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高橋秀俊博士によると「我々の”考える”ことはすべて記憶内容に対する論理操作である」(岩波講座「現代物理学」、中公新書286「脳とコンピュータ」より)ということです。

では、我々は記憶にないことをどうやって考えるのでしょう。五感の感覚に訴えてこない科学的な原理(「デジタル」)や時空間的に感知不能な現象(「ゴンドワナランドの分裂」、「地球環境問題」、「地球規模海洋汚染」)は、どうすれば考えることができるのでしょう。

どうすれば思考の中に取り込むことができるのでしょう。

また、考えた末にたどりついた概念が、他の人と違う場合に、どうすれば共通概念を構築できるのでしょう。

言葉(概念の音韻形態)と意味(五感で感じられない現象や原理)の結びつきが適切であるということは、どうすれば確認できるでしょうか。

とりあえずいわしにします。いわしは回答をオープンする手間が省けますから、自由な議論が可能だから

●質問者: ShinRai
●カテゴリ:学習・教育 科学・統計資料
✍キーワード:286 いわし オープン コンピュータ ゴンドワナ
○ 状態 :終了
└ 回答数 : 40/40件

▽最新の回答へ

[1]記号接地問題? taka-hr

例に出ているようなものについては、想像図を見るとか聞くとかすることによって記憶することができますよね。

また、自分で想像するときにも、ほかに似ているものから類推するようなことが多くあると思います。

「イトカワ星人」のようなものですら、まぁ世代によって違うかもしれませんが、タコの化け物のようなものやら緑の小人みたいなのやらもしかしたら両手がはさみ状になっているものまで、なにか自分の記憶の中から連想・類推できるようなものとのつながりで想像できます。


人工知能における記号接地問題も結局似たことになるとは思いますが、外部からの刺激を受け取る感覚器と、その過去の感覚との類似点なり違いなりを記憶することで思考することができていると考えられます。


共通概念についても、互いに共通であると確認できるようなところからその類似点や違いを確認していけば構築できると思います。

ただ、私の見ている赤はあなたの見ている赤と同じなのか? というところまでつきつめると、何か共通しているものがあると思うこと自体が幻想だとも言えます。


http://www5.plala.or.jp/nijiya231-9288/HATAKE/seisa/hatake_0830_...


大陸の分裂と聞いても、大地震で地割れみたいなことが起きるのか、何万年もかけて徐々に川幅が広がっていったようなことなのかなどは話し合ってみると想像が食い違っているようなことはよくあるでしょうし、「パブロフの犬」についての理解なんかもいい例だと思います。


仮に共通のものなんて実際には存在していないとしても、多くのひとが共通の「常識」という幻想の上で生活しているからこそ社会が成り立っているわけですから、日常的な意味での思考において困ることはなさそうです。

ですが、たとえば「ポークソテーのような味」をイスラム圏のひとに想像させても無理があるように、みんなが同じ「常識」を共有しているわけではないというのもまた真実であるとも思います。


[2]>1 感覚の初期化や設定によって見えないこともありますね ShinRai

赤緑色盲の話は、大野乾さんの「続・大いなる仮説」だか「大いなる仮説」に遺伝子配列の問題として論じられていました。(大野乾/羊土社/1996, 1991)

あと、パブロフの受けたキリスト教の教育で、「動物には魂がない」と教わるから、犬に記憶や感情がないと信じ込んで、死ぬまでそのままだったという例もありますね。


感覚器官の限界というのは、時空間だけではなく、別のところにもあるわけだ


[3]記憶は核酸であるとすればDNAは本能の記憶 ShinRai

記憶とは、核酸によって記録されたものだと考えると、体験したことや学んだことが、脳の神経細胞の中に核酸配列として記録されることと、DNAが本能の記憶として伝えることが等価であることになります。


