも言われてみると、「ぺくぺくぺくぺく・・・・・」とも聞こえますね。

猫はクレオパトラにも愛されていたことから分かるように、元は砂漠のような乾燥地帯の動物でしたから、とりわけお水にはグルメなのだそうです。生きるためにはどんな水分でも舐めてきた苦労が、水に困らなくなった今は、水の美味しさを味わい分ける感性として、遺伝子の中に受け継がれ続けているんですね。

温度、味、そして器にまで、猫の水へのこだわりは果てしがないようです。


[117]>112 懐かしいです TomCat

わが家にも、ゼンマイ式の振り子時計がありました。カチ・カチ・カチ・カチと時間を刻む音は、普段は全く気にならないというか、聞こえてもいないような音なのですが、一度気になり出すと、ずいぶん大きな音だったんだって気付くんですよね。とりわけ一人でお留守番の夜などには、あの音が大きく響いて耳に届きました。

「ボ?ン、ボ?ン、ボ?ン」という音も懐かしいです。毎正時には時間の数だけ。30分には1回だけ。だから12時半から1時半の間は3回続けて「ボ?ン」だけなんですよね。それでも音だけで時刻が分かってしまう振り子時計。機械なのに、人と心が通じ合っていたのかもしれません。

id:sumikeさんのお宅の時計は、今も現役なのですね。わが家の時計は、ゼンマイが切れてそのままになっています。直せないことはないなあ。新しいゼンマイを探して、もう一度時を刻んでもらいたくなってきました。


[118]>88 イエの幸せの音が地域の幸せの音に TomCat

自転車に鈴、これは素晴らしいアイデアですね。最近は音の静かな電気自動車にわざと音を出させて安全性を高めようという動きがありますが、自転車もまさにそれと同じですよね。

友情の鈴を大切にしてきたお母様の素晴らしいアイデア。これ、ぜひ全国に広まって欲しいと思います。エコロジー指向のイエはてなですから、ここからかなり自転車を愛用するライフスタテルが広まってきていると思いますが、それをさらにもう一歩進めて、イエはてなから歩行者に優しく走ろうの鈴の運動。これはインパクトがあると思います。

イエラボの小山薫堂さんが展開している東京スマートドライバー運動と共に、兄弟サイトのイエはてなからは、優しい鈴の音と共に繰り広げていくスマートサイクリスト運動。これは盛り上げてみる価値があるかもしれません。私も自転車を愛する者の一人です。早速鈴を付けて、歩行者の目線で優しくマチを走ってみたいと思います。


[119]>110 おお、軽オフ!! TomCat

親子で直した中古印刷機の奏でる音。これはその時だけでなく、様々な活動を思い起こさせてくれる音として耳に残りそうですね。

このエピソードでとりわけ素晴らしいと思ったのは、外での活動が、常に親子の絆で蘇った印刷機によって、イエと、家族と結ばれていたであろう点です。

人は外での活躍が顕著になってくると、しばしばイエから心が離れがちです。時にはイエのことを全くかえりみずに、外での活動に没頭します。それが悪いとは言いませんが、外の活動の基点が家族の絆と同じ位置にあるということは、本当に素晴らしいことだと思うんです。

私も自分の物ではありませんが、同人誌作りに旧型のオフ輪を回していたことがあります。あれはすごく大きな音ですよね。でも、とてもリズミカルな音でもあります。あの音を聞いていると、心が弾みます。

今も現役で動き続ける印刷機。親子が支え続ける印刷機。それが今も響き続けるイエの音。それが外に向かっても、イエの中に向かっても、いつも温かな心とアクションを繰り広げていってくれる。そんな愛しき日々、ディア・ライフ。素晴らしい家族像を見せて頂きました。


[120]>117 昔のモノ sumike

昔の時計や機械製品は直すことを前提に作られているので結構丈夫にシンプルにできています。

現代の電子機器や家電品はプラスティック部品が多く、壊れると基盤ごと交換とか修理代の方が高くつくような修理しかできないなど、長く使うことを前提には作られていません。

大昔のぜんまいは、くじらのヒゲで作られていたりするので、材料が手にはいらず治せないものもあるようですが、ぜんまい時計のぜんまいはまだ材料が残っていると思います^^

精密な時計ではないので、定期的にぜんまいを巻いたり時間を合わせたり、振り子の重りを調整したり手をかけてあげないといけないのが難ですが、今みたいに一分一秒がピッタリあっていないといけない時代でなかったので使えたのかもしれませんね。

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