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先日ここで質問した際に、ご回答いただいた記事に興味を持ちました。
●記事URL
http://jp.ibtimes.com/article/biznews/091110/44130.html

このニュースについて詳しく知りたいのですが、詳細が出ている記事を教えてください。
英文記事でもけっこうです。

よろしくお願い致します!

●質問者: michi-i
●カテゴリ:政治・社会 芸術・文化・歴史
✍キーワード:ニュース
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 3/3件

▽最新の回答へ

1 ● meefla
●35ポイント

ベルトラン・ド・メロードのスペルは Bertrand de Merode のようで、元記事はおそらくこれでしょう。

Armste prins van Belgi? dood

ベルギーの オステンド はオランダ語圏のようですので、Google でオランダ語→英語の機械翻訳をしてみました。

Prince of Belgium poorest death

With the death of Bertrand de Merode (57) lose our country's most colorful prince.

との事で、70?80年代にはジャーナリストをしていたようです。


2005年5月1日付けの関連記事として、Prins Bertrand de Merode in De Reporters も見つけましたが、Google ではページの機械翻訳ができませんでした。

タイトルの英訳は、"Prince Bertrand de Merode in the Reporters" のようです。

なお、このページで王子関係の記事は、最初のもの(上の方1/4)だけです。


ご参考になれば幸いです。

◎質問者からの返答

ご丁寧な回答をありがとうございます!

オランダ語を読めないのが残念ですが、どうにかして解読したいと思います。


2 ● なぜなに
●35ポイント

2009年11月19日の王室フォーラム書き込みの和訳です。

(原文は:http://www.theroyalforums.com/forums/f29/princely-house-of-merod...)


「Prince Bertrand de Merode(ベルトラン・ド・メロード王子)が先週の日曜に、ベルギーのOostende市にあるアパートで亡くなられました。

王子は1952年の5月8日生まれで、70年代と80年代にはジャーナリストでもありました。


王子はオステンデでヌーディストビーチ推進運動をしたり、詐欺の犠牲者になったり、警備が不十分だった市長のオフィスに木製の銃を持ち込んで押し入って見せつけたことも一回ありました。そして国王アルバート二世が市を訪れていた時の異議申し立ての間も、彼は結局は刑務所に入れられたのでした。


この王子は「国で一番有名な王子」と呼ばれており、彼は二人の娘を持った元妻(Martine Smetryns)と離婚した後は鬱病に悩まされていました。

ベルトラン・ド・メロード王子は、王子であるPrince Werner de MerodeとBaroness Mathilde Rolinの間の息子でした。


お葬式は11月13日にOostende市にある、聖ペトロ&聖パウロ大聖堂で行われます。」



おまけ:

↓もうちょっとだけ日本語でも載ってます。映画化?

「パンクな人生を送ったベルギーの王子が孤独死」:

http://news.livedoor.com/article/detail/4448128/


しかも他にも変わり者の「プリンス・ワンワン」もいるらしい。:

http://blogs.yahoo.co.jp/kakeruhibi/22394415.html

◎質問者からの返答

英文記事に加え日本語記事、助かります!

世界には変わった王子がいるものなのですね・・・

ありがとうございます。


3 ● kanan5100
●10ポイント

誰も指摘してないのでここで書いておきますが、この人は「王子じゃありません」。

プリンスというのはヨーロッパの上位貴族の称号で、「王子」と訳すのは間違いです。この人は貴族ですが、別にベルギー王族の一員というわけじゃありません。Merode家の男子はすべてPrinceという称号で呼ばれます。

これだけではなんなので、このプリンスについての記事をいくつか紹介してみます。

http://www.nieuwsblad.be/article/detail.aspx?articleid=GCDF2328

2005年5月のこちらの記事を機械翻訳で英訳してみると、離婚してオステンドに住んでいるプリンス・ベルトラン・ド・メロード(53歳)がバーのホステスと結婚する、とあります。プリンスは、35歳でブロンドのホステスとセックスクラブで出会って一目惚れ。「彼女は素晴らしい胸と14歳の息子をもっているんだよ」とプリンスは語っている、とのこと。プリンスの前の彼女はアフリカから来たMbazoa、とあるのでこれが例の実は男だったガーナ人かもしれません。

http://www.nieuwsblad.be/article/detail.aspx?articleid=G2BL5N43

これは2005年12月のインタビュー記事。プリンスの写真はどう見てもそこらの浮浪者にしか見えません。

Google翻訳で英訳してみると、最後の段落には、「妻を求めて個人広告を出した。ルーマニア人の女性には数百ドルだまし取られた。今東欧とフランスに4人の候補がいて、自分で決めるつもり」みたいなことが書いてあります。

どうやら前の記事のホステスとはうまくいかなかったようです。

http://www.nieuwsblad.be/article/detail.aspx?articleid=V82I0PGH

2009年11月のこの記事には彼の死と葬儀について詳しく書かれています。

葬儀には家族が参列、彼にはプリンセス・エリザベスとプリンセス・マリー(もちろんこのプリンセスも「王女」じゃなく称号)の二人の娘がいたそうです。

コメント欄には書き込みが3件あり、3人とも心からプリンスの死を悼んでいる様子。「ふざけた様子のマスコミの態度と参列したオステンド市民の哀しみが対照的だった」みたいなことも書かれており、どうやら市民からは愛される存在だったようです。



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