つまり、宇宙の神秘も、DNAの記憶を呼び出せば思い出せるかもしれないということになりますでしょうか


[4]>1 類推ってあたりで検討できませんかねぇ。 kyokusen

私、認識論や脳機能については趣味でチラッと科学雑誌などの記事を読む程度なのでどれだけ有用な意見が述べられるかわからないのですけれども……。

『?のようなもの』という操作が出来るのは現時点において人間の脳の大きなアドバンテージだと思うのです。

未知の事象に出会った時、それが既得知識(経験)の中から類似したものを選び出し、それとどれくらい異なるか評価してその全体像を把握する・解決策を導き出そうとする事が出来る、と言う辺りな訳ですが、その既知データの選び出しと差異評価に個人差がかなり出て来るようにも思えます。例えば、ある人がある事について例え話をして理解の促進を試みても、そのたとえ話がその受け手にしっくり来ないと更なる混乱を引き起こす、とか。

あと、余談ですが言語そのものに関しても差異がありますよね。

例えば『官僚支配』を悪と感じる人もいれば、善と感じる人もいる。それ以前の問題で必要なものだと感じる人もいれば、非効率の象徴と捉える人もいる。……この時期にこの例えは不適切だったかな?ともま、ある単語・熟語一つとってもそれ自身に対する認識ってのもありますし、良く『辞書の違い』とか『コンテクストの差異』とか言いますけど、そのあたりの擦り合わせが最大の問題のように思えます。


[5]>4 抽象概念をどのようにして遺伝子型(Genotype)でイメージするか ShinRai

「官僚支配」という言葉を聞いて何をイメージするかは、国家、権力、官僚、政治、支配などに関連してどれくらい記憶があるかによるのではないでしょうか。

それこそ、知人や親戚に官僚や政治家がいるかいないかで、結構評価が違うかもしれませんね。

抽象概念をイメージするにあたって、やはり関連する記憶を引っ張りだしてくるしかないのでしょう。

そもそも親戚にも知人にも官僚がいない場合には、それをイメージすることすら難しいでしょう。ことばが意味を持たないということですね


[6]>3 なりませんです Eisenblau

前提となっている核酸が…という発想にはぼくは懐疑的な立場ですが、

仮にそれを認めたとしてもそれが遺伝として後世に伝わるにはまだ壁があります。

脳の神経細胞の中に核酸の配列として記憶が記録されたとしても

生殖細胞にその核酸配列がコピーされない限り次の代に記憶が受け継がれることはありません。

ここでさらにある染色体に核酸の配列がコピーされるとしても

その染色体が次世代に引き継がれる確率はほかの遺伝子同様1/2になりますね。

また、上記を認めた場合、核酸配列を記録できる量が生物種によって一定であるため、

記憶データが増えていけば必ずどこかで記憶データの圧縮なり削減が行われるはずです。

世代が下れば下るほど、古い世代の記憶は失われる確率が高まるとするのが妥当でしょう。

上記の説明はあくまでも科学的な真偽を問わずに前提を無条件に認めたとしても

やはり帰結が導けないことを示すためのものです。

記憶遺伝子説をサポートするものでは一切ありませんので、そこだけ留意してください。

はじめの問いにも、少し考えてみようと思います。


[7]>6 しかし、記憶を核酸に求めないかぎり、卵で生まれる動物の本能(の記憶)を説明できなくないですか ShinRai

安易に認める必要はないですが、核酸が記憶を伝達しないと、親から学習できない生き物は困りませんか。

本能はDNAの記憶として伝えられ、知能はDNA(or RNA)として海馬で(?)記憶されると考えると、我々の本能も説明できませんか


[8]>7 ×記憶 → ○記録 Eisenblau

コメントありがとうございます。仰る事はとりあえず把握できた気がしますので、その上で

「ここはちょっと科学的ではないな」と思ったところを改めて検討してみます。

本能はDNAの記憶として伝えられ、知能はDNA(or RNA)として海馬で(?)記憶されると考えると、我々の本能も説明できませんか

生物が生得的な行動(本能のことをこう解釈しました)を持っている事を認めたうえで、この文章について考えます。

この部分は基礎的には正しいと思います。基礎的に、と但し書きをつけたのは「DNAの記憶」という用語法が日本語としても学術用語としても認めがたいからです。

記憶は心理作用、記録は長期的に保存される情報のこととの解釈が一般的でしょう(『大辞泉』を参照しました)。遺伝に関しては「記録」という表現が多く用いられますし、ぼくもそうします。「ある個体が生後獲得した、一般的な意味での記憶」に近いものであれば「記憶」と呼ぶことも可能かもしれない(ただし、混乱を防ぐため細心の注意を払って)とは思いますが、ここでは「(将来的に行動を引き起こす元となる)核酸の配列」という物理的な現象を指しているので記録という言葉を使います。

話を戻しましょう。生得的な行動がゲノムに依拠しているのは事実としていいでしょう。この情報は生後に改変されるものではありませんし、同一種の生物では程度の差こそあれ両親がともに同じ行動に関する情報を持っているはずなのでそれが遺伝する事も問題ありません。が、これを前述のような「記憶」と同列に扱ってよい証拠はまだ挙がっていませんでした。したがって、

よって、少なくとも今回の議論ではこの部分は認める必要がなさそうです。

これに加えて、先ほどの「脳の記憶が生殖細胞に移動するのは難しいよ問題」「データ容量問題」の二つをあわせて考えると、ぼくには遺伝子の記憶を呼び出して宇宙の神秘(???)に至ろうとすることは「かなり無理そう」と思えます。

(宇宙の神秘、を「進化系統樹の分岐点」だとか「ヘモグロビンのルーツ」だとかに変えれば、これは遺伝情報を使って既に調べられ結果が出ている研究につながりますが...)


[9]>8 獲得形質は遺伝するというラマルク説 ShinRai

ラマルクは、両親が獲得した形質は、子どもに遺伝するという説ですよね。

これは、ゲノム(という記憶)を、文法によって修飾・編集できるとして、表現型の変化だと考えれば、認めやすくなりませんか。

ncRNA(非コーディングRNA)によるゲノム接続・修飾・編集の研究が進んできていますので、ラマルク説がひろく認められる時代は近いと思います


[10]結びつきはあくまで恣意的なもので willingness

適切かどうかということを考えで判定は出来ない。だから、実験手続きなどを明確にして実験等によって検証していくのです。


[11] 数の風景 ? 未知との遭遇を共有する ? adlib

>記憶にないことを/どうすれば思考の中に取り込むことができるか<

ゼロは、数学の概念として存在するだけで、実在しない。

しかし、ゼロの概念を認めなければ、数学が成立しない。

── 九九九年に即位(09991231)した、ローマ法王(シルヴェステル

2世)の数学上の著作には「いつもローマ数字が用いられていてインド

数字は出て来ない」「1から9までの数字を知っていたが零を知らなか

った、あるいは知っていたにしても零の価値をよく認識していなかった」

── 吉田 洋一《零の発見 19391127 岩波新書》

http://d.hatena.ne.jp/adlib/19391127

存在すれど実在せず ? esse vs exsistere ?


[12]>11 ゼロがなかったとき、100とか1000は表現できなかったのでしょうか ShinRai

興味深いです。

感覚できないこと、記憶にないことは、

思考に取り込むことはできないのですね。

ローマ数字であれば、CとかMで表現できます。

漢字であれば、十、百、千、

999+1=M, 千でしかなかったのでしょうか。


[13]>10 実験できないこともありますよね ShinRai

とくに起源(人類の進化、言語の起源)や一回性の事象(ゴンドワナランド分裂)は、なかなか実験できませんよね。

その場合はどうすればいいのでしょう


[14]>12 時の風景 ? だれも草の成長を見た者はいない(Simon, C.)? adlib

>時空間的に感知不能な現象/は、どうすれば考えることができるか<

「ある時ふと、おばぁちゃんのことを思いだす。この現象はなにか?」

ヒトに関する数々の不思議のなかで、最後の謎は“記憶”ではないか

という利根川教授の提言(フォーラム 19981118 専修大学)。

http://q.hatena.ne.jp/1246170230#a931007

時間と記憶の謎 ? 考えるべきか、思いだすべきか ?

http://q.hatena.ne.jp/1104304375

あなたは“↑時の風景↓数の風景”を、どのように描いていますか。

http://www.hatena.ne.jp/1085083249

── I, V, X, L, C, D, M はそれぞれ1, 5, 10, 50, 100, 500, 1000

を表す。5000や10000を示す記号もあるが、現代ではローマ数字は 3999

以下の数字を表すときのみ使用し、それらの記号はあまり使用されない、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%9E%E6%95%B...


[15]>13 個人内での言語と論理をつなぐことは異なる adgt

一回性の出来事であってもそれは個人内での記憶や言語の話ではなく、学術的に精査された論理をつむいでいるので、単に考えたというレベルではないでしょう?


[16]>9 それではご先祖の記憶を皆思い出せるということ? adgt

理論に都合の良い記憶ばかりが残るわけではないでしょう?残念ながら野武士時代の記憶はとんとでてきません。


[17]>16 ご先祖様が何十世代にもわたって狩猟民をしていたら ShinRai

石器時代の狩猟生活、そういう記憶は甦ってくるのではないでしょうか。

なぜ、ヒトがハンティングが好きなのかも、それで説明できるように思います。

野武士時代なんて、そんなに長くはないのでは?


[18]>17 思考と進化 taka-hr

ほかの方も指摘していますが、進化の結果としての種のDNAの話と個体の脳の神経作用の話を等価であると考えるのは無理があるんじゃないかと。。

わたしもDNAのことはたいして詳しくはないですが、狩猟が好きだとかいうのは石器時代なんていう新しい(!)時代の話ではなくて、強いものだけが勝ち残ってきたそれこそ遺伝子の系譜によるものじゃないでしょうか。ネコだってイヌだってみんな狩猟好きですよね。


[19]>18 それでは育った環境でDNA内の記憶は異なり、例えば場所によってDNAは異なってきているのでしょうか? willingness

記憶という後天的なものが簡単に蓄積されるということは、主としての文化がどんどん進むということですよね?


[20]>19 すいません、分化でした。 willingness

つまり、ヒトという種がどんどん場所によって、質的に異なってくるということでしょうか?DNAの配列と言うのは、かなりナイーブで大きな変化だと思います。


[21]>15 間違った説がはびこっていて、人々に思考を許さない場合もあります ShinRai

たとえば、プレート理論(プレートテクトニクス理論)などは、宗教みたいなもので、それがあるために、人々は思考停止に陥っています。

マントル対流説や、マントルプリューム説も、PTという宗教の亜流みたいなものですが、それを唱える人々が守りに入っていて、学会自体が思考停止状態です。

人間の思考というのは、難しいですね。自分が間違っているときは、正しいものを排除したいと思うのですから。


[22]>20 DNAの配列と、その組み合わせ方法と ShinRai

ゲノムの数は人間も寄生虫もたいして変わりがないそうです。

それでも、たんぱく質の数が一桁くらい人間のほうが多いのは、ゲノムをどう組み立てるかの組み立て方、組み合わせ方で、工夫がなされているのだと思います。

ですから、DNAの変化はそれほど大きくなくても、進化は起きるのだといえないでしょうか


[23]記憶内容の論理操作とは ShinRai

記憶の論理操作とは、記憶を引っ張り出してきて、それを「そのまま肯定する」(=)、「否定する」「そうでないものを思う」(NOT)、「二つの記憶の共通部分に着目する」(AND)、「二つの記憶のどちらかに当てはまるものを思う」(OR)などの、ブール代数の操作を行なっているということです。

つまり、何かとてつもなく新しいことを考え付くことはあまりなく、たいていは、記憶をこねくり回しているのが考えることである。

だから、「下手な考え休むに如かず」なんてことをことわざで言われるのでしょう


[24]>21 どういうこと? pyopyopyo

プレート理論は、間違った説なんでしょうか?

学会自体が思考停止状態とはどういうことでしょうか?


[25]>24 プレート理論の登場と受容については ShinRai

アーサー・ホームズの「一般地質学」に、プレート理論が掲載されたのは、彼が没後、二度目の奥さんが書き入れたということです。

そして、学会がPTを受け入れたとき、科学的な議論はほとんどしていなかったようです。


[26]>25 プレート理論も批判をされている adgt

時間が要されても、学会誌での批判論文は掲載されていますよ。科学論文は、1本で事象すべてを明らかにするのではなく、事象についての科学的検証をつみあげることあができるのですよ。


[27]>22 どのくらいの期間で、DNAがどう変わるんです? jozetora

1人の人間が生きて、それだけでもかわるんですか?


[28]>23 記憶は後天的に学習されます jozetora

人間が生理的早産なのは大脳をおおきくし後天的学習に重きを持たせるためです。生まれる前の記憶が無ければなにも判断でき何のなら、新たに何も学ばなくても良い。


[29]何も学習させなければ言語など身につきません jozetora

周囲に言語を話す個体がいなければ、言語は獲得されません。それは言語学習が後天的なものである証拠ではないですか?


[30]>29 たしかに、言語環境は必須です ShinRai

母語に共有される音素(母音、子音)を獲得し、共通の語彙を身につけるためにも、あるいは、文法やものの考え方を身につけるためにも、言語環境は必要です。


ただ、それを身につけることができるのは、つまり、文法の生得さや、概念および概念体系の生得は、本能的として説明せざるをえないのではないでしょうか。

その本能とは、遺伝子のコーディングメカニズムを取り込んだのだと思います。


[31]>26 批判されていますか、それは勉強不足でした ShinRai

ご指摘ありがとうございました

さっそく探して読んでみます


[32]>28 後天的な記憶は知能の領域、先天的な記憶は本能の領域 ShinRai

本能だけでは不足するから、知能を獲得できるように進化したのだと思います。


しかし、だからといって、知能があれば、本能がいらないとはいえないのではないでしょうか。


また、昨今のように、社会がばらばらになって、きちんと「伝統」を子どもたちに教え込むシステムが機能していない(学校は「ものを教えない」)し、自然から隔絶して生きていますから、本来知っているべきことを何も知らないで暮らしている人が多いと思います


人間は、自分が何を知らないかを知らないで、平気で生きています。

実はとっても危ういことだと思うのです


[33]高次クロマチンの形成機構と エピジェネティック制御 ShinRai

http://www.cdb.riken.jp/cmd/image/pubj10.pdf

ヘテロクロマチンは、高度に凝縮したクロマチン構造であり、染色体の機能維持だけでなく、エピジェネティックな遺伝子発現制御にも重要な役割を果たしている。近年の研究から、このヘテロクロマチンの形成において、特徴的なヒストン修飾とその結合タンパク質が、抑制的な高次クロマチン構造形成に必須な働きをしていること、またこのクロマチンレベルの変化に加え、RNAの代謝メカニズムがその確立や維持に深く関与することが明らかにされてきている


[34]>30 論理的飛躍 taka-hr

> その本能とは、遺伝子のコーディングメカニズムを取り込んだのだと思います。

「本能は遺伝子にコーディングされている」ということなのか

「概念体系を構築できる脳の先天的能力は、遺伝子のコーディングメカニズムに似た仕組みを持っている」

ということなのか、議論が曖昧になっていませんか?

前者ならいいのですが、後者は論理的飛躍というか根拠のない議論になってしまっています。


ほかのツリーにもいくつかありますが、プレート理論の話にしても知能があれば本能がいらない(とは誰も言っていない)話にしても、いくつか論理の飛躍が見られる気がします。

・議論の前提を共有する(共有できるよう努力をする)

・違う議論の前提を説明なしに持ってこない

・前提を入れ替えると議論が曖昧になりやすいのを回避する

・新しいアイディアについてはその差分について説明する

・できれば客観的な根拠・証拠を提示する

・仮定を導入する場合にはその理由を示す

・部分否定と全否定をきちんと区別する

・否定されているときにすべてが全否定だと思いこまない

ようにすると議論が進みやすくなるんじゃないかと思います。

これらは、この質問の主題でもありますが、互いの誤解を招かないような共通概念を構築した上でそこからの類推によって同じ土俵で議論するための方法論だと思います。

# こういうのの反対を意図的にやると、詭弁のガイドラインとかいうのができるとも言えますw;


[35]>34 ありがとうございます、交通整理に感謝 ShinRai

ご指摘ありがとうございます。

本題から少し外れているから、横道にそれたり、急に深みに入った話題をふり、混乱させてすみませんでした。

本題に戻れば、そのツリーは脇に置かれるからいいかなという気持ちで、かなり気軽に話題をそらせてしまいました。


でも、たしかに、

・違う議論の前提を説明なしに持ってこない

・新しいアイディアについてはその差分について説明する

・仮定を導入する場合にはその理由を示す

ご指摘のあたりを、対話すると、差分がうまりやすいですね。

「なにこれ、話題飛びすぎ」と思ったときに、話題をつなげるコツというのでしょうか。

テーマである共通概念の構築をめざすというとき、そもそもお互いに経験してきたこと・考えてきたことが違うので、それが目に見えてくるというのは、多少はいい部分もあるかもしれませんが、混乱を引き起こしますね。


[36]>31 もとの話ですが mata8_2009

>五感の感覚に訴えてこない科学的な原理(「デジタル」)

については

人類が考えて勝手に名づけた理論なので、そこに認識のずれは少ないでしょう。

その道のちゃんと勉強している人にとっては十分互換に訴えていることでしょう。

電子工学を勉強していない人にとっては

デジタル=きれいな画像

くらいのあいまいな認識かもしれませんが。

>時空間的に感知不能な現象(「ゴンドワナランドの分裂」、「地球環境問題」、「地球規模海洋汚染」)

については

分かっていることの積み重ね、組み合わせで十分導き出せると思います。それに気がつくのは人間のインスピレーションのすばらしいところです。

たとえば大陸の分裂は

アメリカとアフリカで植生が似ている

地図を見ていると「あ、この沿岸のラインはちょうどはまるじゃん!」←インスピレーション

大陸が裂けたんじゃない?

学会発表

その後の検証。測定したら大陸が動いている。


[37]>36 デジタルの奥深さ、、、、など ShinRai

書き込みありがとうございます。

「ことば」(表現型、シニフィアン)と、それが意味する「現象」(遺伝子型、シニフィエ)とを、きちんと結びつけること、そして概念共有をはかること、その難しさを体感しているのが「デジタル」です。

デジタルとは、はじめは「離散・有限信号」と思っていました。

そして、順列組合せによってたくさんの符号語を作ることができることが特徴だと思っていました。

それから、次に、「符号化・復号化」が行われなければならないと思うようになりました。符号化が必要だというのは、それ自体では、意味をなさないのがデジタルだということです。

アナログだと、怒っている気持ちや親しい気持ちが、表現されます。

最近は、デジタルは自動判定メカニズムであるが、アナログは誰かが判定しなければならない。ここに違いがあると思うようになりました。

自分でもびっくりするくらい、意味が広がっていくのです。最初のとっかかりは、離散信号でしたが、考えれば考えるほど、意味は広がり深まっていく。

このあたりのこと、つまり自分の頭で考えてみないと、ことばの意味は深まらないということも含めて、難しいですね。


「ゴンドワナランドの分裂」に関しては、今は大陸はあんまり動いていないみたいです。だから検証はGPSとかではできないのではないでしょうか。


[38]>37 何の話でしょう? mata8_2009

デジタル通信の話でしょうか?デジタルとかアナログって言うのは電子機器の話でしょうか?

デジタルに

「離散・有限信号」

「符号化・復号化」

自動判定メカニズム

などの意味は無いと思います。

アナログも

怒っている気持ちや親しい気持ちが、表現される。

と言うのは電子機器と関係ないし。

デジタルやアナログと言う言葉のイメージの話なのでしょうか。

>今は大陸はあんまり動いていないみたいです。

すみません大雑把な例なので、、、もちろんそれだけではないと思います。

アメリカ大陸を知らない人がいきなり大地は移動していると思いついたなら、今までの記憶に無い概念かもしれません。神がかり的な思い付きですよね。


[39]>38 それは意味がまだ見つかっていないのです ShinRai

説明が不足していてごめんなさい。


デジタルの意味ひとつとっても、その概念と取っ組み合って、考えをひろげ深めていくと、いろいろな意味の可能性と出会います。

フォン・ノイマンの自己増殖オートマトンの理論と、デジタル原理は、表裏一体のものではないかということを、私はこのところ考えているもので、上のような表記をしました。

つまり、なんの変哲もないと思っていた言葉に、思いもしない意味が隠れていることもありえるのです。

そういう事例でデジタルを論じました


[40]>39 うーん mata8_2009

デジタルは単にアナログ量を数値で表す方法でしかないし、それは人間の定義したことだから、それ以上の意味を求めるのは変だと思いますが。。。。

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